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私は悪くない!





「そういえば、最近乙女ゲームの話しないね。」

「………真子ちゃん。今地雷踏んだよ……。広い平和な草原の中で唯一ある地雷を器用にピンポイント攻撃したよ…。」

「ほら、跡部君に没収されたって言ってたじゃん。」

「あぁ、そっか。まぁ良かったじゃん、まともな道に戻ってこれて。」

「1年前の私が可哀想だから、道を踏み外してた外道みたいな言い方はやめてあげて!」



うららかな陽気に包まれた教室。
今日のお昼休みは、お馴染みのメンバーである真子ちゃんや瑠璃ちゃん達と
お弁当を囲んでいた。お弁当が空っぽに近づくにつれ、教室内も騒がしくなり
窓の外に目を移すと校庭で元気に遊ぶ生徒たちもちらほら見え始めた。

既に食事を終えた真子ちゃんが、私が持ってきた雑誌を読みながら
ぼそっとつぶやいた一言にひどく心が痛む。

瑠璃ちゃんがそっと肩に手を置いて慰めてくれたけれど…。
跡部と付き合い始めてそろそろ1年が経とうとしている。

変わったのは、私たちの肩書きぐらいで特にカップルらしくなったなんてことはない。
しかし、その肩書が大問題だった。

誰もが羨む跡部というウルトラレア彼氏を手に入れた代償として、
失ったものは大きい。その1つに挙げられるのが、話題に上った乙女ゲームだった。



「でも、跡部君が彼氏なら乙女ゲームとかいらないじゃん?」

「…確かにビジュアルはいいよ。立ち絵は最高レベルだと思うよ。」

ちゃん、立ち絵って…。

「でもね!乙女ゲームの本質はそこじゃないの!あの!甘いストーリー!
 私だけを愛してくれるあのストーリーが心の癒しなのであって、それを取り上げられたらもう…」


思わず椅子から立ち上がり、熱弁する私を憐みの目で見つめる真子ちゃん。
……っく…伝わらない…!健康スポーツ天使の真子ちゃんには伝わらないか…!


「だからさ、跡部君に愛されてるからいいんじゃないの?」

「言ってやってよ、瑠璃ちゃん!私がこの前跡部に≪手つなごっ≫って言ったら、
 ≪気味悪い≫って言われて、乱闘の末なんやかんやで最終的に≪誰かに見られたら末代までの恥だろ≫って言われたこと
 この世間の常識でしか物事を考えられない哀れな真子ちゃんに言ってやって!」


「…なんかイラっとするわね。」

「お、落ち着いてちゃん!大丈夫だよ、その話は結局跡部君が恥ずかしがり屋さんだから仕方ないってことになったじゃん!」

「…………その話なんだけどさ、今ちょっとその事で跡部と喧嘩してて…ふぅ、ちょっと待ってね
 瑠璃ちゃん、私が怒りで暴れださないよう一回この身体ごと椅子にくくりつけてもらっていい?」

自分で衝動を抑えられないレベルの怒り!?え…ど、どうしたの?


ああああ、忘れようとしてたのに、思い出したらムカついてきた…!
息を荒くする私の背中をさすりながら、やさしく聞いてくれる瑠璃ちゃん。
そして、そっと手を取り本当に椅子にくくりつけはじめた真子ちゃん。楽しそう。


「……あの話した翌日にね、廊下で跡部を見かけたの。そしたら…何してたと思う?
 い、いつも侍らせてる跡部親衛隊、通称喜び組のみなさんいるじゃん?
 あの子たちがね…う、腕を組んでね…!!歩いてたんだよ…!」

