「ごめん、皆。ちょっと委員会から招集かかってるから行ってくるね。また後でメールする!」
「そっかぁ、いってらっしゃーい。頑張ってね!」
「、私もちょっと後輩に呼ばれててさ。部活の関係でちょっと手伝いに行かないといけないんだ。」
「え!そうなんだ…じゃあ私も一緒に行こうかな…。」
瑠璃ちゃんと華崎さんは、パタパタと廊下を走って行ってしまい
なんと真子ちゃんまで一旦抜けるという。
後でまた集合する約束はしたものの…一人で文化祭回るのも寂しいしなぁ…。
取り敢えず、真子ちゃんについていこうかと思っていると
廊下の角から勢いよく走り飛び出してきたのは、見覚えのある金髪頭だった。
「あっ!見つけた、ちゃーん!」
「わ、ジロちゃん!どうしたの?」
「もう、どこにいたのー!探したC〜!」
「え、ゴメン。何か約束してたっけ?」
いつものように飛びついてきたジロちゃんは、何か焦っている様子だった。
でも、事前に約束とかした覚えないんだけど…。
そんなことをしている間に、真子ちゃんも一言謝ってサッサと走って行ってしまった。
「ちゃん、なんで俺たちのクラスに遊びに来てくれなかったの?」
「行こうと思ってたよー、だけど丁度みんなの時間の都合が合わなかったみたいで…。」
「じゃあ今から行こうよ!俺ねー、ほら見て。宣伝隊長になったんだよ!」
嬉しそうに首からかけた看板を見せてくれるジロちゃん。
天使のような可愛いジロちゃんの笑顔とはかなりギャップのある、男らしい雰囲気の看板。
「ガチンコ縁日クラブ」は、ジロちゃんと宍戸のクラスだったので
丁度今から行こうとしてたんだよね。
「…ジロちゃん、宣伝隊長してた割にはお客さん引き連れてないね?」
「うん!さっきまで非常階段で寝てた!」
「だろうね。なんでジロちゃんをフリーにしちゃったのかなぁ…人選ミスだよね…。」
「ねぇ、いいから行こっ!宍戸も待ってるよー!」
「……まぁ一人になっちゃったし丁度いいか。うん、連れてってくれる?」
「はーい!」
私の手を取り教室まで引っ張って行ってくれるジロちゃんに、
軽く悶えていると後ろから、聞きなれた声が聞こえた。
「。」
「え?…あ、榊先生!」
「あー!監督だ!」
いつも通りの、スタイリッシュ過ぎてついていけない系オシャレスーツを着こなし
颯爽と現れた榊先生は、どうやら校内の見回りをしているようだった。
「そうだ、先生も一緒にジロちゃんのクラスに行きませんか?」
「あっ、それナイスアイデアだC〜!」
「…ふむ。芥川のクラスはどんな展示をしているんだ。」
「縁日でーす!」
ババーンと、首からぶら下げた看板を先生に見せつけるジロちゃん。
それをしばらく見つめた先生は、コクリと頷き私を見た。
「少しなら時間がある。見学して行こう。」
「やったー!先生に見てもらえるよ、ジロちゃん。」
「わーい!じゃあね、こっちでーす!」
こうして、榊先生と愉快なシモベ達の縁日遊びが始まった。
ジロちゃんも嬉しそうだし、先生も少しだけどテンションが上がってるみたい。
機嫌が良い時は、スーツのポケットから手を出して
太もものあたりを指でトントン叩く先生の小さな癖がその証拠だ。
それを見て、何だか私まで嬉しくなった。
・
・
・
「ここっ!ちゃん、見てー!この看板のここのバラね、俺が作ったんだよ!」
「えー、スゴイじゃんジロちゃん!綺麗に出来てるよ、私写真撮っておくね。」
「…中々作りこまれた良い作品だな。」
教室の入り口に飾られたアーチの下ではしゃぐジロちゃんに、
まるで参観日の父親のように隅から隅まで作品をじっくり眺める先生。
幸い、時間帯が良かったからかお客さんはそんなに溢れ返っていない様子。
さっきまで、待ち時間が出て入れなかったって話だし。
私たちがそうして入り口付近ではしゃいでいると、ガラっとドアが開いた。
「うぉい!ジロー、どこ行ってたんだよ!」
「あ、宍戸ー!見てみて、ほらちゃんとお客さん連れてきたC〜!」
「連れてきたって…かよ!たったの1人しか……えっ…いや、え…監督!?」
