「うぅー、今日は本当寒いね。」
「ねー。なんか、明日は雪降るかもしれないらしいよ。」
「マジで?どうりでこたつから出られない訳だー…。」
そう言って身を震わせる真子ちゃんは、また1つこたつの上に置いてあるみかんを手に取り食べ始めた。
高校生になってからもよく遊ぶ真子ちゃんに、瑠璃ちゃんに私。今日は華崎さんはバイトらしい。
外は寒いからと、私の家に集まりこうしてこたつの中で3人丸くなっている。
特に何をするでもなく、だらだらと放課後にこうしてお話をしたりする時間が
最近はとても楽しい。皆といると落ち着くからなのかなぁ。今日もお泊りしていってくれないかな。
「あ、そういえば今年のクリスマスってちゃんは跡部君とどこ行くの?」
「…まだ、何も話してないけど…。」
「去年はサプライズの夜景クルージングだったんでしょ?いいなぁ、ロマンチックで。」
「もしかして今年も何か用意してくれてるんじゃない?愛されてるなぁ、ちゃん。」
「そ、そそそそうかな?えへへ…まぁ、確かに去年のクリスマスはびっくりしたけどね!
あ、瑠璃ちゃんその時の話私したっけ?」
「うん、7000回ぐらい聞いたから大丈夫だよ。」
「そ、そっか…。あ、でも言葉では補いきれない部分を補完するために文章におこしたバージョンは「それもコピーもらったよ。」
にっこりと私が立ち上がろうとするのを止める瑠璃ちゃんに、あははと苦笑いする。
…嬉しすぎて、そんなに話してたんだなぁ…申し訳ない。
さすがに7000回は言い過ぎだと思うけど、瑠璃ちゃんにとって私の
ダラダラと無駄な部分だらけの長い惚気話は相当辛いモノなのだろう。ごめん、瑠璃ちゃん。
「じゃあ今年は2回目のクリスマスってことね…。そろそろも大人の階段上っちゃうんだー。」
「な、何!?大人の階段って具体的に何の事、真子ちゃん?」
「…そりゃあんた達も恋人になって結構経つんだし、キスからちょっとぐらい先に進んだっていいんじゃない?」
「え?!!?」
「え?!な、何瑠璃ちゃん?」
「…え…、ちゃんと跡部君って……その、キスまで…」
「あ!…あはは、そっか瑠璃ちゃんには詳しく言ってなかったかもしれないけど、
実は…もうキスはしたことあ「キスまでしかしてないの?」
その瞬間、ピンと空気が張り詰めた。
……ん?まだってなんだろう…?まだ…?
「…ん?どうしたの、瑠璃ちゃん?」
「いや…い、いや、そっか!じゃああれはやっぱり噂だったんだ…ごめん!気にしないで!」
「気になるよ、何その誘い受け!」
「…ちょ、ちょっと跡部君の中学時代の噂を思い出しちゃって…。」
「…あー、確かに跡部君って歴代付き合った女の子とは大体そういうことしたって噂聞くよね。」
「いきなり破廉恥な話題ぶち込むのはやめて!心の準備させてよ!」
「でも、本当に噂に過ぎないからね、ちゃん!跡部君って目立つからありもしない噂だけが出てるだけかもしれないし…」
「あの跡部君だもん、女の子とそういうことしてても違和感ないけどねー。」
「ま、真子ちゃん!ちょっと今ちゃん頭パンクしてるみたいだから…。」
確かに考えたことがなかったわけじゃない。
私達が付き合い始めて、もう2回目のクリスマスを迎えようというのだ。
世間一般でいうところのカップルが、平均的に
何か月後に初チューをして、何か月後に初めて結ばれるのか…
そんなことを特集した雑誌はもう何十冊と読み漁った。
でも、毎回思うのは「…まぁ、でも私達にはまだ早いよね!」ということだった。
だって…恥ずかしながら未だに私達の間の空気、というか雰囲気は友達の延長線な感じだ。
だからといって、それが嫌なわけじゃなかった。
むしろ、友達みたいな関係だからこそあの跡部の彼女をやっていけてるのかもしれない。
跡部がもし、今までの彼女や女の子たちに向けるような
甘い視線を毎日私に注いだとしたら…私はたぶん恥ずかしくて何もしゃべれなくなると思う。
だって、カッコイイから。
ルックスはもちろんのこと、高校生になって身体もどんどんたくましくなり
なんというか、ものすごく…本当にものすごく男らしく、カッコよく育ってしまった。
そんなカッコイイ跡部を、カッコイイと私は言わない。
何故ならなんとなくそれは負けた気がするから。悔しいから。
そして跡部も私を彼女扱いしない。可愛いなんて今まで言われたことも無い気がするし、
未だに何かあるとすぐに拳を振りかざすスタイルには本当に苦労している。
高校生にもなって学校内でコブラツイストをかまされてるとは、小学生時代の無垢な私は想像もしていないだろう。
まぁ、でもそんな感じで接しているので私達に世間一般の感覚はあてはまらないと思う。
…つ、つまり何が言いたいかというと
「…わ、私達にはそういうのはまだ早いから…。」
「それ1年前にも聞いた気がするんだけど。」
「そ、そうだよね!まだ早いよ、私だってまだだもん!」
「瑠璃ちゃん…!」
「まぁ、普通の人ならそうかもしれないけど跡部君はなんでには手を出さないんだろうってこと。」
「真子ちゃんは相変わらずズバズバ核心を突くよね…!」
なんとかこの話題から私を守ろうとしてくれる瑠璃ちゃんとは対照的に
無邪気な疑問を全力投球してくるソフトボール部期待のエース、真子ちゃん。
「…ちゃん、お家で遊ぶときとかにそういう雰囲気になることとか…ないの?」
「えっ…いや、いつも大体…最終的には跡部が私の家のドアを蹴って出ていくことが多いかな…。」
「いつも喧嘩してるんじゃん。それじゃ、進展もしないよねー。」
「したくてしてるんじゃないよ!でも、跡部が小姑みたいにほこりが溜まってるだの、冷蔵庫が汚いだの言うから…!」
「そっか…。じゃあ、ちゃんは今のままずっと…そのままがいい?」
瑠璃ちゃんが2個目のみかんに手を伸ばしながら何気なく呟いた言葉に、
思わず思考が止まる。
……私がどう思うか…?
