a noisy night

a noisy night
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「明後日はもうイベント当日かぁ、早いよな。」


ハロウィンイベントまであと2日。
廃洋館の最終仕上げを終えて、
私は、がっくん、忍足、ハギーとラーメン屋に来ていた。

目の前で水を飲みながら、感慨深げに言うがっくんに
携帯を見ていたハギーが反応した。


「明日には衣装出来るって言ってたよ。」

「そうなんや。衣装着てみたら随分雰囲気出るんちゃうか?」

「あのデザイン画の衣装でしょ?うわー、楽しみだね!」



「はい、醤油ラーメン4つおまちどうさま〜。」



端の席に座っているハギーが、皆にお箸を配り終えると
おいしそうなラーメンに全員で手を揃えた。


「でもさ、実際どれぐらい人来てくれるんだろうなー。」

「俺のクラスの女の子たちは絶対行く言うてくれとったけど……。」

「私の友達もみんな言ってるよ!私はむしろ来た人全員時間内に撮れるのかが心配。」

「今日跡部が言ってたのは、受付でチケットを撮りたい相手との整理券に交換、
 で、その後はそれぞれの列に並ぶって言ってたよ。」

「それ前半のことやんな?後半の撮影は俺達全員と一緒に撮るまとめて撮影会とか言うてたけど……。」

「まとめて撮影会?なんでそんなのに分ける必要があるんだよ。」

「なんか跡部のところに女子達が直談判に来たらしいよ。
 列が滞らないように整理券は1回につき4枚、でそれ使い切っても
 まだ撮りたかったらもう1回並ばないといけないっていう制度にするんだって。
 それだと時間内に全員と撮れないって抗議されたらしい。」

「なるほどな、じゃあ後半は1人につき写真は1枚か。それなら流れも速くなるやろな。」

「え、でもその全員と撮るのもチケット1枚で出来るの?」


ラーメンを頬張りながらハギーに聞くと、
フルフルと首を横に振った。



「全員と撮影するのはチケット6枚必要。」

「えー!6枚って……1,800円!高くない!?肉まん10個ぐらい食べられる額だよ?」

「そんな高値で来てくれんのかよ、みんな!」

「なんか後半になった途端誰も来てくれなくて、
 がっくん達が寂しくあの廃洋館で項垂れてる姿想像したら…泣けてくるね……。」

「恥ずかしすぎるだろ、それ!お、おい友達とかちゃんと誘っておけよ。」

「そんなに心配せんでも、来てくれるやろみんな。」


6枚で写真1枚……。悪徳商法過ぎる……!

跡部はちょっと浮世離れしたところあるから、
女子中学生にとって1,800円がどれほど高いかわかってないんだ。
せめてチケット3枚とかなら集まるかもしれないけど……。


「ね、ねぇ今からでも跡部に言ってあげた方がいいかな、自惚れるなって…!」

「だな!1,800円あったらLINEスタンプ5種類ぐらい買えるんだぜ!誰も写真1枚で喜ばねぇって!」

「…、友達に電話で聞いてみたら?1,800円で撮りたいかどうか。」


焦る私とがっくん、対照的にハギーと忍足は冷静だ。
むしろこの2人は写真1枚にチケット6枚という制度に納得しているようにも見える。
……確かにみんなのヴァンパイア仮装姿なんて珍しいし、
一緒に写真撮れるのは嬉しいかもしれないけど……。


ハギーに促されて、出来るだけ跡部やテニス部に対して
好意的な友人にチケットの設定金額について意見を求めることにした。
「そんなの高すぎじゃん!」とか言われたら、さすがに
今目の前で「な、なんかやっぱりお菓子とかつけた方がいいんじゃねぇ?」とか言ってるがっくんは
イベントを前にしてものすごく落ち込んでしまう気がするし……。



「あ、もしもし華崎さん?」

「どうしたのさん。」

「あのね……ほら!ハロウィンイベント来てくれるって「私、何時間並んででも撮りに行くからね。」


食い気味に嬉しい言葉を言ってくれる華崎さんに、
つい頬がニヤける。ありがとう……!みんな喜ぶよ……!

