「いよいよだねー、鳳君のクラス。」
「どんどんお客さん入ってきてるよ、スゴイね。」
第1体育館を埋め尽くすほどの人、人、人。
それもそのはず、ちょたのクラスの「宣伝」は今年の学園祭の中でも
1番上手かったんじゃないかと、話題だったぐらいだ。
「あ、ちゃんも着てるんだね。私があなたのシンデレラTシャツ。」
「ふふ、GETしちゃった。でもこのTシャツ着てると何が起こるんだろうね。」
「私の事前調査でもその辺りは全くわからなかったのよ…。徹底した情報規制かけられてたみたいね。」
クラス1の情報通、華崎さんでさえ知らないとは…。
謎に包まれた演目「ザ・ラスト・シンデレラ」
ちょたにもそれとな〜く聞いてみたものの、演劇内容はおろか配役すら教えてもらえなかった。
…ちょたは、あまり目立つ役じゃない、って言ってたけど。
例え、ちょたが風に吹かれる木の役だろうが、雑巾の役だろうが私はこの目に収めたいけどな。
ザワつき始めた体育館に溢れ返るパステルイエローのTシャツを着た女子。
ちょたのクラスにアパレル会社御曹司がいるらしく、そのパパが作ってくれたらしい限定50着のプレミアTシャツだ。
これを着ているだけで、GET出来なかった女の子達からの視線が突き刺さってる気がする。
「…もう立ち見も出てるみたいだね。あ…そろそろ時間じゃないかな。」
真子ちゃんが腕時計を確認したと同時に、ブーっという開始音が鳴り響いた。
ざわつきに混じる黄色い悲鳴。
ゆっくりと落とされる客席照明と、ぼんやりと明るくなっていく舞台。
舞台セットもさすがのもので、豪華絢爛な城内のようなセットが見えた瞬間
体育館全体が一気に物語に引き込まれた。
【昔々あるところに美しく、優しい娘がおりました。】
ナレーションと共に現れたのは、シンデレラ…なんだけど
「…なんで顔隠してるんだろう。」
「うーん…何か鍵がありそうね。」
隣に座る華崎さんにコソっと話しかけてみる。
彼女は元々探偵モノが好きなこともあり、マニア心をくすぐられたようで、目を輝かせて舞台を見つめていた。
もう一度舞台に視線を戻すと、黒子のように黒い布と帽子で顔を覆い隠すシンデレラ。
思ったことはみんな同じようで、体育館の中がわずかにザワついた。
【悲しい事に、この娘のお母さんは早くになくなってしまいました。
そこでお父さんが二度目の結婚をしたので、娘には新しいお母さんと二人のお姉さんが出来ました。
ところがこの人たちは、そろいもそろって大変な意地悪だったのです。】
ここで、ズンチャカズンチャカとクラブのようなミュージックと共に出てきたお姉さん2人。
こちらは特に顔を隠すこともなく、綺麗なドレスに身を包んだ美人さん達だ。
【そして、新しいお母さんは、自分の二人の娘よりもきれいな娘が気に入りません。
お母さんと二人のお姉さんは、つらい仕事をみんな娘に押しつけました。
それだけはなく、娘の着る服はボロボロのつぎ当てだらけです。】
おどろおどろしい音楽と共に登場した継母は中々貫禄があった。
それもそのはず、よく見るとそれは男の子だった。
ゴテゴテにロールされた髪と、ド派手なメイクはお世辞にも綺麗とは言えなくて
登場と同時に皆の笑い声が響いた。
・
・
・
【その時、どこからか声がしました。
「泣くのはおよし、シンデレラ」
「…? だれ?」
するとシンデレラの目の前に、妖精(ようせい)のおばあさんが現れました。
「シンデレラ、お前はいつも仕事をがんばる、とても良い子ですね。
そのご褒美に、わたしが舞踏会へ行かせてあげましょう」
「本当に?」
「ええ、本当ですよ。ではまず、シンデレラ、畑でカボチャを取っておいで」】
物語はどんどんと進んでいった。が、今のところはごく普通のシンデレラの劇だ。
変わったところといえば、皆の演技力がかなり高くて完成度が高いというところ。
お姉さん2人組なんかは、意地悪な表情がものすごく上手でちょっとビックリしてしまった。
