a noisy night

a noisy night
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「全員揃ったな。まずは向日からだ。」

「はいはーい。」


ハロウィンイベントまであと6日。
部活を終えた私達は跡部に招集されて、跡部邸にいた。
今日はこれから衣装の採寸を行うらしい。
てっきり衣装はドンキとかで買うのかと思ってたら、
跡部に冗談だろ、と鼻で笑われた。

跡部曰く、どれだけ背景や雰囲気にこだわっても
衣装がペラペラだと全くの無意味らしい。
全員分オーダーメイドで仕上げるとのことで、
今がっくん達が広間でスーツを着た男性達に
足の長さや胴回りを念入りに採寸してもらっている。


「本格的だね、どんな衣装になるの?」

「これがデザイン画だ。」


ぎこちなく採寸されるがっくんを眺めながら、
隣に座る跡部に聞いてみると手渡されたのは1枚の資料だった。
手書きで描かれた色々なパターンのヴァンパイア衣装に思わず声をあげてしまう。


「うわー!え、これが出来るの?めちゃくちゃカッコイイじゃん!」

「わぁ、本当にカッコイイですね!」

「へぇ、全員微妙にデザインとか色が違うんだね。」

「全く一緒だと面白みがないだろ。」


そう言って得意気に笑う跡部。
みんな長めの黒いマントを纏っているのは同じだけど、
中のベストの色や形だったり、襟元の形が微妙に違う。
フリフリとしたヴァンパイアっぽい襟のデザインもあれば、
シンプルな長襟にクロスチョーカーをつけたデザインのものもある。
この黒いハット付きのデザインはきっとがっくんに似合いそうだし、
1つだけどうみても高そうな宝石が散りばめられているデザインは跡部だろう。

みんながこれを着る姿を早く見たいなぁ、なんて思いながら見ていると
フと端に描かれている女性用衣装のデザイン画が目に飛び込んできた。

その瞬間、思わず顔を上げる。


「え!?これ……これ私の衣装!?」

「超かわE〜!ちゃん良かったね!」

「洋館のメイド風だね、いいんじゃない?でもなんとか着られそうな大人しいデザインだし。」

「せめて衣装ぐらいは着せておかないと、世界観崩れるだろ。」


きっと今ものすごく失礼なことを言われているんだろうけど、
私の頭の中は、この可愛いデザインの服を着せてもらえるという事でいっぱいだった。

上品な深い緑で、ロング丈のメイド服。肩あたりがふんわりと膨らんだデザインで、
首元や袖元には少しフリルがついている。随所にあしらわれた黒いリボンやボタンがまた可愛い。
頭に付けるカチューシャまでデザインに盛り込まれている。

今回のメインは跡部達だし、私はきっといつものジャージ姿で
適当に受付とかするんだろうなぁ、なんて思っていたから……
こんな風に衣装を用意してくれたのが、何だか"仲間"って感じがして
どうしようもなく嬉しい気持ちが込み上げてきた。


「っ跡部ありがとう!嬉しい!」

「嫌味も全然効いてないな。」

「これ着て受付するのかー…へへ、なんか本物のメイドって感じするよね!
 ねぇ、ハギー。どういう髪型にすれば良いと思う?」

「素材がだから限界があると思うけど、ふわっと巻いたり…おさげとかでも可愛いんじゃない。」

「いいね!じゃあ明日華崎さんにヘアセット教えてもらうよ!
 あ!ちょっと口紅とか塗った方が良いよね!?メイドだもんね?」

「なんや、何騒いでんねん。」

「忍足採寸終わったの?ねぇ、見てこれ!私の衣装!可愛いでしょ?」

「これが着るんか?もうちょっと綺麗めのお姉さんが着るタイプの衣装やろこれは。」

「へへ、ありがと!はー、採寸まだかな。いつ出来上がるんだろう、この衣装。」

「いや、悪口言うたんやけど。……完全に舞い上がっとるな。」



真子ちゃんや華崎さん達はみんなお揃いでハロウィン衣装を着て参加するのに、
急遽私だけ店番になって、あーあ、私のハロウィンは無くなっちゃうんだ
なんて思ってたのに…こんな素敵な衣装着られるんだもん。
瑠璃ちゃん達、模擬店来てくれるかな。そしたら跡部達だけじゃなくて
私とも一緒に写真撮ってほしいな。

