「へー、結構外観もこだわってるね。」
「中から聞こえてくる音楽もムーディーな感じだし…。」
「滝君のクラスは学年の中でも、大人な雰囲気の男女が多いしね。似合ってるんじゃない?」
私達4人は、3-Bの教室前にいた。
「カジノdeカジノ」というタイトルを掲げたこのクラスには、ハギーがいる。
部活の時に、さりげなくハギーから情報を引き出そうとしたところ
「はいいカモになりそうだから、歓迎するよ」と思いっきり馬鹿にされた。
ハギーは知らない。
このが今までにどれ程の修羅場を潜り抜けてきたか。
カジノとはつまりゲーム。がっくんや宍戸達と何戦も刃を交えてきた私は
よくわからない自信に満ち満ちていた。
「よし!入ってみよう!」
「うん、今の時間は空いてるみたいだね。お昼時だからみんな模擬店とか行ってるのかな。」
「だね。…うわぁ、なんか雰囲気素敵−。」
教室の扉部分にかかったカーテンを開けると
中はぼんやりとオレンジがかった光がぽつぽつと見えるだけで、全体的に暗かった。
BGMとも調和した大人っぽい空間に、少しドキドキしていると
すぐに受付台にいた女子が声をかけてくれた。
「いらっしゃいませ。カジノへようこそ。」
カジノのディーラー衣装に身を包んだ女子生徒は、華崎さんが言っていた通り
確かに大人っぽくて、私と同い年とは到底思えないような雰囲気だった。
ニコリとほほ笑んで、私たちを受付のソファへと案内してくれる。
「まずは、1人30枚のコインをお渡しします。」
小さなバケツに入った30枚のコインを手渡される。
…わぁ、小物まで本格的だなぁ。コインに刻印された「カジノdeカジノ」の文字に感動していると
早速、ルール説明が始まった。
「ここにあるゲームは3つ。オセロ・ジェンガ・ババ抜きです。それぞれのコーナーで
賭けられるコインは10枚。勝てば2倍になって返ってくるけど、負けたらコインは没収。」
「なるほどー、カジノって聞いてたから難しいゲームがあるのかなって思ったけど、
結構なじみ深いゲームで良かった!ババ抜きなら4人で雨の日にいつもやってるもんね!」
そう言うと、他の3人はうんうんと頷いてくれたけれど
ルール説明をしてくれていた女の子は、何だか意味深に微笑むだけだった。
「…3つのゲームのどれをプレイしてもOKです。オセロ3回でもいいし、全部1回づつでもいいし。」
「ふっふっふ。何だかその言い方だと3回で全部コイン使い切って終わる、みたいな感じだけどさぁ…
もし全部勝っちゃったらどうなるの?」
私と同じく賭け事には強いタイプの真子ちゃんが質問する。
確かに、私も同じことを思った。3回やって3回とも勝てばコインは60枚になるじゃない。
「もちろん景品を用意してるから、気が済んだところで交換してくれてもいいよ。」
女の子が指さした先には、ズラリと並べられた景品の数々。
お菓子の詰め合わせから、文房具など色々とディスプレイされている。
ショーケースに近寄って皆でチェックしていると、瑠璃ちゃんが不思議そうに呟いた。
「えー、これディズニーランドのペアチケットじゃない?結構高価だよね。」
「わ、そんなのもあるんだ!欲しいなー…ってコイン100枚!?」
「100枚って…相当勝ち続けないといけないよね…。」
「…フフ、まぁ景品は色々とあるので頑張ってみて下さい。」
ニッコリとほほ笑んだ女の子に見送られて、いよいよ私たちは受付を離れる。
教室のそこかしこにゲームコーナーがあって、おそらく対戦相手と思われるディーラー達が待機していた。
「…みんな、健闘を祈るよ!」
「よし、じゃあ各々頑張ろう。」
4人で円陣を組み、気合を入れたところで私たちはそれぞれの戦場へと旅立った。
まずはオセロコーナーへ向かう。
3つのゲームの中で1番時間がかからなさそうで、且つ自信があったからだ。
取り敢えずコインを手っ取り早く稼ぐためには、これしかない。
「こんにちは、オセロ一戦お願いしてもいいかな?」
「…どうぞ、よろしくお願いします。」
私が座ったテーブルにいたのは、ロングの艶やかな黒髪が美しい佐合さんだった。
ハギーに辞書を借りに来た時に、ハギーも辞書を持っていなくて困ったことがあった。
その時に、ハギーの後ろに座っていた彼女が快く辞書を貸してくれたのだ。
顔見知りなら、オセロしてても緊張しないだろうし。
…ただ、なんとなく落ち着いている雰囲気だからか
オセロ…得意そうに見えるな…。
「じゃあ、最初にコイン10枚もらうわね。」
「はーい、8・9・10…っと!」
「では、さんからどうぞ。私は白で、あなたが黒よ。」
「…よっし、頑張る!」
・
・
・
「……あら?いつの間にか…真っ黒ね。」
「……うん…あ、これで終わりだ。私の勝ち。」
「……すごい。さん強いのね。」
パチパチと小さな拍手をする佐合さん。
…と、いうより佐合さんが…ものすごく弱すぎるというか…!
