フ、と時計を見てみると時間が迫っていることに気付いた。
「ごめん、皆!ちょっと行かないといけないところがあるので…。」
「なんや、どこ行くねん。」
「がっくん…友達の舞台発表の時間が迫ってるんだ!」
「舞台発表ってどれッスか。」
四天の皆は、アイスクリームを食べながら
食堂で少し休憩をしていた。
手持無沙汰なのか、パラパラとパンフレットを捲っていた財前君が
視線をこちらに向けもせず、ぼんやりと私に質問をする。
「えーと、第2体育館のHYT48っていう…」
「なんや、アイドル系か?」
「おもろそうやん、俺らも行ってみよか。」
アイスを食べ終えた白石さんが、爽やかな笑顔で言う。
それにつられて、他のみんなもなんとなく席を立つ準備を始めたようだけど、
私は突然の出来事に焦っていた。
「え!…いや…、まぁいいけど別行動だよ?」
「…なんでッスか。」
面倒くさそうな顔で私を睨む財前君。
なんでって…。
アイドルがっくんを目の前にして私が普通でいられるはずがない。
昨日見たから2回目だけど、昨日よりもむしろワクワクしている。
その証拠に、色々とがっくんを応援する策も練ってきた。
簡単に言うと、その応援姿をみんなに見られたくなかった。
「…わ、私結構アイドル好きだから、こう…必死で応援しちゃうんだよね。
その姿を出来れば見られたくないかなー…みたいな。」
「何言うてんねん、俺らだってなにわのお祭りボーイズやで!」
「せやせやー!わい、祭りめっちゃ好きや!」
「…いや、絶対みんな引く!今はそんなこと言ってても、
私の必死の姿を見た後の帰り際とかに【あの時は空気読んで黙っとったけど、あいつ普通にキショイわ】とか言う!」
「なんや、逆に気になってくるわ。」
「そんなん言うてる間に時間過ぎてますよ。はよ行こ。」
「いやいやいや、じゃ、じゃあ私はこれにて!」
ま、またもや関西の渦に巻き込まれるところだった…。
ガタガタと席を立ち、普通に体育館になだれ込もうとする面々から
なんとか抜け出し、さよなら宣言をする。
冗談じゃない…今日は私は誰の目も気にせずに全力でがっくんを応援するって決めたんだから…。
こそこそとその場を抜けようとすると、
グイッと腕を引っ張られた。
「、一緒に行こうやー。そんなん寂しいわ!」
「…っく…!金ちゃんどこでそんなコロシ文句教わったの…!」
「ってか、別に今も普通にキモイんで大丈夫やないんスか。」
「何?何、今も普通にキモイって?ちゃんと説明して?」
「今の時点で既に激しくマイナスポイントやねんから、これ以上何があっても
別に大したダメージ受けへんやろって言うてんねん。」
「怖いよ、何この子…。こんな真正面から後輩に喧嘩売られるのって普通なの?大阪では?」
「ま、まぁまぁ。とりあえず、別に俺らのこと気にせんでええから一緒に連れて行ってくれへん?」
携帯をぽちぽちと弄る財前君の胸倉をあと数pで掴めそうだったところに、
白石さんが割って入った。美しい苦笑いを浮かべる白石さんに、少し心が落ち着いた。
「……わかった。じゃあ、これから何があっても引かないって約束してね。」
「もう既に引いてる場合はどうすればいいんスか。」
「やめてよ、地味に私のライフポイント削るのは!」
「まぁ、とりあえず体育館行くでー。」
「あ、じゃあちょっと着替えてくるので先に行ってて!」
「……着替え?」
さっさと歩いていこうとする謙也君。
私の着替え宣言に不思議そうな顔をしていたみんなだけど、
それに答えるのは面倒だったので、とにかく更衣室へと急いだ。
・
・
・
「うわー…え、まじでライブ会場やんこれ。」
「ヤバイッスわ…。人多すぎ。」
「白石ー、ちゃんと戻ってくるんか?」
「大丈夫やと思うけど……「みんなー!お待たせー!!」
すっかり着替えに時間がかかってしまった。
みんなを待たせるのは悪いので必死に走ってくると
丁度、入場口付近に4人がいた。
片手に持ったサイリウムを大きく振りながら走り寄る私。
皆のところへと、一生懸命走っているはずなのに
なぜか中々縮まらない私たちの距離。
「…ちょ、ちょっとどこ行くの!」
「いや、マジでこっち来んといてください。」
「な、なんか変な奴近づいてくる思ったらお前やったんか!」
力を振り絞って、軽く逃げていく財前君の肩をガシっと掴むと
変質者でも見るような冷たい視線を向けられた。
約束が違うんじゃありませんか。
「ひ、引かないって言ったよね!」
「うわー、なんやこれ。自分で作ったんか?」
無邪気に私のTシャツを覗き込む金ちゃん。
この自作Tシャツに気付いてくれたことに嬉しくなって
私は、ついぺらぺらと話し始めてしまった。
目の前の4人の顔がどんどん曇っていくことにも気付かずに。
「そうなんだ!昨日徹夜で作った、がっくん激推しTシャツだよ!
