「キスの味はレモン味って…本当なのかな?」
「ご飯時に気持ち悪い話やめてもらっていい?」
「き、気持ち悪い話って何?シトラスの香る爽やかな話だと思うんだけど!」
「…が頬杖つきながら切なげな目で遠くを見つめながらそう言う話をするのが気持ち悪いって言ってるんだけど。」
「詳しい説明はやめて!この短時間で彼女のこと気持ち悪いって2回も言わないで!」
「の代名詞でしょ。」
「気持ち悪いが代名詞の女子って何なの…?」
とある休日。
私とハギーは、学校の近くにある定食屋さんでお昼ご飯を食べていた。
休日に2人きりで食事をしているのは何故かというと、
私達が彼氏彼女の関係だからだ。今日はいわゆるデートの日だった。
でもきっと、隣に座っているサラリーマンのおじさんも
反対側の隣に座っている奥様二人組も私達がカップルだとは思っていないだろう。
そうなのだ。
私達が他のカップルと決定的に違うところがあるとすれば
「雰囲気」だった。
こうしてハギーに、少し甘いお話のキャッチボールをしてみようと試みても、
塩と胡椒で塗り固められた剛速球が返ってくるだけ。
もう2人とも高校生だというのに、圧倒的に「大人の雰囲気」が足りていなかった。
「…はぁ。」
「何、わざとらしくため息なんてついて。」
「…あのね、瑠璃ちゃんは先週彼氏とついにチューしたんだって。」
「ふーん。」
「私達より後に付き合ったんだよ?」
「…だから?」
「だから…だから私達もそろそろ解禁してもいいと思う!」
「何を?」
「何をって…へへへ、ヤダな。こんな昼間に言えないよ。」
「…セック「待って、何言おうとしてる?やめて、怖いよその無邪気さが。」
真顔でとんでもない勘違いをしていそうなハギーの口を思わず手のひらで塞ぐ。
力を入れすぎてしまったのか、ハギーが軽く咳込んだところでパっと手を離した。
「…何?キスしたいとでもいうつもり?」
「もっ…もう!ハギーったらそんなストレートに言わなくてもさ…!」
「欲求不満なんだね。」
「ちが、違うよ!ただ甘酸っぱい高校生ライフを送りたいと思ってるだけじゃん!」
割り箸をお盆に置いて、手を合わせるハギー。
いつもながら全ての仕草が綺麗で惚れ惚れしてしまう。
…好きだなぁ。
最近、ハギーを好きだという気持ちが溢れすぎて自分でも怖い時がある。
普段はこんなに冷たいくせに、夜は遅くまで一緒に家にいてくれたり
朝は必ずメールしてくれたりするところが本当に優しいと思う。
そんなハギーと恋人になれて、とても幸せなはずなのに
もっと幸せになりたいと思うのは欲張りなのかもしれない。
友達の時には芽生えなかった感情に、自分自身まだ戸惑っていた。
でも待っているだけじゃきっと何も始まらない。
まずはハギーにこの気持ちを伝えて、一緒に考えていこう
なんて思っていたんだけど、結果的には互いの埋められない温度差を実感するだけだった。
「…きっと私がハギーを好きな気持ちを数値にすると87万ぐらいだけど、ハギーの気持ちは1万ぐらいなんだろうな。」
「水増しするのやめてくれない?2ぐらいだよ。」
「2!?」
「っていうかくだらないこと言ってないで早く食べちゃいなよ。この後本屋さん行くんでしょ。」
「そうだったね、ゴメンゴメン。」
…でも、この温度差は私にとって全然苦じゃないんだ。
ハギーだって、きっと本当は心の中では私と同じ気持ちでいてくれるんだってわかってるから。
・
・
・
「…なるほど、これだ!」
「ちょっと、いきなり大きな声出さないでよ。恥ずかしい。」
「ご、ゴメン。ねぇ、ハギーちょっとこれ見て!」
「…なに?」
ご飯を終えてやってきたのは、これまた学校の近所の大きな本屋さんだった。
新しく発売された漫画を買う為に来たのだけど、
ハギーが雑誌を立ち読みしていたので、私もなんとなく適当な雑誌を読んでいた。
季節柄、どの雑誌にも取り上げられているのは「恋人と過ごすクリスマス」の記事。
…そういえば、今年はハギーと過ごす初めてのクリスマスだ。
約1か月後に迫っているクリスマス。
…恋人と過ごすクリスマスなんて経験したことないから全く想像がつかない。
でも、きっとクリスマスなんだからロマンティックな雰囲気になるんだろう。
2人でイルミネーションを見ながら、のんびりと散歩するのもいいし…
ちょっとオシャレなレストランで夜景を見ながらお食事なんていうのも憧れる。
しかも今年は妄想だけじゃなくて、それを現実にすることだって出来るんだ。
ハギーという彼氏がいるんだからね…!