そ、れはきっと「まだ早い」って思う…けど…
でも…
「エ、エッチとかはまだ早いと思うけど…」
「「けど?」」
「……ちょ、ちょっとは恋人らしく…なんていうか…イチャイチャ?…とかは、してみたいかも。」
脳内から精一杯かき集めた語彙で伝えると、シンとその場が静まり返る。
じわじわと耳まで真っ赤になる私を見て、
2人がほぼ同時に吹き出した。
「あはは、も女の子だねー。」
「べ、別にそんなめちゃくちゃしたい!とかじゃないよ!ただ、ちょっとだけ!ちょっとギュってしたり…」
「跡部君最近ますますカッコよくなったもんねー。」
「そうなの!そうなんだよー…だからちょっと、最近うっ…てなっちゃうんだよね。」
「何それ。」
「…中学の時からルックスはいいのに中身は子供で残念だったからこそ、全身全霊でこいつ残念だな!って馬鹿にしてたんだけど…」
「彼女の言う台詞じゃないね。」
「でも、なんか最近…フとした時にこう…なんていうのかな、男っぽいというか…カッコイイんだよなぁ…。それがなんか恥ずかしいの。」
跡部がフと見つめてくるときの視線とか、中学の時よりゴツゴツしてきたような手のひらとか、
そういうのを感じる度に、どんどん跡部が遠い存在になっていくようで焦ってしまう。
跡部はどんどんカッコよくなっていくのに、私はいつまでたっても変わらずメスゴリラ系女子。
…私がこんなんだから、跡部も私に「女」を感じる瞬間なんてほとんどないだろう。
キスしたり、手を繋いだりするときも、もしかしてこれおばあちゃんが孫にすりすりする感覚でやってるんじゃないかと思うこともある。
「なんでよ、そう思ったことを素直に伝えたらいい雰囲気になるんじゃないの?」
「真子ちゃんみたいに女子として恵まれた人生を歩んでこなかった私には、そんなの素直に伝えるなんて出来ない…なんか、なんか悔しいんだもん。」
「……よし!ちゃん、クリスマスだよ!」
「……へ?」
「そうだね、このクリスマスで一気に距離を縮めちゃいなよ。」
みかんを食べ終えた瑠璃ちゃんがガッツポーズで言う。
クリスマス…?
ぽかんとしている私に、もう瑠璃ちゃんが言いたいことを察している様子の真子ちゃんは
畳みかけるように言葉を続けた。
「例えばー…からどこかに誘ってみるとかは?」
「クリスマスに?…あ、じゃあこの前跡部が1回行ってみたいって言ってた食べ放題のレストランにしようかな!」
「そういう色気のないもんじゃなくてさー…ほら、もっと…」
「そうだ!雪も多いし、スキーとかは?」
「ナイス、瑠璃!そうだよ、スキー旅行いいじゃん!もちろん泊まりでね。」
「泊まり!?い、いやー…でも、そういえば私スキー得意じゃないんだ…。」
「それがいいんだよ!跡部君に手とり足とり教えてもらいながらさ!」
「いい雰囲気になるんだよね!よし、それでいこう。早速検索してみよう。」
「ちょ、ちょちょちょっと待って!皆、一般的な人間の場合で考えてるけど奴は跡部だよ?
手とり足とり優しく教えてくれるなんていう前提がまず成り立たないと思う!」
すぐさま携帯を取り出して、何かを検索する2人を必死に制止すると
真子ちゃんが何も言わずに人差し指を左右に振った。
「…、ゲレンデマジックって知ってる?」
「…ゲレンデマジック?」
「真っ白な雪の上で、いつもと違うスキーウェア…どんな女の人も三割増しで可愛く見えるらしい。」
「うそ…何それ、スゴイ!」
「いつもはバカみたいに喧嘩してるあんた達だけど…ゲレンデでは何かが進展するかもよ。」
ごくりと喉を鳴らす私に、にやりと微笑む真子ちゃん。
急いで「ゲレンデマジック」で検索してみると、確かにそんなことが書いてある…。
…もしかして、スキーをする内に本当にいい雰囲気になっちゃったりして…
それで…その夜に…まさか…
「…、顔真っ赤だよ。」
「へ!?ご、ごめん!」
「フフ、跡部君といちゃいちゃ出来るといいね?」
「も、もー!瑠璃ちゃん、やめてよ!跡部には絶対言わないでね、さっきの話!」
「わかってるってば!ほら、早く色々と作戦立てようよ!」
「まずはウェアから可愛いの探さないと、あと下着も!」
「下着まで張り切ってたらさすがに引かれないかな!?」
「何言ってんの、いつものゴムがほつれたパンツの方が引かれるってば。」
・
・
・
「。…おい、さっさと立て。いつまでそうやって雪に埋もれてるつもりだ。」
「………っ……。」
「見てみろ、あんなガキでもすいすい滑ってるじゃねぇか。」
「……違う…。」
「言っとくが、誰も助けねぇぞ。そのまま大自然の一部になるつもりだったらいいけ「思ってたのと違う!!」
話は数日前に遡る。
前日に真子ちゃんと瑠璃ちゃんと夜まで話し合った「クリスマス計画」
それをまずスタートさせるために、私は跡部と話をできるタイミングをうかがっていた。
あっという間に時は放課後。
跡部に誘われていつものようにリムジンに乗り込むと同時に私は話し始めた。
「ねぇ、跡部!今年のクリスマスなんだけど…スキーに行かない?」
「…アーン?スキー?」
「そう、今年は雪が多くて滑りやすいみたいだよ!」
「…数年ぶりだな、スキーは。」
「それと…あ、あのスキー場って遠いから…と、泊まりで行かない?」
「……わかった。」
「本当!?やった、じゃあ早速ウェア買いに行かないと…あ!あとホテルも取らないとね。」
「そっちは俺が手配する。…調度いい場所があるからな。」
「ありがとう!わー…楽しみになってきた……あ…でも……」
「……なんだ。」
「なっ、なんでもない!」
作戦が成功したことが嬉しくて、つい喜んでしまったけど
こ、これ…お泊り決定ってことだよね…?
目の前の跡部は特にいつもと変わらない表情でクールに外を見つめてやがるけど、
私は内心、昨日真子ちゃん達と話した大人の階段の話を思い出してしまい大変だった。
…ちょ、ちょっとイチャイチャ出来たらいいだけ!
まずは…まずは2日間1度も喧嘩しないことを目標に…頑張ろう!
そして迎えた当日。
ゲレンデマジックを期待して精一杯可愛いウェアも買ったし、あったかい帽子も買った。
夜、2人きりになった時のシミュレーションも頭の中でばっちりだ。
すぐに怒らない、女の子らしく可愛い仕草で跡部をその気にさせる、プライドを捨てて素直に甘える
この3つを大事にしなさいと真子師匠と瑠璃師匠にみっちり叩き込まれた。大丈夫だよ、、できるよ!
よしっと小さくガッツポーズをしている私を不思議そうな目で見る跡部は
今日も昨日より少しカッコよくなってるんじゃないか?と思う程、さすがの仕上がりだった。
自家用ジェットで向かったスキー場には既にたくさんの人、人、人。
荷物はお手伝いさんに預けて、私達は早速スキー場へと向かった。
更衣室でウェアに着替え、ゲレンデに出てみると
既に着替えを終えた跡部がどこかに電話をしながら待っていた。
「……ゲレンデマジックだ…。」
「…ああ、それでいい。じゃあな。……やっと着替え終わったのか。」
「…よし!今日はクリスマスだから素直に言います!跡部そのウェアめっちゃ似合ってる!」
「お前のは…小学生の時使ってたやつか?」
「最先端だよ!今年買ったばかりだよ、買いに行くっていったじゃん!」
「…まぁ、いい。とりあえず滑るぞ。」
チラリと私の全身を眺めてから、特に何の感想も無くリフトへと歩き始めた跡部に少し拍子抜けする。
……わ、私にはゲレンデマジックかかってなかったのかな…。
結構気合入れて選んだだけにちょっと寂しかったけど…大事なのはそこじゃない。
まずは、このゲレンデを!スキーを楽しむことだよ!