罠でも仕掛けられているのかと思うほどに、四角が取りやすかったし…
何より、まず佐合さんはオセロのルールすらうろ覚えなんじゃないだろうか…。
途中で何回か関係ないオセロ石をひっくり返そうとするし、
皆が取りたがらない四角の両隣のマスを積極的に攻めるし…。
佐合さんから20枚のコインを受け取ったところで、閃いた。
「……佐合さん、もう一試合してもいい?」
「あら、いいわよ。そんなにオセロ楽しかったの?」
「…い、いやー…うん。」
「人気なのはジェンガコーナーなのに…何だか嬉しいわ。」
首を傾けてニッコリとほほ笑む佐合さんに少し心が痛む…。
言えない…。いいカモを見つけたからここでコインを荒稼ぎしたいだなんて、
そんなゲスい考えを、嬉しそうな佐合さんには言えない…!
「じゃあ、次は私が黒にしようかな。今日のラッキーカラー本当はブラックだったの。」
「そ、そっかー!こりゃ、もしかすると次は負けちゃうかもなぁ〜…!」
「フフ、次は負けないわよ。」
・
・
・
「ねぇ、さんってもしかしてオセロを生業としているプロか何かなの?」
「い、いや、そんなことないよ!ただちょっと今日は調子が良い…のかなー?」
「3連敗するなんて…、クラスの皆で練習した時は結構勝てたのになぁ。」
うーん、と首をひねる佐合さんから60枚目のコインを受け取る。
この20分ぐらいの短時間でもう3連勝してしまった。
…このまま、ここで粘ればディズニーペアチケットも夢じゃないかもしれない。
佐合さんが練習で勝てたということは、このクラスのゲーム力は総じて低いのだろうか。
なんでカジノにしたんだろう。そんなことを思いながら、もう一戦申し込もうとした時。
「…あ、さん60枚コインたまったね。」
「え…、うん!もう一戦いいかな?」
「……ゴメンね、オセロを気に入ってくれたのは嬉しいけど…。」
「…あ、もしかして4連続はダメとか?」
「ううん。」
サラサラの髪の毛を耳にかけながら、フワリとほほ笑む佐合さん。
何やら机の引き出しから取り出したと思うと、それはハンドベルのようなものだった。
チリン…チリン……
「おめでとう、さん。頑張ってね。」
「え?何?」
ベルを鳴らし終わったと思うと、教室の扉から
大きな男の子たちが3人程入ってきた。
同じようなディーラーの衣装に身を包んではいるものの、
何故か全員サングラスをかけていて表情が読めない。
そして、私と佐合さんのテーブルを取り囲む。
「なっ…何!?私は不正なんかしてないですけど!
