「なんか普通に店とかで売ってるレベルのクオリティッスよねー。」
先程、玄関のグッズ売り場で購入したらしいリストバンド。
氷帝の中では見慣れた光景だけど、立海の皆がこうして
氷帝学園祭のリストバンドをしている姿が不思議で、新鮮だ。
そして、幸村君も切原氏も…全員が普通にオレンジ色を購入しているところとかも
微笑ましい。立海カラーだもんね。
「噂では、昔こういう商品を販売してる会社の御曹司が通ってたらしくて…
なんとなく出品してみたら氷帝内で大ブームになっちゃって
そのまま毎年こうして協賛してくれてるんだって。」
「…なんか氷帝ってスケールが違うな。」
「で、お前さんはどれを買うたんじゃ?」
くるくると指でリストバンドを回しながら、
何気なく私に質問をする仁王君。
その質問につい表情を曇らせてしまう。
「…みんなは知らないかもしれないけど、このリストバンドって結構…難しいんだよ。」
「どういう意味だよ?」
「一応普通のリストバンドとして販売されてるんだけど、
結構これって氷帝生の間では恋愛的なジンクスの噂もあってね。」
丸井君のリストバンドを借りて、そこに書かれたメッセージを皆に見せる。
小さすぎる文字だけど、そこにはきちんと文章が書かれていた。
「コレは…あいむはっぴーふぇんゆーあーはっぴー…。」
「うわ、さん英語の発音超下手ッスね!」
「それは今関係ないよ!いや、そうじゃなくて…このリストバンドは
異性にプレゼントすると、ちょっとした意味が出てきてね…。」
「へー、そうなんだ。」
面白そう、とほほ笑む幸村君に素直に笑えない私。
それは、ついこの前あった苦い思い出が関係していた。
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「学園祭のチラシ見た?今年のリストバンド、カラーが結構可愛かったよ!」
「おー、見た見た。」
「ねぇ、がっくんは何色買うー?」
放課後の部室で、皆の着替えを待っている時。
がっくんの鞄から乱雑にはみ出ていた学園祭のチラシを何気なく手に取った。
学園祭前になると新聞部から特別発行されるグッズ販売のチラシ。
毎年人気のグッズは早めに申し込みをしておかないと、売り切れてしまう程だ。
「いや、俺リストバンド買ったことねぇけど。」
「俺もや。」
「え?そうなの?なんで?」
「なんでって…別に買わなくてももらえるじゃん。」
その一言に私の脳内でピシっと何かが割れるような音がした。
きょとんとした表情で、忍足と見つめ合うがっくん。
いや…いやいや…何、もらえるって…。
「そ、っそそそそれは…もしかして…あの女の子から…っていう…」
「せやで。跡部なんか学園祭の後、腕中にリストバンドつけてるやん。」
「ぎゃはは、あれめっちゃ間抜けで面白いよな。」
「本人は得意げな顔しとるけどな。」
ケラケラと笑いあう二人を見ながら、私は薄らと汗をかいていた。
…ま、まさか…あの噂は本当だったのか…
正直、「まさかこんな恥ずかしいメッセージついたリストバンドプレゼントして告白なんてしないでしょー」
とか思ってたのに…私の知らない世界では、普通にリストバンドの密輸入が横行していたなんて…。
なんとなく言葉がでなくて固まっていると、
忍足が何かを察したのかニヤリと笑った。
「ってか、あのリストバンドって自分で買って自分でつけてる奴なんかおらんやろ。」
「だよなー。まぁ、外部の客達には普通に人気あるみたいだけど…氷帝生はなー。」
「え、そういえば何か言うてなかった?買うとか、なんとか。」
「い、いいいいいい言ってないよ!何言ってんの!」
明らかに私を蔑んだ目で見下す2人。コブラツイストかますぞ。
ダメだ、こんな状況で言えるはずない。
今まで何も知らずに、普通に自分で買って自分でつけてましたなんて言えない。
……いや、っていうか…
じゃあ、真子ちゃんも瑠璃ちゃんもつけてたのは何だったんだ?
普通に皆で「色違いだねー☆」とかキャピキャピしてたのに…
も、もももしかして…
「皆も…誰かにもらって……」
自分の名探偵並の頭脳が憎い…!
こんなこと気づかない方が幸せだった…!
え…、本気で私だけ…この広大な氷帝学園の中で私だけが自給自足でリストバンドを購入して…
「そうだよなー、っつかそんな奴痛すぎるもんな。」
「ほな、も誰かにもらったんか?」
「…っそ、そうだよ。そうに決まってるでしょ。」
「へー、誰だよ。そんなマニアックな奴いるんだな。」
「失礼な!ほ、ほら!これ!大切に持ってるんだから!」
こうなったら、嘘を貫き通すしかない。
ここまできたら、もう引き下がるわけにはいかない…!
そう決心した私は、ポーチの奥底にいつもしまっていた
赤色のリストバンドを取り出す。
良かった…、これできっと信憑性が増したはずだ…。
もらったものだからこそ、こうして大切に毎日持ち歩いているんだぞ…!
