「あれ?金ちゃんどこいった?」

「え…本当だ、いつの間にかいない。」

「また匂いに釣られてどっか行ったんちゃうか?」


四天宝寺の皆を案内している時だった。
まだまだ学園内には人が多くて、少し気を抜くとはぐれてしまいそうな程だ。
そんな中で、気が付けば金ちゃんがいなくなってしまった。


「どうしよう…迷子放送かけてもらう?」

「あかんあかん、そんなんかけてもあいつ聞いてへんで。」

「…せやな…、取り敢えずそんな遠くには行ってへんやろし探してみよ。」

「面倒くさ。…ほな、見つけた人がお互い携帯で連絡取り合うってことで。」


ポケットから携帯を取り出して、プラプラとそれを目の前で振る財前君。
なんと金ちゃんは携帯を持っていないらしい。


「あんまり散らばってもアレやし、二手に分かれよか。」

「わかった!財前、こっちや。行くで!」

「……なんで強制的に謙也さんと一緒なんスか。」


はぁ、と大きなため息をついた財前君の言葉を聞くこともなく
既に30m程先まで走って行ってしまった謙也君。

それを見て、必然的に取り残された白石さんと目が合う。


「…ほな、行こか。」

「うん!2人は外に行ったみたいだし、私たちは校舎内を探してみよ。」



























「…いないねぇ…。」

「おらんなぁ…。携帯にも連絡ないみたいやし、あっちもまだ見つけてないんやろな。」


この広い校舎内。
取り敢えず解放されている教室を順番に覗いていったものの金ちゃんの姿はない。

…残るは、このフロアだけか。

まだあと数か所残っているので、最後まで確認だけはしておこうと
1つの教室に入ろうとした時。白石さんが足を止めた。


「…ん?どうしたの?」

「……なんやこの教室…。まるで雑木林や。」

「あー、昆虫研究部の展示みたいだね。」


白石さんが、入り口の前で頭上の看板を眺めている。
同じように私も上を向くと、木の看板に大きく「俺の相棒!」の文字が躍っていた。

教室のドアは開いてるけど、中は見えない。
入り口から鬱蒼と緑が生い茂っている。
よく見ると、土が敷かれていて白石さんの言うように林の中の小道のようになっている。


「…もしかして、昆虫をこの中で放し飼いにしてんのかな?」

「え!」

「そやったらスゴイな…。ちょっと見てみたいわ。」

「もしかしたらそうかも…私も見たことないけど…。よし、入ってみよう!」

「…大丈夫なん?」

「へ?…あ、あぁ。まぁ、一応金ちゃん探しの一環ということで…!ね!」


ものすごく目をキラキラさせて興味津々な顔をしている白石さんを見ていると、
私までこの教室の展示が気になってきてしまった。
金ちゃん探しにかこつけて、展示を見ようとしてるのはちょっとズルイかもしれないけど
……出来れば氷帝学園祭を「楽しい!」って思ってもらいたいから
興味のある展示があれば是非見てもらいたかった。時間も限られていることだし。

そう思って誘ってみたものの、何故か白石さんは浮かない顔をしていた。


「いや、そうじゃなくて…虫とか大丈夫?」

「え、うん。あー…白石さん苦手だったりする?」

「全然!むしろ好きやねん。」


なるほど、私に気を遣ってくれてたのか…。
自分が入ってみたい!と思ったら、そのまま突っ走ってしまう私は、
こういう場面でこんな冷静な気遣いが出来る白石さんを純粋に尊敬していた。

そして、何気なく言った「好きやねん」の持つ破壊力に悶絶していた。

……わ、私いつもゲームで関西弁キャラにはトキめかないはずなのに…!
関西弁に対して、どっちかというと少し乱暴な響きのイメージがあったけど
白石さんが話すソレは、不思議と落ち着くような雰囲気があった。


「……白石さんって大人だね。」

「…そう?あんまりそんなん言われたことないけど。」


そう言って笑う姿も、キラキラして見えた。
……なんだか異世界の人を見ているみたいだ。

























「あ!!見て、白石さん!そーっとね!そーっと!」

「何?何かおった?」

「ほら、ここ。カブトムシだ。」


教室の中は、温室のようになっていて
やっぱり至る所に昆虫が放し飼いにされていた。
この環境を作れるところが氷帝学園クオリティだな、と思いながら
目の前で舞う蝶や飛び回るカナブンに見とれてしまう。