ただ単に佐合さんが、ちょっとばかしボンヤリさんだっただけで…!」
「おめでとうございます。裏カジノへとご案内します。」
何となく佐合さん相手に3連戦もしてしまった自分に罪悪感があったためか
取り囲まれているだけなのに、自ら言い訳をしてしまう私。
てっきり何か不正を疑われるものだと思ったら、
男子の一人が気になるワードを口にした。
「…裏カジノ?」
「…どうぞ、こちらに。教室を移動します。」
「ちょ…っ、な、なになに!」
有無を言わさずに両手を掴まれ連行される私。
ジェンガのコーナーで楽しそうにゲームをする3人に必死に助けを乞う。
「た…助けて、真子ちゃん!地下に…地下に連れていかれる!」
「え?何、どこに行くの?」
「なんか裏カジノとかって…!きっと地下で強制労働させられるんだよ、
私が佐合さんをカモにしたから!読んだもん、カイジでこんなシーン読んだもん!」
「あはは、何か面白そうじゃん。いってらっしゃーい。」
「華崎さんっ!み、見捨てないでっ!」
容赦なく私を引きずる男子達。
必死に教室のドアにしがみつき、何とか踏ん張る私を
楽しそうに見送る3人。
一瞬の隙をついてドアから引き剥がされる。
隣の教室へ強制的に入れられると、
そこは先程の教室と同じ雰囲気ではあったものの何かが違った。
そして、そこにいたのは
「…あ、じゃん。」
「え…ハ、ハギーーー!た、助けて私まだ地下王国で強制労働したくない!」
「何の話かわからないけど、うるさい。」
両腕を掴まれて連行されている半泣きの女子マネージャーを
「うるさい」の一言で一蹴してしまう、ハギー。そういうところが本当にハギーだ。
やっと解放されたところで、改めて教室内を見渡してみると
先程の教室よりもお客さんの数が少なく感じた。
そして、用意されているテーブルも普通の机ではなくて
カジノっぽい専用テーブルだった。
受付らしきソファに座らされて、ぽかんとしている私に
ハギーがゆっくりと近づいてきた。
「…ねぇ、ハギー。そのディーラーの服、超似合ってるね。」
「どうも。それより、コイン60枚たまったんでしょ?」
「え…うん、でもちゃんとオセロで勝って貯めたよ!決して佐合さんをカモにしてやろうとか思った訳じゃなくて、
ただ単に、佐合さんが綺麗で可愛いからずっと一緒に遊んでいたかっただけで…。」
「何をさっきから必死に言い訳してるのかわからないんだけど。
うちのカジノはね、表ステージでは誰にでも馴染みがある簡単なゲームを用意してるんだけど、
それだけじゃつまらないでしょ?かと言って、カジノにあるようなゲームはルール説明が必要だし…
そこで、表ステージと裏ステージを分けることにしたんだ。」
私の隣に座って、教室内を見渡すハギー。
…確かに、さっきの教室では子供達なんかもいたりして和気藹々としたゲームが多かったけど…
ここの教室内には…なんとなくだけど…
「…なんか本物のカジノっぽい雰囲気だね。」
「…こっちの裏カジノで遊べるゲームは1つだけ。ブラックジャックのみだよ。」
ポケットからトランプを取り出して、妖しく微笑むハギー。
いつもの部活ユニフォームじゃないからなのか、やけに大人っぽく見える。
「…ブラックジャックって…いわゆる【21】だよね。」
「そうだよ。カジノにあるゲームの中でもとてもシンプルなものだから、
きっとでも楽しめるんじゃない?」
21なら、小学生の時にクラスで流行ったからルールはある程度わかる。
きっとブラックジャックっていうぐらいだから、別のルールもあるんだろうけど…
手元のバケツの中にあるコインをじゃらじゃらとかき混ぜながらぼんやり聞いていると、
ハギーが立ち上がった。
「ただし。ここは裏カジノ、もちろん掛け金はさっきの表ステージとは違うよ。」
「…え、どういうこと?」
「さっきは10枚しか賭けられなかったけど、ここは何枚でも賭けていい。
配当は2倍。50枚賭ければ100枚。もちろん負ければ没収だけどね。」
