氷帝カンタータ





番外編 きりはら君のおうち






「赤也ー!あんたさっさと言ったもの買ってきなさい!」

「…っち…うっる…せーな!今漫画読んでんの!」

「あんたさっきからそればっかりじゃない、いい加減にしなさい!」

「……あーーーー!もう!」



うるせぇうるせぇ…。

今年も家は年末の大掃除中。
昔は、なんだかんだと手伝わされてたけど
もう俺も中学生だ。そんな簡単に母ちゃんの言うことなんて聞いてたまるか!

……と思っていたけど、今、叩き破られる勢いで
ドアが鳴っているのを見ていると、どうもそうはいかないらしい。

少しだけドキドキする心臓を抑えながら、俺は漫画を壁に投げつけた。


ドアから出ると、すかさず部屋の中を覗きこんだ母ちゃんに
また怒鳴られる。


「この子は…自分の部屋ぐらい、自分で大掃除しなさい!」

「あーもー、わかったっつの!うるさい!」

「うるさいうるさいって、うるさく言わないとしないでしょーが!」

「言われなくてもしようと思ってたんだよ!」

「またそんな嘘ばっかり言って!はい、これお金!さっさと買ってきてね!」


そう言って俺の手の中に折りたたまれた5000円と
メモを託してドスドスと階段を下りていく母ちゃん。

……くっそー…。



































「だーから!俺はこのチャーミープリーンってのを探してんの!」

「お、お客様…申し訳ございませんが当店では品切れでございまして…」

「じゃあ、お前…俺が母ちゃんに怒られてもいいっての?」

「いえ、あの…その…」


…っはー、イライラする。
メモ通りに買い物をしようと思ってたら
一つ目からつまづいた。洗剤と思われるこの商品名。
売り場のどこを探してもないから、店員捕まえてみたら売り切れとか言いやがった。

…探すのも面倒くさいっつーのに…



「…っち、じゃあお前が他の店行って探して「ちょ…ちょっと、そこのモンスターカスタマーさん…?」

「…あ?」

「私が一緒に母ちゃんに謝ってあげるから、その店員さんを離したまえ。」

「……っ!さん!何してんスか、こんなところで!」



店員に詰め寄っていると、後ろから肩を叩かれた。
振り返ってみると、そこに居たのはさん。

…うわーうわーうわー、さん!え、なんで??


