朝起きて、携帯のアラームを止めて、カーテンを開ける。
気持ちいいぐらいの快晴。
何でもない日常のはずなのに、なんだかいつもと違って見えるのは
氷帝カンタータ
番外編 Bon anniversaire!!
「おっはよー!真子ちゃん!」
「おはよー、。」
下駄箱で出会った真子ちゃんに、いつものように挨拶すると
今日も眩しい笑顔をプレゼントしてくれた。
どうしようもなくテンションの高い私に気付いたのか、
真子ちゃんにジっと顔を覗きこまれる。
早く気付いて、とウズウズしている私に
少し呆れた苦笑いを浮かべる真子ちゃん。
「…誕生日おめでと、。」
「えへへ、ありがとー真子ちゃん!」
嬉しくて真子ちゃんに飛びつくと、暑苦しいと突き放されてしまう。
だけど…だけど今日は1年に1度のスーパーDay!
今日だけは何をしても許される!
そして何もせずとも皆がチヤホヤしてくれる!それが誕生日ってもんですよね!
スーパーマリオで例えるならスター状態、つまり無敵状態。
こんな嬉しい日の始まりが真子ちゃんの笑顔だなんて、私はついてる!
今から始まる長いようで短いハッピータイム。
どうしようもなくワクワクするのは、きっと私の環境が去年と変わっているから。
今年はどんな誕生日になるんだろう。
こんな顔あいつらに見られたら間違いなく罵倒されるんだろうけど…
だけど…だけど、やっぱりちょっと期待しちゃうよね。
・
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「あ、ちゃんおはよー!誕生日おめでとう!」
「わー、瑠璃ちゃんありがと!大好きだよ!」
「えー、今日さん誕生日なんだ?おめでとー。」
「うんうん、そうなんだよ!皆もっとちやほやしてくれていいんだよ!」
教室のドアを開けた瞬間、駆け寄ってきてくれた瑠璃ちゃん。
「誕生日」の単語を聞きつけた他の友人達も次々に嬉しい言葉をくれた。
…ああ、やっぱり誕生日って…誕生日って素敵だよね。
「ちゃん、実はね…私達プレゼント持ってきたんだー。はい!」
「……え?ほ、本当に?ありがとー!」
まだ自分の席にもついていないのに、次々に集まってくる友人達。
あっという間に輪になった女子軍団の後方から登場した華崎さんが持っていたのは
お洒落な雰囲気ただよう袋。
上品な白地に黒紐を通したその袋には「JILLSTUART」の文字。
「…うわ、こんな高価なモノもらっちゃっていいの!?」
「皆で選んだんだよ!ほら、早く開けてみて!」
ヤバイ、もう泣きそうだ…!何なのこの子達、優しすぎるでしょ…!
私はなんて幸せ者なんだろう。
笑顔の友人に囲まれて、袋からそっと箱を取り出すと、
お化粧ボックスのような大きさの箱に可愛くプリントされたピンクのリボン柄が目に飛び込んてきた。
箱の見た目だけで乙女心がくすぐられるような。
「わぁ、なんだろ…。」
皆が見守る中、箱を開けると中には薄いパープルのペーパークッションに包まれた
可愛い小箱が3つ。どれもが淡いパステルカラーでもう見てるだけで顔がニヤけちゃう。
「…これ、コスメ?可愛い!」
「皆でちゃんには何が良いんだろーって話してた時にね…。」
「もっと女の子らしくなれば、少しはちゃんの未来は明るくなるかもって!」
「え…わかんない、喜んでいいのか何なのかわかんないよ…?」
微笑む皆の発言に思わず真顔になってしまうと、
ケラケラと可愛い笑い声が響いた。
「ふふ、っていうのは冗談で!ちゃんコスメとか持ってないでしょ?」
「プレゼントとかでもらわないと自分で買わないだろうなーって思って!」
「それにさ、ちゃん可愛いんだからこういうの持ってるときっと似合うよ。」
「……みんな…、大好きだー!」
あまりにもチヤホヤされすぎて恥ずかしくなった私は
それを紛らわせるように近くにいた華崎さんに飛びついた。
皆が私のことを思いながらわざわざプレゼントを選んでくれたことが嬉しい。
やっぱり持つべきものは友達だよね。
「私、これ全部大事に使うね!皆、本当にありがとう!」
「このリップとかちゃんに似合いそうじゃない?これつけてたらぜーったいテニス部の皆も悩殺だよー!」
「え…えー、そうかな?!まず間違いなく誰も気づかないと思うけどな…!」
「テニス部」の単語にビクっと反応してしまったのは、どうやら気付かれていないみたい。
……あいつら、いつも私のことに全く興味を示さないけど、今日ばっかりはさすがに祝ってくれるでしょ。
それが密かに楽しみだったりするんだ。
・
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・
1時間目終了。
皆に祝福の言葉をもらった後、すぐに先生の号令で授業が始まった。
もらったプレゼントを見てニヤけながら、机の横にかける。
退屈な授業も楽しく思えるほど浮かれていたけれど、
やっぱり休み時間が待ち遠しくて仕方なかった。
…テニス部の皆はどんなお祝いをしてくれるんだろうか。
さすがに私の誕生日を知らないなんてことはないだろう。
……きっとないと信じたい。
だ、だって今までどれだけあいつらの誕生日を全力で祝ってきたか…!