頭の中で繰り広げられる楽しいハロウィンにニヤニヤしている私に、
忍足は、跡部やハギーと顔を見合わせて不思議そうな顔をしていた。























「じゃあ、この辺の集めちゃおうか。」

「わかりました。」


服の採寸が終わった私とぴよちゃんさまは、
跡部邸の庭で落ち葉をかき集める作業をしていた。

他の皆は今、広間でジャック・オ・ランタンを作っている。
じゃんけんで負けた私達2人が外作業になってしまったのだけど、
正直ぴよちゃんさまと2人きりなんて普通に嬉しい。


「ねぇねぇ、さっきのデザイン画見た?ぴよちゃんさまの衣装カッコ良かったね。」

「見ましたけど……別に着たくはないですね。」


ガサガサと箒で落ち葉を集めながら、
こちらを見ず、いつも通りに薄い対応をしてくれるぴよちゃんさま。

その姿を見ながら、ヴァンパイア衣装を着せたらどんな風になるのかな……
なんて脳内でぴよちゃんさま着せ替えごっこをしていたのがダメだったのかもしれない。
じろじろと見つめられる視線が鬱陶しかったのか、キっと睨まれてしまった。


「……何してるんですか、さっさと掃いてください。」

「ごめんごめん。……ヴァンパイアぴよちゃんさまかぁ。カッコイイだろうね!」


少し離れた場所の落ち葉を集めながら、
やっぱり想像上のヴァンパイアぴよちゃんさまに我慢できずそう叫ぶと
心底嫌そうな顔で「そうですか。」と一言。


「………フフ。」

「何笑ってるんですか。」

「いや、もし本当にぴよちゃんさまがヴァンパイアだったとしたら吸血する訳でしょ?」

「………。」

「でも、なんか跡部とか忍足なら想像できるんだけど
 ぴよちゃんさまが女の子噛んでるところとか……想像できないなぁ、と思って。」

「何考えてるんですか、真面目に掃いてください。」


箒に顎を乗せ、ボーッと妄想にふける私にぴしゃりと言い放つ。
そんなぴよちゃんさまの声を聞きながらも、
もし、ぴよちゃんさまが私の首元に口を近づけて……
なんて想像してみると、さっきリアルなデザイン画を見てしまったからなのか
想像以上に恥ずかしくて、思わず顔が赤くなった。


「………気持ち悪いですね。」

「ひえっ!ご、ごごごめん!」


いつの間にか目の前で箒を持ちご立腹の様子なぴよちゃんさまが立っていた。
私のだらしない顔を見て心底呆れているんだろう。
顔をしかめてこちらを睨んでいる。


「……なんで顔が赤いんですか。」

「ぴよちゃんさまに血を吸われるところを想像しました誠に申し訳ございません。」

「…………。」


集められたふかふかの落ち葉の上に正座する私に、
それを見下ろし無言の圧力をかけてくるぴよちゃんさま。
でも悔いはない、だってそんなん妄想するに決まってる。
恐る恐るぴよちゃんさまを見上げてみると、意外にもきょとんとした顔をしていた。


「え……お、怒ってないの?」

「いや……俺が考えていたヴァンパイアと先輩の言うヴァンパイアの認識が違う事が気になって……。」

「え?どういうこと?」

「ヴァンパイアは、美しい女性の血だけ飲むって聞いたことあったので。」



いつもと変わらないポーカーフェイスで言うもんだから、
一瞬どういう意味かわからなかった。


ポカンとする私に追い打ちをかけるようにぴよちゃんさまが言う。


「となると、先輩は対象外になりますよね。」

「よくそんな真剣な顔してヒドイこと言えるね、先輩に!!」

「くだらない妄想してないで、さっさと落ち葉を袋に詰めて下さい。」

「っく……わかったよ!ちょっとぐらい妄想させてくれたっていいじゃん!」


がさがさと手で落ち葉を袋に詰めながらぴよちゃんさまに背を向ける。
そりゃ……どう考えても私とヴァンパイアなんていう組み合わせは似合わないけどさ!
ぴよちゃんさまの言うように、儚げで美しい女性とセットなのがヴァンパイアの常だけどさ!

