From:ハギー
Sub:(無題)
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今から俺のクラスに
来る時間ある?
面白いものが
見られるよ。
「…なんだろう、珍しい。」
中庭で客寄せをしていた真子ちゃん達を見つけて
少し話をしている時だった。
ブルっと震えた携帯を開くと、ハギーからのメール。
いつになくご機嫌な文面に少し首を傾げる。
「…真子ちゃん、私ちょっとハギーのクラス行ってくるね。」
「わかった、行ってらっしゃい。」
「ちゃん、また後でね!」
何度見ても可愛すぎる真子ちゃんと瑠璃ちゃんの
アリス姿に癒されながらその場を後にした。
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3-Bの教室の前には少し列が出来ていた。
取り敢えず最後尾に並びながら、携帯をもう一度開く。
意味深なハギーのメールにちょっとドキドキしながら、
時間が過ぎるのを待った。
「あ、さん。今日も来てくれたのね。」
「佐合さん、今日は受付してるんだね!」
「そうなの。どのゲームも昨日とはディーラーが違うから…楽しんでね。」
美しく微笑む佐合さんが、コインを差し出してくれた時
うっかり受け取りそうになってしまったけど、
そういえば今はあまり時間がないんだった。
取り敢えずハギーに呼び出された真相を知りたくて来たんだ、
ということを説明すると快くハギーのいるテーブルへと案内してくれた。
「…あ、遅かったじゃん。。」
「え!?さん!?」
オセロやジェンガのテーブルが並ぶ「表カジノ」に
ハギーはいた。昨日は「裏カジノ」だったけど、今日はこっちなんだ。
そして、それより何より驚いたのは
ハギーとオセロで対決しているその相手が切原氏だったこと。
「切原氏!どうしたの?みんなは?」
「俺がトイレ行ってる間にどっか行っちゃったんスよ。」
「で、そこに俺が通りがかって…。知った顔がいたから、連れてきてみた。」
ハギーと切原氏という意外な組み合わせに少し驚いた。
というか、よく素直に切原氏がハギーについてきたな。
いつもの彼なら、せめて先輩達と合流してから行動しそうなもんなのに。
「そうだったんだ!で?切原氏の戦況はどんな感じ?」
「……………。」
先程までの笑顔とは対照的に、急に真顔で俯いてしまった切原氏。
何があったのかと思ってオセロのボードを見ると、見事に真っ黒だった。
「……切原氏が黒だったりする?」
「………白ッス。」
「さっきまで"引っかかったな!それは俺が仕掛けた罠ッスよ!"とか元気に言ってたじゃん。」
頬杖をつきながらくすくすと笑うハギーに
プルプルと拳を震わせる切原氏。
大人げない…。オセロでここまで滅多打ちにするなんて鬼の所業だよ。
「…まぁまぁ、まだ始まったばかりでしょ?私も加勢するから一緒に挽回「8戦目だよ。」
今にも泣き出しそうな切原氏の肩に手を置いて、なんとか慰めているところに
心底楽しそうな声でハギーが呟く。
……8戦も…8戦もこの暴力的なオセロに耐えてきたというのか、切原氏は…!
「…っ次こそは勝てる!次は俺が黒ッスよ!白ってのがダメなんだよ結局!」
「それ、いつもがオセロで負ける時に言うセリフとそっくりそのまま同じだね。」
ぐしゃぐしゃっとオセロを崩し、叫んだ切原氏。
聞き覚えがありすぎる台詞に負けフラグをびんびんと感じ取る。
……ハギーはオセロ上手いからなぁ…。
「…それにしても、8回も負け続けて…どうしても欲しい商品とかあるの?」
教室後方のショーケースにずらりと並んだ商品を見る。
昨日もあったペアチケットに加え、女の子が好きそうなブランドのポーチや
カッコイイ時計など、ラインナップはさらに強化されていた。
もちろんコインを結構稼がないとたどり着けない商品なので、
切原氏にとってはまだまだ道のりは遠そうだけど…。
「っ…!べ、別にそういうんじゃないッスよ。」
「え?商品目当てじゃないの?」
「……切原曰く、これは"男の闘い"なんだってさ。」
「男の…?」
「…っさん!」
「どっ、どうした!?」
ガタっと椅子から立ち上がり、
私の肩をガシっと掴んだ切原氏。
その目がいつになく真剣で、思わず変な返事をしてしまった。
「…絶対…絶対俺が取り戻しますから!安心して下さい!」
「何?何の話?」
「…ふふ、とかなんとか言って…自分が見たいだけでしょ?」
「ちっ、ちげーよ!」
目の前で盛り上がっている2人の話が全く見えない。
切原氏の発言が唐突なのはいつものことだけど、
どうやら表情を見ていると、ハギーが何かをけしかけているようだった。
さっき言っていた"男の闘い"っていうのはもしかして…
氷帝と立海という学校を背負ってこの2人は戦ってるのかな?
