17時は慌ただしい

「……柳君?」

、久しぶりだな。」

「あ、あのー……なんでそんな草むらに挟まってるの…かな?



部活もそろそろ終わろうかという夕暮れ時。
皆がクールダウンのランニングをしている間に
コート内の片づけをしている時だった。

フと視線を感じてフェンスの方へ視線を向けると
鬱蒼と茂った木々の中からこちらを見つめる人間とばっちり視線が重なる。
どう見ても見覚えのある顔に思わず声をかけると、
なんでもなかったかのように普通に返答してくれた柳君。


「近くに寄ったので少し偵察させてもらっていた。」

「いや、声かけてよ!危ないよ、うちの学校警備員さん結構いるから捕まるよ!」

「問題ない、見つからないルートは既に検証済みだ。」


草むらの中で、書き辛そうにしながら何とかノートを取る柳君。
こ……これがデータマンってやつなのか……!
普段はクールで知的な柳君のなりふり構わない姿に私は少し感動してしまった。

もう少し柳君と話していたかったけど
そろそろ皆が帰ってくる時間だ。
それまでに片づけを終わらせていないとまた跡部にネチネチネチネチ言われてしまう。


「柳君、私ちょっとこれ片づけてくるから待ってて。」

「……ああ、気遣い無用だ。用が済めば帰る。」

「ううん、折角だし皆でご飯でも食べに行こうよ!」

「ご飯?」

「うん、今日はがっくんと宍戸と……あ、ヤバイ帰ってくる!と、とにかく待っててね!」

「おい………」

























「で、何で柳がここに居るんだよ。」

「偵察に来てたんだって!フェンス裏の茂みで見つけたの!」

「トトロでも見つけたようなテンションで言いなや。」

「……なるほどな、にしてはやるじゃねぇか。スパイ野郎を取り囲んで血祭りにしようってことか。」

「すぐそういう物騒なこと言う!だから氷帝はいつまで経ってもなんとなく浮いてるんだよ、跡部。」



クールダウン後のミーティングも終えて、皆が部室へと戻ったのを見計らって
さっきの場所へと戻ってみると、木々に挟まったまま律儀に柳君は待っていてくれたらしい。
急いで皆の着替える部室へと連れていくと、私が想像していた歓迎ムードではなかった。

……まぁ、偵察ってそんな歓迎すべきものじゃないけどさ。



「私が立海の偵察に行った時はみんな物凄く良くしてくれたから…あの時の恩返しも兼ねてさ。」

「…と言っても、練習はもう終わりましたもんね…。」

「だからさ、皆でご飯行こうよ!サイゼだけどいいよね、柳君?」

「……それは中々興味深いな。」

「えー、なんで立海の奴なんかと行くんだよー。」

「そうだよちゃん、俺達気遣っちゃうC〜。」

「未だかつて皆が人に気を遣ってる姿見たことないけど……そ、それにさ!」


チラっと柳君が余所見している隙を狙って
がっくんとジロちゃんに耳打ちする。


「私達も柳君のデータを収集できるチャンスだと思わない?」



柳君って、今まで合宿とかも一緒に行ったけど
なんとなく謎に包まれてる。
切原氏や弦一郎さんみたいに感情を表に出すタイプでもないし
話してみても、なんだかこちらばっかり見透かされている気がして
中々柳君の中へと踏み込めない。

でも、今日はチャンスだと思う。
柳君は1人、氷帝は10人だ!
ちょっと卑怯な気もするけど、お互いメリットはあるし……。

私の発言に何かピンときたのか、
がっくんがわざとらしく
「あ、あ〜まぁ別に一緒に来てもいいけど?俺達はそう簡単にデータなんか取られねぇし!」
と、柳君もふんわり微笑んでしまう程の大根芝居で叫ぶ。

見つからないよう部室から出ていこうとするぴよちゃんさまに
柳君が「残念だ、日吉は帰ってしまうのか」と声をかける。
すかさずがっくんが「日吉!お前も行くんだぞ!」と肩を組むと
やっぱりとてつもなく面倒くさそうな表情で舌打ちをしていた。





















