「いいよなー、お前はいつもさんと一緒で。」
「…はぁ?」
「だって学校とか…食堂でもさん見られるんだろー?なぁ、普段さんどんな感じ?友達多い?」
「…まぁ多い方なんじゃないか。」
「へー、じゃあ制服は?スカート短い?」
「知らない。」
「知らないってことはないだろ!」
「うるさい。そんなどうでもいいこと一々気にしてない。」
合同合宿の休憩中だった。
Aチームはそれぞれベンチで過ごしていて、Bチームのコートではまだ練習が続けられている。
立海のマネージャーからドリンクを受け取り、ぼーっとしていると、ドサっと乱暴な音と共に隣に切原が座った。
何かと思えば、先輩についてのくだらない話。
全く興味の湧かないそれに、いい加減席を立とうかと考えていると、それを察してか切原が話題を引っ張る。
「でも、噂ではお前が1番気に入られてんだろ?さんに。」
「……は?」
「あの飛び跳ねる人とか、帽子の人が言ってたぞ。お前自信あるからって調子乗ってんじゃね?」
「全く興味ないから安心しろ。」
「……ま、でもお前のその態度じゃさんに嫌われるのも時間の問題だろうけどな。」
フフンと鼻を鳴らして自慢げな顔をするコイツがいい加減面倒くさくなってきた。
どうやって話を切り上げようか考えていると、Bチームのコートからピピっと軽快な笛の音が聞こえてくる。
Bチームも休憩に入り、部員たちがパラパラと食堂へ移動し始めた。
「……言っとくけど」
「なんだよ。」
「あの人が俺を嫌うことは無い。」
「……付き合ってんのか。」
「殴るぞ。」
「は?!付き合ってないのに何なんだよその意味不明な自信は!」
「お前、あの立海マネージャーに自分のジャージの匂いを嗅がれたことあるか。」
「いや、無いけど。」
「シャワー室の上からこっそりカメラを向けられたことは?」
「ない。」
…自分で言ってて可笑しくなってきた。
改めて言葉にしてみるとあまりにも気持ち悪い先輩の行動の数々。
思い返すだけでため息が出る。
すると、それが何か別の意味に勘違いされたのか
切原が少しムっとした様子でベンチから立ち上がった。
「なんだよ、どういう意味?」
「……朝から晩まで四六時中365日24時間、俺は先輩からそういう迷惑行為を受けてるんだ。」
「さんが?」
「だから俺があの人を嫌うことはあっても、あの人が俺を嫌うなんてことは無い。」
「でも、俺だったらずーっと自分の事ウザがってる相手より、自分の事好きな奴の方がいいけどなー。」
段々とAチームの先輩達も移動を始めたので、
それに続く形で席を立つと、切原もついてくる。
どうでもいい話題をまだ長々と引っ張るか…。
露骨に面倒くさい表情をしても、こいつには効果はないようだ。
「そうだ!だったらさんに直接聞いてみようぜ。」
「何を。」
「俺とお前、どっちが好きかだよ!」
楽しそうな顔で提案する切原に、思わず笑ってしまう。
それが気に入らなかったらしく、すぐに不機嫌な表情に早変わりしてしまった。
「なんだよ、どういう笑い?それ。」
「いや…どう考えてもお前を選ぶ可能性は無いと思うけどそれでもいいのか、と思って。」
「ムカつくな、お前!……とか言って実はビビってんだろ。」
「は?何にビビるんだよ。」
「さんが俺の方を選んだらどうしよう、とか思ってんだろ!」
「微塵も思ってないから安心しろ。」
ざわつく食堂内で空席を探しながら適当に返事をすると
後ろで五月蝿く文句を言う声が聞こえた。
