20時のテレビから受けた衝撃

「ということで、衝撃の結果が出ました!なんと、最近の高校生500人に調査した結果…
 初めて彼氏・彼女が出来た平均年齢は…小学6年生だそうです!」

「ぶふぉっ!!いやいや…え…えええええ!」

「ちょっと…もう夜だから大きな声出さないでください。」

「ご、ごめん…でも…ちょっと衝撃的すぎない?」


合宿中のとある夜中だった。
私は食堂の隣にある休憩場所で、里香ちゃん・璃莉ちゃんとテレビを見ていた。
夜ご飯も終えて、お風呂にも入り、ジュースなんかを飲みながら
のんびりその日の疲れを癒していたんだけど……

テレビから伝えられた衝撃の事実に思わず口に含んでいたジュースを吹き出すと
璃莉ちゃんが露骨に嫌な顔をした。


さんは、彼氏がいたことないんですか?」

「ねぇ、ちょっと待って里香ちゃん…何その自分にはいました、みたいな感じ…。」

「え、アレですよね。幼稚園とか小学生の時ほとんど意味もわからず今日から彼氏彼女な!みたいなのありませんでした?」

「な、ないよ!何その乱れた性感覚!」

「本当うるさいです。静かにして下さい。」

「…………璃莉ちゃん。」

「何ですか。静かにして下さいね。」

「………彼氏いるの?」

「なっ…いないに決まってるじゃないですか!」

「良かったー!よか、良かったー!!」


安心して、思わず璃莉ちゃんに抱き付くと
離してくださいと言わんばかりに、頭をぐいぐい押された。


「…でも、先輩は3年生じゃないですか。」

「……何が言いたいの璃莉ちゃん。」

「私はまだ2年生ですけど…1年先輩なんだからそういう経験があってもおかしくないんじゃないですか、普通は。」

「そ、そんなことないよ!中学3年生で不純異性交遊なんて…早いよ、まだ!」

「えー、丸井先輩とか仁王先輩とか…跡部先輩だって付き合ったことありそうじゃないですか?」


フフっと笑顔で例をあげる里香ちゃん。
そんな…そんなプレイボーイ代表みたいな面子挙げられても…

どう反論しようかと思っているところに、フと自動販売機の前に立っている調度良い感じの3年生を見つけた。
彼なら…彼なら絶対私と同じだと思う…!


「…じゃあ、あそこにいる手塚君に聞いてみなよ。」

「なっ、何言ってるんですか!?手塚部長にそんなこと聞ける訳ないですよ!」

「わ…私もちょっと手塚部長には聞く勇気ないです…さん聞いてみて下さいよ。」

「え?別にいいよ、聞いてみようか。」

「どれだけ怖いもの知らずなんですか…。」

「おーい!手塚君!」


お茶のペットボトルを持ったままこちらを振り向いた手塚君に大きく手を振ると、
いつもと同じように表情をぴくりとも動かさず、こちらへと歩いてきてくれた。


「……なんだ。」

「あのね、ちょっと質問が「あの、先輩が!先輩が言い出したことで、私達は関係ありませんから!」


私の背中の後ろに隠れるようにして、政治家ばりの大胆な責任逃れ発言をする璃莉ちゃん。
…相当手塚君に苦手意識があるんだな…。私もそんなに手塚君と仲良しな訳じゃないけど…
でも同じ3年生だし、手塚君だって普通の男の子だし…こういう話題に少しは興味あるはずだよ!




「手塚君は、女子と付き合ったことある?」




あくまで明るく、ポップな感じで聞いてみた。
私的には「…そんなこと…答える必要がない」とか言って、クイっとメガネをあげながら
少し照れた様子で答えてくれる手塚君を見てみたいな〜うひひ〜手塚君も可愛いとこあるじゃ〜ん、ぐらいのテンションだったんだ。


だけど私の予測は恐ろしい程に間違っていた。


目の前の手塚君は、私をじっと真っ直ぐに見つめ一言も言葉を発しない。


……な、何この目……動けない…。


今まで感じたことのないような緊張感に、自然と汗が流れる。
私の背中で、グっと服を掴む璃莉ちゃんも少し震えているようだった。

その間も、1秒たりとも目線を逸らさない手塚君。
彼の目の奥から、何かそこしれないモノを感じる。



ヤバイ……とんでもないこと聞いてしまった…



どうやってこの凍てつく目線から逃れようかと頭をフル回転させていると
手塚君が静かに口を開いた。





「……くだらない。」




心の底から軽蔑したような冷たい台詞に、
思わず腰が抜けそうになった。





て………




手塚君こええええ……!!





