a noisy night

a noisy night
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「真子ちゃん、おはよう!それ今日の仮装衣装?」

「おはよ、。そうそう、瑠璃達と買いに行ったんだ。」


氷帝ハロウィンイベント当日の朝。
通学路ですれ違う氷帝生達は皆大きな荷物を持って登校していた。
心なしかいつもより送迎車が多いのはきっとそのせいだろう。

下駄箱で会った真子ちゃんも、同じように
大きなショップバッグを肩から下げている。


「皆の仮装楽しみだなー、どんなのにしたの?」

「それはお楽しみ。の模擬店行くからその時ね。」

「真子ちゃんも来てくれるんだ、やったー!私も実は仮装するんだよ。」

「そうなんだ、じゃあ一緒に写真撮ろうよ。」

「うん!楽しみにさん、おはよう!」



真子ちゃんと教室前の廊下を歩いていた時だった。
隣のクラスの高坂さんを先頭に、たくさんの女子がグルリと私を取り囲む。

あまりの威圧感に思わず真子ちゃんの後ろに隠れたものの、
皆の雰囲気がいつもと違った。どうやら目的は私の討伐とかじゃないらしい。



「今日の模擬店、何時から始まるの?」

「え?えーと…、18時から体育館でイベント開会式、模擬店の受付は18:30からだよ。」

「18:30ね。じゃあ開会式が終わったらすぐ並びに行かないと……。」

「あ、皆来てくれるの?嬉しいな、ありがとう!」

「別にさんに会いに行く訳じゃないわよ、跡部様達と少しでも多く写真を撮りたいの。」

「跡部達の衣装もめちゃくちゃいい感じだから楽しみにしててね。」

「……噂で聞いたんだけど、ポーズ指定も出来るんですって?」


コホンと咳ばらいをして、小声で確認する高坂さん。
昨日決めたばかりなのにもう情報が出回ってるんだ。

ニヤリと微笑み、「吸血ポーズもやってくれるよ。」と言うと
廊下中に響き渡るほどの悲鳴が起きた。


「っそ、それ本当でしょうねさん!」

「う、うん!皆でポーズ練習も頑張ってたし……」




「どうしよう私、やっぱりもう少しドレスっぽい衣装にすればよかった!」

「そんなことより私今日香水つけてくるの忘れたの!どうしよう、ママに持ってきてもらわないと!」

「ねぇ、チケットの枚数50枚じゃ足りないんじゃない!?」



ポーズ指定が可能とわかるや否や、ドタバタと走り去っていく高坂さん達。
他のクラスの皆が何事かと廊下に出てくるほどの大騒ぎになってしまった。
取り残された私と真子ちゃんは、静かに顔を見合わせる。



「……跡部君達って、やっぱりスゴイんだね。」

「だよね、高坂さん達みんな嬉しそうな顔してた!」



彼女たちの熱狂に負けないぐらいの熱を持って、
衣装や教室の飾りつけを頑張ったテニス部の皆の姿を思い出す。
こんなに皆が楽しみにしてくれてるって知ったら、跡部達喜ぶだろうな。

模擬店に来てくれる皆のためにも、
私は私の出来ることを頑張ろう。
昨日家で密かに練習してきた、"廃洋館のメイドっぽい不気味な挨拶"とか
"チケットと整理券を高速で交換する手捌き"とかそういうので貢献しよう。

























「はい、では羽目を外し過ぎないようにイベントを楽しん「起立、礼!」



担任の先生の言葉をかき消すような日直の号令と共に、チャイムが鳴り響く。
途端に教室内は騒がしくなり、廊下を高速で駆け抜けていく女子達も見えた。

6限目が終わり、あと数時間でついにハロウィンイベントが始まる。
授業終了後から18時まではそれぞれ仮装に着替えたり、
模擬店を出す生徒はその準備時間に充てられている。

第一多目的室から第五多目的室までが仮装用の更衣室になっていて、
模擬店を出さない生徒達はそこで着替えたり、メイクをしたりすることになっている。



「さ、着替えに行こっか。さんは?模擬店に直接行くの?」

「うん!華崎さん達は多目的室だよね。」

ちゃんの衣装も楽しみにしてるね。」

「瑠璃ちゃんありがと!じゃあ、また後でねー!」


大きなバッグに詰め込んだ衣装を持って、教室を後にする皆。
そこら中から聞こえる楽しそうな声に、段々とワクワクしてきた!
私も模擬店の教室へ向かおうと席を立つと、廊下から声が聞えた。


ちゃーん、一緒に行こー!」

「あ、ジロちゃん。宍戸も一緒?」

「早く行こうぜ、もう跡部達準備始めてるらしいし。」


後ろの扉からひょこっと顔を出すジロちゃんに宍戸。
他の皆は模擬店の教室が自分のクラスと近いから、集まるのも早いんだろうな。
急いで教室を出ると、廊下にはジロちゃんや宍戸を遠巻きに見つめる女の子たちがいた。


