気まずい空気

Main Storyの迷走ユートピア(9)辺りの設定ですので、まだお読みでない方はそちらを先にお読みください。









合同合宿最終日。
午前の練習が終わり、選手達がぞろぞろと食堂へ向かっている。



「……ねぇ、蓮二。」

「なんだ?」

「アレ。」

「…中々珍しい組み合わせだな。あの2人に交流があったのは知らなかった。」

「………ふーん。」


























「へぇ、じゃあ手塚君はキャンプが趣味なんだね。
 氷帝の皆でもキャンプ行こうって言ってるんだけど、
 跡部が絶対キャンピングカーの方が良いって言い張るんだよー。
 そういうのじゃなくてさ、薪で火をおこすとか、
 テントで寝るとか、そういうのがキャンプの醍醐味なのにね。」

「あぁ。」

「あ、もしかしてキャンプ好きってことは手塚君の好物ってカレーだったりする?」

「……いや。」

「違ったかー!じゃあ、何?」

「……うな茶だ。」

「なるほど、キャンプと全然関係ないね!」


合同合宿最終日。
午前の練習が終わった後、食堂へ向かう途中
偶然出会った手塚君。
…そういえば、毎朝簡単に言葉を交わしたりはするけど
じっくり話したりしたことはないなぁ…。
折角の機会だし色々話してみたい…。
そう思ってお昼ご飯を一緒に食べようと誘ってみたところ、
意外にも「あぁ。」と即答してくれた。相変わらず表情が読めないなぁ。

ガヤガヤとした食堂の中。
私と手塚君は対面に座っている。
少し離れたところにいるがっくん達がひそひそ噂話をしているのが見える。
構わず手塚君に話かけているとブルっとポケットの携帯が震えた。
話を中断してメールを開いてみると、同じくがっくん達と食事をしている忍足からだった。

「絶対手塚困ってるやん。嫌がらせすんのやめたれよ。」

……フと、手塚君を見てみると、黙々と食事を進めている。
……確かによく考えると、さっきから私がしゃべりすぎてないか…?
育児に疲れ切ったお母さんに対して、矢継ぎ早になんでなんでと無邪気に質問する3歳児…
今の手塚君と私のテンション差はそのぐらいな気がする…!


「…ご、ごめん手塚君。なんか食事中に話し過ぎちゃったね!」

「……気にしなくていい。」

「ほら、今日で合宿も最終日だし折角なさん、隣いいかな?」

「……幸村君!う、うん、どうぞどうぞ!」


相変わらずポーカーフェイスな手塚君は、困ってるのか怒ってるのかわからないけど
「今すぐこの場から立ち去れ、汚れし者よ」とかは言われなかったから大丈夫なんだと思う。
手塚君はどんな話題が盛り上がるんだろう、と考えているとガタっと隣の椅子が引かれた。

昨日の晩、和解したばかりの幸村君だ。
出会った頃のように眩い笑顔でニコニコと隣に座る彼を見て、
ホっと安心する。こうして一緒にお昼ご飯も食べられる仲に戻れて良かったな。


「手塚、さんと仲が良かったんだね。」

「……あぁ。」

「手塚君毎朝ジョギングしててね、その時ちょこっと話したりしてたんだ!」

「へぇ、そうだったんだ。」


こうして手塚君と幸村君が話しているところに同席できるなんて、
考えたらものすごく贅沢なことだよねぇ…。
周りの皆もそう思ってるのか、なんとなく食堂中の視線が
このエリアに注がれてる気がするもん…。目立つよね、そりゃ…!


「何の話してたの?」

「手塚君の趣味の話だよ。キャンプが趣味なんだって!」

「キャンプかぁ…楽しそうだね。」

「だよね!海で遊んだりさ、皆でご飯作ったり…そういうのいいよね。」


笑顔で話を振ってくれる幸村君とは対照的に、
時折私達の方をみながらも、黙って食事をする手塚君。


「俺はキャンプに行ったことがないから、今度さんと一緒に行きたいな。」

「いいね!私も行きたい!じゃあ手塚君も一緒に来てもらって色々教えてもらおうよ!」

「出来れば2人がいいね。」

「手塚君と………?」

「まさか。さんと俺の2人だよ。」


フフっといたずらっ子のように笑う幸村君の発言に、瞬時に耳まで赤くなる。
な…なんか2人でキャンプとか想像するだけでドキドキする…!

