「ひえ〜!何スか、この広さ!体育館とは思えないッスよ!」

「すげー…天井が高いぜ。」


第1体育館へと足を踏み入れた途端、感嘆の言葉を漏らす青学の面々。
今回のお目当てはちょたのクラスの「ザ・ラスト・シンデレラ」だった。

シンデレラ落選の悲劇から一夜明けて、私はすっかり昨日の赤っ恥を忘れ去っていた。
どちらかと言えば「全校生徒に恥をさらしてしまったので思い出したくない…」という思いよりも、
「あのキラキラのちょたをもう一度見たい!」という思いの方が強かった。

小腹も満たして、準備万端の私達は受付で座席チケットを受け取る。
…昨日は自由席だったけど、今日はさすがに人数が多いから指定席なんだ。

学園祭2日目では、Tシャツ販売はしていないので
昨日みたいにシンデレラをTシャツ購入者から探す、という演出は出来ないはず。
それをどのように変更するのかも、気になったりしていた。




「ねぇ、あとどのぐらいで始まるの?」

「んー…後、10分ぐらいかな。段々と混んできたねぇ。」


私の隣に座ったお師匠様は、少し疲れたようで
椅子に着席すると同時に背もたれに深く倒れ込んでいた。

そして、パラパラと手元のパンフレットを見始めたので
私も一緒にそれを覗き込む。


「お、これこれ。ちょたのクラスなんだけどね。ちょたっていうのは、テニス部の2年生だよ。」

「…知ってる。大きい人でしょ。」

「そうそう!でね、そのちょたが!なんと……お、おっとっと…ふふ、いやー
 これ以上はネタバレになるから黙っておいた方がいいかなー?へっへっへ。」

「……面倒くさい。」


ついついちょたの王子様姿をバラしてしまいそうになったけど、
きっとこれは黙っておいた方が良いと思う。
キラッキラの王子様ちょたが舞台に現れた瞬間のサプライズ感を、お師匠様にも味わってほしい。
そう思って気を遣ったのに、私のテンションがウザかったのかお師匠様は
目線をパンフレットから逸らすことなく呟いた。


























【その時、どこからか声がしました。

「泣くのはおよし、シンデレラ」

「…? だれ?」

 するとシンデレラの目の前に、妖精(ようせい)のおばあさんが現れました。

「シンデレラ、お前はいつも仕事をがんばる、とても良い子ですね。
 そのご褒美に、わたしが舞踏会へ行かせてあげましょう」

「本当に?」

「ええ、本当ですよ。ではまず、シンデレラ、畑でカボチャを取っておいで」】



昨日と同じように、やっぱり黒い布に帽子で顔を覆い隠したシンデレラ。
物語も一緒ということは…今日も客席からシンデレラが…?
でも、だとしたらTシャツが無かったら何で選ばれるんだろう?

そんなことを考えながら見ていると、あっという間にちょたの登場シーンが近づいていた。

暗転した舞台。
次の瞬間、豪華絢爛なお城のセットが登場する。
1度見たはずなのに、やっぱり感嘆の声を漏らしてしまう。

初めてこの舞台を見た青学の子達の顔をチラリと見ると
皆、舞台に目線が釘付けだった。
ポカンと口を開けて食い入るように光の先を見つめるカッツォの顔がやけに可愛い。

そして、その光の中に現れた人物に体育館内が揺れた。



「「「「っきゃーーーーっ!!!」」」」


突然の黄色い悲鳴にビクつく青学の皆。


「な、なんだ!?」

「ほら、ちょたが出てきたからだよ!」

「…あ!鳳先輩だ!…本物の王子様みたい…。」


焦るホリー達に、こっそり耳打ちをしてあげると
先程よりももっと目を真ん丸にして舞台を見つめていた。
やっぱり昨日と同様カッコ良すぎるちょたの姿に、私の目も確実に浄化されていく気がした。


