「今年もやってきました、氷帝学園祭!それでは、まず生徒会長の跡部景吾さんより開会宣言をお願いします。」


テンションの高い司会者は、放送部の間中君だ。
司会者だけじゃない。今、この第1体育館に集まっている生徒全員のテンションはMAX状態。

壇上にわざとゆっくり上がる跡部に対する、お馴染みの氷帝コール・黄色い声援がその証拠。
地響きがしそうな程の声援に、私もなんだか心の底からワクワクしてきた。

今年も、この季節がやってきた。氷帝学園の一大イベント「氷帝学園祭」
他校はどんな文化祭なのか、あまり知らないけれど間違いなく私達の学園はこのイベントに1番力を注いでいる。

各クラス毎の催し物は、学園柄というか何というか、企業が協賛していたりすることも少なくない。
学園祭レベルとは思えない屋台や、模擬店は一種の名物で外部からの来場者にも人気がある。

もちろん体育館やホールでの舞台発表もかなり気合が入りまくってる。
通常の体育館にはあり得ないセッティング・音響照明が組まれ、カラフルなムービングライトを駆使したライブなどは
毎年異常な盛り上がりを見せる。ただ舞台発表が出来るクラス組数は限られているため、激戦区だったりする。


「…初めての学園祭で浮かれてる1年生。昨年以上の力で燃えてる2年生。そして、今年が最後の学園祭となる3年生。
 氷帝学園祭は、全員で創り上げるものだ。1人1人、悔いの残らないよう…全力を尽くせ、以上。」


相変わらず偉そうな開会宣言をする跡部に、割れんばかりの拍手と黄色い悲鳴があがる。
ご満悦の様子で壇上から降りる跡部。……あいつも今年は最後の学園祭というだけあって気合が入ってるらしい。

というのも、私たちの学園祭では必ず「最優秀クラス」が投票によって決まる。
某アイドルの総選挙のように、後夜祭ではこの広い体育館を使って順位が発表されるのだ。
皆が、ここまで学園祭に必死になる理由はそこにもある。
最優秀クラスには「1年間学食無料」のご褒美が与えられる。これは、かなり、デカイ。
好きな時に、好きなメニューを無料で食べられるのだ。必死にならないはずがない。

もちろん、私たちのクラスも負ける気は全く無い。

目指すは優勝のみ。

その為の準備は抜かりなくやってきたつもりだ。
後ろに並ぶ真子ちゃんを振り返り、静かに勝利を誓うガッツポーズを送ると、
「いいから、前を向け」と無言の目力を感じた。


























ちゃーん、真子ちゃん!今日さ、私達店番休憩同じ時間帯だし、一緒に回らない?」

「あ、私勝手にそのつもりだった!」


開会式後、一旦解散となり各クラスへと帰る。
その途中で、瑠璃ちゃんと華崎さんに声をかけられた。

既にクラスTシャツを着ている2人。
クラスで2人だけ選出される学園祭実行委員会のメンバーだ。


「じゃあ4人でまわろっか。」

「うん!あ、真子ちゃんとちゃんも早くTシャツに着替えないと。」

「あ、そっか。プールの更衣室が使えるんだっけ?」

「そうだよ。あと10分で最後のクラスミーティングするから急いでね!」

「わかった!」


皆で協力して飾り付けた教室は、鬱蒼とした木々に囲まれている。
私たちのクラスは「アリス・イン・ワンダーランド」と銘打った喫茶コーナー。

工夫を凝らした演出が可能な喫茶コーナーは、参加希望クラスが多いためかなりの倍率だ。
華崎さん曰く当選率20%という厳しい条件を突破して、晴れて私達のクラスが勝ち取った。

それだけ人気のコンテンツだからこそ、気合の入り方も尋常じゃない。
私たちのクラスでは、「本当にワンダーランドに迷いこんだ感じ」を再現するために
おじいちゃんが山を持ってるというクラスメイトの折鶴君に協力をしてもらって
本物の樹を加工して机だったり椅子だったりを作っている。半端ない。
本当に学園祭にかける意気込みが半端ないのが氷帝学園祭の特徴だ。

一歩廊下に出てみると、他のクラスもかなり気合が入った装飾だったり衣装だったり。
そんな様子を見て、まだ本祭の開始時刻になっていないのにソワソワしてしまう。










更衣室に着くと、着替えて出てくる他クラスの子や他学年の子とすれ違う。
皆、それぞれのクラスTシャツに着替えて楽しそうだ。
学園祭の1週間前から、美術部で販売される学園祭公式Tシャツ。

毎年、数種類用意されるのだけれどその中のどれかを選択してクラスTシャツにする。
もちろん店番の時にはそれぞれのクラスで用意した衣装に着替えてもいいのだけれど
基本的に店番ではない時にはこのTシャツ、もしくは制服の着用が義務づけられている。