一番こだわったのは、この羽の部分なんだけど可愛いでしょ!」
「…ってかこれ写真をプリントしてんの?」
「うん!いい感じでしょ?」
「……ほ、ほんでその頭にかぶってるのは何なん?」
白石さんの笑顔が引きつっていることになんて気づくはずもなく、
私は、いかにこの帽子ががっくん愛を表現しているかを語り始める。
数千とある候補の中から選び抜いた、1番シンプルな文言。
【がっくん is wandaful】この文面を考えるのに徹夜したといっても過言ではない。
昨日のアイドルがっくんを見たあの衝撃…そして感動…。
それを文字に落とし込むためには、相当な時間が必要だった。
まず、第一にがっくんのあの輝きをたった数文字に凝縮するという行為「綴り間違ってんで。」
「……ん?」
「いや…、それワンダフルって書きたかったんちゃうん?」
「書いてるでしょ?」
「wandafulじゃなくて、wonderfulやで。」
訪れる沈黙が永遠のように思えた。
気付いた時には、目の前で4人がブッと噴出した。
ゲラゲラと大きい声で笑われていることにも、数秒の間気付けなかったけど
……ス…スペルミスって…!
「……だからここに来るまでの間、クスクス笑われてたのか。」
「いや、どっちかというとそのキモイTシャツちゃいますか。」
「キ、キモくない!愛がこもってるんだもん!」
「ええなー!ワイもこれ欲しいわ!」
キラキラとした目で、自作のTシャツを見つめる金ちゃんとは対照的に
他の3人は、隙を見てなんとか私とは他人のフリをしようと
地味に私から距離を取っている。逃がすものか。
足を踏み入れたのは、他でもない自分達だということを思い知ってほしい。
「金ちゃんも皆も、やっぱりそう言うだろうなーと思って…じゃじゃん!」
一応、学園祭が終わったらテニス部の皆にも配ってあげようと、
多めに作成していた「ラブがっくんTシャツ」を高らかに掲げる。
明らかに顔を引きつらせる3人と、飛び上がって喜ぶ金ちゃん。
すかさず逃げの一歩を踏み出そうとした謙也君の肩をがっしりと掴む。
その隙に、会場内へと紛れ込もうとする財前君のみぞおちにすかさず拳を打ち込む、寸前で止める。
自分でも驚くほど冷静な身のこなしだった。金ちゃんが訳も分からずパチパチと拍手を送ってくれる。
「……がっくん応援するのに1人じゃ不安だから、一緒にお願いできるかな?」
「…脅迫やん、めっちゃ怖いねんけど。」
「いや、って…っていうか俺ら男やで?!男が男の写真入ったTシャツ着てたら「がっくんに男とか女とかそういう概念は無い!!」
この期に及んでまだピーチクパーチクと命乞いをする謙也君を制止する。
何を言ってるんだこいつは、というような苦しい沈黙が少しあって
最初に動き出したのは白石さんだった。
「わ、わかったわかった!折角さんが作ってくれたんやから、皆でこれ着て応援しよや!」
「…白石さん、さすがだよ…。ありがとう!きっとがっくんも喜ぶと思う!」
「いや、俺は喜ぶとは思われへんけど…。」
「はぁ、最悪ッスわ。今日が俺の心の命日や。」
「そ、そこまで嫌…?」
大人すぎる穏やかな笑顔で、やんわり私のワガママを包み込んでくれる天使、白石さん。
謙也君と財前君は、ちょっとマジで嫌がってるっぽいけどここまで来たからには私だってもう後に引けない。
無理矢理2人にTシャツを押し付けたその時、既にTシャツを着た金ちゃんが私の肩を叩いた。
「どや、!着てみたで!」