ゴーグルをつけてても、周りの人々が振り返る程の男子と私が2人きりでスキーに来てるんだ…。
しかもクリスマスに!こんな幸せなこと、私の人生であと1回あるかないかかもしれない。
「…待ってよ、跡部!一緒に行こう!」
「そういえば、…滑れるのか。」
「いや、むしろ下手くそだよ!」
「は?じゃあなんでスキーに行きたいなんて言ったんだよ。」
「……ゲレンデマジック。」
「アーン?」
「ゲ…ゲレンデマジックで、ちょっといつもより可愛く見えるんじゃないかということに全てを賭けた。」
「……残念だったな、大して変わらねぇよ。」
「っく…!まだ始まったばかりだから、私の挑戦は…!きっと夜になれば、跡部の視界もボやけて
あれ?ってこんな可愛かったかな?ってなるはずだから…。」
「未だに自分の事を人並みだと思ってんのか、お前。」
「おい、どういう意味だよ。」
「マイナスからのスタートだと、ゲレンデマジックにかかったところで人並みになるだけだろって言ってんだよ。」
「今から私達リフトに乗ることわかってる?私があんたを地上30mの地点から突き落とすことも出来る可能性があることを考慮した上でその台詞言ってんの?」
「うるせぇ、行くぞ。」
笑いながらリフト乗車の列へと並ぶ跡部。
私はというとスキー板で歩くことに慣れていなくて、のそのそと必死で歩いていた。
やっとたどり着いた待機列で上を見上げてみると、結構長いリフトで2人乗り。
……しかしいつになってもリフトって緊張するなぁ、スキーが出来る人にとっては
乗って降りるってだけのことかもしれないけど、それが出来なかった場合を私は知っている。
小さい時にリフトから降りるタイミングがわからず、そのままもう1周した記憶。
すれ違うリフトの人みんなにクスクス笑われた苦い想い出。
…でも、今日は跡部がいる。もしそうなった時は
…ふふ、可愛く「きゃっ!降りれないー」みたいな感じで甘えて
いい感じにフォローしてもらおう。うん、それものすっごくカップルっぽいよ…!
ウキウキする私とは対照的に、いつもと何も変わらない様子の跡部。
私達の順番になったので、なんとか心の中でカウントを数えながらリフトに乗り込む。
ずしんと少し椅子が揺れて、そのまま上へ上へと昇り始めた。
真っ白なゲレンデの世界に、流行りのウィンターソングが流れる。
リフトに乗っていると、周りの世界から少し遮断されたような感覚になって、それがなんだかドキドキした。
「あ、ねぇ跡部見て!あれうさぎの足跡じゃない?」
「…まぁこれだけ広い場所ならうさぎの一匹や二匹いるだろ。」
「スノボの人も多いね。跡部はスキー得意なの?」
「あぁ、昔は毎年滑ってた。今日は久しぶりだな。」
そう言いながら、横顔がいつもよりご機嫌な跡部。
…もしかして、跡部もスキー場が久しぶりだから結構テンションあがってるのかな?
リフトから見えるゲレンデの風景を眺めたり、いつになくソワソワしてる気がする。
「……じゃ、じゃあ今日は跡部に教えてもらっちゃおうかな!」
「断る。」
「…想像してない言葉が飛び出してきたからちゃんと聞き取れなかったけど、任せろ★って言ったんだよね…?」
「はっきり断るって言ってんだよ。俺は自分のペースで滑りたい。」
「おいおい、ガチもんのスキーヤー気取りかよ…。きょ、今日はクリスマスだよ?!そういうのじゃないじゃん!」
「…何がだよ。」
「ゲレンデのカップルを見てよ!みんな、キャッキャウフフしながらのんびり滑ってるじゃん!
ほら!ほら、今あそこの女の子見た!?スノボで転倒したところに彼氏がすぐに駆けつけて
≪大丈夫か…?俺がしっかり見ててやるからな、よしもう1回一緒にやってみような。≫って言ってる!
そういう感じのことを言ってるはず、アレは!あんな感じのことがしたいのに、私は!」
「お前スポーツなめてんのか。」
「スポーツとか言い出した…違うんだよ、スポーツとしてスキーをしにきたんじゃないんだよ…。」
「カップルでスキー」に対するまさかの認識違いに激しく落ち込む私。
こいつ…今日スキー合宿だと思ってるんじゃないでしょうね…。
リフト降り場に近づくにつれ、段々と空気が険しくなる私達。
…だ、大丈夫まだ滑ってすらいないんだから!
いくら鬼の跡部とはいえ、私のポンコツっぷりを見たら
見るに堪えられなくて思わず「俺がみっちり教えてやるよ!」って展開になるでしょ。
いや、ならないとマズイ。今日の作戦の意味がない。
スキーで女の子っぽさを存分に跡部にアピールすることで、
サブリミナル効果的な感じで「あれ…って意外と守ってあげたいタイプだな…」って思わせる作戦が台無しだ。
「…そ、そろそろ降り場だね!」
「準備しとけよ。」
「うん、わかってる!………あ、ちょっと待って、タイミングが…あ、っあうわあああ!」
スーっとリフトから立ち上がって滑っていく跡部を
追いかけるように立ち上がったはずなのに、
うまくスキー板を動かせずそのままリフトに連れて行かれそうになる私。
必死でもがいた結果、降り場付近で盛大に転ぶという迷惑極まりない状態になってしまった。
「……何してんだ、お前。」
「…2人乗りは初めてだったから…へへ…。」
「…早くいくぞ。確かに滑りやすそうな雪だな、今年は。」
生まれたての鹿のようにふらふらと立ち上がる私よりも、
滑ることが気になるようで、跡部は目をキラキラさせながらゲレンデの方を向いていた。
…いや、大丈夫!盛大に嫌な予感がするけど…大丈夫なはず!
「うわぁ…結構傾斜キツくない?」
「こんなもん大したことないだろ。先に行くぞ、も後ろから滑って来いよ。」
「う、うん!頑張るね!」
なるほど、そういう感じね!
跡部が先に少しだけ滑って、私を待っててくれて…
私が滑ってきたら、また跡部が少し先に行って…
そういうライオンが子供に狩りを教えるみたいなスタイルでいくんだね!
それなら私も安心だし…やっぱり跡部は教えてくれるつもりだったんだ。
「…じゃあ、行くぞ。」
そう言ってゴーグルを装着し、颯爽と滑っていく跡部。
毎年スキーに行ってたというだけあって、さすがの上手さだ。
結構ゲレンデには人がいっぱいいるのに、スイスイと滑っていく。
………うわぁ、カッコイイ。
すっかり跡部の姿に見惚れていると、フとあることに気付いた。
「……あれ?なんか止まる気配ないな…。」
どんどん風を切りながら進んでいく跡部が、途中で止まってこちらを振り返り
「おーい!ここまで来いよ!」みたいな雰囲気が全くない。
いや…ちょっと……あともう少しでリフト入り口まで滑り降りちゃうけど…。
「ま、待ってよ跡部!……よし、…いっせーの…で……」
なんとか追いつこうとスキー板を斜面へと乗せる。
すると、スルスルと音を立てながら身体が前に進んでいく。
さっき跡部が滑っていた時のように小刻みに曲がりながら進んでいきたいと思うのに、
上手く身体が動かない。
気が付けば速度はどんどん増していき、怖い程に顔中に風が吹き付けていた。
「ちょちょっ…とま…止まらない!怖い怖い怖いうわあああああっぶふぉぅ!」
半分ぐらいまで滑り終えたところで、足の向きを変えたからなのか
ほぼ直角に曲がってしまい、山積みにされた雪に全身で突っ込んだ。
「…と、止まった……。ちょっと待って、スキーってこんな…こんなF1レースみたいな速度出るもんだっけ…。」
雪の中で倒れ込みながらスキーの恐ろしさを噛みしめる私。
……そういえば跡部は?
