「…で、なんで氷帝学園祭に?わざわざ関西から来てくれたの?」

「いや、たまたま昨日から遠征でこっち来ててん。」

「いわゆる練習試合やな。」


忍足のクラスへと向かって歩いている途中。
気になっていたことを、きちんと標準語で聞いてみるとすんなり答えてくれた。
もう絶対関西弁は使わないでおこう、そう決めたんだ。


「へー、そうだったんだ。」

「しかも、侑士がうるっさいねん。俺のとこの学園祭はスゴイって自慢ばっかりしよるからな。」


…あの忍足が、自分の学園のことを自慢げに人に語るなんて…。
いつもの、あのスかした態度からは想像出来なくてなんだか面白い。


「でも、普通にすごいッスわ。どんだけ金かけてんねんやろ。」

「まぁ、お好み焼きの味はどんなもんか知らんけどな!俺がしっかり判定したるわ!」


活き活きとした表情で、相変わらず大きな声で話す忍足の従兄弟。
…同じ苗字でも、ここまで性格が違うことってあるんだなぁ…。


「あ、そろそろ見えてくるよ。…ほら、あそこ!看板見える?」

「お好み焼きの匂いやー!はよ行こ、白石ー!」

「わかったわかった、走ったらアカンで。」

「…なんや、シャレた雰囲気やな。いかにも東京もんって感じや!」

「うわー、めっちゃ行列やん。並ぶんスか?」


匂いに釣られて走って行った遠山金太郎君を追いかけるエクスタシー白石さん。
そして、独り言にしてはやっぱり大きすぎる声で叫びながら走っていく忍足従兄弟。
なんとなく、後ろに取り残されたのは財前君と私だった。

並ぶのが嫌だという、いかにも現代っ子らしい不平を聞いてつい笑ってしまう。


「でも、結構並ぶ時間も楽しかったりしない?」

「…………。」

「……でも、結構並ぶ時間も楽しかったり「聞こえてるって。」

「じゃあ何で無視するの?蹴ってもいい?」

「別に無視ちゃいますって。俺、人見知りやから。」

「人見知りって…もう結構会ってる気がするんだけど…。」

「でも2人なったら何話してええかわからんでしょ。」

「…っそ、そんな…なんかそう言われると逆に意識しちゃうっていうか…何、そう言う目で私の事」

「そういうのが面倒くさいから2人で話すの嫌なんスわ。」


…これは、もしかするとぴよちゃんさまを超えたんじゃないか?
というレベルの凍てついた眼差しで私を睨み、スタスタと歩いていく財前君。

うん、普通にあの子怖い。自分に素直なゆとり教育の成果をばっちり吸収して育っている新人類だと思う。

…でも、嫌がられると嫌がられるほど燃えてしまうのは悪い癖でしょうか。
なんか逆にあんな態度取られると…最終的に泣かせるまで絡み倒してやりたくなるのはおかしいでしょうか。

フツフツと燃え上がる心の炎に従い、駆け足で彼に追いつく。


「そんな面倒くさいとか言わずに、話そうよ。折角会ったのも縁なんだしさ!」


ポンっと財前君の肩を叩いて、大人の余裕を見せる私。
…ッフ…フハハ、見たか…!あんたみたいな子供っぽいガキの理論にへこたれる私じゃないんだよ…!
この圧倒的アダルトな対応にきっと、心の中で驚いてるはずだ。
「なんや、この心の広さ…京セラドーム何個分や…!とか思ってるはずだ。


「なんや、その胡散臭い顔。全然可愛ないで。」

「良かったね、もし私が今メリケンサック持ってたら完全にアバラもっていかれてたよ。

「………こわ。」


不意に見せた笑顔。…なんだ、ちゃんと子供らしく笑えるんじゃん。
そう思って、温かい表情をしたのがバレたのか、
すぐに無表情に戻った挙句、舌打ちまでされた。


「あ!舌打ち!やめなよ、それ。感じ悪いよ。」

「うるさ。おかんか。」

「折角可愛い顔してるのに、それで好感度3万8千ポイント減だよ!」

「…あんたよりは可愛いかもな。」

「うんうん、そうやって笑ってた方が可愛いよ。ちょっと邪悪な笑い方なのが気になるけど。」


私を挑発したつもりなんだろうけど、100万年早いってんですよ。
こちとら年間通して364日は「可愛くない」だの「シンプルに気持ち悪い」だの言われてんですよ。
今更、そんな可愛らしい挑発ビクともしないもんね。
むしろ、ニヤっと笑ったその顔が可愛いなぁ、とか達観した感想しか出てこないもんね。