粉々に砕け散った私の妄想を消し去るように、落ち葉を袋に詰めまくる。
すると、後ろから静かな笑い声が聞こえた。


「……何笑ってんの。」

「いえ、豪快な落ち葉の集め方だなと思って。野生動物みたいです。」

「だ、だって箒より手で入れた方が早いもん。」

「……先輩の血は」

「え?」

「……きっとデカビタとか……そういうビタミン剤みたいな味がしそうですね。」





そう言ってふわりと優しく笑うぴよちゃんさま。




いや……ビタミン剤みたいな、そんないかつい味がするとか言われても
全然嬉しくないし、「薔薇の味」とか「甘い味」とかそういうのが良いけど、
ぴよちゃんさまの珍しい笑顔を見る限り、
私に対して嫌味を言っているようにも思えないし……

地面に這いつくばって落ち葉を集める姿が
よくビタミン剤を飲んでいた祖父を彷彿とさせます

とかそんな優しく包み込むような瞳で言われても、
どうしても素直に喜ぶことができないけど……

取り敢えず可愛い後輩が楽しいなら私はじいちゃんでもビタミン剤でも何でもいいやと思った。












「あ、!結構早かったな!見てみろよこれ!」

「ただいまー、え、これがっくんが作ったの?スゴイ!ちゃんとハロウィンぽいよ!」

「だろ?あとはこれを干して数日したらキャンドル入れるんだってさ。」


落ち葉をポリ袋3袋集めたところで、広間に帰ってみると
大きなかぼちゃを持ったがっくんが駆け寄ってきた。
私が想像していたよりも随分クオリティの高いジャック・オ・ランタンに素直に驚いてしまった。


「出来た。俺のも見てみ、この曲線のとことか芸術的やろ?」

「がっくんのとはまた表情が違うんだね、いい感じじゃん!」

「アーン?1番芸術的なのはこの俺様の作品だろうが。」


そう言って、大きなかぼちゃを片手に登場した跡部。
これもまた表情が違って、跡部と似た偉そうな顔をしたかぼちゃだった。
……なんか皆それぞれ作品に個性が出てて面白いな。

ちょたや樺地、他の皆も作品は作り終えたみたいで
今日のイベント準備はこれで終了となった。



明日は実際に使う教室内での飾りつけ、
受付から撮影までの流れの確認などをするらしい。

なんだかこんな風にテニス部の皆と何かを作り上げる、
ということが初めてで、よくわからないけどずっと心がフワフワと浮足立っている。
絶対に優勝するためにも……また明日から頑張ろう!

































はそっちの端からシートを敷き詰めていけ。」

「わかった!この正方形のを貼りつけていけばいいんだよね!」

「あぁ、隙間を作るなよ。お前は雑だからな。」

「大丈夫ですー、跡部よりはましですー。」


教室の一番隅の角にシートの角を合わせ、
シート裏のフィルムを剥がすとペタリと床にくっついた。

濃い木目調のそのシートは廃洋館の雰囲気を出すには必須のもので
今からこの広い教室中に全員でシートを敷き詰めていく。
事前に跡部とハギーが床の広さやシートの大きさも計算してくれているので
後はサクサクこのシートを貼り付けていくだけ。


「おい、。あっちの端までどっちが早く貼れるか競争しようぜ。」

「いいね、勝ったらジュースおごりでどう?」


私の3列隣のゾーンを担当している宍戸がニヤリと笑った。
お互いに無言で手元のシートのフィルムをべリっと剥がすと、
宍戸が大きな声で叫んだ。


「よーい………Start!!」

「おりゃああああ!」

「はぁあああ!」


目にも止まらぬ手さばきで、あっという間にシートを張り付けていく私達。
目の端にチラチラ映る宍戸と、今のところの速さはほぼ互角……!
一瞬でも気を抜けばすぐに抜かされる!全神経を集中させてシートを貼っていると
突然脳天を直撃する痛みが走った。




「「いでぇっ!!」」





「何すんだよ!」

「今、競争中で……」



ほぼ同時に宍戸と私が顔を上げると
そこに居たのは肝が冷える程の無表情でこちらを見下ろす跡部だった。



「てめぇら……隙間だらけだろうが、丁寧にやれ!」

「え……隙間なんて無いよ、見てよこれ!綺麗に貼れてるじゃん。」

「俺もだぜ、速さを求めながらもきっちりクオリティは守る、それが俺達の仕事だ。」


腕を組み、怒りをあらわにする私と宍戸。
こちとら誇りもって仕事やってんだよ、そう言わんばかりの私達のオーラに
跡部はひるむことなく、そのままスっと屈みこんだ。


そして、私が貼ったシートとシートの間にスっと定規を差し込む。
ずぶっと刺さったそれに、少し沈黙が流れた。


「隙間が空いてるから、こうやって定規が刺さるんじゃねぇのか?」

「そ、そんなの数ミリ単位の隙間じゃん!」

「馬鹿かお前は。これだけ広い教室にシートを貼るのに数ミリの誤差が後々大きな誤差になるってわからねぇのか?」

「っぐ……。」


そう言ってぺしぺしと定規で私の頬を叩く悪徳工務店。
私が罵られる姿を見ながら、さっきから宍戸がちょっとずつ
自分の担当エリアのシートをグイグイと押しつつ隙間を詰めているのを私は見ているぞ。


