「さん、聞いてる?」
「………えっ!あ…、ご、ごめん!焼きそばでケーキ作る話だよね?」
「年越しそばを食べるタイミングの話だよ。やっぱり聞いてなかった。」
「ごめん!…幸村君って本当に綺麗な顔だなぁと思ってたらつい意識が飛んじゃって…。」
「……それは、さんも可愛いよって言ってほしいの?」
「滅相もございません…!そんなご尊顔をお持ちの幸村君から見たら私なんてしいたけの裏側みたいな顔だって重々承知しております!」
「あはは、ちょっと似てるかも。」
ケラケラと笑う幸村君の顔を見て、また私は顔中の筋肉が緩んでしまう。
高校生になった私達は今でも「テニス部のライバル校同士」という関係だ。
だけど、それに1つ加わったのはなんと私が…、この華から生まれてきたみたいな美しい幸村君の
「彼女」に異例の昇格人事を受けたということだ。
今日は週に1度のデートの日。すっかり二人の行きつけになってしまったパスタ屋さんで
ご飯を食べ終えて、のんびりジュースを飲みながら他愛もない話をしていた。
まだ付き合い始めて数か月の私達だったけど、
友達期間もあったからなのか、意外にも恋人になったことによって
何かが大きく変わるという事は無かった。
…でも元々、幸村君は万人に対して優しかったけど
その優しさが数%多めに私に割り振られているような気がする。
この前だって、デートの帰りにさりげなく横断歩道側を歩いてくれたり
どこかに出かける時は、手を繋いでくれたり…
そういうところが「彼女」に昇格したことによって、ちょっと変わった。
数年前から、跡部をはじめとする氷帝の悪魔達にこれでもかという程
徹底的に男子教育を受けてきた私にとっては、その少しの変化がとんでもなく恥ずかしくて、嬉しかった。
ゲームの中でしか体験したことのないような、数々のトキメキイベントが
実際に目の前で、二次元から飛び出してきたような美しさの幸村君によって行われる。
…こんなに幸せでいいのかな。
明日あたり、鳥のフンが両肩に落ちて来たりするぐらいの寄り戻しはあるかもしれない。
幸せすぎることに慣れていないからなのか、時々フと不安になったりする。
…今は幸村君も私の事を物珍しさから気に入ってくれてるんだと思うけど、
もし他にもっと可愛くて、優しい、ついでに女子力も高めの子なんか現れた日には
いつか私と幸村君の終わりがくるのかもしれない。
こんなに優しくて大人な幸村君は、子供で空気も読めなくてついでに可愛くない私にいつか愛想をつかすかもしれない。
幸村君の言葉を疑うなんてダメだってわかってるけど、
私にはこんなパーフェクトボーイに選ばれるほどの素質が無いような気がして仕方なかった。
そんなことをまたボーッと考えていると、
目の前の幸村君が、何かを鞄から取り出した。
「…そうだ、これ。さんに渡そうと思ってたんだ。」
「え、何?…あ、芽衣ちゃんからだ!お手紙?」
「うん。なんか昨日頑張って書いてたから読んであげて。」
「わー、嬉しい…!芽衣ちゃん、もう小学校高学年だよね?久しぶりに会いたいなぁ…。」
手渡されたのは、赤色に白い水玉模様が入った可愛い封筒だった。
クマさんの大きなシールをはずして開いてみると、
芽衣ちゃんの直筆らしいお手紙が入っていた。
お姉ちゃんへ
お元気ですか。私はとても元気です。
お兄ちゃんと仲良くしてね。
それと、クリスマスにみんなでパーティーをするので
お姉ちゃんもきてほしいです。
みんなでゲームをしたり、ごはんを食べたり、
楽しいことをするのできてください。
お兄ちゃんと一緒にきてね。
芽衣より
「わぁ、クリスマスパーティー?毎年幸村君のお家でしてるの?」
「…あぁ、そのお誘いの手紙だったんだ。芽衣が絶対見ちゃダメっていうから何かと思ったよ。
パーティーって言ってもそんな豪華なものじゃないよ。芽衣の友達を呼んで
クリスマスに楽しく遊ぼうってぐらいのものなんだ。もう3年目になるかな?」
「楽しそう…!ねぇ、これ私も行っていいってことかな?」
「もちろん。」
「やった!え、どうしよう…!クリスマスプレゼントとか買っていく方がいいかな?
あ、でもケーキ作ったりもいいし…でもどうせなら芽衣ちゃんやお母様と一緒に作る方が楽しいかな?」
「……フフ、楽しそうだね。」
「そりゃそうだよ!パーティーと名の付くものには常に全力投球だよ!」
「…でも、折角さんと2人きりで過ごす初めてのクリスマスなのに…ちょっと残念だな。」
グラスに入ったオレンジジュースをカラカラとストローで回しながら
私の目をまっすぐ見つめる幸村君。
そ…そんなカッコイイ顔で、そんなトキメキ台詞を言われたら…
経験値が圧倒的に低すぎる私は、こんな何気ない幸村君のセリフ1つにも
未だに顔を真っ赤にしてしまうのだった。
それに対して、幸村君はいつでも余裕の表情。
…やっぱり、精神的に大人なんだろうなぁ。
サラっとカッコイイことも言えちゃうんだもんなぁ…。
「そっ……そ、それもそうだね!そっか…初めてのクリスマスなんだ…。」
「じゃあ、夜のクリスマスは俺が予約しようかな。」
「夜のクリスマス!?……な、何かや、やらしいね。」
「…普通にレストランで食事でも、って思ってたけど…もっと別のところがいい?」
「っ!い、いいいいえ大丈夫です!レストラン楽しみ!」
少し悪戯な表情で微笑む幸村君を直視できなくて、思わず顔を手で覆う。
そんな私を見て楽しそうに笑う声を聞きながら、私は確信するのだった。
今年のクリスマス…絶対最高に楽しい…!
