氷帝カンタータ





番外編 秘密のランデブー -Goal!-





「あー…。はぁ…。」

「なんですか、五月蝿いですね。」

「……ねぇ、今から私ものすごく可愛いセリフ言うから聞いてて。」

「………。」

「…帰りたくないなぁ。」

































「今日の降水確率は80%ってニュースで見ましたけど、この分だと東京に着く頃までは大丈夫そうですね。」

「え、う、うん…!」

「ルームキーは持ちましたか?」

「あ、はい!」

「じゃあ行きましょう。」



アレ…、おかしいな…

なんだろう、今時空が歪んだのかな?



全く何もなかったかのように荷物を持ち
部屋を出るぴよちゃんさまに、取り残された私。

さっきの渾身の可愛さアピールはちゃんと届いていたのだろうか。
のラブリー光線!」「ひよしにはこうかがないみたいだ………」
頭の中では、そんな哀しい攻防が繰り広げられていた。


「ね、ねぇぴよちゃんさま…さっきの…ちょっと心にひびいたりした?」

「…………あえてコメントを避けてあげているんですが、わかりませんか。」

「怖い!何その目怖い!ちょっとしたトキメキ提供のつもりだったのに!」

「腸(はらわた)が煮えくりかえりそうです。」

あ、憎悪そのものだね!


ちらりと振り返ったぴよちゃんさまの目は、無感情そのものだった。
これ以上食い下がるのはマズイと判断した、中3、先輩。
大人しく荷物を引き、ホテルロビーへと向かう。


それにしても、今日の朝は恥ずかしくなるぐらいに取乱してしまった。
そりゃ朝起きて、目の前で天使の化身と名高いぴよちゃんさまが寝ていたら
ベッドから転げ落ちて首の筋を違えてしまうのも仕方ないことだと思うけど…。


それでも、あれはダメだった。
先輩としての威厳を重んじている私にとっては
あの「何このぐらいで騒いでんだ意識してんじゃねぇぞ」みたいな
ぴよちゃんさまの嘲る目が悔しい。


…私がもっと場数を踏んでいれば何なくあしらえたのかもしれないけど…
相手がぴよちゃんさまっていうのも悪かった。ジロちゃんが寝ているのとは訳が違うんだもん。


しかし、私とは対照的にぴよちゃんさまは随分と余裕ぶちかましてたなぁ…。
むしろ私が夜にベッドに入り込んだりしたら、叩き出されそうなのに
それをしなかったというのは………



「……私、東京帰ったら女磨きの修行に出るよ。」

「…芥川さんの睡眠欲を今の半分以下にする方がよっぽど簡単でしょうね。」

「そんなに無理難題?ねぇ、そんなに?」



ニヤっと悪い笑顔をしたぴよちゃんさま。
反論しようとしたと同時にエレベーターが到着を告げた。


スムーズにチェックアウトが終わり、
手続きの最後に、スタッフさんが本当に申し訳なさそうに謝るもんだから
なんだか逆に申し訳ない気持ちになってしまった。

だって、その手違いのおかげで
ぴよちゃんさまと楽しい時間を過ごすことができたのだから。
一緒の部屋で一晩を過ごせるなんて、今後生きている中でもう無いかもしれない。
このラッキーに感謝感謝。


…なんて言うと、間違いなく阿修羅の如く怒り狂うに違いないこの後輩。
この想いはそっと胸に秘めたまま、ホテルを後にした。




































「さて…、少し時間がありますね。」

「そうだねぇ、ランチして空港向かえば丁度いいぐらいじゃない?」

「何が食べたいですか。」

「…んー、何か大阪っぽいもの。」

「何ですかその漠然とした答えは。」


ホテルを出て、取り合えず目指したのは
大阪の中心地であると言う「梅田」
とりあえずここに来れば何でもあると言うガイドブックの謳い文句に従った。
駅のコインロッカーに荷物を預けて、身軽になったはいいものの
中途半端に空いた時間をどう埋めるかまでは考えていなかった。


