「うっわ…これ、今日中に入れるのかな…。」
私達4人は廊下でただただ立ち尽くしてた。
教室の前を埋める何十人もの女の子。
このフロア全体に響き渡るような黄色い声援。
今年の喫茶部門で余裕の最有力候補とされている跡部のクラス。
「KING ON STAGE」という、タイトルだけでも1日笑えるぐらいだけれど、
きっと…この喫茶自体のコンセプトもそういうことなんだろう。
あの自分大好き王国の王様がメインなんだろう。
そう考えると、全くもって興味はわかなかったけれど、
我がクラスのミーハー代表、華崎さんの強い希望で私たちはここに立っていた。
もちろん真っ赤なKINGTシャツに着替えている女の子ばかりだったので、
私と瑠璃ちゃん、真子ちゃんは明らかに浮いていた。
「ふっふっふ…その辺は抜かりないから任せておいてよね。」
そう言って、ポケットから何かを取り出した華崎さん。
手元の紙切れをよく見ると「優先入場券」と記されていた。
「うわー!ス、スゴイじゃん華崎さん!それ、どうやって手に入れたの?」
「ふふ…ちょっと学園祭実行委員会の特権でね…!まぁ、このために委員会に入ったと言ってもいいぐらいだけど。」
華崎さんによれば、この入場券があると
少し待ち時間が軽減されるらしい。さすが、ぬかりない。
この入場券で4人までは入れるらしいので、
なんとか女の子の波を掻き分けて教室の前まで行ってみると
外観が、もはや学園祭のレベルではなかった。
ビカビカと光るネオン看板。
派手なだけかと思いきや、色合いが落ち着いているためか
なんとなく気品漂う雰囲気になっている。
そして、受付の女の子からウエイターをしている男の子まで、
全員の衣装が、中世ヨーロッパの貴族をモチーフにしたような
繊細な作り込みだった。これもう絶対学園祭じゃないよ、商業施設じゃん。
「わー…すごい、この内観って…ヴェルサイユ宮殿?」
「あー、それだ。この前歴史の資料集に載ってた写真に似てる!」
瑠璃ちゃんと真子ちゃんが、携帯の写真で天井から壁に至るまで撮影している。
煌びやかなテーブルやチェア、そして壁には肖像画風の油絵まで飾っている。
「…ぶふっ!み、見て真子ちゃん!あの肖像画…!」
「え?う、わスゴイ跡部君じゃん。」
「ヤバイ、めっちゃ面白い。写メ撮っておこう。これを見ると良いことがあります、みたいな
スピリチュアルな感じのチェンメ作れそうだよね、これで。」
「えー、この肖像画超素敵だよー!家に欲しい!」
全くベクトルの違う反応をする華崎さんに、カルチャーショックを覚えつつ
私たちは入り口付近の受付で待機していた。
少しして、席が空き4人席へと案内された。
メニューから、何からレベルが高すぎてとてもじゃないけど、敵う気がしない。
「…スゴイよね、この喫茶。この金のかけ方だったら勝って当然じゃない?」
「ま…まぁ、確かにそういう風に思っちゃうよねー…。」
「跡部が、張り切ってたし相当だろうとは思ってたけど…。」
「……ん?ねぇ、皆見て。このメニューなんだろう。」
席についても落ち着かず、キョロキョロと店内を見渡していると
真子ちゃんが、私たちの目の前にメニューを広げた。
「……≪王室御用達 キングのティーパーティ≫…?」
「…ものすごく嫌な予感のするメニューだね…。」
「あ、これ事前に噂になってたの!このクラスの子がイチオシしてたから、皆これにしよ!お願いしまーす!」
「問答無用すぎだよ、華崎さん!」
あっという間に、私たちのメニューは怪しげなものに決定されてしまった。
1人だけキングTシャツも着て、ノリノリな華崎さんが楽しそうだから、まぁいいけど…。
そして、5分ほど経った。
まだ商品が出てこないことを疑問に思っていると、
突然店内の電気が全て消灯した。
あちこちからあがる悲鳴に、スタッフの子達は動じることもなく
壁際に整列して、敬礼している。
段々と声も落ち着き始めた時、
急にズドンと内臓に響く音が教室中に鳴り響いた。
室内をスポットライトが駆け巡り、
スタッフたちの大きな手拍子が始まる。
つられて私達も手拍子をしていると、
教室の奥に設置されていた不自然な舞台から、
文字通り跡部が飛び出してきた。
「「「キャーッ!跡部様ー!!」」」
鳴り響く重低音。
沸き起こる歓声と、拍手。
キメ顔でスポットライトを浴びる跡部。
笑い転げる私。
しかし、そんな笑い声が跡部に届くこともないほどに
室内のテンションは上がっていた。
これが「KING ON STAGE」か…。絶対この氷帝学園の中で
跡部にしか出来ない、わがままプログラムだろ、これ…!