「……変な奴。」

「言わせてもらうけど、財前君も相当変だと思うよ。大丈夫?
 そんなコミュニケーション能力が低くてクラスで浮いたりしてない?」

「あー、ほんまうるさいわ。」


スタスタと私を振り切って歩いていく財前君の後ろ姿は、先程よりも小さく見える気がした。

……ッフ。勝った。

何が勝ったのかはもう自分でももうわからないけれど、なんとなく勝った気がする。
私を冷たくあしらっても無駄だということが、
いや、むしろ冷たくすればするほど面倒くさいということがわかっていただけたはずだ。

……さらに関係性が悪化した気がしないでもないけど、もう考えるのはやめよ。
































「おいおいおいおい、どんだけキャベツがふっといねん!千切りや言うてるやろ、そんなもん出されへんぞ!」

「ほら、そこ手止まってるんちゃうか!?生後5か月の赤子でも手動かせ言われたら手動かすぞ!」


あなたの☆お好みに並ぶこと数十分。
四天宝寺の皆は、珍しそうにメニューを見ながらわいわいと楽しそうに並んでいるけど
私は、先程から注意して聞かないと聞こえないほどかすかに聞こえる、馴染みのある罵声に震えていた。

……絶対、忍足だ。

昨日の経験から、裏場のブラックな体制が容易に想像できてしまう。
と、同時に悪夢のような裏場仕事を思い出してしまって軽く身震いする。あの時のあいつは狂ってた。


「あれー、侑士おらんやん。」

「…あ、た…たぶん裏場で作業してるんだと思うよ。昨日もそうだったから。」

「ふーん、そうなんや。」

「なぁ、姉ちゃんは何頼むんや?ワイ、全部食べるで!」

「……えへへ、そっかー!ぜーんぶ食べるんだね、すごいねー!」

「……キモ。なんやねんその猫なで声。」


可愛すぎる遠山金太郎君の、★いっぱいたべておおきくなるぞ宣言★につい頬が緩んでしまう。
やっぱりどう見ても子供にしか見えなくて、思わずその頭を撫でながら変な声であやしてしまった。
それを見ていた財前君からすかさず入る突っ込みに、ハッと自我を取り戻す。

……あ、危ない危ない…。血も涙もない財前君のことだ…。
私が男子児童に性的な目線を送っているところを写メに撮って「マジキモイwww」というコメントと共に
Twitterやブログに拡散されてもおかしくない…。そういうことが平気で出来る世代だ、この子は…!

ゴホンッとひとつ咳払いをして、改めて遠山金太郎君に向き直る。


「じゃあ私も遠山金太郎君と同じで全部食べるよ!」

「…金ちゃんでええで。」

「ん?」

「名前や。長いやん!せやから金ちゃんって呼んだらええわ!」

「……っふ……ふふ…、う、うん…じゃあ…へへ…金ちゃん…!」

「なんやー?」


にこにこと嬉しそうな笑顔で、私を見上げる金ちゃん。
つい数秒前のことですら忘れてしまい、我慢が出来なくなった私は衝動的に金ちゃんを抱きしめた。
かわ……可愛すぎる…涙が出てくる…!

そんな私を見ていた財前君は冷めた表情で、変態行為の証拠とばかりに写メを撮り、
エクスタシー白石さんや忍足従兄弟は、優しく見守るような表情をしていた。
しかし、何かを思い出したように笑いを止めると彼は自分の手をポンっと叩いた。


「俺も、謙也でええで。」

「…え…。」

「ほら、忍足やったらかぶるやろ?」

「…ま、まぁそうなん…だけど…。」

「せやから、謙也や。」


そう言って少しの沈黙が流れる。
…こ、これは今この場で呼べよという流れなのかな…。
……でも、いきなり呼び捨てってちょっと…な、なんかハードル高いっていうか…。


「謙也ー!」

「アホ、お前は呼ばんでええ。このマネージャーに言うてんねん。」

「マネージャー?……姉ちゃん、名前なんて言うん?」

「…あ、だよ。」

「ほな、やな!」

「っ!」


金ちゃんが私の名を呼んだ瞬間に、脊髄反射的に抱きしめてしまった。
……何だろうこの気持ち…。きっと孫が生まれた時に味わう気持ちだと思う、コレ…。


「苦しいわ、ー。」


困ったような声で叫ぶ金ちゃん。ああ…もう何でも可愛い…!
今まで出会ったことのない衝撃に私は感動していた。
たった今、キャベツ畑から生まれたばかりのようなキラキラとした純粋無垢な瞳…。
これでもう中学生だというのが、本当に奇跡だと思う。
こういう子だよ…私が探していたのは、こういうスれてないアイドルなんだよ…!

