これ、あの人に合いそうだなあ

「……あ、これ……。」

「……帽子……。」

「うん。これさ、先輩に似合いそうじゃない?」


土曜日の部活が終わった後。
俺は樺地と日吉と一緒に、スポーツショップに立ち寄っていた。

目的だったグリップテープを見つけ出し、
他に何か買うものはなかったかな、と店内を見ていると
スポーツキャップを揃えたコーナーで足が止まった。

調度同じように店内を見ていた樺地に、
手に取っていたキャップを見せると、コクリと静かに頷いてくれる。


「パステルピンクっていうんだね、この色。」

「……綺麗、です。」


商品タグに書いてあった商品名の欄には
テニスブランドの名前と、その色名が書いてあった。
パステルピンクを基調としたそのキャップは、
ところどころに薄い水色がアクセントとして使用されている。


先輩、最近日焼け気にしてたから、喜びそうだよね。」

「……ウス…。」

「何見てるんだ。……それレディースだぞ。」

「あ、日吉。ラケットはもういいの?」

「ああ。お前は…それ買うのか。」


明らかに俺のサイズには合わないであろう小さなキャップを見て
日吉が表情を歪める。…俺がこんな可愛いの使う訳ないのに。


先輩に似合いそうだなぁと思って見てたんだ。どう思う?」


俺のじゃないよという弁明の意味もこめて日吉に質問してみると、
先程よりももっと酷い顔で俺の顔を見つめていた。



「……お前…何言ってるんだ。」

「え?何が?」

「いや…、それ先輩にプレゼントするつもりなのか。」

「どうかなーと思って。先輩ってピンクとか嫌いだったっけ?」

「やめとけ。」


キャップをスッと手から取って、カウンターに戻す日吉。
……そんなに変な色かな?確かに女の人の趣味は難しいけど…


「似合うと思うけどなぁー。」

「……それをお前が先輩にプレゼントしたらどうなるか…そのぐらい想像できるだろ。」

「…ん?どういうこと?」

「絶対に変な意味に勘違いされて、最終的には強制的に結婚イベントまでこぎつけられるぞ。」


真面目な顔で俺に忠告する日吉。
少しキツめの口調で俺を睨むその表情を見ていると、
なんだか可笑しくなってきて、ついプっと吹き出してしまった。


「……ふ……フフ……。」

「冗談で言ってるんじゃないぞ、あの人はそういう人だ。」

「別に深い意味はなくただ単に、似合いそうだからと思ってプレゼントするだけだから大丈夫だよ。」

「お前はそのつもりでも、相手は正常な思考回路をもった人間じゃないんだぞ!

「あはは、心配しすぎだよ日吉。樺地だってプレゼントに賛成してくれたけど…。」


隣にいた樺地が静かに頷くと、
日吉はそれを見て盛大にはぁっとため息をつき、頭を抑えた。

……何をそんなに心配してるんだろう。
確かに先輩だったら、「私のこと好きだから?」ぐらいは言いそうだけど、
そうじゃありませんよ、ペットの服とか買うのと同じ感じです、って
きちんと説明すればいいだけの話だし…