そう考えるといてもたってもいられなくて、私は夢中で雑誌を読み漁っていた。
「"クリスマスで急接近!絶対盛り上がる遊園地ベスト10"だって!」
「クリスマスに遊園地って混みそう。」
「えーと…?この観覧車に、2人で乗ると、その2人は末永く結ばれるという、伝説があります…だって!」
「そんなの嘘に決まってるでしょ、集客用の宣伝文句だよ。」
「ロマンがないなぁ、ハギーは。じゃあ、ハギーはどこに行きたいの?」
「どこにも行きたくない。人混みが面倒くさいじゃん。」
いかにもハギーらしい答えに笑ってしまう。
…ハギーと人混みの中イルミネーションを見るとか…
うん、ハギーが文句を言ってる姿が目に浮かぶよ。
早く帰ろうって私の腕をぐいぐい引きずっていく姿が容易に想像できるよ。
「…あ、でもこれは良さそう。」
「え?どれどれ?」
ハギーと過ごすロマンティックなクリスマスは絶望的かと諦めかけたその時、
私の雑誌を覗き込みながらハギーが指をさしたのは意外な記事だった。
「…豪華ディナークルーズ…」
「でも値段結構するんだね、これは無理か。」
船の中で生演奏されるクリスマスソング、高級フレンチ、
夜景の見えるコースをクルージング…
キラキラと輝く写真にすっかり夢中になっていると、
ハギーにポンと肩を叩かれた。
「ほら、そろそろ行こうよ。」
「え……う、うん!」
…ハギーが唯一興味を示したディナークルーズ。
……サプライズでプレゼントしたら、喜ぶのかな。
ほとんど見ることのない、ハギーの笑顔が見られるかもしれない。
夢にまで見たロマンチックなクリスマスを迎えられるかもしれない。
考え始めると止まらなくて、
その日はハギーと一緒にいるというのに、クリスマスのことで頭がいっぱいだった。
・
・
・
「じゃあバイトしかないね。」
「…バイト、かぁ。」
「でもちゃん、部活もあるんだし…大変じゃない?」
昨日の出来事を相談したのは、中学からの友人である真子ちゃん達だった。
色々とクリスマスデートのことを考えてみたけど、
やっぱりあの豪華ディナークルーズをプレゼントして、ハギーを喜ばせたい。
でも、とてもじゃないけど今のお小遣いではプレゼントするのは難しかった。
ハギーも雑誌に載っていた値段を見てすぐに諦めた様子だったけど…
幸いクリスマスまで約1カ月はある。
この間に、どうにかしてお金を貯めればいけるんじゃないかな。
「…部活が終わった後に出来るバイトとかってないかなー…。」
「夜遅いのはあんまりオススメ出来ないけどなぁ。」
「そうだ、滝君と2人でバイトしてみるのはどう?一緒に貯めればいいじゃん。」
華崎さんがパチンと手を叩く。
…そうか、そうすればハギーとも一緒にいれるしお金もたまるし…!
と、考えたけどすぐにそれは無理だと思いなおした。
「私はともかく、ハギーは部活で体力もかなり使うし…バイトで体調崩したりしたらダメだもん。それは難しいかな。」
「…それにサプライズで用意するんだよね?」
瑠璃ちゃんの言葉に、全員が頷く。
そうだよ、それじゃサプライズにならない。
あぁ、どうしたものか…。
一緒に悩んでくれる皆に感謝しつつも、やっぱり身の丈に合わないプレゼントは諦めようとした、その時だった。
「…さん、バイト探してんの?」
隣の席で寝ていたはずの黒住君が、私達の輪の中に入ってきた。
2年で初めて一緒のクラスになった男の子で、普段あまり話したことはない。
たまに話すこともあるけど、印象としてはちょっと気だるげで近寄りがたい感じだった。
ハギー大好きな私のタイプではなかったけど、華崎さん曰く
ちょっとクールな感じがカッコよくて、密かにモテるタイプの男の子らしい。
「…うん、そうなんだ。」
「……部活終わるのって何時頃?」
「えーと…大体色々やって…18時30分ぐらいかな?」
「じゃあ大丈夫。俺が今バイトしてるところ、募集してるんだけどどう?」
「え!そ、そうなの?ちなみに何のバイト?」
「ケーキ屋さん。」
その瞬間、全員がグッと笑いを堪えた空気を感じた。
あの黒住君が…ケーキ屋さん…!
こんな不愛想なケーキ屋さんがいるのだろうか…。
皆同じことを考えていることに気付いたのか、
黒住君が少し間を置いて、「そんなに似合わない?」と呟いた。
とうとう堪えられなくなった私達は一斉に噴き出した。
「ご、ごめん黒住君!その…なんか…そんなファンシーなイメージなくて…!」
「どっちかっていうと男らしいイメージだったから…。」
「…別にそんなことないけど。」
「でも良かったじゃん、。黒住君いるなら安心だし、時間的にも大丈夫なんでしょ?」
「うん!黒住君、もし良かったらそこ…紹介してもらえないかな?」
「オッケ。じゃあ、今日行ってみる?」
「え、そんな急に大丈夫なの?」
「じいさんがやってる小さい店だから大丈夫だと思う。クリスマス時期だけ特別忙しくなるから、期間限定で募集してるんだよ。」
よかった、これでお金が入る。
そしたら豪華ディナークルーズを予約して…
ハギーと過ごす最高のクリスマス…!