光悦とした表情で歓声を浴びる跡部が、いつものように
パチンッと指を鳴らすと、まるで生まれる前から
脊髄反射的に刷り込まれていたかのように、歓声が収まる。
一瞬シンとした室内で、胸元につけたピンマイクを通して声が響いた。
「…俺様のティーに酔いなっ!!」
「「「っきゃぁあああああ!!」」」」
「ごふぉっ!あはっ、あははは!もうやめて、マジでまじでお腹痛い!」
「ちょ、見てみな。ほら、跡部君マイク構えて歌い始めたよ。」
「まじで何なのこの喫茶!私大御所演歌歌手のディナーショーにでも迷い込んだのかな?」
隣にいる真子ちゃんの声も、耳を近づけてやっと聞こえるぐらいの
大きな歓声と音楽に包まれた室内。
舞台上の、迷台詞量産キングはマイクを握りしめながら
アイドルのように堂々と歌い始めた。
「俺様が〜そうKINGだ、ティーを入れろ!」
「搾り取って〜やる、お前の魂・有り金・ティーパーティ!!」
「……めっちゃ謎曲だよね。」
「…うん、でもなんか跡部様が歌ってると讃美歌に聞こえるよね…。」
「末期だね、華崎さん。」
「…え、ちゃん大丈夫!?息出来てる!?」
「ひぃっ…あはっ…ぶふっあぁもうダメだ、全身の筋肉が痙攣しそう。」
「……あそこまで堂々と出来るのはある意味尊敬だよね。」
作詞作曲家を今すぐ連れてこい、と言いたくなるような
斬新な曲をご機嫌で歌う跡部を見ていると、面白すぎて呼吸困難になってしまう。
テーブルに突っ伏し、笑いすぎて何度も頭をぶつける私の背中を、瑠璃ちゃんがさすってくれた。
ただ、このクラスのスゴイところは
こんな「跡部万歳」の喫茶でありながら、誰一人それに反抗することもなく
むしろお客さんよりも、店員であるクラスメイトの方が楽しんでると思えるような
異常な盛り上がりようだった。女子だけではなく、男子までサイリウムを振り乱している。
なんだろう、跡部のクラスってこんな宗教色帯びてたっけ…?
段々と、このクラスの方向性が心配になってきた時、
さらなる試練が私を襲った。
「さぁ、淹れてやーるー!差し出せ俺様の〜前にー」
「…ぶっふぉっ!ちょっ…ちょ、ま…真子ちゃ…!来るよ、跡部…!なんか…
ティーポット持って歌いながら…あっははは!各テーブルに……ダメだもう、笑いすぎてなんか漏れそう!」
「…ヤバイね、なんだろうこの変な歌ちょっと癖になるよね。」
「……それに、やっぱり跡部君カッコイイし…、ひきつけられる魅力があるよね。」
「跡部様ーっ!こっちへお願いしますー!目線ください!目線くださっっきゃあああああああ!」
従者っぽいスタッフの子に渡されたティーポットを持ちながら、
本当にディナーショーのように各テーブルをまわる跡部。
誰だろう、このプログラム考えたの。
何かつっこみどころがありすぎて、ここに忍足つっこみ係長がいたら
重度のつっこみ連打により、息も絶え絶えだったい違いない。
しかし、心底恐ろしさを感じるのは跡部の持つカリスマ性。
隣で一緒に笑ってた瑠璃ちゃんや真子ちゃんも、
段々と跡部の世界にハマっていってるようで、
華崎さんに至っては、少し目線を送られただけで硬直して倒れてしまった。
私には、跡部の魔法がかかりにく体質なのかわからないけれど
もうなんかこの教室の雰囲気が面白くてしかなかった。
見たことある。この景色…ライオンキングのシンバが生まれるシーンで見たことあるよ!