「……なるほど、一気にコインを増やせるチャンスだね。」
「…フフ、最初にオセロコーナーを選んだところも、佐合さん相手に荒稼ぎしようとしたところも、
本当にらしいよね。妙なところで頭がキレるっていうかさ。」
「それって褒めてるんだよね?」
「まぁね。ちなみに、コインが0枚になった場合の話だけど…罰ゲームがあるから注意してね。」
「え!な、何それ、どういう罰ゲームなの?」
「もちろん、それはお楽しみ。まぁ、罰ゲームを回避するなら、最後に10枚ぐらいコインを残して
景品と交換すればいいだけの話だし。」
「…まぁ、そうなんだけどさ。」
チャカチャカと手元のトランプを切りながら微笑むハギーに、
カジノテーブルへと促される。席についてみると、その台はブラックジャック用のものだった。
「特別にの相手は俺がしてあげる。」
「え、本当?やった!早くやろう!」
「先に説明だけしておくけど…、この裏カジノで挑戦できるのは4回まで。
つまり4回目で手元にあるコインが最終的に景品と交換できるコインだからね。」
「OK!ちなみに4回ともハギーと戦ってもいいの?」
「もちろんいいけど、が俺に勝てると思ってるの?」
「…ハギーこそ。私の強運を舐めてるとあっさりディズニーチケット持ってかれちゃうよ。」
「……フフ、上等。」
少しシャツをめくりあげたハギーが、トランプを切り始めた。
・
・
------------------------------------------
超絶簡易化したブラックジャックの説明
・プレイヤーはディーラーと1対1の勝負を行う。
・プレイヤーの目標は、21を超えないように手持ちのカードの点数の合計を21に近づけ、
その点数がディーラーを上回ることである。
・カードの点数は、カード2〜10ではその数字通りの値であり、また、絵札であるK、Q、Jは10と数える。
Aは、手持ちのカードの合計が21を超えない範囲で11と数え、超える場合は1として数える。
・ディーラーはカードを自分自身を含めた参加者に2枚ずつ配る。
ディーラーの2枚のカードのうちの1枚は表向き(アップカード)にされ、皆が見ることができる。
・次のステップでは、プレイヤーはヒットまたはスタンドの選択を行う。
【ヒット】カードをもう1枚引く 【スタンド】カードを引かずにその時点の点数で勝負する
・プレイヤーは21を超えなければ何回でもヒットすることができる。21を超えてしまうことをバスト(bust)と呼び、
直ちにプレイヤーの負けとなる。
・ディーラーは、自分の手が17以上になるまでカードを引かなければならず、17以上になったら、その後は追加のカードを引くことはできない。
・ディーラーが21を超えた場合には、スタンドしたプレイヤーは全員勝利である。
プレイヤーとディーラーが同じ点数の場合には引き分けとなる。
(※本当は色々と細かい特別ルールなどがありますが、取り敢えずこの話に必要なルールは上記のみ。)
-----------------------------------------------
・
・
「じゃあ、何枚コイン賭ける?」
「…取り敢えず、まずは10枚で。」
「OK。威勢が良かった割には慎重なんだね。」
「…ディズニーペアチケットを本気で狙ってるからね。当てたらハギーと一緒に行く。」
「ねぇ、嫌なんだけど。何勝手に決めてるの?」
「…フフ、ハギーったら…私に負けると思ってるんだね?」
「そんな安い挑発に俺が乗ると思う?何で俺まで罰ゲーム背負って対戦しないといけないの。」
「罰ゲームって言った?可愛い女子マネージャーとの愛の育みを罰ゲームって言った?」
「戯言はその辺にしておいて、ホラ。始めるよ。」
「た…戯言…TAWAGOTO…!」
ハギーの綺麗な指に見とれていると、既に手札が配られていた。
私の手持ちカードは「5」と「K(キング)」。合計点数は15点。
そして、ハギーの手持ちカードのうち1枚は「Q(クイーン)」。
少なくとも10点以上ということか…。