私は性格的に決めたら一直線なところがある。
ちらっと瑠璃ちゃんが言った「でも、バイト始めると滝君との時間が少なくなるね」なんて言葉を、
ほとんど聞いていなかった。
この時の私は、煌めくクリスマスのことしか考えられなかった。
・
・
・
「皆、お疲れー!先に帰るね!」
「おう、お疲れー。」
「最近ちゃん忙しそうだねぇ。」
「な。何してんだろな。」
「それは彼氏が知ってるんちゃうん?」
放課後の部室。
相変わらずお馴染みのメンバーが集まるその場所で話題に上ったのは
マネージャーであり、滝の彼女でもある人物だった。
忍足の発言で、なんとなくその場の視線が滝へと集まる。
「…何してるんだろうね。俺も知らないんだ。」
「えー、なんだよそれ。気にならねぇの?」
「……まぁ、気になると言えば気になるけど…大体わかるよ。」
「なんや、予想ついてるんや。」
「………たぶんクリスマスだろうね。」
「クリスマスー?それが何の関係があるの?」
「初めてのクリスマスだって随分張り切ってたから…何か作ったりしてるんじゃない?」
「あ!手編みのセーターとか?」
「のセンスヤバそうだよな、胸元にLOVEとか書いてたらどうするよ。」
宍戸の発言で、部室内に笑い声が響く。
滝は一緒に笑いながらも、少し皆とは違うことを考えていた。
「…でもそれもらしくて面白いでしょ。」
「……なんだかんだ言って、のことになると楽しそうだよなー。」
「別にそんなことないと思うけど。」
「そんなことあるC〜。照れちゃって可愛い!」
からかうジローに軽くデコピンをして、部室を後にする滝。
今までは彼女とのことをこんな風に話題にされるのを嫌がっていたけれど、
付き合いも長くなり、随分余裕も出てきたらしい。
出ていく時の顔が妙にニヤついていたと向日がまた大きな声で笑った。
・
・
・
「ちゃん、今日もお疲れ様。」
「店長もお疲れ様です!いやー、今日も大盛況でしたね。」
「うんうん、ちゃんの呼び込みがきっと効いてるんだね。」
「そんなことないですよ!」
「…さん、めちゃくちゃ声でかいもんね。」
ケーキ屋さんでのバイトももうすぐ半月を過ぎようとしていた。
とにかく人手が欲しかったらしく、黒住君に紹介してもらった
その次の日から働くことになった。
優しい店長さんに、奥さん、それに同級生の黒住君もいることで
毎日楽しく働くことが出来ていた。短期のバイトだから
まだお給料はもらってないけど、自分で計算した感じでは目標金額までもう少し。
数日後に迫ったクリスマスに向けて、私は燃えていた。
ハギーには内緒でバイトをしてたから、いつもなら一緒に帰ったり
休日にはデートしたり…そういうのをこの半月なんとか我慢してきた。
普段から、私が誘わない限りハギーからは誘われることも無いし
隠すのは簡単だった。…ただ、明らかに今までより会う時間が減っているにも関わらず
何も聞かれないのは、ちょっと寂しい気もした。
…やっぱりまだまだ私の片思いなのかなぁ。そんなことも思ったけれど、
黒住君にバイト中、少し時間があったときにそんな話をしてみたところ
「信頼されてるんでしょ。」と目から鱗の言葉をくれた。
信頼…、そうだといいな。
あと少し頑張ればハギーの笑顔が見られる。
それだけを糧に、残りの数日も頑張るぞ!
「それでね、クリスマスイブの日とその前日ね。えーと、23日と24日。
この期間は商店街の特設コーナーで販売をしようと思うんだよ。」
「わぁ、お客さんいっぱいいそうですね。」
「うんうん。ちゃんは25日はお休みだから…申し訳ないけどその2日間は特設コーナーでの売り子をお願いしていいかな?」
「もちろんです!むしろ、忙しい時にお休みいただいてすみません。」
「いいのいいの!一生懸命働いてくれてるから助かってるよ。あ、黒住君も一緒に特設コーナーね。」
「…あの衣装着るんですか。」
店長さんがポンと黒住君の肩を叩くと、彼が露骨に嫌な顔をした。
「衣装」とは何のことかと質問してみると、毎年特設コーナーでは
サンタさんの格好で呼び込みをしているそうだ。……楽しそう!クリスマスっぽい!
「もちろんだよ。ちゃんの分も用意してるからね。」
「ありがとうございます!も、もしかして…へへ、可愛いサンタさんですか?」
「いや、トナカイだね。」
「トナカイ…。」
「…さん、サンタさんがしたかったの?」
「………いや、なんか…イメージ的に…ミニスカートのサンタ姿の女の子がケーキ売るっていうのが…私の使命かなって思ってて…。」
「でも寒いよ?体力勝負だからね、きっとトナカイの方があったかくていいと思うけどねぇ。」
「そうだよ。ずっと立ちっぱなしだしキツイよ。」
「なるほど!確かにそれはそうですね!」
思ったよりも現実的な説得に、納得してしまう。
…そうだよ、遊びじゃないんだ。
私にはクリスマスケーキを売りさばくという使命があるんだから
頑張らないと…!
待っててね、ハギー…。
素敵なクリスマスを一緒に過ごそうね…!
