隣の寝顔に物思う6時

カーテンの間からチラチラと差し込む眩しい光。
固い床の上で寝ていたからなのか体の節々が痛い。

朝は体温が低くなるからなのか、少し肌寒い。
薄い緑色のブランケットをぐいっと引っ張り
ゴロンと寝返りを打つと目の前に飛び込んできた寝顔に一瞬声が出そうになる。


「…………。」


こうやって寝てると、子供みたい。
氷帝テニス部のマネージャー、は不思議な人間だ。

思春期の男子が家にあがりこんで
こんな風に雑魚寝していても、一晩何も起こらない。

すっかり見慣れた家のリビングには
静かな寝息がいくつか聞こえる。
ゆっくりと上半身を起こし、周りを見渡してみると
お腹を出したまま床に寝転がる向日、
ちゃっかりソファの上で布団を被って寝ているジロー、
宍戸は俺の隣で縮こまって寝ている。
ブランケットを俺に奪われたからなのか少し寒そうだ。

そして、隣にいるのは
ちょっとどうかと思う程の無防備さですやすやと寝息を立てている。

部屋の時計へ目をうつすとまだ朝の6時。
今日は部活が休みの日だから、昨日は夜遅くまでゲームしてたんだった。
俺はご飯だけ食べて帰る予定だったのに、ずるずる引き留められて寝てしまったんだ。

ふわぁ、とひとつあくびをしてもう一度寝転がる。
無意識に左を向いて寝ころぶと目の前に宍戸の顔があったので、
即座に右に寝返りを打つ。
何の夢を見ているのか薄ら笑ってるようなの寝顔に吹き出しそうになった。


「………。」


むにっとその頬をつねってみる。

思ったより柔らかい感触が面白くて
ふにふにとつねってみるけれど起きる様子がない。

何となく嫌だったのか、さっきまで幸せそうだったの表情が歪む。
その変化が滑稽でつい何度も頬に触れてしまった。

その内、が嫌がるように寝返りをうってしまう。
起こしちゃったかな、と思ったけれどしばらくして
また規則正しく聞こえてきた寝息にホっと胸をなで下ろす。



もう一度寝ようと思うのに、なんとなく目が覚めてしまうと
時計の秒針の音とか、皆の寝息とか、そういうのが気になって眠れない。
取り敢えず目だけでも閉じようとジっとしていると、
突然顔にバサッと何かが飛んできた。


「……っ、なに……。」


慌ててその布を取り去ると、さっきまで背中を向けていた
またこちらに寝返りをうったらしい。
暑かったのか、体にかかっていたブランケットを無意識に投げ捨てたようだった。


額にはうっすらと汗をかいているようで、
寝苦しそうに眉間に皺をよせている。

手元に置いてあったゲームの説明書を団扇代わりにして
パタパタと風を送ってあげると、気持ちよくなったのか
また寝息をたてて寝てしまった。

……子供どころか赤ちゃんじゃないの。

起きてると騒がしいの、大人しい姿が面白くて
寝ころびながらしばらく眺めていると
フとの身体に視線が引っ張られた。

ごろごろ寝返りをうったせいなのか、
Tシャツがはだけてお腹のあたりが丸見えだった。

意外にも白い肌に一瞬焦ったけど
すぐにこれはだと脳内で連呼することで冷静になれた。

グイっとTシャツを下ろして無防備な肌を隠す。
……本当、これで自称女子って言うんだから呆れるよね。

いつもガサツで騒がしいの髪を整えてみたり
せめて女子らしい服を選んでみたり、世話を焼いてるけど
一向に女子っぽくならないのは何なんだろう。呪いでもかかってんの?

素材としては別に女子としても通用するはずなのに……
そんなことを思いながら、改めてバカみたいな寝顔のを見つめる。

誰もが振り返る美人とか、学園のアイドルみたいに可愛い女の子って訳ではもちろんないけど



「………。」



こうして大人しく寝ていると、やっぱり素材はそう悪くはないんじゃないかと思えてくる。
長くはないけど本数は多いまつ毛とか、
健康的につるんとした肌とか、
男子とは違ってふにゃっとした輪郭のラインとか
女子的な要素は一応持ってるはず。