「……う、うん。よく見るよね、その光景?」

「でもさ、考えてみて?私その前日に、彼女なのに、見られたら末代までの恥とまで言われて断られてるんだよ?」

「………おう。」

「末代だよ?私と手を繋いで歩くのを見られるだけで、そんな未来の罪なき子孫まで恥じる、そんなレベルなんだよ?」

「……お、落ち着いてちゃん。ちょっと拳握りしめすぎかな…。


ギリギリと音がしそうなほど握りしめていた拳を、瑠璃ちゃんがソっと包んでくれる。
真子ちゃんはというと、先程までとは打って変わって少し気まずそうな顔をしていた。


「…でね、やっぱりこれは一度言っておかねばならんって思ってさ。
 彼女がいるのにそんな…ねぇ。不純異性交遊みたいなのは許せないじゃん?」

「まぁ、の考えは間違ってないと思う。」

「跡部君に怒ったの?」

「うん。部室で、さりげなくね。あなたは間違っているんですよ、それを認め、悔い改めれば許しますよ、
 っていうスタンスで、本当さりげなーく聖母のような感じで言ったの。」











「ね…ねぇ、跡部。そういえば、今日のお昼休みに…」

「アーン?今忙しい。」

「ちょっとだけ!5秒で話終わるから!!」

「5…4……」

「っく…容赦ねぇな!…っ、なんで彼女以外の女の子と過剰なスキンシップをとるんですか!」

「…………は?」

「だ…だから、その、私とは手繋ぎたがらないくせに…さ、なんであの子たちはOKなのか…」

「…………絵面的に無理がないだろ。

「………あ?」


「想像力働かせろよ。俺とお前が、仲良く手を繋いで河川敷なんか歩いてたら、薄気味悪いだろうが。

「な、なんでよ!彼氏と彼女なんだし、それにもう1年も経つんだからそろそろ慣れなさいよ!私のルックスに!」

「………うるせぇ、もう5秒過ぎてんぞ。さっさと仕事しろ。」

「……あんた、私からゲーム取り上げる癖に自分のしたいことは訳の分からない正当化するのね。」

「……アーン?」

「じゃあ、もういい。別に跡部に彼氏らしいことなんて望まないから、あのゲームは返してよね。」

「返すわけねぇだろ、まだそんなこと言ってんのか。」

「じゃああんたが手を繋いで仲良く下校イベントしなさいよ!私のこの溢れ出る乙女心はどこへ向ければいいのよ!」

「……………。」

「……何、黙ってんの?」

「…なんでわざわざ人目に付くところで手を繋ぎたがるんだよ。」

「それが!カップルイベントだからに決まってるでしょ!」

「……っ、とにかく無駄に接触を試みるな、ウザイ。」

「ウザ…………、っ…。わかった。」

「…じゃあ「跡部なんかある日突然、道端の側溝に落ちてそのまま体がハマって抜けなくなって一生を終えろ!馬鹿野郎!」




















「聞きたいことが色々あるんだけどいい?」

「なに?私悪くないよね?!もう本当腹立つ!」


熱弁する私を前に、時折面倒くさそうに窓の外を見たりしながらも
話を最後まで聞いてくれた真子ちゃん。そして、私を落ち着けるためなのか
持参した水筒から温かいお茶を注いで、目の前にソっと差し出してくれた
嫁にしたいランキングクラス第1位を独走し続ける瑠璃ちゃん。