「いや、私も大掃除中で買い物しにきてね…」

「そうだったんスか!俺も、母ちゃんに頼まれて…」

「切原氏、その前に店員さんにごめんなさいは?」

「へ?」

「どう見ても、切原氏が八つ当たりしてるだけに見えたよ。」


全然笑っていないさんを見て、あ、これはヤバイと思った。
……確かに、今冷静になってみると…
俺、相当恥ずかしいことしてたな、と少し反省した。

くるりと後ろを振り返ってみると、ビクっと肩を震わせるアルバイトっぽい男子店員。



「………さっきはすんませんした。」

「い、いえ!こちらこそご迷惑をおかけいたしまして申し訳ございません!」


お互い頭を下げると、さんが満足したように頷いた。
いつの間にか出来ていたギャラリーも、何か生温かい目で俺のことを見ている。

……っち、みせもんじゃねぇ。



「よし。なんだっけ、チャーミープリーン?それなら、これで代用できると思うけど?」

「え、そうなんスか。じゃあそれでいいや。」

「あとは何があるの?一緒に探してあげるよ。切原氏またいつキレるかわかんないし…。」

「そんなすぐキレたりしないッスよ!」

「≪キレやすい現代の若者の理不尽な叫び!≫っていうテロップが頭の中に流れたよ、私は。」

「ってか、さんはなんでこんなところに?遠いっしょ?」

「近所で一番大きいホームセンターに目当てのものが無くってさ…気付いたらここまで来てた。もう意地だよね。」

「へー。さんに会えてラッキー。」

「…………切原氏、後でココア買ってあげよっか、ね。」

「えー、俺コーラがいいッス!」



それから、俺のメモを見ながら次々と籠に商品を放り込むさん。
わー…。商品名しか書いてなくて、意味わかんなくてイライラしてたのに、さすが。

…いつも不思議に思う。

別に顔とか容姿がもろにタイプ!って訳でもないし、
彼女にしたいと強く思う訳でもない。
もっと可愛い女子とかいっぱい知ってるし。


でも、なんつーか一緒に居ると素直に甘えられる。
出来れば一緒に遊んだり、色々したい。楽しいし。


ただ、さんのことを傍に置いておきたいと思う男は他にもいっぱいいて
いつも俺は何故だかそれがとてつもなく気に入らない。


それがたとえ幸村部長だとしても。
だって、幸村部長とさんが付き合ったりしたところを想像したら…
うわー、めっちゃムカつく!絶対嫌だ。


そうならないためにも、何とかさんと……
付き合いたい?のか?いや、でも違うような…



「よし、これで揃ったよ。さっさとレジに行っておいで。」

「え、さんのは終わったんスか?」

「いや、私は今から探してくるよ。それじゃ、またね。」

「えーー!待って待って!なんでッスか、折角会ったんだからデートしましょうよ!」

「…………デデ、デートってあんたそんな…付き合ってもいないのにそんな男女が…」

「ね!俺美味しいラーメン屋知ってるし!」

「でも、切原氏それだけの洗剤やら何やら買って行くってことは大掃除中じゃないの?」

「いーんスよ、そんなの母ちゃんに任せとけば!」


ここでさんと別れる訳にはいかない。
いつも会うときには邪魔な奴がいーっぱいいるけど、
今日は2人っきり。さんに一番かまってもらえるチャンスだ。


強引に腕を引っ張ってなんとか引きとめているその時
大きな着信音が俺のポケットから鳴り響いた。


「……っち、なんだよ…。はい?」

『赤也!あんたどこほっつき歩いてんの!』

「うるせぇな、ちゃんと買ってるって!」

『買ったんならさっさと帰ってきなさい!』


ブチッ



「……今の、お母さんからの電話?」

「そうなんスよ、うるせぇのなんのって。ま、大丈夫大丈夫!」

「大丈夫じゃないよ!ちゃんと真っ直ぐ帰らないと、なんかドつきまわされる勢いじゃなかった…?」

「……あ、そうだ!じゃあさん一緒に俺の家きません?」

「へ?!なんで?!」

「だって、帰らないと母ちゃん怒るし…。さんに一緒に大掃除してもらえれば一緒にいれるし一石二鳥じゃん!」

「…ダメだよ、そんな交際前の男女が部屋に上がり込むだなんて…」

「なーに言ってんスか!さん襲う程、俺餓えてないっスよ!童貞じゃあるまいし!」

「うわあああ!ちょ、公衆の面前で大きな声で猥談はやめてよ!」

「へへ!そうと決まったら、早く買い物終わらせちゃいましょうよ!」


でも…とか、うちも掃除があるしなぁ…とか渋るさんに
あざといぐらいの笑顔で強引に同意させると
顔を真っ赤にして慌てふためいてた。

…いつもあれだけのメンバーに囲まれてるくせに
何かそこんとこは免疫がないんだよなぁ。

確か、あのメンバーの中では女子と思われてもいないって話だったから
慣れてないのかも。…なんかそういうところもちょっと可愛いとか思ってしまう。





































「赤也!あんった何でこんなに遅……あら?…あらあら、まぁまぁ!」

「ど、どうも初めまして!赤也君とは親しいお付き合いをさせていただいております、と申します!」

「誤解されそうな言い回ししないでくださいよ。他校のテニス部のマネージャーなんだよ、さん。」

「まぁ…いつもうちの赤也がお世話になって…ごめんなさいねぇ。」

「そっ、そんなそんな…いつも赤也君には心の癒しを頂いて…あ、これつまらないものでございますが…」

「えー!何スか、いつの間にそんなの買ってたの?やりぃ!俺このカステラめっちゃ好き!」

「こら、赤也!あんた、お客様にもらったものをそんな…ごめんなさいね、さん。お気遣いいただいて…。」

「いえ、お忙しいところに急に申し訳ございません!」

「もー、いいからさん早く行きましょ!ほらほら、母ちゃんもどいて!」

「あんた、さんに迷惑かけるんじゃないよ!すいませんね、ちょっと大掃除中でお見苦しいけれど…」

「あ、私その大掃除をお手伝いに参りましたので!少しでもお役に立てるよう頑張ります!」

「……赤也!あんたはー!自分が掃除したくないからって人様に…!」

「いいんです、お母様!私、年頃の男の子の部屋に入るのって夢だったんです!」

「……あ、あらそう。じゃ、じゃあよろしくお願いするわね。」

さーん、早くー!」





































「…切原氏。」

「なんスか?さ、こっちのベッドに座っててください!」

「…この惨状はさすがにお母様が怒るのもうなずけるよ…。何これ、空き巣が入ったの?

