「…ねぇ、これどこに向かってるの?」
「ちゃん、そろそろお腹空いたでしょー?」
「へ?…あ、ああ。確かに空いてるかも。」
「ということで!今から飯だ!」
「うわーい!やった!どこ行くの?サイゼリア?ガスト?」
リムジンに揺られながらテンションを上げる私に、
皆の哀しい視線が集中した。……何なの、いきなり黙りこくって。
いつもなら一緒に飛び上がって喜んでるはずのがっくんも
今日ばかりは何故だかしたり顔で、ちょっとムカつく。
「…あれ?びっくりドンキーだった?」
「……なんか…、可哀想なってきたな…。」
「サイゼとかガストでそこまで喜べるって、普段から相当良いモノ食べてないんだね。」
「ちょ…ハギーはサイゼの素晴らしさをわかってないよ!言ってやりなさい、がっくん!
サイゼのプチフォッカをコーンスープにつけて食べる、贅沢な日もあるんだよって言ってやって!」
「…やめようぜ、なんか恥ずかしくなってきた。」
「サイゼを恥じるとは何事か!いつからそんな婚活中の女子みたいな高級志向になっちゃったの!」
「っていうか、わざわざこんな格好でサイゼ入るの恥ずかしいだろ?」
宍戸に言われてフと考える。
……確かに、こんなバッチリスーツの集団とドレスの私がサイゼリアに入店したら
間違いなく注目の的になるだろう。サイゼリアを高級イタリアンと勘違いした子達が入ってきたと笑われるだろう。
…ということは…ファミレスではない…?
「…そろそろ着くぞ。」
ずっと窓に肘をつき、足を組んでスタイリッシュ車窓見学を決め込んでいた跡部が言った。
…悔しいけど何でも絵になるなぁ、跡部の場合。
急に皆が大人びた格好なんてするから、本当にいつもの皆じゃないみたいで
どうにもこうにも気恥ずかしいというか…、なんだか自分が大量の王子様を引き連れたお姫様になった気分。
・
・
・
リムジンが止まり、運転手さんによって扉が開かれた。
そこは某高級ホテルのエントランスで、眩い程の光がリムジンの中に飛び込んできた。
数名のベルボーイさんが笑顔で出迎えてくれる。
「……わぁ、スゴイ。」
「サイゼリアより、楽しそうでしょう?」
そう言って笑いながらさりげなく私の手を取るちょた。
車を降りる時にエスコートしてくれた姿を見て、こういうの慣れてるのかなと
ちょっとだけ自分との身分の格差に凹んだ。見紛うことなき上流階級のご子息だ、この子は。
だけど…やっぱりこういうお姫様体験は、荒んだ心をどうしようもなく弾ませてくれる。
ニヤニヤする私が癇にさわったのか、ぴよちゃんさまの視線がまるで棘のように突き刺さっていた。
しかし、そんな視線さえもポシティブに捉えてしまう私は調子に乗って
「ぴよちゃんさまも、手つなぐ?」と聞いてしまったのだ、もちろん無視されたけど。
リムジンから颯爽と降りた跡部率いる氷帝御一行様。ホテル内へと入っていく
その余りにも堂々とした姿勢が、何となく試合を迎える際の皆の姿とかぶった。
いつもは暴力・罵倒・独裁にまみれた恐るべき悪魔の巣窟だけど、
試合に出向く際の皆の後姿は…何と言うか普段の鬼畜の所業を忘れさせるぐらい爽やかなんだよなぁ。
こいつ達に任せれば何とかなる、大丈夫、って安心できるその背中が…実は大好きだったりする。
いつもはジャージ姿の皆がスーツ姿に変わったことで、
普段でさえ格好良く見えるのに、もっともっと格好良く見えるじゃない。ズルイ。
ズンズンと進んでいく皆についていくと、エレベーターに案内された。
慣れないホテルの雰囲気に緊張してしまい、肩にものすごく力が入っちゃう。
それを察したのか、無言のエレベーターの中で樺地が隣で話しかけてくれた。
「……緊張、しますね…。」
「だ、だよね。樺地もこういうところは慣れない?」
「…ウス。」
「ぷふーっ!だっせぇ、緊張してやんの!」
「う、うるさいなぁ。仕方ないじゃん…。」
「………普段より先輩の声の大きさが小さくなってますね。それに暴力にも走りませんし…。」
不思議そうに首を傾けるぴよちゃんさまに、私はどんな人間だと思われてるのでしょうか。
さ…さすがに、こんな高級ホテルで喚いて暴れるほど非常識じゃないよ、私…!
