「また明日」を交わす19時

「やっぱテンション上がるなディズニーは!!」

「おい早くしねぇとアトラクション全然乗れねぇぞ!」

「ちょっと待ってよー、まずは耳買わないと耳ー。」

「そう!私もそう思うジロちゃん!まずはショップ行こうよ!」

「んだよ、俺はつけねぇからな。」


なんとか落ち着こうと、押さえつけていた心が
ディズニーランドの入り口から聞こえてくる
ハッピーな音色によって、どんどん疼き始める。

チケットを買って、ゲートを通った瞬間に
私の心は力を解き放ったサイヤ人のように激しく覚醒してしまうのだった。


遠くに見えるシンデレラ城!
活気あふれるワールドバザール!
私と同じようにテンションの上がっている仲間!

そのすべてが楽しくて、自然と心臓の音が早くなってしまう。




「宍戸はつけなくてもがっくんとジロちゃんと私はつけようね!」

「お、見ろよあれ!あのサングラス良くない?」

「がっくん似合いそうー、俺それの色違いにしよっかな〜。」


早速店先のワゴンに売っているカラフルなサングラスに目を付けたがっくん。
グラスの部分にミッキーやミニーが浮き出ていてとっても可愛い。
色は青、黄、紫、ピンクの4種類。



「じゃあ私も!4人でこれつけようよ。」

「見てみてちゃん、似合う〜?」

「めっちゃくちゃ可愛いよジロちゃん!じゃあジロちゃんは黄色ね。」

「俺ピンクにしよーっと。」

「じゃあ私は紫。はい、宍戸!あ、宍戸はつけないんだっけ?」


宍戸以外の3人でサングラスをつけてみると
お互いなんだかいつもと違う浮かれ具合で大笑いしてしまった。

その様子を腕を組んだまま見ていた宍戸。
じゃあ私達だけで買ってくるね、と声をかけると
私達の予想通り、ひったくるようにワゴンから青のサングラスを取り
恥ずかしそうにそれを着用した。

なんだかんだ言っていつもこの流れで宍戸は渋々ノってくるところが面白い。
素直なんだか素直じゃないんだか……。
3人で顔を合わせて笑い合うと、それが気に障ったのか
宍戸が「いいから早くしろよ!」と耳まで真っ赤にして怒っていた。























事の発端は昨日の夜だった。
家で晩御飯を食べていたところにかかってきた電話。



「もしもし、がっくん?どうしたの?」

、明日放課後空いてる?」

「うん。テスト前日で部活休みだよね。」

「わかってるっつーの。明日さ、ディズニーランド行く?」

「え!?え、2人で!?」

「そんな訳ないだろ、ジローと宍戸と4人な。」

「私も行っていいの!?行く、絶対行く!でもなんで急に?」

「へっへーん、感謝しろよ。今日帰り3人で商店街のくじ引き引いたら当たったんだよ!」

「そんなことあるの!?まじ仏じゃん、がっくん!」

「でも明日限定のチケットらしいから、学校終わりで行こうぜ。」

「嬉しい……私を誘ってくれたってことが嬉しい……!」

「侑士とか鳳も誘ったんだけどさー、”テスト前日に遊ぶ阿呆がおるか”とか言って断られたんだよ。ノリ悪くね?」

「前日なんかさ、もう何やったって変わらないのにねー。私はもう開き直ってさっきガトーショコラとか作ってたよ。

「だろ?で、消去法的にが選出されたって訳。」

「そういうのズバっと伝えてくるがっくんの姿勢嫌いじゃないよ。」

「んじゃ、取り敢えず明日なー。」


















「今頃、みんなカリカリテスト勉強してるんだろうなー。」

「絶対俺達の方が有意義な時間過ごしてると思うわ、夢の国だぜ?」

「宍戸たまにはいいこと言うじゃん!私もそう思う、ストレスを一切取り払ってむしろ明日は良い点数取れるんじゃないかって思うもん!」

「ねー、ちゃんポップコーン買おうよー。」



こうして私達4人組は、制服のまま学校終わりで夢の国へやってきた。

明日は1時間目からテストがあるけど、そんなものはなんとでもなる。
それよりも今、この時間を、このかけがえのない仲間たちと過ごす時間の方が
大事なんじゃないか?そんな信念のもとに私達は集結したのだ。
長い長い人生単位の尺で見ると私達は勝ち組なのだ。


入場したのは16時過ぎ。
段々と日も暮れてくる時間。
この時間から目一杯楽しむためには何よりスピードが大切……!