もしも、ハギーのもう1枚のカードが6以上だった場合私は負けてしまう。
しかし、ここで私がもう1枚カードを引いて7以上だった場合、合計点数は…22になって「バースト」してしまう。
手持ち札を睨みながら迷う私に、余裕の表情で微笑むハギー。
……読めない。あの微笑みが何を意味するのか全くわからない。
しかし、ここは自分の運を信じるしかない。
…まだ最初の10枚しかコイン賭けてないし。負けたとしても10枚だ。
「…ヒットで。」
「どうぞ。」
恐る恐るカードの山に手を伸ばす。
思い切ってめくってみると、無情にもそこには「Q(クイーン)」の文字が。
「…あああああああ!」
「バーストね。まずは俺の1勝。」
「…っく…。ハギーの手札何だったの?」
「俺は…」
ペロリとハギーが台に置いたもう1枚の手札は「2」
つまりハギーの合計点は「12」しかなかったわけだ。
ディーラーは最低でも合計点を「17」にしないといけないから、
あそこで私が「スタンド」しておけば、ハギーが勝手に自滅してくれる道もあったかもしれない。
しかし、何より手ごわいのは…
「…よくその手札で余裕の表情してられたね。」
「…はバカみたいに表情が読みやすくて楽しいよ。」
「なっ!…つ、次は絶対にポーカーフェイスでいくから!」
バケツの中から10枚のコインを取り出し、ベットすると
にこやかにカードを配り始めたハギー。
頭の中ではレディーががのポーカーフェイスを歌いながら、
必死に表情を消す。…煩悩よ消えろ…!ハギーと一緒にスプラッシュマウンテンで
仲良く両手をあげながら落ちて、その写真を5枚ぐらい買う妄想よ消えろ…!!
「ふぅ…。よし。もう私の心は今、無だから。菩薩の心。」
「俺とディズニーに行くのはもう諦めたの?」
「え!!行ってくれるの!」
「どこが【無】なんだか。」
声を上げて笑うハギーに、顔が赤くなる。
…こんなディーラーずるいと思います。
ゲームしてればクールで、今みたいに笑ってる顔は可愛くて、毒舌だなんて。
「滝君に罵られ隊」に密かに入隊している私にはご褒美でしかありません、本当にありがとうございます。
「…もう、いいもん。そんな舐めてると今度こそ私が……」
少し投げやりに手札をめくると、一瞬息が止まった。
「…ん?どうしたの。」
「……ふ…っふは…ははははっ!それ見たことかぁあああ!」
バシッと私が台に手札を表向きに叩きつけると
ハギーも少し目を見開いた。
「…やられた。本当に運だけは強いんだ。」
私の手札は「J(ジャック)」と「A(エース)」
合計点が最初から「21」のナチュラルブラックジャック。
この手札になった瞬間私の勝利は確定した。
「ナチュラルブラックジャックの場合は配当は3倍設定だから、コインは30枚ね。」
「やったー!へっへっへ、今…コインは70枚か。」
100枚のディズニーランドペアチケットまであと30枚。
ということは…10枚単位から賭けれるってことだから…次は…
「じゃあ20枚賭ける!」
「…これで勝ったらコインは110枚だね。」
「100枚はディズニーランド代、10枚はハギーを連れていく代。勝ってみせるから!」
「……まだそんなこと言ってたの。」
呆れたように手札を配るハギー。
勝利のゴールが見え隠れして、テンションの上がっていた私はすぐさま手札に飛びつく。
私の手札は「9」と「J」合計点は19。
「僥倖……っ!っこれで勝ってやる…!私のターン!カードは引かずにスタンドでターン終了よ!」
土壇場でここまで手札に恵まれる私はやっぱり強運なのかもしれない。
ハギーの手札の表向きのものは「5」おそらくハギーはもう1枚手札を引くことになるだろう。
引いたところで、合計点数が20・21にならない限りは私に勝てない。
そんな上手い話がこんな土壇場である訳…
「…は本当に甘いね。なんで自分だけが強運だって信じ込めるんだろう。」
クスクスと笑いながら1枚引いた手札を含めた3枚をオープンするハギー。