こんなにまじまじとの顔を観察したのは初めてだった。
起きてる時にこんなに顔を覗き込もうものなら
すぐさま真っ赤になって喚きたてるだろう。

あまりにも目が覚めてしまった。
でもみんなを起こすわけにはいかない。
暇を持て余した俺は、目の前にいるへと
ほぼ無意識に手を伸ばしていた。



何もつけていないはずなのに薄ら赤みを帯びた唇。
指でそっと触れるとふにっと擬音が聞えそうな程柔らかかった。
他の部位とは違う独特の柔らかさが気持ちよくて、
ほとんど無心での唇をつついていた。

そんなことをしていると段々と瞼が下がってくる。
自分のものとは似ているようで随分違う、小さな唇を見つめながら、
あ、眠れそう。そう思った時だった。









「……あ、……のハギー……?」

「っ!」

「い、今何か……」




急に形を変えた唇にビクっと身体が跳ねる。
慌てて視線を移動させると、目の前でばっちり目を開いた
じわじわと赤くなっている。

皆を起こさないように小さな声で呟くの声を聞くと、
シャットダウンしかけていた思考がグルグルと動き始める。



「……いつ起きたの。」

「え!えーと、ついさっき!な、なんか口がもぞもぞするなって思ったら……ハギーの指があって……
 一瞬ハギーが寝ぼけてるのかなと思ったんだけど……え、えへへ……。」



どう反応していいのかわからないのか、困ったように笑うの顔を見て、
計り知れないほどの後悔が押し寄せる。


……気づかれた、最悪。


ここはの言う通りにとぼけて話を流してしまった方が良い。
間違っても、なんか気持ちいいから触ってましたなんて言えるわけない、なんかに。


「ゴメン、寝ぼけてたのかも。」

「あ、やっぱり?ふふ、ハギーも寝ぼけたりするんだ。可愛いね。」

「……うるさい。」

「私もよく寝ぼけて壁にパンチした痛みで起きる事あるよ。」


くすくすと笑うは、起きると本当にうるさい。
面倒なのでに背を向けようと寝返りをうつと
寒そうな宍戸の顔があったので、またゴロンと体勢を戻した。



「ふわぁ…ハギー、もうちょっと寝ててもいい?」

「……まだ6時半だからね。」

「あれ、まだ30分しか経ってないんだ。」

「……何が?」

「さっきハギーがほっぺた触ってた時に1回起きて………あ……。」


とろんとした目で呟いたの発言に一瞬時が止まる。
目を見開く俺と、やってしまったと言わんばかりに顔を手で覆う


「……あの時起きてたの?」

「い、一瞬ね!あれ?って思ってたらなんか頬をつねられる感覚があって、
 うっすら目を開けてみたらハギーが、な、なんか近かったから……その、恥ずかしくて……。」


全身の血が沸騰するような感覚だった。
胸を内側から叩きつけるように心臓が動く。

最悪。何であんなことしたんだろ。

頬に触れただけじゃなくて、
さっきは唇にも触れて……無意識だったとはいえ
たぶん相手が宍戸なら絶対そんなことしない。
に対して触れてみたいと思ったこと自体が黒歴史だ。

しかも客観的に見たらいくら相手が男(のようなもの)とはいえ
普通にセクハラ行為じゃないか。



「で、でもね!全然嫌じゃなくてむしろなんかドキドキして、も、もしかしてコレ何かあるんじゃないかな!?
 ハギーが私に対して何か性的なものを感じてる可能性あるんじゃないかな?!って思ってなんとか意識を保ってたんだけど
 睡魔には勝てなくてまた寝ちゃったんだよね…。」

「あ、あの後もしかして何か……そのハギーが私にチューしたりとかそういうイベントあったのかな……?
 気づいたら口触られてたからほら、なんか≪クスッ、こんな無防備な恰好して可愛い奴☆≫みたいな台詞聞き逃しちゃったのかなって……。



もうなんかこんな奴を触ってしまったことが悔しすぎて、
弱みを握られてしまったことが腹立たしすぎて、
ハァと大きくため息を吐いた。

目を爛々と輝かせて何かを期待している様子のの頭を
ブランケットでぐるぐる巻きにして物理的に顔を隠してやった。
もごもごと小声で何か叫んでいたけど、聞かないフリをする。


きっと俺は寝ぼけてたんだ。

なんとなくに触れてしまったのも眠すぎたからなんだ。


そう脳内で繰り返しながら、俺はまたそっと眠りについた。