・
・
・
「ちゃん、よく似合ってるよ。」
「店長これ…なんか…私が思ってたトナカイより随分可愛いです…!」
「家内がちゃんが着るんだからもっと可愛らしくした方がいいって言うもんだからね、今年は新調してみたんだよ。」
「なんだか若々しくていい感じね!これでどんどんお客様呼び込んでね。」
ついにやってきた23日。この日は祝日だったので、朝からケーキ屋さんへと出勤していた。特設会場の設営を終えて、お店へと戻ってみると奥さんが例のクリスマス衣装を用意してくれていた。
トナカイの角がついたポンチョ型の羽織にトナカイ色のショートパンツ。太ももまであるモコモコの靴下はものすごく暖かそうだ。
ご丁寧に真っ赤な丸い付け鼻までご用意されている。
「早速着てきますね!」
「いってらっしゃい、はい、黒住くんはこのサンタさんね。」
「…はー…どうしても着るんスか。」
「当たり前でしょ、トナカイと一緒にいるのはサンタって決まってんだから。」
露骨に肩を落とす黒住君の肩を奥さんがばしっと叩く。その様子がおもしろくて、みんなで笑いあった。
「クリスマスケーキいかがですかー?チョコ味もいちご味もいっぱいありますよー!」
「…ママ、いちご味欲しい。」
「あら、いいわね。じゃあ買って帰ろっか。」
「ありがとうございます!はい、僕ちゃんこれもあげるね!」
「わぁ……ありがと。」
ケーキを買ってくれた人にオマケでお渡しするサンタさん人形。クリスマスツリーに飾ることもできるオーナメントだ。
私がケーキを渡している間に黒住君がお会計を済ませる。そんな流れで段々と売れ行きも波に乗ってきた。
…それにクリスマスがもつ魔法なのか、ケーキを持ち帰るみんなが幸せな笑顔で溢れていることが嬉しい。
明後日はついにクリスマス。
給料で貯めたお金でしっかりディナークルーズも予約できた。あとは当日、ハギーにチケットを渡すだけ。
…っく…ここまで長かった…!ハギーに会えるのは学校だけ。部活で汗をながすハギーに、何度クリスマスのことを打ち明けたくなったかわからない。でもそれじゃ当日の楽しみが半減だ。
私の脳内シミュレーションでは、まさかのディナークルーズに喜んだハギーが、いつもより私に優しくなって自然と2人の距離は縮まり…今までにないような大人の雰囲気が訪れる。
そしたらきっと…ついに私達は…!
「…さん、大丈夫?いきなり笑い出すと子供が怖がって逃げるよ。」
「へ…?あ、ごめん!そ、それにしても売れ行き好調だね。」
「うん、さんのデカイ声とトナカイが効いてるんじゃない?」
「へへへ、そうかな?黒住君のサンタ姿も似合ってるよー!」
さっきまで特設会場の前に出来ていた列が解消された。
売り上げも好調だし、なんだかんだ黒住君もノリノリでサンタさんをやっている気がする。さっき子供にせがまれて一緒に写真まで撮ってたし。
「さて、ケーキはあと…3個だね!これが売り切れたら今日は早上がりしていいって話だったし…頑張ろう!」
「おー。」
やる気のない掛け声に笑っていると、黒住君がスっと視線を移し「いらっしゃいませ」と言った。
慌てて私もそれに続こうとすると、どう見ても見覚えのある人達が立っていた。
「やっぱじゃん!」
「デカイ声ですぐわかったわ。」
「あ、よく見たら黒住!」
カラフルなダウンジャケットに身を包んだがっくん、宍戸、忍足がいた。
まさかのメンバーとの遭遇に少しテンションがあがったのも束の間。その3人の後ろに隠れていた人物が出てきたとき、私は言葉を失った。
「…やぁ、。何してんの?」
「……ハギー…!」
「あ、お前もしかして…バイトか?」
「…なるほどな、岳人。これアカンわ、見つけたらアカンかったやつや。」
がっくんや忍足が何か言っているのも、全く耳に入ってこない。私の目に映ってるのは、優しく笑っているように見えるハギーだけだった。
頭の中に色んな言葉が渦巻いているけど、何から話していいのかわからなかった。この後に及んでまだ何とか隠し通さないと、なんてことを考えていた。
「その…これは…町内会のイベントの一環で…」
「…クリスマスケーキ販売特設会場って書いてるけど。」
「…う…。」
「で?何その格好は。」
もうとっくに私が何の目的でこんなバイトをしているのか、わかっていそうなハギー。
…でも諦めきれない。バイトをしているのはバレてても、何のためにしているのかはまだ秘密にしておきたい。
そんな悪あがきが裏目にでるとは、この時はまだわかっていなかった。
「…その…これは…」
「…俺が誘ったんだ。」
すでに何かを察知したのか忍足達はそそくさと手を振って去って行ってしまった。私の目の前で腕を組みながら尋問を続けるハギーだけが残っている。
この状況をどう打破しようかとしている時だった。隣にいた黒住君が私の前に立ち塞がるようにしてハギーに話しかけた。
「…誰。」
「さんと同じクラスの黒住です、よろしく。」
「…よろしく。」
「で、バイトのことだけど…さんが…1人暮らしとか大変でお金がいるって聞いたから、誘ってみたんだ。」
「そ、そうなの!年末は何かと入り用で…。」
これはきっと黒住君、わかってくれてるんだ。
私がサプライズでクリスマスプレゼントを用意したいって話してたから…!
ありがとう黒住君…!ここはありがたく便乗させてもらうよ!