でも、まだたぶん公にはされていない後半のまとめて撮影会のことを言ったら…どんな反応されるかな。
フゥと軽く深呼吸して、言葉をつづけた。


「ありがとう!それでね、実は今撮影方法について話し合ってて……
 例えば、例えばね!チケット6枚で全員と1枚写真撮れるって言ったら……撮る!?」


電話の先で華崎さんが沈黙する。
ラーメンを食べ終えた3人も、固唾をのんで私の通話を見守っている。


あまりにも長い沈黙に思わず私が口を開いたその瞬間。


「あ、変なこ「そんなお得な料金プランがあるの!?」


電話越しにも聞こえる程の大きな声で叫んだ華崎さん。
がっくん達にも聞こえたみたいで、みんなビクっと肩を震わせた。


「お……お得かな?」

「お得でしょう!だって本来は9枚チケットが無いと全員と撮れないんだよ?
 それなのに6枚って……どうしよう、じゃあ残った3枚は……
 あ、そうか跡部様のソロショットとか撮らせていただいて……」

「えっと、じゃあ少なくとも華崎さんはチケット6枚で1枚でも撮りに来てくれる……ってことだよね!?」

「ねぇ、さん。ちょっと跡部様達を見くびり過ぎてない?
 そんなの学園全員の女子が撮りに行くに決まってるじゃない!」


ズガンと頭に雷が落ちたような衝撃だった。

そうだった。私は重大なことを忘れていた。
跡部達、氷帝学園のテニス部のみんなは
ファンクラブもいくつもあって廊下を歩いているだけで歓声があがる
そういう普通じゃない集団だったんだ。
1,800円で写真を1枚撮れることが嬉しい、と
多くの女の子にそう思ってもらえる、スゴイ奴らだったんだ。



「…華崎さんありがとう!そうだよね!」

さんも皆も、毎日準備頑張ってるよね。私達、すごく楽しみにしてるから。」

「……うん、楽しんでもらえるように、あとちょっと頑張るね!」





電話を切ると、静かだったがっくんが嬉しそうに口を開いた。


「来てくれるって?」

「うん!……っていうか私が間違ってた。がっくん達はすごいね。」

「何や、急に。」

「華崎さんも、他の女の子たちも忍足やハギー達と写真撮るのすごく楽しみにしてるみたいだったよ。」

「へぇ、嬉しいね。」

「なんか……もちろん優勝はしたいけど、こんなに楽しみにしてくれてる人がいるんだって思うと
 ただのチケット稼ぎじゃなくて、みんなに喜んでもらえるものにしたいね。」

「それはそうやな。跡部は最初からそのつもりで色々こだわってたんやろうし。」


オーダーメイドの衣装に、妥協のない舞台の作り込み。
チケットの枚数や、価格、お客さんの数ばかり気にしていた
さっきまでの自分が恥ずかしくなってきた。

と同時に、跡部が考えたチケットの制度も
きっと出来るだけ多くの人に満足してもらえるように
考えた制度なんだとわかった気がした。


「……やっぱり跡部は常に一歩先をいってるよねぇ。」

「それと比べてるの?一歩どころか四歩も五歩も先だと思うけど。」

「っぐ……よ、よし!私も頑張るよ最後まで!」

は当日受付だけどな。」

「でもほら、衣装もあるし!キャラとか作りこんでいくよ、
 廃洋館に昔住んでいた恋人を幽霊となった今でも思い続けてる儚き美少女メイド……的な!」

「どちらかと言えば、廃洋館に勝手に入り込んで食材とか盗んでたら見つかっちゃって
 処刑されたけど未だに逆恨みして洋館に居座ってる強欲メイド
って方がしっくりくるけどね。」

「滝、ようそんなぴったりな設定すぐ思いつくなぁ。」

「ただの犯罪者じゃん、それ!ちゃんと皆もヴァンパイアとしてキャラ作りとか……あ。」


ケラケラ笑う皆に抗議をしている時、フと思った。
みんなはヴァンパイアの衣装着て、華崎さんや女の子達と写真撮るんだよね。
整理券渡して、はい、じゃあ撮りましょうって時に……


