「おはよう、財前。今日はえらい早いやん。」
「……なんか早く目覚めてしもたんで。」
久々に時間通りに朝練に来た俺を見て、部長が一瞬幽霊でも見たような表情をした。
…まぁ、確かに最近寝坊ばっかりしとったけど、俺もやればできるんや。
「珍しいこともあるもんやなぁ。誰かにモーニングコールでもしてもろたんか?」
「……ある意味そんな感じッスわ。」
「お、なんや彼女おるん?」
「ちゃいます。あの先輩に嫌がらせでLINEしてみただけ。」
「あの先輩?」
「氷帝の。マネージャー。」
「…さんか!学園祭以来やなぁ。」
ロッカーに向かって着替えを始める俺の後ろで、
クルクルとラケットを回しながら無駄に爽やかな笑顔の部長。
「しかし氷帝はほんまレベル違うな。学園祭っちゅーか遊園地みたいやったわ。」
「金持ち学校って感じッスわ。」
「…っていうか、財前。そんなさんと仲良くなっとたんやな。」
「別に、顔見知り程度ですけど。」
「さんおもろいもんなぁ。ライブの時とかもえらいハジけとったし。」
「普通に引きましたわ。」
「そんなん言うたら可哀想やろ。可愛らしいやん、なんか毎日楽しそうで。」
「…へぇ、あんな感じのが好みなんや。」
意外や。
いかにも部長が苦手そうな騒がしい女子って感じやのに、
好意的な目で見てるとは思わんかった。
「はは、そういう意味とちゃうねんけどなぁ。」
「あの先輩が聞いたら飛び上がって喜びそうッスわ。」
「でも、彼氏おるんちゃう?テニス部と仲良さそうやったん。」
「いや、でもあの"がっくん"は彼氏ちゃうって言うてませんでしたっけ。」
「彼氏はおらんでも、好きな人とかはおるかもな。年頃の女の子やし。」
「じじクサ。自分も同い年やないッスか。」
「まぁ、そうなんやけどな。」
そう言って笑う部長の言葉からはその真意は汲み取られへんかった。
…なんかしらんけど、いつも適当っていうかはぐらかすっていうか…。
まぁ、でもどうでもええかと思い、ロッカーからラケットを取り出し扉を閉めると、
ほぼ同時に部室のドアが乱暴に開かれた。
「おはよーさん!」
「…おはよう、謙也。」
「もうちょっと静かに開けられへんのですか。」
「うわ、財前やん!珍しいなー。」
「俺が本気だせばこんなもんスわ。」
朝からデカイ声で話す謙也さん。
なんでこの人こんなに朝からテンション高いねん。
まるであの先輩みたいやな。
「……あ。」
「ん?なんや、財前。」
「謙也さんて、あの氷帝の従兄弟と毎日電話してるんですよね。」
「毎日ちゃうで、精々3日に1回ぐらいや。」
「今度、聞いといてくださいよ。あのマネージャーに彼氏おるんか。」
「…………え、財前あのマネージャー好きなんか?」
「いや、部長が気になるらしいんで。まぁ、絶対おらんと思うけど。」
「白石が?意外やわー。めっちゃうるさいやん、あいつ。」
わざと部長に聞こえへんように、小さい声で話しかけたのに
この人が大声で笑うから部長に気付かれてしもた。
「何の話?」と聞く部長に、ペラペラ全部話す謙也さん。
「別にそんな気になる訳ちゃうけどなぁ。普通に可愛いとは思うけど。」
「でも、あの侑士が全く女として見られへんって断言するぐらいやで、なんかあるんやろなあのマネージャー。」
「…確かに見るからにガサツそうな感じッスわ。」
「なんやろな……めっちゃ幼児体型、とかちゃうか?」
「いや、アレは平均ぐらいある感じッスわ。」
笑いながら言った謙也さんに、携帯を弄りながら冷静につっこむと
自分で言うた癖に顔赤くして焦り始めた。……なんや、この人。
変なところで硬派な感じやめてほしいわ。気色わる。
「な、なんや財前!そんなとこ見とったんか、お前…。」
「普通見ますわ。」
「俺も見るで。」
「白石まで…やめたれや!そんなん見るの!」
「……中3にもなってこの程度の話題でその反応って、寒いッスわ。」
「な。自分も絶対見てるくせにな。」
「み、見てへんわ!大体別にそんなデカイとかちゃうかったやろ!」
「「見てるやん。」」
図らずも部長と同時につっこむと、謙也さんは乱暴にロッカーのドアを閉めて
話題を仕切りなおすようにわざとらしく咳込んだ。
「……でも、なんかあのマネージャーの家に泊まったりしても何もないらしいで。」
「へぇー、そうなんや。仲良いねんなぁ。」
「でも、あんだけ男おって1人も女として意識してへんって異常ちゃいます?」
「まぁ確かにな。侑士とか大体の女子に優しいのにあのマネージャーの話する時だけめっちゃ声低いからな。」
「……そういえばあの人料理できますよ。」
「料理!女子ポイントめっちゃ高いやん!」
「…それでも女子として見てもらわれへんって…なんか可哀想なってきたな…。」
「何があかんねんやろなぁ…。」
部長と謙也さんが腕を組んで、真剣にうんうん唸っている。
……っていうか今更気づいたけど、めっちゃどうでもええわこの話題。
もう放っといて外行こかと思たけど、真剣に話し合う2人を見て
ちょっとおもろいことを思いついたから、俺はもう一度携帯を取り出した。
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「…わかった、あのテンションがあかんのちゃうかな。」
「テンション?明るくてええやん。」
「毎日あのテンションやったら疲れるやろ。ライブの時のあのマネージャーの奇行思い出してみ。」
「…まぁ、途中から頭イカれてんのかなってちょっと思ったけど…」
「あと侑士が言うてたんは、絶望的に色気が無いのと恐ろしい程に力が強いらしいわ。」
「確かに力は強そうやったな!腕相撲しとったし。でも色気は…どうやろなぁ。可愛らしい感じやもんなぁ、さん。」
「どうしたらええんやろな…。」
「今の話まとめたら、さんが…大人しめで色気があって、か弱い女の子になれば……ってことやろ?」
「……1回生まれ変わるしかあらへんな。」
「せやな……。」
「、もう昼休み終わんで。何見てんねん。…謙也と白石やん。なんや、この動画。」
「………なんかよくわからないけど、遥か遠くの土地で盛大に余計なお世話大会が行われている…。」