「5」「K(キング)」「6」が並ぶ。
合計点数は21。
負けた。
「う…うそーっ!」
「知らなかった?俺も結構強運もってるって言われるんだけど。」
「…っく…、いいわ、次!」
「あ、ちなみに次は4回目だからこれで最後だよ。」
フと考える。
次が最後のゲーム。手持ちのコインは50枚。
私が欲しいのはディズニーランドのペアチケット。コインは100枚いる。
あと50枚を1回のゲームで稼ごうと思えば…
「どうする?全部賭けて罰ゲームのリスクを背負うか…」
「……ねぇ、罰ゲームのヒントだけでも教えてよ。」
「ダメ。」
「そんな…。」
うっかり4回目のゲームに突入することを忘れて、変なコインの賭け方をしてしまった私のミスだ。
頭を抱えていると、教室内が少しだけ騒がしくなった。
何かと思うと、真子ちゃん達が入ってきたではないか。
「お、ー。まだコインあるんだ。」
「みんな!皆も裏カジノに挑戦するの!?」
「ううん、私たちはみんなコインなくなっちゃったの。だけど、ちゃんを応援するのはいいよって。」
「み…っ、みんな…!ありがとう、応援しに来てくれたんだね…っ!」
口を押えて感涙するフリをしていると、真子ちゃんが私のテーブルにまだ
何もベットされていないことに疑問を投げかけた。
「あれ?賭けないの?」
「……これが最後のゲームでね、手持ちコインは50枚なの。」
「あ、50枚もあるんだったら確か可愛いトートバッグと交換できたみたいだよ。」
「瑠璃ちゃん…私が狙うのは…ただ1つ…。」
「ディズニーペアチケットよね。そうこなくっちゃ!」
バシっと私の肩を叩く華崎さんに、びっくりした顔をする瑠璃ちゃん。
真子ちゃんが隣で、私のバケツからコインを次々に取り出している。
「ちょっ、ままままっ待って真子ちゃん!全部賭けたらスッテンテンになっちゃうよ、私!」
「え?いいじゃん。100枚にするにはもう方法ないでしょ?」
「…っだけどコイン0枚になったら…罰ゲームがあるの、裏カジノは。」
「……さんは罰ゲームなんかに怯む奴じゃないって知ってるよ、私。」
「そうだよ!ちゃん、頑張って!私たちも応援するよ!」
私の両隣から応援してくれる華崎さんに瑠璃ちゃん。
目の前にいるハギーが生暖かい目で見守っている。
「…お友達も応援してくれてるんだから、腹くくったら?」
「……っく…わか…った、わかったわよ!みんな!オラに力を分けてくれ!」
「はい、じゃあコインもらうねー。」
私の渾身の元気玉集めポーズを無視して、さっさとカードを配るハギー。
さっきまではノリノリだった皆も、なんかもう冷めちゃってるみたいで、
ハギーのディーラー姿を写真に収めたりして、楽しそう。後でその写真貰おう。
「…っく…どうしよう…。」
私の手札は「J(ジャック)」と「8」合計点は18。
そして、ハギーの手札にあるのは同じく「J(ジャック)」
ハギーの手札が9以上の数字なら、負ける。
しかし、それ以下の可能性もある。
その場合、わざわざ私がバーストの危険を冒して手札を引くことはしなくても良い。
だけど、さっきみたいに合計点が19でも負けることもある…。
それに、ハギーの…表情…。
「……どうしたの、。」
「………もらったよ、ディズニーペアチケット。」
「……。フフ、無駄だよ。俺の手札を言動から読み取ろうなんて、には出来ない。」
「っく…。」
ちょっとはハギーの表情から焦りでも、余裕でも読み取れるかと思ったけど
私の言葉に眉ひとつ動かさないんだから憎たらしい。
もう…、こうなったら……
「みんな…、トランプの山に手を置いてくれない?」
「え?なんで?」
「今から私はカードを引く。これで…3が出れば私の勝ち、なの。」
「……わかった。念を送ればいいのね。」
「よし!いけ、!」
3人がトランプの山に手を添えてくれる。
みんな…ありがとう、すごく心強いよ…!
遊戯王でも私こういうシーン見たことあるよ…!
友達の想いが通じて…このトランプをめくるとそこには…きっと……!!