「みんな、写真のポーズとか決めてるの?」

「ポーズ?普通にピースとかでいいんじゃねぇの?」

「え……ヴァンパイアはピースとかしないでしょ……。」

「いや、する奴もおるんちゃう?」

「ちょっと待って…、そうだ!私、色んなポーズ考えてみるよ!」


そうだ、そうだよ。
折角あんな本格的なヴァンパイアの衣装着てるのに
お客さん達も可愛い仮装衣装を着てくるはずなのに
ただ突っ立ってピースするだけなんて勿体ない。


「それに、例えばある程度ポーズのバリエーションを決めておいて
 どのポーズで撮りたいかっていうのを事前にお客さんに聞けるように
 メニューみたいなのを作れば、個別撮影の時間も短縮できるんじゃないかな?」

「……まぁ、確かにどういうポーズで撮るか悩む人は多そうだしね。」

「中々ええアイデアちゃう?」

「本当!?じゃあ私、早速帰って考えてくるね。」

が考えるポーズとか変なのばっかじゃねぇの?」

「がっくん、私を誰だと思ってるの?全日本乙女研究連盟終身名誉会長のだよ?
 女の子がキュンとくるポーズ、今思いつくだけで6000ポーズぐらい浮かんでるから。」


肩に鞄をかけ、ドヤ顔でそう言い渡すと
呆れたような、これ以上絡むと面倒くさいと判断したような、
そんな微妙な表情で3人とも手を振ってくれた。

……チケットを買って遊びにきてくれるみんなを喜ばせるのは跡部達で、
当日、私はそれを手伝うことしか出来ない。

それでも、より一層みんなに喜んでもらうために、
楽しかったって言ってもらうために、
出来る限りの事はしたい。

さっき電話越しに華崎さんの弾んだ声を聞いたときから
私の心の中はユラユラと情熱の炎が揺らめき始めていた。



























「わぁ、壮観だね!本当にヴァンパイア一族って感じするよ!」



ハロウィンイベントを明日に控えた放課後。
部活後に集まった教室には、
オーダーメイドのヴァンパイア衣装が届いていた。

サイズ確認も含めて、それぞれ衣装に着替えてみると
やっぱりというか何というか、素直にみんなカッコ良かった。

普段見慣れない衣装に身を包んでいるからなのか、
いつもの五月蝿いみんなとは違う雰囲気で、
最初に見た時は不覚にもドキっとしてしまったぐらい。



、ちょっとリボン曲がってる。」

「ありがと、ハギー。ど、どうかな?似合ってる?」


胸元のリボンをスルっとほどき、
綺麗に直してくれるハギー。
みんなお互いに衣装のここが良いとか、それが良いとか言い合ってるのに
一向に私の衣装については触れてくれないことが不安で
思わず聞いてみると、ハギーが頭の上から靴の先まで一通り見てくれた。


「普段ののイメージとは違うけど、いいんじゃない?」

「本当?よかったー!衣装自体は可愛いのに私が着ると何か変な気がして……。」

「そんなことないです、似合ってますよ。」

「ちょた、ありがとう!」

「…でもなーんか違うねんなぁ。」


そう言って、つかつかと私に歩み寄る忍足。
ジロジロと顔を見られてものすごく居心地が悪いけど、
どこか変なら早めに言ってくれ方が良い。

友達に恥をさらす前に、身内で笑われたほうがまだマシだ。
そう思って大人しく立っていると、
何かを思いついたように忍足が手を叩いた。


「わかった、血色や。」

「……あー、なるほど。違和感はそれかぁ。」

「え、何なに?どういうこと?」

「廃洋館っていう不気味な場所のメイドにしては、なんていうか
 健康的すぎるんや、顔が。毎日にんにく卵黄がぶ飲みしてます!みたいな感じがおかしいんや。」

先輩は健康だけが取り柄ですもんね!」

「……そこはかとなく馬鹿にしてるよね、皆?」

「まぁ、当日メイクでちょっと白くすれば大丈夫でしょ。」


そう言ってペチっと私の頬を触るハギー。
……なるほど、血色かぁ。

細かいところまで徹底しようというみんなの意識が垣間見られたことで
私はますます明日が楽しみになっていた。










「全員サイズは大丈夫だな、この後は衣装を脱いで最終のチェック……」

「ちょっと待って!」


衣装チェックを終えて、皆が一旦更衣室へ向かおうとしたその時。
跡部の号令を遮るように皆を引き留めた。


「……なんだ。」

「私昨日、皆が写真撮るときのポーズ考えてきたんだ!
 個別撮影の時に1人1人のポーズ希望聞く時に、ある程度テンプレート的なものがあれば
 撮影自体もスムーズに進むだろうし、ポーズ選ぶのも楽しいかなと思って!」