【さて、お城の大広間にシンデレラが現れると、そのあまりの美しさに、あたりはシーンと静まりました。
 それに気づいた王子さまが、シンデレラの前に進み出ました。】


【「ぼくと、踊っていただけませんか?」】



相変わらず本物の王子様も裸足で逃げ出すレベルの王子様っぷり。
女子の歓声でザワつく中、隣からポツリと小さな声が聞こえた。


「え?お師匠様何か言った?」

「……なんでシンデレラの顔隠されてるの。」

「……っへっへっへ、それはもう少しでわかるはずだよ!」

「…ふーん。何でだろ。」


意外にも、お師匠様がこの劇に興味を示してくれている。
さっきまでダルそうに座っていたのに、今は少し前のめりになって
覗き込むように舞台を見つめている。

それが何だか可愛くて、嬉しくて、ついまた勿体ぶった言い方をしてしまった。
だけど、私のそんな言葉なんて聞いてないようでお師匠様はジッとちょたと、シンデレラに視線を送っていた。















【シンデレラの後を追ってきた王子さまは、落ちていたガラスの靴を拾うと王様に言いました。

「僕は、このガラスの靴の持ち主の娘と結婚します」】



体育館が真っ暗になる。
昨日見ていた私はこの展開を知っているけれど、
初めて見た人には何が起こったかわからないようで、桃ちゃんやカチローちゃん達が
こそこそと何かを話し始める。隣にいたお師匠様もキョロキョロと周りを見渡していた。
………フフ、そうなるよね!

氷帝学園祭の部門第2位の実力を、今日もばっちり発揮している2年生集団に
感心すると共に、なぜか私が誇らしいような気持ちになっていた。

これから始まるだろうイベントに胸が高鳴る。
その時、舞台に眩しいライトが戻ってきた。


【次の日から、お城の使いが国中を駆け回り、手がかりのガラスの靴が足にぴったり合う娘を探しました。】



さぁ、ここからはどうなるのかな?
昨日とは違うであろう展開にドキドキしていると、やっぱり舞台から衣装に身を包んだスタッフが降りてきた。
ただ、違うのはその人数が昨日よりも少ないこと。

私もお師匠様達と同じようにキョロキョロしていると、
舞台上で執事が大きな声で叫んだ。


【「皆様!この観客席の中にシンデレラがいるはずです!私たちはその娘を探しております!
 唯一の手がかりは≪ガラスの靴≫……。皆様がお座りのその椅子の裏側をよくご覧ください!」】



その瞬間、体育館中の人が自分の椅子の下を覗き込む。
私も、思わず足を開いて豪快に覗き込んだけど、そこには何もなかった。

段々とザワつく体育館内。
そして、後ろの方で大きな悲鳴が上がった。
振り向くと、ガラスの靴のシールを掲げる女の子。クラスTシャツを着ているから、おそらく氷帝学園の生徒だろう。

そちらを見ている間に、前の方でも大きな声が聞こえた。
ぴょんぴょんと飛び跳ねているのは、なんと男の子だった。
こちらも氷帝学園生と思われる男の子。……そっか、じゃあ今回は男の子も当選するんだ。

じゃあ、あと何人ぐらいいるんだろうと思っていたその時、
クイっと、私の服を引っ張ったのは隣にいたお師匠様だった。


「ん?どうし……」





言いかけた瞬間、心臓が止まりそうになる。





「…これ、ガラスの靴ってこと?」





大きなガラスの靴のシールを摘み上げ、小さな声で私だけに問いかけるお師匠様。




その瞬間、私の脳内に恐ろしく悪魔的な閃きがよぎった。








考えるより先に、反射的に飛び出した右手をなんとか左手で制する。







…あ、危ない。今、ナチュラルにお師匠様からガラスの靴シールを引ったくろうと考えた。




「…ねぇ、違うの?」

「い…いや、たぶんそれで合ってる…!」

「……へー、すごい確率。」

「物は相談なんだけどお師匠様、そのシール…私、3万円までなら出せるけどどうする?

「……そんなに高いシールなの?」

「ま、まぁね…。」


っく…考えろ…考えるんだ…!

どうすればごく自然にこのシールを自分のものに出来るか…!
目の前にあるシールはちょたのお姫様役への切符…!
昨日果たせなかった思いを果たすハイパービッグチャンス…。
でも急がないと…どうしよう……どうしよう…!