ゴーグルについた雪を払いのけてゲレンデの下の方を探してみると
「…嘘でしょ…。あいつもうリフト並んでるぞ…!」
ここから見てもわかるぐらい意気揚々とリフトに並ぶ跡部。
恐らく私の方を見ているんだろうけど…、カップルでスキーに来て基本別行動とか有り得るんですか…。
ちらりとゲレンデを見てみると、私と同じように盛大に転んでいる女の子。
そして、それを見てケラケラと笑いながらも優しく声をかける男の子。
………そうだよね、普通そうだよね!?
何であいつは普通にリフトに乗ってるんだろう。
しかも2人乗りで相乗りしてるし、隣の女の子と楽しそうに話してるし…。
あ、こっち向いた。……2人で私に手を振ってる…。
あいつ、マジか…!
私がゲレンデの端っこで陸に打ち上げられた魚のように力なく横たわっているのを見て、何楽しそうに手を振ってんのよ…。
笑顔で手を大きく振り返しながら、心の中にはドロドロとしたものが渦巻いていた。
「何そんなところで寝転がってんだよ。上から見たら溺死したカエルみたいだぞ。」
「よくそんなピンポイントでムカツク例えが浮かぶよね。」
「…早く立てよ。」
「……さ、さっき知らない人とリフト乗ってたでしょ。」
「アーン?…あぁ、相乗りになっただけだろ。」
「………。」
「…なんだよ、拗ねてんのか?」
「別に。そんなに楽しいならずっと一人で滑ってればいいじゃん!」
「……可愛くねぇ奴だな。」
ゲレンデの端でいじける私に、追い打ちをかける跡部。
もちろん私がこんな拗ね方をしたところで、跡部が優しく接してくれる訳もない。
想像通り心底面倒くさそうな顔を向けたかと思うと、ゴーグルを再度かけなおして
さっさと滑り降りて行ってしまった。
………くっそ、マジでムカついてきた…。
大体、私が教えてって珍しく素直に言ったのに「断る」とかさ…。
いくらカッコよくてもやっぱり男子力が低すぎるんだよ、跡部は…!
…っていうかいい加減ここにずっといるのも寒い。
跡部は何が嬉しいのかまたスイスイと滑って行ってしまったし、
もうたぶんこれ私が思い描いていたいちゃいちゃ★スキー旅行には絶対ならない。
だいぶ序盤の段階で恐怖・一人ぼっちの冬山滑り体験になってるもん。荒行だよ…。
「…っわかった…跡部がそういうつもりなら私にも考えがある…!」
ハッピーな雰囲気が立ち込めるゲレンデで1人、
戦国武将の様な面持ちでストックをザクッと雪に突き刺す。
視線の先には快適にゲレンデを滑り降りる跡部がいた。
「まぁあああてぇええええええええおらああああああああっ!!」
こうなったらもうクリスマス作戦なんて知ったこっちゃない。
大体、私と跡部の間にロマンスの神様が降りてくるはずなかったんだ。
付き合った期間とか関係ない、元々私達に組み込まれてる遺伝子が常に反発し合うんだ。
瑠璃師匠、真子師匠ゴメン…!
あんなに一生懸命色々作戦を立ててくれたのに全てパーになりました。
今、私は何をしているかというと
跡部だけ楽しむなんて許せないという心の狭い考えの元
冬の雪山でスピード狂のように全力で跡部を追いかけています。
「……おい!止まれ、危ないだろうが!」
「今の私はブレーキが壊れた暴走機関車と同じなんだから止まれる訳ないでしょああああああ!怖いマジで早い!!」
一直線に目指してたはずの跡部を追い越して、文字通り滑り落ちていく私。
そんな私を跡部が後ろでどんな目で見てるかは大体想像がつく。
…いいもん、もう跡部になんて頼らない…!
私は…私のやり方でスキーをマスターして見せるんだから!
既に言うことを聞かなくなったスキー板を必死に軌道修正しながら
微妙に曲がってみる。と、意外にもすんなり曲がることができた。
そしてもう一度反対方向へと大きく曲がってみると、スピードが段々と落ちてきて
やっとスキーらしくなってきた。
そのままゆるゆるとゲレンデのふもとまで降りてくると、
後ろから雪を切るような音とともに跡部が降りてきた。
「…で、出来た…ちょっと滑れてたよね?」
「あれは滑ってるとは言わない、落ちていってるだけだ。」
「……今に見てなさいよ、絶対に滑れるようになってやるんだから。」
「今日1日でどうにかなりそうなレベルじゃないけどな。」
「…確かに力技で滑るのは周りにも迷惑だよね、うーん…。」
リフトの列に並びながら、どうしたものかと考えて居る時
フと大きな立て看板が目に入った。
「……ちびっこスキー教室……。」
「あぁ、お前にぴったりじゃねぇか。」
そう言ってゲラゲラ笑う跡部。
っく…マジでリフトから突き落としてやりたい…!
でも、今はなりふりかまってる暇はない。
今年のクリスマスは彼氏と過ごす甘いクリスマスではなく、
彼氏を叩きのめす決闘のクリスマスにシフトチェンジしたんだ。
プライドは捨てて、誰かに教えを乞うしかない…!
・
・
・
「はーい、皆元気ですかー?」
「「「「はーい!」」」」
「今日はお兄さんと一緒にスキーの練習をしますよー、皆頑張ろうね!」
「「「「はーーーい!!」」」」
約一名、このちびっこスキー教室を見てゲラゲラ大笑いをしているお兄さんがいます。
小学生と一緒に元気に手を挙げる私を見て涙を流して笑い転げている人間がいます。
キッと後ろを見ると、子供たちのご両親に交じって腕を組みながらこちらを見ている跡部がいた。
……あいつ…バカにしやがって…!
今に見てろ、この講習が終わったらパラレルターンで颯爽とお前を後ろから追い越してやるからな!
「お姉さんも、すぐに滑れるようになりますから頑張りましょうね!」
「は…はーーい!」
「よし!じゃあ、まずは皆スキー板の付け方から教えますよー。」
インストラクターの大学生ぐらいのお兄さんに、明らかに気を遣われてる…。
他の子どもも一瞬見てはいけないものを見るような目で私の方を振り返ってた…!
ダメだったか…ちょっと背の高い小学生を演じることはさすがに出来なかったか…!