脳内でそんなストーリーをでっちあげていると、
私の手からパシッとリストバンドが奪われた。
「ちょっ…何すんのよ跡部!返して!」
「……お前、これ本当に誰かにもらったのかよ。」
どこから現れたのか、制服に着替えた跡部が
私のリストバンドをくるくるとひっくり返しながら念入りに見つめている。
かと思えば、急に真面目な表情で問いかける。…な、何よ尋問のつもり?負けないぞ…!
「…そうだよ。誰にもらったかっていうのは、秘密だけどね!」
「俺にも見せて。……あー…ふーん…ぷふっ!」
「結局その人とお付き合いすることはなかったけどさ、こういうのって淡い青春って感じだよねー。」
「……へー…。これがもらったリストバンドなぁ…っく…。」
「でも、想い出としていつも大切に取ってるんだー。あんた達みたいにたくさんはもらえないけどさ。」
いつの間にか、大集合していたレギュラー陣が
次々に私のリストバンドを手渡していく。
みんな、何故かリストバンドをひっくり返したりして、念入りにチェックをしている。
…そんなに珍しいか…?みんなももらってるんだよね?
でも、この嘘をなんとか終結させるため、私の口は止まらない。
「私はたった1つでも嬉しいんだ…それが誰かからの愛だって思うだけで「お前、嘘ついてんだろ。」
ついに手元に返ってきたリストバンド。
それを手渡す瞬間に、私の肩を叩き今にも吹き出しそうな含み笑いでそう言った跡部。
一瞬にして固まってしまう。
それをきっかけに、皆が笑い出す。
忍足なんか涙を流して笑ってる、ぶん殴りたい。
い、いや…でもなんでバレたの…?!
「う…嘘とかじゃ…!」
「。…言いにくいんだけどさ、このリストバンドって誰かに渡す時さ、
裏側に自分の名前を書いて渡すのが普通なんだよ。」
「……っそ…っへ!?」
「…どこを探しても先輩のリストバンドには名前らしきものは書かれていませんでしたね。」
冷静に言うぴよちゃんさまの言葉に、また部室内が大爆笑に包まれる。
私はもう勝ち目はないと悟り、顔を真っ赤にしてその場にうずくまることしか出来なかった。
悔しい…悔しいよ、お母さん…っ!
モテない女はこんな仕打ちをうけないといけないんですか…
世の中やっぱり顔だというんですか…今、私の目の前で悪魔の顔で笑っているこいつらばっかり
たくさんの愛情をゲット出来て、なんでこんなに健気で可哀想なシンデレラ、には誰も…くっそぉおおお…!
いつまでも止まない大爆笑にそろそろ拳を振り回すためにウォーミングアップを始めると、
「お前たち、着替えたなら早く帰りなさい。」
「おわっ!!…え…っ、監督…!」
物音1つ立てずに登場した榊先生に、皆が一瞬で凍り付く。
……い、いつからいたんだろう…。
さっきの話、聞いてたのかな、と思いつつ
機敏に帰りの準備を始める皆と同じように、私も準備を進めた。
手元で悲しく存在感を放つリストバンドを見て、涙をこらえながら
ポーチに放り込もうとしたその時。
「。まだそのリストバンドを持っていたのか。」
「……え?」
「「「「え??」」」」
腕を組みながら、こちらへ近づく先生。
何が何だかわからないまま、先生を見上げる私。
周りの皆も、先生の発言に完全に固まっていた。
「人からもらったものを大切にしているのは、良いことだ。」
そう言って、私の頭をポンと叩いてそのまま部室を後にする先生。
皆に見えない角度で私だけに小さく目で合図してくれたその意図はきっと…
今までの私たちの話を聞いていて…それで、私を哀れに思って…
「可哀想にバカにされて…先生が助け舟を出してやろう」とかそういうことだったんだと思うけど…思うんだけど…
パタンと扉が閉まった瞬間に、全員の目線が私に突き刺さる。
「………え、お前…。」
「…ちが…違う…違う……っ!」
「えー…監督と…普通に引くわ。」
「違うっ!違うよ、普通に自分で買ったんだよ!!本当だから!信じてよ!自分で買いました!!」
「でもさ、監督だったら裏に自分の名前書くのとか知らないのも納得じゃね?」
「確かに、そうやな…。逆に妙に信憑性増したわ…。」
「。お前がまさか年上好きだったとはな。」
「違うっつってんでしょ!!アレは!榊先生のいつもの!方向性を盛大に間違えた謎の思い付きフォローだよ!」
「またまたー、恥ずかしがんなって。応援するぜ、俺らは。」
そしてまた爆笑に包まれる部室内。
私の脳裏にはドヤ顔で私を助けたと思っている榊先生の姿が思い浮かんでいた。
……む、無駄に事態をややこしくしてるんですよ…!先生のそういう思い付きが…!