それなら確かに納得がいく。
賞品とかそんなんじゃない。
男同士の譲れないプライドだけで戦っているのだとすれば…
…なんという青春!
「ハギーも切原氏も…頑張ってね!私にどちらかを応援することは出来ないけど…!」
「なっ…なんで俺じゃないんスか!?」
「いや一応私も氷帝の生徒な訳だし…。」
「そんなの関係ない!俺は、さんのために…戦ってるんスよ!」
「……ちょ、ちょっとさっきから話が見えないんだけど…。」
「…さっきさ、切原をここに連れてくるまでにこういう話があって…」
「っおい、言うなよ!」
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30分前
「…あ、切原だ。」
「あ?……あー、あんた…確かテニス部の…。」
「3年の滝だよ。1人で学園祭に来たの?」
「いや、ちょっと先輩達とはぐれて…。」
「…ふーん。良かったら遊びに来ない?あと1人案内すればノルマ達成なんだけど。」
そう言って、滝は客引き用の大きな看板を見せる。
シックなフォントで書かれた「カジノ」の文字に
切原も少し興味を示す。
「へー、カジノね。行ってやってもいいけどまずは先輩と合流しねぇと。」
「困ったね。すぐ来てほしいんだけど………あ。そういえば、君…」
「何?」
「…のこと結構気に入ってたよね?」
「ぶっ!…な、何スかいきなり。」
「…ふふ、ちょっと。」
クイクイと手招きをする滝。
怪訝な表情をしながらも、切原は彼の口元に耳を近づけた。
「…の恥ずかしい写真…、見たくない?」
「っっなっ!!!…は!?え、何!?」
想像していなかった単語の登場に、一瞬で顔を赤らめる切原。
その様子を楽しそうに眺めながら、続ける。
「俺は残念ながら、全くに興味がないから君に譲ってあげてもいいんだけど。」
「はっ…は、恥ずかしい写真って…具体的に何?」
「…簡単に言うと……
パンツ1枚だね。」
「っちょ…いや…いやいやいや…。え?どういうこと?おっ…う、上は?上も無し?」
「本人も恥ずかしかったみたいで、ちょっと涙目なんだけど…それが余計に雰囲気を強調してるんだよね。」
「…………。」
「まぁ、100歩譲って普段のよりは、ちょっと可愛く見える感じかな?どう?興味ない?」
「……って、いうか…なんであんたがそんな…さんの写真持ってんスか?」
「………フフ、君も男ならさ…どういう状況でそういう写真が撮れるかって…わかるでしょ?」
「はぁ?!って、ていうかそんなことさんは許可してるんスか?!そんな…写真撮ったりとか…!」
「嫌がってたけどね。」
「嫌がってるのに無理矢理かよ!…っそんなの俺が許すわけないっしょ。」
「許してくれなくても、撮っちゃったもんは撮っちゃったんだし。」
「……渡せよ。」
「なんで?」
「…っさんが嫌がってるんだから、そんなもん俺の手で焼いてやる!」
「…そうだ。じゃあカジノに来てよ。で、俺にオセロで勝ったら渡してあげる。」
「オセロ?……余裕。その代わりその写真もデータも全部抹消しろよ。」
「もちろん。そうこなくっちゃ。」
「あと、さんとも別れろ。」
「やだな、殴るよ?なんで俺がと付き合ってる設定なの?」
「……付き合ってないのに…そんな…さんはそんなことしない!」
「…ま、頑張って俺から取り返してみなよ。」
ハギーの才能が恐ろしいよ。
いや…絶対その写真って…昨日のアレだよね…。
他でもないこの「カジノdeカジノ」でハギーに負けてコインを全て奪い取られ
身ぐるみはがされた挙句に、年頃の乙女には冗談でもキツすぎる
ムキムキボディーにパンツ1枚の…あのスーツを着せられた時の…
確かにハギーの言う通り「パンツ1枚」で「恥ずかしそうな顔」はしてるかもしれないけど、
どう考えても切原氏が想像している絵はそうじゃない。
きっと彼の脳内ではセクシーな肌見せをした私の姿が浮かんでいるのだろう。
いや、そうであってほしい。
対象が私であっても、そういう健全な想像は沸くのだということを切原氏が証明してほしい。
でも、もしこのまま切原氏が勝てなかった場合。
あの写真を見ることなく、切原氏が勘違いしたままだったらどうだろう。
ハギーの巧みすぎる詐欺話法のおかげで私はとんだあばずれだ。
付き合ってもいないハギーにあられもない姿を易々と見せる女子中学生だと思われてしまう。
それは違う…!だって私には…初体験をするならこんな感じがいいという壮大なストーリーだってあるんだ。
「初めてnight★〜生まれ変わってもまたあなたと会いたい〜」 これだ。
真子ちゃんと瑠璃ちゃんがお泊りに来た時に聞いてもらった著の乙女チックラブファンタジー。
普段菩薩の様な瑠璃ちゃんに「うーん…このお話の中の女の子がもし現実にいたとしたら、たぶんババアになっても処女だと思う」
と言わしめた程の、夢見がちで貞操観念の強いお話なのだ。
それ程までに…、初体験に失笑モノの淡い夢を抱いている私が…
後輩でもある切原氏にそんなひどい勘違いされたままだなんて耐えられない!