「…っ!っめ、めちゃくちゃ可愛いよ金ちゃん!スゴイ!天使と天使の相乗効果でものすごい威力!」
「お、俺も着てみたけど…やっぱ結構恥ずかしいな。」
「し、白石さん…!全然恥ずかしがることないよ、がっくんの笑顔プリントはどんな人が着ても可愛さ5倍増しになるからね!」
着ているシャツの上からTシャツをかぶった2人。
なんか、こんなにたくさんのがっくんの顔に囲まれて…幸せだなぁ…。
「…明らかに怪しい宗教ッスわ。」
「も、もうええわ!中入んで!暗がりに入ってしまえば大丈夫やろ!」
Tシャツを着て、顔を真っ赤にした謙也君はさっさと会場入りしてしまった。
それを追うように、感情を失ったピエロのような表情で財前君がとぼとぼと歩いていく。
そ…そんなに嫌なのか…こんなに可愛いがっくんと一体になれるというのに…。
・
・
・
会場に入ってみると、既に超満員。
私達は完全に出遅れたようで、昨日の最前列とは程遠い
後ろの方の席になってしまった。……くそっ、モタモタしてるから…!
「…すごいな、この人数。」
「ほんまにライブ来たみたいやん。」
「ワイ、見えるかなー。」
「大丈夫だよ、金ちゃん。ほら、見てあのモニター。」
今日は昨日と違って、会場内のモニターには
現在客席にいるお客さんの様子が映し出されている。
カメラに気付いて、手を振る皆。
本物のライブさながらのモニターに、4人がオーッと声をあげたその時、
パチっとカメラが切り替わる。
その瞬間に映し出される私たちの間抜けな顔。
と、明らかに気合が入りまくってる服装。
がっつりとアップで映し出されるがっくん親衛隊スタイルに
会場が軽くザワつく。
「えっ…え、うわ映ってるやん!」
「最悪や!隠せ隠せ!」
「おー!ワイがでっかく映ってる!」
「み、皆これはいい機会だよ!がっくん推しを存分にアピールしようよ!」
「アホか、こんなんただの変態集団や!」
そう言って、裸を見られた女子のごとく体を腕で隠す謙也君。
その様子が面白いのか、会場がドっと笑いに包まれる。
天真爛漫な笑顔で手を振る金ちゃんに合わせて、苦笑いで手を振る白石さん。
こんなご機嫌なTシャツに身を包みながら、椅子に座ったまま
人を殺すんじゃないかという勢いでカメラを睨み付ける財前君。
私はというと、なんとか今舞台裏にいるであろうがっくんに想いを伝えるために
必死に自作のTシャツを広げてアピールをしていた。
そして、その思いが届いたのかプツっと画面が切り替わる。
次々と映し出される3-Dの皆のアイドル風ソロショット写真。
切り替わるごとに会場から悲鳴にも似た声援があがる。
最後に映し出されたのは、もちろん我らががっくんだった。
「HOOOOOOOOOOOOO!っがっくううううううん!!」
「うる、うるさっ!耳つぶれるわ!」
「謙也君もほら!腹の底から声出して!」
「む、無茶いうな!恥ずかしいわ!」
「がっくーん!はよ出てきてやー!」
「その調子だよ、金ちゃん!こういう場所では恥ずかしがってる人が1番恥ずかしい思いするんだからね!」
恐らく、がっくんのことをイマイチわかってないであろう金ちゃん。
でも、この熱狂の渦の中にいれば、そう。自然と声が出るはずなんだよ。
「ほら!財前君も恥ずかしがらずに応援しようよ!」
「絶対イヤや。」
「…は、はいはいはい。そういう感じですかー。わかりました、あー、そういう感じかー。」
「…何スか。」
「いや…、さっきまで皆結構騒がしくしててさ?関西人風吹かせてさ?