「……ね、ねぇ聞いてみてよ。」

「え…でも、急いでるっぽいし……。」

「早くしないと宍戸先輩行っちゃうよ!」



私を呼びに来てくれた割に、私を待つ様子は無い2人。
スタスタと廊下を歩いていくその後ろ姿を追いかけていると、
なんとなく気になる会話が耳に入った。

グルリと後ろを振り返ると、5,6人の女の子達。
私と目が合うとビクリと肩を震わせた。


「もしかして宍戸に用事?呼ぼうか?」

「えっ!あの…あ、いいんですか?」

「うん、ちょっと待ってね。宍戸ー!ジロちゃん、待ってー!」

「なんだよ。」

「なに〜?」


廊下の先でこちらに振り向いた2人。
女の子達に目で合図をすると、足早についてきてくれた。


「ねぇ、宍戸に聞きたいことがあるみたいだよ。」

「え、……なんだよ。」

「宍戸照れてるC〜。」

「うるせぇ、ジロー。」


恐らく1年生か2年生の女の子たちに取り囲まれる宍戸。
それを傍から見守る私とジロちゃんは、
宍戸が精一杯カッコつけてる姿を見て、グっと笑いをこらえていた。



「あの!鳳君に聞いたんですけど……宍戸先輩はヴァンパイアの吸血ポーズNGって本当ですか!」


「なっ……なんでもう知ってんだよ。」

「私…私宍戸先輩に血を吸ってもらう為に血液がサラサラになるサプリ飲んできたんです!」

「わ、私も宍戸先輩に抱きしめてもらうために5kgダイエットしました!」

「お願いします……お願いなので吸血ポーズで写真撮ってください!」


焦る宍戸に口々に懇願する女の子達。
廊下で繰り広げられる異様な光景に段々とギャラリーも集まり始めた。

昨日のポーズ練習の時、宍戸だけNGポーズが多いことに
私を含むみんなで抗議したけれど、頑として受け付けなかった宍戸。
「そんなポーズ激ダサだぜ。」とか言いながら
頭を撫でるポーズ以外全部×をつけた宍戸。
それならヴァンパイアの仮装必要ないじゃん!と言ったけれど
何故かドヤ顔でその場を後にした宍戸。

そんな宍戸だったけれど、半泣きで懇願する女の子たちの前で
めちゃめちゃ目を泳がせている。

必死にこちらに助けを求めてるけど
私もジロちゃんも、遠くから温かい目で見守ることしか出来なかった。



「……っ、わかったよ!」

「え!?ほ、本当ですか!?」

「その代わり…後から、セクハラとか文句言ったりすんなよ!」



宍戸が放った一言に思わずジロちゃんと顔を見合わせた。

………そこ、気にしてたんだ。

胸キュンポーズをNGにした意外すぎる理由が
宍戸らしくて私もジロちゃんも笑ってしまった。


「言う訳ないです!宍戸先輩になら全身どこを触られても大丈夫です!」

「私も宍戸先輩に身を捧げる準備は万端です!」

「なっ……女子が変なこと言ってんじゃねぇ!も、もう行くからな。」

「ありがとうございます……ありがとうございます、宍戸先輩!」


目をハートにした女の子たちの発言に
顔を真っ赤にして逃げる宍戸。

宍戸が去った後に、涙を流してガッツポーズを見せる女の子達を見ていると
何故か私まで少し嬉しくなってしまった。



「モテモテだね、宍戸先輩〜。」

「宍戸先輩やさC〜!」

「うるせぇ!」


早歩きで廊下を歩いていく宍戸をからかう私達。
それを鬱陶しがりながらも、宍戸の横顔はちょっと嬉しそうだった。

学園で初めてのハロウィンイベント。
フワフワとした、どこか浮かれた空気がそこら中に満ちている。


これから訪れる不思議な夜に、私の心は弾むばかりだった。





























「このような感じでいかがでしょうか?」

「わぁ……ありがとうございます!」


ふわふわに巻かれた髪の毛。
いつも鏡で見ている自分とは全然違う青白い肌。
赤黒いような、ダークな色をのせた唇。
目の下には、隈が出来たみたいにほんのり影が出来ている。

跡部が連れてきてくれたヘアメイクの上手なメイドさん達が
私や、他の皆のメイクを完成させてくれた。

メイドさんにお礼を言って、更衣室から教室へ戻ってみると
がっくんやハギー達もすっかりヴァンパイアに変身していた。



「おお!いい感じじゃん、幽霊っぽい!」

「髪も巻いてもらったんだね。いつもより女子っぽくていいんじゃない?」

「へへ、でしょ?あっという間に仕上げてくれたんだよ、すごいよね!」

「跡部のとこのメイドさん、技術高いなぁ。でもまともな女子に見えるわ。」





「準備できたのか、。集合だ、最終ミーティングするぞ。」

「あ、ゴメンおまたせ!」




跡部の号令で、すっかり廃洋館にしか見えない教室の入口付近へ集まる。



ゆらゆらと揺れるキャンドルの炎。
皆が作ったジャック・オ・ランタンから漏れ出る妖しい光がより一層雰囲気を出していた。

教室のそこかしこに散らばった落ち葉や、蜘蛛の巣。
窓に貼った枯れ木のシールは、廃洋館の床に不気味な影を映し出している。

どこかから聞こえる木のドアが閉まる音。
隙間風が奏でる奇妙なメロディ。
古い蓄音機から途切れ途切れに聞こえる不安定なクラシック。

ヴァンパイアの皆が立つことになる場所には、
写真を撮る際に暗くなりすぎないよう、
アンティークなミニシャンデリア風のライトが取り付けられている。

そして、今私達が集合している教室の入り口付近には
ホテルフロントのような簡易テーブルが設置されている。
4人ぐらいが同時に受付出来るぐらいの大きさで、
私の他にテニス部2年生の数人が受付をすることになっている。

最終ミーティングには受付係の2年生、撮影係の1年生、誘導係の2年生
合計で20名が加わっていた。もちろんみんなお揃いの衣装で
黒いベストにスーツ、白の手袋をした執事風の衣装。
誘導係の2年生達は胸元に光る蝙蝠型のバッジをつけていて
赤、青、黄、緑、紫、ピンク、オレンジ、白、水色の9色に分けられている。