「…ふーん。じゃあなんで、バイトしてること隠してたの?」
「そ、それは…別に聞かれなかったし…。」
「…何それ。…あぁ、もしかしてその黒住君と一緒に楽しく働きたかったから言わなかったの?」
「ち、違うよ!そうじゃなくて、その…」
「…さっきも随分楽しそうに話してたよね。」
「さっき…?普通に話してただけだよ!」
腕は組んだまま、段々と苦しそうな表情になっていくハギー。
何も悪いことをしていないはずなのに、自分のついた嘘にどんどん絡まっていく。
こんなことで気まずい雰囲気になりたくないのに…もうこうなったらサプライズとか呑気なこと言ってる場合じゃない。全部バラして、とにかく誤解を解かないと…
「ほーら、滝!と、取り敢えず行こうぜ!」
「せや、予約してたとこもう時間過ぎてるしな!」
「、頑張れよ!じゃーな!」
「ちょっと、まだ話は終わってないんだけど…」
「いいからいいから!」
どこからか走ってきた3人が強引にハギーをその場から引きずっていく。
私達の険悪なムードに危機感を覚えたのか、去り際に忍足が「後でちゃんと滝に話せよ」と耳打ちして行った。
「……なんか、おかしなことになっちゃった…」
「…ごめん、俺が変なこと言った。」
「い、いや黒住君は悪くないよ!むしろありがとう、サプライズを隠すために庇ってくれて…。」
黒住君は本当に何も悪くない。申し訳なさそうな顔をする彼に逆に申し訳ないなと思ってしまう。
でも今は、頭の中がハギーのあの苦しそうな表情でいっぱいだった。いつも何が起こっても平気な顔をしてるハギーのあんな表情…初めて見た。
「あれたぶんクリスマスプレゼントのためにバイトしてるんだぜ。」
「滝のためにやってることや、許したりや。」
「…そんなのわかってる。」
「わかってたのかよ!じゃあなんで、あんな怒るんだよ。」
「…だって気にくわないでしょ。他の男がいる職場であんな格好でヘラヘラ笑ってるの。」
「…怒りのポイントそこなんだ。」
「滝でもヤキモチとか妬くんだなー、おもしれー。」
「は?ヤキモチ?全然違うんだけど、変な言い方しないでくれない?」
「…いや、どう見てもヤキモチじゃん。」
「滝のために隠れて1人でこそこそ何かやってると予想してたのに、そこに思わぬ男が絡んでたことでなんかモヤっとしてるんやろ?素直に喜ばれへんのちゃうん?」
「…そういう感じ。」
「ブフッ!だからそれがヤキモチだっつーの!」
未だに不機嫌な顔で大きな足音をたてながら歩く滝。いつも一緒にいる部活のメンバーでもそんな姿の彼はあまり見たことがなかった。
その原因が他の男に対するヤキモチだと言い当てられると、滝は一瞬ぽかんとした顔をしてから、じわじわと耳まで真っ赤に染まった。
見たことがないどころか想像もできないような彼の意外な表情に、3人は思わず声をあげて笑っていた。
「お疲れ様!本当にたくさん頑張ってくれてありがとね!はい、お給料だよ。」
「わぁ…ありがとうございます!」
あっという間に24日が終了した。
昨日、ハギーからあの後連絡はなかった。私から電話をしたかったけど…怒ってて電話に出てくれなかったらどうしよう、
とか時間も遅いしメールの方がいいかな、とか色々考えすぎてバイト後の疲労感でそのまま寝てしまった。
目覚めは最悪で、今日1日を乗り切れるか不安で仕方なかった。
でも、お店に来てみると昨日よりもたくさんのお客さん。落ち込んでる暇もなく朝から必死に働いた。
そして手にしたお給料袋。
初めての感触に心から込み上げるものがあった。
…大変だったけど、楽しかったなぁ。その充実感は一緒に特設会場で奮闘した黒住君も一緒だったのか、
給料袋を見ながら何かを考えている様子だった。
「また来年も手伝いに来てよ、よかったら。」
「わぁ、ありがとうございます!来年も頑張りますね!」
にこやかに手を振る店長と、奥さんにお礼を言ってから店を後にする。
駅までの道乗りを黒住君と歩いていく。町中がイルミネーションで溢れかえっていて、夜は特に綺麗だ。
「…仲直り、できた?」
「へ?…あ、ハギー?残念ながらまだ話してないけど…」
「明日、頑張って。」
「うん!明日は朝からハギーの家に突撃しようと思ってるの!」
それはちょっと迷惑じゃない?と黒住君が笑う。
もしかすると怒ってて会ってくれないかもしれない。でも、明日のために…ずっと頑張ってきたんだからここで諦めるのは嫌だった。
とにかく顔を見て話をしよう、そしてサプライズプレゼントがしたくて変な嘘をついてしまってゴメンって謝ろう。
今年のクリスマスはもう二度とこないんだ。
目標だった大人の雰囲気溢れる豪華ディナークルーズでのクリスマス。
そこでハギーの笑顔を見るまでは死んでも死にきれない。
黒住君の応援に一言ありがとうと伝え、ぐっと拳を握りしめた。
・
・
・
「よし…、もう一度…。プルル…あ、もしもしハギー?今私はどこにいるでしょーか?正解はー…ダララララ…ハギーの家の」
ピンポーン
「うわ!びっくりした…。宅配便かな?」
そして迎えた25日。
現在朝の9時。
未だにハギーからの連絡はない。
…正直、考え始めると不安すぎてたまらないけど
私の心は決まっていた。
まずはハギーの家の前まで行って、電話をする。
何でもないような感じで、普段通りの会話で上手く誘導し
外に出てきてもらう。顔を顔を合わせればこっちのものだ。
ハギーの腕を掴んで物理的に逃げられないようにすれば、
私の謝罪も聞いてくれるだろう。
メールとか電話だと、ちゃんと伝わるか不安だし。
電話で呼び出すときにテンパってしまわないように
きちんとシミュレーションもした。
さぁ、出発だ!…という時に、インターホンが鳴る。
タイミング悪いなぁと思いながらも玄関へと向かった。
「…はいはーい………え…」
「ちゃんと相手が誰か、確かめてから出るようにっていつも言ってるでしょ?」