「えー、全然普通っしょ。」


俺の部屋の前に立ちつくして、青ざめるさん。
…別にまだそんなに散らかってる気はしねぇのになぁ…。
いつものように、ドアを開けてベッドに飛び乗り
こちらに手招きをしてみるのに、さんは微動だにしない。


「……片づけるわよ。」

「え、マジでやるんスか?」

「まさかこんな部屋に友達とか彼女とか呼んだりしてるの?」

「へへへ、さーん。そんなに俺のこと気になるんスか?まぁ、女子呼んだりはあるけどー…」

「それなら尚更綺麗にしないとダメじゃん!これは千年の恋も冷めるパターンだよ!」


そう言って廊下に荷物を置き、腕まくりをしてずんずんと部屋に侵入するさん。
……なんか部屋でまったりしたかったのに結局掃除かよー…っちぇ。



「取り合えず、色々と捨てるところから始めるから…いるものがあったら言ってね。」



なんとなくやる気が出ない俺は、ベッドに寝転びながらへーい、と気のない返事。
そんなことを気にする様子もなく、さんはどんどんゴミ袋にゴミを入れていく。



「…あー!それはダメッス!」

「………何?これ、大切なものなの?」

「それ小学生の時に隣の席の奴と協力して頑張って作った≪ねりけし≫なんスよ!」

「……………。」


バスッ


「…あああああ!なんで捨てるんスか!」

「そんな大切なものならちゃんと収納してるはずなのに、こんな床にほっぽり出してるってことは大して大事じゃないと思う。」


真顔でゴミ袋に放り込むさんが、何か段々母ちゃんに見えてきた…。
その後も、俺の叫びも空しく問答無用でさんに捨てられるというイベントが続いた。

さっきの…さっきの「いるものがあったら言ってね★」ってのはなんだっただよ…!










「よし…じゃあ、次はこの本棚だね。」

「ああ…俺の想い出達が無残な姿に…。」

「でも、段々床が見えてきたじゃん!あとちょっとだよ!
 さ、ちょっとここ高いな…椅子持っててくれない?」



そう言って、椅子に上り本棚の上の方から整理を始めるさん。
くるくる回るタイプの椅子をしっかりと押さえる係を申しつけられたのはいいけど、

いいけど…


目の前にさんの太ももがあって何かちょっと気まずい。


ジーンズ生地のスカートに黒タイツという
何の変哲もないスタイルだけど、俺の部屋に2人きりという状況も手伝ってか
少しムラっとしてしまうのは、仕方ないことだと思う。


「ねぇ…、ねぇ聞いてる?」

「は…へ、なんスか?」

「これ!小学校の時の卒業アルバム?見ても良い?」

「あー、そうそう。別にいいけど。」


嬉しそうに本を手に取り椅子から下りるさん。
ぺたりと床に座り込み、アルバムをめくると一発で俺のクラスのページを引き当てた。



「うわ…、これ切原氏?可愛いな…。」

「懐かしー。」

「えー…何、本当可愛い…ちょっと写真撮っていい?写真。」

「撮ってどうするんスか。」

「待ち受けにする。」

「うわ、キモ!」

「キモイって何だ!別にいいじゃん、減るもんじゃないし!」

「何スかその言い分!じゃあ俺も減るもんじゃないしさんの写真撮っていいッスか?」

「いや、ちょっと事務所通してもらって…」


ピロリン♪


「あ!撮ったでしょ、今!」

「へへー、うわさん半目!変な顔ー!」

「じゃあ私だって撮らせてもらうから!早く脱ぎなさいよ!」

「脱ぐってどういうことッスか!じゃあさんも脱いでくださいよ!」

「お、おおおお母様ー!お宅の息子さんが破廉恥なことむごっ

「ちょ、ほんとに母ちゃん来たらどうするんスか!」




本気で叫ぼうとするさんの口をとっさに抑える。
後ろから抱きしめる形になってしまってフと気付く。
…ふいに近づいた俺とさんの距離。
まだ俺の手の中でもごもご言ってるさんが、ちょっと可愛い。