・
・
・
「はい、罰ゲーム部屋はこっち。」
「ちょっとまってよぉおおお!ヤダヤダ、怖い何なのこの真っ黒な個室!」
「あの…ちゃん…頑張って!」
「瑠璃ちゃあああん!助けて、絶対ヤバイやつだコレ!ハギーはこう見えてドSなところあるから、
きっと熱湯風呂でリアクション芸しろ、とかそんな罰ゲームだよ、絶対!」
「ちょっと、何勝手に悪口言ってんの。」
最後に私が引いた手札は「K(キング)」
あっけなくバーストした私は、コインを全て失い罰ゲームへとまっしぐらだった。
私を引きずり、教室の奥半分にある個室らしきところへと連行するハギー。
叫ぶ私を心配そうに見守りながらついてくる3人。
ようやく部屋の中へ入れられたかと思うと、
そこでハギーから衝撃の発表があった。
「罰ゲームは、男装だよ。」
「…………へ、男装?」
「そ。男子なら女装、女子なら男装して写真撮るの。」
「……な、なんだ!そんな軽い罰ゲームだったんだ、良かったー!」
「まぁ、なんか自主的に最初から男装してるようなもんだもんね。」
「そんなつもり欠片もないんだけど。ハギー、訂正して。」
笑いながら私たちを部屋に残し、奥へと消えていくハギー。
男装用の衣装を持ってくるらしいけど…こんなことならあんなにビビる必要なかったのに…
「良かったね、ちゃん。男装って、逆にさ、ちょっとしてみたいよね!」
「まぁ、文化祭だし基本的には楽しい罰ゲーム用意するよねー。
これが男子で、女装させられるってなら、ちょっとキツイけどさ。」
「どんな衣装だろうね。」
「もしかして、ここの皆と同じディーラー衣装なのかな?ちょっと着てみたいー。」
キャッキャと笑いあう私達。
すっかり罰ゲームの雰囲気なんてなくって、
それどころか、私は初めての男装経験にちょっとワクワクすらしていた。
ハギーが衣装を持って現れるまでは。
「はい、おまたせー。これ着てねー。」
「あ、はー…………い…や…いや、いやいやいやっ!」
「ぶふぉっ!あっ…はははは!何それー!」
「や、ヤダ…、なんか…フフッ…」
「なるほどね!!アハハッこれは確かに罰ゲームだね!」
涼しげな顔で衣装を手にぶら下げるハギー。
その衣装は、ディーラーの衣装でも、制服でもなく
「俺が探してきたんだ。いいでしょ?このムキムキボディーの肉襦袢。」
「ま、マジでそれはちょっと本当…事務所通してもらわないと…」
「ほら、見て。この金のブーメラン水着。結構質感もリアルでしょ?」
「やめて!生娘に事細かに男性器付近の質感の話するのやめて、ハギー!」
耳を塞ぎ、逃げようとする私の肩をガッチリとハギーが掴む。
い…いやだいやだ…!こ、こんなの男装っていうか、変態じゃん!
そこにあったのは、ボディビルダーのようなムキムキの裸に黄金のパンツ1枚という
うら若き女子中学生の精神を破壊し兼ねない邪悪な肉襦袢だった。
「ほら、着なよ。」
「…っ…ま、マジで言ってる?」
座り込む私を、冷たい目で見下ろすハギーは心底楽しそうで
その視線になんだかドキドキしたけど、今はそんなこと言っている場合ではない。
これ…着て…写真も撮るって言ってたよね…。
こんな写真がもし間違って出回ったりしたら…私、お嫁にいけない…!
