氷帝カンタータ





番外編 あとべ君のおうち





今年も淡々と年が明けた。

正月早々ゴロゴロとリビングで過ごしている女子中学生。
友人達は皆、家族と温かい正月を迎えているらしい。

先程から聞こえてくるテレビの賑やかな笑い声。
内容なんて全く頭に入ってこないけれど、
ぼんやりと華やかな着物に包まれた芸能人を眺める。


こんなに華やかな正月を過ごしているのは、
恐らくテレビの中の人間だけだろう、と思う。
正月の初詣なんて、皆起きぬけの顔で防寒対策だけを意識した服装で
のんびりやってるのがほとんどだ。

この日本に元旦から華やかな世界にいる人なんて………



「……あいつがいる。」




























「あーーーとべくーーーーん!あーーーそびーましょー!」

「…君。大声を出すのはやめなさい。」

「景吾様に何の用だ。」

去年買ったばかりのお気に入りのダッフルに身を包み、
マフラーをぐるぐると巻いて家を飛び出し、向かったのは
跡部の自宅。先日やっと跡部の自宅の場所を突き止めたばかりだった。

きっと…きっと跡部の豪邸の中では華やかなお正月パーティーが
繰り広げられているに違いない…!
皆でローストビーフなんかを頬張りながら、優雅な年始を迎えているに違いない!

考えるより先に、身体が動いてしまった結果
今、私は跡部邸の前で門番のお兄さん2人に尋問を受けています。



「…えーと…いや、あの私、景吾君とは同じ部活で…。」

「君みたいな子は1日に何人も来るんだ。」

「おい、アレだせ。」

「はい。」



控所のような部屋に通され、
机に座らされる。…この控所だけでも、私の家よりはるかに大きい…。
ジロジロ周りを見渡していると、お兄さんに注意をされた。


「今からする質問に答えなさい。」

「……は、はい。」

「第1問。景吾ぼっちゃまの好物は?」

「……へ?何ですか、その質問。」

「いいから、早く答えなさい。」

「…えー……、あ。サイゼリアのミラノ風ドリア!」

「………。第2問。景吾ぼっちゃまの得意技は?」

「人をイラっとさせる言動に、普通に笑えない痛さのアイアンクロー。」

「……。最終問題だ。景吾ぼっちゃまの座右の銘は?」

「あとべきんぐだむっ!」



決まった…!
きっとこの流れだと、この質問に答えられた子だけが
入場を許されるのだろう。
かなり自信のある回答に、お兄さんたちもポカンとしている。

恐らく、普通のファンの子には答えられない質問だったんだろうけど
いつもあいつの近くにいる私にはマルっとお見通しですよ!



