寄り道していく18時

さん?」

「え…わぁ、幸村君!偶然だね!」

「もしかして今日はピアノのレッスン?」

「ううん、レッスンじゃなくて榊先生からちょっと頼まれて…もう用事終わって帰るところだよ。幸村君は?」

「俺は教室に忘れ物をしたから取りに来てたんだ。」


ある日のことだった。
榊先生のお遣いで立海へとはるばるやってきた私は
用事を終えて、ちょっとテニス部を覗いて帰ろうかなぁ…と思っていた。

音楽室を出て、しばらく廊下を歩いていると
前方からキラキラと眩いオーラを放つ男子が近づいてくるではありませんか。
制服姿で大きなテニスバッグを背負うその姿は、間違いなく幸村君だ。
私が気づくと同時に幸村君もこちらに気付いてくれたらしく、
爽やかな笑顔で手を振ってくれた。


「じゃあ今から皆で帰るところなんだね。良かったら私も一緒に帰って良い?」

「……うーん、どうしようかな。」

「あ、もしかしてどこかでミーティングとか?だったら全然大丈夫なので…。」

「そうじゃなくて…少し待っててもらっていい?」


柔らかく微笑む幸村君の笑顔に、思わず頬の筋肉が緩んでしまう。
…久々に見ると、やっぱりとんでもない迫力だ…。

幸村君と接していると、私の中の眠っていた乙女心が全力でアップを始める。
なんだろうこのふわふわする感覚…これが……トキメキ……。

携帯でどこかへ電話をかけている幸村君の横顔を見つめながら、
私は氷帝での恐怖政治によって封印されていた「女子としての自分」を思い出すのだった。



「ゴメンね、お待たせ。それじゃあ帰ろうか。」

「え?いいの?誰かと電話してたんじゃないの?」

「皆に先に帰るように伝えたんだ。」

「みんなって、テニス部の?」

「うん。」


そう言って、階段をゆっくりと降りていく幸村君。
テニス部の皆で帰る予定だったのかな…。
もしかしてご飯に行く予定だったとか…?


「幸村君、あの、本当にもし用事があったなら気を遣わないでね?」

「大丈夫だよ、ただいつも通り皆で帰るだけだったし。」

「だったら皆と合流して帰っても…」


そう言いかけた時、
私より数段下の階段を降りていた幸村君が振り返った。


「…さんと2人で帰りたいなと思って。」


いつもは私が見上げている幸村君の顔。
今日は私よりも下にある。

少し顔を傾けて、上目遣いで微笑むその表情に
どきゅーんと心臓が飛び出しそうになった。



























「な…ななな、なんか緊張するね!」

「そう?」


今日は氷帝の制服のままお遣いに来ていたので、
お互い制服姿で街を歩いている。

なんか…なんかこれってデートだよね、絶対…!
しかも、小学校6年生女子が「中学になったらしてみたいことランキング」で
確実に1位に輝く「制服デート」だよね…!

それもこんな……
チラっと隣を見上げると、
爽やかな表情で自然に歩く、神の最高傑作。
私はこんなに緊張で汗だくだというのに、
彼の周りだけサラリとした風が吹いている気がする。

いつもはお互い部活のジャージを着て、
他校のライバルという立場でいるからなのか、
慣れないこのシチュエーション……
ただの下校にものすごくドキドキしてしまう。


「私、ちょっと憧れてたから…こういう制服デートみたいな…ね!」

「……デート…。」

「申し訳ございません、調子に乗りました。どうぞ気が済むまでサンドバックにしていただいてかまいません。」

「……ふふ、いやデートならもっとデートらしいことしたいなと思って。」

「え!!……え、あの……その、まだキスとかは早い…よね…。」

「したいの?」

うわあああああ!じょ、冗談だよ!何その…何その垢抜けた反応!初めてすぎて対応できないよ!」


ちょっと場を和ませようと放り込んだボケだったのに、
幸村君にはそんなもの全く通用しない。

私が育ってきた環境では、今の流れだと確実に右アッパーからの太もも蹴りをくらわされる場面だ。
…なのに、大人な笑顔でさらっと対応されてしまうと…顔の温度上昇が止まらない。