そんな不安を助長するかのように、
友人だったはずの3人は、涙を浮かべるほど笑いながら携帯のカメラをセッティングしている。
ハギーは、クラスのものと思われるチェキカメラを持って
私に肉襦袢を無理矢理押し付けた。
「、観念するしかないよ!罰ゲームは、絶対でしょ。」
「ま…真子ちゃぁん…!わ、私のイメージ戦略はどうなるの?アイドルのこんな姿が出回ったら…。」
「普段ののイメージとそんなに差はないから問題ないんじゃない?」
「ハギーは黙ってて!」
笑うハギーに文句を言いつつ、体育座りで泣き真似をする私。
ソっと私の頭をなでてくれたのは、やっぱり瑠璃ちゃんだった。
「ちゃん、大丈夫だよ。何を着てても、ちゃんは可愛い皆のアイドルなんだから。」
「…瑠璃ちゃん…っ。」
「それにさ、こんな肉襦袢を着こなせたら、それこそちゃんは本物だと思うな。」
「……そ、そうだよね!確かに、服なんかに左右される私じゃないよね…!」
「うん、ほらいってらっしゃい。」
「…仕事選んでちゃダメだよね…、うん…頑張るよ!」
更衣室のカーテンを開け、肉襦袢を身にまとう。
極力鏡を見ないようにしながら。
「…スゴイね、君何者?」
「瑠璃はなだめるの上手いからなー。」
「えへへ、ちゃんは素直だからね。」
「素直すぎて時々不安になるけどな、私。」
・
・
・
「…じゃ、じゃあ出るから…」
「こっちの準備はバッチリだからいつでも出て来てねー!」
「……ふう…っ、せー…のっ!」
シャッとカーテンを開けると、一瞬の沈黙があり
1秒後には、大爆笑を始めた皆。
真子ちゃんも華崎さんもお腹を抱えて笑ってるし、
あれだけ優しかった瑠璃ちゃんは、笑いすぎてちょっとむせてる。
ハギーはというと、見たこともない笑顔で床にうずくまって笑っていた。
自分で自分の姿を見てないから何とも言えないけど……
「は、恥ずかしいから撮るなら早く写真撮ってよ!」
「ははははっ…げほっごほっ…はぁ…わ、わかった…。いくよ、はいチー…ズっぶふっ!」
「も、もう終わり!」
笑いながら罰ゲーム用の写真を撮り、床に崩れ落ちるハギー。
それらを無視して、すぐさま更衣室に戻る。
こんな…こんな、辱めってないよ…!!
「……。」
「、めちゃくちゃ面白かったよアンタ!」
「私笑いすぎて写真撮るの忘れてたんだけど、もう1回着てくれない?」
「やだよっ!ヒドイよ、皆!笑いすぎだし!」
「だ…だって…、ちゃんが…なんか…。」
まだ涙を流して思い出し笑いをする3人。
なんかその姿を見ていると、釣られて笑い出しそうになってしまう。
「めちゃくちゃ似合ってたよね、。」
「あ、あんなの似合うわけないでしょ!」
振り返ると、こちらも普段より笑顔のハギー。
ハギーの手元にはしっかりとボディービルダーのようなポーズを決める私の写真があった。
「ぶふっ!だ…だって、あんたあんなに嫌がってたのに、ちゃっかりポーズは決めるんだもん…。」
「それはほら、やっぱりカメラ向けられるとサービス精神がさ…。」
「…まぁ、取り敢えずこれで罰ゲームは終了。楽しかったよ、ありがと。
ちなみに、俺の携帯でも写真撮っておいたからね。」
「ちょっ…ダ、ダメダメダメ!本当にテニス部に回すのだけは勘弁してください!
絶対チェンメにされて待ち受けにすると金運があがるとかデマ広げられる!」
「…フフ、そんなことするはずないじゃん。」
「…え、じゃあ回さないでいてくれるの?」
ハギーにしがみつき、半泣きで訴える私。
優しい微笑みを向けられて、少しドキっとする。
…もしかして、個人的に私の写真を持ってたいってことかな…。
なんて、お得意のポシティブ脳内変換を施していると、
ハギーの顔が楽しそうに歪んだ。
「うん、がこれから俺に逆らえないように、手札として取っておくよ。」
「発想が犯罪者のソレと同じだよ、怖いよハギー!やめてよ!」
「フフ、これ結構似合ってるよ。顔と体の違和感がないもん。」
「もうやめて!これ以上傷を抉らないで!」
私が走って逃げだすと、後ろで楽しそうな笑い声が響く。
…ハギーと賭け事なんて…するんじゃなかった…!
大きすぎる代償と共に、そんなことを一つ学んだ。
氷帝学園祭スタンプラリー★