そんな私の様子を、何が楽しいのかずっと見学している跡部。
気が散るから見るなと言ったのに、ついには携帯の動画で私のムービーを撮り始める始末。
あれ絶対みんなに見せる気だ…。
でも、今はそんなこと気にしてる暇はない。
一刻も早く滑れるようになりたいんだ、私は。
ちびっこたちと一緒にスキー板の付け方を学びながら、
私はスキー講習に集中した。
「はーい、じゃ次のお友達滑ってきて…あ、すいませんお姉さん滑ってきてくださいねー!」
「なんかすみません!」
スキー教室の人数はそんなに多くない。総勢10名ぐらいだった。
その10名の滑りを一人ひとりチェックするため、
ゲレンデの中腹辺りで滑りの練習を始めた。
私の前の男の子がすいーっと滑って行ったのを見て、
もしかしてこの中で一番レベルが低いのは自分なんじゃないかという不安もあったけど
今はとにかくやってみるしかない。
インストラクターの中峰さんが手を挙げたのを合図に
少し息を吸い込んで思いっきり体を傾ける。
「…っう…うわあああああまた止まらないいいい!」
「っおっと!」
「ぶふぇっ!……す、すいません、ごめんなさい!」
「大丈夫ですよ、足は"ハ"の字にしてゆっくり滑ればいいからね。」
真正面からぶつかって行ってしまった私を
優しく抱き留めてくれる中峰さん。
めちゃくちゃ恥ずかしい…。子供たちがケラケラ笑ってる…!
真っ赤になって俯く私に、優しい笑顔で「頑張りましょうね!」と声をかけてくれる中峰さんは
これがゲレンデマジックなのかわからないけど、とても素敵に見えた。
…うん、これなら頑張れそう…!
ちょっとスキーが楽しいかもと思い始めたところに、
颯爽と滑り降りてくる男がいた。
「……おい。」
「……なんですかー、今レッスン中なので話しかけないでくださいー。」
「…真面目にやれよ。」
「めっちゃ真面目にやってるよ!」
「どうだか。」
そう言って、またゲレンデを滑り降りていく跡部。
はー?真面目どころか必死でやってるんですけど。
私が誰よりも大きい声だし確認でスキー板つけてるの見てなかったの?
元気が取り柄みたいな子供たちが軽く引くレベルで真面目にやってたんだからね。
「じゃあ次はジグザグに滑る練習をしますよー、ゆっくりでいいからねー。」
優しい中峰さんの声を合図に、次々と滑り降りていく子供達。
…みんな実はスキー選手とスキー選手のサラブレッドとかいう事じゃないよね?
なんでそんなに言われたらすぐスイスイできるの?
…これが吸収の早い若者との差かとがっかりしていると
私の番がやってきた。
教えられた通りゆっくり滑ってるはずなのに体重移動が難しい。
急激に曲がりすぎたからなのか、そのままゴテンと倒れてしまった。
「ぶふぉっ!……っく…、なんで…」
「大丈夫?」
下から声をかけてくれる中峰さんに、大丈夫ですと力なく返事をし
なんとか滑り降りる。
…これ本当に今日中に滑れるようになるのかな。
「…よし、じゃあ次は最後まで降りてみよう。順番にリフトの方まで滑ってくださーい。」
「「「「はーい!!」」」」
元気に返事をした子供たちは、
あっという間に滑り降りて行ってしまう。
拙いながらもしっかりと上達してる子供たちを見てぐっと唇を噛みしめる。
その時、私の隣にいた中峰さんが優しく声をかけてくれた。
「じゃあお姉さんは俺と一緒に滑ろうか。」
「すいません、なんか1人足引っ張ってしまって…。」
「いいのいいの、スキー教室なんだから滑れなくて当たり前。」
「うっ…ありがとうございます…!」
柔らかく微笑むその笑顔に凍り付いた心が溶かされていく。
ありがてぇ…ありがてぇ…!
「じゃあ、俺が後ろに回って身体を支えながら滑るので体重移動のかけ方を覚えてね。」
「はい!」
「…これは子供さんにやったりする教え方なんだけど…ちょっとくっついても大丈夫?」
「滑れるようになるためなら悪魔にでも魂を売り渡す所存です、押忍!」
「あはは、頑張りましょうね。じゃ、ちょっと失礼します。」
そう言って、私の後ろに回り外側からぴったりとスキー板をくっつける中峰さん。
抱きしめられるような形になるのが少し恥ずかしかったけど、
ゆっくりと滑り始めると、さっきとは全然違う感覚だった。
中峰さんの動きに合わせてスキー板が動いていくので、
何もしなくてもゆっくり、綺麗に曲がりながら滑っていく。
「おお…おおー!なんか滑れてます!」
「こういう感じで右に左にちょっとずつ体重をかけながら……おっと。」
中峰さんに操られるがままに滑る感覚を学んでいると、
急にブレーキがかかった。
何かと思って隣を見ると、ぴったりと私達の横に止まった跡部がいた。
「あ。跡部、見て!ちょっと滑れるようになった気がする!」
「……今から昼食だ。行くぞ。」
「へ?いいよ、先に行ってて!練習してるから!」
「ダメだ。」
「っちょ…何!」
跡部に腕を引かれ、そのまま滑り落ちそうになってしまう。
こいつ…私がちょっと滑れるようになったのがそんなに悔しいか…!
「途中で練習抜けられないでしょ!」
「あ、このレッスンは自由に参加して自由に抜けてもらってかまわないので大丈夫ですよ。」
「へ!?あの……でも、「行くぞ。」
「ちょ、待ってよ!あぶな…危ないからあああああああ中峰さんありがとうございましたあああああ!」
跡部に引きずられるままに滑り落ちていく私。
そのまま雪の壁に突っ込み倒れるまで止まることが出来なかった。
倒れ込む私を見て、さっさと立てと言い放つ跡部はマジで情緒がイカれてるんじゃないかと思う。
お腹空いてるからって…自己中すぎるだろ!
「あーあ、もうちょっとで滑れるようになりそうだったのに。
跡部のせいで私の学歴に"ちびっこスキー教室中退"っていう悲しい称号が追加されたんだよ。」
「…………。」
「どうせちびっこに紛れる私を盛大に笑ってやろうと思ったのに、
ちょっとずつ上手くなっていくのが面白くなかったんでしょ。」
「………。」
「まぁ、お腹空いてたからいいけどさ。スキー場で食べるラーメンって本当美味しいね。」
ちびっこスキー教室を中退してから跡部と入った食事処。
お昼ご飯の時間を少し過ぎていたからなのか、席はほとんど空いていた。
ほかほかのラーメンの温かさが身に染みる…。
目の前で無言で同じラーメンをすする跡部は、ラーメンが似合わなさ過ぎてなんだか面白かった。
「跡部、またこの後も滑りに行くんでしょ?私もう1回教室行ってこようかな。」
「…やめとけ。」
「でも途中で参加してもいいって中峰さん言ってたし。
悔しいけど跡部の方が上手いから、私も早く滑れるようになって一緒に楽しみたいしね。」
「…俺が教えてやる。」
「へ?嫌だって言ってたじゃん。」
「………。」
私の言葉には答えずに、またラーメンをすする跡部。
跡部が食べていると普通のラーメンなのに、ものすごく高級なものに見えてくる。
育ちがいいからなのか、食べる姿が綺麗なんだよね…。
それにしても…気分が変わりやすいのはいつものことだけど、なんで急に…。
やっと一人で滑ることに飽き始めたのかな?