「それに、この木目。きちんと木目が繋がるシートを配布してるはずだ。
 縦になったり横になったり……隙間以前の問題だ。全部やり直せ。」

「そ、そんな!暗くなったら木目なんてわからなへぶぅっ!


ぐいっと私の顔を掴んだ跡部。
両頬に食い込む跡部の指で、今私はとんでもなく不細工な顔になっているであろう。
必死に抵抗してみるものの、跡部の力が緩むことはない。


「いいか、そういう妥協が大きな穴を生む。あの時ああしてたらこうしてたら、なんて
 後で後悔したくなかったら、今全力でやれ。わかったなポンコツ職人。」

「ふぁ……ふぁい……。」

「……見ろ、宍戸は言われなくても貼り直してるぞ。」

「俺は自分の仕事に妥協しねぇからよ。」

「よ、よくそんな真剣な顔で人の事裏切れるな!宍戸だって怒られるべきだと思います!」

「うるせぇ、さっさと手を動かせ。」


そう言って去って行った跡部の後ろ姿に、軽く舌打ちをする。
その瞬間ぐるりと振り返った跡部に、なんとか満面の笑みで対応した私は偉いと思う。

仕方なくシートを張り直しながら、宍戸に話しかけると
「気が散るから後にしてくれよ、繊細な作業だからな。」とか抜かしやがったので
シートの裏に張り付いてる、布に張り付くと中々はがれない透明フィルムを背中にいっぱいくっつけてやった。













、早くしろ。お前が1番遅いぞ。」

「わかってるよ!あと1枚で………ほら!出来た!」


ポコっと最後のシートを張り付けると、さっきまで
息が詰まる様な静寂で包まれていた教室にやっと賑やかな声が戻ってきた。



「できたーーー!あー、疲れた!腰が痛い!」

「シートとはいえ結構本物っぽく見えるもんやなぁ。」

「床が変わるだけで、こんなに教室の雰囲気も変わるんだね。」


ハギーがパシャリと携帯で写真を撮ってるのを見て、
私も慌てて携帯を構える。
するとそこにジロちゃんが寝そべり、ヘラリと笑ってピースした。


「あはは、撮るよー。」

「待て、俺も入る!」


1時間ほどかけてやっと完成した、洋館の床。
私達が全員で成し遂げた初めての共同作業にテンションが上がっているのか、
寝そべるジロちゃんの隣にがっくんがスライディングで飛び込んできた。


「ここ。この俺が綺麗に貼ったシートもちゃんと写しとけよ。」

「わかったわかった、宍戸もうちょっとジロちゃんに寄って。」

「あ、記念撮影ですか?樺地、日吉、俺達も入れてもらおう。」

「ウス。」

「もう全員入ったらいいんじゃない?」


わらわらと教室の真ん中に集まる皆にハギーが声をかけると
ジロちゃんを中心にテニス部が勢ぞろいする形になった。

跡部が床をきちんと撮れとうるさいので、椅子に上って高い位置からカメラを構える。


「はーい!こっち向いて、撮るよー!はい、チー……ズ!」



にっこり笑ったがっくんや、嬉しそうな後輩達。
澄ました顔してるけど、いつもより柔らかい表情の跡部に
きっちりキメ顔の忍足。1枚の写真に収められた皆の表情が面白い。