サングラスを買い終えた私達は、
宍戸が広げたマップを覗き込みながら
まずはどのアトラクションに行きたいか、
一斉に指を指して多かったものに乗ろうということになった。



「いくよ、いっせーのーー……で!」



「「「「スプラッシュマウンテン!!」」」」



全員の指と声が綺麗に一致する。
その瞬間、お互いの顔を見合わせた。

数秒の間があって、誰が何を言うでもなく
天高く手のひらを掲げ全員でハイタッチをした。


「「「「イェーイッ!!」」」」

「やっぱそうだよな!わかってるじゃん、皆!」

「ディズニーと言えばこれだよね!」

「俺、久しぶりにうさぎどん見たいC〜。」

「よし、早歩きで行くぞ!」


テスト前にディズニーで思いっきり遊ぶということの背徳感からか、
私達のテンションは普段より4倍増しぐらいで高かった。
いつになく嬉しそうながっくんが、私達の先頭に立って歩き始めた。

制服姿にサングラスで、
一列になって足早に歩く姿が目立ったのか、
すれ違う人々に笑われていた気がするけど、
そんなことも気にならないぐらい今の私達はテンションが上がっていた。






























「やっぱ、この時間から来るとあんまり並ばないんだな!」

「もうすぐパレードあるからじゃない?」

「おい、ジロー寝るなって!もうすぐだぞ!」



スプラッシュマウンテンに並び初めてから約30分。
待機列がいい感じに暗くて眠たくなってしまったのか
ジロちゃんは宍戸の背中に張り付いて眠りについていた。

待ち時間が30分ということで、私が
「この時間に英単語でも覚えちゃう?」と単語帳を取り出したところ
がっくんに無言で手のひらをバシっと叩かれた。目が真面目に怒ってる。

夢の国でテストのことなんか考える奴は非国民らしい。
その男らしい姿に感動した私は、単語帳を鞄の奥底へと押し込み
待ち時間の間、宍戸やがっくんと"忍足が好きそうなものしりとり"に興じるのだった。



「次私か!えーと……"黄昏時に飲むカフェラテ"だから、て……"ティファニーで朝食を"!」

「いや、"を"とかもう無理じゃん。はい、の負けな。」

「えー、どうせもうがっくん飽きただけでしょ。」

「ってかもうすぐ乗れるし、調度いいじゃん。」




「こんにちは!何名様ですか〜?」

「4名です!」

「では1番、2番の列にどうぞ!」



お姉さんに案内されて、1番の列に私とがっくんが
2番の列に宍戸とジロちゃんが並んだ。

待ちに待ったアトラクションを目前にして
私達のテンションは最高潮に達していた。



「なぁ、写真の時どんなポーズする?」

「じゃあ私が片手でハートの半分の形にするから、がっくんも片手で「絶対ヤダ。」

「……あ、跡部の真似とかはどうでしょうか……。」

「いいなそれ!なぁ、おいジロー起きろ!跡部の真似するんだぞ、シャッターのとこ!」

「ふぁ…〜あ、…あれ、もう乗ってる。」

「きたきた!ほらジロー、うさぎどん!」



後ろの席で、ジロちゃんを叩き起こす宍戸。
いつになくキラキラした目で、子供みたいなその表情を見ていると
なんだか私も楽しくなってきた。

私の永遠の憧れだった、
ディズニーデートでがっくんとラブラブ写真を撮るという夢は
儚く散っていったけれど、隣に座るがっくんは
少しだけ乗り物が滑り落ちるポイントで
両手をあげて楽しそうに叫んでいたので、もうそのはしゃぐ姿を間近で見られただけでも良しとしよう。

