氷帝カンタータ
番外編 秘密のランデブー −Entrance-
「…大阪やーー!」
「何で急に関西弁になるんですか。」
いつのまにかぐっすり眠っていた機内。
ぴよちゃんさまに肩を掴まれがくがくと揺らされたので何事かと思えば、そこは既に関西でした。
なんだかんだぴよちゃんさまもテンションあがってたのかな?
軟な首の持ち主ならぽっきりいっちゃいそうなぐらいの勢いで揺らされてたもんね、私。
機内から下りていく人々に完全に奇異の目で見られてたもんね。
ぴよちゃんさまったら手加減を知らないんだから。
これが跡部とか、がっくんとかなら間違いなく私はぶつぶつと文句を言い続け、
おそらく機内で醜い言い争いが繰り広げられていたことでしょう。
だけど今の私は短い人生の中でも5本指に入るくらいのテンションの急上昇っぷりなので大丈夫です。許しちゃう。
「ここが忍足が育った土地なんだね…、ぴよちゃんさまお願いだから忍足色に染まらないでね。」
「一朝一夕で身につけれるモノじゃないでしょう、忍足さんの人間性は。」
「……あれ?悪口だよね?」
「違います。…行きますよ、もうすぐ荷物が届くはずです。」
「あ、私あれ好き。自分の荷物が流れてくるまでの焦らされてる感じがたまらないよね。」
中々流れてこなくて、周りの人がどんどん去っていくのを見て不安になるんだよね。
そして自分の荷物が最後に流れてきた日なんかには、もうまるで30年ぶりの再会かのように喜んで荷物に飛びついちゃうんです。
空港の全てが私のテンションを高くする。自分でも子供っぽいって思うけど。
後輩の前でこんなテンションが爆上がりしてる所なんて見せるべきじゃないんだろうけど、仕方ない。
そんな私を見て、ぴよちゃんさまは相変わらず無表情のまま姑のような言葉をかけてくる。
「空港の時点でそんなにはしゃげるなんて、先が思いやられますね。」
「…ぴよちゃんさまは楽しくないの?本当感情が表に出ないよね、修行でもつんでるの?」
「…別に楽しくない訳じゃないですけど。」
「え、楽しいの?」
「……楽しいとは言ってません。」
「……。」
ぷいっと視線を逸らして、早く荷物取りに行きますよ、と出口へと急ぐぴよちゃんさま。
…素直じゃないのもあそこまでいくと、本当萌えるなぁ。何なの、思わず顔がニヤけちゃうんですけど。
ぴよちゃんさまが、私のようにきゃっきゃはしゃいでるのなんて確かに想像できない。
その代わりにいつもより少し口数が多いのは、彼が少なくとも「楽しい」と思ってるからなのだろうか。
後姿を見つめながらニヤニヤしてたら、急に振りかえったぴよちゃんさまにとっても嫌な顔をされた。
うん、この旅行で私とぴよちゃんさまの間に張られたATフィールドを破ってみせるからね!
東京に帰る頃には…ぴよちゃんさまが素直に「楽しかったです」って言えるような旅行にしてやるんだから。
・
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「わ!見て、ぴよちゃんさまこの電車USJのペイントがしてあるー!」
「早く乗りますよ。」
「待って待って。ぴよちゃんさまそこに立って!写真撮るねー。」
「………いいです、俺が撮りますから先輩が立って下さい。」
「だっ…駄目駄目!大人しく先輩の言うこと聞きなさい。」
「…どうせその写真も気持ち悪い写真フォルダに入れるつもりでしょう。」
「きもく…ないよ…?フォルダ名とかめっちゃ可愛いよ?マイ・フェアリー・エンジェル・フォルダ【永久保存版】だよ?」
「それが気持ち悪いって言ってるんです。」
つかつかと歩み寄ってきて、私の手からデジカメを奪おうとするぴよちゃんさま。
だ…駄目だ、ここで引き下がったら今日一日1枚も写真撮れなくなるぞ…!
そんなことあってたまるもんですか、そんな旅行何の意味もないじゃん…!