そして、可哀想なシンデレラに妖精が魔法をかけるシーン。
お馴染みの軽快な音楽と共に、体育館中の照明が落ちる。
一瞬悲鳴が響いたが、すぐに色とりどりのムービングライトが舞台を動き回った。
まるでライブのような照明演出にものすごくワクワクする。
真っ暗な中で動き回る照明だけを目で追っていると、パンッと舞台が明るくなった。
「…っわぁ!綺麗!」
そこにいたのは、キラキラのドレスに身を包んだ黒子のシンデレラ。
演出効果も手伝って本当に魔法がかかったみたいだ。
体育館中に拍手と歓声が響き渡る。
【「さあ、楽しんでおいでシンデレラ。
でも、わたしの魔法は十二時までしか続かないから、それを忘れないでね」
「はい、行ってきます!」】
元気な返事と共に舞台が一度暗転する。
真っ暗でよくは見えないけれど、ゴソゴソと舞台セットを入れ替える音だけがかすかに聞こえた。
次に舞台が明るくなると、セットは畑から煌びやかなお城の中に変わっていた。
色とりどりの豪華なドレスに身を包む貴族役の女の子や男の子。
なるほど、きっとあのドレス達もアパレル会社のパパ提供なのだろう…。
まるで宝塚のような豪華な舞台。
それだけでもザワついていたのに、舞台の端から登場した人物に
体育館全体が揺れるぐらいの黄色い歓声が響いた。
【「みなさん、今日はどうぞパーティーをお楽しみください」】
どんな豪華なセットや衣装よりも煌めいて見える王子様の笑顔。
………目立たない役だなんて、なんで嘘ついたんだろう。
舞台上に現れたちょたは、本物の王子様も裸足で逃げ出すレベルの輝きを放っていた。
「「「きゃーーっ!!!」」」
黄色い悲鳴に少し困惑している様子のちょた。
しかし、それも想定内だったのか淡々と演劇は進む。
私もつい声を上げそうになったものの、なんとか堪えた。
……あ、あとで絶対一緒に写真撮ってもらおう…!
【さて、お城の大広間にシンデレラが現れると、そのあまりの美しさに、あたりはシーンと静まりました。
それに気づいた王子さまが、シンデレラの前に進み出ました。】
黒子のシンデレラに近づいていくちょた。
王子様のカボチャパンツと白タイツがあんなに似合う人間は世界で数えるぐらいじゃないだろうか。
【「ぼくと、踊っていただけませんか?」】
演技と言えばそうなのだけど、いつものちょたの柔らかい声と笑顔であんなこと言われたら
体育館中が割れそうな悲鳴に揺らされるのも仕方ないと思う。
「…鳳君、カッコイイね。」
「うんうん、本当に王子様って感じ!」
珍しく真子ちゃんが男子を褒めている。
瑠璃ちゃんも、うっすらと頬を赤らめてすっかりちょたの魅力に取りつかれているようだった。
そこから優雅な音楽が流れ、総勢10名程の男女がダンスを踊り始めた。
ドレスがクルクルと回り、男の子達が紳士的に女の子をエスコートするその様子はまるで本物のようだ。
その中でも一際輝いているちょた。
長身のちょたと小柄なシンデレラの組み合わせに、ついニヤけてしまう。
はぁ、本当に絵本の中に入り込んだみたいだ。
その時、歓声も吹き飛ぶような大きな鐘の音が鳴り響いた。
警報のように立て続けになるソレはおそらく「0時の鐘」だろう。
【「あっ、いけない。…おやすみなさい、王子さま」
シンデレラは丁寧にお辞儀をすると、急いで大広間を出て行きました。
ですが、慌てた拍子にガラスの靴が階段に引っかかって、ガラスの靴がぬげてしまいました。
十二時まで、あと五分です。靴を取りに戻る時間がありません。
シンデレラは待っていた馬車に飛び乗ると、急いで家へ帰りました。】
さすが氷帝学園祭と言わんばかりの大階段のセットを駆け下りるシンデレラ。
取り残されたちょたが、無言で靴を拾い上げる姿に何だかキュンとしてしまう。
【シンデレラの後を追ってきた王子さまは、落ちていたガラスの靴を拾うと王様に言いました。
「僕は、このガラスの靴の持ち主の娘と結婚します」】
ちょたのセリフと共に、また体育館が真っ暗になる。