しばらくして、私達の乗る丸太は屋外へと流れていた。
急流すべりで落ちてくる人たちを、待っているらしい人々に
がっくんやジロちゃんがサングラスをしたまま手を振ると、わずかに黄色い声が聞こえた。
そしてまた丸太はアトラクション内へと戻って行く。
キリキリと丸太を押し上げるレールの音に、わずかに心臓がキュっとなる。


「も、もうすぐかな?なんか久々でちょっと緊張するね。」

「なんだよ、ビビッてんの?これ気持ちいいじゃん。」

「がっくんは高いところ好きだもんね。落ちてしまえば一瞬なんだけどさー…あの上がって行く瞬間がどきどきするよね。」

「あそこが一番テンションあがる!あー、楽しみ!」



普段絶対に私には向けないようなニコニコ笑顔で、
最後の急上昇が待ちきれない様子のがっくん。

いつもなら、このスプラッシュマウンテンの可愛い動物たちに
目が釘付けだけど、今の私はがっくんの横顔しか見てなかった。
それに気づいたがっくんにウザイと一蹴されてしまったけれど。



「ねぇ、これ落ちる時サングラス取ってたほうがいいよね?」

「だな、吹っ飛んでいきそうだし。」

「宍戸ー、ジロちゃんもサングラス取った方がいいよ!飛んでいくから!」

「はーい!ねぇ、落ちるところまだー?」

「お、来たぞ!ほらなんかハゲタカみたいなやつがしゃべってる!」



がっくんが指をさした頭上にはおどろおどろしい声で話す鳥が二羽。
あたりには霧の様なものが立ち込めていて、
その頂点からわずかに光が射し込んでいた。



「や、ヤバイヤバイ!ちょっと怖い!」

「イェーイ!!ほら準備しろよ、シャッターくるぞ!」



急降下までのカウントダウンの様なレールの音に怯んで、
思わず目の前のバーを掴もうとすると、
その手を阻むようにギュっとがっくんに腕を掴まれてしまった。

なされるがままに腕を大きく上にあげる形になると
内臓がヒュっと浮くような感覚があって、
すぐに真下に広がる白い霧が見えた。



「う、うううわあああああああ!」



丸太が落ち始めて数秒。

がっくんに腕を離された瞬間、覚悟を決めて手のひらで何とか顔を覆った。
完璧に跡部ポーズが決まった時にピカッと何かが光る感覚があり、
気付いたときには私の顔面を吹き飛ばすような激しい水しぶきに包まれていた。



「ぶわっ!…つめたっ!」

「あー!ヤバ、もう1回乗りたいこれ!」

「あはは!めっちゃ水かかったねー!」

、ずぶ濡れじゃん。最後に水防がなかったのかよ。」

「防ごうとしたときにはもう水がかかってたの。そう言うがっくんも髪びしょびしょだよ!」


このアトラクションっていつも滑り落ちた後は、不思議と気持ちが高揚する。
そのテンションに拍車をかけるような可愛い動物たちの歌声、
そして目の前で水に濡れた髪を男の子らしく雑にかきあげるがっくん。

鞄から取り出したタオルを渡すと、これまた雑にガシガシと髪を拭いていた。
これも夢の国マジックだと思うけど、何もかもが楽しくて自然と笑顔がこぼれてしまう。



「宍戸、ジロー。ポーズ出来た?」

「ばっちりだC〜!ポーズしたまま落ちたから制服濡れちゃった!」

「俺もたぶん出来たと思うわ、タイミング完璧だったんじゃねぇかな。」

「宍戸あんまり濡れてないね、ちゃんと水防げたんだ。」

「まぁ、何回も乗ってるしそういうタイミングも完璧だ。」



もう夕方だというのにびしょぬれになっている私達3人と違って、
1人だけほとんど濡れていない宍戸は勝ち誇ったようにドヤ顔をしていた。

そのまま丸太は降り場へと近づいていく。
がっくんが「最後絶対もう1回乗ろうな!」と子供みたいに可愛いことを言うので
ただでさえ上がっていたテンションにトキメキがブレンドされて、ついにやけてしまった。






「俺達の写真どこだろ〜?」

「あ、ねぇアレじゃないかな?」

「お!いい感じに跡部ポーズ……………アレ?」



たくさんの写真が表示されているモニター。
その1つにばっちりとカメラに向かってポーズを決める3人がいた。

……3人?