いかにも"関西人はいつでもお祭り騒ぎやで!ノリとつっこみが肝心やで!"みたいな空気出しててさ?
"空気読まへん奴は大阪城の堀に放り込むでぇ!"みたいな感じだったのにさ?
いざ、空気を読まないといけない場面になった時に、後輩でもこの雰囲気を読んで、楽しもうとしてるのに…
恥ずかしがってモジモジしてるだけなんだ…って思ってね…。ちょっとガッカリしちゃってさ…。」
「……なんや、聞き捨てならんな。」
「あ、別に謙也君や財前君を悪く言うつもりはないんだよ!
ほら、世の中には空気読めない人だっていっぱいいるからさ!気を落とすことないよ!
ゆっくり椅子に座って空気を読まずに2人で"あっち向いてホイ"でもしてるといいよ、無理せずに、ね!」
そこまで言った瞬間、ガタっと椅子から立ち上がったのは謙也君だった。
続いて、のそりと立ち上がる財前君。2人の目は明らかに先程までと違って闘志に燃えていた。
「……そこまで馬鹿にされて黙ってられへんっちゅー話や。」
「…東京モンに負ける訳ないッスわ、俺らが。」
「……そうこなくっちゃ!」
ポキッとペンライトを折り、光らせたと思うと
ブンブンそれを振り回して大きな声援を送り始めた謙也君に、財前君。
それを見て、金ちゃんも一層笑顔ではしゃぐ。
…やっぱり2人とも、根は優しい子だから、
少々強引だったとはいえ、一緒に楽しんでくれて…なんだか嬉しいな。
私も負けじとがっくんに声援を送っていると、隣にいた白石さんがコソッと耳打ちした。
「自分、人乗せるのめっちゃ上手いな。」
「えっ!…あ、あの、うん!折角だからみんなで限界まで楽しみたいもんね!」
「…俺もなんか楽しなってきたわ!」
周りの声で会話が遮られるので、今までにない至近距離で私を見つめる白石さん。
ニコッとほほ笑むその表情に腰を抜かしそうになる。近距離型爆弾をぶち当てられた気分だ。
少しフリーズしている私を気にすることも無く、白石さんもまたペンライトを振って舞台に視線を戻した。
・
・
・
「皆さんありがとうございまーす!それでは…次が最後の曲です!」
「最後まで盛り上がって行ってくださーい!」
新井田さんと三枝木さんが、本物のアイドルのごとく客席を煽ると
足の裏から振動が伝わってくるほどの歓声に包まれた。
既に3曲。
最初の恥じらいは何だったのかという程、ノリノリで応援していた四天宝寺組。
私も負けじと応援をしていたけれど、次々と繰り出されるがっくんの笑顔に
ほとんど瀕死状態だった。体力が全然足りない。
「はぁ…つ、次で最後なんだね…。」
「なんや、もうヘバってんのか?」
「さん、大丈夫?なんか…歌の途中で急に立ちくらみみたいな感じなっとったけど…。」
「…が、がっくんスマイルをまともに見ちゃうと、目がチカチカしちゃって…。」
「酸欠ちゃうんスか、普通に。怖。」
「!またアレ言わなあかんな!」
「…金ちゃん…、そうだね!がっくんのアイドル姿はこれで最後かもしれないって時に
倒れてなんて…いられないよね!よし!皆、いくよ!」
最後の力を振り絞って、もう一度立ち上がると
HYT48の皆がポジションチェンジをして、一瞬の静寂が訪れた。
「…今日、ここに来てくれた皆さんが…大好きだー!!」
画面にアップで映った新井田さんが笑顔で叫ぶ。
その瞬間に、会場のボルテージがまたマックスまで上がる。
「大好きだ」の煽りといえば…私ががっくんに歌ってほしいランキング第一位の…あの曲だ!