「あ、そうだ。昨日ガイドブック見て気になってた…」


鞄からゴソゴソと取り出したガイドブック。
印をつけていたページを開くと、ぴよちゃんさまも一緒にそれを覗きこんだ。



「……お好み焼き、ですか。」

「うん。結構ここ並ぶらしくてね、美味しいんだってー!ここにしない?」

「場所も近そうですし…行きましょうか。」

「ごーごー。明日忍足に会ったらここのお店知ってるか聞いてみよーっと。」

「…まさかとは思いますけど、忘れてませんよね?」

「え、何が?」

「この旅行については口外しないでくださいね。」

「………………え、ああ「忘れてましたね。」



忘れてたよ、そんな設定!

え、じゃあこの楽しかった思い出を誰にも自慢することも出来ず
心の中で留めておかないといけないのですか…。


「えー…いいじゃん、もう。別に誰も変に思わないよ。」

「思われます、……変な噂なんかされたら迷惑でしょう。」

「…え、えと……その、私はへへっ、ぴよちゃんさまとなら「俺が迷惑するんです。」

「わかってるやん…冗談やがな…。そんな怒らんとってーや……。」


「…少し関西弁が上達したんじゃないですか?」

「え、本当!?やったぁ、明日忍足に自慢し「5秒前のことも忘れてしまうんですか?随分幸せな脳ですね。」

「……相変わらず切れ味が鋭いね、ぴよちゃんさま…私のHPはとっくに0だよ…。」

「無事仕留められたようで良かったです、早く行きますよ。並ぶんでしょう。」


クールにそう言い捨て、スタスタと歩いて行くぴよちゃんさまは、やっぱりいつものぴよちゃんさまだ。
この旅行でちょっとは楽しんでくれたのかな、彼は。
私はもちろん最初からずーっと脳内お祭り大フィーバーだけれども、
あの様子を見ていると、むしろ悪化したように見えるのは私だけでしょうか…。

































「うわ、やっぱり行列。」

「…仕方ないですね、並びますか?」

「折角来たんだし、やっぱ食べたいもんね。さ、並ぼ!」

「昨日のアトラクションの行列に比べれば短い方ですね。」


確かにぴよちゃんさまの言うとおりだ。
この行列なら、待って15分〜20分ぐらいだろう。
昨日の長い長い待ち時間に比べればどうってことない。

それに、東京に帰ってしまうと
こうしてぴよちゃんさまと2人っきり、なんてシチュエーション
中々ないだろうから今のうちに堪能しとかなければ。


「じゃあー…昨日聞けなかったぴよちゃんさまへの質問を大放出しちゃおうかな。」

「まだあるんですか……。」

「いくらでも出てくるよ、ぴよちゃんさまの全てを知りたいと思ってるからね!」

「出るとこ出れば、勝訴できそうな発言ですね。気をつけた方がいいですよ。」

「んー…と、好みの女性に関する質問です!好きなバストサイズむごふっ!!

「な…にを大きな声で口走ってるんですか、いい加減にして下さい!」


ぴよちゃんさまに口元を思いっきり抑えられて、発言は中断された。
…この質問の意図としては、「ぴよちゃんさまが、質問に対して
恥ずかしがって顔を真っ赤にする様子を永久脳内保存したい☆」
ということだったのですが、一つ誤算があったとすれば
ぴよちゃんさまの顔色はほんのりピンクなんかではなく
怒りを含んだ真顔だったことです、ね。


本格的に息の根を止めにかかってきた後輩の腕をなんとか振りほどく。


「ご…ごほっ、ごめんって…。ねぇ、小説読むのやめようよ、切なさで震えるよ、私。

「………。」


ギラッと睨みを利かせるぴよちゃんさま。
ひっ、と声をあげる私。

そしてクスっという笑い声。
笑い声?