「ップ!宍戸めっちゃ下向いてるじゃん!」

「あははは!うわ、恥ずかし!思いっきりバー掴んでるじゃん!」

「はっ……はぁ!?ベストタイミングでポーズしたぞ!」

「でもさ〜、ほら必死の形相だC〜。」


改めて画像を見てみると、やっぱり宍戸はどう見ても
水しぶきを防ぐことに必死でポーズどころか、カメラの方を向いてさえいない。
誰がどう見てもスプラッシュマウンテン素人だ。

顔を真っ赤にしながら、大笑いするジロちゃんとがっくんに抗議している様子をみると
たぶん本当にポーズはしてたんだろうけど、タイミングが間違ってたのだろう。

アトラクション終わった後のあのドヤ顔を思い浮かべると、
本当に宍戸はどんな時も宍戸で、私も大笑いしてしまった。





























「あー、だいぶ服も髪も乾いたなー。」

「ビッグサンダーマウンテンってあんなに楽しかったっけ?私、あんなに騒いだの久しぶり!」

「風が気持ち良かったね〜。」

「あ、おい。スペースマウンテンのファストパスの時間もうすぐだろ?」


スプラッシュマウンテンからの、ビッグサンダーマウンテンという
黄金コンボを満喫したところで、宍戸が取り出したのは最初に取っておいたファストパス。
特にジロちゃんが楽しみにしていたスペースマウンテンだ。


「やったー!早く行こ!」

「ジロちゃん意外だよね、プーさんのハニーハントとかそういうの好きなのかと思ってた。」

「あれ、いっつも寝ちゃうからよく覚えてない。」

「ジローは絶叫系乗ってないと寝るからな。」


そう言いながら、私の首にかかったポップコーンバケツから
ポップコーンをむしり取って行くがっくん。
それに釣られるように宍戸もジロちゃんも手を突っ込む。


「あー!あんなにあったのにもう無くなってるじゃん!」

「じゃあ次、別の味にしようぜ。」

「俺しょうゆバター味がいい!」

「私それ食べたことない!どこにあるんだろう。」

「スペースマウンテンの近くにあるっぽいよー。」


そう言って、広げた地図を見せてくれたジロちゃん。

すっかり軽くなってしまったミスターポテトヘッド型のポップコーンバケツは
さっきまでソルト味のポップコーンがいっぱいだったのに……。
私に持たせるだけ持たせて、遠慮なくがつがつ食べる3人に
負けるもんかと私も結構食べてたつもりだけど、やっぱり成長期の男子のスピードにはついていけなかった。
























「宇宙の中飛び回ってるみたいで楽しかったね〜!」

「うんうん、ディズニーにしかないよねこのワクワク感!」

「っていうかビッグサンダーマウンテンの時も思ったけど、の叫び声ってなんか野太くね?」

「のぶ……野太いってどういうこと?」

「あー、わかるわ。キャーとかじゃなくて、フンヌオーー!みたいな感じだろ?」


宍戸が私の野太いらしい声を真似すると、
それが想像以上に似ていたらしく、がっくんとジロちゃんが爆笑する。
意外とウけたことに調子に乗った宍戸が、もう一度真似をすると
がっくんがスマホに録音しておこうぜ!と悪ノリを始める。

ゲラゲラ笑ってる3人は微笑ましいけれど、
馬鹿にされている対象が自分とあっては黙って見ているわけにはいかない。



「……みんな忘れてるんじゃない?このポップコーンは私が権限握ってるんだからね!」

「あ、おい!全部食べんなよ!」

「いや、食べる!もうここで全部食べる!」



傷ついた乙女心の代償と言わんばかりに
ポップコーンバケツを抱え込んで、むしゃむしゃとポップコーンを貪り食う。
私の想定では、それを見た3人が「謝るからやめろって!」みたいな感じで
反省してくれる感じだったのだけど、
キラキラした目でジロちゃんが叫んだ一言で全て台無しになる。