ジロちゃんがいつも寝る前にせっせと設定してる携帯の目覚まし時計ぐらい意味ない。何の意味もない。
部活の時間になっても姿を現さないジロちゃんを探しに行くと、大抵けたたましい電子音が鳴ってるんです。
それを止めるのが私の役割、みたいな。話がそれました。
「わ…わかった!じゃあこうしよう、絶対人には見せないから!私個人で楽しむから!」
「…いや…、何言ってるんですか。それが嫌だって言ってるんですけど。」
「ちょ…いいじゃん!別にその写真をネットにばらまいたりしてるわけじゃないんだからさぁ。ポスターとかにするだけ。」
「どうせ個人で所有してても、先輩の家には色んな人がくるんですからいつかは見られるんですよ。」
「大丈夫だって!超保管するから!超格納するから!お願いします!ぴよちゃんさまを毎日見ていたいんです!
私の朝は写真の中のぴよちゃんさまにおはようって言うところから始まるんです!」
「なっ、大きな声で何言ってるんですか、黙ってください!」
「むぐっ」
反射的に私の口を手でふさぐぴよちゃんさまの顔が赤い。そして掌にこめられた力も強い、痛いよ。
その時。電車のドア付近で中々目立つ言い争いをしていた私達を車掌さんのアナウンスが切り裂いた。
発車を知らせるベルが鳴り響いたのをきっかけに、私達はさっさと車内に乗り込みまだ空いている席へと腰かけた。
車内は新幹線の座席のように2人がけになっていたので、先ほどの写真の件についてまだまだ話足りない私には調度良かった。
「…ねぇ、ぴよちゃんさま。わかった。私もわがまま言いすぎたよ、ごめんね。」
「……わかってくれればいいんですけど。」
「だからさ、ぴよちゃんさまも私の写真いっぱい撮っていいよ?」
「…………。」
「これでお互い公平だよね?私、先輩なのに自分の欲望ばっかり通そうとしてごめんね。大人げなかったね。」
「…………あの…それ本気で言ってます?」
「え?」
「いや…俺が先輩を撮りたいなんて一言でも言いましたか?」
「と…撮りたくないの?」
「はい。」
「っく…じゃ、じゃあ交換条件が成立してないって言いたいわけ?」
「…気づいてくれて良かったです。」
ちくしょう…わかってた、わかってたよ!
そんなの交換条件になるはずないってわかってたけど、
物腰柔らかい感じで、先輩の余裕を感じさせる感じで、そしてさらにいつもより謙虚な感じで言えば
内容はともかく雰囲気でなんとかなると思ったのに…!あわよくばいけると思ったのに…!
「………。」
「…………。」
「………。」
「……先輩?」
「……。」
「…はぁ、拗ねないでください。面倒くさい。」
「………。」
「言っておきますけど、俺は情に流されたりしませんからね。」
「……もういいよ。」
いつもは、なんだかんだ言って撮らせてくれるのになんで今日はこんな頑ななわけ?
……わかった。この旅行を皆にバラされたくないからなんだ。
少しでも足がつきそうな証拠は隠滅したいからなんだ。
何なのよ、私はちょっとでも楽しい旅行になるようにって思ってるのに、
ぴよちゃんさまは思い出から消してしまいたいような旅行のつもりで来てるわけ?
…いや、いやいや。駄目だ、。大人になるんだ。
確かに…自分の写真を撮られて揚句部屋にポスターとして飾られてたら…気持ち悪いよね。
…私の写真を部屋に貼って毎日眺めてニヤついている跡部を想像したら気持ち悪いとか通り越して、いよいよ神に祈るレベルだもんね。
うん、私が悪かった。もうこの件は忘れよう。
そうだよ、旅行を初っ端から悪い雰囲気にさせた原因は私にあるのに何を後輩に責任転嫁しようとしてるんだ、馬鹿…!
思いなおした私は、顔の筋肉をフル稼働させ笑顔を作る。
「……ね、ぴよちゃんさま。最初は何から乗ろっか。」
「……。先輩は何がいいんですか?」
「んー、やっぱりバックトゥザフューチャーかな!あの映画大好きなんだよね。ふふ。」
「………。」
「……はぁ。あとどのぐらいで着くかなー。」
なんとなく沈んだ気分をどうにか盛り上げようと試みるも、なんだか上手くしゃべれない。
気まずい視線をごまかすように窓際の方に顔を背け、流れていく景色をボーっと眺める。
…こういうとこが私は駄目なんだよなぁ。普段まわりのみんなが優しいから、ちょっと厳しくされるとすぐへこたれるというか。
相手が跡部とか忍足なら気兼ねなく口喧嘩できるし、とことんまで喧嘩するからスッキリしちゃうんだけど。
ぴよちゃんさまやちょたに怒られたら、何というか自分が恥ずかしくなるというか。喧嘩する言葉も出てこないというか。
頭の中でぐるぐると、どこが悪かったとか、嫌われたかなとか色々考えてると段々気分も沈んできちゃうんだよね。
いつもなら、こういう時に周りで茶化してくれるがっくんや宍戸がいるけど、今日は2人っきり。
……自分で解決するしかない。というか自分で自分をごまかすしかない。よし、出来る。笑え、…!