フと、後ろを振り向くとそこにはもう行列ができていて
すぐ後ろにいる男子学生2人組の内の1人が発した笑い声だったようだ。

外見から判断するのはいけないことだけど、
なんとなくちょっと柄の悪そうな2人。
あまり関わりたくなかったので、見て見ぬふりをしてみるけれど、
相変わらずぴよちゃんさまの周りだけ英国喫茶のような雰囲気が漂っている。
よくこんな繁華街で落ち着いて本なんか読めるね…。


「あ、そう言えばぴよちゃんさま今度練習試合あるの知ってた?」

「ああ、跡部さんが言ってましたね。」

「ぴよちゃんさまはシングルスでしょ?今回は。」

「はい、たぶん。」

「私思ったんだけど、ぴよちゃんさまと忍足がダブルスするのって面白そうじゃない?」

「……どうしてですか?」

「2人とも全然息が合ってない様子を想像するだけで面白いよ。」

「……まぁ、合わないでしょうね。」


何とかぴよちゃんさまの意識を会話に向けさせることができた!
と喜んでいると、後ろの2人が何かコソコソと話をしているのが目に入った。

……なんか感じ悪いなぁ。

旅先の大阪ということもあり、まぁ二度と会わない人だ、
気にしないでおこうと決めたのだけど



「…なぁ、自分ら氷帝の生徒か?」



おもむろに肩を叩かれ、振り向いてみると
やっぱりそこには柄の悪そうな2人組。

1人は眩しいほどの金髪。
金髪=不良、これは間違いない。絶対素行が悪いに違いない。

そしてその後ろで携帯を弄っている男子学生は
前世がコルクボードだったのかと思う程、たくさんピアスが開いている。

不良。これも間違いなく不良です、氷帝の箱入り娘の私にはわかるんです。


「…そうですけど…。」

「あ、やっぱそうッスわ謙也さん。こいつ見たことある。」

「え、どっち?この女の子?」

「いや、そいつ。なんやっけ…あ、日吉やろ?」

「……四天宝寺中学、でしたっけ。」

「え!ぴよちゃんさま、知り合いなの?」


ぴよちゃんさまを大阪の不良から守らなければならないと、
必死に盾になっていたのだけど、その必要はなかったようで。
いつのまにか本を閉じていたぴよちゃんさまは、
不良達と面識があるようだった。


「この前、ミーティングの時ビデオ見たじゃないですか。」

「……あ、ああ!え、あの…?確かにそう言われてみれば…。」

「なんや、俺らも有名なったもんやなぁ財前!」

「私あれお笑い番組だと思ってたから「失礼やな、お前。」

「まぁ、しゃあないんちゃうか?小春とユウジなんか狙ってる節あるしな。」

「あ、ダブルスじゃなくてあのイケメンの人がNGワードを呟いているあたり「言ったらアカン!そっとしといたってや!」



すっ…鋭い…

というか、会話の応酬が早すぎてもうほら、見てください
ぴよちゃんさまなんかポカーンとしちゃって会話に入って来れてないじゃないですか。

これが大阪の洗礼か…と身構えているところに
店員さんの野太い声が聞こえた。


「次お待ちのお客さん、お待たせしましたー!何名様っすか?」

「え、あ、2名です!」

「あー!2人かぁ!ちょうど今4人席空いたんやけどなぁ。後ろの兄ちゃんらは?」

「俺らは2人。」

「丁度ええやん!すんませんけど、相席してもらえませんか?今日かなり混みあってまして…。」


確かに私達が呼ばれるまで20分ほどかかった上に、
その後ろにはずらっと行列が出来ている。

どうしようかと、ぴよちゃんさまと目で会話していると
後ろから気だるい声が飛んできた。


「…ええやん、別に。もう腹減ったわ。」

「そうやな、お兄さん!4人で入るわ!」

「ありがとうございますー!勘忍な!どうぞ、こちらへ!」

「え、え…」

「はよ入りーや。」


なんだか関西人の嵐に巻き込まれている。

状況がわからず、取り合えずあたふたしていると
後ろからコルクボードの妖精が私を見下ろしていた。
心なしか睨まれてるような気すらする。
さっきからなんかふてぶてしいわね…!