…一発みぞおちを食らわせて、しばらく眠ってもらおうか…



切羽詰まり過ぎて、非人道的にも程があるアイデアが脳裏によぎったその時、
目の前のお師匠様の腕を、誰かが掴んだ。


「越前!お前それ、ガラスの靴のシールじゃん!」

「へ!?う、うわー!スゴイよ、リョーマ君!」

「さっすがリョーマ君だ!いいなぁー!」


お師匠様の持つシールに気づき、大きな声でスタッフへと声をかける桃ちゃん達。
お師匠様が何百分の一の確率を引き当てたことに、素直に喜ぶ青学3人組。



っく…目を向けられない…!キラキラな笑顔でお師匠様を送り出すあの子達を見てられない…!

うんことどっこいどっこいなレベルで汚らわしい自分の最低なアイデアを心の中で深く反省した。
…欲に目がくらむと、何するかわからないんだな…人間って…。

楽しい観劇中に、自分の欲深さと正面から対峙することになるとは思わなかったよ…。
































【「さて、あなた達はみんな…ガラスの靴をはいていました。
  しかし!本物のシンデレラはただ1人!それではいきましょう!
  本物のシンデレラを探せっ★ビッグチャンスクイーズ!!」】



昨日と同じように軽快な音楽と共に現れたクイズ番組セット。
そこに座らされているのは、氷帝生の男女一人づつと、お師匠様だった。


「頑張れよー!越前ー!」

「リョーマ君、ファイトー!」


隣でお師匠様を応援する桃ちゃん達のテンションはマックスだった。
お師匠様を見てみると、こんな展開に緊張してもおかしくないはずなのに
何故だか余裕の表情でリラックスしていた。……私なんか汗だくだったのに、やっぱりスゴイな…。


「お師匠様ー!頑張ってー!」


皆と一緒に応援をしていると、体育館内の歓声が少しづつ小さくなりはじめた。
頃合いを見て、司会者が話し始める。


【「今から、早押しクイズが出題されます!先に2ポイント先取した人が本物のシンデレラです!」】


昨日と同じ展開だけど、こうして客席側から舞台を見るのは初めてだった。
なるほど、なんだか確かに面白い光景だ。

椅子に座らされた3人の周りに待機している、煌びやかな貴族役の皆。
そして、お師匠様が舞台にあがってきたことに驚いているであろう、ちょた。

…なんだか貴重なシーンな気がする。
ポケットから取り出したカメラで必死に写真を撮った。















【「それでは第1問…。一般常識問題です!わかった方はお答えください!」】

【「水素の元素記号はH、ナトリウムはNa。では…金の元素記号は何!?」】




ピンポーンッ




ものすごい勢いでボタンを叩いたのは、氷帝女子だった。
わかる、ちょたのお姫様になれるならボタンを叩き壊す勢いで叩いてしまうその気持ちはわかる。


【「早かった!1番の方、お答えをどうぞ!」】


「Ag!!」


【「あー!残念!それは銀です!」】


その瞬間、頭を机に打ち付けて項垂れる氷帝女子。
…っう…なんか昨日の自分を見ているみたいで心が痛むよ…!


ピンポーンッ


【「それでは、2番の男性!お答えください!」】



「C3PO!」



【「おーっと聞いたことも無い元素記号が飛び出したー!」】


結構ドヤ顔で答えていた氷帝男子の答えにドっと笑いが起きる。
なんか、こうして客席から見るのってものすごく気が楽だ…。
今日は思う存分、私も笑いながら見ることが出来る気がする。

……しかし、これはもしかすると…

なんとなくだけど…私が言うなって話かもしれないけど、
お師匠様以外の2人の回答からは、なんとなく自分と同じ匂いがする。

ということは、上手くいけばお師匠様が勝ち進むことも出来るかも…!?