「…そ、そうだ私お菓子買ってきた……」
ピロリ〜ン♪
体の内側から顔面に、特に目の辺りに向けてじわじわとこみ上げてくる熱さを飲み込んで
無理矢理口角をあげて作りだした笑顔を携えてぴよちゃんさまの方を振り返ってみると、
真面目な顔をして携帯を真っすぐに構える彼と目が合った。
そして車内に鳴り響く情けない電子音。
な…何だ、これ。
「…っふ、ひどい顔ですね。」
「…何…?」
「何って…。撮ってもいいんでしょう?」
「え…え…?」
「…もう忘れたんですか。俺が先輩を撮ったんだから、先輩も撮ればいいんですよ。」
「………。」
「………ずっとそんな変な顔されてると面倒くさいんで。」
後輩とは到底思えない余裕の表情で、目を細めて笑うぴよちゃんさま。
……やっぱりぴよちゃんさまは駄目だ。
ここで、しつこい私を一発張り倒すぐらいしてくれれば私も応戦できるのに、
そんな風に大人の対応されちゃ、先輩の出る幕ないじゃん。
抑えきれない気持ちがじわじわと私の顔を、目を浸食していくのが感じられたその時には、もう遅くて。
「…う…ぴよちゃんさまぁああ!」
「うわっ…ちょ、やめてください。服が汚れるじゃないですか。」
目から鼻からずびずびと液体を垂らし、年上らしからぬ情けない顔でぴよちゃんさまに抱きついてみると
今度は優しさのかけらもない本気の力で押し戻されてしまった。何、この飴と鞭。
果てしない…果てしないよ、ぴよちゃんさま!もうどこまででも着いて行きます…!
そう心に誓い、心からの笑顔をぴよちゃんさまにプレゼントフォーユーすると、
もうそこには無表情ないつものぴよちゃんさましかいなかった。
・
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・
「わー……!きた!ついにUSJに来たよ、ぴよちゃんさま!」
「…結構混んでますね。」
「ね!あの入り口で写真撮ってもらおう!」
「……はしゃぎすぎですよ。」
そりゃはしゃぐでしょ!こんなテーマパークに来たら!
と言い返したかったけど、ぴよちゃんさまの様子はというと
さすが氷帝のキング・オブ・無感動。いつもと変わらない表情でした。
見てなさいよ、もう1度帰るときにこのゲートをくぐるときには
「やだやだー!まだ帰りたくないよ先輩ー!ぐすん!」
と言わせてやるんだから!そんなことを言い出したら心配になるけどね!
「すいませーん、写真お願いできますか?」
「あ、いいですよ。」
道行く親子連れの、優しそうなお母さんにデジカメを託し、
ぴよちゃんさまの腕を引っ張ってゲートの前に立つ。
微妙な距離感を保ったまま、満面の笑みでピースをする私。
横にいるぴよちゃんさまの表情は見えないけど、きっと無表情で突っ立ってるだけなんだろうなぁ。
そんなぴよちゃんさまも可愛いからいいんだけど。
「はい、確認してくださいね。」
「ありがとうございましたー!」
お母さんから手渡されたデジカメを早速チェックしてみる。
と。
そこにいたのは、アホ面で笑う私と、
ぎこちなくピースをする、うっすら笑顔のぴよちゃんさま。
「な…っ、う…うわあああ!ぴよちゃんさまが笑ってる!!」
「……何がおかしいんですか。」
「いや…いや、だってこんな表情初めて…初めて写真に収められた!」
「……先輩は一々大げさなんですよ。あととても失礼です。」
「ごめ…だって、嬉しくて…!えへへ、帰ったらこれ絶対Tシャツにする!」
「やめてください、本気で殴りますよ。」
まだまだ旅行は始まったばかり。
いっぱいぴよちゃんさまの新しい顔を発見したいな。