不気味な雰囲気の漂うほの暗い廃洋館に
集まったヴァンパイアたちの姿は昨日の衣装試着の時とは
比べ物にならないぐらい綺麗で美しかった。

メイクやヘアスタイルのおかげなのか、皆がいつもより大人っぽく見える。


「誘導係9名は各待機列の誘導、残りの2名はチケット待ちの待機列の整備だ。
 撮影が滞らないよう、ポーズ指定プリントを配布するのも忘れるな。」

「「「はいっ!」」」

「撮影係は撮影の際の立ち位置誘導、ポーズの確認、出来上がった写真の手渡し等間違いが無いように。
 自分のカメラ・携帯で撮影希望の場合はその都度対応しろ。」

「「「はい!」」」

「それと受付係。、お前がチケット待機列の誘導係2名と連携をとって、
 教室内に誘導する人数をある程度セーブしながら受付を進めろ。
 暗い室内に人が溢れすぎると危険だ。」

「わかった!」

「撮影は前半2時間、後半30分。何か質問はあるか?」


特にないと忍足が代表で返事をすると、最後のミーティングが終わった。
時刻は17:45。開会式が行われる体育館へと向かう時間だった。


私達の一歩前へ跡部が歩み出る。


姿こそ妖艶なヴァンパイアだけれど、
いつもと同じように、強気な表情で手を掲げて
パチンと指を鳴らした。



「……行くぞ。」
























「「「「キャーーーーッ!!」」」」

「忍足君!こっち向いてー!」

「跡部様っ、あと……跡部様ー!」

「ヤバイよ、めちゃくちゃカッコいい!どうしよう!」

「私やっぱりチケット追加で買う!」

「日吉先輩超カッコイイ……!ダメ、緊張して泣きそう……!」




跡部を先頭に、開会式が行われる体育館へと進む一行。
模擬店の宣伝も兼ねて全員揃って歩け、との指示だけど………

教室からでた瞬間、校内中に響くんじゃないかという黄色い悲鳴が上がった。
階段でも廊下でも校庭でも、まるでエレクトリカルパレードのように注目される皆。
これだけの歓声に包まれても余裕綽々で手を振るハギーや忍足。
ご満悦の様子で先頭を歩く跡部はもちろんのこと、
がっくんやジロちゃんもさすが注目されることには慣れているのか
楽しそうに笑顔で歩いている。

その後ろを歩く私や、他の1・2年生の皆はこんなに注目されることには
全く慣れていないので、恥ずかしくてたまらなかった。


「ね、ねぇ佐々木。前歩いてよ。」

「嫌ですよ!先輩が俺達のリーダーなんですから……」


ヴァンパイア軍団の1番後ろを歩いているぴよちゃんさまの後ろにいると
なんとなく周りの視線が痛くて、同じ受付係の佐々木をグイグイと押した。

まだ開会式まで少し時間があるからなのか、
それともこの歓声が相当心地いいのか、先頭を歩く跡部の歩みは遅い。
その分、ヴァンパイア軍団の後ろにいる私達にも注目が集まってしまってとても辛い。

いいから、私を視界から遮るように隠しながら歩いてくれと
佐々木達に懇願していると、




ちゃん!」

「え……田中君!」



声がした先に視線を移すと、
王子様の仮装をした田中君が手を振っていた。
田中君は私のピアノ仲間で、同じ学年の爽やか王子様だ。

シンデレラに出てくるチャーミング王子の姿が
似合いすぎる。むしろもう王子様にしか見えない。

自分の廃洋館に憑りつく幽霊メイド設定も忘れて、
思わず私も笑顔で手を振った。
すると、白いマントをはためかせながら田中君が駆け寄ってきてくれた。


「すごいクオリティだね、テニス部。」

「あ、ありがとう!跡部達が頑張ったから……」

ちゃんも、いつもと雰囲気が違って綺麗だよ。」


サラリとこういうことを言えちゃうところが王子様なんだよね……。
いくら青白いメイクをしていても、頬が赤くなってしまいそうなぐらい
恥ずかしい褒め言葉に、つい笑顔になってしまう。


「田中君もめっちゃカッコイイよ!王子様だよね?」

「ありがとう、クラスの友達と揃えてみたんだ。」


田中君が視線を向けた方を見てみると、
アラジンや野獣、ハンス王子やフリンライダーなど
ディズニーの王子様が勢ぞろいしていた。

す、すごい……イケメンの友達はイケメンなんだ……。
テニス部のヴァンパイア達も決して負けていないけど、
ダークなオーラの私達に対して、
田中君達は輝く光のオーラを放っている気がした。



ちゃん達は写真が撮れる模擬店だったよね?」

「うん!ヴァンパイア達と写真が撮れる廃洋館がテーマだよ!」

「それってちゃんとも写真が撮れるのかな?」

「へ?私?いや、私は受付で……」

「そうなの?……こんなに可愛いのに勿体ないね。」


そう言って照れたように笑う田中君に、ますます顔が熱くなる。
か、可愛いって……私と写真って……!
思わぬ褒め言葉に内心ドキドキしていると、スっと手を差し出された。


「じゃあ、今一緒に撮ろうよ。」

「あ、は、はい!」


跡部達ヴァンパイア軍団は模擬店での撮影が本番だから、
"この時間の撮影は禁止"って看板を樺地が持って歩いてるけど、
私は模擬店での撮影対象じゃないし、
行進も滞ってるし、何よりこのカッコよすぎる田中君と写真を撮りたい!
そう思って、綺麗な白い手袋をつけたその手を掴もうとしたその時。


「すみません!撮影は禁止なんです。」


田中君の手を取ろうとした私の腕をギュっと掴んだのはちょただった。
チャーミング王子に視線が釘付けになっていた私は、
突然のちょたの登場に思わず声をあげてしまった。


「わっ!ちょた……。あ、あれ?私も禁止なのかな?」

「はい、禁止です!」

「そっか、それは仕方ないね。じゃあまた後で模擬店に遊びに行くよ。」


笑顔のちょたに撮影を断られても、やっぱり爽やかに去って行く田中君。
あぁ……王子様……また後で会えるかな……。
その後ろ姿を目で追っていると、ズイっと視界にちょたが入ってきた。


「……先輩、ダメですよ。3歩歩いたらもう撮影禁止ルール忘れちゃったんですか?