「越前ー!ボタン押せよー!」

「おかしいなぁ、越前の奴…化学は得意だって言ってたはずなのに。」


しかし絶好のチャンスにも関わらずお師匠様は中々ボタンを押さない。
…まさか緊張してるのかな?やだ、可愛い…。

でも、あとの二人が間違ってしまったことで強制的にお師匠様の回答順がまわってきてしまった。
司会者にマイクを向けられると、少しためらいながらもお師匠様が口を開く。


「……Au。」

【「お見事ー!第1問は3番の彼が正解しました!」】


「なんだー!ヒヤヒヤさせんなよ!」

「すごいね、お師匠様!金の元素記号なんて普通パっと思い浮かばないよね!」

「………え…。」


私がガッツポーズを作りながらそう話すと、
隣にいたカチローちゃん達が少し気まずそうな目で私を見つめる。
最初は意味の分からなかったその視線だったけど、
次第に彼等の言わんとすることがわかるような気がした。


「…なっ、なななーんちゃって!まぁ、一般常識だよねー、金ぐらいねー!」

「っで、ですよね!びっくりしたぁ。」

「案外知らなかったんじゃないスかー?」


ニヤニヤと私のわき腹を肘でつつくホリーに、軽く拳骨をおみまいしてやった。
…気づかれてはいけない。普通に思い浮かんで無かったとか恥ずかしすぎる。





























【「それでは、またまた強制的に回答順がまわってきました、3番の方!お答えをお願いします!」】



「………キャンベラ。」



次第に曇っていくお師匠様の表情。
しかしそんなことはお構いなしにクイズ大会は進んでいった。

私の読み通り、氷帝生二人は見事なまでにポンコツだった。
緊張だよね…緊張でそうなっちゃうんだよね、普段は出来る子なんだよね、わかるよ…!
昨日の自分を励ますかのように、心の中で2人にエールを送った。

そして、順調に答えていくのはお師匠様。
問題自体が中学生レベルだからなのか、問題なく正解を言い当てていく。

最終問題に差し掛かった今も、オーストラリアの首都をきちんと答えた。
…でも、私なら正解が分かった瞬間に動悸を抑えながら「キィィャァアアアンベラァァアッっしゃあああ!
ぐらいのテンションになるだろうに、お師匠様は落ち着いている。というより、ちょっと嫌そうな顔してる。

あっという間に3ポイント先取したお師匠様はめでたくシンデレラの座を勝ち取った。
拍手と歓声に包まれる会場。
そして、即座に舞台は暗転しお師匠様はどこかへと引っ張られていった。


「あれ?でもここからどうなるんでしょうね?」

「…言われてみればそうだね。シンデレラ…になるのかな?」

「ぶふっ!あいつがシンデレラ?絶対写真に撮っておかねーとな。」


ザワつく体育館内。
お師匠様の優勝に、テンションが上がった私達は興奮気味に話す。
……昨日の流れからいくと、お師匠様がシンデレラになるんだろうけど…
もしそうだとしたら、お師匠様とちょたが…ダンスを……

想像と共に、ゴクリと喉がなる。




私…そんな光景を見て正常でいられるのだろうか…。



自分の理性に問いかけているその時だった。
円舞曲と共に明かりのついたステージにいたのは



「っ…っうわあああ!ちょたああああ!お師匠様ぁあああああ!


完全に不貞腐れているお師匠様をお姫様抱っこしながら登場した、王子様、ちょた。
隣に青学の皆がいることも忘れて、頭のネジが遥か彼方にぶっ飛んでいった。
体育館内にいた他の子達も同じようで、異常なほどの歓声に包まれる。



「あははははっ!越前の奴、めちゃくちゃ不機嫌な顔してるじゃん!」

「桃ちゃん先輩!写真!写真、撮っててください!」

「任せとけ!後でこれで盛大にからかってやろうぜ。」

「お師匠様ぁああああ!可愛いよ!こっちに目線下さいいいい!!」

「…あ、なんか先輩が写真撮ってくれてるみたいですね。」

「……いつもの先輩じゃない…。」

「ちょた素敵ぃいいい!笑顔下さい!ハイパーヒーリングスマイルお願いします!!」

「っちょ…、先輩、恥ずかしいんでやめてください!


「何言ってるの、カチローちゃん!今後の人生でドレス着たお師匠様をちょたがお姫様抱っこする場面に遭遇出来る可能性は
 何パーセントぐらいあると思う!?」

「……も、もう無いと思いま「そうでしょう!」

「だったら…、この一瞬を何よりも大切にしないといけないんじゃない?
 そんな時に恥ずかしいとか言って、貴重な2人の目線を逃したら…それこそ恥ずべきことなんじゃないの!?