普段相手にしている関西人は、
慣れているからいくらでも言い返せるんだけど、
いざ本場の関西人、それも不良という先入観が手伝って
なんだか委縮してしまう。簡単に言うと、まぁまぁ怖い。


「…仕方ないですね、入りましょう。」

「ぴ、ぴよちゃんさま大丈夫よ…私が守ってあげるからね…。」

「…っふ、何をビビってるんですか。」

「ビ、ビビってないよ!で、でもあの子達きっと放課後に窓ガラス割りまくってるタイプの子達だから…。

「そうなんですか?」

「きっとそうだよ!だってほら見てよ、あの制服…!ズボン…!パンツ見えちゃってんだよ!?」

「目の付けどころがさすが変態ですね。」

「ちがっ、パンツはね秘められているから良いのであって、さぁどうぞって見せられちゃうとなんか違うっていうか」

「おーい、何してんねん。はよ座りや。」


4人席の片側に既に仲良くお座りしている2人。
ごくりと喉を鳴らした私は、まるで今から戦地に赴くように…
緊張したまま一歩を踏み出すのだった。





































「あ、ちょっとそれ私の焼きそばなんだけど!」

「ええやん、俺も食いたい。」

「それが大阪ルールなんですか!それなら私にだって考えがあるんだから!」


4人席に1つの鉄板。
その上にどんどん運ばれてくる美味しそうな料理に
わくわくしていたのも束の間。

目の前の、初対面であるはずの人間が
さも当然のように私の注文した焼きそばをピックアップし始めた。
ほらご覧なさい…!この子達はやっぱり不良ですよ…!
盗んだバイクで走りだすタイプの不良なんだから…!

しかし、いつまでもやられっぱなしもいけない。
手元にあったコテをおもむろに振りかざし、
私は目の前にいる世界コルクボード協会会長のお好み焼きに狙いを定めた。


「へっへーん!私だってもらっちゃうから!」

「ええで、別に。」

「やだ、やめてよ大人な対応は!私がまるで心狭い奴みたいじゃん!」

「自分、ほんまうっさいなぁ!日吉ドン引きしてるやん!」


涼しげな顔でお好み焼きをあけ渡すコルクボードの精霊に、
ゲラゲラと大きな声で笑う金髪。
なんだか無性に恥ずかしくなってきてわなわなと震える私と、
我関せずで黙々とお好み焼きを食べるぴよちゃんさま。


「……っていうか、思ってたんだけど。自己紹介とかしませんか。」

「まずは1番年下のお前からやろ。」

「えっ、なんで?私、3年生だよ?」

「マジで?1年か思ってたわ!日吉の方が大人やん!」

「ど、どこからどう見ても先輩でしょ、私が!」


またもゲラゲラ笑う金髪。
そして「1番年下」という発言から、私は1年生だと思われてたのかと…。
だからこんなに高圧的だったのね、コルクボードさんは…。


「まぁ、ええわ!俺は浪速のスピードスター忍足謙也や!!3年やで。」

「おしっ…、え…ちょっ…。」

「……ビデオ見てる時、聞いてなかったんですか?忍足先輩の従兄がいるって。」

「従兄!?えー…まぁ、そっちも気になるんだけど、ちょっと恥ずかしい称号みたいなのが聞こえて
 そっちの方が気になるって…ふふっ…いうか…。」

「おい、何わろとんねんっ!かっこええやん、スピードスター。」

「ふふっ、あ、うんカッコイイと思い…ますぶふうっ!