フと地面を見てみると、土の上でじっと動かない黒いものを見つけた。
しゃがみ込んでみてみると、間違いなくカブトムシ。


「うわ、ほんまや。可愛いなぁ。」

「寝てるのかな?ツノが可愛いね。」

「…あ、動いた。これ触ってみてもええんかな?」

「そこの看板に、優しく遊んであげてくださいって書いてたよ。」

「…えい。」


言うや否や、カブトムシを手の甲に乗せた白石さんは
今日見た中でイチバン嬉しそうな顔をしていた。


「カブトムシ好きなの?」

「うん。家で飼ってるねん、カブリエル。」

「カブ…え?」

「名前や、カブトムシの。めっちゃ可愛いねんで。」


キラキラの笑顔で語ってくる白石さんは、
少年の様だった。…初めて年相応に見えてきたよ、今。


「そうなんだ、じゃあ世界で1番大きいカブトムシ知ってる?」

「そんなん常識やで、さん。ヘラクレスオオカブトや。」

「正解!本当にカブトムシ好きなんだ。」

「ほな、世界で1番重いカブトムシは?」

「ゾウカブトムシ。」

「…やるやん。」


ニヤリと笑う白石さんに、私もにやりと微笑み返す。
…まさか、こんなところで私が無駄に持っているカブトムシ知識を披露することになるなんて…。


「じゃあ、じゃあ!雌のカブトムシが1回で産む卵はどのぐらいでしょうか!」

「んー…30個ぐらいちゃう?」

「…正解!白石さんこそ結構やるじゃん。」


気づけば、教室内に設置された切り株型のチェアに座って
第1回★カブトムシ知識対決が始まっていた。





















「じゃあ、世界のカブトムシは約何種類でしょうか?」

………せん……。

「え?なんて?」

「…ご…、ごせん種類!」

「………ファイナルアンサー?」


無駄に綺麗なキメ顔で私の顔を覗き込む白石さん。
今、きっとトキメくタイミングなのに…ゲームなら美麗スチルを堪能するシーンなのに…
私は頭から背中から、嫌な汗をかいていた。

カブトムシクイズが始まって、もう67問目に突入している。
正直舐めてました。白石さん、普通におかしい。

私はもう出せる問題が無いとギブアップ宣言しているにも関わらず、
関西人特有のノリとテンションで、ごりごり問題を出しまくってくる白石さん。

「えー…もうわからないよー」みたいな雰囲気を精一杯醸し出しているにも関わらず、
何が楽しいのか、段々と活き活きし始めた白石さん。さすがに軽く引く。

でも…でも、もうたくさん…!
ちょっとしか無い知識で戦いを挑んだ私が悪かったけどさ…!

でも、もう…もうそろそろ金ちゃん探そうよ!!


「ふぁ、ファイナルアンサーで…。」

「正解は……約1000種類でした!残念やったな、さん。」

「あ…はい…。うん…いや、まぁ……知ってたんだけどね。」


まただ。

また、こうして強がってしまった…!

あの大人な白石さんに対して、「もういいよ、本当」っていう雰囲気を全面に押し出せば
きっと気づいてくれるはずだろう。だけど、何故彼が連続して60問以上も
コアすぎるカブトムシのクイズを私にふっかけてくるのか…。
責任の一端は私にもあると思う。

なんか…


なんか間違えると悔しくて、知ってたフリしちゃうんですよね…。



がっくんにも常々言われているはずだった。
「ゲームで負けた時に【本気だしてないし!】って言うの、さすがに6歳で卒業したわ、俺。」
そんなセリフが脳裏に浮かんだ。……だって悔しいから言っちゃうんだもん…!癖なんだよ…!


「へぇ、知ってたんか。なんや、またわざと不正解にしてくれたん?」

「ん…んうん、まぁね!ほら、白石さん楽しそうだし…つ、次はどんなクイズ出せるのかなーって…ほら、小手調べ?

「ぶっ…。ははっ…自分ほんま負けず嫌いやな。」


見抜かれてる…。さすがに見抜かれてるよね…!
もうなんか、今更後に引き返せなくなって、どうしていいのかわからない…。
思わず赤くなった顔を抑えて俯くと、頭上で優しい声が聞こえた。


「…さん、ありがとうな。」

「……へ?」

「いや、楽しかったから。久々に熱くなってもうたわ。」


無邪気な笑顔で微笑んでくれた白石さんに、ポっと頬が赤くなってしまう。

……やっぱりイケメンだ。

ちょっと…ちょっとやっぱり何か変だな、って思うところはあるけど…
イケメンだからなんでも許される気がする。
跡部だってイケメンといえばイケメンだけど、それとは訳が違う。
イケメンな上に優しい。ただ優しいだけじゃなくて、私なんかにも優しい!!


「…へ、へへ。私も楽しかったよ、こちらこそ…」


取り敢えず、楽しい時間をありがとうという意味で
握手でもしてこの時間を締めきろうかと思い、スっと手を差し出すと
意外にもその手は握られることはなかった。



「ほな、次はアレいこかな。じゃあ次の問題いくで、さん。」

「お願いします、もう勘弁して下さい!!このままじゃ私の脳内がカブトムシに蝕まれる!」

「なんや、もうギブアップか?意外に大したことあらへんな。」








「……って








 ……っていうのは、パッパフォーマンスだけどね!逆に試したみたいなところあるけどね!



もう二重人格なんじゃないかと思う程の自分の発言にハっとした時。
さっきまで無邪気に微笑んでいた白石さんが、ニヤリと笑った気がした。




……優しくて大人な白石さん。…だと思ってたけど、まだまだ私の知らない一面がありそうだ。

Extra Story No.4