そして、≪キングのティーパーティ≫を注文した私たちの元にも
当然跡部はやってくる。どうやったらそんな歌詞覚えられるんだというような、
謎の歌詞を、ビブラートを効かせながら歌い迫る王様に、いよいよ涙が出てきた。
今年1番笑ってるかもしれない、私。
スタッフの子に指示された通り、両手でティーカップを持ち
跡部に捧げるようにすると、ツーッと跡部の手元からティーが注がれる。
……一昔前のなんでもありのテレビ世代でも、こんな謎企画通さないだろ。
スポットライトを浴びても、毛穴一つ目立たない恵まれた顔で
皆の歓声が心地よいのか、嬉しそうに微笑む跡部。
散々大御所歌手のような演出で煽っていたからなのか、
今目の前にいる跡部が、いつものテニス部の部長ではなくて
ちょっとした芸能人のように見えた。
それぐらいのキラキラオーラを放ちながら、
颯爽とティーを注いでいく跡部。
3人に紅茶が注がれて、ついに最後は私だった。
歌っている跡部と、ハッキリと目が合ったので
ヤバイ、何か言われるかもと思っていると
そんな顔、見たことないぞってぐらいの優しい笑顔で
キラキラ光線を放った。
変な歌詞が段々と頭に刷り込まれて、私までおかしくなったのかもしれない。
ついにラップまで歌い始めた跡部が、カッコよく見えてしまった。
・
・
・
「はー、跡部様のステージ最高だったねー。」
「始まった時は、どのタイミングで逃げようかと思ったけど…。」
「でも、なんか引き込まれたよね。びっくりした…!」
跡部のステージが終わり、喫茶店内にまた穏やかなクラシックが流れ始めた。
なんだか、悔しいほどに頭の中が跡部でいっぱいだ。
あのギャグとしか思えない演出に、跡部を投入するだけで
ちゃんとお客さんを満足させられる商品になるんだから、スゴイよね。
「ちゃんは、笑いすぎだったよね。」
「そうよー、跡部様に失礼だし!あー、この紅茶マジ尊い…。」
「華崎さん、段々洗脳されてきてるね…。」
「ま…まぁ、でもこの内容なら私たちの喫茶にも勝機があると思わない!?」
大きな声では話せない内容なので、小声で皆に伝える。
真子ちゃんはうんうん、と頷いて
華崎さんは、この店内の豪華さと跡部様を持って来られると敵わないよ、という感想。
瑠璃ちゃんは、少し難しい顔をして
「…豪華さやステージとは関係なく、レベルが高いと思うよ。」
と意味深なことを言っていた。
「…ごめん、ちょっとお手洗い行ってきていいかな?」
「うん、いってらっしゃい。」
まだ他の3人が紅茶を飲んでいたので、
少し失礼して教室の外へ出る。
まだまだ物凄い人数が並んでいたので
早く出ないといけないなー…なんて思っていると、
丁度、教室の後ろの扉から人の声が聞こえた。
…どうやら、この内側は喫茶の裏方にあたるらしく
スタッフの声が廊下に少し漏れているらしい。
なんとなくだけど、立ち止まってその内容を聞いていると
どう考えても聞き覚えのある声が1つ混ざっていた。
「2番テーブルの3人連れがいただろ、おさげ髪の雌猫にブランケットだ。」
「おう。寒かったのかな?」
「冷房調整はしなくていい、ほとんどの客は半袖でも問題なさそうだからな。」
「4番テーブルにダージリン2つ!」
「4番…おい、そのテーブルシュガーを余分に持っていけ。」
「え?なんで?」
「パンケーキに尋常じゃないはちみつかけてただろ。恐らくお子ちゃまの甘党だ。」
「すげぇ、跡部!行ってくるわ!」
「跡部ー、2番テーブルの女の子にブランケット渡したらめっちゃ喜んでた!