その時間がかなり長かったので、何かトラブルでもあったのかとザワつき始めた。
「…どうしたんだろうね、長いね。」
「ん、でも何か準備してる音は聞こえるよね。」
その瞬間。
パンッと舞台の照明が戻ると、そこには高級そうな椅子が3つだけ、ポツンと並んでいた。
お城の中のセットに並ぶその椅子が何なのか、皆わからなかったようで
やはりまたざわざわと声が上がり始めた。
そこへ、ツカツカと歩いてきた王子様のちょたと、その執事と思われる男の子。
【次の日から、お城の使いが国中を駆け回り、手がかりのガラスの靴が足にぴったり合う娘を探しました。】
ナレーションと同時に、舞台から降りてきた何人ものスタッフ達。
何事かとさらにザワつく私達に、華崎さんがポンッと手を叩いた。
「わかった!なるほど、ここで…」
「え、何がわかったの?」
【「ガラスの靴をはいている娘を国中から探し出すのだ!」】
キラキラの笑顔で大きな指令を出したちょた。
そして、執事がマイクを取りコホンと一つ咳払いをした。
【「えー、さて!この観客席の中にシンデレラがいるはずです。私たちはその娘を探しております。
唯一の手掛かりは≪ガラスの靴≫…。ガラスの靴を履いている娘を見つけたらすぐに連れてくるように!」】
わかるようでわからない説明。
何が何だかわからないまま、ざわつく体育館内を見渡してみると
先程降りてきたスタッフが、何やら観客席にいる人を念入りにチェックしている。
「…ここでTシャツが使われるわけね。」
「…あ、そっか!じゃあTシャツに何か暗号があるってこと?」
ニヤリとほほ笑んだ華崎さんに、理解したらしい瑠璃ちゃん。
え?Tシャツに暗号…?
「ちょっとさん、Tシャツ見せてよ。」
「んー、暗号らしきものはなかったけどなぁ…。」
Tシャツの裾を引っ張り、華崎さんに見えるように体の向きを変えると
後ろで瑠璃ちゃんが悲鳴をあげた。
「あ…っあああ!」
「わっ!…どうしたの瑠璃ちゃん?」
「…ね…ねぇ、このちゃんのTシャツの後ろに書いてある女の子のマーク…。」
「え?あ…あぁ、書いてたね。」
「………ガラスの靴はいてるよ!!」
瑠璃ちゃんが言った瞬間、ぐるりと私の身体を反転させて
背中を確認する華崎さん。
前の列に座っている女の子たちのTシャツと見比べているようだけど、
自分からは自分の背中にあるマークが見えないため、混乱する。
「…なるほど!これを探してるのよ、皆!」
「え…、えじゃあ私がシンデレラ…ってこと!?」
「そ、そうだよきっと!スゴイちゃん!」
興奮する皆に遅れて、ドキドキと心臓が痛み始めた。
え…、ま、マジで?!
「ちょっと、すいませーん!背中みせてくださーい!」
「え…あ、はい。」
「…あ!す、すいません。すぐに出てきてもらっていいですか!あなたシンデレラです!」
「やっぱり!スゴイスゴイよ、ちゃん!」
「え、えっ!」
ちょたのクラスメイトらしき子が、客席をかき分けて私の腕を引っ張る。
急展開すぎてまだ混乱する私に、笑顔で手を振る3人。
客席の間を引っ張られていく間、色んな人に注目されすぎて恥ずかしい。
俯いたまま連れていかれた舞台に上がると
「わっ、え…先輩?」
「…どっ、どどどどどどうもシンデレラらしいです!!」
驚いた顔で駆け寄るちょたに、厚かましい自己紹介をしてしまうと
ゆっくりとちょたの顔が歪んでいった。
「…フフ、それはまだわかりませんね。」
「…え?」
【「おっと!揃いました!見つかったようです。シンデレラ候補の3人です!」】
フと、舞台を見ると同じようにTシャツを着た2人の女の子が立っていた。
2人とも事態を理解できていないようで、挙動不審な動きをしていた。
言われるがままに舞台上の椅子に座らされる。
そこから見える光景に、心臓が口から飛び出そうになった。
こ…こんなにたくさんの人に見られるって…!
【「さて、あなた達はみんな…ガラスの靴をはいていました。
しかし!本物のシンデレラはただ1人!そこで、用意しました!
