「また…会えたね…。」
「ああ…。待たせたな、キャサリン。」
「……ダニエル……、抱いて。」
プチッ
「…ちょっと。何で途中で消すんですか。」
「え…えーと、いやいや…あの…ほら子供は見ちゃダメなシーンが始まる予感が…。」
「………先輩の方が十分子供でしょう。たかが映画のベッドシーンで。」
「なっ!わ、私はぴよちゃんさまの教育に悪いと思って…!」
はぁ、とため息をついて席を立つぴよちゃんさま。
今日は私の家でぴよちゃんさまと2人で映画鑑賞をしています。
そして、何がどうなったのか私達が付き合い始めてから約3か月が経ちました。
付き合う前からずっと先輩後輩の仲だし、お互いのことはよく知っているから
彼氏・彼女の関係になっても特に何かが変わるわけじゃない。
だけど、親友の真子ちゃんにも彼氏ができて
初めてチューをした話とか、デートをした話を聞いていると
羨ましく思ってしまう自分もいる。
真子ちゃんのオススメでありがちな恋愛映画をチョイスしてみたけど
いつも2人でアクション映画とか、コメディ映画を観ているからなのか
何だか居心地が悪くて…。ずっと緊張しっぱなしだった。
ぴよちゃんさまもつまんなさそうにしてたし、ちょっと失敗だったかな…。
冷蔵庫から手慣れた様子で水を取り出し
ごくごくと飲み干すぴよちゃんさまを見て、
女である私がこんなに悶々としてるのって…なんかおかしくないか?と思ったり。
「…なに見てるんですか。」
「別にー。よし、続き見よっか!」
「もういいです、それ面白くないですし。」
「ちょ、真子ちゃんチョイスを侮辱するな!」
「……先輩と真子さんがチョイスしたんでしょ?」
「………ん?」
コトっとキッチンにコップを置いて、真面目な顔でぴよちゃんさまが私を見つめた。
…ん、なんだ?怒ってる?
「だから、先輩達が考えてることなんて浅はか過ぎてすぐわかります。」
「というと?」
「…どうせ、その映画を観て良いムードになって、いちゃつこうってところでしょう?」
さも、くだらないといった様子で言い放つぴよちゃんさま。
恐ろしいぐらい当たってる、超図星。
後輩彼氏にここまで読まれてるなんて、恥ずかしすぎる。
血液が頭に全速力で集まっていくのが感じ取れる程に、私は焦っていた。
「ち…ちちち違いますけど?」
「よくそんな顔でバレバレな嘘がつけますね。」
「…っはいはい、悪かったですね!もういいです!」
「……はぁ。…何怒ってるんですか。」
「怒ってないもん、怒ってないけどもう寝る。」
「怒ってるじゃないですか。…はぁ、面倒くさい。」
リビングにごろんと寝転び、ブランケットで頭まで覆うと
遠くでぴよちゃんさまの盛大なため息が聞こえた。
……ていうか、そこまでわかってるなら
少しくらい甘いムードにしてくれたっていいじゃない。
ちょっと私達には過激すぎるシーンが始まりそうになったから勢いで切っちゃったけど、
それまでにもキスシーンとか愛を囁くシーンとかたくさんあったよ!?
そしてそのシーンでさりげなく私がぴよちゃんさまの手を握ろうとしたら
ものすごい形相で睨んできたよね!?俺に触るなこの薄汚い豚めが、みたいな顔してた、絶対してた!
こんなの付き合ってるって言わないよ。
真子ちゃんが彼氏の話してるときに「薄汚い豚」なんていうワード出てこないもん!
いや、別にぴよちゃんさまがそう言ったわけじゃないけど、
常に私に対する発言の言外にそういうニュアンスのワードを含んでいる気がするもん。
私が、手つなご!って言うと「嫌です(この薄汚い豚めが)」
私が、大好き!って言うと「……その顔、笑えますね(薄汚い豚みたいで)」
私が、泊まっていく?って言うと「遠慮しときます(誰がこんな豚小屋で寝れるか、この薄汚い豚めが)」
今思い出してみると、全部の発言に当てはまるじゃん…こんなの絶対おかしいよ…。
悪い方に考えると、どんどんどんどん悪い方向にハマっていってしまう。
ブランケットの中でポロリと涙が流れたけど、涙は絶対見せたくない。
後輩に、それもぴよちゃんさまに泣かされるなんて癪すぎるじゃないですか。
……あれ。
っていうか、色々考えてるうちに結構時間経ったけど
ぴよちゃんさまの気配がしない。
反射的にブランケットをとって部屋の中を確認してみるけど
ぴよちゃんさまの姿はどこにもなかった。
……私が拗ねて寝てても、放って帰っちゃうんだ。
そうだよね、ぴよちゃんさま常々面倒くさいことは嫌いって言ってるもんね。
それが私に関することなら、それも彼女に関することなら尚更面倒くさいもんね。
別に真子ちゃんみたいなラブラブカップルになりたいって言ってるわけじゃないよ。
ぴよちゃんさまがいきなり愛を囁きだしたら、びっくりして鈍器で殴ってしまうかもしれない。
だけど、ちょっとぐらい…ちょっとぐらい優しくしてくれても…いいんじゃないかな。
ずっと憧れてたぴよちゃんさまとの交際って、こんなに塩っ辛いモノなんですか?