「ねぇねぇ、どうする?やっぱり1番最初に跡部様の喫茶店行こっか!」

「私、跡部様のクラスの先輩に聞いたんだけど跡部様が登場するのはお昼らしいよ。その時間に行こう。」

「えー、そうなんだ。このネーミングの"KING"って跡部様のことだよね?」

「そうらしいよ、私ちゃんと家からペンライト持ってきたし。」

「あ、私も!ほら、向日先輩のクラスAKBじゃん?絶対最前列で振るー!」



更衣室に入ると聞こえてきた、楽しそうな会話。
あのクラスTシャツってことは、おそらく1年か2年だろう。
開会式で配布されたプログラム表を見ながら、どういう風に学園祭を楽しむか相談しているようだ。


真子ちゃんに促されて、さっさとTシャツに着替えている途中も
賑やかな笑い声とおしゃべり声が聞こえてくる。
……ああ、本当楽しみだな、学園祭。


「で、結局1番最初はどこに行く?」

「んー、まだお腹は空いてないしー…あ!縁日はどう?ジロー先輩と宍戸先輩のクラス!」

「あ、私もそれ行きたいと思ってたの!」


先程の女の子たちの会話にどんどん加わるメンバー。
おそらくクラスメイト数人で着替えに来たのだろう。
5・6人で輪になって話す姿がなんだか微笑ましい。


「縁日ってことはゲームとかだよね?もしかしてジロー先輩見れるかな!」

「いやー、寝てるんじゃない?宍戸先輩は真面目だしちゃんと店番してそう!」


1人の女の子の発言に思わず吹き出す。さすがよくわかってるな…!
相変わらず宍戸は、後輩人気高いんだな…。


「でも、ゲームなら滝先輩のクラスは?」

「そこも行きたい!なんかね、噂ではカジノで対決してコイン集めたらプレゼントと交換できるらしいよ!」

「うわぁ、本格的。」

「しかも、クラスの男子は全員ディーラーの制服だって!」

「きゃー!滝先輩絶対似合うよ!」

「行こう。絶対に行こう。」


わいわいとヒートアップする女の子たちの声に、真子ちゃんと顔を見合わせて笑う。
さっきから出てくる名前がテニス部ばっかりだけど、やっぱり人気あるんだなぁ。
確かに、私が1年生の時もカッコイイテニス部の先輩のクラスは朝から晩まで大行列だった気がする。


「あ、でもこれさ。見て、ゲームのところにある"HAUNTED ROOM"ってあるでしょ?」

「うん。樺地先輩のクラスでしょ。」

「なんかさ、……めちゃくちゃ怖いらしいよ。」

「え…、いやでも学園祭レベルだし精々教室の広さなんでしょ?」

「いや、このクラスだけ5階にある音楽室貸切らしい。」

「めちゃくちゃ広いじゃん、あそこ!えー…スゴイ、こだわってそう。」

「私も聞いた。そのクラスの先輩が、体験で入った時に仕掛けわかってるのに泣いたって。」

「………ちょ、ちょっと私行ってみたいかも。」

「えー!私怖いの苦手なんだけどー!」


へぇ…樺地のクラス、そんなに本格的なんだ。
でも、まぁ「お化け屋敷」という時点で悪いけど、私は行くつもり全くないけどね。

そんなことを思いながら脱いだ制服をたたんでいると
隣から、痛いほどの視線を感じた。


「……っえ、な…何?真子ちゃん。」

「…あんた、今の聞いた?」

「え…、樺地のクラスの出し物?」

「絶対行こう。」

「えええええ!
いやいや…真子ちゃん、私が苦手なの知ってるでしょ。」

「私が好きなの知ってるでしょ。」


とんでもない威圧感で私に凄む真子ちゃんは、無類のホラー好きだ。
ホラー映画からお化け屋敷からなんでも来いらしい。
そんなホラークラスタな真子ちゃんの血を騒がせてしまったあの女の子たち…恨むよ…!

私の肩を掴んでガクガクと揺さぶる真子ちゃんを宥めていると、
また女の子たちの輪から大きな歓声があがった。


「えー!私それ買ってない!」

「へっへーん、私はちゃんと手に入れたもんねー。」

「あんた鳳先輩ファンだもんね。でも、普通のシンデレラ劇じゃないのかな?」

「わかんない…。だけど取り敢えず、事前販売されてたTシャツを来てる女子には何かあるらしいよ。」

「うわー、今からでも買えないのかなぁ…。」


何かと思ったら、ちょたのクラスの劇についての話らしい。
もちろん事前販売で数量限定のTシャツをもぎとっていた私は、
心の中でこっそりと女の子たちに謝った。


「じゃあさ、この劇を見た後ぐらいに何か食べようよ。」

「模擬店!忍足先輩の模擬店は絶対行くから!」

「あー、確かに!お好み焼きだよねー、私忍足先輩から買いたいなー…。」

「先輩優しいし、おまけとかつけてくれそうだよね!」

「ねー。あ、でも日吉先輩の喫茶店も行きたいって言ってなかった?」

「うん!でもさ、私そのクラスに先輩がいなくて…情報仕入れてないの。」

「えー…そっか…。じゃあ日吉先輩がいる時間わからないね。」

「………ねぇねぇ、あれ。」


着替え終わって更衣室を出ようとしたその時。
先程まで騒がしかった女の子たちの声が急に止んだ。
どうしたのかと思って、なんとなく視線を向けると
女の子たち全員とバッチリ目が合ってしまった。