五月蝿いから別の席で食べて欲しいという俺の願いも虚しく、
当然のように前の席を陣取られてしまう。折角の休憩時間が台無しだ。
目の前でやかましくしゃべりながらご飯を食べる切原の発言を
ほとんど聞き流していると、急に斜め前の席にいた
青学マネージャーに奴が話しかけ始めた。
「なぁ、西郷。ちょっとさんに聞いてきてくれよ。」
「……何を?」
「俺と日吉、どっちが好きかって!」
「面倒くさい。」
「いいじゃん、ちょっと聞くだけだから!」
既に食事を終えて立ち去ろうとしているところを
捕まってしまった様子の青学マネージャーに心底同情する。
俺と同じように面倒そうな顔で対応する彼女に
何も言わずにいると、フと目線が合った。
「……なんだ。」
「…いや…、日吉君も先輩のこと好きだったんだ。」
「違う。大きな勘違いをしているようだから説明するけど…」
「いいよ、わかった。その代わり、本当に聞くだけだから。」
「待て、変な伝え方すると今以上に面倒なことになるから…」
焦って引き留めようとしたものの、
さっさとこの面倒事を切り抜けたかったのか
トレーを持ったままさっさと立ち去ってしまった青学マネージャー。
こんなことになった元凶を睨み付けると、
能天気にプリンを食べながらヘラヘラと笑っていた。
・
・
・
「えええええ!え…も、もう1回言って?」
「だから、切原君と日吉君どっちが好きなんですか?」
「…いや、どっちも好きだけど……。」
「選んでください。」
「なんで?」
「知りませんよ。2人で揉めてるんじゃないんですか、どっちが先輩と付き合うか。」
「えええええ「雑な捏造はやめろ。」
不安が的中した。
万が一のことを考えて後を付けてみると
やはり盛大に勘違いした内容を、勘違いしたまま先輩に伝えようとしていた。
思わず止めに入ると、青学マネージャーにキっと睨まれる。
「だったら自分で聞いてよ!私も暇じゃないんです!」
そう言って走り去る青学マネージャー。
事態を飲み込めずにオロオロする先輩。
ケラケラ笑い続ける切原。
……面倒だ。
「先輩。」
「なに?それより璃莉ちゃん…喧嘩?大丈夫かな…。」
「後で謝るんで大丈夫です。それより、2択の問題を出すので選んでください。」
「へ?う、うん。」
「俺か切原、どちらが良いですか。深く考えずにさっさと答えて下さい。本当にどうでもいい質問なので。」
「おもむろにキレ気味だね、ぴよちゃんさま…!え…なんか璃莉ちゃんも言ってたけど何の話…」
「何の意味もありません。どちらがいいかってことです。」
「俺かこいつか、どっちが好きですかー?ってことッスよ!俺ですよね?」
俺を押し退けるようにして先輩に詰め寄る切原。
…それより、こいつって…キレると手が付けられないんじゃなかったか。
冷静に考えてみると、先輩がここで俺を選ぶ流れが100%だから
そうなった場合…切原は絶対にキレるだろう。それはまずい。
今からでも立海の先輩を呼んできた方が良いか…
そんなことを考えていると、目の前の先輩から思いもよらぬ言葉が飛び出た。
「…うーん、選べない!」
「えー、なんでッスか!」
「だってそんな…2人とも大切な後輩だもん。」
ヘヘヘと笑う先輩に、一瞬イラっとした。
…けど、この人はこういう性格だ。
切原に一応気を遣ってはいるのだろう。
この解答で切原が満足してくれればいいが…。
「何スか、そのつまんない解答!じゃあ質問変えますよ。」
「やめてよ、こんなの宗教裁判と一緒だよ…選べないから!