それに2回以上撮りに来てくれた子も、次は別のポーズで撮ったり出来ると
もっと想い出に残ると思うんだ。

そう言って私が深夜まで悩みに悩んだポーズ集の資料を跡部に手渡すと、
すんなりそれを受け取ってくれた。


「………いくつあるんだ。」

「一応昨日、500から150までには絞ったんだけど……」

「多すぎませんか。」

「うん、150もあったら結局選べないよね。」


すかさずぴよちゃんさまとハギーの鋭いツッコミが入る。
パラパラと資料を捲っている跡部の表情も段々険しくなってきている気がする。


「……そう言われると思って、最初の9個をベースにしようかなと……。」


その9個を1枚の用紙にまとめたものを机に置くと、
それをぐるりと取り囲むように皆が集まってくれた。



「………ちゃん聞いてもいい〜?」

「なに、ジロちゃん?お気に入りのポーズある?」

「……これ、犬が交尾してる絵?」
















痛いほどの静寂が廃洋館を包みこむ。




一点の曇りもない瞳で私を見つめるジロちゃん。

ジロちゃんの発言にギョッとした顔をするみんな。


音がするかと思う程の勢いで顔から熱を放つ私。




「なっ、こっこう……ちが……何言ってんのジロちゃん!!」

「だって、ちゃんの絵下手すぎてわかんないもん。」

「……た、確かにちょっと独特というか…でもポーズを描くって難しいですもんね!」

「ひょろっとした人型?で服も着てないから全部卑猥な絵に見えるよね。

「ほなこの交尾してる絵はなんのポーズなん?」

「だっ、だから違うって!それはこう……こうやって後ろからぎゅっとしてるポーズ!」


全く想定外だった私の絵のセンスについて矢継ぎ早にツッコミを受けたことで、
思わず取り乱してしまう。いや、このタイミングでこのメンバーに
自作の交尾の絵見せつける変態いると思う!?
何言ってんの皆!?

決して私が卑猥な絵を描いた訳じゃないことを証明しようとして、
近くにいた跡部を引っ張って、私が表現したかったポーズを再現すると
またみんなの話し声が止まった。




「…………おい。」

「……………一応聞くけど、トキメキ感じる?」

「明確な殺意だけだ。」


恐ろしく真面目なトーンで跡部がそう言うもんだから、思わず飛び退いた。
お、おかしい……全乙女がトキめく鉄板ポーズその1”後ろからそっとハグ”が通用しないなんて……!


「跡部より背の低いがやっても、父親にすがりついてる子供にしか見えねぇよな、侑士。」

「せやなぁ、が言わんとしてるトキメキポーズはわかるで。つまりこういうポーズやろ?」


そう言って、ふわりと衣装のマントを広げ
すっぽりと私をくるむように後ろから抱きしめる忍足。
ご丁寧にちょっと屈んで顔も近づけてくる感じが恐ろしい。


「あぁ、そういうポーズのことだったんですね!」

「やっと理解できました。」

「わ、わかってもらえたなら良かった!は、はいおしまい!」


まだ熱が引かない顔を見られないように忍足から離れると、
私の資料を手に持った跡部が目の前に立ちはだかった。


「ポーズ集の案は採用だ。ただお前の描いたポーズが全く読み取れない、意味不明
 今から当日の練習も兼ねて1つずつ俺達にレクチャーしろ。」


























「じゃ、じゃあちょたお願いします。」


結局全9ポーズの内、残り8ポーズを実際に再現するレッスンタイムが始まった。
誰がどのポーズをお客さんに指定されるかわからないので、
取り敢えずじゃんけんをして一列に並び、
ポーズ2から順に再現していってもらうことにした。


「はい!ポーズその2ですね。これは……えーと……」

「絵が下手でごめんなさい!あのね、指でハートを作ってるの。」


私が指でハートの片割れを作ると、すぐに理解してくれたのか
ちょたが笑顔でハートのもう片方を作ってくれる。

ちょたは長身のヴァンパイアなので、指の位置が少し高くなっちゃうかなと思ったけど
何も言わずとも少し膝を曲げて合わせてくれるのは、
やっぱり生まれながらの王子様だからなんだろうなと思った。