そう気づいた瞬間に流れ出した前奏。
すぐさまペンライトをかまえ、横にいる四天宝寺の皆、
いや、同じ志で全力でアイドルを応援する仲間たちと、しっかりと目を合わせ、ゆっくり頷いた。
「「「「あああああよっしゃいくぞおおおお!タイガー!ファイヤー!サイバー!ファイバー!ダイバー!バイバー!ジャージャー!!」」」」
「♪走り出す〜バス追いかけて〜僕は君に伝えたかった〜♪」
4曲目にして、息もぴったり合ってきた。
周りのお客さんの盛り上がりも最高潮で、今や羞恥心なんて微塵も無い。
あるのは、今この瞬間に輝いているがっくんをしっかりと目に焼き付けたいという純粋な想いだけ…!
でも、私はいずれ来るであろう今までとは比にならない程の大きな爆弾に少し怯えていた。
予習の為に色々と曲を聞いている中で、この曲は特に…がっくんが歌ったところを想像した時の破壊力がすさまじかった。
「…っう…!」
「……何スか、変な声だして。」
「…ざ、財前君…もしかするとこの先…私が私でなくなるかもしれないけど…最後まで看取ってね…!」
「……意味わからん。」
激しくなる鼓動を抑えるように俯くと、隣にいた財前君が少し心配してくれた。
私の返事に、心配して損をしたとでも思ったのか、またすぐに舞台に視線を戻した。
……あぁ…近づいてきてる気がする…!待ちに待った瞬間が…!
キラキラの笑顔を絶やさずに踊るがっくんをまっすぐ見つめていると
その時はついにやってきた。
「♪僕が〜僕で〜あるたーめにー衝動に素直になろう〜!」
絶妙なカメラワークで段々とがっくんの顔が近くなる。
そしてモニター全画面にがっくんの笑顔が映し出された瞬間。
「♪大好きだっ、君が大好きだ!」
「ひゃあああああああ!がっくううううううううん!!!やめてっ、こきゅ…呼吸できなくなるからあああ!」
「いや、怖い怖い。」
がっくんが笑顔で「大好きだ」と口を動かした瞬間は、
今まで聞いたことも無いぐらいの、耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。
私ももちろん、あと一歩で口から胃が飛び出そうだった。
けれど、加減を知らない攻撃は止まらない。
何人か他の子を映して、またがっくんへと戻ってくるカメラ。
間違いなく「君が大好きだっ!」と歌うがっくんを狙っている。
私、こんな神がかったカメラワーク見たことないよ、ありがとうございます!
「っあ、ダメだちょっと足つった…痛い痛い痛い…!」
「だ、大丈夫?さん!」
「…だ、大丈夫…!この大事な時に…足の一本や二本…くれてやる!」
「どんだけ必死なんスか。…あ、また写りますよ。"がっくん"」
「え…っ、うっうわああああああ!!みっ、見た!?今の、い、今がっくん…ウインク…して…!!」
「ノリノリッスね。」
「………わ、私に…大好きだ…って…。」
「それは絶対ちゃうと思いますけど。」
その先から、記憶が途切れてしまったけれど
財前君によると、幸せそうな顔で倒れ込みながら
「今日という日に乾杯…」と呟いたらしい。
気持ち悪かったので、しばらくの間放置されていたらしい。ヒドイ。
・
・
・
「いやー…いい汗かいたわ!」
「めっちゃおもろかったなー!ワイ、もう1回行きたいわ!」
「俺はもう無理ッスわ。」
「…さんも、燃え尽きた…って感じやな。」
「……この世にユートピアって…あったんだね…。」
「なんかキショイこと言うてる。」
さすがに今日はお客さんの人数的にも握手会は出来なかったようで、
私達は既に体育館の外にあるベンチで休憩をしていた。
…まだ目の前がカラフルなライトでチカチカしている気がする。
目を閉じると、大きな声援が聞こえてくる。
……本当に、楽しかったなぁ。
「皆、ありがとうね。」
「なんや?何がありがとうなん?」
「いや…結構強引に…そのTシャツも着てもらったり…声援を強要したりして…。」