頭には鉢巻を巻いて、黒い法被を着た宍戸が仁王立ちしていた。
いかにも「男らしい」衣装は、宍戸によく似合っていた。
私を見た後、その後ろに立っていた思いがけない人物に目を見開いていたその時の顔が
面白かったので、取り敢えず写真に収めておいた。殴られた。
「ちょ……ジローなんで監督連れてきてんだよ!やりにくいだろ!」
「えー、でも俺が作ったもぐら叩きとか見てもらいたいC〜。」
「いやいや…。」
「ねぇ、宍戸。何コソコソしてんのよ、早く遊びたいよー。」
「………、…と監督…あの…2人で遊びに来たのか…来たんですか?」
ジロちゃんの頭にヘッドロックを決めながら、
恐る恐る私達…というよりは、先生にお伺いを立てる宍戸。
…先生相手だといつも緊張してるな。
「ああ、少し見学をさせてもらおうと思ってな。」
「…宍戸ヒドイよ!いくら先生が縁日とか似合わなさ過ぎて絵面を想像したら面白いからって「うおおおおおい!何言ってんだ、!」
わざと煽るようなことを言うと、血相を変えて私の口を押える宍戸。
……中々面白い。
普段友達といるときは、誰かに気を遣うなんてこともなく、マイペースにしている宍戸が
監督の前だと、借りてきた猫のように大人しい。
ニヤリと意地悪くほほ笑む私を見て、宍戸が先生に見えない位置からボディーブローを入れてきた。
「それより、ちゃん!早く遊んで行ってー!」
「うんうん!ほら、先生も行きましょう!先生、縁日…お祭りとか行ったことあります?」
「ああ、最近だとスイスのジュネーブフェスティバルに行ったな。」
「ピンとこない!え、そのお祭りってそんな≪近所の夏祭りに友達と行ったよ〜≫みたいなテンションで行けるお祭りじゃないですよね?」
教室へと足を踏み入れると、そこには結構な数のお客さんがいた。
そして、至る所に設置された懐かしさを感じる屋台の数々。
雰囲気作りにはとにかくこだわっているみたいで、
教室全体が昭和を匂わせるような町並みの壁紙で囲まれている。
射的やもぐら叩き、金魚すくい等の、今すぐにでも飛びつきたくなる遊び。
まるで本当のお祭りに来たような感じで、並ぶ屋台に私は思わず声をあげた。
「う…わぁー!スゴイ、めちゃくちゃ作りこまれてるね!」
「…素晴らしいな。この壁紙は…絵か。夕暮れの光の描き方がとても綺麗だ。」
「……ッス。」
グルリと教室を見回して、感動したように褒める監督の言葉に
何故か照れたように俯く宍戸。
なんか…お盆の時にだけ会う親戚に人見知りして恥ずかしがる子供のような宍戸が、たまらなく面白い。
「じゃあじゃあー、監督これ何かわかる?」
そこへ、無邪気にも飛び込んできたジロちゃんが持っていたのは
射的に使うらしいショットガンライフルだった。
「……何故学校にライフルがあるんだ。」
「これ、射的に使うの!」
ジロちゃんが最初に案内してくれたのは、射的の屋台だった。
ひな壇に均等に並べられた大小様々の景品。
しかし、その景品が中々の品物ばかりで少しびっくりした。
ト○ストーリーのフィギュアや、仮○ライダーの大人気変身ベルトだったり…。
隣にいた宍戸に聞いてみると、クラスに玩具メーカー幹部職員の娘さんがいるらしい。
「…ほう、コルク玉か。あれらを狙えばいいんだな。」
「うん!当てたら景品がもらえるゲームでーす。」
そう言って、玩具のライフルを先生に手渡すジロちゃん。
先生は定められた定位置に立ち、ゆっくりとライフルを構える。
その様子を見ていた私と宍戸は思わず顔を見合わせる。
「…ね、ねぇヤバくない?これ、今教室に入ってきた人が見たら…」
「ああ…。明らかにカタギじゃない人がライフル構えてる図だな。」
「あんなにスムーズにライフル構えられるって…玩具のライフルなのになんか銃口定めてるよ!」
「しかも、監督が狙ってるの…くまのぬいぐるみだ。」
そこでたまらず吹き出す私達。
気付かれないように、笑い声を押し殺してみるけれど
先生の姿がシュールすぎて…ヤバイ、写メとって今すぐがっくんや忍足に見せてやりたい…!