これで私だけ祝ってもらない、とかだったら悲し過ぎるじゃないですか。
一瞬頭に浮かんだ残念すぎる未来を振り払うように頭を横に振った。
そこで1時間目終了を告げるチャイムが鳴り響く。
ガヤガヤと動き始める教室内。
パタパタと近づいてきたのは、我が愛しの真子ちゃんだった。
「。さっき出しそびれたんだけど、コレ。誕生日おめでと。」
「……真子ちゃん!」
こんなもん抱きつかずにいられるかってんだ…!
どこか申し訳なさそうに紙袋を突き出す真子ちゃんは天使以外の何者でもない。
ああ、こんなゲームがあったら私絶対買うわ。真子ちゃんをゲームにしてしまえばいい。
世の男性向け萌えゲーム開発者に知らせたい、ここに天使が居ますよって知らせたい!!
ギュっと真子ちゃんを抱きしめると、当然いつものように
うざったそうな目を向ける真子ちゃんだけど…
今日は私の無敵デーだからなのか、いつもより長めに抱きつかせてくれた。
「真子ちゃん、コレ…。」
小さな可愛い紙袋の中には、薄いピンク色の小箱。
ま…まさか婚約指輪?!
やだ、真子ちゃんったら私達女の子同士なのに…と顔をあげて真子ちゃんを見つめると
「サッさと開けろ」と目が語っていた。
中に入っていたのはピンクゴールドの華奢なネックレス。
可愛いリボンのモチーフも、女性らしい細いチェーンと合わせると
何だか大人っぽい雰囲気を醸し出している。
「どう?も一歳大人になったんだし、こういうのもいいかなって。」
「超いいよ、真子ちゃん!ありがとう、私これ毎日つける!」
「フフ、良かった。喜んでくれて。」
「わー、本当に生まれてきて良かった…。」
「大袈裟ね。ほら、次移動教室でしょ。行こ。」
絶対に一生大切にするからね!
そっとプレゼントを鞄の中に入れて、席を立った。
・
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・
「……おかしい。」
あれから2時間目、3時間目…と時間が過ぎて
あっという間に放課後になってしまった。
休み時間ごとにソワソワしていたのだけど、
今日一日テニス部の誰にも会ってない、こんなこと珍しいのにな。
クラスの男子が誕生日プレゼントにジュースを奢ってくれたり、
購買の人気パン、チョココロネを譲ってくれたり…
色々と嬉しいイベントはあったのだけど…。
まさかあいつら…本気で私の誕生日を知らない…もしくは忘れている…のか…!?
放課後の教室で、腕組みをして机から動かない私を不審に思ったのか
瑠璃ちゃんが首をかしげながら近づいて来る。
「どうしたの、ちゃん?部活行かないの?」
「……こんなこと自分で言うのもアレなんだけどさ。」
「…うん?」
「テニス部の奴らが誰も祝ってくれない。」
私と瑠璃ちゃんの間に少しの沈黙が流れる。
人もまばらな教室に廊下ではしゃいでいる女の子の声や、走り回る足音が響き渡った。
「……っふ…ふふ。」
「わ、笑わないでよ。ちょっとは期待してたんだもん。」
「そうじゃなくて…。これは私の勝手な予想なんだけどさ。」
「…え?」
「もしかして、皆サプライズで何か用意してくれてるんじゃないの?」
「……サプライズ?」
口元に小さな手を添えて、楽しそうに笑う瑠璃ちゃんに
ポカンとしたアホ面を向ける私。
「ほら、今から部活行くんでしょ?もしかしたら部室で何か準備してるのかも。」
「ま…まっさかー…。あいつらがそんな面倒くさいことするかな…。」
「わかんないよ?ちゃん、愛されてるからなー。」
「愛され…、あんなにいつも罵倒されてるのに?男子みたいな扱い受けてるのに?」
「フフ、まぁとにかく早く部活行った方がいいんじゃない?」
「……いってきます。ありがと、瑠璃ちゃん。」
ヒラヒラと手を振る瑠璃ちゃんに見送られて廊下をパタパタと走る。
……サプライズ…か。も、もしかして本当にそうだとしたら…
ダメだ、顔がニヤけちゃう。あいつら…可愛いとこあるじゃない…。
あ、でもどうしよう。私そういうの苦手…。
驚いたリアクションちゃんと出来るかな…!