「……あんた、最初に≪聖母のように優しく諭した≫って言ってたよね?」

「言ったよ!………まぁ、最初は聖母だったけど、あんなこと言われたらそりゃ聖母も地獄の業火を纏っちゃうよね、仕方ない。」

「……それと、最後の捨て台詞もあんまりピンとこなかったんだけど。

「こ、こう…跡部が最も恥ずかしい姿で終わりを迎えればいいって思ったら…つい例えが具体的になっちゃったの。」

「…でもさ、その…跡部君は本当にちゃんと手つなぐのが嫌なのかな?」


一緒にお茶を飲みながら、この不毛な議論に参戦した瑠璃ちゃん。
真子ちゃんと私は一瞬顔を見合わせる。


「…いや、なんとなくだけど、あの彼女の入れ替わりが激しかった跡部君が1年もちゃんと
 付き合ってるってことは、間違いなくちゃんのこと…好きだと思うの。」

「……情って可能性もあるよね。ほら、同じ部活で気まずいとか。」

「ま、真子ちゃ…っ!何それ、その可能性何%ぐらい…?」


自分では考えたこともなかった可能性に、涙が溢れそうになる。
真子ちゃんの両肩をつかんで揺さぶると、面倒くさそうな顔をされてしまった。


「でもさ、乙女ゲームにも嫉妬するぐらいだよ?好きなのは間違いないと思うの。
 だけど、これは…私の想像だから間違ってるかもしれないけど……。」

「な、何?いいよ瑠璃ちゃん、もうひと思いにやっちゃってください!!」


両腕を広げ、椅子の背もたれに大の字でもたれかかる私を見て
少しだけ、瑠璃ちゃんが笑った気がした。


「……やっぱりさ、跡部君恥ずかしがってるんじゃない?」

「……喜び隊の女の子達とはイチャついてるのに?」

ちゃんは別なんだよ、きっと!跡部君、本命の女の子には意外と一途だったり…。」

「ほ、本命……。え、そ、そうなのかな?あの跡部がそんなシャイボーイ…なのかな…。」

「昔の彼女とよく手つないで下校してるの見たけどなぁ。」

「もう!また真子ちゃんは引っ掻き回すようなことを!」


パチンっと真子ちゃんの手を叩く瑠璃ちゃんに、いたずらっ子みたいに舌を出す真子ちゃん。
私の頭の中はもうパンク寸前だった。…な、何なんだろう結局、跡部は単純に私が嫌ってことなの?


「………もういいよ、ありがとうね…お話聞いてくれて…!」

「…そんなにトキメキが欲しければ、吉武君とでも繋いでみれば?」

「なっ、なんでそこで吉武君が…!」

「だって跡部君も、以外の女の子とイチャついてるんでしょ?そこだけは、私許せないわ。」

「だ、だからってそんな罪なき男子を巻き込んで…」

「俺の話?」


真子ちゃんの口を慌てて塞ごうとすると、タイミング悪く校庭から帰ってきたらしい吉武君が
隣の席に着いた。高校になってからも、同じクラスで縁の深い私の男友達。
気軽に話せる爽やかイケメンに、密かに毎日癒されているのを知っていて
真子ちゃんはこんなことを言ったのだ。冗談じゃない、吉武君と手なんか繋いだら、うっかり爆発するかもしれない。


「あのね、ちゃんが男の子と手を繋ぎたくて飢えてるんだ。」

「瑠璃ちゃっ、瑠璃ちゃん!?なんでそんないきなり語弊のある言い方するの!?」

「なんで?跡部いるじゃん。」

「その跡部が繋いでくれないから、拗ねてんのよ。」


長話に肩が凝ったのか、首をグルグルと回しながら何気なく答える真子ちゃんに、
吉武君がプっと吹き出した。わ…笑われた……。
「長い間彼女なのに、こいつ手を繋ぐことさえ許されてないのかウケル」っていう笑顔だ絶対…!
ここは彼女の沽券に関わる問題だから、バシっと訂正しておかないと…!



「あ、あのね吉武君。一応手を繋いだりしたこともあるんだけど、それを積極的にはしてくれない
 っていうだけの話で、決して私が彼女として認識されていないとかそういう話ではない…と思う…。」

「ははっ、そっか。なんかあんまりさんがしおらしく手を繋いでるイメージとかないもんなー。」


いつの間にか私たちの輪の中に入って、楽しそうにお話をする吉武君。
このコミュニケーション能力の高さは、きっとこの子の将来に役立つだろうと
どこから目線かわからないような感想を思い浮かべる。


「あ、もう昼休み終わっちゃうじゃん。私レモンティー買いに行ってくる。」

「真子ちゃん、私も行くよ!瑠璃ちゃんは?」

「私もー。カフェオレ買おっと。」

「じゃ俺もー。」


ガタガタと机を離れる私たち。
財布を持って、さて教室を出ようかという時
コミュニケーション能力から生まれたような爽やかボーイから、
とんでもない発言が飛び出した。