それなら、あのムキムキ写真を見てもらって無実を証明した方がマシだ!
「……切原氏…。絶対写真取り返そうね。」
「さん…やっぱり本当なんスね…。」
「いやいやいや!そう言う訳じゃないよ!だってまずその写真って「わかってるよね、。」
そうだ、普通にネタばらししちゃえばいいじゃん!
と、私が1番簡単な方法に気付いてしまった時。
ハギーの凍てつくような視線が私に刺さった。
こ…これは、絶対怒るやつだ…。
面白いことを邪魔されたときに真剣に怒るパターンのハギーの声色だ…!
1カ月ほど前にハギーが読んでた推理小説を、たまたま真子ちゃんの勧めで読んだことのあった私が
嬉しくなって、ついうっかり犯人をバラしてしまった時のあの目と声だ。
地獄の奴隷生活(主に金銭的な面で)を思い出してしまった私は、つい黙り込んでしまう。
「……っ…。」
「…お前、そんな写真でさんを脅迫してんなら…マジで潰すよ。」
「…じゃあ、次の1戦で君が勝ったら大人しく写真は渡すよ。今までの8戦はチャラにしてあげる。」
「その言葉忘れんなよ。さん!安心して下さい、俺がついてます!」
「き、切原氏…!なんて心の綺麗な子なんでしょう…ありがとう!色々な意味も含め私も応援するからね!」
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「負けたね。」
「…っやったあああああああ!」
「すごいよ、切原氏!勝った!ハギーに勝った!!」
「さんのアドバイスのおかげっす!めっちゃ嬉しい!」
まさかの大逆転で本当に切原氏が勝ってしまった。
あのハギーに勝てるとは思っていなかったので、2人で飛び跳ねて喜んでしまう。
「仕方ないね、じゃあこれ。渡すよ。」
「っちょ…そんな無造作に!」
ハギーが胸ポケットからピラっと取り出した写真を
切原氏に向かって投げると、彼はそれを一生懸命隠すかのようにして受け取った。
…あー…な、なんか心が痛むな…。
折角喜んでたのに、この写真を見てガッカリするんだろうなぁ…。
キレないといいけど…。
写真をゆっくりと裏返し、そこに写った私の情けない姿を見ているであろう切原氏。
を、後ろから恐る恐る覗き込む私。
「……これ…。」
「…っご…ごめんねー!騙したみたいな形になっちゃって…!」
「切原が簡単に騙されてくれて楽しかったよ。」
「まぁ…なんというか、切原氏が私の為に頑張ってくれた姿勢が嬉しかったし「す、すげぇ…本当にパンツ1枚だ…。」
「…ん?」
いつ切原氏の拳が飛んでくるかと、微妙に距離を保ちながら構えていた私だったけど
予想していたのとは違ったテンションの切原氏のセリフに気が抜ける。
「…こ、これもらっていいんスか。」
「焼くんじゃなかったの?」
「え……あ、あはは。そんなに面白かったー?セクシーショットじゃなくてごめんね!」
「いや、十分セ、セクシーッスよ!」
写真から顔をあげた切原氏が、何でそんなキラキラした笑顔なのかがわからない。
ハギーにとっても予想外の反応だったようで、不思議そうな表情で私達は切原氏を見つめた。
「俺が想像してたさんって…まさにこういう感じなんで。」
「どういう感じ!?ねぇ、どういう意味?」
「…っぷ。あはは、確かにって脱いだらこういう身体してそうだよね。」
「なんかご利益がありそうな写真もらえて良かった。じゃ、俺先輩達と合流するんで!」
「はーい、付き合ってくれてありがとね。」
「さんも、また!この写真、一生大切にしますからー!」
爽やかな笑顔で手を振りながら去っていく切原氏。
手を振り返しながら、何かを思い出したのがブッと咳込んで笑いを堪えるハギー。
その横で色んなことがショックでただただ立ち尽くす私。
「……切原氏、ちょっと顔赤らめてたよね。」
「…そりゃのあんなブフッ…あんなセクシーな写真見たらね。」
「それって私に対して性的な興味はあるってことだよね。」
「大切そうにあの金パンツ写真を財布に挟んで持っていくぐらいだからね。」
「……私の裸が黒光りしててムキムキで股間が膨らんでると思ってたのかな?彼は?」
「ック…もうやめて、お腹痛いから。」
暴れ出したいような衝動を抑えながら、
私は笑い続けるハギーの頭にそっとアイアンクローをかますのだった。
思わず逃がしてしまったけれど、次に会った時が貴様の命日だ切原氏。
Extra Story No.8