至近距離からの目にも止まらぬ速さの攻撃に、思わず口を開けて放心していると
カチャっと目の前の手塚君がお箸を置く音が聞こえた。

あ…もう終わっちゃったんだ。きっとこのまま立ち上がって席を外すんだろうな…
そんな私の予想に反して、手塚君はその場から立ち去ろうとはしなかった。


「…その時は俺も同席しよう。」

「………ん?なんで?」

「幸村はキャンプ初心者だと言ったな。」

「…そうだけど。」

「いくらが経験者とはいえ、テントを張ったり火をおこすのに1人だけでは大変だ。」

「わぁ、じゃあ立海とか青学の皆もたくさん呼んで…」

「俺はさんと行きたいんだ。」


ピシリと空気に切れ目が入った気がした。

キラキラの笑顔を崩さずにサラっと敵意むき出しの言葉を発する幸村君。
なんか不穏な空気を感じて、段々と汗が流れ始める私。
そして、ただただ純粋に善意で発言していると思われる手塚君。


「そ、そんな風に言ってもらえて嬉しいな!2人のキャンプっていうのも楽しそうだね!」

「フフ、そうだよね。」

「いや、実際は2人だとかなり人手が足りない。下手をすると1日が準備で終わってしまうぞ。」

「……そんなに手塚はさんとキャンプに行きたいんだ?」


至って真面目な顔で2人きりでのキャンプは危険だと警鐘を鳴らしてくれる手塚君に
そろそろ私は耐えられなくなっていた。……ダメ…、笑っちゃダメなのに笑いそう…!

明らかに食い違う2人の会話。
幸村君はきっとキャンプがどうこうではなく、手塚君に否定されるのが気にくわないんだと思う。
対して、手塚君はキャンプの大変さをわかっていない幸村君のことが不思議でたまらないんだろう。

どうすればいいのか…
気まずい空気を切り裂く、宍戸のスベリ系一発ギャグでもぶち込んで欲しいと思い
それとなくアイコンタクトで合図をしてみたものの、
どうやらただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、誰もこちらを見ようとはしてくれなかった。


はキャンプ経験もあって、体力もある。一緒にキャンプに行けば楽しめるだろう。」

「そ、それはアレだよね!キャンプ経験があって体力があれば、私じゃなくとも跡部でもOKってことだもんね!」

「……跡部とのキャンプは想像が出来ない。」

「やっぱりさんがいいんだ。」

「違うと思うよ、幸村君!私が跡部とか下手な例出しちゃったから…きっと手塚君真面目だから跡部とキャンプに行ったら
 ご飯作るのもシェフ呼ばれて、テントとかもいつのまにかログハウスとかに改造されてそうで嫌だなってことだよね!」


段々と不機嫌な顔になってきた幸村君に、必死でフォローをしていると
ガタンと手塚君が椅子を引いた。


「……。」

「はい!」

「…苦労するな。」


いつもの表情のまま一言そう言って、トレーを持ち立ち去って行った手塚君。


思わず固まる私と、隣で禍々しいオーラを放ち始めた幸村君。



「…なんか今バカにされた気がするんだけど。」

「い、いやどうかな!?ほら!キャンプが2人きりだと体力的にキツイでしょうね、っていう意味じゃないかな?」


その後も幸村君は「絶対俺の方を見て笑ってたよね」と言っていたけど、
どう見ても私には笑ってるように見えなかった。完全なるポーカーフェイスだった。
柄にもなくプンプンしている幸村君が可愛いとか思ったのは口が裂けても言えない。

たぶん手塚君は本心から、キャンプは大変ですよと言いたかっただけなんだろうけど
噛み合ってそうで噛み合ってない絶妙な会話がこういった誤解を生じさせてしまうのだろう。

手塚君と幸村君の組み合わせはとても危険だけど…たぶん周りから見る分にはめちゃくちゃ面白いだろうな…。
そんなことを思ったお昼休みだった。