「なんか敵から餌を守りながら必死に食べてるゴリラみたい、ちゃん!」

「ジロー、お前そういう的確な答えどこから探してくんだよすげぇな!」

「これもムービー撮って皆に送ろうぜ。」



私の願い虚しく、さらに騒がしくなる3人。
がっくんがスマホをこちらに向けて構えた時点で私はもう諦めるしかなかった。


「や、やめろ!……っていうか、もう時間ないよ早く次行こうよ!」

「もう17:30か。あ、あれ行こうぜバズ。点数対決な!」

「俺アレ得意だよ!優勝したらチュロス奢りね〜!」



スペースマウンテンのすぐ近くにあるトイストーリーのシューティングゲーム。
1人1人点数が出るアトラクションなので、対決にはもってこいだ。

ジローちゃんが掲げた優勝賞品に、皆はより気合が入ったようだった。

……実は私結構このアトラクション得意なんだよね。
皆がどの程度かはわからないけど……負けるのは嫌だ!



「じゃあ早速並ぼう!」

「あ、ちょい待ち。ほら、ジローも宍戸もこっち来て。」

「なんだよ。」



スマホを弄りながら私達を呼び寄せたがっくん。
さっき取り出したスマホ片手に腕を伸ばしたところを見ると
皆で写真を撮るつもりらしい。


「後ろにあのバズの絵入れて跡部に送ろうぜ。」

「いいね!絶対羨ましがるよ!」

「テストなんてつまんねぇもん優先したことを後悔させてやらないとな。」


全員でサングラスを装着し、狭い画面内になんとか4人で収まる。
がっくんの掛け声と共にカシャッという乾いた電子音が聞こえた。

早速サングラスを外して画面を確認すると、
私達の後ろにはばっちりバズの顔が映っている。
……っていうか、なんかこの写真めちゃくちゃ良い。



「これ私も欲しい、なんか青春の匂いがする。」

「俺も待ち受けにする〜!」

「後で送っとくわ、まずは跡部に送信な。」

「っていうか今日断った奴全員に送ろうぜ。」


宍戸がそう言うと、がっくんはちょたや忍足、その他
私達以外の全員に写真を送付したようだった。
「俺、テスト前にこんな充実した時間過ごしたの初めてだぜ」
そう真剣な顔で呟いた宍戸に、私は珍しく全面同意で頷いた。






























「4名様ですね、では2名様に分けてご案内します!」

「じゃあ、次は俺とちゃんね!」

「うん、よろしくジロちゃん!」

、ジロー忘れんなよ、これは対決だからな。」

「そうだぜ、最下位の奴が3人にチュロスおごるんだぞ。」

「そんな話だっけ?まぁ、私には関係ないことだけど。」


最下位には間違いなくならないだろう。
そんな自信が私にはあった。
というか、大体こういう時って宍戸がいつも負けるんだよね。

そんなことをジロちゃんにこっそり耳打ちすると
ジロちゃんも同じことを思っていたみたいで2人で笑い合った。












「あんなとこにも的発見〜!」

「あ!ジ、ジロちゃん私の的取らないでよ!」

「えー、誰の的とか無いでしょ。まわすよー!!」

「うおわっ!今こっちの的狙ってたのに……あ、それ私も狙ってたやつ!」

「あはは!ちゃんまだ2000点だって!」

「いや、まだ最初のステージ………え、なんでジロちゃんそんな点数あるの!?」



ライドに乗ってすぐの第1ステージを終えた時点で、
隣のジロちゃんの手元にある液晶には
「30,200」と表示されていた。桁の見間違いでもない。

ヘ、ヘラヘラ笑ってるくせになんという技術……!