「ど、どうするんですか先輩!この雰囲気!」

「ど…どうするって…わ、わかんないよ!」

「あ、謝った方がいいんじゃないですか!」


背中から、震える声で囁く里香ちゃんに璃莉ちゃん。
そ、そうだよね…これはもう謝るしかない雰囲気だ…



「で、ですよねぇ〜!くだらないことで手塚君の貴重なお時間をいただいてしまい大変申し訳…」

「珍しい組み合わせじゃねぇか、手塚。」




私がごく自然に土下座の体勢に入ったその時。
手塚君の後ろから、変なペルシャ絨毯みたいな柄のTシャツを着た跡部が現れた。

…た、助かった…!

跡部の登場で張り詰めた空気が緩んだ。
私だけじゃなく後ろにいる2人も、ほっと息をついている。



「…こんなとこで何してる、お前ら。」

「ちょ、ちょっとお風呂上りに皆でテレビ見てたんだ!」

「そうかよ。……で?なんで手塚は固まってるんだ。」


ポン、と楽しそうに手塚君の肩を叩く跡部。
跡部が登場したというのに、手塚君は腕を組んだまま微動だにしない。
渾身のボケとしか思えないようなTシャツを着てるのに、
明らかにつっこみ待ちだろ、って感じなのにちらりとも跡部を見ようとしない。

…ヤバイよ、本当に怒らせたかも…。

訳も知らずに楽しそうに手塚君にまとわりつくペルシャ絨毯。
私達3人はお互い顔を見合わせると、無言でうなずいた。


「じゃあ、私達はこの辺で「俺もその質問には興味があるな。」



手塚君が怒りだす前に逃げてしまおうと私が言葉を発した瞬間、
休憩所の自動販売機の陰からヌっと乾君が現れた。
さすがに手塚君も驚いたのかちょっとビクっとしていた。


「わっ!…え…え、いつからそこにいたの!?」

が手塚に"女子と付き合ったことはあるのか"と聞いたところからだ。」

「こ、こんなに盗み聞きを堂々と申告する人初めて見た……。」

「…アーン?なんだ、その愉快な話は。」


手塚君の表情がどんどん不機嫌になっている。
対照的に、なぜか嬉しそうな跡部と、ノートを準備して手塚君の回答を今か今かと待っている乾君。
いや、絶対答える雰囲気じゃないだろ…。


「で、どうなんだ手塚。」

「今の青学内でそのような噂は聞いたことないな。となると小学生時代にあったかどうか…。」

「ね、ねぇ手塚君嫌がってるからもうやめようよ…。」

「………。」

「…何。」

「質問をする時はまずは自分がどうなのかを答えてからだろうが。」

「……え…。」

「だから手塚も答えないんじゃねぇのか?」

「なるほど。ではまずの経験から聞かせてもらおうか。」


きらりと眼鏡を光らせる乾君に、少し後ずさる。
いやいや…何この展開…、なんで私が自分のモテないエピソードを発表しないといけないの?
ちらっと手塚君の表情を盗み見てみると、しっかり目線が合ってしまった。


「……ま、まぁ彼氏がいた経験はないけど似たような経験はしたことあるっていうか…」

「…似たような経験、とは?」

「どうせまたゲームで出来た彼氏がどうとか言うんだろ。」

「っく……う、うるさい!私は答えたから、次は手塚君の番だよ!」


乙女ゲームで培った大切な想い出を、馬鹿にしたような顔で嘲笑う跡部。
乾君はノートに何を書いてるのか知らないけど、小さい声で「予想通りだな…」って言ってたの聞き逃してないからな。