チーンッ
激しく上昇した気がするエレベーター。
皆の後に続いて降りてみると、薔薇で敷き詰められた壁が目に飛び込んでくる。
反対側の壁はキラッキラの夜景。……何階ぐらいなんだろう、ココ…。
恐る恐る壁に近づいて見下ろすと、道路を走る車や人が豆粒みたいだった。
「…わっ!」
「うわ!!…ちょっ、もーやめてよ宍戸!落ちたらどうすんの!」
「落ちねーよ、ほらもう皆入ってんぞ。」
ニシシと笑う宍戸の普段通りな悪戯に、ちょっと安心。
……っていうかこんな誕生日って…
どこかで…見たことがあるような…、何だろうドラマか何かかな…
「ね、ねぇ。こんなところに子供だけで来ていいのかな?」
「超今更じゃん。ここって跡部が良く来るとこなんだろ?」
「あぁ、顔見知りがやってる店だから問題ない。」
「…っく、同じ日本に暮らしているのにここまで格差があるのはさすがに精神的にキツイわね…。」
「先輩も、すっかりお嬢様って感じですから問題ないですよ!」
対面式のテーブルに着いた私達。
私の隣に座ったちょたがニッコリ微笑みながらそんなことを言ってくれるもんだから
改めて自分がどれだけ幸せかってことを実感した。
目の前にはきっちり並べられたフォークにナイフ、お皿の上に可愛く乗せられたバラ型のナフキン。
その手前には上品なメッセージカードが乗せられていて「HAPPY BIRTHDAY」の文字。
……ダメだ、ここで泣いたらまたからかわれるんだから…!
「…ここ、予約してくれてたの?」
「そうだよー!ちゃんの誕生日記念パーティー1ヶ月前から考えてたんだからね!」
「まんまと俺達が誕生日忘れてると思って、プリプリ拗ねてたよな今日。」
「そう言えば日吉にやたらと何で今日に限って合コンに行くんだって詰め寄ってたもんな。」
「……何で俺だけ責められるのか意味がわからなかったですけどね。」
「そりゃ日吉がのお気に入りだからだろ?」
「えー、違うC〜。一番のお気に入りは俺だよ?」
「…思うんやけど一番は俺ちゃうかな。がやたら冷たい態度とってくるんは結局スキの裏返しやと思うねん。」
「ブフーッ!どんだけポシティブだよ侑士!」
テーブルの目の前で繰り広げられる話合いに、目頭が熱くなる。
なんで今日こんなに涙腺が緩むんだろう、年取ったからなのかな?
1か月前から練ってくるとか何なの、毎日私に暴言はいたりプロレス技かけた後に
コソコソ皆で誕生日の話とかしてたの?
そんなことを考えるとつい涙があふれ出しそうになってしまう。
どれだけ残酷な扱いを受けても、男友達みたいに扱われても
やっぱり私みんなのことが大好きだ。
・
・
・
「うわ…!スゴイ、超おいしそう…何だろうこれ…お餅?」
「っ…。フッ…餅って……。徹底的に庶民だなお前は。」
噴き出しながら肩を震わせる目の前の跡部。
…は…恥ずかしい、え、これ何なの?だ、だって見たことないもん!
