「ふ、不二君お疲れ様!」
「さん。お疲れ様。」
「……なんやそのキモイ顔。」
合同合宿のとある休憩中。
ウォーターサーバーを取り換えるために、テニスコートまで行った帰りに
通りがかった第3コートのベンチに、不二君らしき後ろ姿があった。
急激に上がる心拍数をなんとか抑えながら、
恐る恐る話しかけてみると、シャイニングスマイルで対応してくれた。
突然私と不二君の会話に割り込んできた忍足は、
ずっと不二君の隣にいたらしいけど、恐ろしいことに
私の視界から存在が完全に消えていた。
人間の脳ってよくできてるなぁ。
「……忍足には話しかけてませんけど。」
「不二、は今猫かぶっとんねん。」
「へぇ、そうなんだ。普段のさんはどんな感じなのかな。」
「暴力・暴言・下ネタなんでもありの「下ネタはない!一切ない!」
不二君の前ではせめて清廉潔白純真無垢な儚げな乙女でいたい。
そんな私の願いを打ち砕くかのような忍足のゲスな攻撃に
なんとか対応しようと、右手拳を振りかざすフリをすると
不二君が涼し気な顔でフフ、と笑った。
………笑顔も綺麗…完璧だ……。
彼の一挙手一投足にいちいち見とれてしまう私に、
あからさまに顔を歪める忍足。
恋する乙女の表情を、そんなゴミでも見つめるような顔で見るな。
「でも結局が好きなんは不二のルックスやろ?」
「ちょ……っと、す、すすす好きとかそんな!やめてよ!好きだけど!!」
「アホ、不二みたいな奴はな。ルックスにほいほい釣られるような女なんか好きにならへんで。なぁ、不二。」
「フフ、まぁ折角なら性格も合った方がいいよね。」
「わ、私は不二君の性格も素敵だと思います!ほら…穏やかでさ、優しいし、大人っぽいし…。」
「ほな俺と不二の外見が反対でも好きになれるんか?」
「………ん?」
忍足がドヤ顔で振ってきた話題に、頭が追いつかない。
普段なら忍足の話なんて適当にあしらうところだけど、
今日は目の前に不二君がいる。
しかも、不二君も若干興味深そうに忍足の話を聞いてる。
ここで、会話から離脱してしまったら
折角の不二君との会話タイムが短くなってしまう…!
「うーん…忍足の中身が実は不二君……なんか全然想像つかないよ…。
それって真珠のネックレスにうんこぶっかけても価値は落ちないのかどうかって話でしょ?」
「お前ぶっ飛ばすぞ、誰がうんこやねん。」
「…そうだ、じゃあ僕が忍足の真似をしてみようか。」
ニコニコと微笑みながら、私と忍足の底辺すぎる会話に割り込んできてくれた不二君。
不二君が忍足の真似…なるほど!
つまり不二君のルックスで中身が忍足になった場合に、
私が「好き…」って思ったら、結局私は不二君のルックスが好きなんだ
という話になるということですね。
…でも、この不二君が大阪弁で「なんでやねん、ちゃいまんねん!」とか言うんでしょ?
……想像が出来ないよ。
「ええやん、ほなやってみ。」
「うん。じゃあ………今日の昼ごはんはカレーだったやで。美味しかったでんねん。」
………っ…むしろパワーが増してる……!
フフ、っと少し照れくさそうに首を傾けながら
カタコトすぎるエセ関西弁を話す不二君。
その拙さにはははと笑い声をあげる忍足に、
その場に崩れ落ちて悶える私。
……可愛すぎるよ、不二君…!!
「ま…待って……不二君の関西弁……もう1回…もう1回録音させて…!」
「全然あかんわ、不二。そんなん関西でしゃべったら射殺されんで。」
「結構上手く話せたつもりだったんだけどな。普段の忍足を真似して。」
「ええか、さっきのを正しい関西弁で教えたるからリピートしてみ。」
「うん、わかったよ。」
「"今日の昼はカレーやったわぁ、ごっつ美味しかったで"」
「…"今日の昼はカレーやったわぁ、ごっつ美味しかったで"」
忍足のどうでも良すぎる関西弁講座にも、優しく対応する不二君。
不二君のあのそよ風のように爽やかな声で紡ぎ出される関西弁は、
まるでフランス語でも聞いてるかのような気持ちにさせてくれる。
胸をドキドキさせながら、そっと携帯のボイスメモを起動させ
不二君の声を録音していると、目ざとい忍足にそれを見つけられてしまった。
「…おい、。何してんねん。」
「いや、これはただこのあたりの周波数を「"おい、。何してんねん。"」
楽しそうに笑いながら、忍足の真似をする不二君。
やっぱりイントネーションが違うのか、
全然関西弁には聞こえないけど…
い…い、いいい今…私の名前……!
「……ありがとうございます、忍足さん。」
「はぁ?なんのことや。」
「フフ、なんか関西弁って楽しいね。」
涼しい風が吹き抜けるベンチで、
1人興奮で汗を流す私を見て、
やっぱり嫌そうな顔をする忍足。
そして、関西弁が気に入ったのか
片言の関西弁を練習し続ける不二君。
最初は、「ッチ、早くどっかいけよ空気読めよ関西人だろうがよ」とか思ってたけど
今となっては忍足がいてくれたおかげで、不二君の可愛い一面を見ることが出来て
本当に良かったと思ってる。ありがとう忍足。
携帯にばっちりと録音された
不二君が私の名前を呼んでくれたスペシャルボイス。
すぐにデータを編集して、アラームの音にセットしたのはいいけど
次の朝、起こしにきてくれた里香ちゃんと璃莉ちゃんにそれがバレて
本気でドン引きされてしまったけれど、私、後悔してない。