氷帝カンタータ





番外編 Bon anniversaire!!





「ただいまー…。」


返事があるはずもないのに毎日声に出してしまうのは
長年の癖だから仕方ない。

バタンとドアを閉め、リビングに向かいすぐにテレビのスイッチを入れる。
テレビから漏れ出す明るい笑い声。
それにつられて少しばかり気分も晴れてくる。


「…あ、そうだ。」


リビングに放り出した鞄の横には、大切なプレゼント。
真子ちゃんにもらったネックレスに、皆がくれたコスメセット。

テーブルの上に広げてみると、やっぱり可愛い。
記念に写メを撮って、改めて友人達にありがとうメールを作成した。


「…よし…っと!へへー、早速使ってみますか!」


制服のまま寝室の鏡台前に座り、早速ネックレスをつけてみる。
普段はあまりアクセサリーとかつけないから、
なんだかくすぐったいけど…うん。中々似合ってんじゃない?


そして、もらったコスメグッズの1つ。
ピンクのリップグロスを唇に伸ばすと、不思議と自分が大人に見えてきた。

折角の機会だし、ちょっとメイクでもしてみるか!

もう1つの箱から取り出したキラキラのアイシャドー。
……どうやって使うんだろ、これ。

そうだ。この前買った乙女力アップ雑誌があったじゃん!
またバタバタとリビングに舞い戻り、テレビの隣に雑に立てかけた雑誌を手に取った。
パラパラとページをめくると…あったあった。これだよ。

雑誌のレクチャー通りにアイシャドーを重ねていくと
さっきよりもさらに大人になった。……結構女の子っぽいじゃん。

仕上げに、昔ドラッグストアで購入したマスカラを少しつけてみる。


「きっとテニス部の皆も悩殺されちゃうよ!」


急に朝聞いた瑠璃ちゃんの声が脳内再生される。
……ダメダメ!思い出すんじゃない!

あいつらが今頃鼻の下伸ばして女の子とキャッキャウフフしてるところなんて
想像するんじゃない!……あー、ダメだ!とにかく何かを殴りたくなってくる。

っていうか…まずマネージャーの誕生日を忘れるとかやっぱりひどくない?!
学校にいる時は、自分が期待してたことがバレて冷やかされたりするのが嫌で…
なんとなく平静を装うのに必死だったけど、
冷静に考えてみると何かムカついてきた。

跡部の誕生日にはケーキ作ったり…なんだかんだ皆には誕生日パーティーしてたのに…
テニス部のアイドルの誕生日が家で1人なんて…おかしい!間違ってる!


鏡の中の自分を見つめながら、さっきまでとは違う感情が湧きあがってきた。


「…邪魔してやるか…。」



さて、どうしてやろうか。

そうだ。合コン現場に突入して忍足の恥ずかしい映像を放映してやろう…。
この前、放課後女の子に呼び出されて「モテる男は辛いわぁ」とか言いながら意気揚々と校舎裏に行ったのに
女の子に「忍足君、私の脚見てるよね。やめてもらっていい?」って真顔で言われてた時のあの動画を放映しようか…。

いや、それとも跡部が部室でよだれ垂らしながら寝てた時のあの写真にするか…。


よし!善は急げだ!


勢いよく立ちあがった私はやる気に満ちていた。


「………いや、どこで合コンしてるのか知らないじゃん。」


我ながら…我ながら短絡的すぎる思考にため息が出るよ…!
その場にへたり込んだ時。





ピンポーン







鳴り響いた音が、私を強引に現実へと引き戻した。


「…はーい。」

『…日吉です。』


……インターホン越しに聞こえた声は、間違いなくぴよちゃんさまの声だ。
一瞬頭がフリーズして、声を出せずにいると苛立った声で催促される。


『早く開けてください。』

「あ…は、はい!すぐ開ける!」


バタバタと急いで玄関まで走り、勢いよくドアを開けると
ゴチっと嫌な感触が手の平に伝わってきた。


「っ、つ……。」

「うわああ!ぴよちゃんさま、ごめ…!」

「…外に人がいるとわかってて何故そんなに勢いよく開けるんですか!」


額を抑えながら怒るぴよちゃんさまの手には
何やら大きな紙袋。


そして、何故か制服でもジャージでもなく
黒いスーツを着こなすぴよちゃんさま。

ワインレッドのシャツがとってもよくお似合いで
先輩は少しでも気を抜くと飛びついちゃいそうです。


こんな平凡な建物に似つかわしくない程の素敵なイケメンだ…。



「………ど、っどどどっ、どどどうしたの、その格好。」

「動揺しすぎです。
…取り合えずこれに着替えてきてください。」


玄関先でズイっと紙袋を差し出すぴよちゃんさまは
どうも人にプレゼントを渡すような雰囲気じゃないけど…これは、プレゼント…だよね?
喜んでいいんだよね?ぴよちゃんさまからこんなのもらえるなんて、泣いていいですか。