「先輩、これはフォアグラですよ。」
「…へ、これが?えー、噂には聞いてたけどこんな感じなんだー。」
「これ美味いのか?……うん…、あ…ああ、わかるわー高級な味がするわー。」
「無理せんでええで岳人。好き嫌い分かれるしな、フォアグラって。」
めちゃくちゃ顔をしかめながら水で流し込むがっくん。
それを見て笑うみんな。……どんな味なんだろう、これ…。
意を決して一口。
「…どうどう?ちゃんは好き?」
「……えー…何コレめちゃくちゃ美味しい…!」
「うえー、の味覚どうなってんだよ。」
「いやいや…何でこんな食材今まで私に隠してたの跡部!超おいしいじゃん!サイゼにもある?」
「知るか。」
自然と笑顔がこぼれるほどの美味しさ!感動する私をジッと睨んでいたかと思うと、少し微笑んだ跡部が
フォークとナイフを使って上品にソレを口に運ぶ。
…はぁー…幸せ!
「あ、がっくんいらないの?じゃあ頂戴!」
「いいよ、やる。」
プスっとフォークにフォアグラを突き刺してダルそうに
私の口元へソレ運んでくれる。…うわぁ、やっぱり美味しそう!
パクっとそれに食いつくと、ニカっと笑うがっくん。
もったいないなぁ、こんなに美味しいのにさ。
「ん。……はー、超おいしい!癖になりそう。」
「行儀悪ぃな。も何のためらいもなくガッついてんじゃねぇよ。」
「あ、ゴメン。普通に癖で…。」
「っていうか、そんだけ仲良うしとったら自分ら付き合ってると思われてもしゃーないで。」
相変わらず上品に食事を進める跡部に
呆れ顔で、私と隣に座るがっくんを見る忍足。
唐突な話題に私とがっくんは顔を見合わせる。
「…え、私は思われてもいいんだけどな。」
「ヤダよ!えー、何がそう思われる原因な訳?アーンとかしちゃ駄目ってことかよ?」
「……まぁ、普通の友達はしませんよね。俺が鳳に同じことしたらどう思います?」
「ドキドキする。」
「先輩の感想は参考にならないので黙っててもらえますか。」
キッとこちらを睨むぴよちゃんさまの視線にもドキドキする!
なんて言うと、もっと空気が悪くなると思うので黙っておくことにします。
「…あー…、それは確かにキモイな。」
「そういうことです。」
「そういうことです、じゃないじゃん!わ、私とがっくんは一応男の子と女の子だし…
男の子同士でそういうことするのとはちょっと見え方が違うじゃん?無問題じゃん?」
「…でも、がそうやってためらいなく受け入れてるのって相手が向日だからでしょ?」
端の席でマイペースに食事を進めているハギーが言う。
その発言にまたもや顔を見合わせる私とがっくん。
「えー…宍戸でも大丈夫だよ?」
「俺はヤダけど。」
「それに、ジロちゃんともしてるもんね?」
「ねー。アーンしてる時のちゃん、深海魚みたいで可愛いもん!」
「あ、ダメだ今心折れました。深海魚ってアレじゃん、超グロテスクじゃん。それと一緒ってもう悪口だよジロちゃん。」
「…フフッ、じゃあはい。先輩アーン。」
額を抑えて机にうなだれる私に、
プチトマトのささったフォークを向けるちょた。
……一瞬フリーズしてしまう私に
ちょたが首をかしげる。
「あれ?先輩プチトマト好きでしたよね?」
「え…?え、あ…ああ、あああうん!好き!」
「じゃあ、はい。どうぞ。」
「……った、助けてがっくん!」
「何だよソレ。うわ、顔真っ赤。」
真っ赤にもなるよ、そりゃ!どんなご褒美ですか、私そんなに善行を積んできたかな!?
