偶然に気づいた15時

「あ。」

「あ!」


それは、とある日曜日のお昼頃だった。
その日は部活がお休みだったので、
ずっと観たかった映画を見るつもりだった。

約束していた瑠璃ちゃんから、
風邪をひいてしまったと連絡があったのが午前中。
絶対に安静にしてて、と言ったのはいいけど
映画の方は日付指定で指定券を買ってしまっていた。
…といっても、お父さんの株主優待でもらったチケットだから
お金はかかってないんだけど。

瑠璃ちゃんからのメールには
「誰かと観に行ってくれていいからね!」と
気遣う文面があったけれど、
真子ちゃんも華崎さんも捕まらなかったので
仕方なく一人で映画館に来ていた。

1人とはいえ映画を楽しみたい!ということで、
キャラメル味のポップコーンを買って、列を出たところで
明らかに見知った顔に出会った。


「仁王君、久しぶり!映画?」

「……まぁ……。お前さんは?」

「私も映画だよ、これ!」


少女漫画原作の実写映画。
瑠璃ちゃんから借りた漫画だったんだけど、
とにかくキュンキュンのストーリーで
いつも2人で萌えを語り合っていた作品だった。


「…つまらなさそうじゃ。」

「そんなことないよ!結構評判もいいし…仁王君は?」

「…コレ、見終わったとこ。」


そう言って仁王君がピラッと見せてくれた半券には
最近話題の洋画タイトルが印刷されていた。


「あ、それも見たかったんだよね!どうだった面白かった?」

「別に。消化不良って感じかの。」

「へぇー……。それで、今から帰るところ?」


見たところ、仁王君の周りに友達らしき人はいない。
誰かを待っている様子も無い。
きっと私と同じように1人で来たんだろう。

ポップコーンをむしゃむしゃと食べながら聞いてみると、
仁王君はコクリと軽く顔を縦に振った。
そして、おもむろに私のポップコーンに手をつっこみ
同じようにむしゃむしゃと食べ始めた。野生動物か。


「…もしかして、今から特に予定ない?」

「ない。」

「やった!じゃあ映画一緒に見ない?今日一緒に来るはずだった子が風邪引いちゃって余ってるの、チケット!」


ポケットから取り出した映画チケットを興奮気味に見せると、
ポップコーンを食べながら仁王君がフっと笑った。


「…デートのお誘いか。」

「デ!デ、デートとかじゃないけど…、嫌ならいいよ!」

「別にいいけど。」

「いいの?やった。1人は寂しいなと思ってたんだ。」

「…映画は1人で観るもんじゃ。」

「えー、なんか大人だね仁王君。」

「お前さんが子供なだけ。」


もう1つポップコーンを取り出し、ポーンと口に放り込んで
スタスタと劇場入口へと歩いていく仁王君。

思わぬ偶然に私の心はワクワクしていた。

























「あぁ…本当…めちゃくちゃ良かったね……本当…!」

「……どこが…。」

「え!キュンキュンポイント多くなかった!?」

「最初から最後までずっと鳥肌たっとったわ。」


映画後、近くのパスタ屋さんで映画の感想大会をしようと
仁王君を誘ってみたものの、あまりお気に召さなかったらしく
パンフレットを買おうとする私に、ずっと「金がもったいない…」と囁いてきた。


「ほら、あの男の子…遠藤君が主人公に≪お前は俺だけを見てればいいんだよ…≫って言ってたのとかね!
 あれはきっと、普段は素直になれない遠藤君の精一杯の告白なんだよ!」