もう一度ブランケットをかぶり、声をひそめて泣いた。
・
・
・
PLLLLLL…
「きた!私に許しを請うぴよちゃんさまの電話に違いないはぁあああい!」
『っ!……でかい声だしてんじゃねぇ!』
あまりにもぴよちゃんさまの放置時間が長すぎて、いよいよ不安になってきた私。
きっと携帯に電話とかしてくれるんだろうと思って…
「さっきはすいませんでした、先輩…」みたいな電話がくるんだろうと思って
ずっと待ち構えていたんだけれど…
「……なんだ、跡部か…。」
『ぶっ飛ばすぞてめぇ。今どこにいる。』
「えー…家。」
『行くぞ、出てこい。』
「…そんなランプの魔人を呼び出すかのごとくサラっと言われましても…。」
『お前が行きたいって言ったんじゃねぇのか。』
「…は?」
『…劇団四季のライオンキング。』
「ちょ…え!?まじで手に入ったの!?あのチケット次の夏まで満席だったんだよ!?」
『今日の公演がさっき手に入った、行くのか行かねぇのか3秒で決めろ。』
「いく!いきます!何時からですか!」
『…1時間後に迎えに行くから用意してろ。間違ってもあのライオンが潜んでる大阪まるだしトレーナー着てくんなよ。』
「着ていくよ!ライオンキングだよ!?じゃ、すぐ用意するから!ばいばい!」
『おい!やめ…』
プチッ
さっきまでのどん底気分を吹き飛ばすような朗報につい舞い上がってしまう。
跡部のおかげっていうのがなんだか悔しいけど、観たかったんだもんライオンキング!
……ぴよちゃんさまも観たいって言ってたなぁ。
化粧道具を引っ張り出してメイクをしながら、脳裏に浮かぶのはやっぱり彼の顔。
…はぁ、本当どこ行っちゃったのかしらあの後輩君は…。
しかし取り合えずあと1時間しかない。
跡部は時間にはやたら厳しいから、遅れたらチケットをくれないかもしれない。
下手したらライオンキング全公演を貸し切り公演にして、
私が一生公演を観られないように操作するかもしれない。奴はそういう人間だ…。
・
・
・
「っよし。行くか。」
メイクも仕上げて服も着替えて準備万端。
さらに約束の時間まで15分もあるんだから、上出来!
携帯を覗いてみたけど、やっぱりぴよちゃんさまからの着信は無い。
…あーあ、折角のデートだったのに。何が悲しくて跡部と出かけなくちゃいけないのよ…。
でも、このまま家にいてもきっとメソメソ泣いてるだけだもんなぁ、私。
ピーンポーン
「…なんだ、意外と早いじゃん。」
いつもなら時間ぴったりにくる跡部が、こんなに早く来たのは
やっぱりあいつもなんだかんだライオンキング楽しみなんだろうなぁ。
ガチャッ
「はー…い……あれ?」
「……どこか出掛けるんですか?」
玄関のドアを開けた先にいたのは跡部ではなく愛しの彼氏。
私の頭からつま先までジロジロと見て、普段から多い眉間のしわがさらに深くなった。
「…えーと…帰ったんじゃなかったの?」
「…これ、借りてきました。さっきのが面白くなかったんで。」
不機嫌そうな顔で、見慣れたレンタルビデオ店の袋を見せるぴよちゃんさま。
……あ。新しい映画借りに行ってたんだ。
でも、それにしては遅かった…よね?
首をかしげる私の言いたいことがわかったのか、
ぴよちゃんさまはもう片方の手に持っていた袋を私の目の前に押し出した。
「…先輩が食べたいって言ってたワッフルです。」
「……わ!これどうやって買ったの!?めちゃくちゃ並んでたでしょ?!」
「…並んだんですよ。いいから、取り合えず入りましょう。」
やだ、泣きそう。何コレ、どっきりカメラとか仕掛けられてるの?