ナンバー1にならなくてもいい、元々特別なオンリーワン…
榊先生がドヤ顔で私に教えてくれた有名な歌詞なんだけどこの言葉を切原氏に贈ります。」
「彼氏にするならどっちッスか?」
「む、無理!さらに難しくなってるからその質問!」
「えー、マジで気遣わなくていいッスから!何なら日吉の耳塞いでおきましょうか?」
自分を選ぶこと前提ではしゃいでいる切原。
これはマズイ…こんなに期待が膨らんだ状態で、自分が選ばれなかったとしたら
絶対にキレる。ここは先輩が上手く空気を読んで、嘘でも切原を選ぶのが正解かもしれない。
そう思って、こっそりと耳打ちしようとした時。
「いや…まぁ……でも……彼氏なら、き……切原氏かな…?」
ダラダラと汗をかきながら、頬を真っ赤にして小さくつぶやく先輩。
その言葉を聞いた瞬間、切原が奇声を上げながら飛び跳ねた。
……最善の解答として予想はしていたけど、想像していなかった解答に
一瞬動きが止まった。
「ぃやったぁああ!やっぱりそうッスよね、さん!俺の方がいいッスよね!」
「いや、そのなんて言えばいいのか、その…」
「いいんスよ、こいつは。さんにぜんっぜん興味ないから!とかドヤ顔で言ってたんで!」
「ジャックナイフぐらい切れ味鋭い情報だね、それ。」
「それでそれで!なんで俺を選んでくれたんスか?やっぱカッコイイから?テニス強いからっしょ?」
今にもぴょんぴょん飛び跳ねそうな勢いで騒ぐ切原を見ながら、
先程までとは比べ物にならないぐらい苛立ちが込み上げる。
……たぶん、こいつの声が五月蝿いからだ。
「いや、まぁ…なんていうか……か、彼氏ってなるとやっぱり私も…こう、愛されてる感?が欲しいな?みたいな?
すみません!私ごときがおこがましい妄想して申し訳ございません!」
「俺めっちゃ愛してる感伝えるタイプなんで大丈夫!やーっぱりな!ドンマイ、日吉!」
「……は?」
バシっと肩を叩かれた瞬間、心の底から何かが混みだしてきたように低い声が出た。
アタフタと言い訳をする先輩と、はしゃぎまわる切原に
いい加減面倒くさくなったから。
そろそろ休憩も終わるというのに、こんなくだらないことで
時間をつぶされたのがムカついたから。
だから、たぶんこんなにイライラするんだ。
「……何マジでキレてんのお前。」
「キレてない。……先輩。」
「ん?」
「空気を読んでくれてありがとうございます。」
「はー?負け惜しみかよ!」
「どう考えても、お前がキレると困るから先輩が気を利かせたに決まってるだろ。」
「違いますよね、さん?純粋に俺の方が彼氏にしたいってことッスよね?」
「う、うんまぁそういう「同じ学校の後輩と他校の後輩だったら、他校に気を遣いますもんね普通は。」
当然そうだ。
先輩の性格は不本意ながらもよく知っているから
きっとこの場を丸く収める為についた嘘だ。
…そこまでわかっているなら、黙ってこの場を収めればよかったのに
何で今、俺はムキになって切原と同じ低レベルな言い争いをしているのだろう。
「なんだよ、やっぱなんだかんだ言って選んで欲しかったんじゃん。」
「…誰がそんなこと言った。」
「さん、こいつ拗ねてますよ。自分が選んでもらえなかったから、可愛いなー!」
「いや、そんなことないと思うしこれ以上ぴよちゃんさまのイライラ度を上げるとマズイから…」
…俺に隠れてコソコソと話をする切原と先輩。
もう休憩時間も終わる。
くだらない話で終わってしまう。
さっさとこの場を立ち去ってしまえばいいのに、
目の前で嬉しそうに笑う切原を見ていると、
どうしてもイライラしてしまって、止まらなかった。
気付いた時には、困ったようにオロオロしている先輩の腕を掴んでいた。
「………なんで俺を選ばないんですか。」
自分でも理解に苦しむような台詞が自然と飛び出る。
目を丸くして固まる先輩を真っ直ぐ見つめていると
フっと視界から先輩が消えた。
「うわっ!さん!大丈夫ッスか!」
「………私のキャパシティを大幅に超えるトキメキの爆弾が…ぶち込まれたから……」
「ヤバイ、意味不明なこと言ってる!おい日吉!」
手のひらで顔を覆い、地面に倒れ込む先輩を見て
ハっと自分の行動を振り返る。
……何を言ってるんだ、俺は。
先輩の意識を取り戻そうと叫ぶ切原に、
いつもの気持ち悪い笑顔でジタバタと地面を這いつくばる先輩。
やっと自分が言った言葉を思い出した時、
俺は何も言わずにその場から全力で走り去ることしか出来なかった。