今やすっかり身体に馴染んでしまったがっくんTシャツ。
あれだけ嫌がっていた財前君も、今は普通に着用したまま屋外に出ている。
「…もう、なんか諦めつきましたわ。」
「横であんな楽しそうな顔見せられたら、そりゃ黙って座ってる訳にはいかんしなぁ。」
ハハハ、と謙也君が笑う。
…今更ながら、我を忘れてはしゃぎすぎたことが恥ずかしくなってきた…。
「…こちらこそ、ありがとうな。」
「…え?」
ペットボトルの水をぐいっと飲み干した白石さんが、私を見つめる。
……お礼を言うことはあっても、言われるようなことってあるかな。
「ライブ、めっちゃ楽しかったわ。いい想い出になった。」
「うんうん!、ありがとうな!」
「…へへ、楽しんでもらえて良かっ「っ!!!」
ライブという大きな山を全力で乗り越えた私達は、
不思議な一体感に包まれていた。
皆で、お互いの成果を称えていたその時だった。
さっきまで舞台でアイドルをしていた人物の登場に、
心臓が止まりそうになる。
「っがっくん!」
「うわ、本物や!」
「なんか、舞台におったから…芸能人にあったみたいな感覚やわ。」
「"がっくん"や!握手してーなー!」
ずんずんとこちらに歩いてくるがっくんに、
キャピキャピと賑わう私達。ど、どどどうしよう、アイドル服のままのがっくんが目の前に…!
駆け寄る金ちゃんを一瞬見て、少し握手をするがっくん。
そしてすぐに私に視線を向ける。
「おま…え…っ、なんだよこの気色悪いTシャツは!!」
「きっ…気色悪くないよ!がっくんを全力で応援するためのTシャツだよ!」
「…ただでさえ目立つのに…モニターに映っただろ!みんなで!」
「見ててくれたの!?」
何故かご立腹の様子のがっくん。
そんながっくんの姿を、パシャパシャと写メで撮っている財前君も
心なしかちょっとはしゃいでる気がする。
「めちゃくちゃクラスの皆に笑われたんだからな!」
「へへへ、照れるなぁ。」
「褒めてねぇから!バカ!」
「まぁまぁ、"がっくん"を愛する彼女の健気な手作りTシャツやねんから…。」
一方的にがっくんに怒られる私を見て、謙也君が間に入ってくれた。
しかし、その発言内容に私とがっくんの時は止まった。
そして、不自然な乾いた笑いを浮かべながらゆっくりとがっくんが口を開く。
「……だ、誰が…彼女なんだよ…。」
「……いや、付き合ってんちゃうんスか?」
「こんなTシャツ作るぐらいやし…。」
不思議そうな顔で、がっくんと私を交互に見る四天宝寺の皆。
「彼女」という単語に、ポっと頬を赤らめる私。
それを見て唇をわなわなと震わせるがっくん。
「っ…変な勘違いされてるじゃねぇか!!何赤くなってんだよ!」
「い、いや、あながち勘違いでもないっていうか「事実無根の勘違いそのものだろ!」
ついに私の胸倉を掴んだがっくんも、照れからなのか
はたまた脳が沸騰するほどの怒りからなのか顔を真っ赤にしていた。恐らく怒りの方だろう、この感じは。
「…え…、いや…待って?自分ら付き合ってないん?」
「そんな訳ないだろ!ただの悪質な変態だ!」
「悪質な変態て…!せ、せめて部活の仲間とか…友達とか…言い方が…!」
がっくんの心の叫びを聞いて、真顔になる四天組。
なんとなく私に向けられている視線が冷たい気がする。
「…彼女でもないのに、Tシャツ作ってアレだけギャーギャー叫んでたんスか…。」
「俺、てっきり彼氏の活躍に熱狂する可愛い彼女…的な感じやと思ってたんやけど…。」
「、変態なんかー?」
「…素直に引くわ。」
「ま、待って待って待って!違うよ!べ、別に彼女じゃないけどがっくんを好きな気持ちは本物だよ!」
「誤解を招くこと言うな!……はぁ…。っていうか、皆も来てたんだなー。侑士のとこ行った?」
「おう、行った行った。」
ついに私に対する誤解は解けないまま、
がっくんと四天宝寺の皆の雑談が始まってしまった。
……頑張ってTシャツも作ったのに…!心臓を捧げる覚悟で応援したのに…!