「こいつめっちゃ失礼やな、日吉!」


「平常運転です。」


ダメだ、めっちゃ面白い…。
忍足の従兄にしては、忍足とテンションが違いすぎて面白い…。
浪速のスピードスターって…、それを自己紹介で発表しちゃう感じが…!


「財前光。2年でーす。」

「2年!?ちょ…普通に私にタメ口だったよね?」

「だって1年やと思ってたもん。敬語にした方がええんスか?」

「ま、まぁ一応上下関係ははっきりさせておかなきゃいけないからね。」

「…別にどーでもええっスわ。」

「で?」

「は?何?」

「え、と君の称号は?浪速が生んだコルクボード芸人とか、そういうのはないの?」

「訳分からんボケ放り込みすぎやろ、どこから突っ込んだらええかわからんわ。」

「何なん?コルクボードってどっから来たん?」

「…その、ピアスたくさんつけてるから…。」

ぶふぅっ!ははは!何なんそれ、自分おもろいこと言うやん!」

「今時ピアスぐらいでネタにされる、思わんかったッスわ…。」


言ったこっちがびっくりするぐらい大笑いする忍足2号に、
呆れた顔でまだ尚、私の焼きそばに手をつけるコルクボードさん。

ぴよちゃんさまはというと、いよいよこの輪から離れて
お好み焼きの最後の一口に取りかかろうとしているところだった。


「で、自分は?日吉の彼女なん?」

「ちがっ!か、彼女じゃなくてお嫁さん「焼きますよ。」






怖い。





たった一言だけど、めちゃくちゃ怖くないですか。
焼きますよって、何を?私をこの鉄板で焼くってことですか?
ブルブルと震えあがる私をみてまた笑う忍足2号。


「…彼女ちゃうんスか?」

「違うに決まってるだろ。テニス部のマネージャーだ。」

「え、そうなん!?じゃあアレか!侑士が言うてたマネージャーか!」

「忍足が?どうせ可愛くないマネージャーとか悪口言ってたんじゃない?」

「いや、俺、マネージャー男やって聞いてたで。」

「ぴよちゃんさま、準備して。あいつの家に水風船爆弾を打ち込むわよ。

「あながち間違いでもないんじゃないですか?」

「ぴよちゃんさままでっ…!」


ウッと泣き真似をする私に見向きもせず、最期の一口を楽しむぴよちゃんさま。
この大阪の戦場のど真ん中で、私が頼れるのは唯一ぴよちゃんさまだけだというのに、
余りにも冷たくありませんか…!