「…ハ、ハギー……なんで…?」
「……今日はクリスマスでしょ。」
扉を開いた先にいたのは、宅配便のおじさんじゃなかった。
会いたくてたまらなかった愛しのハギー。
そのハギーが、今、目の前に立っていることだけでも泣き出しそうなのに、
スっと目の前に差し出されたモノを見て、いよいよこらえていたものが崩壊した。
「…何、いらないの?」
「……なにこれ…っう……なに…っ…」
「どうみても花束でしょ。これ持ってくるのめちゃくちゃ恥ずかしかったんだから早く受け取ってくれない?」
「……うっ…ありがとううわあああん!」
あのハギーが、普段私が憧れの少女漫画的シチュエーションの話とかすると
全力で「でも、それって二次元だから許される話で実際にやると相当イタイよね?」と潰しにかかるハギーが…
真っ赤な赤いバラの花束を持って、クリスマスに、私に会いに来てくれた。
マフラーにうずめた顔が少し赤いのは寒さだけのせいじゃなく、本当に恥ずかしかったんだろう。
そんなに恥ずかしいことを、私の為にしてくれたなんて…
色々言いたいことがあるのに言えないまま、ただ玄関で立ち尽くし号泣してしまった。
ハギーは、そんな私を見て「絶対泣くと思った。」と苦笑いしていた。
「…それで、あのね。ハギー。」
「なに?あ、花瓶ある?これ移し替えないと。」
「あ、うん!空のペットボトルでいい?」
「恋人からもらった薔薇をペットボトルに飾るっていうの?」
「ご、ゴメン!そっか…折角綺麗なバラだもんね。後で花瓶買いに行こうかな。」
「そうして。取り敢えずバケツに水張ってつけとくね。」
洗面所へと向かったハギーは、バケツを取り出し
手際よく花束のラッピングをほどいた。
水の中でパチンパチンと茎を切っていく姿を見ていると、
本当にハギーは色々と女子力が高くて好きだなぁ、と思ってしまう。
薔薇があまりにも綺麗だからなのか、
バケツに飾ってるだけでもものすごく素敵に見えた。
「…よし、これで大丈夫。で?さっき何か言おうとしてなかった?」
「え、あ。そうだ。あのね…黙ってバイトしててゴメン!」
「…………。」
「その、やっぱりどんなことでも隠し事されるのは寂しいよねって思って…悪いことしたな、と…。」
「……別にバイトを隠してたことには何も思ってないけどね。」
「え?そうなの?」
「…はぁ、本当空気読めないよねって。」
まぁ、いいけど。と言って笑うハギー。
…あの時怒ってたのは下手な隠し事を貫き通そうとしたからだと思ってたんだけど…違うのか?
「…ゴメン、ハギー。私、ハギーが嫌だなって思ったことにはちゃんと謝りたいから、なんで怒ってたのか教えて?」
「もういいって。」
「いや、是非後学のためにも教えてください。」
「…言いたくない。」
「何!?言いたくないことって何?逆に気になるよ!」
「言いたくないんだからそれでいいでしょ、ハイ。この話はおしまい。」
「………。」
ソファに座りながら、パチっと手を叩くハギー。
私はというと、なんだかモヤモヤした気持ちだけが残っていた。
……言いたくないなら仕方ないけど…結局何もわかっていなかった自分が悔しい。
他に思い当たることはないか今一度考えてみようとして、難しい顔をしていたのか
ハギーが私の表情を見て思いっきりため息をついた。
「……昨日、忍足達に言われて俺も初めて知ったんだけど。」
「…ん?何が?」
「………ヤキモチらしい。」
「へ。」
「…っだから、言いたくないって言ってるの。」
そう言って、フイと顔を背ける。
…ハギーがヤキモチ?…それはつまり整理すると、
「……もしかして、黒住君?じゃないよね?」
「…あの場に他に誰もいなかったでしょ。」
「ええええええ!え、全然!全然違うよ、黒住君はそういうのじゃ「だからわかってるって。」
「……え…そうだったんだ…その…なんか、ゴメン……ね…。」
「…何その顔。全然反省してない。」
「……だ、だってその…フフッ、あの…」
嬉しい。
ハギーが怒ってるんだから、今すぐこのニヤついた顔を神妙な表情へとトランスフォームさせなきゃいけないのに
どうしても顔が緩んでしまう。
だって…だって、ハギーが私を取られたくないって…そう思ったってことだよね?
「…私が他の男の子といると≪あいつは俺の女なのに…何外の奴にヘラヘラしてんだよ…くそっ、なんだこの胸のもやもやは…!≫
とかって思ってたってことなんだよね?」
「丸刈りにしようか?」
「何を!?か、髪!?やめてよ、怖い!」
「…調子乗るからでしょ。バカ。」
「……へへ、ハギー。ゴメンね、不安にさせて。」
「だからその上から目線がウザイんだけど。誰も不安になったとか言ってないでしょ。」
プリプリと怒るハギーを見つめながら、聖母の様な暖かいまなざしが止まらない。
もう何を言ってもハギーが可愛く見えてしまう。
その視線が気に入らなかったのか、ついにハギーが帰ると言い始めたので慌てて止めた。
「待って、ハギー!あの…私からもクリスマスプレゼントがあります!」
そう言うと、少しの間私を見てストンとソファに座りなおしてくれた。
ホっと胸をなで下ろし、満を持して私の努力の結晶であるチケットをポケットから取り出した。
テーブルの上に、2枚並べてチケットを置くと
ハギーがそれを覗き込むようにして読み始めた。
「…クリスマス特別…ディナークルーズ招待券……何これ。」
「この前雑誌で見てたでしょ?ディナークルーズ!これ、今日なんだ!一緒にいこう!」
「………あんなの覚えてたんだ。」
「…あ、アレ?嬉しくなかった?」
「……嬉しくない訳ないでしょ、ありがと。」
チケットを手に取り、ふわりと優しく微笑んでくれたハギー。
その笑顔を見た瞬間、思わず飛び上がって「よっしゃ!」と叫んでしまった。
一生懸命働いて良かった…全部、この瞬間に報われた!