「…ふふん、どうですか?」

「……おかしい。」

「……全部間違っている…。」

「ええええええ!え…いや、…ええ…おかしいな…。」

「ファンの子なら全て間違いなく答えるはずなのに、おかしい。」

「……おい、景吾ぼっちゃまに電話を繋げ。」

「っはい。」


急に焦り始めたお兄さん2人。
ドヤ顔でイスに踏ん反り返っていた私は、
恥ずかし過ぎて三角座りで顔を隠すしかない。

……そうしていると、急に控所内に聞きなれた声が響いた。





『……なんだ。』

「お休みのところ申し訳ございません、坊ちゃま!」



どうやらこの控所内にスピーカーがあるらしく、
電話の内容はすべて聞こえてきた。



「景吾坊ちゃまの知人と名乗る女の子が来てまして…」

『……前も言っただろうが、そういう輩は一切通す「跡部!!ハッピーニューイヤー!」

『…………。』

「ねぇ、聞こえてるの?遊びに来たから早く通して下さい!」

『…おい。そいつを絶対に通すなよ。警備員の名にかけて阻止しろ。』

「あ!そんなこと言うなら私にだって考えがあるんだからね!」

『………どう足掻いたって無駄だ。さっさと帰った方が「ハムスター。」

『………。』

「あんたが可愛がってた真子ちゃんのハムスターに、もう会わせてあげないからね!」

『…………っは、そんなものどうだって…』

「ジュラシックパークのクリアファイルもあげないから。」

『………っち。…おい、入れろ。』

「えっ…!?は、はい!かしこまりました!」



そこで電話は途切れた。

跡部の弱みを卑怯な感じで駆使したのは申し訳ないけど、
華やかなお正月パーティに私だって行ってみたい。


心底不思議そうな顔で、控所から出してくれる警備員さんに
ピースをしながら別れを告げる。
































「てめぇ…。」

「あれ?跡部どうしたの、その格好…。パーティは?」

「どこの馬鹿が正月なんかにパーティするんだよ。」


ちょっとした散歩コースみたいな屋敷の庭園を駆け抜けて、
着いた玄関では跡部がギラギラのパジャマ姿で仁王立ちしていた。
どこでそんなパジャマ売ってるんだろう。


「えー…あ。でも折角来たんだし、ご両親に挨拶していくよ。」

「何の挨拶だ。今日はいねぇよ。」

「……そっか。お仕事?跡部も寂しい正月を迎えているんだね。」

「寂しくねぇ、勝手に決め付けんな。」


何となく自分とだぶった跡部の境遇にホロリと涙を流していると、
ババ怒りした跡部の後ろから、執事さんが歩いてきた。


「…様、あけましておめでとうございます。」

「あ!こ、んにちは。こちらこそあけましておめでとうございます!」

「で、お前何しに来たんだ。」

「だから、パーティに参加しに来たんだって!」


パーティがないとわかった今、跡部にもはや用はない。
何が悲しくて、正月早々宇宙センスのパジャマ着た跡部と遊ばなきゃならないんだ。

大きなため息をつくと、イラっとした跡部が拳を振り上げるのが見えた。



「…まぁまぁ、坊ちゃま。そうだ、様。今ちょうど、餅つきをしておるんですが。」

「え!お、お餅つきですか!?や…やりたい!」


跡部の拳をやんわりと抑え、優しげな表情でそう言う執事さん。
も…餅つきだなんて、お正月の風物詩じゃないですか!
一度でいいからやってみたいランキング堂々第1位の正月行事じゃないですか!


「ね、跡部も一緒に餅つきしようよ!」

「あーん?誰がそんな面倒くさいことやるか、シェフ達にやらせとけばいい。」

「自分でつくから美味しいんだよー!さ、行こう行こう。」

「行かねぇっつってんだろ!」

「そんなこと言わずに。さぁ、坊ちゃまもこちらへ。」


ぶつくさと文句をいいつつも、執事さんには逆らえないのか
渋々ついて行く跡部。…何か新鮮だな。
普段の跡部の生活なんて興味を持ったこともなかったけど、
これがもし私とか宍戸が誘っても絶対、あんな素直にはやらないもんな…。




キッチンにつくと、鉢巻を巻いてぺったんぺったんと餅をつく
若いシェフらしき男性。そしてその餅をコロコロと丸めたり、蒸したり…

あ、なんか私が想像していた餅つきよりももっと殺伐としてる…


キッチンに響き渡る、野太い「よいしょー!よいしょー!」の掛け声に
お正月らしさを今年初めて感じる。



「皆さん、坊ちゃまのご友人の様です。」

「「「「あけましておめでとうございます!」」」」

「わっ!そ、っそんなそんな…どうぞお気遣いなく…おめでとうございます…。」

「…眠い。俺はやらねぇぞ。」

「…では、様。どうぞ、餅をついてみてください。」

「え!いいんですかー!ありがとうございます!」


ふてくされる跡部を気にせず、執事さんが声をかけてくれた。
男性シェフに手渡された杵は想像以上に重い。
目の前には大きな臼と、私の第一ぺったんを今か今かと待っている若い男性シェフ。

先程まで餅をこねていた女性のメイドさん達も
皆、一旦手を止めてこちらに注目している。

普段こんな人数に見守られることなんてないから、緊張しちゃうな…。
意を決して、最初の一振りを振りかぶる。



「「「「っよいしょー!」」」」



私が振り下ろした杵と同時に響き渡る、皆さんの声援。






な…なんだこれ、楽しい…!!





ぺったん



「「「「よいしょー!」」」」



ぺったん


「「「よいしょーー!!」」」」






「ね、ねぇ跡部!めちゃくちゃ楽しいからやってみなよ!」


「うるせぇな、俺は眠い。」


そう言って、厨房内の椅子に座り、机につっぷし顔をあげない跡部。
……こんなに楽しいのに、もったいないな。

なんて思っていると、そっと執事さんが耳打ちしてくれた。


「…どうぞ、お続けになってください。」

「え…はい、わかりました。」



「「「「よいしょー!!」」」」

「素敵です、様!」

「ありがとうございます!私も、今めちゃくちゃ楽しいです!」

「さっ、お嬢様もう一度まいりましょう!」

「っはい!せーの!」

「「「「よいしょー!!」」」」



ダメだ、もう私ここの家の娘になりたい…!


普通、メイドさんやシェフも、こんな元旦から働かされて
嫌なはずなのに、何でこんなに笑顔なんですか…!