「跡部はミラノ風ドリア……か。意外だな。」

「お前ここは初めてか?見くびるなよ、このドリアは中々の味だ。」


結局柳君を含めた総勢11人でサイゼへとやってきた私達。
席を案内されるなり跡部がドカっと奥に座り、
それに続いて3年生達が席に着く。
いつもドリンクバーを取りに行かされる2年生トリオは
自然と一番出入りしやすい下座に腰を下ろす。

メニューを開かずとも全員の注文は決まっているので
ハギーがメニューブックを柳君に手渡した。
パラパラとメニューを見ながら柳君が皆に何を注文するのか質問すると
跡部がドヤ顔で「ミラノ風ドリアだ。」と言いながらパチンと指を鳴らす。

サイゼの中でも抜群にコスパの良いものを跡部が選んだことが意外だったのだろう。
ちょっと驚いた顔をしている柳君に、対面に座った跡部は身を乗り出して嬉しそうに説明している。

そしてその様子を見て、何かメモする柳君。
……だ、ダメだなんかデータ的なものを取られてるばっかりじゃ…!
すかさず私もノートを取り出し、柳君に質問をぶつける。



「柳君はどれにするの?ちなみに私はタラコソースシシリー風!」

「……俺はこのイタリアンハンバーグにしよう。」

「えー!意外!そういう洋風なのも好きなんだね柳君。」

「基本的には何でも食べる。」

「柳、ライスとドリンクバーも付けるやろ?」

「あぁ、それで頼む。」

「じゃあボタン押すねー。」


ハギーが呼び出しボタンを押すと、足早にやってきた店員さん。
その手にオーダー用の機械を手に取った瞬間、我先にとみんなが注文を始める。


「俺ミックスグリル!」

「あ、宍戸俺も俺もー。」

「ミラノ風ドリ「俺今日はマルゲリータピザにしてみる〜!」

「あ、ドリンクバーも全員分ねー。」

「おい、さっきのミラノ風ドリアにはプチフォッカ「ちょっと待ち、店員さん困ってるやろ。」


パンパンと忍足が手を叩くとやっと静かになる。
本当に毎回毎回学習しないなと思いつつも、いつもの事なので
落ち着くまでボーッとしてると隣にいた柳君が
フルフルと肩を震わせて笑いを堪えている。


「どしたの、柳君?大丈夫だよ、今から忍足がまとめて頼んでくれるから。」

「……いつもこうなのか?」

「そう。もうね20回以上皆で来てるのに毎回このくだりあるの。気が狂いそうでしょ?

「フ、いや……こういう状況になるのは…意外だったな。」

「どうなると思ってたの?」

「…もっと殺伐とした雰囲気になるのかと思ったが…。仲良しなんだな。」


柳君の口から「仲良し」という言葉が飛び出たことに
なんとなく恥ずかしくなってしまう私。

柳君の目の前に座っていたがっくんが即座に
「俺達仲良しとかじゃねぇし!馴れ合いとかねぇんだよ氷帝には。」と噛みついた。

何故かがっくん的には「氷帝はクール」というイメージを保ちたいらしく
常日頃からがっくんはこういうことを言うけど、
毎日宍戸達と一緒に帰って、ご飯も食べて、ゲームもして
キャッキャと騒いでる子が言っても全然説得力がなさすぎて可愛い。

そして柳君の反対側の隣に座っていたぴよちゃんさまにも聞こえてたらしく
即座に「馬鹿にしてるんですか。」と睨んでいた。
喉元にジャックナイフを突きつけてくるスタイルの鋭い彼の言葉にも
全く動揺することなくフっと軽く微笑み


「いや、そうじゃない。例えば着席する時の自然な流れや
 オーダーの際の雰囲気を見ていても、お互いの事をよくわかっているからこそ
 出来る芸当だと思って感心しているんだ。」


