夜1時の恐怖体験

ドンドンドンッ



「っ!……な、何の音?」



その日は少し夜更かしをしてしまって、
お風呂をあがった時には既に夜中の1時だった。

髪をドライヤーで乾かしていると、
ドライヤーの音とは明らかに違う音が聞こえた。
慌ててスイッチを切り、耳を澄ましてみるけど
何の音もしない。


「……隣の部屋かな…?」


ガチャガチャ……ドンドンッ!


「うわっ!!」

「おい!……開けてくれー!……」


次ははっきりと聞こえた男性の声。
どうやら玄関ドアの外に誰かいるらしい。

夜中の1時ということもあって、
じわじわと体中に恐怖が広がっていく。


「……だ、誰なの……。」


しっかりとドアの鍵が閉まっていることを確認して
覗き窓から外を覗いてみると、
そこにいたのは全く見たことも無い中年のおじさんだった。

こうして私が覗いてる間にも、
ガチャガチャとドアノブを引きながら
「開けろー」と叫んでいる。

感じたことのない恐怖に、そのまま動けずにいると
やがておじさんはドアを叩くことを止め、
廊下に座り込んだ。
数分間眺めていたけど、どうやら動く気配がない。



「どうしよう……取り敢えず警察に電話…いや、でも何もされてないしな…。」



極力足音を立てないようにリビングへと戻り、
テーブルの上に置いてあった携帯を手に取った。
心臓が飛び出そうな程バクバクと音を立てている。
携帯を持つ手もかすかに震えている。
……深夜の1時。誰かに気軽に助けを求められる時間でもない。

なんとか落ち着こうと、意味も無く携帯画面を見つめる。
もしもの時すぐに110番に電話できるように番号を押していると、
唐突に画面が切り替わり、着信音が流れた。


「うわあぁ!……あ……電話…。もしもし?」

「あ、起きてた。ゴメンね、遅くに。」

「う、ううん!大丈夫だよ、どうしたの?」

「明日、部活の後ご飯行こって話の件なんだけど…。」


聞きなれたハギーの声に少し涙が出そうになった。
今の状況を知る由もないハギーはごく普通に明日の予定の話を進めていく。


「今日、跡部に話したらなんか跡部も行きたそうにしててさ。誘ってもいい?」

「……あ、うん。跡部ね…はは、珍しいね。」

「………どうしたの、何かあった?」

「え?いや……」

「もしかして寝ぼけてる?遅いもんね、明日にするよ。」

「あ!ちょっ!……っと待って、明日の件ね!もっと話詰めたほうがいいと思う。
 っていうか冷静に考えたら折角のハギーとの女子会に跡部が同伴とか嫌すぎ「おーい!!」

「うわっ!!」


ドンドンドンッ


ドアを叩く音にびっくりして、携帯を床に落としてしまった。
……まだいる……。
反射的に携帯を拾い上げて、寝室へと飛び込んだ。


?大丈夫?」

「ゴメン、ハギー!ちょっと携帯落としちゃって…。」

「……誰かといるの?」

「いや、1人……。」

「声が聞こえたけど。」

「……な、なんかね…家の外に見たことないおじさんがいて…。」

「……は?何してんの、警察は呼んだ?」

「や、やっぱり呼んだ方がいいかな!でもただドアを叩いてるだけで…」

「いいから早く呼んで。」


少し焦ったように言うハギーの声で、
やっと今の状況が危険なんだと自覚した。
「一旦切るからね。」と一方的に切られた電話。

玄関の方で未だに鳴り続く音を聞きながら、
1・1・0の番号を押した。

























「…なんか寝てるっぽい…?早く来てよ、おまわりさん…。」


あれから約10分程経って、急に音が止んだので
玄関の覗穴を見てみると、おじさんが廊下に横たわっていた。
一瞬倒れてるのかと思ったけど、
身体が規則正しく動いてるから、息はしてるみたい。


「あ、そうだ。ハギーに連絡しとこう…。」


たぶん心配してるだろうな。申し訳ない。
覗穴の前で待機しながら携帯を開いていると、
玄関の方でかすかに足音が聞こえた。


「……おまわりさんやっと………え!!」



薄暗い廊下に立っていたのは、
どうみても見覚えのある人物だった。


「ハ、ハギー!」

「ドア閉めて!」

「っ!!」


瞬間的に「ハギーが危ない!」と感じ、
思わずドアを開くとその瞬間に
ものすごい大声でそれを制されてしまった。
…ハギーあんな大きな声出るんだ…。

でもやっぱり…相手が危ない人で、
ハギーに危害が加わる様なことがあったら……

そこまで考えて、私は急いで寝室へと走った。
























寝室から急いで戻り、もう一度覗穴を見ると
おじさんが立ち上がり、ハギーにもたれかかろうとしていた。

血の気が引くってこういうことなんだ。
さっきのハギーの忠告も忘れて、私はドアから飛び出し、
たぶんおじさんより大きな声を出していたと思う。


「ハギーあぶなぁああい!!」

「っちょ……、ストップ!」


ハギーの肩にのしかかるようになっていたおじさんの背中をめがけて
力いっぱい腕を振りおろそうとした瞬間、
おじさんを庇うようにハギーが目の前に立ちはだかった。


!」

「……な、なんでおじさんを庇うの?」

「…取り敢えずその全身鏡下ろして。おじさん腰ぬけてるから。


ハギーの後ろでぺたんと女の子のように座り込んでるおじさんは、
阿修羅の様な顔をしている私を見て、「ひぃ」と小さくつぶやいた。


「おじさん、部屋間違えてたんだって。」

「……へ?」

「あぁ…、今ので完全に酔いが覚めたよ。ゴメンな、お嬢ちゃん。」

「そ…そんなことある…?」


ははっと軽く笑うハギーに釣られて、照れくさそうに笑うおじさん。
正直、何笑ってんだこっちは怖すぎて危うく全身鏡で人を激しく殴打し撲殺した女子中学生っていう
生涯かけても背負いきれない十字架背負うところだったんだぞと怒鳴りたかったけど、
調度そのタイミングでおまわりさんが来てくれたので、その場はなんとか収まったのだった。