「顔真っ赤だよ、さん。」

「冷静に実況するの本当にやめて…!恥ずかしいから!」

「……あ、そうだ。俺も…ちょっと憧れてることがあったよ。」

「え…幸村君が?なになに?」

「えーと……あった、これ。」


そう言って、幸村君がテニスバッグから取り出したのは筆箱だった。
なんのこっちゃと思っていると、その中から出てきたのは……


「プリクラ?」

「うん、昨日赤也がくれたんだ。」


切原氏、丸井君、仁王君、ジャッカル君の4人が
ドアップで写っているプリクラは、それはもう輝いていた。
「立海最強!!」という、どう見ても切原氏が書いたとしか思えない
男の子らしい雑な落書きについ笑ってしまう。


「わぁ…いいね!」

「楽しそうだよね。それに、皆の目が宇宙人みたいで面白い。」

「プリクラって目を大きくしてくれるんだよ、粋な計らいだよねー。」

さんもよく撮るの?」

「うん、クラスの女の子と遊ぶ時はいつも撮るよ!なんとなく記念で。」

「へぇ…。じゃあ、俺もさんと撮りたいな。」

「え!いいの?私も撮りたい!」


思いもよらない幸村君の提案にテンションが上がった。
だって…幸村君とのプリクラなんてレアすぎる。
……というか、幸村君プリクラ撮ったことあるのかな?
たぶん雰囲気的に無いんだよね…?

あのプリクラ機の密室の中に2人きり…
考えただけで頭が爆発しそうになる。
いや…っていうか、プリクラって機種によっては
「2人で手を繋いでみよう〜」とか
「ハートの形を手で作って〜?」とか
余計な世話焼きババアみたいなこと言ってくることあるから…
そんな時、気まずい雰囲気になったらどうしよう…。

考えられる色々な難関ポイントをどうすればいいか悩んでいると、
そんなことを知る由もない幸村君はスタスタと目的地へと向かって歩き始めていた。


























「女の子ばっかりだね。」

「そ、そうだね…!」


辿りついたゲームセンターの一角にあるプリクラコーナー。
初めて来たゲームセンターだけど、地元のそれとはさほど変わらず
どの機体にも女の子がたくさん並んでいる。

そんな中で明らかに目立つ幸村君。

ただ男の子だからという理由だけじゃなくて、
最新3D技術で漫画から飛び出してきた王子様かな?と思う程の
幸村君の圧倒的なルックスも理由の1つだと思う。

並んでいる女の子たちがチラチラと幸村君を見ているのがよくわかる。
でも、本人はそんなこと気にしていない様子で平気な顔をして列に並んでいる。
さすが普段から見られ慣れてる人は違うな…。

そんな男の子の隣に並ぶほどの強靭なメンタルを持ち合わせていない私は
一刻も早く順番よ来い!と下を向いて祈ることしか出来なかった。









「わぁ…ここで写真を撮るんだ。証明写真みたいな感じだね。」

「うん!これがカメラだからね、お金入れるよー。」


チャリン、チャリンと小銭を入れると
個室内に軽快な音楽が流れ始めた。

枚数はどうするとか、美白効果はどうするとか、
女の子だったら誰でも1度は経験したことのあるプリクラの設定画面1つ1つに、
幸村君は「こんなことも選ばせてくれるんだね。」と終始感動している様子だった。

普段なら美白効果ばっちり、おめめぱっちりの設定で撮影するところだけど
デフォルトでキラキラオーラ放ってる系男子の幸村君が相手だ。
これ以上、光を当てたりすると、あまりにも神々しすぎて写真に写らないかもしれない。それは怖い。

幸村君の持って生まれたルックスに、小細工など必要ない!!!と判断した私は
ごく普通の写真と同じような写りに設定しておいた。










「2人で手をつないで〜にっこりスマイルー!」


「…手を繋ぐんだって、さん。」

「い、いやいやいやあの!これはこのプリクラが勝手に言ってることで全然気にしなくてパシャッ!