パスンッ
「あー、残念でした〜!あと2発撃てまーす!」
「…………。」
「ぶふぅっ!せ…先生、めっちゃ悔しそう…!」
「あ…ああ…。かすりもしなかったな…!」
眼光が段々と鋭くなる先生と、能天気に嬉しがるジロちゃんとの温度差が面白すぎて…!
私と宍戸は互いに、肩を叩き合いながら必死に笑いを堪えた。
パスンッ
ポコンッ
「………。」
「惜し〜い!!もうちょっとで落ちるところだったのにー。」
「…っく……せ、先生…惜しかったですね…!」
ついに最後までくまのぬいぐるみを落とせなかった先生が、静かにライフルを下ろした。
震える肩をなんとかバレないように、先生に慰めの言葉をかけてみると
意外にもその目は冷静だった。
「……。」
「はい?」
「私の自宅に狩猟用の散弾銃がある、それを持って来させよう。」
「怖い怖い怖い!え、先生ダメですよ!」
「しかし、このコルクではあのぬいぐるみを到底落とすことは出来ないだろう。」
全く何を考えているのかわからない無表情で爆弾発言をする先生。
ヤバイ、教師の思考回路ヤバイ…。
首を傾げながら、もう一度くまのぬいぐるみを見つめる。
…なるほど、確かにあのぬいぐるみはかなり重量がありそうだ。
「……射的って、結構コツがあるんですよ。」
そう言って、先生がおろしたライフルを手に取り構える宍戸。
パンパンパンッと連続で放ったコルクは
ちょうどぬいぐるみの足の部分に連続して当たった。
連射することで威力が強まったのか、ストンと奥に落ちるぬいぐるみ。
ジロちゃんが大はしゃぎで、手に持ったベルを鳴り響かせた。
「宍戸おめでとー!はい、コレー!」
「いや、俺がもらっても仕方ねぇし。……やるよ。」
「え?いいの?」
「おう。」
私の手にくまのぬいぐるみを押し付ける宍戸。
…うん、実はちょっと可愛くて欲しいなと思ってたけど…ラッキー。
「じゃあ遠慮なく…ありが………」
そう言いかけた時、隣からものすごく強い視線を感じた。
宍戸もそれは同じだったようで、2人でゆっくりとその発信者を辿ると
「……せ、先生、も欲しかったんですか?」
「…………………いや、が持っていなさい。」
絶対欲しかったんだな。
長すぎる間で、私も宍戸もさすがに気づいてしまった。
フいと、何でもないように立ち去った榊先生を見て、2人でまた笑った。
なんだか今日は、「監督」としての先生じゃない一面がたくさん見られて楽しいな。
そんなことを思っていると、ピリリと携帯の音が鳴り響いた。
先生のものらしく、しばらく話したかと思うと私たちの方へと歩いてくる。
「すまないが、用事が出来た。」
「あ、わかりました。」
「えー、監督行っちゃうのー…。」
シュンとするジロちゃんに、やっぱりいつもより少し優しい目をした先生。
そして、宍戸は何かを思い出したように教室の入り口付近にある受付へと走った。
何かと思い、3人でそれを見守っていると
袋のようなものを持って戻ってきた宍戸。
「あ、あの。これ…参加してもらったお客さんに渡してる駄菓子の詰め合わせ…です。」
「…………。」
「……す、いません監督は食べない…ッスよね。」
「いや、いただこう。…初めてクラスの出し物を体験したが…中々楽しい一時だった。」
宍戸の手から、先生に似合わなさすぎるうまい棒やキャベツ太郎が入った駄菓子セットを受け取り
一言「行ってよし」と言い残して、立ち去る先生。
……あのセリフって、自分が立ち去る場面でも使用される例があるのか。
ジロちゃんは大きく手を振って見送り、宍戸は少し頬を赤くしてハニかんでいる。
2人とも嬉しそうな顔しちゃって…。
普段あまり見られない、先生とテニス部員の交流は不思議と私の心を温かくした。
・
・
・
「それでは、限定イベントの≪金魚を救ってがっぽがぽ≫をはじめまーす!」
先生が出て行ってしばらくすると、
受け付けにいた女の子が大きなメガホンを持って
教室中に声をかけ始めた。
一緒に遊んでいたジロちゃんと宍戸に聞いたところ、
時間限定で教室中央にある巨大な金魚すくい用の水槽で
イベントを行っているらしい。優勝者には商品もあるとか。
「勝負と聞いたら黙ってられないわね…。」
「じゃあ3人で勝負する?1番少なかった人は罰ゲームとかどう?」
「へへっ、後悔すんなよ。俺、めちゃくちゃ得意だから。」
「あらあら、それは私が関東地区小学生金魚すくい大会第3位の実力者だと知っての挑戦?」
「俺だって結構得意だC〜。じゃあ決まりね、エントリーしてこよーっと。」