「………。」

「でさでさ!壁ドンは絶対くると思ったんだけど、漫画でもそういう描写あったからね。
 でもまさか床ドンに変更してくるとはね!私キャーって叫びそうになっちゃった!」

「……どこのシーンの話してるのか全くわからん。」

「えー!1番クライマックスのシーンじゃん!仁王君ちゃんと見てた?」

「どっちかというとお前さんのコロコロ変わる顔の方が面白かった。」


私が熱く語る映画の無いように全く興味がなさそうな仁王君が、思い出したように
ププッと吹き出した。その発言に、思わず頬が赤くなる。


「そ、それはルール違反だよ!変な顔するに決まってるじゃん!」

「あぁ、終始変な顔やったのぉ。」

「っく…ムカつく……!」

「…キスシーンで涙ぐんでるの見てアホなんかと思った。

「アホって!いや…感動的なシーンだったでしょ、あそこ…。」

「…あんなにチープな恋愛ストーリーでそこまで楽しめるのは羨ましいのぉ。」


フフンと大人ぶって笑う仁王君に、少しカチンときた。
…確かに実写映画だから漫画を読んでた私と違う感想を持つのは当然だけど

そんなに…そんなに自分は大人な恋愛を知ってるって言うんですか。


「じゃ、じゃあ仁王君だったらもっといい恋愛ストーリーが書けるんですかー。出来ないのにそんなこと言うのは変じゃないですかー。」

「…小学生か、お前さんは。」

「だってあの作品大好きなんだもん。」

「…ふーん、意外と心は女子なんじゃな。」

「現実では体験したことないからこそ人一倍乙女な自信があるよ。」

「…………。」

「な、なにそのバカにした目は。」

「いや……。」


パチパチっと大袈裟に瞬きをする仁王君。
テーブルにそっと置いたオレンジジュースがカランと音を立てる。

そして、少し間を置いて彼が真剣な顔で口を開いた。


「お前さんキスもしたことないんか。」

ブッ!!ゲホッ……エホッ……な、何いきなり!」

「……ないんか…?」

「ねぇ、そのとても心配そうな目やめてもらっていい?」


口に含んだジュースを思わず吹き出してしまった。
テーブルを拭きながら仁王君を睨むと、
今まで見たことも無いような憐みの目で私を見つめている。ぶっ飛ばすぞ。


「な、ないよ!まだ中学生だよ?」

「……そりゃあの映画で感動するやろな……すまんかった、馬鹿にして。」

「めちゃくちゃ釈然としない謝罪…!」

「………一応聞くけど。」

「…なんかまたバカにしようとしてる目じゃない?」





「どうやって子供が出来るか……知っとるか?」




まるで子供を諭すような優しい口調で心配そうに問いかける仁王君に、
思わず言い返そうとするものの、どういう風に伝えれば良いのかわからなくて
ボっと瞬間的に顔が赤くなってしまう。それを見て、仁王君が盛大に吹き出した。


「ぶっ!…っく……はは、すまんすまん。子供には早い話題じゃな。」

「し…知ってるよ、そのぐらい!」

「ほう?どうやって出来るんじゃ?」

「ど、どうって…!」

「……俺は知らんからのぉ、教えてほしい。」


さっきまでの映画の話題とはうってかわって
楽しそうに笑う仁王君に、汗が止まらない。


「セ……。」

「セ?」

「セ、セクハラだよそれ!私が代官山OLだったら即日訴訟してるよ!!」

「……顔真っ赤じゃ。」


私の顔を指さして笑う仁王君に思わず手が出そうになる。
っく…人の事バカにして…ムカツク!
これが仁王君だよな、とは思いつつも
やられて黙ってられる性格じゃない私は、反撃の機会をうかがっていた。

…そして、ある悪魔的閃きが脳内に降りてくる。


「……じゃあ、仁王君は知ってるの?」

「…ん?」

「に、仁王君こそ知らないんじゃないの〜?ほらほら、言ってみなよー?」

「セックふごっ」


瞬間的に仁王君の口をバチンと手のひらで塞ぐ。
焦って周りを見渡してみたけど、どうやら誰にも聞こえていないようだ。


「…し、信じられない…!猥褻物陳列罪だよ!

「どこにも陳列しとらん。……フッ、お前さんの負けじゃな。」


ギリっと唇を噛みしめながらも、
これ以上この人に何かを仕掛けても
たぶん全部30倍ぐらいになって返ってくるのだろう。
そう思って、私はただ大人しく負けを認めるしかなかった。


あんなに楽しい映画ではクスリとも笑っていなかったのに、
今目の前で人をからかう仁王君は心底楽しそうだ。笑顔は邪悪だけど。


本当にいつものことだけど、何を考えているのかわからない人だな。