火照る頬を手で抑えながらちょたの差し出すフォークから恐る恐るトマトを受け取ると
満足そうに微笑んでくれた。
「…えー、ちゃん何その反応!俺の時は何ともないのに不公平だC〜!」
「いや…いや、慣れない人物からの…ほら、胸キュンシチュエーションだったから…ほら…ね。」
自分でも何を言ってるかわかんないけど、とにかく今物凄く心が満ち足りてます。
今の私なら、皆が嫌がる数学の沖田先生がプリントを配る時にペロっと自分の指を舐める癖も許せそう。
悟りって…こういう風に開くのかなぁ…なんて考えていると
目の前に、何故か差し出される
トマトが刺さったもう一本のフォーク。
「………え?」
「食え。」
冗談混じりの笑顔なんかではなく、普通の真顔でそう凄む跡部に
先程までの満ち足りた心は急速に温度を失うのでした。
「え…ヤダ。」
「アーン?鳳のは食えて俺のは食えねぇっていうのか。」
「いや…何となく…プライドが…」
顔を背けようとした瞬間、顎を掴まれて強制的に対面させられてしまう。
先程の真顔とは違い、何とも楽しそうな顔で憎たらしく微笑む跡部は完全に楽しんでる…!
っく…屈しないぞ…!ちょっとぐらい綺麗な顔だからって…トキメかないぞ…!
「俺様が食わせてやるんだぞ、誕生日特別大特価だ。」
「い、いらないいらないっ!閉店大セールでもいらない、こんなイベント!」
「うるせぇ。」
一瞬の隙をついて口にプチトマトを捻じ込まれてしまった。
その瞬間、どうしようもなく恥ずかしくなってきて先程以上に赤くなってしまう顔。
それを見て冷やかすがっくんや宍戸に、満足気な跡部。
「…ほんま跡部は負けず嫌いやなぁ。」
「……お前こそ、そのフォークに刺さったモノは何なんだよ。」
「いや、たまには俺も優しくしたろかな思って。」
「い、いいから!その優しさ他の部分で使ってよ!!」
皆の笑い声が響いた。
大好きなサイゼリアでの食事よりも、もっと美味しく感じるのは
食材が良いから、という理由だけではないと、思う。
・
・
・
「はぁ…ご馳走さまでした…。幸せだった…。」
最後のデザートまで食べ切った後、もうお腹はポンポン音がする程だった。
皆もそれは同じみたいで、ジロちゃんなんかはもう眠そうな顔をしていた。
いつもならこのメンバーが揃って1時間も食事をすれば
必ずどこかで争いが勃発し(主に私と跡部)ギャーギャー騒ぐ結果になるのに
今日は高級レストランだったからなのか、騒ぎ声が響くどころか
常に穏やかな笑いに包まれていたように思う。
こんなに幸せな誕生日、いいのかな。一生分の幸福を使っちゃったんじゃないかな。
そんなことを思うぐらい、私は幸せだった。
「少しお花を摘みにいって参りますわ。」
「へ?……え、ああ!いってらっしゃい。」
「いつも豪快にトイレ宣言出すの口から出た言葉とは思われへんな。」
ケラケラと笑う皆に一喝して部屋を後にした。
私だってこんな環境で何時間も過ごしてたら少しは淑女らしくなるってもんですよ。
ガチャッ
「ただいまー……って……は?」
トイレから帰ってきて、先程まで皆で笑いあった個室に入るとそこはもぬけの殻だった。
まさか部屋間違えた!?焦ってキョロキョロと室内を見渡していると
扉を開けて入ってきた1人の男性。あ、この席まで案内してくれた店員さんだ。
「様、こちらへどうぞ。」
・
・
・
「…えと、ココですか?」
「はい、どうぞ。」
連れてこられたのはレストランを抜け出して一つ下の階にあった宴会場。
仰々しいプレートに掘られた≪星蘭の間≫という文字。
……なんでいきなりこんな宴会場に連れてこられたのか意味がわからないけど
とにかく促されるままに扉をくぐる、と、
「何これ、真っ暗……って、え!?」
バタンッと店員さんによって扉は閉められ完全に視界が奪われる。
何となく怖くなって扉を開けようとしたその瞬間
私の目線の端に明るい光が飛び込んできた。
「…何…?跡部?」
扉から随分と離れたステージのようなところに1人マイクを持って立つ跡部。
スポットライトを浴びてご満悦気味の彼に近づこうと一歩踏み出した瞬間
「ハァッピ…バァースデー…トゥユー…」
やたらと感情のこもった声で歌いだした跡部。
目を閉じ、熱唱する跡部。
「…くっ…ふふ…っ、ちょ…え?…ふっふふ…!」
ダメだ、こんなの堪えられる訳ない。
アホすぎる…アホすぎるよ、跡部!