むしろ、先生と噂されるぐらいだったら自分で買ったと馬鹿にされる方が10000倍マシだよ…!!
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「…っていうことが…あってね…今、そのリストバンドを見るだけで軽く記憶トびそうなんだ。」
「あの監督、そんなお茶目なとこがあるんスね!めっちゃ意外!」
「榊先生はいつでも真剣だよ…。そのベクトルが常人には理解できないだけでね…。」
私の悲しい話を聞いたからなのか、若干お通夜みたいな雰囲気になる立海陣。
ごめん、楽しい学園祭中にカオスな話してごめん。
「じゃあさんはまだ今年は誰にももらってないんだね。」
「まだ今年はって…違うよ!前回も榊先生にもらったわけじゃないよ、信じて!
全身全霊をかけて誓うよ!私は自分で自分に買ったことしかないよ!」
「…それはそれで可哀想じゃの。」
「でも、いいんだ!今年はね、友達とお互いに贈りあおうって言っててね…」
なんとかダメージを軽減するために、先手を打って真子ちゃんや瑠璃ちゃんと約束したんだ、今年は!
「友バンド」も最近は流行ってるらしいからね!これであいつらにも誰にもバカにされないぞ…!
何色にしようかな、とか早く私も買わないとな、と考えていると
スっと腕を持ち上げられる感覚があった。
「はい。じゃあ俺が1番のりだね。」
「……え、これ…。」
「さんにあげるよ。名前も書いてる。」
ニコっとほほ笑んで、廊下に設置してあるアンケート記入台へとサインペンを戻す幸村君。
震える手で恐る恐るリストバンドの内側をめくってみると
綺麗な字で「幸村精市」とサインがしてあった。
まさかのタイミングで、まさかのプレゼントに思わず震えてしまう。
……す、すごい……幸村君のサイン入りグッズもらっちゃったよ…!
「ほ、ほほほっほ本当にもらっていいの…!?」
「うん。立海カラーが似合うよ、さん。」
「あ、ありがとう…!あの、じゃあ…うん!私、生涯肌身離さずつけるよ!これ!」
「生涯……。」
「で、あの…えへへ。皆の前で…ちょっと恥ずかしいけど…ふつつかな娘ですがよろしくお願いいたします!」
このリストバンドを異性へ贈る、ということはつまりそういうことだ。
同性へのプレゼントとは違う意味をもつこのリストバンドのジンクス。
幸村君は私のことが間違いなく好きなんだ。
皆の前でこんな公開告白されたのはちょっと恥ずかしいけど…きちんと思いには答えなくっちゃ…!
頬が自然と温度を増す。ニヤけながら、目の前の幸村君を見てみると、
何故だか少しきょとん顔。ん?
「…えっと…、あの何をよろしくなの?」
「へ?え…だって…幸村君、これくれたよね?」
「うん。」
「私の事好きなんだよね?」
「「ぶふぉっ!」」
事実確認をしただけなのに、思いっきり吹き出す丸井君に仁王君。
えっ!?え!?と焦る切原氏。
そして、目の前で笑顔のまま首をかしげる幸村君。
……あれ?何この雰囲気。
「…あの、ゴメン。このリストバンドにそんな重い意味があるなんて知らなくて…。」
「……え?違うの?」
「…もちろんさんのことは…その…。」
少し顔を赤らめて何かを考えるように俯く幸村君に、
サっと血の気が引く。
……ヤバイ、また突っ走ってしまった私…。
「お前、マジでがっつきすぎだろ!」
「肉食系女子じゃ、肉食系。」
「い、いや…え!?違うの!?だってこのリストバンドの意味って…。」
「だーから、部長のは友バンドってことッスよ!はい!だから無効!さんの勘違いッス!」
「ま、まぁ幸村が安易に贈ったのが悪かったんだよな、うん。」
ゲラゲラとお腹を抱えて、手を叩いて笑う丸井君に仁王君。
ジャッカル君が心配そうに私の顔を覗き込む。……いやいや…え…
勘違い
その言葉に、全身の血が沸騰するようだった。
「も…申し訳ございませんでしたぁああああ!忘れて下さい、今すぐ!」
「い、いや…俺も…ゴメンね。」
「ゆ…幸村君が望むなら、今ここで切腹しても…あああああ、本当にゴメン!変なこと言って!」
「…っふ…ふふ、いや…。」
「ゴメン勝手に勘違いして…!友バンドだったんだよね!ありがとう!」
「……友バンド…。」
「こちらこそ、これからも友達としてよろしくお願いします!これ、一生大事にするね。」
「……うん、そうしてくれると嬉しいけど……、いや、フフ。今はそれでいいよ。」
盛大な勘違いで気を悪くしたであろう幸村君はいつも通り綺麗な笑顔、やっぱり器がデカイ。
そこらの、器が猫の額ぐらいしかないような氷帝レギュラー陣とは何もかも違う。
少し恥ずかしい思いはしたけど…
自分の腕に輝く、立海カラーの友バンドを見てやっぱり嬉しくなった。
Extra Story No.2