そこまで考えて、フとあることに気付いた。



「…そっか、ゴメンね日吉。」

「は?何が。」

「じゃあこうしようよ、3人からの共同プレゼントっていうのでどうかな?」

「はぁ?」


自分としてはかなりナイスアイデアを思いついたつもりだったのに、
日吉の声は想像以上に怒っているようだった。


「俺一人だけがプレゼントするのが気に入らないんじゃないの…?」

「お前わざと喧嘩売ってるのか?」

「そんなつもりないよ!日吉がヤキモチ妬いてるのかなって思って…。」

「樺地、俺は今殴ってもいい場面だよな。」


フルフルと顔を横に振って、心配そうに俺達を見つめる樺地。
……ヤキモチじゃないなら、何をそんなに怒ることがあるんだろう。


「…じゃあいいよ、俺と樺地の共同プレゼントってことにするから。」

「おい、さりげなく樺地を巻き込んでやるなよ。」

「……先輩、日吉も一緒に選んでくれたプレゼントだって知ったら喜ぶと思うけどなぁ…、ね、樺地。」

「ウス。」

「…………。」

「今日も跡部さんにこてんぱんに言い負かされてヘコんでたじゃん、先輩。」

「あれはあの人が敵うはずない相手に歯向かうのが悪いんだろ。」

「でもさ、後輩からこんな思わぬプレゼントもらったら…きっと元気になってくれるはずだよ。」

「……わかった、もういいからお前ら2人でプレゼントすればいいだろ。俺はどうなっても知らないからな。」

「えー、もうこうなったら3人でプレゼントしようよ!その方が絶対良い気がしてきた!」

「お前…こういう時だけ異常にわがままになるのは何なんだよ、いつも!」

「日吉は先輩が喜ぶ顔見たくないの?」


俺はいつも頑張ってる先輩が、ちょっとしたプレゼントで喜んでくれたら
とっても嬉しくなるけどな。
そう言って、ジっと日吉に目で訴えかける事数分。

大きくため息をついた日吉が、小さい声で「行くぞ」とレジへ向かった。
その後ろ姿を見つめながら俺と樺地は笑顔で頷く。


「ありがと、日吉!先輩絶対喜ぶよ!」

「ウス。」

「……もういい、わかった。」


























「うそ……え、これ…?誕生日まだだよ?」

先輩、日焼けするから帽子欲しいって言ってましたよね?
 それで…昨日スポーツショップに行ったら似合いそうなのがあったので、
 後輩達からのプレゼントってことで買ってきました!ね、日吉。樺地。」

「ウス。」

「………。」


次の日、部活が始まる前に3人そろって昨日買ってきたキャップが入った袋を先輩に手渡す。
備品倉庫で作業をしていた先輩はポカンと口を開けて、何が起こったかわからないといったような表情だ。
想像通りに喜んでくれた先輩のリアクションを見て、なんだか嬉しい気持ちになる。


「3人で……いいの?こんな良いの、もらっちゃって……。」

「はい!きっと先輩に似合うと思います。ね、日吉。」

「……サイズぐらいは合うんじゃないですか。」


ぶっきらぼうに言い放つ日吉だったけど、その表情は柔らかかった。
手に取った袋を、プルプルと震えながら爆弾処理班ぐらいの慎重さで開ける先輩が面白い。


「わぁ…!可愛い!……サイズもばっちりだよ!」


早速キャップをかぶって嬉しそうに笑う先輩。
思った通り先輩に似合ってる。


「みんな…本当ありがとう!どうしよう、泣きそうなぐらい嬉しい…!」

「これで日焼け対策になりますね!」

「…ウス。」

「あ、そうだ!がっくん達にも見せてきてもいい?」


目をキラキラさせて子供のように喜ぶ先輩に、3人で頷くと
ボールが入った籠を2つ持ったまま全速力で走って行ってしまった。
あれ結構重いのに、スゴイなぁ。


「先輩、喜んでくれて良かったね。」

「……ああ。」

「やっぱり3人からのプレゼントにして良かった…って思ってる?」

「…お前のそのニヤニヤした顔ムカつくからやめろ。」


プイっとそっぽを向いて、スタスタと歩いて行ってしまう日吉。
……素直じゃないんだから。















「見てみて!これ、めっちゃくちゃ可愛いでしょ?」

「何だよ、その帽子。結構いいじゃん。」

「なんと、ちょたとぴよちゃんさまと樺地からの…プレゼントなんだよ!」

「え、ちゃん誕生日じゃないでしょー?」

「フフフ、何でもない日のサプライズプレゼントなんだよ!まいっちゃうな、えへへ!」


その後、部室に戻ってみると着替え中の先輩達に
これでもかという程、帽子を自慢している先輩がいた。
…本当に想像以上にはしゃいでて面白いなぁ。


「あ、跡部!この帽子ねさっきちょた達にプレゼントされたんだよ!」

「……へぇ。」


部室に入ってきた跡部さんにもすかさず帽子を自慢する先輩。
昨日2人は結構盛大に喧嘩してたはずだから、
いつもなら跡部さんをこれみよがしに無視して、
そこからまた喧嘩が始まる流れのはずなのに…

今日は先輩がニコニコ笑顔で話かけてきたもんだから、
跡部さんも驚いたようで相槌を打つことしか出来なかったようだ。


「そうだ、昨日…ゴメンね。怒られてつい言い返しちゃったけど…私も悪かったよ!」

「………。」

「今日からは、へへ。この帽子かぶって部活頑張るからね!じゃ、私ちょっと榊先生のとこ行ってくるから!」

「何しに行くんだよ。」

「この帽子見せてくる!榊先生もこういう色好きそうだし…ふふ、後輩からのプレゼントですって自慢するんだ。」



バタン




先輩が部室を飛び出した後、数秒の沈黙が流れる。



「……なんかウザイほどはしゃいでたな。」

「しかも、があんなに素直に跡部に謝るって初めてちゃうか。」

「あいつ夜寝る時もこの帽子かぶったまま寝るとか言ってたぞ。」

「……まぁ、あのぐらい浮かれてる方が扱いやすくていいな。」


フと跡部さんが笑うと、他の先輩も同じように笑った。

部室の窓から、校舎へと走っていく先輩を見ていると、
途中すれ違った滝先輩にも、しっかりと帽子を自慢している。


「…ふふ、可愛いな。」


新しい玩具を買ってもらった子供がはしゃいでるみたいで。

そんな気持ちで何気なく言った言葉だったけど、
周りにいた先輩達にはそう聞こえなかったらしく、
弁明するのに長い時間がかかってしまった。