早速、受付係に3人分の名前を伝えたらしいジロちゃんは
金魚すくい用の「ポイ」を持って、パタパタと走ってきた。
「はい!結構人数集まってるからもうすぐ始まるって!」
「おっしゃ、サンキュ。んーじゃ、軽く優勝してみますか。」
「わー、完全にそれ宍戸の敗北フラグだわ。あんた気づいてないかもしれないけど、
それ言う時大体いつも負けてるからね。」
「なっ…、こ、今回は自信あるから大丈夫だ!」
「これって、他人のポイに金魚投げつけて破るのはルール違反なのかなぁ?」
「もうその発想が出ること自体が怖いよ、ジロちゃん!姑息すぎるだろ!」
「俺、ちゃんの隣に座ろーっと。」
怖すぎる天使に完全にロックオンされてる…。
微妙に距離を取りながら定位置につくと、競技スタートの笛が鳴る。
…なんか懐かしいな。
小さい頃に、お母さんお父さんと行ったお祭りの風景が
フと頭に浮かんで、自然と笑顔になっていると
隣から容赦なく金魚が飛んできたので、さすがにジロちゃんに制裁を加えた。
ピーッ
「そこまでです!手を止めて下さい!」
「それでは、審判員が皆様のところに数を確認しに行きますのでそのままでお待ちください!」
やりきった…。
私の手元の入れ物にはおびただしい数の金魚たち。
ジロちゃんからの無差別テロ攻撃を華麗にかわしながら
ここまですくえたのは正直天才だと思う。
チラリと、ジロちゃんの手元を見ると
あんな卑怯すぎる手段を使いながらもまぁまぁの数。
そして、宍戸は
「ぶふぅっ!い…いやいや…え、宍戸なにそれ。」
「……うるせぇ。」
「うわー、片手で数えられるぐらいしか入ってないねー。」
「し、仕方ねぇだろ途中でデカイ出目金が破いていったんだよ!」
涙目で訴える宍戸は、やっぱりフラグを忠実に守る人間だ。
審判員が数えるまでもなく、3人の中では最下位となった宍戸に
私とジロちゃんは取り敢えず、宍戸が怒鳴りだすぐらいまで笑い続けた。
「では、この時間の優勝は…さん、58匹です!」
どよっとギャラリーが沸いた。
わかる、これは歓声ではない。軽く引いてる。
「お…まえ…、なんか色々通り越して気持ち悪いな。」
「すごーい、ちゃん!金魚にはモテるんだねー!」
「金魚には、って何。」
そして段々と湧きあがった拍手に、照れながらもぺこりとお辞儀をすると
優勝賞品らしい駄菓子の超特大セットが手渡された。
・
・
・
「んー、じゃあどうしよっかなー、ふふっ。」
縁日を思う存分満喫した後、
教室を出てすぐの休憩スペースに座る私達。
最下位の恐怖に震える宍戸と、
1番気楽な様子のジロちゃん。
「じゃあ、この窓から好きな子の名前叫ぶとかはー?」
「好きな奴とかいねぇし!」
「良かったら、利子付で私の名前貸そうか?ほら、叫べばいいじゃんが好きだーって。」
「そんなこと叫ぶぐらいなら、ここから飛び降りる。」
「命と天秤にかけるレベルの話なの!?失礼すぎるだろ!」
真顔で、言い放つ宍戸は本当にやりかねない。
…まぁ、よく考えるとそんなこと叫ばれたら私も不利益を被る気がするので、却下。
「……うーん…宍戸が嫌がること…嫌がること…。」
「お前、マジで性格悪いな。」
「罰ゲームなんだから当然でしょー。……ん、あ!思いついた!」
「うわー、ちゃん嬉しそう!」
例えばこの対象がジロちゃんやがっくんなら、積極的に恥ずかしがることなんかをしてもらって
その姿を堪能したりするのも良い。でも、宍戸の恥ずかしがる姿なんて、どっちかと言えば見たくない。
ならば、嫌がることに絞るしかないよね。
嫌がることと言えば…
「榊先生に、≪俺、監督ともっと仲良くなりたいです!≫って伝える。」
「あははは!それめちゃくちゃ楽しそう!いいじゃんいいじゃん!」
「じょ…冗談だろ、マジ無理。行ってよしポーズで目刺される。」
「あの指は別に凶器じゃないからね。いいじゃん、宍戸は先生のこと尊敬してるんでしょ?」
腹を抱えて笑うジロちゃんに、帽子を顔にかぶせてフルフルと頭を揺さぶる宍戸。
…我ながら、かなり良い罰ゲームだと思う。
「…それにさっきさ、先生ちょっと嬉しそうだったじゃん。」
「どこが!いつもと別に変わらなかっただろ。」
「いやー、あれは喜んでた。基本的に構われるの嫌いじゃないはずだもん。ほら、行くよ。」
「無理無理無理だっつってんだろ!やめっ…やっ、つっ、強いんだよ力が!いてぇっ!」
ジロちゃんと一緒に宍戸の両足を持って、廊下を引きずる。
目的地は、先生のいる職員室!