やっぱり普段から的に当てたりする練習もしてるから
こういうの得意なのかな……。
一瞬だけ脳裏にちらついた「最下位」という文字を振り切るように
私は次のステージに集中することにした。
















「……いや、ジロちゃんすごくない?」

「やったー!ちゃんに勝った!」

「全然勝負になってないよ、私!63万点とか初めてみたんだけど!」

「あ、ちゃんこれ写真撮っておくんじゃなかった?」

「本当だ!急がないと……、ま、まぁ宍戸達には勝ってるでしょ。」


鞄から携帯を取り出し、浮かびあるデジタルな数字を写真に収める。
私の71,300点というスコアも悪くないはずなのに、っていうか
友達と来た時は大体いつも勝てるスコアのはずなのに
隣の631,000点という銀河得点のせいで霞んで見える。

途中で、何かジロちゃんは不正を行っているんじゃないかと思って
少し的を撃つ様子を眺めていたけれど、
片目を閉じて、普通に淡々と高得点の的を打ち抜いていた。
その横顔がちょっといつものジロちゃんとは違って男の子っぽい感じで
見惚れてしまったのが、今となっては重大なミスだったんじゃないかと思う。









「えええええ!!いや……なんで皆そんな上手いの?」

「っていうか……だけ次元が違うんだよ。」

ちゃん途中、余裕でよそ見とかしてたもんねー。」


そう言って、意地悪な顔で笑うジロちゃんに
思わず頬が赤くなる。バ、バレてたんだジロちゃん見てたこと。

ジロちゃんは言わずもがな1位で、
2位のがっくんも520,000点、
絶対最下位だと思ってた宍戸ですら350,500点だった。

……氷帝テニス部を侮っていた。
いや、実際はテニスとか関係ないのかもしれないけどさ……。
今までいろんな人に最高点聞いたりしてきたけど、
どう考えてもこの3人の点数は高すぎる。


「よっしゃ、チュロス!そこにメロンソーダシュガーのチュロスあるらしいぜ。」

「やったー!ちゃんごちそうさま〜!」

「なぁ、最後またスプラッシュマウンテン行こうぜー。」



最初に皆の平均点とか聞いて、
もっとハンデとかつけてもらうべきだった……。

そんなこと考えてももう遅い。
3人の後ろ姿を恨めしそうな顔で睨む私のことなんか全く気にもしないで
さっさとチュロスの待つワゴンへと歩いていってしまった。


うう……今月ピンチなのに……3本も……!











「わ、こんな色のチュロスあったんだね。」

「お。美味しい!」

「さっきバズで並んでた時、後ろの家族連れが食べてたんだよ。美味そうだなーと思って。」

ちゃんはいらなかったの?」

「……わ、私はポップコーンがあるからいい!」



本当はお財布がピンチだったから涙を呑んで我慢した。
グリーンの珍しいチュロスを頬張る3人の方をなんとか見ないように、
このしょうゆバターのポップコーンをメロンソーダ味だと思い込みながら
むしゃむしゃと食べていると、口元にずいっとチュロスが伸びてきた。



「はい!ちゃん一口あげるー。」

「ジ、ジロちゃん……!いいの?」

「そんな悔しすぎて今にも男泣きしそうな顔してたらあげたくなっちゃうでしょ。」



そう言ってふわりと微笑んだジロちゃんは、もうほとんど天使だった。
はたして私がジロちゃんと立場が逆だったら、
最下位の下民にこんな広い心で恵みを与えることができただろうか……。

心温まる申し入れに両手を合わせ、深々とお辞儀をする。
そしてジロちゃんから差し出されたチュロスを遠慮なく食べさせてもらった。



「む!ほいひい!」

「………ちゃんの一口相変わらず遠慮がないC〜。」

「わかってたことだろ、ジロー。に情けなんかかけても無駄無駄。」

「こいつは恩を仇で返すタイプだぜ。」

「ジロちゃんありがとう!やっぱりがっくんや宍戸とは違うよね、一生ついていきます!あざまっす!」


口の中に広がる不思議な味に、感動するとともに
ジロちゃんの広い心に感謝。
改めて深いお辞儀をすると、一瞬呆れたような顔で私を見ていたジロちゃんが
プっと噴き出して、「早く次行こう」と私の手を引いた。

