・
・
・
「お邪魔しまーす!」
「あ!お姉ちゃんだ!はーい!」
あっという間にクリスマス当日。
最寄りの駅まで迎えに来てくれた幸村君と一緒に
何度目かの幸村君のお家へと足を踏み入れる。
玄関に飾られたクリスマスリースやクリスマスツリー。
すっかりクリスマスムードに満ちた空間に、自然とテンションもあがった。
パタパタと玄関まで駆けつけてきてくれた芽衣ちゃんは
成長期だからなのか、さらに可愛く、美しく育っているような気がした。
「芽衣ちゃん、久しぶりだね!すっかりお姉ちゃんだ!」
「えへへ、いらっしゃいませ!来てくれて嬉しい!」
「誘ってくれてありがとうね、コレ。もう買ってるかもしれないけど一応持ってきたよ!」
「気を遣わなくていいのに、ありがとうね。さん。」
「いえいえ!パーティーには必要だもんね!」
「…わぁ、これサンタさんの帽子?わーい!お母さん見てー!」
近所の雑貨屋さんに売ってた色とりどりのサンタさん帽子を見て
買わずにはいられなかった。取り敢えず何人いるかわからなかったから
大量に買ってきてみたけど、芽衣ちゃんは気に入ってくれたみたいで
ピンクの帽子を1つ取り出してリビングへと走って行ってしまった。
玄関に取り残された私達は、なんとなくそのままそこにとどまっていた。
「あ、幸村君は何色がいい?オレンジとか似合うと思うんだけどなぁ。」
「ありがとう。じゃあさんのオススメにしようかな。」
そう言って、私の手から帽子を受け取り早速装着してくれた。
すごい…大体こんなの男の子がかぶったら誰でも面白い感じになるはずなのに…
目の前にいる幸村君からはそんなギャグ感が全く感じられない…!
あたかも生まれた時からそこについてたかのように自然に馴染んでる…!
何でも似合うってこういうことを言うんだろうなぁ。
思わず拍手をしていると、玄関のドアが大きく開いた。
「芽衣ちゃーん!メリークリスマああああ!芽衣ちゃんのお兄ちゃん!」
「う、うそ!わ、わぁ…本物だ!はじめまして、芽衣ちゃんのお兄ちゃん!」
「やぁ、初めまして。芽衣、お友達が来てくれたみたいだよ。」
賑やかな声と共に、あっという間に玄関で取り囲まれてしまった幸村君。
確か、初めて幸村君のお家に来た時に見た気がする女の子たちや
それ以外の新しいお友達もいた。そして、皆完全に目がハートになっている。
すごい、あんなご機嫌な帽子かぶってても平気で女の子を虜にしちゃう幸村君スゴイ。
「…おい、入っていいのかよ。」
「みんな、いらっしゃーい!あ、海斗君達もいらっしゃい!」
「……お邪魔しまーす…。」
「あら?今日は男の子も一緒なんだね。」
女の子に囲まれている幸村君が珍しそうに声をかける。
…この男の子達もパーティーにお呼ばれされたんだ。
しかし数年前まで自分も小学生だったとはいえ、
高校生になってからみる小学生は…本当に小さくて可愛いな…。
男の子だって、まだ私の身長に全然届かないぐらいで…。
女の子のお家でちょっと緊張しているのか、
他の女の子たちよりも随分大人しい男の子達を見て、つい頬が緩んでしまった。
「みんな、早く入っておいでよ!準備してるからね!」
「はーい!行こっ、芽衣ちゃんのお兄ちゃん!」
「あ、ズルイ!私も手つなぐ!」
「…っ、ず、ずるーい!私も私もー!」
女の子たちが幸村君を取り合っている状況を見て、
思わず立候補してしまった私。
盛り上がる皆に馴染もうととった作戦だったけど、
想像してた温度のマイナス7度ぐらい、女の子たちの空気は冷え切っていた。
アカン、だだスベリしてしまった…。助けて忍足先生、こんな冷たい空気初めてだよ…!
「……ねぇ、誰この人。」
「お姉ちゃんは、お兄ちゃんの彼女だよ!」
「あー!あの時の…まだ付き合ってたの!?」
「…そ、そうなんだーえへへー!」
「…彼女なんだったら、今日ぐらいはお兄ちゃん私達に貸してくれてもいいよね!」
「へ!?」
幸村君の手をガッチリ握りしめたままで、女の子が言い放つ。
上目づかいでキっと私を睨み上げるその表情はすっかり戦闘モードだ。
…っく…この年でもう既に交渉の術を身につけてやがる…!
大体幸村君を貸すとか貸さないとか、そんな「モノ」扱いはいけないですよ!
なんて説教じみたことを言いかけたけど、クリスマスパーティーはまだ始まってすらいない。
ここで空気を悪くしたら、芽衣ちゃんだって悲しむはずだ…!
大人に…大人になるのよ、…!
「ねぇ、いいでしょ!?」
「…あ、あはは!お兄ちゃんは誰のモノでもないよ。皆で仲良くしようね!今日はクリスマスなんだから!」
心の中では、私が幸村君と手を繋ぐのにどのぐらい期間がかかったと思ってるんだこの小娘…!
とか思いながら、がっちりと握られたその手を見つめながらなんとか笑った。笑ってたと思う。
…だ、第一こんな小さい女の子に嫉妬する方がおかしいよね…!