つれない態度のがっくんに、少し拗ねていると白石さんに声をかけられた。
「さん、俺ら次軽音部行ってくるわ。」
「あ…、うん!ありがとね!付き合ってくれて!」
「こちらこそありがとうな!ほなまた!」
「いや、そのTシャツ脱いでいけよ!」
「……なんか気に入ったしこのままでええわ。」
「お疲れっス。」
「俺が嫌だ!!」
「、バイバーイ!」
「テニス部の皆にもよろしく言うといてなー。」
がっくんの叫びを、お得意の関西人旋風で受け流す。ケラケラと笑いながら
おそろいのTシャツでシアターホールへと歩いていく4人。
ポツンと取り残されたがっくんと、自然と目が合う。
「…のせいだぞ。」
「ま、まぁ気に入ってくれて…良かったじゃん!」
「…はぁー。…ま、盛り上げてくれたのはありがたいけど。」
「もう、本当…最高だったよ!特に、ほら、私に向かって"君が大好きだ!"って言ってくれたところとか」
「言ってないし。」
「でも…モニターと目が合ったけど…。」
「その理論だったら俺、全員と目合ってるだろ。」
心底呆れたような声で、また大きくため息をつくがっくん。
どかっと座ったベンチの隣に、私も座る。
…今は、アイドルがっくんと同じ空気を吸っているという事実だけで生きていられる気がする。
「…四天宝寺の奴らも、学園祭来てたんだな。誘ったのかよ?」
「いや、たまたまこっちに遠征で来てたらしいよ。」
「…ふーん。」
「皆も、私より大きな声でコールとか叫んでてね…ふふっ、めちゃくちゃ楽しかったなぁ…!」
「…楽しんでくれたなら良かったけど。」
「あ、でもライブ中思ったんだけど…何げに四天宝寺の皆もアイドル…いけそうな感じしたんだよね。」
言わずもがな美形で優し気でパーフェクトな白石さんを筆頭に、
ちょっとやんちゃで爽やか系イケメンの謙也君に、
全人類の母性をくすぐる天使ボーイの金ちゃんに…、
最近はやりのツンデレドS系男子の財前君…。
何となく、アイドルグループとしてバランスが取れてるよなぁ…と思ったのだ。
「うーん…そうだ。スパイシーストロベリークリーム★とかどうだろう。」
「何それ。」
「あの4人がアイドルユニット組んだ時の名前。」
「………ライブ中そんなこと考えてたのか?」
「案外いけると思うんだよね、関西のアイドルって最近多いでしょ?」
そう考えると、早めにこのユニット名は伝えておいてあげた方がいいかもしれない。
皆がアイドルデビューすることがあれば、是非参考にして欲しい。
そんなことを考えながら空をぼへっとした顔で見上げていると、
こめかみあたりに鈍い痛みが走った。
「いでっ!…な、何すんの!」
「デコピンだ。真面目に応援してなかった罰。」
「そ、そんな!超真剣に応援してたもん!途中で足の神経やられたんだよ?」
「あーあー言い訳は聞きませんー。もうの方なんか絶対見てやらねぇから。」
「見てたの!?え…え、やっぱりあの時だよね!?見ててくれたの!?」
「…そんな訳ないだろ、バカ!」
「待って、がっくん!待って!この真相によっては、私の人生が大きく変わるから!待って教えて!」
走り去るがっくんの後を追いかけているからなのか、
また私の心臓は異常な速さで動きはじめた。
Extra Story No.7