シェフ達の笑い声や、メイドさんたちの黄色い掛け声に
私も段々調子に乗ってきて、疲れる腕にも気付かないまま餅をぺたぺたとつき続けていた。


「…様、後ろをご覧ください。坊ちゃまが少し興味を持っているようですよ。」


そう言われて、ゆっくりと跡部の方を振り返ると
まだ椅子には座っているものの、しっかりこちらを見て様子をうかがってる、天の邪鬼選手権日本代表。


「ぶふぅっ!ひっひひ…あ、あいつもしかして…」

「ふふ、一緒に餅つきを楽しみたいのではないでしょうか。」


さすが、跡部と小さい頃からずっと一緒にいるだけある。
跡部がどうすれば動くか、なんて熟知しているのだろう。

つい、力づくで跡部を巻き込んでしまいがちな私は
また1つ、新しい取り扱い方法を教えてもらったような気持ちだ。



「……あー、ちょっとつかれたなぁー!腕がもうあがらないなー…。」

「…様、ナイスですよ。」



そう言って、ウィンクをする執事さん。
その時、後方でガタっと音が聞こえた。



「……仕方ねぇな。変われ。」



少し嬉しげな顔で、変なパジャマでこちらに近づいてくる跡部を
執事さんはもちろん、シェフやメイドさんも生温かい笑顔で見守っていた。

…くそっ、なんか…なんかその気持ちがすこしわかるのが悔しい。
確かに、今のは……ちょっと、何か、可愛い。


そうして、跡部に渡った杵が振り下ろされると、
先程よりも大きな大声援が厨房内に響きわたった。



「「「よいっしょー!!」」」


なんとなくだけど、私も楽しくなってその大声援に加わる。
大勢に応援されるということに慣れている跡部だけど、
今日はなんだか、いつものあの憎たらしい顔じゃなくて、子供みたいな顔してる。

ますます楽しくなった私は、ちょっとした遊び心も投入してみたくなった。



「「「っよいしょー!」」」

「俺様のー!」



「「「よいしょー!!」」」

「美技にー!」



「「「よいしょー!!」」」

「酔いなー!!」




ごく自然に溶け込ませた跡部へのエールは
どうやら本人にとっては不愉快だったらしく、
その瞬間杵を振りかざして、こちらへ全力疾走してきた。


「ちょっ…あぶな…危ないから!!!」



無言で迫りくる跡部に、新年早々本気の恐怖を感じていると
その雰囲気を切り裂く優しげな声が届いた。



「ぼっちゃま、様。つきたてのお餅が出来あがりましたよ。」

「え…わぁ!ほ、ほら跡部!出来たって!今すぐその振りかざした杵を下ろして!」

「……っち、命拾いしたな。行くぞ。」





































「うふぁぁ…おひひぃふぇ!ふぁふぉべ!」

「食いながら喋ってんじゃねぇよ。」

「ふふ…、喜んでいただけたようで何よりです。」

「んぐっ…本当に美味しいです!つきたてのお餅ってこんなに美味しいんだ!」

「はっ、俺がついたんだから当たり前だろうが。」

「…………ぶふっ…う…っうん、ふふ…そうでちゅね、景吾坊ちゃま。」

「殴るぞ。」


「すんません!跡部のあまりにも羨ましい境遇に嫉妬してすいません!」


リビングっぽい一室で(おそらく何室もあるんだと思う)
きなこ味や、餡子入りのお餅を頬張る私達。を、見守る執事さん。

…あぁ、パーティはなかったけど、こんなお正月っぽいイベントを体験できるなんて
本当、跡部と友達で良かった…。



「…私、跡部の家の子になりたいなぁ…。」

「冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ。」

「私の中では、言っていいことレベルの認識だったんだけど。」

「120対1で言って悪いことに決まってるじゃねぇか。」

「なんですか、120対1ってー。そんな変な割合の例え聞いたことないですー、馬鹿なんじゃないですかー。」

「うぜぇ。」

「ふふ、様といると坊ちゃまはまるで子供のようですね。」

「え!跡部が大人っぽい時とかあるんですか!?