「…は、はい!」

「いや、よくわかんねぇッス、俺。」





























「お疲れ、越前!最高に面白かったぞ!」

「………本当、最悪。」

「リョーマ君、とっても可愛かったよ!」


無事、舞台が終わりお師匠様と合流した私達。
体育館の横で不貞腐れたように座り込むお師匠様に、次々と声をかける青学メンバー。
カチローちゃんの発した不用意な一言に、すかさずお師匠様が睨みを利かせた。


「…なんで全問正解したのに罰ゲームなの。」

「ばっ、罰ゲームだなんてとんでもない!!あの王子様…ちょたのお姫様になれる権利だよ!?
 氷帝女子が…いや、女子が自分の内臓を売買してでも欲しいぐらいの権利なんだよ!?」

「女子って、恐ろしいもんなんスね。」


ハハハと笑う桃ちゃん。お師匠様が、如何に幸運だったかということを力説してみても
その不機嫌な表情は変わらなかった。
……私的には、最高に可愛い不貞腐れたお師匠様と、キラキラの笑顔のちょたのコラボレーションを見られたことは
今にもここで踊りだしそうなぐらいテンションのあがる出来事だったんだけどな。
でも、きっとそんなことを言うとお師匠様のプライドを傷つけてしまうだろうから心の奥底にしまいこんだ。
必死にしまいこんでも、どうしても溢れ出す荒い息や涎に気づかれないようにしなければ。


「あ、いたいた!おーい!」

「ちょた!お疲れ様ー!」


その時、向こう側から颯爽と現れたのは王子様だった。
いつになく嬉しそうな笑顔のちょたの顔を見て、ますます嫌な顔をするお師匠様。


「さっきはありがとう。見に来てくれてたんだね。」

「鳳先輩、こんにちは!」

「あの、王子様役とってもカッコ良かったです!」


大きなちょたに駆け寄って、次々に感想を伝える小さな青学3人組。
その光景が、なんだか幼稚園の先生と生徒みたいで思わずカメラを向けてしまう程に可愛かった。


「越前君も、ありがとう。おかげで盛り上がったよ。」


にっこりと笑ってお師匠様に手を差し出したちょた。
お師匠様はというと、不機嫌そうな顔でそれを睨みながらも、しぶしぶ握手に応じた。


「…いいよね、あんたは王子役で。」


握手をしながらお師匠様が言い放った台詞に、悶え死ぬかと思った。
ちょっと拗ねながら言った一言で、一体何がそんなに不満だったのかが分かった気がした。
……そっか、お師匠様も王子役がいいよね…男の子だもんね…。

微笑ましい光景に、カメラを向けていると
氷帝が誇る無自覚のジャックナイフこと鳳長太郎が、その力を盛大に発揮し始めてしまった。


「うーん…でも、越前君が王子役だと…あはは、ちょっと可愛すぎるかな?」


ピシッと空間に亀裂が入る音がした。ハッキリと、した。

あはは、と爽やかに笑うちょたを、上目遣いで睨み付けるお師匠様は絶対怒ってる!
ああ、でもその目線ちょっと私にも欲しい!


「ちょっ、ちょちょちょたったらー!そんなことないよ!お師匠様だってカッコイイ王子様になれると思うなぁ、私!」

「そ、そうッスよ!こう見えても越前は青学の女子の間では王子って呼ばれてて…」

「そうなんだ。…うん、確かに綺麗な顔してるもんね。」


そう言って、綺麗な笑顔を見せるちょた。
そしておもむろに、お師匠様の頭をポンポンと撫でる。

パシッとその手を振りはらうお師匠様を見て、体中の汗腺から嫌な汗がにじみ出る気がした。
…悪意がゼロなだけに、余計に何も言えないんだよね…!わかるよお師匠様…!
でもちょたを怒らないであげて…!