「…まぁ、私はそっちの方が楽しいけどさ。」
「……さっきも随分楽しそうだったじゃねぇか。」
「うん、インストラクターさんってすごいね。さすが教えるプロだなーって思ったよ。」
「…気づいてねぇのか、本当にバカだな。」
「喧嘩?喧嘩の合図だよね、それ?」
「あんなに密着して教えるインストラクターがいるわけねぇだろ。」
「…へ?え…あぁ、子供にはよくやる教え方って言ってたけど…」
「それをまんまと信じてるのがバカだっつってんだよ。」
「ちょっと…勘違いしてない?別に普通に教えてくれてただけじゃん。」
「そんな訳ないだろ、ベタベタ触られてるのにバカみたいな顔しやがって。」
「そ、そういう視線でみるからそういう風に見えただけでしょ!そんな変な雰囲気感じなかったよ!」
腕を組みながら、本気で怒っている様子の跡部。
いや…いや、あれちびっこスキー教室だよ?
そんなわけないじゃん、と思いながらも
目の前でムスっとしている跡部を見ていると
なんだか可愛く思えてきた。
「…もしかしてヤキモチ?」
「一回ぶっ飛ばさねぇとわからないみたいだな。」
「……わかったよ、じゃあ教室はやめて跡部に教えてもらうことにする。」
「言っとくけど、あんな子供だましの教え方じゃないから覚悟しておけよ。」
「えー、私は楽しく滑りたいだけなんだけど。」
・
・
・
「。…おい、さっさと立て。いつまでそうやって雪に埋もれてるつもりだ。」
「………っ……。」
「見てみろ、あんなガキでもすいすい滑ってるじゃねぇか。」
「……違う…。」
「言っとくが、誰も助けねぇぞ。そのまま大自然の一部になるつもりだったらいいけ「思ってたのと違う!!」
こうして冒頭に戻る。
さっきの自分の発言をもう撤回したくなっていた。
こんなのスキーじゃない…こんなの修行だよ…!
いきなり傾斜のキツいコースに連れていかれ、
習うより慣れろとばかりにとにかく滑って滑って滑りまくる。
バタバタと何度も倒れる私に跡部の言葉は容赦ない。
やさしさの欠片も無い、いや期待した私が馬鹿だったと思うけどさ…!
「もうちょっと優しく教えてよ!」
「甘えるんじゃねぇ、いいか。このゲレンデの両端は崖になっていると思え。
バカみたいに突っ込んでいったらそのまま崖に落ちて死ぬ。わかったな。」
「ねぇ、尋常じゃないスパルタじゃん…。生きるか死ぬかのスキーとか私聞いたことないよ…。」
「早く滑れるようになりたいんだろうが、ほら、いけ!」
「ちょっ、押さないで…ってうわあああああっダメ、崖に落ち…嫌だあああああ!」
シャッ
崖に落ちたくない一心で身体を背けると、スルリと曲がることが出来た。
あれ…今なんかものすごく自然に体重移動できたような…
同じ要領で少し滑って崖から体を背けて、
また滑って曲がって…そうしている内に、あっという間にゲレンデのふもとについていた。
…1回も転んでない。
思わず後ろから滑り降りてきた跡部の方を見ると、
さっきの鬼みたいな形相からは想像も出来ないぐらい優しく微笑んでいた。
「で、出来てたよね今。」
「滑れるようになったじゃねぇか。」
「……やったー!ありがと、跡部!」
命の危険を感じながら学ぶスキー。
ものすごく跡部らしい教え方だなと思いつつも、
無事に滑り降りることが出来たのが嬉しくて、思わず跡部にハイタッチをした。
・
・
・
「はー、楽しかった。もう足がジンジンしてるよ…。」
「随分滑れるようになったじゃねぇか。」
「まぁね!また今度テニス部の皆で来ようよ、早く自慢したい。」
「全員お前より滑れるぞ。」
「……これだから万能集団は…。」
あれから、何十回とゲレンデを往復してやっと人並みにスキーを楽しむことが出来るようになった私。
跡部のスパルタ教育には体の芯から震えたけど…でもなんだかなんだで楽しい時間を一緒に過ごせて良かった。
明日も朝から滑りたいなぁ、なんて思いながら跡部についていっていると
ゲレンデから5分ほど歩いたところに直接スキー場と繋がっている大きなホテルがあった。
…こ、こんな豪華なホテルに泊まるんだ。
「ね、ねぇ。すごい綺麗なホテルだね。」
「毎年日本に居る時はここを使ってたからな。」
改めて自分の彼氏の恵まれた環境に度肝を抜かれる。
ベルボーイさんに連れられてエレベーターに乗ると、最上階のボタンが押された。
最上階にあるのはスイートルームらしく、この広いフロアに4部屋しかないらしい。
どんなものすごい部屋かと思い、入ってみると
「す…すごおおおおい!え…あれさっきまで滑ってたゲレンデだよね!?」
ライトアップされたゲレンデが大きな窓から見渡せる。
一面雪景色のその光景にドキドキしていると、跡部が慣れた様子でソファに腰かけた。
「…朝はもっと綺麗に見えるぞ。」
「へぇ…楽しみ!すごいね、こんなところ予約してくれてありがとう!」
改めて部屋の中を見てみると、床から天井まで高級そうなオーラが漂っていた。
少しヨーロピアンな家具で統一された室内は、雪景色の中にいるはずなのに
柔らかい温かさを感じるような色合いだ。そして、驚くことに普通のお家並にたくさんの部屋があった。
はしゃぎまわって色々見ていると、寝室らしき部屋に行き当たる。
「わぁ!すごい、こんなベッド美術の教科書でしか見たことないよ!ベルサイユ宮殿みたい!」
見たことも無いほど広いベッドに思わず飛び込むと、後ろから跡部に服のまま寝ころぶなと怒られた。
「へへ、ごめんごめん。はー、でもこんなベッドで眠れるなんて最高のクリスマスプレ……」
そう言いかけたところでフと気づく。
……このベッドで寝る?