あー…なんていうか…
普段、年上ぶってるくせに恥ずかしくなるとこんなに焦って…。耳まで赤くなってるし。
なーんか、時々いじめたくなるんだよなぁ…。

そんな風に思った俺に気付いたのか気付いていないのか。
俺から解放されたさんは肩で息をしながら、真っ赤な顔で抗議していた。


「げほっ…ちょ…手加減ってものを知らないのかな、君は…。」

「へへっ、さん面白い。何赤くなってんスか。」

「…っう、うううるさいな!早く、そ…掃除!続きするよ!」


顔を隠しながら、また椅子に上るさん。

少し優位に立てた気がして、頬を緩める俺に気付いて
睨んでたけど、さっきより全然怖くない。

…っつーか、男の部屋にのこのこ入ってきたのはさんなんだから、
別に俺が何をしたって問題ないんじゃね?さんだって
少なからずそういうの期待してたりして…

段々とエスカレートしていく考えを抑えることも出来ず、
頭の中ではさんが普段見せないような表情を想像したりしていた。



「………ねぇ、さん。」

「んー?なに?あ、この漫画面白いよね。私も知ってる。」

「パンツ見ていい?」









































「おかあさ「わー!叫ぶなって!!」

「むぐっ!」

「ちょ、本当叫ばないでくださいね!」

「ぷはっ…な…なななな何言ってるの君は…?」

「えー、だってこうやって目の前にさんのケツがあってー…なんか、ムラムラと…。」

「はっ、破廉恥!いくら私がアイドルだからってそんな…」

「ね、さん。ちょっとだけ。っつかこうやってお願いしてるだけ偉くないッスか?」

「なっ、何がちょっとだけなの!?もう怖い!ボケとか一切スルーの切原氏が怖い!


椅子から飛び降りて、部屋の端っこに逃げるさん。
さっきまでのゴミを捨ててる姿は巨人みたいな豪快さで、全く女らしさとか感じなかったけど
こんなに焦ってるさん、初めて見るからちょっと楽しい。

…こうなったら、俺しか知らないさんの表情とか…見てみたい。



「…ちょ、切原氏?聞いてる?も、もう私帰るからあとの掃除は自分で…」

「何今更びびってんスか?っつか、自分からベッドの上あがるとか、誘ってるとしか思えねぇ。」

「誘ってない誘ってない!全然そんなつもりないからどうかご安心を!!」

さんだって別に初めてじゃないっしょ?」

「は?は…はーはは、初めて…とかじゃないけど?まぁ年上だし?ある程度経験はあるけど?」


…っぷ、うわ、めっちゃだせぇ。

絶対こんな状況慣れてない癖に、何故か年上のプライドを傷つけられたくないのか
必死に焦ってるさん。でも、これは俺にとって好都合だ。


「ふーん、じゃ。遠慮なく。」

「何が!?ちょ…近いから!遠慮してください!」

「…やっぱびびってんじゃん。」

「び、びびってないよ!ただ、あの、なんていうか…そうだ、私1週間お風呂入ってないから…

「…へー、じゃあ匂ってみていい?」

「よくないよくない!ヤバイよ、本当…あの、私あのザリガニみたいな匂いするから、今!

「……っぷ、さん焦ってる。」

「ああああああ焦ってないわ!別に焦ってるとかじゃないけど「じゃあ抱きついていい?」



ついに目の前でフリーズしたさん。

……ヤバイ、超おもしろい。

おもしろすぎて、とことんいじめてやりたくなってきた。
返事のないさんにそっと近づいてみると、急に電源が入ったようにわたわたと暴れ出す。



「ちょ…ちょちょ、ちょっと待って!」

「待てない。さん経験豊富なんスよね?……まーさか、年上なのにこういうの慣れてないとかー?」

「……な、慣れてるし。馬鹿にしないでよね。」

「んーじゃ、抱きつくだけ。別にあのいつも寝てる人だってよくやってることだしいいっしょ?」

「……あ、なるほど。確かにそうだね。…よし…よし、大丈夫。シミュレーションできた。ば、ばっちこーい!」

「…っぷ…。じゃ、いきまーす。」


まじでさん、ちょろすぎて心配になるわ。

ベッドの端で座りこむさんに正面から抱きつくと
意外にもふわりと良い匂いがした。……あ、ちょっとヤバイかも。


「…さん、全然ザリガニの匂いしないじゃん。」

「……も、っもういいかな?あと何秒?」

「まだもうちょっとー。……っぷ、さん心臓すっげー音。」

「っ!…はい!もういいでしょ?はい、終わり!」

「あー、もう限界なんスか?」

「限界とかじゃないけど。心臓とかも、別にそういう癖があるだけで、ドキドキとかじゃないんで、ほんと。」


そんなバレバレの嘘で強がっても、すぐバレるのに…。
俺に抱きしめられながら大人しくしてるさんが、よくよく考えると意外すぎて
本当、ちょっとイタズラしたくなってきた。