……なんかこういうのいいな。

このイベント中、こっそり色んな表情を撮って
イベントが終わったら皆にアルバムにしてプレゼントしよう。
きっと良い想い出になるよね。





























ハロウィンイベントまであと4日。
今日も昨日と同じく教室の装飾作業を皆で分担することになった。
昨日床は終わったから、今日は壁の装飾がメインになるらしい。



「向日、宍戸、滝、ジロー。この4人はパーテーションの着色作業だ。
 俺と樺地、日吉、鳳。この4人で家具の配置作業。
 忍足とはカーテンの取り付け作業。以上。」


跡部の号令でそれぞれ配置へと着く。
今日は忍足と2人の作業か。


「私もペンキ塗りしたかったな、みたいな顔しなや。」

「顔に出てたかー、でもカーテンの作業も実は面白そうだなと思ってたんだよね!」

「部室にカーテン搬入されてるらしいから、取りに行くで。」

「はーい。」












「カーテンってこれでしょ?うわ綺麗なカーテン。本当にズタズタにしていいのかな?」

「廃洋館にこんなピッカピカのカーテンあったらおかしいやろ。ズタズタのボロボロにせんとな。」


俵型に丸められたカーテンの束を一つ肩に乗せた忍足。
もう一つを同じように私が持つと、ひゅぅとわざとらしく口笛を吹いた。


「跡部がをカーテン係にした理由がわかったわ。」

「……もしかして力作業があるから?」

「たぶんそうやろな、これまぁまぁ重いし。家具係2年生にしたのも重いもん搬入させるためやろ。」

「その理論なら真っ先に私がペンキ係じゃないとおかしいのに、ひどいよね。」

「そんなん言いながら、軽々運んでるやん。階段あるけどいけるんか?」

「無理っ!……って言ったら持ってくれるの?」

「都合いい時だけ女子のフリしなや。」

「1秒も女子を辞めたことないんだけど、私。」


ケラケラと笑いながら階段を上がって行く忍足。
肩にずっしりとのしかかる重みに耐えながら、それに続くと
急に何かを思い出したように、クルリと振り向いた。


「……はよ行くで。こんな場面女の子に見られたら俺が酷い奴みたいやん。」


そう言ってスタスタと足早に廊下を歩いていくその背中を見て、
忍足が如何に私を女子扱いしていないかが、よくわかった。
ここが戦場なら間違いなく今、私はあいつの背中を撃ってるぞ。









「結構ビリビリに破いたねー。」

「あとは血やな、血。」


皆がそれぞれ作業をする教室の隅で、一心不乱にカーテンを破る私達。
ペンキ作業に飽きたがっくんが一緒にビリビリ破いてたところを
同じペンキ係のハギーに見つかって強制送還されてしまったシーンも
ばっちり私の携帯に収めてある。

そして、目の前で赤黒い絵具を付けた刷毛を握る忍足にも
携帯を向けると、こちらに気付いてばっちりキメ顔を見せてくる。


「ちょっとー、自然にして自然に。」

「なんやねん、折角人がサービスでキメ顔したってんのに。なんかに向けて。」

「そういうのじゃなくて、作業してる顔を撮りたいの。」

「……そういうのなんか嫌やわ。が作業したらええやん、俺が撮ったるわ。」

「何それ、照れるポイントおかしくない?」


手元に刷毛を置き、私の手から携帯を取り上げた忍足。
キメ顔は良くて、普段の姿撮られるのは恥ずかしいって……なんか忍足らしくて笑える。

仕方なく交代して刷毛を握りしめると、パシャっとカメラの音が響く。
……た、確かにちょっと恥ずかしいかもしれない。




「……んー……。」

「こんなもんかな……。」


パシャパシャと響くカメラの音に反応しないように、
カーテンに血しぶきを塗り付けていると、はい、と携帯を手渡された。


「と、撮れた?いや、確かになんか恥ずかし…………」


忍足の目に映った私の真剣な姿はどんな感じだったのだろう。
内心ちょっとワクワクしながら携帯を見てみると、
写真フォルダにはインカメラで連写撮影したキメ顔の忍足で溢れていた。


「撮ってないじゃん!何これ、おぞましい!

「いや、最初の1枚は撮ったで。でもなんかほら、やし…インスタ映えせえへんかなと思って。

「インスタ映えとか狙ってないから!想い出として……いや、忍足のこの顔もインスタ映えしないからね!」

「素直に喜んだらええのに。」


フっと笑う忍足に今は憎悪しかない。

せ、折角ちょっと澄ました顔で作業してたのに、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいじゃん……!
写真フォルダを埋め尽くす不適切画像を削除していると、
忍足が私の手から携帯を取り上げた。


「あ、何すんの。」

「そろそろカーテンつけるで。脚立、下で支えとって。」


この教室の天井は高めなので、
長身の忍足でも脚立に乗ってやっと届くぐらい、カーテンレールの位置が高い。

用意した結構大きい脚立の足部分をしっかり掴むと、
一歩一歩、忍足がそれを上り始めた。
そして、脚立の1番上に足を置き、
1つずつカーテンレールにカーテンフックを引っ掛けていく。