もっと…もっと大人の余裕っていうか、彼女としての余裕を持ってないと
きっと幸村君にも呆れられちゃう。
「妹の友達に嫉妬するとかどんだけ子供なんだよ、マジで空気読めよ。」とか思われるかもしれない。
必死に作った笑顔が功を奏したのか、女の子3人はにっこりとほほ笑み
そのまま幸村君を囲んでリビングへと走って行ってしまった。
困ったような笑顔で私にこっそり微笑んでくれた幸村君の心遣いが身に染みる…。
…さすが大人だね、幸村君は…!
よし、私も今日は大人としてみんなを楽しませることに徹しよう。
そう思って歩き出そうとすると、未だに玄関でもじもじしている男の子達が目に入った。
「…あれ?皆、行かないの?」
「…………。」
「…一緒に行こうよ。」
「……べ、別に来たくて来たんじゃねぇし。」
「あー、恥ずかしがってるんだ。君、名前は?」
「恥ずかしくなんかねぇよ!……海斗。」
「可愛いなぁ。あ、大丈夫だよお姉ちゃんは変な人じゃないからその防犯ブザーを引っ張っちゃダメだよ。」
「………。」
「それで、後ろにいる君は?」
「小太郎です。こっちは弟の次郎。」
「…お兄ちゃん、お腹空いた。」
ちょっとやんちゃっぽい男の子、海斗君の後ろで弟の手を引いている小太郎君。
小太郎君はしっかりとした受け答えをする男の子で、海斗君に比べると少しお兄さんに見えた。
次郎君はというと、まだ年長さんぐらい。2人と比べると随分幼さが残っていて、とても可愛らしい。
「2人は芽衣ちゃんと同じクラスなの?」
「…そうだけど、なんだよ!誰だよ、お前!」
「気を付けて海斗君、お姉ちゃん年功序列にはうるさいからね。お前じゃなくて、お・ね・え・ちゃ・ん。」
「……行こうぜ、小太郎!」
「あ、待ってよ海斗。」
逃げるように去っていく海斗君を追いかける小太郎君に次郎君。
……うわぁ、初っ端から嫌われてしまった。
自慢じゃないけど、小さい子の扱いは得意な方だと思ってたのに…!
思わずへこんでいると、リビングの方から幸村君が手招きをしてくれた。
「じゃあ、いくよ!せーの…」
「「「メリークリスマース!!」」」
カチンカチンとジュースの入ったグラスを鳴らし、乾杯をする。
リビングではクリスマスソングが流れ、壁一面にクリスマスの装飾が施されていた。
芽衣ちゃんと一緒に用意したお母様に、思わずスゴイですねと話しかけると
昨日は夜遅くまで芽衣ちゃんと幸村君と3人で頑張ったらしい。
……わぁ、なんかこういうのいいな。幸村君の家族の温かさが伝わってくるよ。
周りをキョロキョロと見渡している内に、
テーブルを挟んで私の目の前には幸村君、と彼を質問攻めにする女の子たちがいた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんはテニスがすっごく上手なんでしょ?」
「芽衣ちゃんが言ってた!私も今度教えて欲しいなぁ。」
「うん、いいよ。」
「やったぁ!ね、芽衣ちゃん。一緒にテニス教えてもらおうねー。」
「えー、お兄ちゃん厳しいんだもん、芽衣はヤダー。」
「じゃあ私が独り占めしちゃお!」
芽衣ちゃんも交えて5人でキャッキャと盛り上がるその光景がとても微笑ましい。
うんうん…みんないい感じにテンションがあがっててパーティーも大成功だね…。
ただ、波江ちゃん、あなたは幸村君の腕にちょっとくっつきすぎかな?
さっきから上目遣いで幸村君をうっとり見つめているのを私は見逃してないぞ…!
……あ、ダメだ!今日は大人モードでいくんだから、動じない、僻まない、くじけない!
このクリスマスパーティーを楽しむことをまずは第一に…よし!
「ねぇ、そのから揚げおいしそうだね。」
「…美味しいけど。」
必然的に、私の両隣に座っている男の子達に声をかけてみると
女の子たちの熱気に押されているのか、お通夜みたいな雰囲気だった。
……これはちょっと可哀想だな。
なんとか女の子たちも交えて皆でお話できるといいんだけど、
今の波江ちゃん達はそれどころじゃなさそうだし…。
変にタイミングを間違えると、もっと空気が悪化するかもしれない。
…ここは、取り敢えず男の子達の緊張をときほぐしてあげないと。
「じゃあお姉ちゃんも1個もらおうっと。……あれ、次郎君のその服…ポケモンだね。」
「………うん。」
「お姉ちゃんもポケモン持ってるよー、次郎君もゲームするの?」
「え、お姉さんもするんですか?俺達いつもポケモンしてるんだ、な。海斗。」
「今日も持ってきてるしな。」
「…次郎君はお兄ちゃんと一緒にやってるんだよ。」
「へぇー!そっか、じゃあお姉ちゃんも持ってきてるから後で対戦する?」
「僕たちに戦いを挑むなんて、勇気がありますね。」
「へへ、絶対俺の方が強いし。」
「あはは、そんなこと言ってると負けてあげないぞー?」
「はぁ?そっちが負けるに決まってんだろ!」
「よし、わかった!じゃあ海斗君が泣くまでやめないからね。」
思わぬきっかけをつかむことが出来た。
3人とも大のポケモン好きらしく、腰に巻いたウエストポーチにはDSがしっかり装備されていた。
共通の話題が見つかったことが意外だったのか、口調は変わらないけど
さっきよりも口数が多くなってきた3人。海斗君は特にポケモンに関しては自信があるらしく
小太郎君曰く、クラスの四天王と呼ばれているらしい。
うんうん、そういうオラついた子供を絶望の淵に叩きのめすのは大人げないと思うけど、
これも試練だと思ってほしい。そうやってみんな強くなっていくんだよ…。
私なんか一匹で倒せるぜ、と豪語する海斗君を生暖かい目で見守っていると、
フと目の前の席にいる幸村君と目線が合った。
依然としてあちらも盛り上がっているようだったので、言葉は交わせなかったけど
目と目で…なんかこう…「こんな風にちやほやされてるけど…俺が好きなのはさんだよ…」みたいな目線を送ってくれた気がする…!