やめればいいのに、普段こんなにさんを独り占めできることなんてないから、
その時の俺は完全に舞い上がってた。



「ふーん、そうッスよね。さん、先輩だし…このぐらいじゃ焦りもしませんもんねー。」

「そ、そうだよ。どっちかっていうと、赤ちゃんに抱きつかれてるぐらいのそんな感じだから、大丈夫だよ。」

「……じゃあ、もうちょっとギュってしていいッスか?」

「っ!!」


…耳元で囁くと、目に見えてビクつくさん。
っぷふー!めちゃくちゃ焦ってる焦ってる!
段々体温も上がってきたのか、じんわり汗までかいちゃってるし。


さん、まじでちょっと可愛すぎ。


「……。」

「…うわっ!え…え?!ちょ、い、いいい今…」

「…あれ?イヤでした?っていうか、そんなに焦って…普通っしょ?今の流れで、耳にちゅーするぐらい。」

「ふ、普通?!普通なの、現代の中学生の間では!?」

「うん。ほら、外人が挨拶する時にやるチュってやつと同じレベルッスよ。」

「そ、そうなんだ…。まぁ、別に焦ってるとかじゃないんだけど、あの、見えなかったから何かなーって…。
 あの、それだったのかー。なるほどねー、挨拶ってことだったんだね、うんうん、別に大丈夫大丈夫。」

「……っく…ふふ…。そッスね。」


抱きついてるからさんの顔は見えないけど、
どんどん俺の腕の中で蒸発しそうなほど体温をあげていくその身体に


俺の我慢は限界に近かった。



「ね…ねぇ、切原氏…もういいんじゃない?気が済んだ?」

「……俺、さんにしか言えないこと言ってもいいッスか?」

「え、な…何?」

「……実は、こんな風に女の子に触るの初めてで…。」

「…そ、そうなの?意外…。」

「で、さんは大人で経験もあるんでしょ?だったら…ちょっと練習させてくれません?」

「お…おう、まぁ大人だけど…練習って一応聞くけど何の?」

「………キス。」




































「……さん?…おーい…うわ、固まってる。」


瞬きもせずに、真顔でフリーズするさん。
目の前でちらちらと手を振っているのに反応もしない。

…これ、このままチューしたらどうなるかな。

異様なシチュエーションに興奮していた俺は、
もう自分を止めることなんて出来なかった。




「…へへ、いただきまー…」




ゴチンッ




「っっ!いっ…てぇえええ!!」


「っい、今本当にしようとした!?」

「…っ、なんで頭突きするんスか!」

「バ、バババババッババカたれ!超えちゃいけない一線ってあるでしょ!!
 そういうのは…その、練習とかじゃなくて本当に好きな女の子とするために
「じゃ、俺が好きって言ったらいいんスか?」

「……も、もう…ちょっと、本当勘弁して下さい…。何そのプレイボーイな発言は…。」

「えー、っつかそれを言うなら、その気にさせたさんにだって責任はあるっしょ。」

「な、なんで私の責任になるの?」

「俺の部屋で俺を誘惑した。」

「しっ、してない!掃除してただけじゃん!」

「あー、もう取り合えずここまできちゃったんスから観念してください。」


何とか俺のベッドから逃げ出そうとするさんを引きずり戻し
もう一度抱きしめると、手足をバタつかせて必死にもがいていた。

……もう本当、このままどうにかならねぇかな。



「ね、さん?俺の事嫌いじゃないんでしょ?」

「き…嫌いではないけど、それとこれとは話が違うというか…」

「じゃあいいじゃん!俺もさんのこと嫌いじゃないし。」


その一言に、嬉しくなってしまった俺は
後ろから抱きしめたさんの首元に口づけた。

途端、さんの動きがピタリと止まる。

……お、ついに観念したか?