「え…、着替えてって…これ服なの?」

「…中に一式入ってますから。さっさと着替えてください。」

「ちょ…うふふ…え、ぴよちゃんさまったら…。」

「……何ですか、その気持ち悪い笑顔と声は。」

「女の子に言って良い単語じゃないよ、ぴよちゃんさま!」


玄関のドアにもたれかかり、腕を組んだままで私を睨みつける後輩。
いきなり突撃してきて、プレゼント渡して着替えて来いって…。

というより、まずプレゼントが洋服って…。



「あのね、私この前真子ちゃんに教えてもらったんだー。」

「何をですか。」

「男の子が女の子に洋服をプレゼントする意味っていうのはね…、うふふ、
 実はその服を脱がせたいか「つまらないこと言ってる暇があったら早くしてください、ぶっ飛ばしますよ。




アカン…



目がアカンやつや、ぴよちゃんさま…





私が想像してた、頬を赤らめて、な、何言ってるんですか!みたいな生温い反応じゃない…。

それ以上言葉を発するなら容赦なく殴り飛ばす

そういう目をしています…。


後輩に威圧される情けない先輩でごめんなさい…!




「す…すぐに着替えてまいります!!」





















寝室に飛び込み、急いで紙袋を開くと
ドレス?らしき服と、中ぐらいの大きさの箱が入っていた。


「…わぁ!可愛いワンピース!」


全身鏡の前で自分の体に当ててみる。
……何だろう、このやたらと高級そうなパーティードレスは…。
この前イオンで買ったパーティー用ドレスとは明らかに違う素材だ。
シルク素材っていうのかな?ずっとスベスベしてたい…!

全体的にベージュがかったそのドレスは
ウエスト部分にキラキラのビジューがあしらわれたベルトがついていて
スカートはいかにも女性らしいヒラヒラとしたシルエット。

背中部分のタグを確認してみると、


「グレース…コンチ、ネンタル?……なんかオシャレな名前ー…。」


こんなものをぴよちゃんさまが私にプレゼントしてくれるとは…
どういうことだろう、やっぱり誕生日を機にやっとプロポーズしてくれるのかな…。


「あ、さっきの箱は……。うわ!靴だ!」



上品な黒い箱の中から出てきたのは、真っ赤なパンプス。
このドレスに似合いそうなそれを見て、どうしようもなくテンションがあがってきた。


「まだですか?」


「す、すぐ着ます!」


焦った様子のぴよちゃんさまの声が聞こえた。
と…取り合えず、訳わかんないけど着なければ!
























「お…おまたせしましたー…。」

「…………。」


玄関までパタパタと走っていくと
相変わらず腕を組んでしかめっ面のぴよちゃんさま。

低姿勢な私にまだ何か言いたいことがあるのか、
ジっとこちらを睨んでいる。ご褒美でしょうか。


「あ、あの…!これ、ありがと!着ちゃって良かったんだよね?」

「……何か…、顔に小細工をしましたか。」

「小細工て!!えーと…ちょっと、友達からもらった化粧品でお化粧してみたんだー。」


そ、そんなじっと見られると何だか照れくさいな。
えへへと頭をかくと、ぴよちゃんさまは真顔のままドアノブに手をかけた。



「…さ、行きましょう。」

「えと…デート?」

「………違います。」


ギロリと睨まれる意味が全然わかんないけど、

でも…


「フフ、なんかシンデレラになった気分。ありがと、ぴよちゃんさま。」


ぴよちゃんさまの背中に声をかけると
ひどく驚いた顔のぴよちゃんさまがこちらを振り返った。


「……何笑ってるんですか。」

「そりゃ笑うよ。嬉しいもん、ね。似合ってるかな?」

「似合ってるか似合ってないかの二択なら、まぁ似合ってる部類に入るんじゃないですか。」


そう言ってまた前を向いてしまったぴよちゃんさまの表情はわからないけれど
さっきより速足になっている後輩がなんだか可愛くて。




















っていうか…


ぴよちゃんさまに続いて階段を下りてきたけど、結局まだ何も知らされてない。

一体これは何の真似なんでしょうか。




「…ねぇ、ぴよちゃんさま。今からどこに…」






階段を下りきって、家の前に出てみるとそこに居たのは












「おっせーよ、!」

「まさか日吉に変なことしてたんちゃうやろな。」

「怖いこと言わないでもらえますか。先輩が着替えにモタモタしてただけです。」

「わぁ…、先輩とってもキレイです!」

「………ウス。」

「そう?俺が着た方が可愛いんじゃない?」

「馬子にも衣装だな。中々似合ってんじゃね?」

「超〜似合ってるC〜!ちゃん、可愛いー!」




「ちょ…っと、なに?」




バカデカイリムジンの前で勢揃いする氷帝メンバー。
一瞬誰だかわからなかったのは、きっと皆がスーツに身を包んでいたから。
いつもより大人っぽくて、認めたくないけど顔がいい奴が揃ってるもんだから…