わかってるよ、幸村君…!さながら私達は天の川で離されてしまった彦星と織姫…!
きっと、このパーティーを成功に導いたら…その時はきっと結ばれるんだよね…!
そんな都合の良い妄想をしているのがバレたのか、
隣の海斗君が、一言私の顔を見て気持ち悪ぃと呟いた。
他人の子供に容赦なくげんこつをお見舞いしてしまったのは、悪いと思ってる。
「…っ絶対裏技使ってんだろ!」
「何言ってんの、そんなのある訳ないでしょ。海斗君が弱いの。」
「すごいね、お姉さん。海斗が手も足もでないなんて。」
「っまだ負けてねぇだろ!、もう1回やるぞ!」
「えー、頼み方があるんじゃない?可愛くて強くて優しいお姉さん、どうか僕ともう1回戦って下さいって、ほら。」
「…もう1回戦って下さい!」
「よし!かかってきなさい!」
ご飯が終わった今。
女の子たちは幸村君とトランプを始めた。
芽衣ちゃんが一緒にやろうよ、と海斗君達を誘ったけど
何が恥ずかしいのか、それを拒否する海斗君。
私もトランプがしたいなぁ、と言ってみたんだけど
波江ちゃん達が露骨に嫌な顔をするもんだから、ついひるんでしまった。
…という流れで、始まったポケモン対決。
ソファに仲良く並んで座る私達5人に対して、
テーブルでは女の子たちの笑い声が響いている。
あ、ババ抜きやってるんだ。
だからさっき誰が幸村君の隣に座るかでジャンケンしてたんだね。
…中々鋭い考えだよ!だってババ抜きなら必然的に幸村君と一対一で見つめ合うことになるもんね!
まだ小さい女の子だと侮ってたけど…本気で狙ってる気もしてきた…。
そう考えると、ソワソワして落ち着かなかったけど
私の隣ですっかり火がついてしまった様子の海斗君を放り出してあちらに参戦するわけにもいかなかった。
……こうなったらなんとかして、皆で…全員で遊ぶ流れにしないと…!
「…でもさ、海斗君達も芽衣ちゃんや皆と遊びたくてパーティーに来たんでしょ?」
「は!?別にそんなんじゃねぇし!」
「お姉さん、ちょっと…。」
「ん?なになに?」
ちょいちょいと手招きをする小太郎君に耳を近づけると、
こそりと面白いことを教えてくれた。
「海斗は芽衣ちゃんのことが好きなんです。」
「…ええええ!そうなの!?」
「な、なんだよ!何言った、小太郎!」
「はっはーん…なるほどねぇ…。」
「何笑ってんだよ!キモイ!」
そっかそっかぁ…。そりゃクラスにあんな可愛い女の子がいたら好きにもなるよね。
でも、それにしてはさっき芽衣ちゃんがトランプに誘ってくれた時
あまりにも不愛想だったよね…。「…そのお兄ちゃんと女子だけでやってればいいだろ!」
なんて言ってたけど、あれは単に女の子たちが幸村君とばっかりキャッキャしてるから
嫉妬してたのか…。やだ、そう考えると海斗君がものすごい可愛く思えてきた…。
「よし!お姉ちゃんに任せなさい!」
「何かいい案があるんですか?」
「だから何だよ、教えろよ俺にも!」
「だーからー、海斗君がさりげなく芽衣ちゃんと仲良くできる方法でしょ。」
「は、はぁ!?」
「ちょっと声大きい!きこえちゃうよ!」
DSの画面をパタンと閉じて、ひそひそ話を始める私達。
これはチャンスだ。いい加減、この女子と男子で別れちゃってる思春期独特の感じも寂しいし
何かのきっかけで皆で遊べないかなぁと思っていたところにいい口実が出来た。
海斗君は何かを察したのか、顔を真っ赤にして何やら喚いている。
小太郎君はというと海斗君の扱いに慣れているようで、何だかこの状況を楽しんでいるようだった。
そして、まだ恋のこの字も知らない年頃の次郎君は眠くなってきたのか
私の隣でウトウトし始めていた。
……フフ、名前も「次郎」だし本当に小さいジロちゃんみたいだな。
「次郎君、眠い?」
「……うん。」
「お姉ちゃん抱っこしてあげようか?」
「…うん。」
もう年長さんだし男の子はそういうの嫌がるのかなぁ、と思ったけど
頭をこっくりこっくりさせている次郎君がいつソファから転げ落ちるかと気が気じゃなかった。
ダメもとで提案してみると、意外にも次郎君は素直に腕を広げて抱っこの体勢をとってくれた。
「よい、っしょと。」
「すいません、次郎が迷惑をかけて。」
「小太郎君はびっくりするぐらい大人だね。迷惑だなんて思ってないよ!それより作戦作戦!」
