氷帝カンタータ





番外編 秘密のランデブー -出発-





「絶対に旅行のことは口外しないでください。」

「え。」


お昼休み。
珍しくぴよちゃんさまが私の教室に現れた。
いつもは私がぴよちゃんさまの教室に足を運ぶのだけど…。

毎日ただひたすらにぴよちゃんさまに話しかけ、嵐のように去っていくことから
私が昼休みに彼の教室に訪れるという一連の流れを、彼のクラスの皆は「使徒、襲来」と呼んでいるらしい。
失礼極まりない。


話が逸れましたが何故かぴよちゃんさまに階段下の陰に呼び出され、
ついに私にも青春イベントが起きるのかと思いきや、冒頭の言葉です。

しかもちょっとキレ気味に言われた意味がわかんない。
なんでそんな冷たい目できるのかな、この子は。
大体、旅行のことなんか今日にでもテニス部全員に自慢しようと思ってたのにさ…。
私とぴよちゃんさまのデート画像を逐一全員に一斉送信しようと思ってたのにさ…。

……はっ!そうか!


「わかった。テニス部の皆に私とのデートが邪魔されるのが嫌なんでしょ?」

「………。」


ふふ、可愛いなぁぴよちゃんさま。
そうだよね、折角のデートなのにあいつらに言っちゃったら絶対着いてくるもんね。
私の幸せを邪魔する為なら地の果てまでも追いかけてくるからね、あいつらは。


「ふ…2人のデート楽しもうね!」

……おそらく不愉快極まりない勘違いをされてると思いますが、もうなんでもいいです。
 何でもいいから口外しないでくださいね。それだけです。」


大きなため息をつきながらその場を後にするぴよちゃんさま。
……わかってるよ。私だってそこまで空気読めない女じゃないんですから。

テニス部の中で私という人間がどういう立場にいるかということを考えればすぐわかります。

つまり…私と旅行なんて恥ずかしいんでしょうね…!
男女の恥ずかしさとかそういうものじゃなくて、罰ゲーム的な恥ずかしさ?
わかってる…わかってるよ!私とのデートなんて、他のテニス部員から絶対に馬鹿にされるもんね!
思春期男子が「え、お前まだ母ちゃんとお風呂入ってんの?」って友達に言われた時のような、やるせない羞恥心だよね!

……いいもん、別に皆に秘密にされても。どうせ私は思わず隠蔽したくなるような残念女子ですよーだ。
…………いや、しかし隠蔽するということは…私がぴよちゃんさまに何をしても誰にもバレないということか…。
つまり、この旅行中は治外法権が適用されるという…ことか……っ!

うわ、何この逆転の発想。天才か私は…!ふ…ふふふ。


「楽しい旅行にしてあげる、ぴよちゃんさま…!」






























「んー…。お昼ご飯はUSJで食べるとして…夜ごはんはどうしよっかなぁ…。」

ー。ん?何してんの?」

「真子ちゃん、おはよ!これねー、旅のしおり作ってるんだ!」

「…?あ、もしかしてUSJ?いいなぁー、誰と行くことになったの?」

「ぴよちゃんさま。」

「………え?」

「知らない?日吉 若。」

「……大丈夫?」

「何が?」

「え…日吉君って…、いつも一方的に話しかけてくるに対して毎日死んだような目で対応してるあの子でしょ?

「ちが…っ、死んだような目って何!確かに目から光は消えうせてるけどさぁ、あれでも優しい後輩なんだよ?」

「…うん、優しいのはわかるよ?だって私だったら耐えれないもん。」

「真子ちゃ…ひどい…!」



口元を手のひらで覆い、うっと泣き真似をすると真子ちゃんが苦笑いしてくれた。
ひどいよ、真子ちゃん!どこぞのテニス部員に言われるならまだしも真子ちゃんに言われるのはダメージでかいよ…!



「…うふふ…でもー、ったら結構大胆だね?」

「ん?何が?」

「だーって…。男の子と2人で旅行でしょー?…うふふ。」

「何なに、何でそんなニヤけてるの真子ちゃん。」

「…、ちょっと耳かして。」

「ん?」


悪戯っ子のような笑みで私の耳に近づいてくる真子ちゃん。



「(勝負下着買って行かなきゃね)」

「んなっ……なっ、何言ってんの真子ちゃん!」

「…うふふ、だってそういうもんでしょう?、ゴムが伸びたようなダサイパンツしか持ってないじゃーん。」

「いいじゃん、あれが落ち着くんだもん!…て、ていうか、私達の関係はそういうのじゃないからね。」

「まぁ、跡部君とか3年生ならまだわかるよ?毎日じゃれあってるから今更そういう雰囲気にはならなさそうじゃん?」


私の机に肘をつきながら楽しそうな様子で話す真子ちゃんに対して俯くことしかできない私。
うう…なんか急に恥ずかしくなってきた。本当そんなんじゃないのに…。

まぁ…確かに3年生組は私の家に平気で泊まりにくるけど…、ぴよちゃんさまは…泊ったことないなぁ…。
ぴよちゃんさまの性格上女の子の家に泊りこむなんてするはずないんだけどね。