「言い方に棘がある!ゴメンね、私も禁止の対象だって知らなくて……。」

「……先輩は、王子様とかそういうの本当に好きですね。」

「ま、まぁ好き…だよね。それにしても田中君似合ってたと思わない?クラスの友達とお揃いなんだってさ。」


またゆっくりと進み始めたヴァンパイアの行進。
私の隣で歩くちょたは、オールバックのヘアスタイルに
切れ長のアイラインのせいか、いつもの可愛いちょたとは正反対の
クールで大人びた雰囲気を纏っていた。


「じゃあ……ヴァンパイアと王子、どっちが好きですか?」

「うっ、難しい質問を……。でも珍しいね、ちょたがそんなこと聞くなん…て……」


フと、長身のちょたを見上げると
普段とのギャップに一瞬ドキっとしてしまった。

いつもなら笑顔で少し屈んで私の話を聞いてくれるちょたが、
目線だけをこちらに向けて、妖艶な流し目で微笑んでいる。

ぼんやりと空に浮かぶ、まだ薄い月をバックにすると
まるで本当にあの可愛いちょたが、ヴァンパイアになってしまったようで
心臓がドキリと跳ねた。


「…い、今の顔最高だった、ちょた……。」

「え?どういう顔ですか?」


次の瞬間にはパっといつもの表情に戻っていたちょた。
……さっきの表情は意図したものじゃなかったんだ。
髪型やメイクを変えるだけで、こんなにも別の魅力が引き出されるなんて。


「例えばちょたなら王子様でもヴァンパイアでもどっちも素敵だと思うけど、
 ヴァンパイアの方がいつもと違う感じがして、なんか、カッコイイかな。」


ハロウィンにしか見られない特別な姿って感じがする、と付け加えると
ジっと目を合わせたまま少し間が空いて、ちょたが口を開いた。


「……先輩も髪の毛ふわふわして可愛いですよ。」


目を細めて微笑む大人びた表情にやっぱり慣れなくて、
気の利いた返事も出来ず、ただ照れてデヘヘと笑うことしか出来ない私に
「いつもと全然……本当に全く、全然哀しい程に違います!」と強い語調で付け加えるちょた。
悪びれる様子も無くパッと華が咲いたような笑顔でそんな発言されると、
あぁ、やっぱりちょたは可愛いいつものちょただ、と思えた。

……良かった、いくら外見が変わったとはいえ、中身はいつもの……
常に懐に切れ味鋭いバタフライナイフを仕込んでるいつものちょただったね……!





























「それでは最後に、生徒会長の跡部景吾さんより開会宣言をお願いします。」


狼男、魔女、囚人、ゾンビ、悪魔、黒猫、プリンセス……
色々な仮装に身を包んだ生徒たちがひしめく体育館内。
特に整列することもなく、好きな場所に居て良いということなので
私達テニス部は来るのが少し遅かったこともあり、体育館の後ろの方で固まっていた。

真子ちゃん達の姿は体育館内で見つけることは出来なかったけど、
仮装した他のクラスメイトの皆が声をかけてくれたりした。
いつもと違う姿に一瞬誰だかわからなくなるほどで、
まさに"ハロウィン"って感じ。私のテンションは上がる一方だった。

早く開会式終わらないかな、なんて思っていると
その瞬間体育館が揺れる程の歓声が響く。



「……トリックオアトリート!」



ドヤ顔で叫ぶ跡部に、一瞬体育館が静まり返る。
その次の瞬間、先程よりも大きな歓声に包まれた。

謎の開会宣言に隣にいたがっくんと笑いをこらえていると
跡部の言葉が続いた。


「今宵は、ハロウィン。夢のような一時を存分に楽しむがいい。」


目がくらむような綺麗なヴァンパイア跡部。
普通の中学生が口にしたら、鳥肌が立ちそうなポエミーな台詞も
許されてしまうんだから、やっぱり跡部はすごい。

大きな歓声が黄色い悲鳴へと変わり、
マントをひらりと翻して跡部が舞台を降りた。

それを合図に体育館に盛大な音楽が鳴り響く。
優雅なようでどこか怪しげな雰囲気のクラシック音楽、
プロコフィエフのシンデレラのワルツだ。

音楽に合わせて体育館から退場していくみんな。
時間は18:15
模擬店のオープンまであと15分しかない!