次郎君の子供特有の体温が気持ちよくて、ギュっと抱きしめると
もう次郎君の目はすっかり閉じられていた。
気持ちよさそうに眠っているのを見て、少しだけ声のトーンを落として話し始める。
「まずはさ、海斗君が「さん、何してるの?」
これから男女仲良しこよし作戦を立てようとしているところだった。
寝てしまった次郎君を抱えながら3人で円陣を組んでいると、
私の後ろから意外な声がかかった。
「…あ、幸村君。トランプ終わったの?」
「…………あぁ、その子寝ちゃったんだね。」
「え?…うん、そうなの。ふふ、可愛いよね。」
「……君たちも、こっちで一緒に遊ぼうよ。今から人生ゲーム始めるんだ。」
「……別にいいけど。」
次郎君の顔を覗き込んだ幸村君が優しく微笑む。
…わぁ、なんか今のちょっと夫婦みたいだったな…。
こんなに優しく子供を見つめる幸村君だもん、
きっと将来…もしも、ミラクルスーパー確率変動大当たりが出たとして、
私と夫婦になって、子供が出来たりしたら…
今みたいな感じで温かい家庭を作れるんだろうなぁ…。
思わず妄想に花を咲かせていると、
服の裾をぐいっと引っ張られた。
「、人生ゲームするって。」
「ん?え、そうなの?みんなで?」
「はい、作戦決行前に上手くいきましたね。」
そう言って私に耳打ちする小太郎君。
グっと親指を立てて返事をすると
小太郎君も同じように親指を立てて頷いてくれた。
海斗君はというと何だか文句を言いながらも
嬉しい様子で、芽衣ちゃんの「早くおいでよー」の呼びかけに
顔を赤くしていた。…可愛い…。
「…さん、腕大丈夫?俺が代わりに抱っこしようか。」
「え?あ、大丈夫だよ。次郎君あったかいし抱っこしてたいな。」
「……そう。子供、好きなんだね。」
さすが幸村君はよく気が利くなぁ。
私の腕の心配をしてくれるなんて、本当に優しい。
普段から大量の水やら用具やら運ばされている私にとって
次郎君の重みは全然苦じゃなかったんだけど
幸村君の気遣いがとても嬉しかった。
「それよりありがとう、幸村君。男の子達を誘ってくれて。」
「……皆で遊んだほうが楽しいからね。」
「本当は海斗君達も遊びたかったみたいなんだけど、恥ずかしかったみたいでさー…。
ふふ、可愛いよね。小学生の男の子って感じでさ。でも良かった、無事合流できて。」
「随分仲良くなったんだね、あの子達と。」
「あぁ、なんかポケモンが好きだったみたいでその話してたら打ち解けちゃった。」
「…俺の事なんかすっかり忘れてたみたいだもんね。」
「え?幸村君の事って?」
「お姉ちゃーん!早くゲームしようよ!」
「あ、うん!今行くよー!あの、幸村君…」
「行こうか。」
いつも通り優しく微笑む幸村君に促されて、芽衣ちゃん達が待つテーブルへと向かう。
…今何か引っかかる言い方だったけど気のせいかな?
・
・
・
みんなでわいわいと人生ゲームを楽しんだ。
人数が多かったので、2人1組で分けようってことになったんだけど
あみだくじで決めたからなのか、海斗君と芽衣ちゃんを同じペアにすることは出来なかった。
結局芽衣ちゃんのペアはお兄ちゃんである幸村君で、海斗君は私とペアになってしまった。
頑張って集めたポケモンがバグで全て消えてしまったぐらいのテンションまで落ち込んでいた海斗君にかける言葉が見つからなかった。
最終的に1番お金を持っていたのはやっぱり幸村君だった。
完全に運任せのこのゲームであっさり1位に輝けるのがスゴイなぁ。
ただ若干気になるのは、幸村君・芽衣ちゃんペアの海斗君・私ペアへの当たりがキツかった気がすることだ。
「復讐マス」に止まった幸村君・芽衣ちゃんペアが誰かに1億の借金を背負わせることが出来る、
もしくは復讐はせずに3000万をもらう、という場面で、
芽衣ちゃんが「どうしよっかなぁ」の「どうしよ」の部分ぐらいで幸村君が「さんに借金を背負わせようよ」と
言い放ったあたりだ。
その時の私と海斗君の順位は最下位。
結構序盤で事業に失敗し、友人に偽の儲け話を持ち掛けられ、気づけば借金が2億を超えていた私達に
謎の倍プッシュ。さすがに海斗君が「なんでだよ!」と抗議したけど、
幸村君の無言の笑顔を前にして、こんなチビッコの海斗君がどうにか出来る訳もなかった。
まだ…まだ小学生の男の子に借金地獄のトラウマを与えるなんて大人げないにも程がある…!