笑っていいのか駄目なのかわかんないけど
堪え切れずに噴き出してしまった私に、畳みかけるように攻撃は繰り出された
「「「ハァッピバースデー…ディア〜…」」」
「ぶふぉっ!ひひっ…ちょ、もうやめて…お腹イタイ…!!あはははっ!」
跡部の声にハモりを入れながら舞台の両袖から歩いてくる他のメンバー。
こんなこと絶対しなさそうなぴよちゃんさまやハギーまでしぶしぶながら歌ってるのが面白すぎる…!
どんだけアホなのあんた達…!
地面に這いつくばって笑い転げる私なんか気にすることもなく熱唱を続けるみんな。
「「「「「ハァッピバースデー…トゥーユー!!」」」」
無駄に綺麗なハモリで最後のワンコーラスを歌いきったその瞬間
宴会場の電気が全点灯し、やっと会場の全景が見えた。
舞台上部に掲げられた「ハッピーバースデー」の文字は
明らかに素人が作ったモノ。会場の壁に飾られていたのは折り紙で作ったであろうリース。
笑い転げていた私はその光景を見て固まる。
舞台から駆け下りてきた皆は、見たことないぐらいの笑顔で。
どこから引っ張り出してきたのかものすごく巨大なクラッカーを全員で持ち、
固まる私に向けてそれを構えた。
「「「「ー!ハッピーバースデー!!」」」」
パーンッッ!
「うわっ!……えー…え、ちょ…」
「へっへー!驚いてる驚いてる!」
「ちゃん、すごいでしょコレー!俺達作ったの!」
「……この会場にこの貧相な折り紙がミスマッチすぎて笑えますね…。」
「まぁ、ええやん。もしゃべられへんぐらい喜んでるみたいやし?」
床にへたりこんだままの私は、忍足に言われてやっと気づいた。
ポロポロと涙が頬を伝っていることに全然気づかないぐらいびっくりしていた。
この素敵なドレスに靴のプレゼント
お出迎えのサプライズに
素敵なレストランでのひととき。
十分すぎるぐらい幸せだった。
そういう非日常な高級プレゼントももちろん嬉しかったけど
この手作り感満載の会場と、皆の笑顔を見た時
言葉に出来ない程の幸せが心に溢れ出した。
「みんな…ありがと…。」
「おうおう、何だよ。しおらしくなっちゃってさ。」
「フフ、良かったですね。宍戸さんのサプライズ案大成功です!」
「な!あの跡部は最高にアホっぽくて面白かったぜ!」
「何言ってんだ、最高のショーだっただろうが。」
笑いあう皆を見て、自然と私も笑顔になる。
もう一度お礼を言おうとしたその時、会場内にアナウンスが響いた。
『わたしのゆめ』
「…え?」
舞台に立っていたのはマイクと本のようなものを持ったハギー。
先程まで鳴り響いていたハッピーバースデーソングがトーンをひそめ、
何だか感動的な音楽が流れ始めた。
『わたしのゆめは、たくさんあるけど1ばんはおうじさまにであうことです。』
どこかで聞き覚えのあるフレーズ。
だけど…何だろう思いだせない。
『わたしのたんじょうびに、おひめさまのどれすとくつをかってもらいたいです。』
『そして、かぼちゃのばしゃにのってキラキラのおしろでおいしいごはんをたべます。』
『さいごはおうじさまに、たんじょうびのうたをうたってもらって』
『わたしとおうじさまはずーっとしあわせにくらします。』
ハギーがそこまで読み切って思いだした。
これ…って…
『6ねん3くみ 』
「こっ…これ、なんで…知って…!!」
小学生の時に書いた作文だ。
思いだした瞬間、全身が火照り始める。
「俺が友達の卒業アルバム見てた時に見つけたんだよ。」
「ちょっと6年生にしては幼稚すぎる文で心配になるよねー。」
クスクスと笑う宍戸にジロちゃん。
……まさか今日の誕生日は…