「自分、名前は?はよ自己紹介してや。」

「あ、ごめん。私は関東美少女連合終身名誉会長の 、中学3年生で氷帝のアイドルやってます☆

「…………3点やな。」

「めっちゃスベってるやん!!」

ねぇ、もうヤダぴよちゃんさま!私に関西デビューはまだ早かったんだよ!」


「俺に振らないで下さい。」

さんな。ええねんで、そうやってボケを放り込んでいくとこから修業は始まるねんからな。」

「そんな修行積みたくないです、師匠…。」

「はぁ、めっちゃ腹いっぱいッスわ。」

「え…、わた…私の焼きそば…私全部食べたっけ?」

「大阪の鉄板は戦場ッスわ。さんがおもんない発言してる間に全部終わりました。」

「表に…来てもらおうか…。食べ物の恨みは怖いってこと、身を持って教えてあげないとね…。」


































「ほな、またな!侑士によろしく!」

「…っー、まだ首の筋おかしいし…。あの女子エグすぎっスわ…。」

「ざっ、財前君が悪いんだからね!でもなんかゴメン!」

「次会ったら覚悟しとけっちゅー話ですわ。」

「……あ!そ、そうだ2人とも…あの、私とぴよちゃんさまが旅行に来てたことは
 くれぐれも口外しないように…お願いします…!」

「……やらしー、お忍び旅行ッスか。」

「そ、そんなんじゃないけど!とにかく…忍足とかにも秘密で…お願いね!」

「任せとけっちゅー話や!ほら、行くで財前。日吉もまたなー!」

「…お疲れ様です。」


ペタペタと歩いて行く2人の後姿を見つめながら、
私とぴよちゃんさまは同時に大きなため息をついた。


「……なんか、昨日1日の疲れよりももっと疲れた気がする…。」

「…同感です。」

「楽しかったけど…体力いるよね、あのツッコミの応酬には…。」

「いつも先輩のことを五月蝿いなと思ってましたが、それ以上でしたね。」

「うん、なんか今さりげなく心を串刺しにされた気がしたけど、もう反論する気力もありません…。」

「………帰りましょうか。」

「…うん…。」


































「………おい。」

「何よ、ちゃんと買ってきてあげたんだからこの場でかぶるぐらいしてくれてもいいんじゃない?」

「…誰がこんな馬鹿みてぇな帽子買ってこいっつったんだよ!」

「正真正銘あんたがジュラシックパークの帽子欲しいって言ってたじゃないの!」

「俺が言ってんのは、あの探検家がかぶってる帽子だ!なんだこの気持ち悪ぃ恐竜は!」

そっちかよ!!ちょ…そ、そんなのわかんないに決まってるじゃん!USJでジュラシックパークって言えばこれでしょ!?」

「本気で脳みそ足りてねぇんだな、ちょっと落ち着いて考えればわかるだろうが!
 なんで俺が、この、帽子を、欲しがると思ったんだよ!

この馬鹿みたいな感じが跡部に似合うと思ったからよ!


その瞬間。

目にも止まらぬ早さで飛んできた跡部の右ストレートに
この世の理不尽さを感じました。私は悪くない…!


軽く飛んだ私を見て、呆れたような視線を送るその他面々。
折角だから早くお土産を届けようと思って、朝練の部室にまで持ってきてあげたのに
こんな仕打ちってありますか。



「ってか、そう言えば。誰と行ってきたんだよ?」

「なんか行く人いねぇー、とかって電話してきてたよな?」

「……クラスメイトの瑠璃ちゃんと行ってきたんだよ。」

「ふーん。ま、このタオルは結構気に入ったわ。ええ感じやん。」

「…うん!皆違う柄にしておいたから、部活でも使ってね!」






























「…お。あれ、"瑠璃ちゃん"じゃね?」

「あ、ほんまや。おーい、瑠璃ちゃーん。」




「へっ…え、えっ!?」

「昨日ちゃんとUSJ行ってきたんだろ?楽しかった?」

「え…USJ?」



校舎内の廊下を友達と歩く"瑠璃ちゃん"
マネージャーの友達の中でも特に中の良いグループの子らしく、
向日と忍足は顔見知り程度にはその子を認識していた。


「…が言ってたぞ。」

「……えーと…たぶん…違うと思う。私、昨日はずっと家にいたから…。」



どうも嘘をついているようにも見えない。
2人は不思議そうに顔を見合わせていた。

































『おー、侑士?今、昼休みか?』

「せやけど。どうしたんや、急に。」

『いや、自分とこのマネージャーって女子やったんやな。』

「……なんで知ってるん?」

『へ?いや…ちょっと噂で聞いてな!』

「………あぁ、そう言えばが言うてたわ。」

『ん?何をや?』

「謙也によろしく、言うてた。」

『え、あいつ侑士には言うてるんか!なんやー。』

「……昨日、会ったんやろ?」

『せや。まぁまぁ笑いのセンスある奴やん。』

「まぁな。……ほんで、ともう一人一緒におった奴おるやろ?」

『え?…あー、うん。』

「そいつが、謙也の名前忘れとってなぁ。俺、今日朝聞かれてん。」

『はー?物忘れ激し過ぎやろ!俺はめっちゃ覚えてんのに!』

「…………ほんまに覚えてんのか?」

『覚えとるわ!ほら、なんやっけ…あいつやん…!』



































放課後、部室にて。

なんとか今日と言う日が無事終わりそうな兆しが見えてきた。
昨日の夜、寝る前から急に不安になり始めた「バレたらどうしよう」ということ。

まさか先輩と2人で旅行に行き、
しかも同じ部屋で寝泊まりしたなんてテニス部のメンバーに知られたら
俺はあっさりとこの世に見切りをつけてしまうかもしれない。
そのぐらい、絶対に、隠し通さなければならない事項なのだ。