と思っていた私だけど、フと思う処があった。
もしかして…幸村君、気づいてたのかな…。
海斗君が芽衣ちゃんに好意を抱いていることに気付いて、目障りな虫をつぶしてやろうとか考えてたのかな。
でもあんな優しい幸村君が………いや…いや、有り得るな。
ただでさえ妹のことを大切にしている幸村君だ。
今日出会ったばかりのどこの馬の骨ともわからない男子坊主に妹は渡せないと思ったのかもしれない。
だからちょっとご機嫌ななめっぽいのかな。
「みんな、もうそろそろ17時ですよー。」
「あ、本当だ!じゃあパーティーはおしまいだねー。」
リビングの扉を開けて、お母様が17時を知らせる。
芽衣ちゃんや女の子たちが名残惜しそうにゲームの後片付けを始めた。
小太郎君が私の腕ですっかり眠っていた次郎君を起こし、
海斗君と一緒に片付けの準備を始める。
…あぁ、なんかあっという間だった気がするな。
「じゃあ、芽衣ちゃんまたね!芽衣ちゃんのお兄ちゃんも、さようなら!」
「バイバーイ!また学校でね!」
「……じゃあな。」
「海斗君もありがとう!学校でまた会おうね!」
「……まぁ、うん。……もまたな。」
「うん、…海斗君、色々と頑張りなよ!」
「は、はぁ?!何がだよ!」
そう言って顔を真っ赤にして慌てふためく海斗君が可愛すぎて
つい意地悪を言ってしまった。
後ろで小太郎君がクスクスと笑っている。
目の前にいる芽衣ちゃんは何のことだかわかっていないみたい。
そして隣で海斗君を見つめる幸村君は
「……どっ!……ど、どうしたの幸村君…?」
「…ん?別になんでもないよ。」
さっきまでの笑顔からは想像もできない真顔だった。
こ、これは絶対気づいてるんだ…。
「俺の芽衣にちょっかいかけやがったら地面に頭がめり込むまで打ち込むぞ」って顔だ…。
私の不用意な発言で海斗君に余計な恐怖を植え付けてしまったことを反省した。
「お姉ちゃんもありがとう!はい、これお土産だよ。」
「え…ありがとう!わー、これ手作りのクッキー?」
「うん!昨日お兄ちゃんと一緒に作ったの!」
皆が帰って行ったので、私と幸村君もそろそろレストランへ向かおうかというところだった。
玄関までお見送りをしてくれた芽衣ちゃんが手に持っていたのは可愛らしいハート形のクッキー。
兄妹で一生懸命作ってくれたことが嬉しくて、これは食べずに一生宝物にしようと思った。
「私も、芽衣ちゃんにクリスマスプレゼント持ってきたんだ。」
「え!本当!?」
「気に入ってくれるかなぁ…はい!」
「わぁ…、可愛いマフラー!ありがとうお姉ちゃん!私明日からずっとこれつけるね。」
「喜んでもらえて良かった!芽衣ちゃんに似合うと思ったんだー。」
「ママー!これもらったー!」
マフラーを早速首に巻き付けてパタパタとリビングへと走っていく芽衣ちゃんを見て、
幸村君と私は顔を見合わせて、笑った。
・
・
・
すっかり暗くなった街に出てみると、
どこもかしこも綺麗なイルミネーションで彩られていた。
クリスマス当日なだけあって、
周りはカップルだらけだ。
そんな中を幸村君と二人で歩くことができる幸せを噛みしめながら、
私は先程から微妙にテンションの低い気がする幸村君の横顔を見つめるのだった。
「……何?」
「い、いや…。イルミネーション綺麗だね!」
「…そうだね。」
「あの、レストラン予約してくれてありがとう!楽しみだなぁ。」
「うん、さんが喜んでくれるといいんだけど。」
やっとこっちを見て笑ってくれた幸村君に、ドキっとする。
クリスマスイルミネーションに照らされた幸村君が美しすぎたから。
…さっきまで子供達と楽しく遊んでいた時の雰囲気とは違った、
少し大人な雰囲気に、私の心臓は少しづつドキドキを増していくのだった。
「こちらのお部屋でご用意しております。」
「…う…わぁあああ…!すごい…!」
幸村君が連れてきてくれたのは、有名なホテルだった。
少しオシャレをしてきてねって言ってたのは、こういうことだったんだ!
高級そうなレストランの前に待ち構えていたウエイターさんに通されたのは
2人用のテーブルが用意された個室で、壁一面の窓には夜景が広がっていた。
少し照明を落とし気味の個室内にはクリスマスツリーや小さなキャンドルが飾られていて、
品の良い雰囲気の中にもクリスマスらしい温かさがあった。
真っ赤なテーブルクロスやクリスマスミュージックがさらに私の気分を高揚させる。
すごい…すごいよ幸村君…!私こんなに豪華なクリスマス過ごしたことない…。
「それでは、まもなくお食事をお持ちいたしますのでお待ち下さい。」
そう言って静かに部屋の扉が閉じられた。
クリスマスBGMだけが鳴り響く空間で、思わず口を開く。
「…す、すごいね幸村君!こんなレストラン高校生だけで…なんか緊張しちゃうね。」
「…実は、あまり良いレストランとか知らなくて跡部に相談したんだ。」
「へ?跡部?」
「うん。フフ、俺も驚いてるよ。跡部がオススメしてくれたところだからよくわからないまま予約したんだけど…。」
「なるほど…確かにこれは跡部が好きそうな空間だね…。」
「…気に入らなかった?」
「まさか!ほら、お昼は幸村君のお家でアットホームなパーティーだったでしょ。
で、夜はこんなに大人な雰囲気で…1日で色々楽しめて得した気分だよ。」
「それなら良かった。料理も楽しみだね。」
「うん!それに個室だから気兼ねなく話せるしね。あ、私この夜景写真に撮っちゃお。」
「…俺も、真田達に後で自慢しようかな。」
そう言って2人で席を立ち、部屋の風景を写真に収める。
私だけじゃなくて幸村君も緊張してたんだと思うと、少し安心できた。
そうしてそこら中を写真に収めて居る時に、お料理を持ったウエイターさんが入ってきて
悪戯をしているわけでもないのに、それがバレた時のように急いで着席した。
その様子を見て、ウエイターさんが「記念にお写真を撮りましょうか」と言ってくれたので
お言葉に甘えて一枚撮影してもらった。
綺麗な夜景においしそうなお料理。ただ、2人ともやっぱり緊張していたのか
幸村君は目を閉じてしまい、私に至っては笑顔を作る前の真顔だった。
結局2枚目を撮ってもらうことになったけど、しっかり記録に残った1枚目の写真を見て、思わず2人で笑いあった。
「そういえば、幸村君やっぱり気づいてたの?」
「何の話?」
「海斗君だよ。芽衣ちゃんのことが好きなの気づいてたのかなと思って。」
次々と出てくる見たことも無いような美しい料理に
2人で感動しっぱなしだった。
味ももちろん美味しくて、幸村君は「こんなお店を教えてくれた跡部にお礼を言わないとね」なんて言ってた。
フルコースのお肉まで食べきったところで、
フと気になっていたことを聞いてみる。
すると、意外にも幸村君はポカンとした表情。
…あれ?やっぱり勘違いだったのかな。
「…そうだったんだ。」
「あ…なんだ、やっぱり私の勘違いかぁ。ゴメン、これ芽衣ちゃんには言わないでね。」
「うん、秘密にしておく。けど…勘違いって?」
「いや…なんか人生ゲームの時とか…幸村君やたらと海斗君を人生のどん底に叩きこもうとするし…」
「………。」
「あ、あと帰りの海斗君を見つめる目が完全にスナイパーの目だったから…。」
「…………。」
「失礼いたします、最後のデザートをお持ちいたしました。」
その時、タイミングよく運ばれてきたデザート。
クリスマスらしいチョコレートアートで飾り付けられたムースケーキに
私はまた感動していた。めちゃくちゃ美味しそう…!