でもこの旅行は…2人っきり…かぁ。


「あ、でもこれ部屋タイプがシングル2室なんだよね。」

「えー!何それ、ペアチケットなのに?空気読めないねー!」

「いや…いや、これでいいよ!だってなんかそんな風に言われると緊張するじゃん!相手は後輩だよ!?
 後輩相手に先輩である私がムフフな展開期待してるとか…なんか駄目でしょ!」

「そんなの関係ないよ?日吉君も結構満更でもなかったりしてー。うふ。」

「えー…。」


私は精一杯想像してみました。私が抱きついても満更でもない顔をするぴよちゃんさま…。
私に寝込みを襲われて満更でもない顔をするぴよちゃんさま………。


…駄目だ、想像できない!
どう考えても冷たい目線でアイアンクローをかけてくる夜叉モードのぴよちゃんさましか想像できないよ!


「だ…駄目駄目!マジで東京に帰ってこれなくなるかもしれない!」

「ふふっ、ま。取り合えず今日の放課後は久しぶりにお買い物付き合ってね。」

「わ、いいねー。久々のデート!」

の勝負下着も買うんだからね。」

「だから、いいって!」



























To.ぴよちゃんさま
Sub.【旅のしおり】ぴよちゃんさまとの愛の逃避行
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明日は朝の8:00に空港集合です。
旅のしおりを作りましたので以下に記します。


8:30 東京出発
(機内でラブラブしりとりをする。
 例:君が好き→キスしたい→「いいよ」→「えっ…」)

9:30 大阪到着
(いちはやく大阪に馴染むために
 阪神タイガースのユニフォームに着替える)

10:00 USJ到着
(【必須】2人で写真を撮る。道行く人にとってもらう。
 「可愛いカップルさんね」とか言われて2人で照れる)


USJを楽しむ!
(ぴよちゃんさまはエルモの帽子をかぶる←絶対可愛い。可愛すぎて私が吹き飛ぶ。)
(アトラクション待ち時間の間にラブラブしりとりの続きをする。)
(あわよくば手をつなぐ。)
(跡部にジュラシックパークの恐竜帽子を忘れずに購入する。)


17:30 USJ出発

17:45 ホテルチェックイン
(【残念なお知らせ】シングル2部屋です)

18:00 ホテルのレストランでディナー
(お洒落なフレンチレストランのディナー券がついてるよ)

19:30 それぞれの部屋へ
(ぴよちゃんさまがいつ来てもいいように部屋のカギは開けておきます)


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From.ぴよちゃんさま
Sub.Re:【旅のしおり】ぴよちゃんさまとの愛の逃避行
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時間に関しては了解しました。
連絡ありがとうございます。

その他の特記事項については
見なかったことにするので、
明日までに必ず悔い改めてください。


追伸
明日は冷えるそうなので
服装には気をつけてください。

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「も…萌え死ぬ…!」


数十分後の返信画面を見てベッドの上でバタバタと悶える私。
何か…何かいつもよりメールが優しい気がする!
ほら…ほら追伸の部分とか見て!私の体を気遣ってくれてる!まだ中学生なのに何このイケメンスキル!

そしてあれだけセクハラ発言を連発したにも関わらず
「不愉快です」とか「訴えれば勝てるんですよ」とかいつもの辛辣なコメントがない!
…私にはわかるんです。ぴよちゃんさまの1ミクロン単位の心の動きも敏感に察知できるんです。
ぴよちゃんさまはきっと明日を楽しみにしてる…!
あぁ、想像するだけでニヤけちゃうよ。何この久しぶりすぎる乙女感覚。

心臓がやけに早い。久々に感じるこの慣れない感覚に少し眩暈がした。




「……まぁ、これはないよね。」




真子ちゃんが選んでくれた真っ白な純白勝負下着を乱暴に鞄に詰め込み、旅の準備が完了。
待ってろ、大阪……!!










































「ぴよちゃんさまー!おはようー!」

「…おはようございます。」


朝、張り切り過ぎて30分前に空港に着いてしまった私。
ぴよちゃんさまにメールをしてみると、なんともう空港にいるらしい。

さっすがぴよちゃんさま。行動が早い!