「このポーズ……意外と照れくさいですね。」


そう言って少し頬を赤らめるちょた。
……こんな可愛い表情したヴァンパイアが撮影会して大丈夫なのかな。
救急搬送される子とか続出しないかなと少し不安になった。







「次は宍戸ね。」

「…………おう。」

「ど、どうしたの顔色悪いけど。」

「……いや、さっきの長太郎がやってたポーズを注文されることもあるってことだよな。
 ………あんな男らしくねぇポーズ……。」


頭を抱える宍戸。確かに、宍戸があんなポーズしてるイメージはない。
……というか、お客さんも宍戸に嫌々ポーズされて写真に収められるのは哀しいと思う。

うーん……どうしたら………。


「あ、そっか。列ごとにポーズのメニュー変えておけばいいんじゃない?
 例えば9個の中で宍戸的にNGのポーズがあれば消しておけばいいし。」

「お、おう!それがいいな!」

「でもお客さんがやりたい!って言ったらしてあげた方が喜ぶとは思うけど……。」

「……まぁやれるだけやるぜ。…で、ポーズ3は?」

「これは結構ハードル低いと思う!頭をポンポンってするの。」

「はぁ?なんだそれ。」


そう言って、おもむろに私の頭の上にポンと手を置く宍戸。
……本人は何がトキメキポイントなのか全くわかってない気がするけど
年下女子に人気の宍戸なら、このポーズは結構ウケるかもしれない。

そんなことを考えていると、宍戸がわしゃわしゃと髪の毛を撫でたので
仮装女子のヘアセットを乱すようなことだけはしちゃいけないと
しつこいぐらいに説明しておいた。







「よろしく……お願いします…。」

「樺地!次のポーズ4は樺地にぴったりかもしれない!」


そう言って私の描いた資料を見せると、
少し困ったような目で首をかしげる樺地。

……あ、こ、この絵さえも伝わらないのか……!
己の絵心の無さを急に痛感して少し悲しくなる。


「お姫様抱っこってわかる?」

「………わかりません。」

「あのね、こう……えっとゴメン、私の事持ち上げてくれない?」

「ウス。」

「うわぁ!す、すごい軽々と持ち上げるね……。で、私の背中と膝の裏に腕を回してもらって……」


樺地の両肩を掴むように動くと、
するりと身体が腕の中に納まり、お姫様だっこのポーズになった。


「これ!こんな感じね!」

「……ウ、ウス。」

「ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、こんな軽々抱き上げられたら
 すごく嬉しいと思う!」


俯いて恥ずかしそうにしている樺地に、
レクチャーを見ていた跡部達が「下ろす時は気を付けろよ。」とか
アドバイスしてあげているのを見ると、何故だか嬉しい気持ちになった。









「次は……がっくんか……。」

「なんだよ、そのがっかりした顔……!」

「いや………。」


次のポーズ5はどちらかと言えば、胸キュンポーズというよりは
普通に撮りたい人向けで、がっくんに似合うとは思うんだけど……


「……出来ればもっとやってほしいポーズがあった……。」

「どうせ鳥肌立つようなキザなポーズだろ、あーよかった当たらなくて。ほら、早く教えろって。」

「………肩を組む。」

「肩?なんだよ、こういうこと?」


そう言ってガシっと私の肩に腕を回すがっくん。
やっぱり男の子なだけあって、肩を組む力が少し強い。
たぶんこれ男友達にする感覚でやってるんだろうけど、
女子にとってはこういう細かいところも胸キュンポイントなのかもしれない。