なんか俺まで嬉しいんだけど!」
「それでいい、休憩まであと30分だ。気合入れていけ。」
・
・
・
「お、跡部。」
手をブラブラさせて、自然乾燥させながら
トイレから出てきた私。
前方から、珍しく一人で歩いてきたのは間違いなく跡部だ。
跡部も私に気づいたらしく、
ちょっと今の感動を彼に伝えようと笑顔で近づくと
「ねぇ、スゴイねあのっごっふぁ!」
「…てめぇ…、俺に聞こえてないとでも思ったか。」
「い…っ!ちょ…、不意打ちラリアットはエグイよ!」
「バカみてぇにゲラゲラ笑いやがって、あの場で処刑されなかったことに感謝しろ。」
いきなり走り出して、豪快なラリアットを繰り出した跡部。
廊下に女子とは思えない体勢で転がる哀れな少女。
…最後に見た跡部の笑顔は幻かと思う程の、邪悪な形相に
軽く震えあがった。ヤバイ、めっちゃ怒ってるじゃん。
「ちょ、ちょっと待って、あの話そう!話せばわかる!」
「アーン?この期に及んでいい訳か。まぁ、どうせ最期だ。聞いてやってもいい。」
「最期って何だろう、怖い。いや、あのー…まぁ、正直最初は跡部の奇行に笑ったよ。待って、拳下ろして。」
トイレの前で、一触即発の雰囲気を纏いながら
対話を試みる。跡部が段々真顔になってきてるのは、
そろそろ危ないシグナルだ。なんとか宥めないと私に明日はない。
「そ、それに。こんな豪華な装飾に商品用意されたら勝ち目ないじゃんって…。」
「………。」
「なんかズルイなぁ、とか思ったんだけど…あの、さっき跡部が裏方で話してるの聞いちゃってさ。」
「…裏?」
「跡部が指示出して、お客さんにブランケット渡したりさ…本当よく見てるなぁ、と思って。」
「…盗み聞きか。」
「ゴメンッ!いや、でも本当それでハッとしたんだよ。私。」
今、話している気持ちは事実だ。
瑠璃ちゃんが意味深に言っていたセリフの理由がわかった気がした。
腕を組みながら私を睨む跡部のオーラが少しだけ柔らかくなった。
「うちのクラスも、喫茶で優勝してやる!って意気込んでるんだけど…
そういうサービスというか…何だろう、お客さんを喜ばせる、っていう面で
跡部のクラスはスゴイなぁ、と思った。」
「……はっ、ちょっとはマシな言い訳考えたじゃねーの。」
「いや、本当マジで思ったよ。跡部がただ単に目立ちたいだけのお店かと思ったけど、
フと店内を見渡すと、みーんな笑顔だったし。」
「………。」
「それに、跡部以外のクラスメイトも皆やっぱりレベルが高いよね。
跡部だけじゃなくて、皆気配り上手でさ…。正直見くびってたよ。」
「………。」
「ステージの時もさ、跡部が私に紅茶淹れる時絶対睨まれる!とか何かされる!って思ったんだけど…
その、ほら、なんかキラッって…笑ってくれたじゃん。」
言いながら、あの時の跡部の顔を思い出してしまい
なんとなく赤くなってしまう。…うん、あれは良かった。
「すっごくカッコよかったよ!皆が好きになる気持ちがちょっとぼふぉぉぅっ!!」
感動を素直に伝える私に、急にモンゴリアンチョップをかます跡部は
情緒不安定なのでしょうか。マジで今の攻撃は意味わかんない!
肩を抑えて崩れ落ちる私を無視して、男子トイレに入ろうとするので
なんとか足首を掴んでやった。
「な…何よ、いきなり!褒めてるのに!」
「………。」
それでも、こちらを振り向きもせずトイレに突入しようとするので
強引に肩を掴んで同じくモンゴリアンチョップで仕返ししてやろうとしたけど
振り向いた跡部の頬が、ほんのり赤くて
一瞬動きが止まってしまった。
気まずそうに目線を逸らすけれど、
これは…、うん、絶対にそうだよね…。
「………あ…。ふっ…ふふ、照れてるんだ?」
「……んなわけねぇだろ、この場所が暑いだけだ。」
逃げるようにしてトイレに入って行った跡部。
面白かったのでついて行こうとすると、盛大に蹴り出された。
…さっきまであんなに怒ってたとは思えないな。
本当に素直に思った気持ちを話しただけだったけど、
まさか、褒め殺しに弱いとは思わなかった。
普段から褒められ敬われることが大好きな奴なのに、不思議。
跡部が跡部らしくない可愛い行動をしたもんだから、
不覚にもニヤけてしまった。
氷帝学園祭スタンプラリー★