「あー、もうこんな時間かよ。あっという間だったなー。」

「だな、もっと乗りたいけどそろそろ帰らねぇとさすがに母ちゃんに怒られる。」

「ねぇねぇ、皆にお土産買って帰らなくていいの?」

「そうだね、帰りにちょっと見ていこうよ。私、真子ちゃん達にも買って帰ろうーっと。」



すっかり陽も落ちて時刻は18:40
乗りたかったアトラクションを存分に堪能した私達は
ワールドバザールにあるショップへと向かっていた。

段々と夢の国の出口に近づいていくこの時間はいつも寂しい。
……それに変に冷静になり始めた頭の中で「テスト」の文字がちらつくのも嫌だ。



「お菓子でいいよな?」

「いいと思う〜、いっぱい買って部室に置いておこうよ。」



「俺、母ちゃんにも買わないといけないんだよなー。」

「へぇ、何買うの?」

「明後日誕生日だからなー、ちょっと大きいものにするわ。」



お菓子選びに夢中ながっくんとジロちゃん、
そしてお母さんへの誕生日プレゼントを選ぶという心優しい宍戸。
私は真子ちゃん達へのお土産にお揃いのシャープペンなんかを見ていた。

しばらく皆、店内でバラバラになっていると
ブルっと携帯が震える。


「もしもし?」

、こっち来て!マグカップとか置いてあるところ!」


がっくんからの呼び出しに視線を移すと、
ジロちゃんと2人で何かを物色している様子だった。

呼び出された私と宍戸がその場へ向かうと、
待ってましたと言わんばかりにがっくんが1つのマグカップをずいっと差し出した。



「見ろよ、これ!めっちゃ面白くね?」

「あ、バズだ。ちょっと可愛い。」

「これさ、跡部のお土産にしようって言ってたの!」

「……なんかジッと見てるとムカツク顔してんな、これ。」


そう言って全面にデカデカとバズの顔がプリントされたマグカップを手に取り笑う宍戸。
がっくんとジロちゃんは、このマグカップで何かを飲む跡部を想像すると
ツボにはまってしまったらしく、ゲホゲホとむせながらずっと笑っている。

……確かに、他のミッキーやミニーのマグカップと比べると
なんとなく笑っちゃうような可愛い間抜けさのあるこれを
跡部が嬉しさを堪えたような顔で使っているところを想像すると……
そこまで想像して私も思わず吹き出してしまった。



「いいね!絶対喜ぶよ!」

「よっし、じゃあこのマグカップとー、お菓子はこれとこれとこれな!」

「がっくんレジ行こー。結構並んじゃってるC〜。」

「じゃあ私もレジ行ってくるねー、後で外で合流しよ。」

「おう、俺もささっと買ってくるわ。」




















「わ、宍戸のそれお母さんへのプレゼント?可愛いー。」

「なんかそういえばミッキーが好きとか言ってたからよ。」



お菓子の他にもまだ買うものがあったらしく、
まだレジに並んでいる様子のがっくんとジロちゃん。

ライトアップされた綺麗なシンデレラ城を眺めながら、
私と宍戸は外のベンチでのんびり待っていた。

宍戸の持っていた、袋からはみ出さんばかりの大きなぬいぐるみが
男子中学生にはあまりにも似合ってなくてちょっと面白い。
……お母さんきっと喜ぶだろうなぁ。



「ミッキー好きだったら、ミッキーのぬいぐるみにすれば良かったのに。」

「は?だからミッキーだろ。」

「えー、違うよこれ。耳が長いじゃん。オズワルドだよ。」

「…………。」

「ミッキーの原点になったキャラなんだよ、最近グッズ多いよね。」

「…………。」

「……何、どうしたの。」

「……ミッキーじゃねぇのかよ。」



袋から飛び出た長い耳をふにふにと触っていると、
宍戸の顔がどんどん青くなっていっていることに気付いた。
聞こえるか聞こえないぐらいかの声で何か呟いたかと思えば
ついにはなんかプルプル震えている。