恥ずかしさもあって、強引に話を振ってみたけど
そこにはやっぱりピクリとも表情を変えないまま仁王立ちする手塚君がいた。


「……それを知ってどうするというんだ。」

「え!…い、いやまぁ……どうするとかじゃなくて、単純に手塚君のことが知りたいっていうだけで…。」


久々にしゃべった手塚君の言葉にアタフタしていると、
乾君が私の方を見て、パラパラとノートをめくり始めた。


「…そういえばは、手塚の早朝トレーニングの際にもタオルを渡したりしているな。」

「へ?…あぁ、うん。そうだね。」

「先日の練習後にも積極的に手塚に話しかけているところを見た、という情報が入っている。」

「練習後たまたま帰り道が一緒だったからね。」

「…そして、先程。手塚に彼女がいるのかどうかを質問した。……ということは…」


クイっと眼鏡をあげた乾君が、手元にあったノートを閉じた。


「これらのデータから導き出される答えは1つ。










 …は手塚に気があるんじゃないか?」







ドヤ顔で発表する乾君に、盛大に吹き出す跡部。
そして私の後ろで「そうだったんですか?!」「知らなかった…」
とか言いながらソワソワと小さい声ではしゃいでる里香ちゃん、璃莉ちゃん。

腕を組みながら、裁判官みたいな無表情で私を見降ろす手塚君。


否定したいのに、本人を前にして何故だか恥ずかしくなってきて
ただただ口をパクパクさせながら赤くなる私。



「ち…ちが、違うよ!そんな…あ、いや別に嫌いって訳じゃないんだけど」

「…お前、手塚みたいな奴がタイプだったのか。気の毒にな。

「いや…どういう意味?」

「バーカ、手塚がみたいに騒がしくてガサツで色気も無けりゃ知性の欠片も無い「言い過ぎだ、跡部。」


乾君のフォローがあと2秒遅ければ、私のこの右拳が奴の顎めがけて飛んでいくところだった。
なんとか大人になろうと深呼吸をしながら、頭の中でこの誤解を解くためには何を言えばいいのか必死に考える。


「…乾君の言うように私が手塚君に興味があるのは事実だけど……」


自分でも驚くほど冷静な言葉が出てきた。
…よし、大丈夫!ここで変に焦ったりすると「やっぱ好きなんじゃーん!ひゅーひゅー!」とか
そういう感じになりかねないから、とにかく冷静に…淡々と…相手に失礼の無いように…


「でもそれは恋愛的な意味じゃなくてね…」

「当たり前だ、お前に好かれる手塚の身になってみろ。毎日が仏滅みたいなもんだ「危ない、跡部。」



ヒュッ



…確実に捉えたはずの跡部のみぞおち。

でも私の右拳は空を切っていた。
危険を察知したらしい乾君が跡部を避難させたらしい。


「…乾君、跡部を助けるということは即ち同罪という事でいいんだよね。」

「落ち着くんだ、手塚に見られているぞ、マズイんじゃないのか。」

「だっ、だからそういうのじゃないってさっきから…!」


まだ勘違いしている様子の乾君の一言に、思わず手塚君を見るとフイっと目を逸らされた。

…う、うわ絶対「こんな山猿みたいな女に好かれるなんて、マジ遺憾の極みとか思われてるに違いない…!
その場から立ち去ろうと一歩を踏み出した手塚君の背中に声をかけようとした、その時。



「…手塚が照れている確率、90パーセント。」

「え?」

「簡単なことだ。最初はをジっと見ていた手塚が…目が合った途端に逸らしただろう。
 俺が"が手塚に気があるんじゃないか"という話題を提示する前は、手塚は君の事を不機嫌な顔でジっと見ていたはずだ。
 だが今、意図的に目を逸らした。無意識だろうが、これは心理学でいうところの照れているサインだよ。」

「乾。」


ペラペラと話す乾君の表情は活き活きとしていた。この人、本当…なんか怖いな…。
乾君を、視線で刺す勢いでギロリと睨んだ手塚君は、そのまま言葉を発することなくスタスタと歩いて行ってしまう。


残された私達は彼の背中を見送りながら、沈黙に包まれていた。



「………あいつが照れることなんてあるのか。」

「…私には怒ってるようにしか見えなかったけど…。」

「いや、あれは照れているんだ。珍しいものが見られたよ。」


満足気にノートに何かを書き足す乾君と、
不思議そうな顔で首を傾げる跡部。


……なんか、ちょっと色んな事が頭の中で渦巻いてて混乱してるけど…



手塚君も、私達と同じ人間だったんだ…




彼の珍しい一面を発見してしまったことに、少し心が弾んだ。