あわよくばもっと仲良くなって、最終的には弟にしたいな、とか考えていた時。
信じられない程の衝撃が脳天に走った。


「危ないっっ!!!!!」


ゴチンッ


「いっ…!いっだああああい!何!?」


「大丈夫か、お前!はよ離れろ!」

「な、なんやー?」


数秒遅れて走った痛みに、頭を抑えると
私の腕の中からスルリと金ちゃんが抜き取られた。




どう考えても聞き覚えのあるその声は間違いなくアイツだ。





「お、侑士!おったんか!」

「…謙也、お前自分の後輩しっかり守ったらなアカンやろ。」

「…さん、だ…大丈夫か?」

「……っく……忍足てめぇ!な、なんなのいきなり!めちゃくちゃ痛いんだけど!」


やっと私たちの注文の順番がまわってきたところだった。
忍足の従兄弟と財前君は注文をしているところで、
私は金ちゃんの可愛さを噛みしめていたはずなんだ。

そこに後ろから突撃してきた忍足。
地面に転げまわる私を見て、心配してくれたエクスタシー白石さん。

そんな優しい声にも反応する余裕はなくて、
今は何故殴られたのか、それを聞くのが精一杯だった。
場合によっては、今、ここで、こいつを倒す!!!


「……、お前公衆の面前で何堂々と児童に猥褻行為しとんねん。

「なっ、わっ、猥褻とかじゃないでしょ!」

「…せやせや、侑士。別に金太郎も嫌がってへんしな。」

「アホ、謙也。お前、がこの子のこと犬や猫と同じように可愛いから抱きしめてたと思ってんのか?」

「……そうちゃうんスか?」


私と同じように、何のことかわからないという表情でポカンとする四天宝寺の皆に、
忍足がわざとらしく大きなため息をついた。


「…ええか。言うといたるわ、は間違いなく性的な目でこの子のこと見てんぞ。


忍足が金ちゃんの頭をポンポンと撫でながら、誤解を招きすぎる発言をした。
一瞬の沈黙の後、財前君やエクスタシーさんが明らかに私のことを
汚いものでも見るような目で見たのを見逃してないよ、私。


「っち…違うに決まってんでしょー!何言ってんのよ!」

「き…金ちゃん、こっちおいで。危ないからあんまり近づいたらアカンで。」

「普通に引きますわ、気色悪っ。

「自分、ストライクゾーン広いねんなぁ。まぁ、見るからにモテなさそうやしな、ははは!


忍足の悪魔の一声で、一気に私の居場所がなくなった。
っくっそ…確かに忍足の言うことも間違ってはいないだけに、強く言い返せない…!

私がどう言い訳をしようか考えながら、拳を震わせている間に
皆は注文を終えたようで、そのまま近くのベンチに流れ込むことになった。






























「…なんや、結構イケるやん!」

「当たり前やろ、俺が焼いとんねんで。」

「めっちゃうまい!ワイ、こんなんじゃ足りへんわ!」


忍足のお好み焼きは、本場関西人でも絶賛する出来だったようだ。
ちょっとドヤ顔で嬉しそうにしている忍足が、なんか面白い。

財前君は、パシャパシャと写メを撮っている。
…女子みたいで可愛いな…。

そして、私の目の前でお好み焼きを頬張っている彼。
…粉モンを食べている時ですら絵になるって、やっぱりイケメンはいいな…。


「エクスタシーさんもお好み焼き好きなの?」

「ごふぉっ!げほっ…っえ…いや、何?俺の事?」

「あ…ご、ごめん。白石さん、だね。」

「勘弁してや、弄り過ぎやろそこ。」


眉を下げて笑う白石さん。
横から金ちゃんが白石さんのお好み焼きを横取りして食べているけど、
それには気づいてないようだ。


「マネージャー、それ美味しそうやん。俺のとどれか1個交換しようや。」

「え…あ、うん、いいよ。」


忍足の従兄弟が私の手元にあるお好み焼きを指して言う。
彼は全部チーズ味のお好み焼きを頼んだようで、私のバラエティセットが気になったようだった。

……あ、なんかこのタイミングかもしれない。

私は先程からずっと言い出せずに、モヤモヤしていた単語を
この場で、このタイミングでさりげなく使ってみることにした。


「っ…け、謙也君はどれがいい?」

「んー、じゃあ「待ちーや。」

「「へ?」」


言った後で、顔に熱が集まってくるのを感じた。
お、男の子を名前で呼んでしまった…!
てっきり変な顔をされるかと思ったけど、謙也君もその他の四天宝寺の皆も
全く気にしていない様子だったので、少しホっとする。
…し、しかしやっぱりなんだかドキドキするな。

そんなことを考えていた時だった。
謙也君の言葉を遮るようにして発言をしたのは、忍足だった。
なんだよ、人の密かなドキドキタイムに水差しやがってよ。


「……なんやねん、それ。」

「は?何が?」

「名前の呼び方や、呼び方。男の名前呼ぶのは付き合って5か月経ってからや!とか言うてたやん。」


…人の言った言葉を本当に一々よく覚えてる男だな…!
確かに、そんな話をしたこともあったかもしれないけど
こんなタイミングでそんな話を持ってきたら……

そーっと謙也君の顔を覗き見てみると

ものすごく微妙な顔で、私のことを見ていた。
ほら!!ほら、変な感じになるじゃん!やめてよ!!!