小さなキャリーケースを転がしながらぴよちゃんさまに向かって走っていくと
振り向いたぴよちゃんさまが微かにほほ笑んでくれた。

………朝からそれは反則だよ。




「なんかさ、空港ってやっぱりテンションあがるよね。」

「そうですか?」

「うん。何か大人って感じがするでしょ?」

「…まぁ、そうかもしれませんね。」


もちろん私達はまだ中学生なわけだから、旅行をするにも親の承諾書が必要。
海外にいる親にエアメールで承諾書を送ってもらい、ぴよちゃんさまの方も承諾してもらえたみたい。

でもやっぱり中学生だからこそ、こんなにわくわくするんだと思う。
大人になってからの旅行ではきっと味わえないと思うんだ、こんなドキドキ感。


「わぁ、見てぴよちゃんさま!空港ってこんなにいっぱいお店とか入ってるんだね!」

「…確かに何でも揃いそうですよね。」

「あ!あっちに展望台もあるよ!行ってみよっか!」

「………っふ。」

「おー!見て、今からあの飛行機が飛ぶっぽいよ!……う…わぁ、飛んだ!すごい!
 …よくあんな重そうな機体が空飛べるよねぇ…。すごいわ…人類の飽くなき探究心がすごい…。


窓にべったり張り付いて飛行機を見つめる私の後ろで
さっきから一言も発さないぴよちゃんさまを不思議に思って振り返ってみると、
肩を揺らして笑いをこらえていた。……ん?何で笑ってんの?


「ぴよちゃんさま、どうしたの?楽しみすぎて笑えてきたの?」

「…いえ…。先輩が余りにも…ふっ、子供みたいだなと思って。」

「なっ……しょ、しょうがないじゃん空港とか久しぶりなんだもん!」

先輩は毎日楽しそうでいいですね。」

「先輩を馬鹿にするんじゃない!……ぴよちゃんさまは楽しくないの?」

「……まぁ、少なくとも普段の部活三昧の土日よりは…楽しいんじゃないですか。」


うん、わかってるよ。
だってぴよちゃんさまの顔がいつもより緩いんだもん。
普段は私がしゃべればしゃべる程、何かすればする程険しくなっていくぴよちゃんさまの顔。
だけど今日はまだ1回も眉間にしわが寄ってるいつもの顔を見てないよ。


この調子!この調子で一回も怒られない楽しい旅行にするぞ!
























「いい加減にしてください、たったの1時間も我慢できないんですか。」

「いや…すいません。なんか…テンションあがっちゃって…はい、すいません。」



怒られた。





離陸後10分で怒られた。数十分前のポシティブな私に言いたい、調子に乗るな。



最初はね。離陸の時に私が子供みたいにはしゃぐのを見て、
ぴよちゃんさまが微笑ましげに笑ってくれたり…そんな初々しいカップルのような雰囲気だったんです。

そこで私の悪い癖が発動です。特殊能力発動です。
跡部に何度も言われたあの言葉をフと思いだしました。
「お前の悪いところはその性格と根性と都合のいい思考回路と、あとはすぐ調子に乗るところだ。」
私の全てを網羅した忘れがたきセリフ。もしかしなくても、私の全てが駄目だと言ってますよね、これ。

でも、私もわかってるんです。
そうなんです、調子に乗っちゃうタイプなんです。

今ぴよちゃんさまに怒られたのだって、
「ラブラブしりとりをしよう」としつこく迫ったからなんです。
頭ではこんなことを言うと殴られて、雲を突き抜けFly awayしちゃいそうだな、とわかってるんです。
でも考えるより先に言葉に出ちゃうんですよね。だってラブラブしりとりしたいもん。

最初は呆れた顔で流してたぴよちゃんさまだけど、
あまりにもしつこい私にイラっとしたのか、凍てついた目線で睨まれてしまいました。怖い、後輩怖い。

旅が始まって10分でこの状態だと先が思いやられる。
ここはきちんと反省して大人しくしておこう。
そう思って寝る体制に入った私。ぴよちゃんさまはそれを見て、私が落ち込んでると思ったのか、
微妙にちらちらと私の方を見ながら様子をうかがってくれているようだった。



……ふふ、なんだかんだ言って優しいんだから。



ぴよちゃんさまの可愛い行動を薄目を開けて観察していたのだけど、
段々と瞼が重くなり、私はいつのまにか本当に眠ってしまったようだった。



初めての友達との旅行。初めての大阪。


飛行機の中で見た夢は、はっきりと覚えてないけどとっても幸せな夢だった。