ガチャッ



「あれ、ぴよちゃんさま今日は1番乗りじゃん。」

「…どうも。」

「……大丈夫?なんとかバレてないみたいだね。」


ドサっと鞄を机に置き、上着を脱ぎながら
先輩が目の前の椅子に腰かける。



「……ごめんね、隠したりするのって大変だよね。」

「…まぁ…。」

「…ね、1つ聞きたかったんだけどさ…。ぴよちゃんさま楽しかった?」



こちらを見ずに半笑いでさりげなく問う先輩。
単純な質問のはずなのに、何故だか素直になれない自分がいた。

なんとなく…

なんとなくここで「楽しかった」なんて言うと
目の前の先輩が目に見えて調子に乗りそうだし、
まんまと先輩の術中にハマッてしまったような感じがして嫌だった。



「………。」

「ま、また行きたいな〜とか思った?」

「……………。」

「……………。」

「……あ、ご、ごめん!隠したいぐらいなんだから、そんな訳ないよね!」



別に意地悪で沈黙していた訳じゃなく、
本当にどう言っていいのかわからなかった。
…なんというか、悔しかったんだと思う。
先日のことを振り返ってみても、「楽しくなかった」想い出は1つも見つけられなかった。



「ごめんね、ぴよちゃんさま。私、楽しかったから、ありがとうって言いたくて…。」

「……。」


ヘラヘラと笑いながら上着をハンガーにかけようとする先輩。
明らかな空元気に、嘘笑い。
何か言わないと、と思うのだけれど……
ここまで自分の性格がひねくれているとは思わなかった。


「そ、それにしてもさぁ跡部の奴ヒドイよねー!絶対あれかぶってほしかったのにさ!」

「…………。」

「跡部をUSJに連れていったりしたらどうなるんだろう、資本主義の申し子みたいな奴だから
 気に入ったお土産とか全部買い占めちゃうんだろうねぇー…ふふ。」

「……先輩。」

「ん?」








「…っ、別に…隠したいのは…、楽しくなかったからとか…ではなくて…。」

「……?」

「…その…、か、仮にも男女が2人で泊っていたなんて知られたら…色々とマズイと思うから、です。」

「…………え、なんで?」



なんで?だと?

真剣にわからない素振りで、俺の顔を覗きこむこの先輩が本当に理解できない。

本当に馬鹿なのか?

どう考えてもマズイに決まってるだろ。
それとも、普段はしつこいぐらいに変態的な欲望を俺に向けているくせに
実は、微塵も異性として意識していないのか?