「あれ、今もう撮ったみたいだね。」




「思い切って、変な顔してみよーう!」

「変な顔……どんな顔だろう、さんわかる?」

「えっと例えば…こんな感じ!」

「ぶっ!あはは!すごいね、夢に出そうカシャッ!!



「モデルになりきってー?キメ顔!」

「注文が結構難しいね?」

「大丈夫!幸村君はただこのカメラの中心を斜め45度の角度で見つめてて!」

「…わかった、やってみるね。」

カシャッ!!




「だ〜いすき!後ろから抱きしめてみよう!ナイスショットが撮れるかもぉ!」

「…恥ずかしいね。」

「いいんだよ、幸村君!指示は無視していいからね!ほら、普通にピースとかで…」

「でも、ナイスショットが撮れるかもって…」

「こんなにプリクラの指示に忠実な人間見たことない!いや、ほらこれは女子同志の友達向けで…」

「……そっか、残念。」

「うんうん、だからピースで……残念!?え、なんっ…それはどういう意カシャッ!!




































「……最悪だ。」

「っ…ふふ…あはは、やっぱり何度見ても面白いね、コレ。」

「マジで…マジでこれ焼却させてくれないかな…!」


1枚目。

幸村君の発言に慌てて、必死に顔を振る私。ブレまくって顔の判別が出来ない。
どんだけ高速で顔振ってんの。
それに対し、横顔も美しく写し出されている幸村君。


2枚目。

プリクラでの変顔は、他者より数段振り切ったモノでないといけない。
皆が渾身の変顔を披露する中、若干女を捨てきれていない変顔をする者は
島流しの刑に処す。

そんな女子界隈では当たり前のルールに則り、
力作の変顔を披露する私の隣で、大変爽やかな表情で笑う幸村君。

この時は焦ってたから気にしてなかったけど、冷静に思い出すと
幸村君この時…「夢に出そう」とか言ってなかった…?



3枚目。

キメ顔をしたはずだった。
私はいつも通り、少し上目遣いで自分史上最高に可愛く見えるはずの角度を確実に捉えたはずだった。
だがしかしどうでしょう。

隣に写っているこの二次元も裸足で逃げ出すイケメンは何なのでしょう。

所詮一般人である私が、角度がどうとか、目の開き具合がどうとか、小さなことを気にしているのが
恥ずかしくなるほどの圧倒的顔面レベルの差に、プリクラ玄人女子としてのプライドは粉々に砕け散った。
正直このショットが最も恥ずかしい。世界は残酷。


4枚目。

楽しそうな表情でピースをする幸村君の隣で、
慌てふためく私。髪は振り乱れ、口は大きく開かれ、おまけに目は半開きだ。
このプリクラだけ見ていると、どう考えても私がプリクラ初心者じゃん。




「なんで?さん、面白い顔してるのに。」

「面白い顔だから嫌なんだよ…!普通さ、プリクラって可愛く写るものなのに!」

「…へぇ、そうなんだ。」


ゲームセンターからの帰り道。
プリクラのシートをもう10分以上見つめている幸村君。

4枚とも酷い写り方をしている私にとっては最悪のプリクラなので
出来れば早く忘れて欲しいんだけど…。
どうすればごく自然にあのプリクラをこの世から抹消できるかと考えていると…


「でも、どれも楽しそうでいいと思うな、俺は。」

「……まぁ、確かに楽しかったけどね。」

「…この写真見る度に、元気が出そうだよ。」



そう言って、嬉しそうに笑う幸村君。

…こんなに喜んでもらえるなら、まぁ…いいかな。

変な顔ばかりで恥ずかしいから、他の人には見せないでねと
念の為に釘を刺しておくと、「2人だけの秘密だね」とにっこり笑顔で言われてしまった。



…やっぱり幸村君といると心臓が騒がしくて仕方ない。