「そういえば、ちゃんってなんでテニス部のマネージャーになったの?」
「…あれ、瑠璃ちゃんに言ってなかったっけ?」
「懐かしいね、嫌がるを樺地君が担いでいった光景未だに忘れられない。」
ある日の昼休み。
いつものように友達の真子ちゃん、瑠璃ちゃんと
食堂でご飯を食べている時だった。
瑠璃ちゃんの質問に、あははと笑う真子ちゃん。
……そういえばすっかりテニス部に馴染んでたけど
最初は相当嫌がってた気がするなぁ…。
「榊先生に突然放り込まれたの、ひどいでしょ?」
「そうだったんだ、大変だったね。」
「…でも、やっぱり決め手はぴよちゃんさまだったなぁ。」
「結局日吉君の一言に丸め込まれたんだったよね。」
「へぇ、日吉君が…。なんて言われたの?」
「あれは忘れもしない…、確か………ん、アレ?…え、なんだっけ。」
おかしい。
確かに私がマネージャーになろうと決めた時に、
ぴよちゃんさまから何か決定的に素敵な言葉を貰った気がするのに思い出せない。
「……俺のお嫁さんになってください、だったかな…?」
「絶対違うと思うけど。」
「いや…なんかそんな感じだった気がするよ。それか
一目見た時からマネージャーになってほしいと思ってました…とか…。」
「日吉君、結構大胆なこと言うんだねぇ。」
「へへ、ぴよちゃんさまは唐突に爆弾放り込んで来るタイプのツンデレだからね。」
あぁ、なんか少し前のことなのに大昔のことみたいだなぁ。
……もしかしてぴよちゃんさまも、あの時のこと覚えてたりするんだろうか。
今日、部活の時に時間あったら聞いてみようかな。
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「言ってません。ぶん殴りますよ。」
練習試合の後、汗を軽く流すために
部室の裏の水道へと消えていったぴよちゃんさまを追いかけて
タオルを手渡す。いつも通り、愛想の欠片も無い無表情で
「ありがとうございます。」とそれを受け取るぴよちゃんさま。
そこで、思い出した昼休みの出来事。
そうだそうだ、ぴよちゃんさまにも覚えてるか聞いてみよう。
そんな軽い気持ちだった。羽毛ぐらい軽い気持ちで
ニコやかに聞いてみただけなのに、目の前の後輩は真顔で舌打ちまでしやがった。
「え…で、でもなんか…なんか耳触りのいいことばを言ってくれたよね?」
「……あれは、跡部さんに言わされたんです。」
「あ、やっぱり覚えてるんだぴよちゃんさま。その時なんて言ってくれたんだっけ?」
「知りません。」
「私としたことがぴよちゃんさまとの会話を思い出せないなんて…モヤモヤするー!」
「……どうせ大して印象に残らない言葉だったから覚えてないんでしょう。」
「……ゴメンね、ぴよちゃんさま。拗ねてるんだよね。」
「………。」
「あ!ダメだよ、暴力は!拳下ろして!震える程握りしめた拳を向けないで!」
両手を挙げて降参ポーズをする私に、渋々怒りを収めるぴよちゃんさま。
どうにかこれ以上怒りを増幅させないように、
ぴよちゃんさま接待モードに気持ちを切り替えることにした。
「アレだね。過去に戻れるマシンとかあればいいのにね。」
「は?」
「……そしたら、ぴよちゃんさまと初めて出会った日のこと、思い出せるのになぁ…って。へへ。」
「過去に戻れるなら、俺はあの日…部室近くで戦っていた先輩に関わらず、真っ直ぐ帰宅します。」
「すぐそういうこと言う!今ちょっと青春っぽい感じ出してたのに…!なんでそんな防御力高いの!」
顔をゴシゴシとタオルで拭ったかと思うと、
フンっと鼻を鳴らして意地悪な笑みを向ける。
そして、そのままコートへと歩き出すぴよちゃんさまに
ついていきながら、私の頭の中ではあの日の光景を思い出していた。
そういえば、この辺りの…この部室の裏あたりだったなぁ。
「たぶんだけどさ。」
「何ですか。」
「今、この瞬間にあの日にタイムスリップしたとしても…ぴよちゃんさまは私を助けに入ってくれるんだろうね。」
「……だから助けないって言ってるでしょう。どうせ先輩1人でも十分勝てたんですから、あの時。」
「そうかもしれないけど、ぴよちゃんさまって意外と仲間思いだからなぁ…。」
なんだかんだ言いながら、いつも先輩の無茶ぶりに付き合ったり
ちょたや私が困ってる時に、さりげなく手伝ってくれたり…そういうところあるんだもん。
思わずフフと笑い声が漏れた私に、
ぴよちゃんさまがチラリと視線を向ける。
「…おめでたい人ですね。」
そう言って、いつもより速足でコートへと戻っていく。
……何かを堪えるように眉間に皺を寄せながら
ぴよちゃんさまが言葉を発する時。
それはいつも、照れているのを隠すためなんだ。
過去の私があの表情を見たら、完全に怒らせたと焦るところだけど
ぴよちゃんさまのことを色々と知ってしまった今は違う。
とんでもない萌えポイント爆弾を放り込んでくる可愛い後輩に、
私はやっぱりいつも通り悶えることしか出来なかった。