なんとなく、がっくんや忍足達もソワソワしている様子で
私達は足早に教室へと戻った。

















先輩!あの、外の待機列が300名を超えてます!」

「300名!?」


オープンまで残り5分。
受付係の4人で、整理券の確認や誘導コメントの確認等をしていると
待機列誘導係の中野が教室に飛び込んできた。


「すごい人気……やったね!」

「でも、あの…まだちゃんと整列出来てなくて、プリントも足りなくて……」

「え!?そっか、プリント300枚しか刷ってなかったよね!?」

「はい…先輩、手伝ってください!」

「わかった、佐々木。ちょっと外行ってくる!」

「お願いします!」


涙目でオドオドしている中野を連れて教室の外へ出てみると、
そこに広がっていた光景は想像以上だった。



「あ、ちょっと!私達まだプリント貰ってないんだけどー!」

「ねぇ、これきちんと時間内に撮れるの?」

「ちょっと、私が先に並んでたんだけど!」

「あ、尾越さんココー!ほら一緒に並ぼう!」

「貴方たち、横入りやめてくださらない?」



廊下を埋め尽くすように溢れた魔女やプリンセス、色んな仮装をした女の子達。
待機列誘導係の2人ではとても捌ききれないような人数に、背中から変な汗が出てきた。

……と、とにかくまずは落ち着いて…
このままじゃ折角みんなが作りあげた空間も楽しんでもらえない。


一度大きく深呼吸して、思いっきり息を吸い込む。




「……っみなさぁああああん!」



廊下中に響き渡る叫び声に、一瞬空気が止まった。
この隙を逃すまいと、もう一度大きく息を吸い込む。


「廃洋館へようこそ!!もうすぐご案内いたしますので、2列に並んでお待ちください!」

「お友達と一緒に入りたい方は揃ってから並んでください!横入りは禁止です!!」

「ポーズ指定プリントは前から順番に配っています!後列の方、もう少し時間かかりますが
 必ず配るのでもう少しお待ちください!!」

「絶対に皆と時間内に写真が撮れるようにしたいので、お待ちの間に誰と撮るか、
 どのポーズで撮るか、撮影機器は何にするか、考えておいてください!!」



自分の声が必要以上にバカでかくて良かったと思ったのはこれが初めてだった。
とにかく伝えるべきことを伝えようと、頭をフル回転させたからなのかダラダラと汗が流れ
折角のメイクも端から落ちてきている気がする。

大声が後列まで聞こえたのか、廊下が一気にシンと静まり返る。
……まずい、ちょっと変な空気になってしまった。
大きな声だったから、少し威圧的に聞こえてしまったのかもしれない。
緊張と暑さで全身から汗がじわりと滲む。どうしようかとグルグル考えていると、
列の先頭の方で「さん」と呼ぶ声が聞えた。


「……は、華崎さん。」

「頑張って!」


小声で私に囁く華崎さんに、真子ちゃん瑠璃ちゃん。
皆の顔を見るとホっとして、少し心臓の音が収まった。
華崎さんがめちゃくちゃ豪華な純白のウエディングドレスを着ているのだけが
一瞬気になったけれど
、気をとりなおして前を向いた。


「み、みんなめちゃくちゃカッコ良いので楽しみにしててください!!」


最後に叫んでぺこりと頭を下げると、ワァと少し歓声が上がった。
待機列の誘導係2人が、私の説明中に列を整備してくれたこともあり
廊下の先が見えるぐらい綺麗に整列してくれている。

後は2人に任せて教室内へ戻ると、ずらりと跡部達が整列していた。



「みんな!すごい列だよ、外!」

「あぁ、全部聞いてた。」

「相変わらずバカでかい声やなぁ、ほんま。」

「廃洋館の幽霊メイドっていう設定はもう良いんですか?」


呆れたように言うぴよちゃんさまに、皆がプっと吹き出す。
……ぜ、全部聞こえてたのか。


「ゴメン、すっかり忘れてた!」

「折角ちょっと儚げな雰囲気にしてもらったのに、普通にいつものガサツなに戻ったね。」

「まぁ、いい。これだけの人数が集まることは想定内、あと……」


流れる汗をハンカチで必死に拭う私に
視線だけチラリとこちらに寄越して、フと微笑む跡部。


「お前なら、この人数を何とか出来ることも想定済みだ。」

「………うん、頑張るよ!」

「俺達も頑張ります!よろしくお願いします、先輩!」

「よっしゃ、なんか円陣みたいなのしようぜ!」

「はぁ?激ダサじゃねぇか。」

「フフ、いいじゃんやろうよ!滅多にしないんだから。」

「……しゃぁないな。」


円陣を組んで皆で集まったり、そういうのをあんまりしない皆。
恥ずかしいのか、なんなのか。
でもその協調性の無い感じも、いつもの氷帝らしくて心地良い。

今回はがっくんが強引に皆の肩を組み始めると、
最後まで嫌がっていた跡部もついには円陣の輪に加わった。


「…………。」

「………え、これ誰が言うんだよ?」

「知らんわ、岳人が始めたんやから岳人やろ。」

「俺かよ!そんじゃ、えーと……"めちゃくちゃカッコ良いみんな"で一緒に頑張るぞー!」



さっき自分が廊下で大声で叫んだ言葉をなぞるがっくんに、
やっと収まりかけてた汗がまた流れ始めた。

な、なんか恥ずかしい!

みんなはケラケラと笑いながら、まばらに「おー」とか「イェーイ」とか
適当な掛け声で円陣を離れていく。いや……円陣下手くそか!