しかし、さっきまで一緒にはしゃいでくれてたはずの幸村君はうつむいたままだった。
「…どうしたの、幸村君。お腹いっぱい?」
「………嫌になった?」
「へ?何が?」
「……子供相手に大人げないことして、さんに幻滅されたかなと思って。」
デザートのお皿を見つめたまま、本当に悲しそうな顔でそう呟く幸村君。
いつも余裕があって、大人っぽい幸村君が、まるで子供みたいにシュンと俯く様子を見て
内心、可愛いと思ってしまったことは言わないでおいた。
「そんなことないけど…でも芽衣ちゃんを守る為じゃなかったならどうして…」
「………さんと仲良くしてたからだよ。」
「え!?」
私の方は見ずに、窓の外を見つめながら
子供のように口を少しとがらせる幸村君。
まさかの原因に思わず大きな声を出してしまった。
「…それに、いつの間にか名前で呼んでたし。」
「え…いや、それは子供だから…。」
「さんにとっては十分恋愛対象でしょ。」
「幸村君、私の事軽く変態だと思ってる節あるよね?いや…小学生はさすがに対象外だよ…?」
「…さんは可愛い男が好きだから。」
やっと目が合ったと思うと、なんだか寂しそうな目をしていた。
…その目を見つめながら、私は心の中でちょっとだけ
「小学生を性的な目で見てる女子高生だと思われてるんだ…」と
今までの行いを反省するのだった。
「た、確かに可愛いとは思うけどその可愛いとあの可愛いは全然違って…」
「赤也に、芥川君に…向日君も。いつもデレデレしてる。」
「否定できない自分が悔しいけど、でも好きとかそういうのは違うよ!可愛いなって思うだけで…」
「じゃあ俺の事は可愛いって思わないの?」
「幸村君は大人だもん、その…可愛いより、カッコイイって…思うよ。
私はまだまだ子供な感じがするから、つい…同じように子供な人に安心しちゃうだけで…。」
言いながら、段々と恥ずかしくなってきた。
頭の中に、切原氏やジロちゃんが浮かぶ時はなんともないのに、
幸村君の顔を思い浮かべるだけで、なんだか恥ずかしくなってしまう。
きっとそれは他の人とは全然違う「好き」だからだ。
それを伝えたいのに、上手く言葉に出来なくて頭を抱えていると、
目の前で私を見つめていた幸村君の目がフっと優しくなった
「…ゴメンね、意地悪言って。」
「そんな…、あの、本当に私は幸村君が…大好きなの!」
「………ありがとう。俺も、大好きだよ。」
私はその一言を言うために、顔を真っ赤にして、ダラダラと汗までかいて必死なのに
幸村君はというと綺麗な笑顔でサラっと言ってしまう。
私にだけ向けられたその言葉と笑顔に、私の汗はさらに止まらなくなるのだった。
・
・
・
「クリスマス楽しかったねー。」
「そうだね、まだ街は随分賑やかみたいだけど。」
レストランを後にした私達は、最寄り駅までの道を並んで歩いていた。
来た時とは違う道で帰ってみようという事で、
少し街灯もまばらな大きな公園を通ることにした。
夜なので人はほとんどいないはずなんだけど、
等間隔に並んでいるベンチには、何組かカップルが座っている。
たまにキスしている人たちなんかもいて、私は思わず首が折れそうな勢いで目をそらしていた。
「…そうだ、さん。ちょっと時間ある?」
「え、う、うん。大丈夫だけど…。」
「じゃあそこのベンチに座ろうか。」
しばらく歩いた後、私達も他のカップルと同じように
街灯もないような薄暗いベンチに座っていた。
目は随分暗闇に慣れていたから、かろうじて隣にいる幸村君の姿は見えていたけど
周りの恋人から発せられるピンク色のムードに、私は内心緊張していた。
「…これ、遅くなったけどクリスマスプレゼント。」
座ってしばらくしてから、幸村君が鞄から取り出したのは
可愛らしいラッピング袋だった。
「あ…ありがとう!用意してくれてたんだ…!あの、私も持ってきたの。」
急いで鞄の中から取り出したのは、
青色の紙袋に包まれたプレゼント。
休みの日に、真子ちゃん達と一緒に選んだ自信の一品だ。
「ありがとう。…開けてもいい?」
「うん!じゃあ私も…開けてみるね。」
そう言ってお互いにプレゼントを確認しようと
ラッピングを開けてみると、
「「あ。」」
思わず声が揃った。
何故なら私達が用意したプレゼントは、
お互い同じ「手袋」だったからだ。
「…あはは、かぶっちゃったね。」
「本当だ。…同じこと考えてたみたいだね。」
「その柄ね、芽衣ちゃんにあげたマフラーと色違いなんだ。」
「へぇ、そう言われてみればそうだね。…嬉しいな、ありがとう。」
「私もありがとう!へへ、早速つけちゃおうっと。」