辺りを見回してみてもベッドは1つしかない。
寝室の入り口でドアにもたれながら呆れた様子で私を見つめる跡部。
………ということは、2人で1つのベッドなんだ。
そこまで考えて、完全に忘れ去っていたはずの
真子ちゃん達との作戦会議を思い出す。
「いい?夜は出来るだけ雰囲気を作ることが大事なんだよ。」
「いつもとは違う感じで、大人しくね。女の子らしくするんだよ。」
思わず足をジタバタさせると、暴れるなとまた跡部に怒られた。
…だ、だって急に思い出しちゃったんだよ…。
今日のスキー場での辛すぎる想い出にかき消されてしまっていたけど、
このクリスマスの目的は一応跡部ともう一歩進んだ関係に足を踏み入れる…ってことだった。
「…何急に黙ってんだよ。」
「いや!?い、いや何でもない!あー、ちょっとお腹空いたね!何か食べに行く?」
「もうすぐルームサービスが来る。」
そう言ってリビングへと戻っていく跡部。
…あー、ダメだ恥ずかしくなってきた。
べ、別に跡部が私と同じことを考えてるとは思わないけど
やっぱり今日はクリスマスだし…ちょっと期待してしまう。
でも、もし本当にそういう雰囲気になったら…
期待する気持ちもあるけど、少し怖い気持ちもある。
ドキドキと早まっていく心臓のあたりを掴みながら、
なんとか深呼吸をしていると、部屋のチャイムが鳴った。
「美味しかったー!私ルームサービスなんて初めて体験したよ。」
「そうかよ。良かったな。」
「うん!あー、幸せだー。ずっとこのホテルで暮らせたらいいのに。」
見たことも無いような綺麗なフレンチ料理に感動しっぱなしだった。
ウエイターさんが全ての食器を持って部屋を出たところで、
そのままふかふかのソファに倒れ込む。…スキーは楽しかったし、料理はおいしいし…極楽だなぁ。
寝転がっていると、朝からの疲れが出たのか少し眠くなってきた。
うとうとしながら携帯の時計をチェックしているともう22時を過ぎていた。
「跡部ー、明日も早いしそろそろお風呂入る?」
「…なんだ誘ってんのか?」
「へ!?な、何が!?」
「…冗談だ、バーカ。先に入って来い。」
ソファから飛び上がる私を見て、噴き出す跡部。
…ご飯を挟んでやっと頭の中からそういう性的な妄想をかき消せたと思ったのに…!
また真っ赤になってしまった顔を隠すように私はバスルームへと逃げた。
「ねぇ、スゴイよ跡部!バスルームの中にあったボタン押してみたらね、
天井の窓があいて月が見えたの!綺麗だったー。」
「…………。」
「星もいっぱい見えたから跡部も早く入っておいでよ!」
「…あぁ。」
あの感動をすぐに伝えたくて、思わず髪を拭く途中で飛び出してきてしまった。
今日は綺麗な満月だったからなぁ。跡部もびっくりするかも。
ソファで携帯を弄っていた跡部が立ち上がり、私の隣をすり抜けていく。
なんとなくテンションが低いなと思いつつも、私は非日常の空間にすっかり浮かれていた。
あ、今のうちに部屋の写真色々撮って真子ちゃん達にも送ってあげよう。
びっくりするだろうなぁ。
・
・
・
「でね、その後私は止めた方がいいって言ったんだけどジロちゃんが鯉の餌を食べようとして……跡部?」
「…ん。」
「眠くなってきた?明日も早いしそろそろ寝よっか。」
お風呂からあがって、しばらくテレビを見ながら他愛もない話をしていた私達。
フと隣を見てみると首を前後にゆらゆらと動かす跡部がいた。
…確かにもう時間も遅いしなぁ。
「…そうするか。」
「うん。あ……」
「なんだよ。」
ソファから立ち上がった跡部が眠そうな目で私を見下ろす。
……寝るって言ったって、ベッドは1つだし…な、なんかまた恥ずかしさがこみあげてきた。
こ、こういう時ってどうすればいいの?
あくまで自然に一緒のベッドに寝るのが普通なの!?いや、でもなんか…なんかそれもどうなの!?
色々考え込んでいるのがわかったのか、
跡部がフッと少しだけ笑って、少し微睡んだような声でこう言った。
「…そういう気は全くないから安心しろ。」
広い広いベッドの端と端で眠る私達。
跡部の寝息さえ聞こえないような距離で、私は色んな事を考えていた。
さっきの跡部の言葉の意味がどういう意味なのか。
付き合い初めて2回目のクリスマス。
世間のカップルと比べることに意味はないと思ってたけど…
あの言葉は中々心に刺さった。
やっぱり私は跡部にとって"そういう対象"じゃないんだ。
友達の延長線上みたいな関係に満足していた。
跡部が笑ってくれればそれで楽しかった。
でも、色々なところで聞く跡部の噂が耳に入る度に不安になる。
「…あー、確かに跡部君って歴代付き合った女の子とは大体そういうことしたって噂聞くよね。」
こんなに静かな寝室だと、色々な言葉を思い出してしまう。
口では期待していないと言いつつも、ドキドキしていたのは事実だった。
でも…やっぱり私には何かが足りないんだ。
跡部が過去に付き合った女の子には抱いていたような感情が、
どうしても私相手だと湧き上がらないんだ。
あ、ダメだ。
流れそうになる涙を必死にこらえる。
今泣いたら気づかれるかもしれない。それは嫌だ。
そんなことを期待していたと知られるのも恥ずかしいし、
跡部に、そういう気持ちを持てなくて申し訳ないなんて思われるのも最悪だ。
そんなことになったら私はもう立ち直れないかもしれない。
なんとか息を止めたり、宍戸の面白いエピソードを思い出したりしながら
その場をやり過ごそうとしてると、
「……おい、。」
寝ていると思っていた跡部が声をかけてきた。
………今、声を出したら涙声になるかもしれない。
パニック状態になった私は、取り敢えず寝たフリをした。
「…もう寝たのか。」
そのまま諦めてくれれば良かったのに、
シーツが引っ張られるような感触があった。
ギシリとベッドが沈む。
最悪なことに、寝ていることを確かめようとこちらに跡部が向かっているらしい。
急いで目元を拭い、精一杯アホみたいな顔で口を開けて寝ているフリをする。
「……ひでぇ顔。」
私の顔を上から覗き込み、クスクスと笑う跡部。
わ…悪かったわね、酷い顔で…!
思わず言い返しそうになるところを、なんとか耐える。
なるべく均一に寝息を立てることに全神経を注いでいると、
首のあたりに冷たい何かをあてられる感触があった。
(なっ、何!?)
声が出そうになるのをなんとか寝返りでごまかす。
跡部は「起きたのか?」とつぶやいたけど、やっぱりそれに答えることはしなかった。
しばらくして、跡部がまたさっきまで自分がいた位置へと戻っていく気配があった。
だけど、依然として消えない首元の違和感。
跡部がこちらを向いていないことを確認してソっと首元に手を伸ばすと
すぐにそれが何か気づく。
「………っ…………」
「……なんだ、起きたのか。」
「………これ…っ…ネックレス……。」
「…鬱陶しい程プレゼントが欲しいアピールしてただろ。」
「……っ…ありがと…。」
「……おい。」
跡部に背を向けながらなんとか言った一言。
でも、その声を聞き逃さなかったらしい跡部は
違和感を感じ取ったのか、また起きあがって私の肩を掴んだ。
「…何泣いてんだよ。」
「ちがっ…う、嬉しくて…。」
「泣くほど嬉しいのか。」
窓から差し込む月の光の下で、優しく微笑む跡部の顔がぼんやりと見えた。
…私はバカだ。
いつもいつも喧嘩した時には互いの身体を投げ飛ばしたりする私達だけど、
色気のあるムードになんてもっていくことすらできない私だけど、
跡部はちゃんと私の事を思ってくれてる。
それだけで十分だ。
なんだか幸せすぎて、笑いたいのに涙が止まらなかった。
「………っあり、がとう…。」
「……プレゼントがそんなに嬉しいのはわかった。じゃあ、さっき泣いてたのはなんだ。」
「へっ!?…え、な…泣いてない。」
「俺が気づかないとでも思ってんのか。…プレゼントが無いから泣いてたんじゃねぇのかよ。」
「……ふっ……ふふ、違うよ…。あはは、ごめんね。」
私を見降ろしながら眉を寄せる跡部。
…そっか、隠せてなかったんだ。
プレゼントが欲しくて泣いてたと思っちゃうところが、何だか跡部らしい気がしてつい笑ってしまった。
やっと気持ちが落ち着いてきたところで、私は目の前で難しい顔をする跡部に
本当の気持ちを打ち明けることにした。
「………絶対笑わないって約束する?」
「…なんだよ。」
「…実はね、真子ちゃん達と今日のクリスマスについて色々と話してたんだ。」
「………。」
「もう私達が付き合って2回目のクリスマスでしょ。だから…もしかしたら何かあるんじゃないの?