なんとも締まらない感じで、ついにオープンの時間がやってきた。

























「跡部様4枚でお願いします!」

「はい、ありがとうございます。この整理券を持って、
 赤く光るバッジをつけた執事のところへ行ってください。」



「忍足君、芥川君、宍戸君、樺地君で。」

「ありがとうございます!整理券の色と同じバッジをつけた
 執事のところへ並んでください。」



さん、来たわよ。」

「あーー!華崎さん、さっきはありがとう!ドレス綺麗だね!
 真子ちゃん達は小悪魔だ!お揃いにしなかったの?」

「華崎さんは跡部君に9番目のポーズしてもらいたくて、
 今日の為に急遽ドレス買ったんだって。」

瑠璃ちゃんが言うと、華崎さんが腰に手を当ててドヤ顔をしていた。
す、すごい今日の為に……!
本物のプリンセスのように煌びやかな華崎さんに思わず拍手をする。


「華崎さんは整理券どうする?」

「当然、跡部様を4枚!また後で並びに来るね。」

「うん、ありがとう!真子ちゃんと瑠璃ちゃんはどうする?」

の整理券はないの?」

「う……嬉しい……!」


衣装とメイクも相まって、キュートすぎる小悪魔スマイルで
嬉しいことを言ってくれる真子ちゃんに涙が出そうになる。

でも、今日のメインはテニス部の皆なので
イベントが終わったら一緒に撮ろうねと約束した。


「瑠璃ちゃんは、がっくんだね。写真撮ったら見せてね!」

「うん!ハートポーズお願いしてくるねー!」


少し頬を赤らめて緑の待機列へと消えていった瑠璃ちゃん。
フフ、どの列からも楽しそうな悲鳴が聞こえてきて楽しいな。


「中野ー、一旦入室待ってもらっていいかな?」

「わかりました!」


教室の中の人口密度が随分濃くなってきたところで、一旦列を切る。
こうなると、受付係の仕事はしばらく無いので
受付カウンターから一旦出ることにした。


「佐々木、私事務室でプリントのコピーしてきて良いかな?」

「あ、はい!じゃあ待機列の入場は俺の方で判断しますね。」

「うん、よろしく!」














「いそげっ、いそげ」


イベント中の事務室には誰もいなくて、
使いたかったコピー機はすぐに使うことが出来た。

ガシャコンガシャコンと飛び出てくる
ポーズ指定プリントを眺めながら、
待っている時間は何も出来ない事がもどかしくて
ついジタバタとその場で足踏みをしてしまう。

目標の300枚まではまだもう少し時間がかかりそうだなぁ、
と事務室の窓から見える校庭を覗き込んでいると


「誰だ。」

「うわっ!び…びっくりした、榊先生……せ、せんせ……!」

「……か。」


先生の顔を見た途端ブフゥっと噴き出しそうになるのをなんとか堪えた。
そ、そうか今日はハロウィンイベントだから……!

いつもの派手なスーツに似合わない
悪魔の角っぽいファンシーなカチューシャをつけてるんだ……!

真顔で事務室に入ってきた榊先生は、
今コピー機が一生懸命吐き出しているプリントを覗き込んだ。


「……胸キュン…ポーズ集…?」

「あ、これテニス部の模擬店なんです!榊先生も来て下さい!」

「……私はくじ引きでハズれたので、お菓子を配る役目がある。」


そう言って、かごに山盛りに入った飴やチョコのお菓子を
表情は変えず、でもとても嫌そうに見せる榊先生。
そういえば、今校内ではハロウィンラリーもやってるんだった。

校内のどこかを歩いている先生を見つけたら
お菓子をもらえるっていう……

そこまで思い出して、ハっと気付く。


「先生!トリックオアトリート!」

「……あぁ。」


なんとも無感動なお菓子の受け渡し。
私の手に飴をちょこんと乗せた先生は、
面倒そうにフゥとため息を吐いた。


「やったー、跡部達も見たかっただろうな、先生の面白い姿。」


言った瞬間にピシっと空気が割れた音がした。
そーっと先生の顔を覗き込んでみると、
可愛すぎる悪魔の角を付けたまま腕を組んで、
随分不機嫌な表情になっていた。

これは私がピアノのレッスンをさぼった時と同じ顔だ。
……今のは見なかったことにしよう。

気付かれないように先生から視線を外し、
コピー機から飛び出てきたプリントを手に取る。
……こんなポーズ先生はしないだろうな。

アイドルっぽいハートポーズを見て、フフっと笑ってしまう。


「……なんだ。」

「え?あ……そうだ。榊先生一緒に写真撮りませんか?」

「この姿で?」

「その姿で。」

「冗談を言うな。」

「えー!だって、ほら!跡部達もヴァンパイアの仮装して、こんなポーズで撮ってるんですよ?」

「全く私には関係ない。」


安定の塩対応で、全く折れる気配の無い先生。
な……なんかこうなったら絶対写真に収めてやりたくなってきた。

どうにかこの携帯に写真を収めて、みんなにも見て欲しい……
携帯をカメラ画面にしながら、どうすればよいか考えていると
フと、とんでもない妙案を思いついた。



「……あ、先生カチューシャが歪んでますよ。」

「……どっちにだ。」

「こっち来て下さい、鏡代わりに使えるので……」


携帯のインカメラを左手に構え、榊先生を誘いこむ。
カチューシャを気にしながら、画面の右半分に先生が写り込んだ瞬間




カシャッ



「………今、何かカメラの様な音がしなかったか。」

「し、してませーん!あ、プリント出来た!じゃあ失礼します、ハッピーハロウィーン!」



榊先生が何かを悟ったのか、私を呼んだ気がしたけど気付かないフリをした。
廊下を走りながら先生にもらった飴を口に放り込む。

……ふふっ、榊先生みんなにあんな塩対応でお菓子配ってるのかな。

ご機嫌な恰好をした、テンションの低い榊先生が面白くて
今すぐにでもテニス部の皆に話したい気分になった。

























「はい、お待たせしました!」

「ありがとう、わー!どのポーズにしようか迷うねー!」


待機列の1番後ろの子にやっとプリントを配り終わったところで、
受付へと戻る。さっきの3分の1ほどに減った待機列を見ると
撮影が順調に進んでいることがわかった。



「ただいま!ゴメンね、受付大丈夫だった?」

「お疲れ様です!大丈夫ですよ、今も特にすることが無いですし。」

「そっか。……じゃあちょっとみんなの撮影見てきても良い?」

「どうぞ!」

「ありがと!サッと見回ってくるね。」


ワイワイと賑わう廃洋館。
薄暗い教室内でポツポツと光る待機列のバッジを目印に
それぞれの列での撮影風景を見学することにした。







「あのっ!8番目のポーズでお願いします!」

「……それは黒猫の仮装か?」

「え?そ、そうです!変ですか……?」


ソファに踏ん反り返って、撮影に来た1年生の子を眺める跡部。
お、お客様にそんな不遜な態度で……
すっかり小さくなってる1年生を見てハラハラしていると、
急に立ち上がりヒラリとマントを翻したと思ったら、
瞬く間に女の子を後ろから抱きしめた。


「可愛いじゃねぇの。」

「キ……キャアアアアアアアア!!