「ち、違うよ!今回はイレギュラーなの!…だ、だって忍足が二人いると呼べないじゃん!」

「ほんで、なんで付き合い長い俺の方が≪忍足≫で、会ったばっかりの謙也が≪謙也君≫やねん。」


無意味に食い下がってくる忍足。超面倒くさい。
…っていうか、それってじゃあ忍足の事を「侑士クン★」って呼べってこと?
……今、軽く脳内で想像しただけでも腹くだしそうなぐらい気持ち悪いのに、口になんて出せる訳ない。


「いやいや…、逆にこういうのは知り合ったばっかりの方が気軽に呼びやすいっていうかね…。」

「せやで、クラスの女子も普通に謙也って呼びよんで。」


モグモグと口を動かしながらも、的確なフォローを入れてくれる謙也君。
素晴らしい。同じ忍足でこうも違うのでしょうか。
謙也君は忍足一族の中でも太陽のような子なんでしょうね…。
親族の集まりとかで、きっと素直で明るいから大人に可愛がられてたタイプだよ、きっと…。

対して、忍足一族の闇に違いない目の前のメガネ野郎。
まだ何か言おうとしてるよ…!何なんだよ、もう…!


「…お前、やたらとよそ者には友好的やんなぁ、いつも。」

「な…何よ、そりゃそうでしょ。」

「もし俺とか跡部が、さっき謙也が言うたみたいに、お好み焼き交換してくれ言うたら
 絶対素直に交換なんてせんやろ。なんやかんや条件付けて最終的にあげた倍の分のお好み焼きを要求するやろ。」

「私がガメつい奴みたいな言い方しないでくださいー。」

「結局、は自分に優しい男やったら何でもええねんやろ。」

「…あんた達が私に優しくないから、どうしてもそれを求めちゃうよね。」

「はぁ?めっちゃ優しくしてるやろ。この前だって跡部にコブラツイストきめられてる時に、
 ≪頑張れよ≫って声かけたったん忘れたんか。」

優しさのハードルが低いんだよ!!っていうかそれを優しさだと思ってるのがヤバイ。
 少女漫画で表現される≪男子の優しさ≫ってものに触れて自分を見直してほしい。」


お互いの目を見ずに、淡々と繰り広げられるいつもの私と忍足の口喧嘩を
不思議そうに見守る四天宝寺の皆。……は、恥ずかしすぎる…。
「こいつら、いつもこんなレベル低い会話しとんのか。」とか思われてる、絶対。

取り敢えずもう忍足のことは無視して、もっと楽しい会話を繰り広げようと
顔をあげた時だった。謙也君がお好み焼きを食べ終えて、箸をそっと器に置いた。


「侑士、いつも電話で楽しそうに話しとるもんなー。」

「…ん?何を?」

「マネージャーのことや。今日はが監督に怒られてスッキリしたとか、
 体操着のズボンのケツ部分が豪快に破れてるのに気づかんと、部活中ずっとパンツ見えてたとか

 そんな話よう聞くわ。」


わざわざ他校の子に発表する話でもないだろう…
っていうか、普通にそんな話言うなよ!と思って忍足を睨みつけると、


「……何その顔。」

「………うっさいわ、もう行く。」

「っちょ…!」


何故か恥ずかしそうに顔をしかめていた。



いや…いや、別に今照れる場面じゃないだろ…。

これが、私の良いところをいっつも話してるとか、
私は本当に素敵なマネージャーなんだということを自慢してるとか、
そういうことなら、その恥ずかしそうな顔にも納得なんだけど
あんたが謙也君に伝えてること、ただの私の悪口だからね。


しかし、そのまま立ち上がって行ってしまった忍足。
なんとなく生暖かいような微妙な空気だけが残った。


「…侑士、素直ちゃうからな。でも仲良くしたってや。」

「………まぁ、それは知ってる上で友達してるから大丈夫、だよ。」


あまりにも謙也君が温かい笑顔でそんなことを言うもんだから、
謙也君に免じて、少しは忍足にも優しくしてあげようかなと思った。