とか言ってね。女子会だからそういう妄想話に花が咲くんだよ。」
窓の外を見つめながら、私の話を聞いている跡部。
その横顔からは何を考えているのかはわからなかったけど、
この静かな夜の雰囲気がそうさせるのか、何故だかいつもより素直に話をすることができた。
「今回スキー旅行を提案したのもね、スキーが苦手だからこそちょっとドジで可愛い女の子を演出することで
跡部との距離を縮めようってことで始まったんだよ。結果的には最近中々見ないレベルのど根性少年漫画的なスパルタ教育になったんだけどね。」
雪に埋もれる私を冷たい目線で見下ろす跡部の顔を思い出したら、
辛かったはずなのに少し笑えてきた。
「そんな感じで、女の子らしい私をアピールすることで跡部をドキドキさせて…
初めてのお泊り旅行でムフフな展開になるかもね!とか言ってたんだけど……もういいんだ、そういうのは。」
「………。」
「そういう気持ちがない訳じゃないけど、でも気づいたんだ。さっき跡部がプレゼントくれた時、
本当に嬉しかったから…今のままでも十分幸せだっ…」
恥ずかしいポエムを読み聞かせしてるような気持ちで、ふわふわと話していた時。
跡部に背を向けて寝転がっていた私の肩が急に引っ張られたかと思うと、
唇に生暖かい感触が広がった。
「………っ!」
「…何か勘違いしてねぇか。」
「…な、何…」
黙って話を聞いていたはずの跡部に、両腕を押さえつけられる。
何が起こったのかわからず、たぶんアホみたいな顔で跡部を見上げている私。
さっきまでとは違った表情でじっと見つめられると、急に恥ずかしくなってきた。
「…俺が考えてることも教えてやろうか。」
「…へ…。」
そう言って、ぐっと顔を近づける跡部。
唇が触れそうな距離にドキドキしていると、そのまま顔が下がっていった。
「…っ!ちょ…!」
「他の男にベタベタ身体を触らせたり…」
「あ、跡部待って!」
「……風呂上がりに無防備な姿で馬鹿みたいにはしゃいだり…」
首元に次々に落とされる口づけに、もう頭が爆発しそうだった。
こんなに焦っている私に対して、怖い程静かに、低い声で話す跡部。
とにかくパニックでジタバタしていると、跡部が少し身体を離す。
かと思えば、私の耳元に顔を寄せた。
「俺がどれだけ我慢してるかわかってんのか、お前。」
「……っ!」
「…が考えてる5倍はスゴイことしようとしてるんだぞ。」
「5倍も!?そ、それは…えっと…。」
「…こうやってるだけで身体まで真っ赤じゃねぇか。」
「そ、それは仕方ないじゃん!」
「……俺も、お前と同じだ。」
そう言って、私の腕を押さえつけていた手を離し
ゴロンと隣に寝転がった跡部。
あの綺麗な青い瞳から逃れられたことに内心ホっとしていると、
跡部が静かに語り始めた。
「…そういうことがしたくない訳じゃない。」
「………う、うん。」
「でも、そんなもん無くても…満足してる。」
「………。」
「の言葉で言うなら、今のままでも十分幸せなんだろ。」
「……そっか。」
「だから…別に焦って何かしようって気にもならない。」
「……うん。」
「…すぐにでもって言うなら、いくらでもやってやるけど。」
そう言って、ニヤリと笑う跡部。
こうやって視線を合わせるだけでも慌てふためいているのに
と…とてもじゃないけどその先なんて出来るはずない。
「だ、だだだ大丈夫!まだ…もうちょっと、その、私も跡部も、大人になってからでいい…と思う。」
「子供なのはお前だけだろ。」
「…跡部だって赤くなってるじゃん。」
「……暑いだけだ。」
「冬なのに?」
「うるさい。」
私達の大人の階段のゴールはまだまだ遠い気がするけど、
少しづつ、少しづつ進んでいっている気がした。
目標は達成できていないはずなのに、こんなにも心は満たされている。
お互いに珍しく素直な言葉で話したからなのか、何となく気恥ずかしくて
その後はどちらも言葉を発することはなかった。
だけど、優しく繋がれた片手だけはそのままで
跡部の手のひらの温かさを感じながら、いつの間にか眠ってしまった。
…最高のクリスマスをありがとう。
・
・
・
次の日の朝。
昨日のことが夢じゃなかったと気づいたのは、
起きた時にまだ自分の片手がギュっと握られているのを確認した時だった。
じんわりと昨夜の幸せな気分を思い出していると、
跡部も目が覚めたらしく、パッチリと目が合った。
その瞬間に勢いよく手を離す跡部。
「……この部屋には霊が憑いてる。」
「えっ!?急に何、マジでやめてそういうの!」
「……昨日の夜、俺は何かに憑かれていた。わかったな。」
「………………ぶふっ!」
「何笑ってんだよ。」
「いや…ふふ、わかった。そういうことにしておくね。」
「そういうことにしておく、じゃねぇ。いいか、真子や瑠璃にも話すんじゃねぇぞ。」
「はいはい。」
「話したらお前の頭を爆破する。」
「さすがにそこまでいくと照れ隠しの域を超えてるよね。怖い。」
ベッドから起きあがり、そのまま寝室を出ていく跡部の後ろ姿を見つめていると
心の中が不思議な気持ちで埋め尽くされていくような気がした。
首元にはキラリと輝く品の良いハートモチーフのネックレス。
その感触をかみしめながら、フとあることを思い出した。
「あ。跡部ー!私もクリスマスプレゼント持ってきたの!」
ちょっと嬉しそうな顔で寝室に戻ってきた跡部。
私が旅行鞄から取り出した袋を手渡すと、早速中身を確認し始めた。
そして、取り出された渾身の真っ赤な手作りセーター。
胸元には何度も失敗しながら苦労して編み込んだ「ATOBE」の文字。
そのセーターを見て、固まる跡部。
フフ、びっくりしてる。手作りなのが嬉しいのかな?
そんなことを考えながら、何気なく言ってみた言葉。
「今日はそれを着て帰る?」
返ってきた言葉は私の想像の斜め上のものだった。
「冗談は顔だけにしろ。」
その言葉をきっかけにいつも通りの大乱闘が始まった。
おかげで昨日の少し恥ずかしいような、胸が苦しくなるような甘酸っぱい思い出は
綺麗さっぱり消え去った。
部屋を後にするとき、やっぱりいつも通り私達は喧嘩をしていたけど
そんな毎日が不思議と楽しく感じるのだった。