自分の書いたはずの作文と、今日の出来事をゆっくりと脳内で照らし合わせた時
もう私の涙は止まらなかった。
「なんなのこれ…。」
「先輩、お誕生日おめでとうございます。」
「…いつも……ありがとうございます。」
「これからも、よろしくお願いします。」
泣きじゃくる私の目の前に並んだ後輩3人。
樺地から手渡されたバラの花束に、さらに涙は速度を増す。
「どんだけ泣くんだよ、!」
「さらに不細工になってんぞ!」
「嬉しかったんだよねー、ちゃん。よしよし。」
「…いつもそんぐらい素直やったらちょっとは可愛いのになぁ。」
「まぁ、でも喜んでるみたいで良かったじゃん。跡部、練習した甲斐あったね。」
「……ここまでやったんだ、喜んで当然だろ。」
ゲラゲラ笑いながら私の背中をたたくがっくんに宍戸。
頭を撫でながら笑うジロちゃん。
その横で話している忍足にハギーに、跡部。
練習…したんだ…。
その光景を想像すると面白すぎて
嬉し過ぎて
「みんな…もう本当…グスッ……大好き。」
・
・
・
「どこ行きやがった!!」
「…あ、あっちに走っていきました!」
「っち、追うぞ!」
先輩の誕生日から一夜明けて。
今日も俺達は変わらない日常を送っています。
「……先輩、見つかる前に謝った方がいいんじゃないですか?」
「ダメよ、ちょた!今出たら間違いなく悲惨な未来が待ってる!ここは取り合えず時間に身をまかせて…」
「、みーつけた。」
部室の中に隠れていた先輩。
扉を少し開けて外の様子をうかがう先輩に…助言したんだけどなぁ。
部室の窓から侵入した忍足先輩に呆気なく見つかった先輩は
いつものように断末魔をあげながら跡部先輩の待つ第1コートへと連行されていった。
「あの…なんか…すいませんでした。」
「すいませんで済む問題じゃねぇ。…が、俺も鬼じゃない。特別に選ばせてやる。」
「…え?」
「ジャイアントスイングか、ブレーンバスターか…選ばせてやる。」
「どっちも嫌です、ゴメンなさい!!許して下さい!」
コート内で土下座をする先輩を遠巻きに見つめる俺達。
委員会で遅れた日吉が、何があったのかと聞くと忍足先輩が遠い目をしながら答えた。
「……3日ぐらい前にな跡部のジャージの半パンがな…破れてたらしいんや。」
「…それを跡部がに縫っとけって預けてたんだよな。」
「たぶん…その時さ、跡部が勝手にのじゃがりこ食ったとかで喧嘩してる時だったんだよな。」
「その腹いせか知らんけど…昨日持ってきた跡部の半パンのお尻の部分にな…。」
「あいつ、でっかいクマさんのアップリケつけてきたんだよ。」
「昨日はたまたま跡部がそのジャージ使わなかったから気付かなかったらしいんだけど」
「……今日袋からそれを取り出して…」
宍戸さん、向日先輩、忍足先輩がそこまで話すと
日吉は一つ小さなため息をついて一言「いつものパターンですね」と言い捨て部室へと向かった。
「…昨日のあの穏やかな空気は何だったんでしょうか。」
「もタイミングが悪ぃよな。あのアップリケつけたこともたぶん忘れてたんだぜ。」
「部室入って来た時めっちゃ笑顔やったもんな。」
「跡部のバチギレにも気付かずにな。」
遠いコート内でジャイアントスイングをする跡部先輩。
それを眺めてケラケラ笑いながらも呆れ気味の先輩達。
そんな様子を見て俺、思いました。
たぶん先輩達や日吉、樺地もそうだと思うんですけど、
先輩よりもきっと、俺達の方がもっと、先輩のこと大好きです。
氷帝カンタータ
番外編 Bon anniversaire!!
fin.
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