背丈がそこまで変わらないこともあって顔が少し近く、
思った以上に内心ドキドキしていたけどそれは私だけのようだった。















「ジロちゃん、次のポーズはソファに座るポーズだよ。」


皆の撮影列それぞれに置いてある小さな
二人掛けアンティークソファ。
半分ウトウトしているジロちゃんをそこに座らせて、
自分もその隣に座る。


「それでね、首をこう、私の肩に乗せてみてくれるかな?」

「んー、こう……?」


コテンと首を私に預けるジロちゃん。
その自然な仕草を見て、これはジロちゃんにぴったりのポーズかもしれないと思った。

私の耳元に聞こえてくる寝息。
この一瞬で寝てしまうところにちょっと不安はあるけれど、
写真に映るジロちゃんは間違いなく天使の寝顔だと思う。









「……………。」

「そ、そんな嫌そうな顔する?」

「……その先輩のニヤけた顔に嫌な予感がするからです。」

「ちが……違うのえへへ、あのへへへ……

「薄気味悪いですね。」



あ、次はあのポーズか……と思いながら
順番を待っている皆の方へ目をやると
そこにいたのはぴよちゃんさまだった。

どう考えてもぴよちゃんさまはこのポーズをしてくれなさそうだけど……
でも写真を撮りに来るお客さんでぴよちゃんさまにこのポーズをしてほしい人は
きっとたくさんいるはずだ……私だってしてほしい……!

ここでこのポーズを拒否されてしまっては、たくさんのお客さんが泣く……。
みんなの期待を勝手に背負いながら、ニヤける顔を自分でバチンと叩いた。



「……まず向き合います。」

「………。」



ここまでは素直に従ってくれたぴよちゃんさま。
向かい合う形になり、目線がパチッと合う。

……ヴァンパイア衣装が似合いすぎる。

今すぐ写真撮りたい。
そんな思いが漏れ出ていたのか、キレ気味に「早くして下さい」と急かされた。


「で、顎を持ってください。」

「顎……?」

「あ、自分のじゃなくて…私のをいでっ!


ぎゅっと私の顎を指で挟むようにつまんだぴよちゃんさま。
なんのことかわからないというような顔をしている。


「添えるだけでいいから!」

「……こうですか。」

「あ、そうそう!それでクイっと顔を持ち上げてくれるかなふおっ!


グキっと首の骨が悲鳴をあげた気がした。
頸椎が……頸椎がイカれる……!


「違うの!ほんの少し15度ぐらい持ち上げてくれればいいの!」

「……何ですか、このポーズ。」

「巷で噂の”顎クイ”だよ!そ、そのほら……この角度で次にすることと言えば……」

「………?」

「な、なんていうかッキ…キスする直前的な!」


意を決して言うと、ピタっとぴよちゃんさまの動きが止まる。
そして、ゆっくりとその視線が私の唇へと動いたのを確認した瞬間
私は自分が敷き詰めたシートの上に倒れ込んでいた。
勢いで私を突き飛ばしたぴよちゃんさまが、こちらを見下ろしている。



「っ変なこと言わないでください!」

「………っありがとうございます!」



顔を真っ赤にして怒るぴよちゃんさまを見て、
つい口から心の奥底から湧き上がる感謝の意が飛び出てしまった。
それが気に食わなかったのか、去り際に盛大な舌打ちが響いた。














「あと2つかな?」

「あ…うん、そうだね。ハギーは……」


自分の手元の資料を見て、思わず赤面する。

……昨日夜中にこれを考えていた時は
自分が今まで見てきた乙女ゲームや少女漫画のイメージ映像を
総動員して作ったから意識してなかったけど……

このポーズを知り合いに、しかもテニス部のメンバーに……
ハギーにされると考えるとグラグラと身体の中心が
熱くなるような、とても恥ずかしい気持ちに襲われた。


「……なに?……やっぱわかんない、この絵。」

「えっと……忍足が最初に再現してくれたポーズに似てるんだけど……」

「後ろから抱きしめるポーズ?」


そう言って、なんでもない事のように私を抱きしめるハギーに
思わず変な声が出た。


「ふぉうわ!」

「何恥ずかしがってんの、今更。……で、どうするの?」

「………怒らない?」

「怒らないよ別に。」

「……そ、そのまま口を開けて…私の首元に顔を近づける感じで……ヴァンパイアの吸血シーン的な……。」


言いながら顔が真っ赤になる。
こ、これはハードル高すぎるよね!?
机上の空論だったよね!?こんなポーズ恥ずかしすぎてお客さんも皆死んでしまう。

やっぱり吸血シーンはやめておこうか……
そう言いかけた瞬間だった。



「ひゃああああ!」

「うるさ……が言ったんでしょ。」

「ほほほほ、本当に噛めとは言ってないよ!!なっ……な…!」

「これを寸前で止めて写真にうつる感じだね、わかった。」

「っは…は、はい。そういう感じで……お願いします!」


首を抑えてその場に座り込む私を気にすることも無く、
淡々とポーズ確認をするハギー。
す……すげぇ……プロだ……!