「はい、チーズ。」


顔を真っ赤にして叫ぶ女の子に、
その首筋に牙を立てるポーズが恐ろしい程に決まっている跡部。
そして、女の子の尋常じゃない叫び声にも
全く動じることなく淡々と撮影を進める1年生男子、津賀沼。

見ているこちらが恥ずかしくなるようなことを
サラリとやってのける跡部に、女の子たちも皆大満足な様子。
撮影を終えた子が大体腰を抜かしてしまうのも
お馴染みの風景になったのか、撮影係の津賀沼が
「お帰りはこちらでーす」と肩を貸しながら冷静に対処しているのも
なんだかシュールで面白かった。









「忍足君、私は9番の吸血ポーズがいいわ。」

「ええんか?ほんまに噛みつきたいぐらいやわ。」


メデューサの仮装をした、すらりと背の高い美人さん。
流れるような動作でその腰を抱いて首元に顔を近づける忍足。

思わず恐怖の悲鳴をあげてしまいそうな台詞にも、
余裕の表情で微笑む彼女と忍足はものすごく絵になってる。

まるで映画のワンシーンのような光景を見て、
……忍足ってカッコイイんだと改めて思った。絶対に言わないけど。









「なんだよ、お前泣いてんの?」

「だ、だって向日先輩……カッコイイーー!」

「だろ?」


魔女っ娘の姿で涙を流す1年生女子に、
笑顔で対応するがっくん。
希望のポーズは頭ぽんぽんポーズらしいけど、
シャッターを押そうとする撮影係にがっくんがストップをかけた。


「待った!おい、泣き止めよ。
 写真撮るんだから可愛い顔の方がいいだろ?」

「ひっっ……!」


天然男前ながっくんから飛び出した
破壊力の強すぎる台詞に、一瞬息を引き取りそうになった女の子。
何度も頭をポンポンしながら、微笑みかけるがっくんを前にして
ついに限界突破したのか、シャッター音の後にその場に座り込んで号泣していた。











「ジロちゃーん!写真撮りに来たよ!」

「わーい!うれC〜!早く撮ろう!」

「ね、ジロちゃんもこの8番の吸血ポーズ出来るの?」


そう言ってポーズ指定プリントをジロちゃんに見せる女の子。
確か、ジロちゃんと同じクラスの女子だった気がする。

ジロちゃんは二人掛けのソファに横向きで座ったまま、
プリントを覗き込んだ後ふわりと笑った。


「出来るよー!じゃあここ座ってみて!」

「あはは、本当?なんか想像つかな……」


自分の前に座るよう促したジロちゃんは
女の子がソファに座ろうとした瞬間に腰をグイっと引き寄せ、
後ろから抱くように密着したまま、首元に顔を寄せた。


「……あれ?なんか恥ずかしがってる?」

「そ、そそそんなことないけど……なんかいつもと違う……。

「……ヴァンパイアだからねー。」


そう言って牙を立てられた女の子は顔を真っ赤にして、
シャッター音がした瞬間ソファから飛び上がった。


「ありがとー、また来てねー。」

「……もう1回並んでくる!」


駆け足で教室を飛び出した女の子を見て、
ヒラヒラと笑顔で手を振るジロちゃん。

お……恐ろしい子……!!

久しぶりに見た小悪魔ジロちゃんを目の当たりにして、
私までフワフワした気持ちになってしまった。













「し、宍戸先輩もう少し近寄って下さい……」

「もう十分近寄ってるだろ!」


フと隣の列に視線を移すと、撮影係の1年生と言い合いをしている宍戸。
どうやら2年生の後輩女子とハートポーズをしているようだけど、
指はかろうじてくっついているものの身体がものすごく離れている。
不自然すぎるポーズに、笑いをこらえていると
先に動いたのは後輩の女の子だった。


「……えい!」

「うわ!ちょっ「はい、撮りまーす!」


ハートポーズを作っている手とは、反対側の腕を
宍戸に絡めるようにして密着した女の子。
咄嗟の事で対処できなかったのか、
たぶん写真には間抜けな顔をした宍戸が写っていると思う。


「ちょ……も、もう1回……」

「いいんです!私、宍戸先輩のそういう硬派なところ…大好きです!」


可愛い告白とともに、列を去って行く女の子。
その後ろ姿を見つめながら、顔を赤らめて手で押さえる宍戸。

……他の3年生とは全然違って、ぎこちない宍戸だけど
逆にこういう新鮮な反応が良いんだろうな。
宍戸のくせに可愛い、なんて思ったりして。















「滝君、お姫様抱っこしてもらっていい?」

「……君、重そうだよね。出来るかな。」

「うっ……!」


背が少し高めのプリンセスドレスを着た女の子に、
とんでもねぇことをズバリと言うハギー。

私だったらあの嫌そうな、冷たいハギーからの視線はご褒美と受け取ることが出来るけど
これはさすがにクレームになるんじゃ……、と心配してまう。
でもよく見てみると、ギュっと胸を抑えて小さい声で「ありがとうございます……」と呟くあの子は
私と同種の変態なんだと確認出来たのでホっと胸をなで下ろした。