こ…こんな私に…拗ねて泣いて憂さ晴らしにライオンキングを観に行こうとしていた私に
この子は…超人気店のワッフルを買ってきてくれたというのですか…。
あぁ、神様。私は悪い子です。
だからきっと
今から罰が当たるんでしょう。
・
・
・
私は焦っていた。
あと5分で跡部との約束の時間。
まずい、これはまずい。このまま行くと私は跡部に絞首刑にされる。
「…さっきから何突っ立ってるんですか。」
当然、何も知らないぴよちゃんさまは私の部屋に入り
リビングのソファに座る。
リビングの入り口から動かない私を見て不審に思ったのか
ぴよちゃんさまの顔がどんどん険しくなっていく。
「…そう言えば、何で急に化粧なんかしてるんです?それに服も。」
「えーと…え…っと。」
「どこか出掛ける予定だったんですか?」
「そ、そういうわけじゃないんだけどー…。」
「……さっきはすいませんでした。」
「え?!」
「…少し、冷たかったかなぁ…と。」
珍しい!ぴよちゃんさまが…あや、謝った…!
っていうかむしろ謝ることじゃないのに…!私の方が数段悪い先輩なのに…!
顔を下に向けてうな垂れてる様子から、ぴよちゃんさまの顔色は読みとれないけど
きっとものすごく可愛い顔をしているに違いない、あぁアカン抱きしめたい!
「ぴよちゃんさま、私も…」
PLLLLLLL…
鳴り響いた携帯の音。
心拍数が一気に上昇する。
いつまでも電話に出ない私を見て
ぴよちゃんさまが首をかしげる。
い、いけない…これは逆に怪しい。
とにかく電話に出よう。
ピッ
「は…はい。」
『おせぇ!早くしろ、何分待たせるつもりだ。』
「いや、…まだ2分過ぎただけじゃん!」
『俺の2分とお前の2分じゃ価値が違うんだよ。』
「あんった…本当口悪いわね!ちょっとぐらい待ちなさいよ!」
『あと10分待ってやる。それを過ぎたら…』
「過ぎたら…?」
『てめぇの家を爆破する。』
「つ、通報するぞ!」
プチッ
む…無茶苦茶や…。
いや、私が悪いんだけどさ…。爆破って…やりかねないぞ、本当に。
「……跡部さんですか。」
会話から全てを悟ったようなぴよちゃんさまが
真顔で問いかける。……あぁ、まずい。これは怒ってる顔だ。
「え、えーと。私、さ。ぴよちゃんさまが帰っちゃったんだと思ってて…。」
「………。」
「そこでタイミング良く跡部からライオンキング観ないかって誘われて…。」
「……それで、ほいほいついて行こうとしてるんですか。」
「…だって。」
ソファから立ち上がったぴよちゃんさまが、何だか急に大きく見える。
そしてやっぱり怒ってる。
長い間観察してきた私にはわかる。
「跡部さんに会う時は、わざわざ服を着替えて化粧もするんですか。」
「いや、一応公の場だし…さ…あいつそういうの五月蝿いから。」
「……俺以外の奴に会うためにお洒落するんですか。」
ゆっくりとこちらに近づいてくるぴよちゃんさまに、
つい後ずさってしまう。なんだこのオーラは…。
ドアまで追いつめられた私は行き場をなくし、
なんとかぴよちゃんさまを目力でけん制することしか出来ない。
「別に…そういう意味じゃないよ。…っていうか、ぴよちゃんさまは私のこと女とも思ってないじゃん。」
「……は?」
「ひっ…。いえ、あの…そのですね、いつも私が…甘えようとしても…さぁ。嫌がるし。」
「………。」
「さっきだって…さ。手つなぐぐらい良いじゃん。その、か…彼女なんだし。」
「……はぁ。」
私を見下ろしながら深いため息をつくぴよちゃんさま。
…あ、また呆れられてしまった。
こういう関係は、付き合う前からで特に気にもしてなかったけど
やっぱり…彼女としてはちょっと寂しいものがあるよね。
「ご、ごめん。ウソウソ!変なこと言ってごめんね?」
「………。」
「取り合えず、私ちょっと行ってくるね!跡部待たせてるから!」
涙が流れないように、顔を見られないように。
ぴよちゃんさまに背を向けて必死に
玄関まで走る。ダメだ、早くしないと…。
急いで玄関のドアノブに手をかけた、その時
もう一方の手が勢いよく引かれた。
「うわっ!」
ドタンッ
あまりに勢いよく引かれたもんだから、
廊下に尻もちをついてしまう。
私の腕を引っ張った張本人に抗議の目を向けてみるけど
その目は完全に怒っていて、文句も引っこんでしまった、
「…いい加減にしてください。」
「え…?」
廊下に座りこむ私を、見下していたぴよちゃんさまが
じりじりと近づいてくる。
な…なんか怖いぞ。
咄嗟に立ちあがった私を壁に追いつめるぴよちゃんさま。
何かいつものぴよちゃんさまじゃないみたい。
後ずさりする私の背中が壁にぶつかったと同時に
両手をぴよちゃんさまに拘束された。
「あ、あの…ごめん…なさい?」
「俺が何に怒ってるのかわかってるんですか。」
「……わがまま言ったこと?」
「違います。」
ギリッと両腕を掴む力が強められる。
…っどうしよう、反撃してしまいそうだ…!