私と同い年のはずのハギーは
余裕の表情でクスクスと楽しそうに笑っていた。

















「……やっぱり跡部だよね。」

「これで最後だろうが、さっさとしろ。」

「………そ、そうだ相手役はがっくんに変わってもらお「絶対やだ!」

「気持ち悪いこと言うんじゃねぇ。」


冷や汗をダラダラ流しながら、がっくんに助けを求めると
普通に却下された。
こうして私がモタモタしていることも、気に入らないらしく
跡部の怒りのボルテージは段々と上がっているような気がした。


……覚悟を決めるしかないのか……!


煌びやかな宝石をまとった、ヴァンパイア跡部。
そのルックスはさすがというか、
普段跡部に辛辣な私でも普通にドキっとしてしまう程の仕上がりだ。

オールバックにしたその髪型のせいなのか、
いつもより目力が強く感じる。
射抜くような視線を、なんとか見ないようにして
フゥと大きく深呼吸をした。







「……まず抱きしめてくれる?」










「ちょ……ちょっと何殴ろうとしてるの!?」

「……想定以上に不愉快な依頼だったからな。」

「自分がレクチャーしろって言ったんじゃん!わ、私だって別に跡部にされたくないもんこのポーズ!」


跡部の右拳を必死に抑えながらなんとか抗議する。
だ、だからイヤなんだよ跡部にこんなポーズお願いするの!

こうなったらやっぱりがっくんにお願いして……
そう思っているとフと拳の力が弱まった。



……今から俺は自分の魂を殺す。

「そ、そこまで言うか!!
わかったよ、それでいいよ!私だって無の感情で抜け殻のつもりでやるか……ら…」



私に対していつも通り失礼な跡部。
そこまで言うならこっちだって無の感情でやってやるわ!!
そう自分の中で宣言した瞬間に、グイっと身体を引き寄せられる。

跡部の腕の中で、カチコチに身体を強張らせていると
上から声が降ってきた。


「それで、どうするんだよ。」

「あ!えーと…私の身体を斜めに倒して!腕で支えながらね!」

「………こうか。」


少しだけ斜めに倒れた私の身体。
見た目以上に力強い跡部の腕に自分の体重を預け、
少し首を後ろに反らす。


「っ、重いだろうが。」

「た、耐えて!で、こ、この首元に……顔を近づける感じで……」

「アーン?なんだ?」

「うっ……く、首のところから吸血するの!」



首を逸らしているので、今の跡部の表情は見えない。
見えないけど、確実にものすごく馬鹿にした目で見られてると思う。

目を閉じて跡部の顔が近づくのを待っていると
首元にフと気配を感じた。
その瞬間、全身から首元に熱が集まっていくような、
とてつもない恥ずかしさが込み上げてきた。



「……そ、そこをがぶって噛む感じで撮ればOKだから!はい終わりです!」



これ以上は耐えられない、そう思って跡部の腕を解き
体勢を整えようとしたその時。



「耳まで真っ赤じゃねぇか。」




そう言われて思わず耳を抑えて振り返る。

耳だけじゃなく当然顔も真っ赤だった私を見て
跡部が驚いたような顔で大きく瞬きをした。


「………ック……どこが抜け殻だよ……ハハ!!」

「う、うううううううるさい!突発的に熱が上がっただけだから!元々体調悪かったから!」





その後、衣装を着替えて帰る時まで
私と目が合う度に、跡部は堪えきれない様子でゲラゲラと笑っていた。

悔しくて悔しくて、私のプライドはズタズタだったけれど
抗議してやろうと跡部の目を見ると、
さっきの自分と跡部のポーズがポンっと脳に浮かんでは
また顔に熱が集まってきてしまう。自分の耐性の無さが憎い。


跡部だけじゃなく、みんなと実践した
胸キュンポーズがずっと頭から離れなくて、
私の脳内はずっとポカポカしたままだった。



明日はイベント当日だというのに全く眠れそうにない。