「よい……っしょ。あ、意外に大丈夫そう。」

「ご、ごめんなさいごめんなさい!」

「いいから撮るよ、笑ったら?」


そう言って優しく微笑むハギー。
相変わらず飴と鞭の使い方がエグイなと感心してしまう。
すっかりふにゃふにゃになった女の子はとろけそうな顔をしていた。















「樺地先輩っ、あの…ハートのポーズお願いしても……いいですか?」

「…ウ、ウス……。」

「……えへへ、嬉しい……。」


ふわふわのキャンディーのような可愛らしい衣装を身にまとった
小さな女の子はおそらく1年生なんだろう。

その優し気な雰囲気といい、顔を赤らめて上目遣いでお願いする姿といい……

可愛すぎる……!

ギシ、ギシと音がしそうな程、ぎこちない様子でハートマークを作る樺地も恥ずかしそうで、
その隣にいる女の子も同様に恥ずかしそう。
見ているだけで何か心が浄化されるような、パワースポットの森とかで感じるヒーリング効果の様な
そういうものを感じてしまう。どうしよう、この光景ドキュメンタリー形式で8時間ぐらい見ていたい。

その後も、複数枚写真を撮る予定だったらしい女の子は
お姫様抱っこをしてもらったり、頭ぽんぽんをしてもらったりして
撮影を存分に楽しんでいる様子だった。

……あんなに恥ずかしがる樺地を見たの初めてかも。可愛すぎるでしょ……!












「あ、顎クイですか……。」

「ダメ?もしダメなら全然別のポーズで……」

「いえ!折角長い時間待っていただいたのに、そういう訳にはいきません!」


メイド姿の女の子は、3年生の倉知さんかな?
顎クイを頼まれて、少し焦っているちょただったけど
さすがというか、なんというか……
自分よりも相手の事を考えてあげるそういう性格がちょたらしくて素敵だ。


「その……あんまり上手く出来ないかもしれませんけど……。」

「そんな風に言われるとなんだか私も緊張しちゃうな…えへ。」


そう言って向かい合うと、しばらく2人の間に静寂が流れる。
ジっと相手の目を見つめていたちょたが、
フと目を細めると、一瞬で妖艶な雰囲気を醸し出す。

倉知さんも、ついでに外野の私もドキっとしていると
その長い指が顎に添えられ、身体が近づき、
高い位置から見下ろしながら優しく、綺麗に微笑んだ。


「はい、チーズ。」


ちょたがあまりに美しくて、息をするのも忘れていると
間抜けな撮影係の声がそれを引き裂いた。

ふ……ふぅ……ヤバイな、今日のちょたは……。

そう思ったのは倉知さんも同じだったようで、
その場で涙を流しながら「好き……!」と抱き付いていた。
衝動的なその行動に慌てたちょたの表情は、
優しい王子様のような、いつものちょただった。















「お、お願いします日吉君!」

「…………何で皆そのポーズばかりなんだよ。」



教室の一番端で、長蛇の列が出来ているぴよちゃんさまの列。
実に嫌そうに、同じクラスの女の子と向かい合い
先程のちょたとは違って強引に顎をグイっと自分の方へ引き寄せるぴよちゃんさま。

その雑な感じが逆に良いと、さっきから皆顎クイをご所望の様子だった。


「私も顎クイで……」

「……俺より背が高い。」

「……やっぱり、ダメですか……。」


次に撮影が始まったのはモデルさんみたいに綺麗で、長身の女の子。
ぴよちゃんさまに顎クイをしてほしいらしけど、女の子の方が少し背が高く
顎クイをするには若干難しそうな感じだった。

でも、顎クイは乙女の夢。出来ればやってあげて欲しい……
そんな思いで見守っていると、俯く女の子にぴよちゃんさまがハァとため息をついた。


「何がそんなに良いんですか、このポーズ。」


そう言って、女の子の腕を掴みソファに座らせた。
ぴよちゃんさまはその正面に立ち、ソファに手をつく。
いわゆる壁ドンのような形で上から彼女を覗き込んで顎に手を当てた。

すかさず撮影係が横側に回り込み「いい感じです!」という掛け声とともにシャッターをきる。
ぴよちゃんさまが生み出したワンランク上の顎クイに、列に並んでいた女の子達から悲鳴が上がる。

やだ……ぴよちゃんさま、あんな最高のアドリブまで出来るんだ……!

あんな女子の妄想玉手箱みたいなポーズを独自に考案したかと思えば、
ソファに座ったまま目をハートにして固まる女の子に
「さっさと退いてください、次があるんで。」と塩対応しちゃうところも
ぴよちゃんさまの魅力なんだろうなぁ。








どの列でも、みんなそれぞれ一生懸命対応していて
それが女の子達にも伝わっているのか、教室の熱気は上がるばかりだった。

まだ他の模擬店の様子は見ていないけど、
きっとこの廃洋館は、優勝よりももっと
皆の記憶に残るものになっていると思う。

前半撮影は残りあと1時間と少し。
外で待ってくれている皆のためにも、
自分に出来ることを頑張ろう。



衣装の腰リボンを締め直して、受付へ戻る。
その間にも、それぞれの列から楽しい歓声が聞こえてくる。

いつもより何倍もカッコよく見える氷帝テニス部のメンバーや、
嬉しそうな女の子達を見ていると、とても嬉しかったけど
……ほんの少しだけ羨ましいな、とも思った。