……それはそれで、何故かイラっとする。


こっちが、あの夜、全然眠れなかったことを知りもしないで…



そこで、意識が完全にあの夜の出来事へと飛んで行った。

目の前にいる先輩のバカ面を見つめているはずなのに、
脳裏に浮かぶのは、あまりにも無防備な先輩の寝顔に
当たり前だが自分とは全然違う身体の、感触。



「…え、と、ぴよちゃんさま?大丈夫?」

「っ…!」



心配そうに覗きこむ先輩の声で、はっと我に帰った。
自分でもわかるぐらいに顔が紅潮している。
それをこの先輩に見られた、ということに焦りを隠せない。

どうでも良い時ほど、勘の鋭い先輩に
今、俺が何を考えていたかなんて絶対に知られたくない。

必死に顔を背け、落ち着こうとした時。





バタンッ




「確保ーーーーーっ!!!」


「うわぁあ!なっ、何よ!」

「観念しろ、!証拠はあがってんだぞ!!」

「ちょっ、痛い痛い痛いってば!!何なのよ!」

「えー…、17:35。容疑者を確保しました、取り調べ室へ向かいます。」


カシャン



「ちょっ…何、この玩具の手錠は!!状況を説明してよ!」



今、目の前で起きたことに頭がついていかない。

端的に説明すると、突然部室に乗り込んできた忍足先輩や向日先輩に
先輩が取り押さえられた。ご丁寧に手錠まで用意をして、
警察ごっこでも流行っているのか?
その2人に続くように、わらわらと残りの先輩達も入室してきた。

椅子に乱暴に座らされた先輩も、全く訳がわからないといった様子だ。



「……。お前、今日朝何て言うた?誰とUSJに行ったて?」

「……だからクラスメイトの瑠璃ちゃんだって。」

「瑠璃ちゃんは、昨日一日中家にいたって言ってんだよ!!」


バンッ



何故だか心底楽しそうな向日さんが、机に上り
先輩の目の前でおもむろに机を叩く。

対面に座った忍足さんは机に肘をついたまま、淡々と質問を続けた。



「…っ。」

…正直になった方が楽やで…。」

「な、何を言ってんのよ。あんた達の勘違いでしょ。」

「…………しゃあない、ジロー。持ってこい。」

「はいはーい!……んー、とっはい!ちゃん、これ!」



そう言って、先輩の目の前に差し出されたのは
忍足先輩の携帯画面だった。

面倒くさそうな顔でその液晶に目をやった先輩。
画面をみた2秒後には、目玉が飛び出しそうなほど驚いた表情をしていた。


「なっ…!!!」







From:謙也
Sub:(無題)
-----------------------
思い出したわ、さっきの!
2人でおった奴!

日吉や!









「……っく…口止めしたのに…!!」

「……お前の敗因を1つ挙げるとすれば…判断を誤ったことや。」


極悪な顔で、先輩に詰め寄る忍足先輩が呟いた。







「…謙也は、アホやっちゅーことを見抜けんかったお前が悪い。」








































あの後、しばらく先輩への尋問は続けられ、
共犯であるはずの俺については、特に触れられることもなかった。

「日吉に何しようとした。」
「まさか日吉に変なことしてないだろうな。」
「心の傷のケアは大変なんだぞ。」



そんな風に、口々に責められる先輩を見て
あぁ、この人は本当に可哀想な扱いを受けているんだな、と感じたけれど
触らぬ神に祟りなし。面倒なことになる前に
こっそり部室を抜け出した。


そんな夕暮れの帰り道。
急にポケットの携帯が震えたので、
何気なく確認すると、差出人は今、まさに尋問を受けているはずの先輩だった。





From:先輩
Sub:監獄
-------------------------
ぴよちゃんさま…
私は今、獄中からこのメールを送っています。
もう私はダメです。
あ、ついに今忍足が私のことを
ぴよちゃんさまに性的ないたずら行為を働いた
変質者扱いをしました。決闘です、望むところです。

私が帰らぬ人となる前に、
最後にこの写真を送ります。

ぴよちゃんさま、
楽しい思い出をありがとう。








添付ファイルを開いてみると
そこにはいつも通り馬鹿みたいな顔の先輩と、
少し笑ってピースをする珍しい自分がいた。

……帰りに撮った写真か。




その写真を見ていると、
先輩がアトラクションで奇声を発していたことや、
中学生とは思えないレベルの感情移入で
一々笑わされたことが、どんどん蘇ってきた。

フと、知らぬ内に顔がニヤけている自分に
驚きが隠せない。





(………。)






少し考えて、携帯を閉じる。
今頃、自分の代わりに質問責めにあっているだろう
先輩のことを思いながら、帰路に着いた。






















To:先輩
Sub:Re:
----------------------
楽しかったです。













fin.