本物のシンデレラを探せっ★ビッグチャンスクイーズ!!」】
派手な音楽と共に舞台上にあらわれたクイズ番組のようなセット。
執事役の男の子の圧倒的テンションについていけないまま、されるがままのシンデレラ候補3人。
【「今から、早押しクイズが出題されます!先に2ポイント先取した人が本物のシンデレラです!」】
やっと≪参加型演劇≫の意味が理解できた。
なるほど、シンデレラがずっと顔を隠していたのは本物のシンデレラをこういう風に探すためだったのか。
盛り上げ上手な執事のおかげで、体育館が歓声に包まれる。
その熱狂に比例するように上がっていく私の心拍数。
…お、おおお落ち着こう。
ここで、もし本物のシンデレラになったとすれば…
おそらく王子様であるちょたとのラブシーンとかが出来ちゃったり…!?
もっ、もしかしてキスシーンとかあったらどうしよう!
で、でも…私が今まで読んできた教科書(少女漫画)の王道ストーリーから
「学園祭」「演劇」「王子様」の単語を用いて検索した場合
まず間違いなく、100%の確率でキスシーンはある。絶対ある。
どうしよう…もしシンデレラになってしまったら
こんな大勢の前でちょたとのキス…いやいやいやいや!つ、付き合ってもないのに
そういうことするのは、ちょただってイヤだと思うし…
でも、演劇にラブシーンはつきものだし
俳優さんや女優さんは仕事として割り切ってる…。
もしかしてちょたも…?
執事さんの横に立つちょたをチラリと覗き見ると
パチっと目が合い、ゆっくりと口を動かしていた。
「…が…え…っ、が、がんばってって…!」
なに…頑張ってって…そ、そそそそれはつまりちょたは私にシンデレラになってほしいと…
キスシーンを演じるなら、先輩とがいいです、と…!!
「わ、わかった!任せて、ちょた!」
大きくガッツポーズをすると、ちょたが苦笑した。
・
・
・
【「それでは第1問…。中学3年生で習う理科からの出題です!
さんにとってはサービス問題となるか!?」】
なっ、何!?
中学3年生…ということは、この3人の中で私ただ一人が該当する!
他の2人は1年生だと発表していたから……
悪いわね、シンデレラ候補生たち!ちょたのキッスはこのが華麗にいただいていくわ!
【「酸性の水溶液とアルカリ性の水溶液を混ぜると互いの性質を打ち消しあう反応が起こる。
この反応を何というか?さぁ!早押しです、どうぞ!」】
全くわからん
ピンポンッ
【「おおっと?!1年生の長谷さん早かった!正解を、どうぞ!」】
「中和。」
ピンポンピンポーンッ!
【「大正解です!長谷さん一点先制ー!シンデレラ争奪戦に大手をかけたー!」】
歓声と拍手に包まれる体育館内。
静かにクイっとメガネをあげた長谷さんを見ると、ちょっと笑われた気がする。
っく…くそ…っ!
こんなことなら、催眠術師こと豊年先生の理科の授業ちゃんと聞いとくんだった…!寝るんじゃなかった…!
しかし、取られてしまったものは仕方ない。
次に長谷さんが正解してしまうと…私は脱落してしまう。
客席で、うちわや手を振ってくれている真子ちゃん達のためにも、
…ちょたのためにも…、…いきますっ!!
【「それでは、第2問!妻はwife、それでは夫は?」】
もらった…!
隣の長谷さんのボタンを叩く音が空しく響いたのを見て、私は静かに微笑んだ。
【「早いっ!さん早かった、それではどうぞ!」】
「ダーリンッ!」
・
・
・
「ちゃん、お疲れ様!」
「…埋めて…、今すぐ私を埋立地の材料にしてください。」
「あっはははは!マジで超笑えたよ、さん!」
「良かったじゃん、シンデレラにはなれなかったけど、間違いなく有名人にはなれたよ。」
私が渾身の力を込めて言った言葉は不正解。
どや顔の私を見て、大爆笑が起こった瞬間は何が起こったのか理解できなかった。
すかさず響いたボタンの音。ゆっくりと隣の長谷さんを見ると
申し訳なさそうな顔で「husband(ハズバンド)」と回答していた。
その瞬間、あ、そうだこの公開処刑が終わったら中庭の桜の木の下でゆっくりと眠ろう。
そんなことを考えた。
すぐにシンデレラのキラキラの衣装に着替えさせられた長谷さんが
ちょたと優雅に踊るのを見ながら、ボーっと舞台を見つめる私。
観客席の間を戻る時に、クスクス笑われていたのが恥ずかしくてたまらない。
しかも…しかも結局キスシーンとかなかった…。
1人で勘違いしていたのもWパンチで恥ずかしくて、もう早くこの体育館から飛び出したくて仕方ない。
そして無事終演を迎えた「ザ・ラスト・シンデレラ」
そのクオリティの高さを見る限り、おそらく学園祭投票の上位に食い込んでくるだろう。
規制退場がかけられるほどの人数に、私の黒歴史を晒したのかと思うと気分が沈む。
瑠璃ちゃんや真子ちゃん、華崎さんはさっきから何度も思い出し笑いをしては
私をどん底に陥れる。っく…ちょっとぐらいフォローしてくれたって…いいのに…!