さらさらとメモを取りながらそう言う柳君。

氷帝にはいないタイプの人間にひるんだのか
もしくは案外、柳君からの好評価が嬉しかったのか
ぴよちゃんさまが珍しくプイと顔を逸らして負けを認めたらしい。















「柳先輩、オレンジジュースです。」

「ありがとう、随分手馴れているんだな。」

「はい!ドリンク調達は俺達2年生の仕事なので!」

「長太郎、俺のメロンソーダ!」

「はい、宍戸さん。ストローもつけておきました!」

「お、気が利くじゃん。サンキュー。」


柳君が2年生トリオの働きに感心しているのを見て、
何故か得意気な3年生達。特に宍戸のドヤ顔めっちゃムカツク。

爽やかな笑顔でトレーに乗せたドリンクを配るちょた、
その後ろには樺地、ぴよちゃんさまが続いている。


「赤也にもこのぐらいの気配りが出来るといいんだがな。」

「あ、そっか。立海レギュラーの2年生って切原氏だけなんだもんね。」

「うちの後輩達は切原と違って従順だからな。なー、樺地。」

「ウス。」

「俺は渋々、嫌々、仕方なくやってるだけです。」

「でもなんだかんだいつも丸め込まれちゃうんだよねー。」


カンッと少し強めにコップを置いたぴよちゃんさまに
ハギーがからかうように言うと、周りの皆もそうだそうだと囃し立てる。

深くため息をつきながら着席したぴよちゃんさまの肩を
ポンと叩いた柳君。意外な行動に一瞬皆の視線が集まる。



「合同合宿の際に日吉の行動もチェックしていたが、先輩の頼みを断らない確率91%。
 データの期間が短いので正確性は欠くが……お前は立派な後輩だ。」



柳君の発言にぴしっと固まるぴよちゃんさま。
褒められてるんだろうけど、彼的には嬉しくないどころか恥ずかしいらしく
みるみる内に頬が赤くなっていく。

意外すぎる数字に大爆笑する氷帝陣。
「ちなみに鳳、樺地は100%だ。」と続ける柳君。

ぴよちゃんさまは確かになんだかんだやってくれるもんなぁ、
と私も一緒になって笑っていると、クルリと柳君の身体がこちらへ向いた。





「1つ気になるのは、が日吉に頼み事をした際の成功率は100%ということだ。」









淡々とした柳君の言葉に、あんなに五月蝿かったテーブルが静まり返る。
全員の視線がぴよちゃんさまに向けられると、彼は耳まで真っ赤にして目を見開いていた。

その瞬間先程よりも大きな爆笑が渦巻く。

全く悪気のなさそうな柳君をフルフルと震えながら睨み倒すぴよちゃんさま。
そしてなんとなく恥ずかしい私。



「た、確かにぴよちゃんさまはいつも色々お願いしても手伝ってくれるよね!」

「それは先輩の報復が怖いからです!」

「ふむ……そういうことにしておくか。」


珍しく皆の前で声を荒げるぴよちゃんさまに
鬼の首でも取ったかのようにゲラゲラと笑い倒す大人げない先輩達。
柳君のこの大人な対応を少しでも見習う気はないのか!