このまま流れに持っていこうと、さんの体に手を伸ばしかけたその時



「…ちょっと待ちなさい。」

「へ?何スか?」

「そこに…そこに正座しなさい!」

「は!?」

「今、何て言った?嫌いじゃないからいい?良い訳あるか、すかぽんたん!

「……。」

「こういう活動って言うのはね、本当に愛し合ってる人しかしちゃいけないの。
 私も、恋人と…長い時間をかけて愛をはぐくんで、最後はキ、キスしたりそういうことしたけど」

「それゲームの話っしょ?」

「ゲームとか二次元とか今は関係ないでしょ!!心構えの問題を話してるの!」

「………。」

「大体、切原氏は少し自由奔放すぎるというか…こう、誠実さが見えないというか…」

「だって、さんが誘惑したじゃん。」

「確かに私は女性フェロモン過多で、切原氏を誘惑したかもしれない。
 だけど、だからと言って、なっなんていうかその、ちょっと」


なんか、正座させられてつまんねぇ説教聞かされてる。
俺は不誠実だとか、軽すぎるとか、可愛い顔して狼なのは卑怯だとか、
色々言われていると段々とイラついてきて……


もう、なんというかどうにでもなれって思って……





「だからね、本来あるべき生殖活動というのはカマキリを例にすると「えいっ!」






目の前に座り、何かわからないけど気持ち悪い話を
始めようとするさんの身体に手を伸ばし
思いっきりおっぱいを鷲掴みにしてやった。

その瞬間、またフリーズしたさん。



「…う、うわ、思ってたよりなんか…柔らかくて…」

「…………。」

「へへ、なんか今日はラッキふべらっっ!!」









































「まぁ!こんなにお部屋が綺麗になって…!さん、本当にありがとうねぇ。」

「いえいえ、私もなんだか今達成感に包まれております。」

「…あれ、赤也。あんた何してんだい。さんにお礼は言ったの?」

「なんだか疲れているようで、ベッドで寝てるみたいです。そっとしておいてあげましょう。」

「…本当に、さんは出来た子ねぇ…。お嫁さんに欲しいぐらいだわ。」

「まぁ、お母様。私はいつでも「いらねぇよ、こんな暴力的な嫁なんて!!」


くぐもった声でベッドの中から聞こえた悲鳴に
顔を見合わせる2人。



「…こら、赤也!あんた何を訳のわからないこと言って…」

「いいんです、お母様。反抗期って誰にでもあると思うので…私はそろそろお暇しますね。」

「何もおかまいできずにゴメンね。また来てね。」

「ありがとうございます!それでは、失礼いたします。」








パタパタと部屋から遠ざかる二つの足音を聞きながら、俺は布団から顔を出した。
起き上がろうとすると、身体の節々が悲鳴をあげる。


「いでっ!…っつー…。マジでいてぇ…。」


あの後、真顔で、無言で次々にプロレス技を繰り出してくるさんに
何度も何度も謝ったのに、結局、俺が最後に涙を流して泣くまでやめてくれなかった。

マ…マジで怖かった…俺、本当に今日で命は終わりだと思った…。



ベッドにもぐりこみ、情けなすぎて悔し泣きをする俺にかまうこともなく
淡々と部屋を片付ける音だけが響いた一時間。
いつの間にかさんは、片づけを終えて帰って行った。





「……あれ、なんだ?」


ベッドからなんとか起き上がり、机の上を見てみると
何となく見覚えのあるメモ帳が一枚。あぁ、昔こんなメモ帳買った気がするわ。

メモには、殴り書きのような字でメッセージが書いてあった。



破廉恥行為をはたらいた代償として、
シャツを一枚もらっていきます。
これでおあいこです。

またね。









最後の「またね」に、さんの心の広さを感じた。
……やっぱりさんは大人なのかもしれない。

正直、今日は本当にやりすぎてもう嫌われたかもしれない、
会ってくれないかもしれない、って…
布団の中で考えて、自己嫌悪に陥ってたけど、

このたった一言で、俺の心を救ってくれるさん。
……早くまた会って、ごめんなさいって謝って、一緒に遊びたい。

正体不明のさんへの想いが、少しだけわかったような気がした。





シャツを一枚っていうところが最高に気持ち悪いけど。







A Happy New Year Story -side Akaya-

fin.