「あ、さん手つないであげよっか?」

えええっ!い、いい、いやいやいや!あの、私!その!かれっ…彼氏が…!」

「アハハ、ちゃん焦りすぎだよー。別に友達と繋ぐぐらいどうってことないじゃん?」


ケラケラと笑う瑠璃ちゃんに、吉武君。
真っ赤な顔をした私だけが、変な意識をしているみたいでものすごく恥ずかしい。
いかん、これでは「こいつ何意識してんだよ、これだからモテない女は面倒くせぇんだよ」とか思われてしまう。
これでも1年は跡部の彼女やってるんだから…う、受けて立ってやろうじゃないの、その挑発…!!


「わ…わかった。じゃあ……おなっしゃーっすっ!!ばっちこーい!!

「わぁ、すげぇ気合。」



スカートの裾でごしごしと手をふき、頭を下げて差し出した手のひらを
余裕の表情で握る吉武君。

他人の体温に、やっぱり経験値の低い私は心臓が飛び出そうになってしまい
平静を装いたいのに変な汗がじわじわ吹き出してくる。

それを見てまだケラケラ笑っている瑠璃ちゃんに、呆れ顔の真子ちゃん。
あ、ダメだちょっと、もう、恥ずかしい。


「あ…ああ、あの吉武君。私ちょっと手のひらに汗かいてるかもしれないけど、
 それは決して慣れていない緊張からとかじゃなくて、さっきまで…あの、
 気づいてなかったかもだけど、さっきまで私お腹に力入れて腹筋を鍛える
 静かな有酸素運動してたから「言い訳長すぎだね、さん。」


大きな口を開けて、3人が笑う。
廊下に出てしまった私はさらに恥ずかしくて俯くばかり。
なのに。その手を離さず、指を絡めてギュっと握りしめる吉武君は
ははーん、なるほど生まれながらの天然天使だな。


「…あ、ちょっとなんかもう、心拍数がヤバイ。血圧もヤバイ。」

「あはは!ちゃん、大袈裟な………えっ……あ、ちょっちゃん!」



ポケットから取り出したハンカチで必死に額を吹く。
極力この真っ赤な顔だけは見られないように俯きながら、吉武君に手を引かれること数歩。

おばあちゃんのリハビリ…そうだ、私は今リハビリ中なのであって
恥ずかしがることはない!……と認識して、思い切り顔をあげた瞬間だった。

目の前に立ちはだかる、お馴染みのテニス部メンバー。



を、引き連れた



「……跡部。」





ミルクティーのパックをストローでずこずこと飲みながら、
真顔で私たちを見つめる跡部。

その後ろから、賑やかさにかけては他の追随を許さない
お祭り天使たちが顔をのぞかせた。


「あーっ!ちゃん、何してるのー!」

「うわ!浮気浮気!跡部、ほら!」

「………黙れ。行くぞ。」

「えー!いいの!?」




固まる私たちの隣を、何も言わずに通り過ぎていく跡部。
がっくんとジロちゃんだけは、好奇心に満ちた目で私を見つめていた。



「………い、今のまずくね?」

「大丈夫よ。跡部君だって、他の女の子とイチャこいてんだから
 こんなもん可愛いぐら……って。何、青ざめてんの。」

「あ……跡部がマジだった。マジで冷たい目してた。」

「……あちゃー、タイミング悪かったねー…。」

「ごっ、ごめんさん!俺が調子乗って変なこと言ったから…」

「いっ、いいのいいの!吉武君は、哀れな私に一滴の恵みを与えてくれた天使なんだから謝ることないよ!」


ぺこぺこと廊下で謝りあう私たちを心配そうな目で見つめる瑠璃ちゃん。

レモンティーを買うという任務を忠実に遂行するため、
自販機へと歩き始めた真子ちゃん。


そして、先程よりもさらに汗が流れて止まらない私。