ずっと見たかったハギーの笑顔。
…それだけでもう今日は最高のクリスマスだよ…!
「なんでが喜ぶの。」
「へへ、だって嬉しいよ!ハギーが喜んでくれたら!」
「っていうかこれ行くなら、服着替えないといけないよね。」
「あ、そっか…。じゃあちょっと早めに家を出て、ハギーの家に寄ってから行こっか。」
「そうだね。まだ時間はあるし…、あ。、髪の毛やってあげるよ。」
「ありがと!そう言ってもらえると思って、髪飾りだけ買っておいたんだー。」
「何それ、ちょっと持ってきて。のことだからダッサイの買ってきたんでしょ、どうせ。」
「そんなことないよ!さつまいもとネギがあしらわれてるデザインでね、これ!」
「うわ、気持ち悪い。妙にリアルな質感にこだわってる感じが最悪。」
「酷評だね、予想通り…!お、オシャレ上級者はこういう個性的なアイテムを使うってハギー言ってたから…」
「こんなのミランダ・カーがつけてもダサいのに、がつけたらどうなると思う?頭で田畑を耕してるバカだよ。」
「シンプルでわかりやすい批判をありがとうございます!」
・
・
・
「…う…わぁ、スゴイね!ハギー!」
「あ、このクリスマスソング聞いたことある。生演奏なんだ、いいね。」
初めて2人きりで過ごすクリスマスの夜。
ドレスに着替えた私と、カジュアルなスーツ姿のハギー。
ハギーは何を着てもお洒落だ。
でも普段、こういう姿をしているハギーは見たことない。
なんだか、お互いにいつもと違う格好をしているからなのか
良い緊張感というか、少し大人になったような興奮があった。
「いらっしゃいませ、本日はクリスマスディナーのコースとなっております。
お飲み物はいかがいたしましょうか?」
「あ、ノンアルコールのシャンパンでお願いします!」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ。」
「…、いつもレストランではジュース頼むのにどうしたの?」
「へっへっへ…今日は事前に下調べしてきたんだ!未成年でも大人っぽい雰囲気を味わうためのドリンクをね!」
「…ふーん、楽しそうだね。」
キョロキョロと船内を見渡す私を、頬杖をつきながらなんだか温かい目で見守るハギー。
…ダメだ。折角大人っぽい格好で、大人っぽいところに来たんだから落ち着かないと!
コホンと一つ咳をして、背筋を伸ばして座っていると
またハギーがケラケラと笑った。
…ハギーだって、今日はなんだか楽しそうだ。
でもそんなことを言うと、恥ずかしがりやなハギーのことだ。
全力で否定しにかかってくるだろうから、その言葉は私の心の中にしまっておいた。
「美味しかったねー。お腹いっぱいだ。」
「だね、本当美味しかった。お肉も柔らかかったし。」
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
次々と運ばれてくるフレンチに感動している内に、デザートまで食べ終えていた。
船内では優雅なクリスマスソングが流れている。
フと周りを見てみると、先程まで席にいたはずの人々がいなくなっていた。
「あれ…?皆どこにいったのかな、降りたわけではないだろうし…。」
「さっき、オープンデッキの方にも行けるって言ってたし…そこじゃない?」
「へぇ!いいね、イルミネーションも見えるんじゃない?」
「…行く?」
「うん!行ってみよう!」
少し冷たい風が吹いていたけど、
先程まで暖かい船内にいたからなのか、そこまで寒くは無かった。
オープンデッキにはいくつかのベンチが設置されていて、
のんびりイルミネーションが輝く街を眺めているカップル達が何組かいた。
クリスマスツリーやライトで彩られた幻想的なデッキ。
私達もベンチに座ってみることにした。
「うわぁ…なんか…ロマンチックだね!」
「…ップ…、フフ、そうだね。」
「な、なんで笑うの?」
「いや、まさかとクリスマスに、こんなに雰囲気の良いところで2人きりになることがあるなんて…
昔は微塵も考えてなかったから…面白くて。」
「微塵も…考えてなかったの…?」
「…うん、全然。まず、こういう大人っぽい雰囲気、には似合わないでしょ。」
「似合わないかもしれないけど…憧れだったから、嬉しいなぁ。」
遠くに煌めくクリスマスのイルミネーションを眺めながら、
2人でのんびり星空の下で話すなんて、まるで少女漫画の世界だ。
漫画の中なら、きっとこのままいい雰囲気になった恋人たちは…
「……ハギー、あのさ…。」
「ん?」
「…こういう雰囲気になったらさ…その、友達だったら違うと思うんだけど…
恋人だったら…ど、どういうことするかな?」
「……わからない、なんだろう。」
「わからないの!?い、意外に経験値低いんだねハギー。」
「イラっとする言い方が得意だよね、は。じゃあ、は知ってるんだ。」
「へ!?ま、まぁ一応…わかるけど…。」
「…じゃあ、してみてよ。」
隣にいるハギーの顔が、意地悪な笑顔に変わる。
……絶対私が何を言いたいかわかってるはずなのに…!