いい加減このまま放っておくと、
真っ赤を通り越してちょっと目が怖くなってきてるぴよちゃんさまが
爆発しかねないのでなんとかこの場を収めようとしたその時だった。




「涙を流して笑ってる向日、お前も興味深いデータが出ているぞ。」

「ひーっひっひ……げほっ…え?なんだよ、データって。」

が異性と話しているところを見かけると、割り込んでいく確率、86%。」







突然の爆撃に、またもや一瞬時が止まる。
さっきまであれだけぴよちゃんさまのことをからかっていたがっくんが
今度は顔を真っ赤にして立ち上がった。


「ばっ………はっ、はああ?!」

「向日さん、情けないですね。」

「ちっげぇし、嘘つくな!柳、お前!」


ぴよちゃんさまの瞳に輝きが戻ってきた。
仕返しできるのが嬉しいのだろう。
ものすごく楽しそうに、ぷんすか怒るがっくんをからかっている。

隣に座る柳君も、なんとなく楽しそうなのは気のせいだろうか。
……って、いうかさっきからなんか私にとって嬉しい情報すぎて照れるんですけど……。


!お前も何赤くなってんだよ、キモイ!そんなデータ嘘だからな!」

「いや、これはかなり信頼できるデータだ。実際に合宿の際も「もういいっつってんだろ!」

「え、えへへ。がっくんったら愛情がわかりにくいなぁ、もう。」

「うるさい、ぶっ飛ばすぞ!」


そう言って、ついに机に突っ伏してしまったがっくんに、
皆がゲラゲラと笑い声をあげる。
がっくんが可愛すぎて、どうしよう本当に……!


「あ、あの柳君……他にもその興味深いデータってあるの?」

「あぁ。例えば…多人数で着席する際に忍足がの隣に座る確率78%。
 芥川がに起こされた際に狸寝入りをしている確率80%。
 跡部とが喧嘩した際に1番に仲裁に入る確率82%の鳳。
 ……こんな感じか。」


次々と打ち込まれる柳くんの砲撃に一段と騒がしくなる皆。

フと隣に座っている忍足を見ると、赤くなる訳でもなく焦る訳でもなく
「いや、が勝手に座ってくるだけやろ。」と余裕の表情。
そういうところが本当に可愛くないよね、と思っていると
柳君が「あぁ、」と思い出したように手をポンと叩いた。



「先程の向日のデータ…が異性と話している際に割り込んでいく確率だが、跡部に関しては89%だ。」

















「割り込んでいかずとも視線で追っている場合も含めると92%。」






静まり返る皆にそう伝える柳君はやっぱり楽しそうだ。
目の前で腕を組んだまま眉間に皺を寄せる跡部。

グっと笑いを堪えながら肩を震わせる皆。
跡部が……。そのデータが本当だとしたらなんか恥ずかしくて
私はいつもの癖でつい火に油を注ぐようなことを言ってしまった。



「わ、私少女漫画で読んだことある!意識してないのに自然と目で追っちゃうのは恋の始まりだったぁあい、痛い痛い!」

「黙れ。」




恥ずかしがっている様子も無く、真顔で私の顔にアイアンクローをお見舞いする跡部。
ついに堪えきれなくなったように笑い始める皆の声が
跡部のボルテージをぐんぐん上げていくらしく段々と力が強くなっていく。

こ、こいつが私の事目で追ってるとか絶対ウソだ。
きっと私が何か仕出かさないように監視してるとかそういう意味なんだ。
だってそうじゃないとこの頭蓋骨を粉砕してやるっていう気概を含んだ洒落にならない痛みの説明がつかない。

いい加減反撃してやろうと跡部の腕をぐっと掴んだその時、
柳君がノートにメモを取りながら一言、呟いた。









「ちなみに跡部が照れている時にアイアンクローもしくはプロレス技でごまかす確率……90%。」









チラリと跡部の表情を覗くと、驚いたように目を見開きフリーズしている。

「いいデータが取れた。」と楽しそうに頷く柳君。
床に転げまわって笑う宍戸にがっくん。
跡部可愛い〜、とからかう怖いもの知らずなハギー。
他の皆もこれでもかというぐらい笑っている。

さすがに柳君に指摘されて私にアイアンクローをかけ辛くなったのか
私の頭はスっと解放された。




しかし次の瞬間、完全に光を失った目で柳君に拳を振り上げた跡部。



なんとか宥めるのに結局1時間ぐらい要した。
その途中で跡部が振り回した腕が私の顔にクリーンヒットし乱闘になって
ついにサイゼの店員さんに静かにしろと注意されてしまった。

一連の様子を見てパタリとノートを閉じ、
柳君が「やっぱりお前たちは仲良しだ。」と言ったことで
私達はもう色々と恥ずかしすぎて何も言えなくなってしまったのだった。