「マジで黙れ。ミカエルも余計なこと言うんじゃねぇ。」

「んミカエル?!あ…ミカエルさんて言うんですね…!」

「自己紹介が遅れました、以後お見知りおきを。」



そう言ってぺこりとお辞儀をするミカエルさんに、私も慌ててお辞儀を返す。
…なんか、本当に漫画みたいな世界に生きているんだなぁ、跡部って。



「…ねぇ、良いこと考えたんだけど。私が跡部と結婚すれば「それが言っていいことのレベルか?」

「……すいません、冗談です。」

「おや、良い案だと思いますが。坊ちゃまも、よく様のお話しをされておりますし…」

「へ?!」

「ミカエル!!」


楽しそうな顔でクスクスと笑うミカエルさんに、本気で嫌そうな顔をする跡部。

……え、跡部が…私の話しをしているって…それ…



「ち、違うんです、ミカエルさん!私は決して男みたいに握力が強いとか、
 跡部に平気でコブラツイストをしかけるプロレスラーだとか、そんな女の子じゃないんです!」


「…ふふ、坊ちゃまのお話し通りの女の子でいらっしゃるようですね。」

「自分がどんな風に思われてるか、よくわかってんじゃねぇか。」

「あ…んた!どうせそうだと思ったよ、私の話しなんて碌なこと言ってないに決まってるもん!」








「坊ちゃまが嬉しそうに話されておりました。今度のマネージャーは、
 生意気で手に負えないけれど中々見込みのある奴だ、と。」




横に座る跡部を見てみると、素知らぬ顔で餅を頬張っている。

……ちょっと…そんな…急に…。



様、どうぞこれからも坊ちゃまをよろしくお願いいたします。」

「誰がこんな奴に世話になるか。訳わかんねぇこと言ってんじゃねぇ。」

「…………はい!私も…跡部の事…っ…うっ…。」

「……何泣いてんだ、頭わいてんのか。」

「だって…ぐす…っ、わ、私も、跡部のこと生意気で、手に負えなくて…





 なんか、いつも言動が支離滅裂だし脳内に常人には理解できない宇宙が広がっているからなのか
 コミュニケーションもたまに上手く取れなくて、それどころか、言葉にあらわせない想いを
 暴力という形で表してきたりして、本当にこいつもう社会に出たら絶対やっていけねぇな、
 馬鹿でも何でもイケメンで金持ちなら許されるのか、そうなのか、ここがイヤだよ日本人!
 なんて思ってましたけど…、本当は跡部と友達になれて良かったなって…思ってます!









涙でにじむ視界。

こんなに素直に跡部に気持ちを伝えたのは初めてかもしれない…。

今日からは…今年からは、跡部にも、もう少しだけ優しくなろう。

そうすれば、跡部だって…私に優しくしてくれるに違いない。

だって、私達、かけがえのない友達なんだもんね…!