…ああ、なんか想像するだけで笑える。
・
・
・
「……マジで行くのかよ。」
「当たり前よ。大丈夫だって、本当の気持ちを伝えればいいだけでしょ。」
「べ、別に仲良くとか…万が一変な意味に捉えられたらどうすんだよ!」
「それはそれで面白い!ほらGO!」
職員室の前に立つと、顔を真っ赤にして最後の抵抗をする宍戸。
しかし、そんなことが許される世界じゃないのは知っているはずだ。
氷帝テニス部が誇る、ミスター残虐天使のジロちゃんが
渋る宍戸に代わって、職員室の扉をガラガラと開いた。
急いで隠れる私とジロちゃん。
いきなり職員室に放り込まれて放心状態の宍戸。
「…宍戸か、どうした。」
丁度、扉を開けてすぐ隣にあるコピー機の前に立っていた先生が
宍戸に声をかけた。上手く行き過ぎなタイミングに、声を殺して私たちは笑った。
「えっ…あ、…あ、すいません、あの…。」
「なんだ。」
「…その…俺、監督に…ちょっと伝えたいことが…あって…。」
「聞こう、言いなさい。」
コピー機を止めて、宍戸に向き直る先生。
腕を組んだまま立つ先生に、明らかにびびっている宍戸は
ここから見てもわかるほどに汗がダラダラと流れていた。
「……っあの…!」
「早くしなさい。」
「……俺、…あの、俺監督と…もっと仲良くなりたいです!!!」
想像してた以上に緊張していたのか、
職員室に響き渡るほどの大声で叫ぶ宍戸。
固まる榊先生。
異様な空気に包まれる職員室。
廊下で無音で笑い転げる私とジロちゃん。
「…………どういう意味だ。」
「え…いや、あの意味とか…っていうか…。」
「……私としては監督という立場である以上、必要以上に慣れ合うのはどうかと思う。」
「……そ、そう…ですよね。」
ふ…ふられてる…!
真面目に先生のお説教モードが始まってしまったことで、
さらに腹筋が崩壊する私達に、次第に顔の筋肉が固まっていく宍戸。
「…まぁ、しかし教師として悪い気はしないのも事実だ。」
「…………。」
「監督ではなく、あくまで教師と生徒としてなら問題はないだろう。」
「……ッス。」
「…これから、昼休みのティーフレンドとしてお前を招待してやろう。」
「……テ…ティーフレンド…?」
「昼休みの時間は、毎日音楽室で紅茶を飲んでいる。そこに明日から来なさい。」
「……あ、あの、それって、他にもフレンドがいるん…ですか。」
「………喜びなさい。お前が1人目だ。」
「「ぶふぉっ!!」」
とうとう堪えきれずに吹き出した私たちは涙を流していた。
す…スゴイよ宍戸…、榊先生のティーフレンドとか超尊いじゃん…!
ジロちゃんと肩を叩き合って笑っていると、宍戸の震える声が聞こえた。
「あ…ありがとうございます…。でも、一ついいですか。」
「なんだ?」
「……芥川とも、フレンドにしてやってくれませんか。」
「…もちろんいいだろう、3人で遊びに来なさい。いってよし。」
妙にスッキリとした顔で、職員室を出てきた宍戸。
友人を道連れにした反逆者に襲い掛かる私達。
廊下で始まった大乱闘に気づいて職員室から出てきた先生は、
やけに楽しそうで、私たちはなんとなく喧嘩するのも忘れてしまった。
「……監督嬉しそうだったな。」
「…だから言ったじゃん。喜ぶはずだって。」
「……俺、がっくん達も連れていこっと。」
本当に今更だけど、急激に近づいた先生との距離に3人で笑った。
氷帝学園祭スタンプラリー★