不覚にも、この状況にドキドキしてしまっている。



「へへー、ちゃんびっくりしたでしょー?」

「いや…待って、何コレ?」








「今日はてめぇの誕生日だろうが。」










グレーのスーツに真黒なシャツ。
パープルのネクタイに身を包んだ跡部はどうみても夜の帝王です。


そんな奴が、想定外すぎる言葉を吐いたもんだから。




さっきまで邪魔してやる、なんて思ってたのに






まさかこんな恥ずかし過ぎるサプライズ用意してくれてるなんて…







「ちょ…もう、マジでこういうのやめて…。」

「ほら!やっぱり泣いた!」

「やったー!サプライズ大成功っ!」



こんなの泣いちゃうに決まってるじゃん、嬉しいに決まってるじゃん。

泣き顔を見られたくなくて、必死に顔を手の平で隠す私の横で
ぎゃあぎゃあと騒ぎたてるがっくんに宍戸にジロちゃん。

その手を取り払って、何とか泣き顔を見ようとする忍足。無粋すぎるだろ。



「…うぅ…、あんた達…合コンは?」

「…俺達が先輩の誕生日、忘れてるとでも思ったんですか?」

「俺は無理矢理参加させられてるんだけどねー。」


少しかがんで天使の微笑みをダイレクトアタックでぶつけてくるちょたに、
中々面倒くさそうな顔でため息をつくハギー。


「…こんなところで立ち話していると迷惑です。早く行きましょう。」

「そうだな。おい、乗れ。」


跡部の号令で、どんどんリムジンに乗り込む氷帝メンバー。


あまりにも急展開すぎてついていけない私の手を
がっくんとジロちゃんが引っ張った。

久々に乗った跡部のリムジン。

前に乗った時は、子供に似つかわしくない豪勢な車だなぁなんて思ったもんだけど
今日の皆は子供になんか見えなくて、このリムジンがとっても似合っている。


「…どこに行くの?」

「へへー、びっくりするぜ。また泣くかも、!」


ニヒヒと嬉しそうに微笑むがっくんにつられて笑顔になると
横からまたもや無粋なツッコミが入る。


「まぁ…アレやな。」

「…何よ。」

「……そうやって女のフリしとったら、まぁまぁいけるやん。」


無駄に長い脚に頬杖をつきながら、私の頭からつま先まで念入りに見回す忍足。
こいつが言うと、どうしても褒めてるように聞こえないのは何でなんだろう。


「…あんたも、そうやってスーツ着てれば変態オーラ隠せるんじゃない?」

「俺のどこが変態や言うねん。ド変態に言われたないわ。」

「ふん、私の脚ばっかり見ないでくれますー?」

「誰が見るか、こそ俺の股間ばっかり見んといてくれま「だっ…れが見るのよ!!」



ゴツッ



「……外見は変わっても…、中身は…変わらんか…。」


ハァと露骨なため息を吐く忍足に、ゲラゲラと笑い転げる皆。
…何だろう、いつもならここでプリプリ怒っちゃうところなんだけど、
不思議と心が満たされてる感じがする…。うん、誕生日マジックはすごい。

この素敵なドレスと靴も、私の心をわくわくさせてくれる一因だ。



「……あ、ねぇ。このドレスと靴って…。」

「それは俺達全員からのプレゼント。」


隣に座っていたハギーが淡々と発表したけど…
いや…プレゼントって…!


「こ、これ高いんじゃないの!?」

「バーカ、一々そんな庶民くせぇこと気にすんじゃねぇよ。大人しく貰っとけ。」

「そうだぜ、俺達の願いを込めたプレゼントなんだからな。」


うんうん、と頷きながらそう言う宍戸。
…願いを込めた?や、やだ…何か急にそういう女の子扱いするのやめてくれないかな…
調子狂うんだけど…な…。


「え…えと…。いつもありがとう…みたいな?」

「いや、ちゃんが女の子になれますよーに★って!」

「店員さんに超聞いたもんな、俺達!これ着ればどんなゴリラでも女になるって言うんですね?!絶対ですね!?って。」

「あの時の店員さんめっちゃ困ってたなー。可愛かったわー。」

「まぁ、でも実際ちゃんと女性に見えているんですからあの店員の判断は正しかったということですね。」
















それ…





それ私の目の前で話すことか?




そんな裏話出来れば秘密にしといて欲しかったんだけどなぁ…

ああ、沈まれ私の左拳…。必死に右手で左手首を押さえつけてるんだけど








…。」

「…何よ。」












「ドレスよりジャージが似合う女なんて、お前ぐらいだな。」

「なんじゃおのれぇえええ!喧嘩うってんのか!!」








あぁ、結局こうなってしまうんだね私達…!






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