私たちは特に急いでいなかったので、体育館の端で次に行く場所の相談をしていると
フと手元に大きな影ができた。
「…っちょた!」
「先輩、ありがとうございました!先輩の珍解答のおかげで大成功です!」
朗らかな笑顔で毒を吐くちょたに、笑顔のまま硬直する私。
吹き出す3人。
「ちょ…ちょた?あ、あの…なんだろう、皮肉?」
「え!?いえ、本当に…あの助かりました。普通にあの女の子が2問連続正解だと盛り上がらないねって
クラスメイト達とも話してたので…良かったです。」
「なるほど、ちょたの為に生贄になったのね…ならば悔いはない…!!」
こんな笑顔をもらえるなら、それで良かったじゃないか…。
客席にいた女の子たちに「ラムちゃん」ってあだ名つけられてたけど…
明日から間違いなく私は3年生なのに1年生にクイズで負けるアホの烙印を背負って生きていかないといけないけど…
ああ…でも、やっぱりちょたと踊りたかったなぁ。
「…でもまぁ、ありがちなキスシーンが無くて良かったよ…。」
「…実は当初は、あったんですよね…台本に。」
「ええええ!うっそ、なんで削っちゃったの!?」
興奮する華崎さんに、苦笑するちょた。
あ…危ない危ない!ちょたのキスシーンを掴みとる直前で脱落した、ってなったら
私…悔しさで、この体育館の地縛霊として生まれ変わるところだった。
「さすがに、見ず知らずの人とっていうのは…、相手も迷惑でしょうし…。」
「いや、相手の女の子は間違いなく喜ぶと思うけどね。」
「そっかぁ…、でもちゃんだったら出来たんじゃない?見ず知らずじゃないもんね?」
無邪気に、とんでもないことを聞く瑠璃ちゃん。
私とちょたが…一瞬想像してしまって、心臓がドコドコと動き出す。
「…先輩…と、ですか。」
「うんうん!そこんとこどうなの?」
「ちょっと華崎さん…!やめてよ、ちょた困ってるじゃん…!」
「は…恥ずかしいと、思います。」
チラリとちょたの顔を見ると、頬を赤らめて困ったように笑っていた。
そのあまりの破壊力に、質問をした華崎さんも固まっていた。
顔を真っ赤にする私とちょたを交互に見て、呆れたように笑う真子ちゃん。
「なーにが恥ずかしいのよ。演技じゃん?」
「で…でも、演技とは言っても……
先輩は、ほぼ男子のような感じですし…。」
「ん……ん?え?聞き間違いかな?言い間違いかな?」
ちょたの衝撃発言に肩を震わせる3人。
何が可笑しいのかわかっていない様子の天然系処刑人ちょたは
何故か頬を赤らめたまま答える。
「その…普段、先輩が跡部さんと猛獣のように戦ってる姿とか見てるので…
どうしてもシンデレラ役っていうのが無理があるように感じて…」
「その辺にしとこうか、ちょた。もう私のHPは0だよ。」
「あ…で、でも!あのドレスを着ている先輩は見てみたかった…です。」
「え…、えへへ…あの、似合うかも…ってことかな?」
「はい!先輩が着たほうが絵的にも面白くなってたと思います!」
「解散!」
相変わらず人の命を鋭利な彫刻刀で削り取る巨匠ちょた。
これ以上話していると、腹を抱えて涙を出しているこの3人が本格的に呼吸困難になってしまいそうなので、
逃げるように体育館を後にした。
後ろで、ちょたが大きな声でまた感謝の言葉を叫んでいたけれど素直に喜べないこの気持ちは何だろう…!
どんな苦境に陥れられても立ち上がる私こそ、やっぱりシンデレラに相応しかったんじゃないかな。
3人に向けて呟くと、また腹を抱えて笑い始めた。
氷帝学園祭スタンプラリー★