「…あんたムカつく。」

「…っえ…、あの、何か変なこと言った?ごめん、そんなつもりじゃ…」

「そ、そそそそうなんだよ、お師匠様!ちょたはちょっと…ほら、あの帰国子女だから日本語が不自由で…」

「え?俺は帰国子女じゃないで「よし!ちょたは少しの間笑顔でお空見上げててね!」


下手すると、即開戦しそうな程のお師匠様のオーラをものともせず
例えるなら…、戦場でジーパンにTシャツという軽装で機関銃を持ちながら、ポップに相手を攻撃するちょた。
…でも、ここで変な空気にする訳にはいかない…!
ここは私が止めなければと、お師匠様に声をかけてみるも時すでに遅し。

ものすごく憎々しげな顔をしたお師匠様とばっちり目が合ってしまった。


「…あの…、本当この子に悪気はなくって…。」

「…じゃあ、はどっちがいいの?」

「………へ?」


思わぬ発言に、咄嗟に変な声が出てしまった。
……ん?なんのことだ?


「この人と、俺。どっちの王子が良いの?」


まさかの究極の質問に、また汗が流れる。
………いや…いやいや…そんなの選べないでしょ、この場で…!


「…い、いやー…そりゃもちろん2人とも良いよ!素敵な王子様だよ!」

「選んで。」

「無理だよ…それ、息を吸うのと吐くのどっちを選ぶって聞かれてるのと同じレベルだよ?」


絶対にそんなの比べられるはずないのに、
お師匠様の大きな目は真っ直ぐに私の目を見ていて逸らせない。
……ここで、ちょたを選ぼうものなら間違いなくお師匠様の不機嫌メーターは地球の裏側まで伸びてしまうことだろう。

………ん?

待てよ…。
じゃあ、お師匠様を選んだ場合は?
正直、ちょたはこの状況の中で私がお師匠様を選んだとしても
「あぁ、これ以上越前君の機嫌を損ねないためにも一応選んだ形にしたんだな…」って感じで
ものすごく心優しい解釈をしてくれそうな気がする。

閃いた1つの正解の道。
こっそりちょたの顔を覗き見ると、いつもと変わらぬ笑顔だった。
よし…、よし!これはわかってる顔だ!
「いいんですよ、先輩。俺、大人ですから。」って顔だ!
さすがだぜ、ちょた!君こそ氷帝の聖者だ!



「…え、えーと…まぁ、それはお師匠様かなぁ?」

「………ふーん、そうなんだ。」



目の前の顔が、少しだけ微笑んだ気がした。
その表情にホっと胸をなで下ろす。

青学の3人達も、はぁっと大きな安心のため息をつく。
…さて、取り敢えずこっそりちょたにもフォローをしておかないと、
と振り返ったその時。



「……え、ちょ、ちょた?」



見たことも無いほど、明らかにガッカリした顔のちょたが私を見つめていた。
いやいや…え…さっき、何でもわかった風な顔してたよね…!?


「…先輩…そうだったんですね…。」

「ええええええ!い、いやいや違うじゃん!ほ、ほら!今の空気はさ!」


今にも泣き出しそうな顔で、俯くちょたを見て
脳内で緊急警報が鳴り響く。
ヤ…ヤバイ…ちょたが傷ついてる…!

どうにかしなければと、焦る私に
切なげな表情でニコリと笑ったちょた。


「………すいません。俺…ちょっと自惚れてたのかもしれません。」

「違うの!違うよ、ちょたの王子様だって最高だよ!」

「へー、さっきのは嘘ってこと?」

「いやいやいやいやいや、そうじゃなくってね。」


後ろから私の服を引っ張るお師匠様に、
目の前で俯くちょた。

オロオロする青学3人組に、今にも吹き出しそうな表情で状況を見守る桃ちゃん。


………こんな状況になったら、もう…



「…いいんです、俺。舞台上だけでも王子役出来たから…それで、いいんです…。

「待って!そ、そんな切なげな表情されたら私どうしたらいいのか…

「やっぱり嘘だったんだ。」

「そう…そういう訳じゃなくって……っう……うわああああああ私が悪かったです、すみませんっ!




私には逃げ出すことしか出来なかった。
ごめんなさい、皆。無責任な先輩でごめんなさい…!!



















「…逃げた。」

「……先輩、もしかして気を遣ったのかな?」

「……何が?」

「ほら、越前君が怒ってたから気を遣って…仕方なく越前君を選んだんじゃないかなって。
 先輩は優しいから…。なんだ、そういうことだったのか。悪いことしちゃったな。」

「………アンタ、それわざとでしょ?」

「えっ!ごめん、何か変なこと言った?」

Extra Story No.6