目元を袖で拭い、最高の笑顔で跡部を見ると







「…言い残したことはそれだけか。」






顔は笑っている。
綺麗な顔を携えた跡部の笑顔の破壊力は

ごく稀に、西武ドームのライブで最前列が当たるぐらいの超稀な確率で

がっくんやジロちゃんの笑顔を超えることがある。

一瞬、その奇跡が起こり、顔を赤らめてしまった自分が恥ずかしい。


このセリフに似つかわしくない笑顔のまま、

拳を振り上げた跡部に、新年初拳骨を食らわされた。がっでむ。
































「今日は本当にありがとうございました!楽しかったです!」

「よろしければ、また来年もお越しくださいませ。」

「もうお前にこの家の敷居をまたがせることは金輪際無い。」

「ふふふ、そんなことおっしゃらずに…。さぁ、坊ちゃま。様をお送りしなければ。」

「え!いいですいいです、夜道は危険なので…

「もう一発殴られたいか?」

「それは勘弁!と、とにかく大丈夫ですので!急に押し掛けてすいませんでしたー!」



胸糞悪いセリフを言い放ち、玄関から走り去っていく
それを見て、深いため息をつく。…やっと帰った…。

早く戻って寝ようと、振り向くと
妙に堅い顔をしたミカエルがいた。



「……なんだよ。」

「坊ちゃま。紳士たるもの、こんな夜中に女性を一人で帰すなど…。」

「女性じゃねぇ、あいつは新人類だから大丈夫だ。」

「ミカエルは坊ちゃまをそんな薄情な男に育てた覚えはございません。」

「……っち、わかったよ!行けばいいんだろ、行けば!」


こうなったミカエルには逆らえない。
わかっていたかのようなタイミングで、上着を着せるメイド。
いつのまにか玄関先に全員大集合していた。



「いってらっしゃいませ、坊ちゃま。」

「………っち。」














































「はー、楽しかったなぁ。今までで1番楽しいお正月だった。」


1人でうんうんと頷きながら、帰り道を歩く。
携帯を見ると時刻は既に19:00。
随分長居してしまった…もう晩御飯時だったろうに…悪いことをしてしまった。

今日の晩御飯は、この楽しい思い出と共に
楽しく食べられそうだなぁ。何、作ろうかなぁ。

周りは既に薄暗い。
やっぱり冬は日が落ちるのが早いなぁ。

マフラーに顔をうずめながら歩いていると、
後ろから足音が聞こえた。

…なんだろう、ずっと後ろをついてきている気がしないでも…ない。

ま、まさか…

家を出る時にミカエルさんに言われた言葉がフラッシュバックする。

少し怖くなって小走りになると、足音も小走りになる。
だけど、追いついてはこない。

私は後ろを振り向くことも出来ず、どうやってここを切りぬけるかを考えていた。

マズイ…。今までネットのニュースなどで見た凶悪な事件を思い出す。
も、もしもこれが複数犯だったらどうしよう。
どこかに連れ去られて…本当に、もうこの世界に帰ってこれなくなったら…


よ、よし。一旦止まろう。

そんで、後ろの人に追い抜かしてもらおう。
そうすれば…と思い、立ち止まると




「……おい。」

「ひゃぁあああああ!!」


ポンっと後ろから肩を叩かれ、思わず変な所から変な声が出た。
情けないけど、怖すぎてその場にしゃがみ込む。

……が、フと考える。


…なんか今の声…って……




「っ、でけぇ声出すんじゃねぇ!」

「……あ、跡部?」



なんとか顔を上げると、そこには私を見下す跡部がいた。
さっきまでの昭和歌謡アイドルパジャマではなく、
随分お高そうなコートを羽織って、虫けらを見るような目でこちらを見つめている。



「…ま、まさか今ずっと後ろをつけてたのって…」

「人聞きの悪ぃこと言うな。ミカエルが五月蝿いから送ってやってんだろうが。」

「…っ紛らわしいことしないでよ!ちょっと本気で怖かったんだから!」

「はっ、自惚れんじゃねぇ。誰がお前なんか襲うんだよ。」

「……よかったぁあ……。」

「げっ…。泣く程の事かよ。」

「泣くほどに決まってんでしょぉ…いくら私と言えど…さぁ…」


ああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!
でも、なんだか今日は涙腺が緩んでいるのか涙が勝手に流れてしまう。

必死にマフラーの中に隠れようとするものの、
目の前にいる跡部からはそれも丸見えで。
…くそう、普通あんな変質者のテンプレートみたいな追いかけ方するか?
振り向いたら跡部がいたら…それはそれで絶対怖いし…ああ、もう…。



「……いつまで突っ立ってんだ、行くぞ。」



なんとなく、立ちすくんでいると
ぐいっと手を引っ張られる。


お互い手袋をしているからか、手を繋いでいる感触はなかったけど、
なんとなく、ほとんど見れない跡部の雀の涙ほどの優しさが嬉しかった。




「……今日、お餅美味しかったね。」

「別に美味くも不味くもねぇだろ。」

「…それに、ミカエルさん達みんな優しかったね。」

「……。」

「本当に楽しかったなぁ、お正月も悪くないなって思えた。」

「……そうかよ。」

「ねぇ、やっぱり来年も遊びに行っていい?」

「……好きにしろ。」

「やった!そしたら、来年はがっくんとか忍足も誘って皆で行きたいな!」

「…………。」

「絶対楽しいと思うよ、ジロちゃんお餅好きだから喜ぶだろうし!」

「…いつもお前は…結局それだな。」

「え、何?」

「………何でもねぇ。」

「あ!もしかして、来年も2人でって意味だった?」

「…んなわけねぇだろ、馬鹿。」

「ですよねー!あ、そうだちょっとスーパーついてきてよ。」

「あーん?お前、この俺様に荷物持ちさせる気か?」

「いいじゃん、いつもあんたのテニスバッグとか持ってあげてるでしょ!」

「それとこれとは関係ねぇだろ。」

「関係おお有りじゃん!」










薄暗い夜道。

ごく自然に手をつなぎ歩く2人を見つめる影。





「……坊ちゃま、あんなに楽しそうな顔もするんですね。」

「ええ。何だかんだと言いつつ、様を気に入ってらっしゃるのでしょうね。」

「良いカップルになりそうですね。」

「……まだまだ道のりは遠そうですがね。」

「あ、もしかしてミカエル様…。」

「ふふ、なんですか?」

「…また、坊ちゃまに余計なことするなって怒られますよ?」

「……私は坊ちゃまの幸せをただ祈っているのみですよ。」










A Happy New Year Story -side Atobe-


fin.