「軽く引いたよ。全身鏡振りかざしてる見て。」

「ハ、ハギーが危ないことするからでしょ!なんで来たの!」


事情聴取も一段落して、無事におじさんは自宅のある階へと帰って行った。
随分酔っ払ってたみたいだけど、帰るときにはぺこぺこと低姿勢で謝ってくれた。

そして今。
まだ心臓の音がおさまらない私に対して、
ハギーは普段と変わらない様子でくつろいでいた。


「なんでって……じゃあ聞くけど、なんですぐ警察に電話しなかったの?」

「うっ……そ、それはなんか…こういうときに呼んでもいいのかなって…」

「こういう時に呼ばなくていつ呼ぶんだよ。あと、なんで俺が電話した時にすぐ言わなかったの?」

「…もう時間が遅かったから、巻きこんだら悪いなと思って…。」

「……じゃあもし本当にあの人が悪い奴で、何らかの方法で部屋まで入ってきてたらどうしてたの。」

「……す、すいません…。」


さっきとは一転、怒った口調で問い詰められるともう謝ることしかできなかった。
そしていつものように、私の顔を真正面から見つめてハァと大きなため息をつく。
あ、お説教タイム終了が近づいてるな。


「今、やっと説教が終わるな、とか思ってるでしょ。」

「思ってません、すみません。」

の考えてる事なんかすぐわかる。……ハァ、肝心な時に気が弱いんだから。」

「……ゴメンね。でも…ありがとう。」

「………。」


シンとする室内。
こうしてハギーと話していると、やっと落ち着いてきて
思わず涙腺が緩みそうになった。


「……で、でも…ハギーだって…もしかしてあの人が拳銃とか持ってたら…!」

「日本の法律知ってる?……でもまぁ、俺も軽率だったね。それはゴメン。」

「……うっ……怖かった…。ハギーに何かあったらと思ったらすごく怖かった!」

「……ゴメンゴメン。」


正座をしてポロポロと涙を落とす私の頭を
ぽんぽんと優しく撫でてくれるハギー。
……そんなことされると、涙が止まらなくなってしまう。


「…そんな泣かないでよ、ただでさえ顔が面白いのにもっと面白くなって笑っちゃいそうだよ。」

「どんな神経してたらこの場面でそんなこと言えるの…。」

「……まぁ、良かったじゃん。こうして無事収まったんだし。」

「グスッ……うん…ハギー、ありがと。私のために……一目散に駆けつけてくれて。」

「言い方がものすごく腹立つね。」

「なんか…冷静に思い出したらさ、電話の時も、駆けつけてくれた時も…すごく男らしくてカッコよかったなぁ…。」

「ねぇ、気持ち悪いからやめてくれる?」

「褒めてるのに!…私、今まで自分は誰かを守りたいタイプだと思ってたんだけど…
 こうして守られるっていうのも、すごく嬉しいもんなんだね。」


エヘヘ、と雨が降った後の虹のように爽やかに、まるで少女漫画のヒロインのような笑顔で微笑んだつもりでいたのだけど、
目の前のハギーにはそれが気にくわなかったらしく真顔で「ウザイ」との一言を頂戴したのだった。


「…じゃ、そろそろ帰るね。」

「帰る!?え…泊まって行きなよ、もう遅いし…。」

「……なに、まだ怖いの?意外と繊細なんだ。」

「い、いやそういう訳じゃないけど……。」


クスっと意地悪に笑うハギーに、思わず頬が赤くなる。

…自分でも驚くけど、もうさっきのおじさんの間違いノック事件は記憶から薄れていってて…
純粋にもう遅いから危ないなと思っただけだった。
こんなことを言ったらハギーにどれだけ楽観的なバカなんだと怒られそうだ。


「……泊まってあげてもいいけど……」

「けど…?あ、着替えならがっくんが置いていったパジャマがあるよ。」

「そうじゃなくて…、が夜中に≪怖いから一緒に寝よ★≫とか言ってこないかどうかが心配なだけ。」

「い、言う訳ないじゃん!」

「下手くそな演技で怖がってるフリとかしそうだもん、なら。」


アハハと楽しそうに笑うハギーは、
その後もなんだかんだと言いながら、結局泊まってくれた。
こういうところが優しいんだよね、ハギーって。


こうして、私は寝室で、ハギーはリビングで寝る事になったんだけど
ベッドの中でフと考える。

さっきのハギーの話はフリだったのか…?と。
もしかして「怖いから一緒に寝よ★」って言ってほしいのか…?と。



まぁ、失敗しても面白い冗談でしたー!みたいなテンションで乗り切れるよね!

ということで、リビングで寝静まるハギーの元へこっそりと近づき、

耳元で自分史上最高キュートな声で「怖いから一緒に寝よ★」と言ってみると

暗闇の中から風を切る勢いの早さで鋭い平手が飛んできた。



……ハギーの優しいところも、そういうシビアすぎるところも全部含めて大好きだよ……。