いや……どう見てもミッキーじゃないだろ、これ……。



「…え、まさか間違えたの?」

「………別に、間違えてねぇ。」

「いや、絶対間違えたんじゃん!だってこれオズ「わかってて買ったんだよ!」

「……ならいいけどさ。」

「オズ……オズランドだろ、知ってんだよ。」

「オズワルドね。」


お互い真顔で見つめ合ったまま数秒の沈黙。


そして私の手からひったくるようにオズワルドを取り上げた宍戸。
耳まで真っ赤にしたその姿を見ていると、本当神がかり的に面白いなって気持ちと
可哀想っていう気持ちと、これ早くがっくんとジロちゃんに言いたいっていう気持ちが溢れてきたけど
ここで笑ったら絶対不機嫌になると思うので、私は必死に笑いをこらえていた。

堪えすぎて涙目になってきたところを、
振り向いた宍戸にばっちり見られてしまい
その瞬間、私は今月1番と言っていいほど笑った。

そこにタイミング良くやってきたジロちゃんとがっくんにも
結局宍戸のうっかりおちゃめミス事件が知られてしまい、しばらく私達3人は
涙を流しながら、その場から立ち上がれない程笑ったのだった。

























「夢の国……楽しかったねー、またテスト終わったら来ようよ。」

「次はシー行こうぜ、タワーオブテラー乗りたい。」

「その時は、皆も誘おうよ〜!」

「あぁ、長太郎の奴、ディズニーシーは行ったことないらしいからな。喜ぶと思うぜ。」


夢の国発、現実行の電車に揺られながら
私達は今日の想い出を語り合ったり、まだ見ぬ未来の話に華を咲かせていた。

……本当、楽しかったなぁ。


全力で楽しんだからなのか、しばらくすると
皆、電車に揺られながら無言になってしまった。

そしてあっという間に現実はやってくる。
私達の最寄り駅に到着し、見慣れた景色が広がった。





「じゃあ、また明日ね!」

「おう、おやすみー。」

ちゃんバイバーイ!」

「後で写真送るわー、お疲れ!」


ヒラヒラと手を振りながら3人は歩いていった。
少しだけそれを見送って、私は反対方向へと足を踏み出す。


……今度はテニス部のみんなと行きたいな。
きっと今日と同じぐらい楽しい一日になるはず。


鞄に引っ掛けた皆とお揃いのサングラスを眺めながら、
そんなことを考えた。





















「……お前達、試験の前日に遊園地へ行っていたというのは本当か?」

「…………。」

「……はーい、本当で「バカ、ジロー!」

「複数のレギュラーメンバーから証拠と共に証言が寄せられている、ごまかしても無駄だ。」



部室の固い床に正座させられている私達4人。
榊先生がつきつけた携帯の画面にはばっちり浮かれた姿が映し出されている。

あの夢のように楽しい一日から数日。

余裕で赤点だらけだった私達は補習を受けることになり
それについて榊先生から尋問を受けているところだった。



「で、でも先生!どうせ私達前日に勉強しても無駄だったと思います!

、そういうことを言っているのではない。心がけの問題だ。
 ……お前達にはペナルティとして1週間朝練前の校外清掃を課す。」

「朝練前って……!」

「返事は、はい のみだ。」

「「「「………はい。」」」」



バチギレの榊先生の後ろで、部室のドアを少し開けて
こちらを覗き込んでいる忍足、ハギーに跡部……というか全員。


それはもう楽しそうな笑顔だった。お土産買ってきたのに……!
それなのにチームメイトを売るなんて卑劣なことしやがって……!


もう八つ当たりでしかないけど、なんか私達だけ責められるのが悔しくて
「でも私達が遊んでることをわかっていて止めなかった皆も連帯責任だと思います!」
と苦し紛れに先生へ進言したところ、その通りだと言わんばかりに先生がゆっくりと頷いた。




その結果、私達と私達がメールを送ったメンバー全員で掃除をすることになった。


先生が部室から立ち去った後、私がゲスみたいな顔で
「ざまあみろ……!」と呟いたのが、
怒りのボルテージがスカイツリー並まで上がっていた跡部達の最後の引き金になったらしく
私はみんなから袋叩きにあってしまうのだった。