っていうか、こんなニヤけた顔で行ったらおかしいよね。
平静を装わないと…。
階段を駆け下りながら、手で頬を横に伸ばす。
こんなに部室に行くのが楽しみなのはいつぶりだろうか。
パコーン
スコーンッ
「………ん?」
見慣れたテニスコートに近づくと、既にボールを打つ音が響いていた。
…いつもならまだ練習は始まってないはずなのに。
下級生の子達が自主練習でもしてるのかな?
小走りでコートに近づくと、そこでラケットを握っていたのは
間違いなくレギュラーメンバーだった。
「あ!、遅いぞ!」
「え?!いや…、あんた達今日練習始めるの早くない?」
「アレ?この前言わんかったっけ?」
「何がよ。」
フェンス越しに私を見下ろす忍足。
もれなくレギュラー陣全員が練習する姿を見て
サプライズはやっぱり無かったな、と。
期待してたわけじゃないけど、ちょっとテンションが下がってしまう。
「今日この後、聖サフラン女子中の女の子と合コンあるねん。」
「はぁ!?………え、合コン?何時から?」
「17:00。今回は頑張ってんでー、かなり可愛い子ばっかり集めてくれたらしいから
こっちも取り合えずメンバー集めて挑むっちゅーわけや。」
部室の前に立ちすくむ私に嬉しそうに語られた内容は
いつもなら超どうでもいいと一蹴するような話しだけど…
今日はどうにもこうにもモヤっとしてしまう。
いや…わかってたじゃん、こいつらが私の誕生日なんか知ってる訳ないじゃん…!
結構長い間友達でいるような感覚だけど、知り合ったのは最近なんだし…
何年もずっと一緒にいる皆がお互いの誕生日を知ってるのは当たり前だけど
私はそうじゃない。
「…ふーん、それでこんなに早く練習始めたっていうの?」
「ああ、全員連れて行くからな。」
「全員!?…え、だ、誰?」
「えー…取り合えずレギュラーは全員と…あと滝も誘ったな。」
指折り数えながら平気な顔でそんなことを言う忍足は悪魔だ。
…いや、ただ単に今日が何でもない日だと思ってるからなのか。
……っていうか、私が期待しすぎだったのか。
今日の朝からずっとソワソワして、
ニヤニヤしてた自分を思い出して急に恥ずかしくなってきた。
いいんだ、今日は皆にいっぱいお祝いしてもらったし。
こんな素敵な日を迎えられて良かったって。
私の誕生日はもう終わったんだ、欲張りすぎるのは良くない。
練習が早く終わるっていうなら、私も早く帰れるわけだし。
今日もらったプレゼントを家でじっくり見よっと。
「だから、も早く準備せぇよ。」
「はいはい、すぐ行きます。」
何であんた達のそんな浮かれた予定に合わせないといけないんだと、
少し不機嫌な声で返事をし、部室のドアを閉めた。
さっきまで、この扉を開ける瞬間を想像して
ワクワクしてたのに。
中に入ってみると、いつもと何も変わらない光景だった。
・
・
・
「じゃなー、。」
「ちゃんも一緒に来る〜?」
「…んー、やめとくー。いってらっしゃーい。」
「なんや、ノリ悪いな。……ほら、行くで。時間や。」
バタバタと部室を出て行くレギュラー陣には顔を見せないように、
黙々と机に広げた部誌にかじりつく。
外から中を覗いていたハギーに「いってらっしゃい。」と声をかけると
軽く手を挙げて、そのままドアを閉めて行ってしまった。
ドア越しに小さく聞こえる皆の笑い声に話し声。
対照的に、急に静寂に包まれてしまった部室。に、1人。
「……はぁ。帰ろ。」
もうとっくに全部書き終えていた部誌を閉じ、
ジャージから制服へと着替える。
机の上に置いた鞄と、プレゼント。
それを見て、また少し嬉しくなった。
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