「なんで俺がいるのに、あなたはそうやって…平気で他の男のところへ行くんですか。」
「へ!?…お、男って…跡部だよ!?」
「跡部さんでも向日さんでも、鳳でも同じです。」
「ご…ごめんなさい…。」
「先輩は…、彼女としての自覚があるんですか?」
「何…言って……。」
一瞬、何言ってんの当たり前じゃん!
って言おうと思ったんだけど、言わなきゃいけないんだけど…
今までの私達の関係を振り返って、彼氏・彼女と言えるようなことがあっただろうかと
フと考えてしまって。上手く言葉が出なかった。
「…やっぱり、私がぴよちゃんさまの彼女に…誰かの彼女になるってこと自体無理があったんだよね。」
「……。」
「ほ、ほら。昔っから女らしくないって言われてたし…今更なんか、彼女って…ねぇ?」
「……っ。」
「…ぴよちゃんさまも、本当は私のこと彼女って…思えないんでしょ?」
駄目だ、泣いちゃう。
そう思った瞬間
「……んっ…!?」
私の唇は温かい感触に包まれていた。
何が起こったかわからず、動けずにいると
視界にドアップのぴよちゃんさまが浮かんできた。
「……先輩は…俺のものです。」
「……っ…ぴ、ぴよちゃんさま…。いい…いいいい今…!」
「うるさいです、黙ってください。」
「………うわーん!!大好きー!」
「…ウザイ。」
ありがとう、ぴよちゃんさま。
私…彼女でいていいんだよね…。
もっともっと彼女らしくなれるように…頑張るからね!
・
・
・
「長い!」
「そしてキモイ!」
「ちゃん、病んでるよねぇー。」
部活が終わった後の部室に集まる幼馴染3人組。
放課後、氷帝男子テニス部マネージャーの と
ファミレスに行く約束をしていた3人は
集合場所である部室で各々の時間を過ごしていた。
暇を持て余した向日がフと、今までの部誌を見ようと
大きな棚の上段にあるノートに手を伸ばした時、
一緒に青いB5サイズのノートが落ちてきた。
部誌とは違うそのノート。
パラパラとページをめくると
見慣れた字で、小説らしきものが描かれている。
そこに出てくる登場人物にも心当たりがある。
すぐさま他の2人を呼び集めて、読み進めると
それはが執筆した妄想小説であることが判明した。
「っていうか、あいつ部活中にこんなことしてやがったのかよ!」
「いや、これたぶん授業中とかに書いてんじゃね?」
「だよねー。さすがに日吉がいる部室内では書けないんじゃない?」
「しかし…あいつマッジでキモイな!馬鹿だな!」
「なんだよ、このクソ展開!今時ジャンプの読みきりでもこんな陳腐なストーリーねぇぞ!」
「ジャンプっていうより、これ少女マンガの王道パターンっぽくね?」
「…ちゃんって、意外とこういう強引な感じ好きなんだね。」
「……なんか…嫌なもん見ちゃったな…。」
「おう…。こんなになるまで放っといた俺達も…悪いよな。」
「重病だよねー。あ、日吉に読ませてあげよーっと、これ。」
「お前は鬼か、ジロー。」
「日吉がこれ読んだら、絶対もうに近づけないだろ。怖くて。」
「それはそれでいいじゃ〜ん。っていうか、主人公が日吉なのがくやC〜!」
「何が悔しいんだよ…、もしこんなデスノートの主人公が俺だったら…立ち直れないぞ。」
「…いや、っていうかこれ跡部めちゃくちゃ可哀想じゃね!?跡部ずっと外で待ってんだろ?!」
「マジだ!ぎゃはははっ、跡部の扱い酷過ぎんだろ、!」
「まだ出てきてるだけEーじゃん!俺達出てきてないんだよ!?」
「いや、だから出てこなくていい…って…、ヤベ!来たぞ、隠せ!」
ガチャッ
「お待たせー、掃除がやたらと長引いてさー!」
「お、おう。全然いいぜ。」
「そんなに…ま、待ってないしな!な、ジロー!」
「………うん!早く行こうー!」
「…?なんか変なの。ま、いっか。行こっか!」
数日後
わけもわからず日吉に胸倉を掴まれた。
爆笑する宍戸と向日が、事の顛末をに告げる。
全てが明らかになった時、
恥ずかしさと怒りで爆発したが起こした大騒動は
後々「男子テニス部の闇歴史」として永遠に語り継がれることとなった。
氷帝カンタータ
番外編 4月1日の悲劇