幸村君からもらった手袋は、パステルピンクの毛糸で編まれた
温かさを感じる可愛い手袋だった。
今日は手袋をしていなかったので、早速つけてみると
じんわりと手のひらに体温が広がる。
同じように、幸村君も私があげた手袋をつけてくれたみたいで
2人で手を見せ合いながら笑った。
そうして、一通りプレゼントへの感謝を互いに伝えたところで
沈黙が訪れる。
沈黙が苦手な私は、何か話をしないといけない、と
頭の中の話題引き出しを片っ端から開いてみるけど、
どこを見ても、昨日見つけた蟻の巣の話とか
宍戸が「FrancFranc」のことを「フランクフランク」と得意気に呼んでいた話とか、
つまらないにも程がある話題しか見当たらない。
段々と焦り始める私だったけど、
フと隣を見てみると幸村君は落ち着いた様子で
ぼんやりと空を見上げていた。
つられて私も空を見上げると、綺麗な星空が広がっていた。
「わぁ…今日綺麗だね!」
「うん。ここ、暗いから良く見えるんだろうね。」
「………フフ、幸村君はやっぱり大人だなぁ。」
「…え?」
「いや、今私さ。何か話さないと…って沈黙に耐えられなくてアタフタしてたんだけど、
その間にも幸村君はこうやって星空を見上げる余裕があったんだと思うと、なんか羨ましくなったの。」
「………。」
「カッコイイんだもん、私も落ち着いた大人の女性になりたいなぁ。
ほら、今日のレストランとかもそうでしょ?あの雰囲気に似合う人にいつかなれるのかなぁ。」
星空を見上げたまま、お恥ずかしい話をしていると
幸村君が無言なことに気付いた。
隣を見てみると、パチっと目線が合う。
いつも通り優しく微笑む幸村君に、にへらっと私も微笑み返す。
「…またそうやって、俺の事を遠ざけようとしてる。」
「え?ご、ごめん。そんな意味じゃないよ。」
「…俺だって、そんなに大人じゃないんだけどな。」
「……そうかな。」
「小さい子供にも嫉妬するし、」
「……フフ、確かに。でもそれは私も同じだよ。」
「…だけど、そうやってどうしてもさんが俺を大人扱いしたいなら、
俺にも考えがあるんだよ。」
私の手を掴み、目線を合わせる幸村君。
その目はさっきまでの優しいものとは違って見えたから
また心臓の音がうるさくなってきた。
「…えっと……」
「……さんにも、早く大人になってもらわないとね。」
そう言って、私を抱き寄せ顔を近づける。
目と鼻の先に迫った幸村君の綺麗な顔に、
飛び上がりそうになったけど、
唇に広がる温かい感触に思わず固まってしまった。
そして、少し離れたと安心したところに
また降ってくる優しい感触。
どうやって息をしていいのかわからない程に続くソレに
身体中が恥ずかしさでいっぱいになって爆発してしまいそうだった。
「っ……!」
「……あ…、ゴメン…。」
目をギュっと閉じて固まるだけの私を見て、
幸村君がパっと手を離した。
片手で口を押えながら、私に背を向ける。
…な、なんだったんだろう、今の……
私のキャパを軽く1テラバイト程は上回るキスの嵐に
頭の中は完全にパニック状態だった。
外はこんなに寒いはずなのに、体温の上昇が止まらない。
何も言えずにただ地蔵のように固まる私。
「……止まらなくなって…」
「……え、あ、あの…うん…、爆発…するかと思った…。」
「…怖がらせてゴメン。」
「こ、怖くないよ!私の経験値が低すぎてその、怖がってるように見えたなら私こそゴメン!」
後ろを向いたまま、小さくつぶやく幸村君に
必死に弁解をする。
だって…、全然嫌じゃなかった。
むしろなんだかふわふわした気持ちで、恥ずかしかったけど…嬉しかった。
どう伝えれば良いものかと、悩んでいると
やっと幸村君がこちらを振り向いてくれた。
けど、その顔は暗闇の中でもわかるぐらいに真っ赤で
困ったように微笑んでいたから、私は思わず言葉を失った。
「……やっぱり、俺もまだ子供なのかも。」
そう言って笑う姿を見て、あぁ、本当だと思った。
幸村君だって、私と同じように顔を真っ赤にするぐらい
キスをするときは緊張するんだと思うと、
心の中がくすぐったいような、嬉しい気持ちになる。
なんとなくそれが可笑しくて笑うと、
幸村君はまた口を少しとがらせて、笑わないでよと
恥ずかしそうに呟いた。
優しくて、カッコよくて、時々子供みたいに可愛い幸村君。
もう幸村君の全てを知ったような気になっていたけど、
まだまだ私の知らない幸村君がいる。
そうしてもっともっと幸村君の事が大好きになっていくんだろう。
来年もこうして幸せなクリスマスを過ごせたらいいな、
なんて考えながら、私は幸村君の恥ずかしそうな顔から目が離せなかった。