「ほら、早く。」
「ちょ、ちょっと…そんな言われてすぐに出来るもんじゃないよ!」
「ふーん…、じゃあ目を閉じたほうがいい?」
そう言って、目を閉じて私に顔を近づけるハギーに
思わずのけ反ってしまう。
ぜ、絶対わかってるじゃん!何をしたいかわかってるのに、それでも私からさせようというのか…!
「ま、まままま待って!出来ないよ、人もいるのに!」
「誰も見てないよ、暗いし。」
「……っ…」
「……はぁ、はやっぱりヘタレだね。」
私が、今からどの角度でどのタイミングでいこうかと必死に考えていると
待ちくたびれたのか、ハギーが目を開けてしまった。
あぁ…!自分のバカ…、タイミングを見誤った…!
「ちょ、待って…!もう1回チャンスを…」
「もうダメ。次はの番。」
「……え…?」
「…早く、目閉じてよ。」
このままではハギーとのクリスマスイベントを攻略直前で逃してしまうんじゃないかと
必死になる私に、ハギーが余裕の笑みで応える。
目を閉じてって……つまり……じゃあ、そういうことだよね…?
どうしよう…心臓がどきどきしすぎて苦しい。
このまま海に飛び込んでしまいたいほどの衝動に身体がざわつく。
でも…
「…は、はい!閉じたよ!」
「ん、じゃあそのままね。」
「……!」
いつ"その時"がくるのかわからなくて、息も出来ない。
自然と体に力が入る。拳を握りしめながら、息を止めて、その衝撃を待つ。
待つ。
待……
「ぶふぁっ!……あ、あの…ハギー?」
「……ッフ、…フフ、本当面白いよね、って。」
「え!?え…まさか…からかったの!?」
「いや?まぁ、真っ赤な顔で口突き出してるは、いつもより可愛かったけど。」
やっぱりからかったんだ…!
カァっと顔に熱が集まっていく。
とんだ辱めだよ、なんだこれ…!
さすがに怒ろうかと思ったその時。
あまりの緊張で、さっきまで気付かなかった感触に気付く。
「…あ、あれ?このネックレス…。」
「…クリスマスプレゼント。そのドレスに似合ってるよ。」
「わぁ…綺麗な色…、ありがとう!花束ももらったのに…」
「あれは仲直りのプレゼントでしょ。これは別だよ。」
「そっか!…えへへ、似合うかな?嬉しい…。これ、毎日つけ…」
さっきまでの恥ずかしさなんて忘れて、
ただただ首元できらりと輝くネックレスに感動していた。
改めてハギーに感謝を伝えようと顔をあげると、
なんだか見たことのないような優しい顔のハギーがいた。
「……あ、あの。ありがとう!毎日つけるね。」
「はいはい。」
「う、うん…あの…なんか…ち、近くない?」
「……わからない?何しようとしてるか。」
目と鼻の先に迫ったハギー。
あまりに近すぎる距離に、焦っていると
グっと背中を抱きしめられた。
そして唇に伝わる温かい熱。
イルミネーションをバックに
触れるようなキスをしてしまった。
ついに、ハギーと、してしまったんだ。
「……っ……ハ、ハハギー…!」
「…大人のクリスマスが憧れだったんでしょ?」
「そそそそそうだけど、大人の階段を…こ、こんな形で駆け足で上るとは思ってなくて…!
な、なんかまだ…夢みたいっていうか……あの、あ、ありがとうございます!」
「……、顔真っ赤。」
「だって…恥ずかしいよ…!」
「……可愛い。」
なんかハギーが優しすぎて怖い。
私のことを可愛いだなんていうハギー、私は知らない。
ノンアルコールシャンパンで酔っ払っちゃったの?
…ふ、普段から優しくしてもらえたら嬉しいな、なんて夢見ることはあったけど
これは…身も心ももたないかもしれない。このままじゃ爆発してしまいそうだ。
「ハ、ハギー大丈夫!?船酔いしてる!?」
「…酔う訳ないでしょ。正気だよ。……ちょっとを喜ばせてあげようと思ったのに、そんな風に言われるんだったらもうやめた。」
「……う、うん。あんまりそんなこと言われると…恥ずかしいもん、あはは…。」
「………。」
「え?」
恥ずかしさでたまらなくて、顔を手のひらで覆っていた私に
ハギーが話しかけるもんだから、つい振り向いてしまった。
その瞬間、また触れるようなキスが落とされる。
固まる私を見ながら、楽しそうに笑うハギー。
……確かに、このクリスマスにはハギーの笑顔が見たいと思っていたけど…
こんなの刺激が強すぎる。
「あはは、また真っ赤になった。」
ハギーの一挙手一投足にドキドキして、
顔を真っ赤にする私を完全に面白がっている。
これもクリスマスの雰囲気がもつマジックなのか
今日のハギーは笑顔に溢れている。
こんな風にからかわれるのは本気で心臓が持たないので勘弁してほしいなと思ったけど、
その笑顔を見ていると顔だけでなく、心までどんどん温かくなっていく気がした。