「……え?」



ひそひそと何かを話す女の子たち。
真子ちゃんに目線を合わせてみるものの、やっぱり心当たりはなさそうだ。

まぁ、別に気にしないでおこう。


「…あんたいってきてよ。」

「や、ヤダ。だって…先輩って…。」

「うん、めちゃくちゃ握力とか腕力強くて体育テストで計測器壊したらしいよ。

「こ、怖い!どうしよう、話しかけたら怒るのかな…。」

「でも…、し、仕方ない…!私、行ってくるよ…。」

「一人じゃ危険だよ!わ、私も…着いていく。」


まる聞こえの会話に、真子ちゃんが肩を揺らして笑っている。
私は一体どういう先輩だと思われているのだろうか。
自分では、「泥臭いテニス部でただ一人可憐な笑顔を振りまく可愛い先輩★」っていうポジションだと思ってたのに
身に覚えの無さ過ぎるガセネタまで広がっているらしい。


笑いすぎな真子ちゃんを少し叩いていると、
ちょこちょこと女の子たちがこちらに歩いてきた。

1番初めに自分が行くと宣言した気の強そうな女の子と
震える他の女の子たち。
何を言われるのかと身構えてしまう。


「……あ、あの!先輩!」

「は、はい?」

「…き、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?あっ、いいでしょうか?」


顔を真っ赤にして震える女の子に、段々と私の心は沈んでいく。
そ…そんな、敬語にも厳しい鬼みたいな先輩って思われてるのか、私…!


「…何?別にそんな怖がらなくても、この子誰彼かまわずチョークスリーパーかます子じゃないよ。」


隣で、涙を流して笑っていた真子ちゃんがお腹を抱えて言う。
その発言にホっとしたのか、少しだけ緊張感がほぐれた様子だった。


「えっと…先輩は、日吉先輩のストーカーですよね。」

「ドストレートな表現だね。…いや…え、そ、そんな認識なの?」

「あの、私いつも廊下通るときに日吉先輩に話しかける先輩と、
 この世の終わりみたいな顔してる日吉先輩を見たので…。」

「私の目だけ何か特殊なフィルターかかってるのかな?
そんな顔してるの、ぴよちゃんさま。」

「そ、そこで…あの聞きたいんですけど…。日吉先輩が何時に店番するかって…わかります?」


それが聞きたかったんだね。
純粋そうなたくさんの瞳が一気に私に向けられる。


「…フフ、もちろんリサーチ済みよ。」

「本当ですか!?教えて下さい!」

「えっとね、確か夕方ぐらいだった気がするよ。16:00。」

「わぁ、じゃあ最後に回ろうよ!あ、あのありがとうございました!」

「いえいえ、初めての学園祭だよね?楽しもうね。」

「はっ、はい!」


ペコリとお辞儀をして更衣室を後にする女の子たち。
その初々しい姿についニヤニヤしてしまう。


「…あんた教えて良かったの?」

「え、何が?」

「いや…、そんなの教えたらその時間に人が殺到して入れなくなるんじゃないの?」

「…………その考えはなかった。」

「バカだねー。」


ケラケラと笑う真子ちゃんが更衣室の扉を開ける。
…た、確かに…!折角極秘にリサーチしたのに、
頼られたのが嬉しくてつい答えてしまった…!うわーうわー!どうしよう、入れなかったら…。


「……うっ、まぁ仕方ない。その時はその時だよ。」

「ふーん。」

「あの子達初めてだし…楽しんで欲しいしね。」





























「みんなー!準備はいいかー!」

「「「「「おおおーー!!」」」」」

「優勝するぞー!!」

「「「「「おおおーーーー!」」」」」


華崎さんの大きな掛け声で一致団結した私たちのクラス。
1番最初に店番をするメンバーは、可愛い衣装に着替えていた。


皆で最後に拳を挙げて誓った優勝




今年の氷帝学園祭がいよいよ始まる。







氷帝文化祭について

氷帝の文化祭を生徒になったつもりで楽しんでみよう!という設定です。氷帝テニス部メンバーの 各クラスでのエピソードを中心に用意しておりますので、お好きな順番で読み進めて下さい。 どれから読んでも大丈夫なように(たぶん)なっています。また、その他に「アンケート」や「クラス投票」等の 企画ものも用意しておりますので、よろしければこちらも参加してみて下さい。


氷帝学園祭スタンプラリーについて

各クラスのお話の最後にスタンプラリー用のカードがあり、それぞれに「ひらがなor記号一文字」を書いてます。 全9種類を集めて並び替えると「問題文」が出来上がります。 その答えを「スタンプラリー」ページで入力していただくと、 シークレットステージをご覧いただけます。ちょっとした学園祭の遊び的な感じで楽しんでいただければと思います(*'▽')! それでは、どうぞお楽しみくださいませませー。