……カーテン重いけど大丈夫かな。

高い位置での作業を見ているだけで少し怖くなり、
脚立を支える力をぐっと強めた。


「……、次のカーテンこっちに…うわ!」


最後までカーテンを付け終えて、クルリと振り返った忍足。

振り返る寸前にレールとフックの間にジャージが挟まったのか
一瞬バランスを崩した。

忍足の身体が斜めになったのを目で捉えた時にはもう、飛び出していた。




「危ないっ!」

































「っ……!お前……!」

「いでー…お、忍足結構重い……。」



気付いたら、私は床に倒れ込みながら落ちてきた忍足を抱きしめていた。
……というよりは押しつぶされている感じになっていた。

大きな物音に気付いたみんなは当然こちらに気付いて駆け寄って来たけど
それよりも先に忍足が飛び起きて私の身体を抱き起した。



「頭は?痛いとこないか?」

「だ、大丈夫。忍足は?手とかケガしてない?」

「……はぁー……アホ!」



ビリリと窓が震えるほどの大きな声で叫ぶ忍足に、
私も、駆け寄ってきた皆も固まってしまった。

……こんなに大きな声出るんだ、忍足。



「いくら自分が頑丈やからって、下敷きになるのわかってて飛び出す奴がおるか!」

「で、でも危ないと思って……」

「俺の方がより何倍も重いし大きいのに、抱き留められるとでも思ったんか?怪我するだけやろ!」

「……ご、ごめん……。」


普通にガチでキレてる忍足に、私は謝ることしか出来なかった。
普段見たことの無い姿に、頭の中がちょっと混乱してる。


「……はぁ……、すまん。ほんまに痛いところないか?」


深くため息を吐くと、いつもの静かなトーンで
私の頭をそっと撫でる忍足。

その瞬間何だかわからないけれど、心の奥底から
恥ずかしさやら困惑やら色々混ざった何かが溢れ出てきた。


「だ、大丈夫だから!」


その手を振り払うと、私も忍足も特に問題はないと判断したのか、
ギャラリーだった皆がそれぞれの持ち場に戻って行く。

またさっきまでと同じ騒がしさが戻った教室内で、
目の前の忍足だけがおかしかった。



「……っ、早く残りのカーテンつけようよ。」

「今は痛いところなくても、取り敢えず保健室行った方がええんちゃうか?」

「本当に痛くないってば!な、何なのその優しい眼差しやめてよ!」

「………もし、俺のせいでに何か大きい怪我させたらって考えると……」



私の両肩に手を置き、やけに優しい目で見つめる忍足。

な、何なのさっきまで全く女子だと思ってないような仕打ちしておいて……!
急にそんな……、心配したりして……!
何だかこっぱずかしくて思わず顔を背けると、
グイっと顔を戻された。

至近距離で視線がバチッと合うと、
不可抗力で顔にじわりじわりと熱が集まってきた。



「……な、何なの?!」

「………、お前











こんなに不細工やったか……?」







「……はぁぁあ?」



心底びっくりしたような表情で私をまじまじと見つめる忍足に
思わず地の底から這いあがる様なドスの利いた声を出してしまった。



「俺が押しつぶしてもうたから……こんな無残な顔に…。」

「おい、おいお前。

「俺のせいで……、責任とって嫁にしなあかんのかなぁ……嫌やなぁ……。

「ねぇ、本気でぶっ飛ばすよ。」


さっきまでのあの真剣な表情は何だったのか。
いつもの調子で失礼なことを言いながら、
私の頭をわしゃわしゃと撫でまわす。


段々とイライラしてきた私は忍足の手を振り払って
残りのカーテンを取りに向かうと、




。」

「もう!なに……」

「ありがとうな。」



振り向いた私の耳元で、誰にも聞こえないぐらいの小さな声でそう言った忍足。

笑ってるような照れているような、困っているような。
そんななんとも言えない表情を間近で見せられたら……。


一気に引いたはずの熱が、ジジっとまた奥底でくすぶる音が聞こえる気がした。


写真フォルダに何十枚も入っているどのキメ顔よりドキドキしたのは、
きっと忍足の言う通り、身体のどこかを強く打ってしまったからなのかもしれない。