氷帝カンタータ
番外編 素敵なハロウィン(2)
「おい。」
私の目の前で、お腹をかかえてうずくまる男4人。
立ち尽くす私は、聞いたことないぐらい低い声で、もう一度問いかける。
「…おいっつってんだろ、コラ。」
「っひっひ…げっほ…あっはははは!!マジで似合いすぎだ!」
「あ…あかん、涙出てきたわ。」
「やっぱり…やっぱり言っただろ、俺!絶対似合うって!」
「ちゃん可愛いー!あはは!」
「………そんなに怒らなくても、意外とかわいブフォッ!…ッフ…ッゲホ…!」
目が据わっている私を見てさすがにヤバイと思ったのか、
ハギーがフォローをしようとしたけど、私の姿を再度見て普通に目の前で吹き出してた。
めちゃくちゃ笑ってる。遠慮の欠片もない朗らかな笑顔。
……っていうか、「怖いモノ」縛りにしようって言ったよね?
「こんなの怖いどころかネタでしかないじゃん!」
「何言ってんだよ、めちゃくちゃ怖いぞ。今にも張り手くらいそうで。」
「しかもこれちゃんと見てみ。ふんどしとか横綱仕様やからな。」
「最強の証拠だぞ。跡部も圧倒的な体格差に怖がること間違いなしだろ。」
体積の2倍ほどはあるだろう、相撲取りの着ぐるみを着せられた私。
ご丁寧にちょんまげのかつらまで用意されている。相撲取りっていうかこれ、男の全裸だよ。
こいつら、私が終始笑ってないことに気づいてるかな?本当に張り手でぶっ飛ばしてやろうかな?
イライラがピークに達しそうになった瞬間、
宍戸が手を叩きながら「四股踏んでみろ、四股!」と、また一線を越えたふざけた発言をしやがったので
文字通り体当たりで吹っ飛ばしてやった。意外と使えるな、この身体…。
「……っていうか、私が用意した衣装と違いすぎて明らかに私だけ浮くんだけど!」
「お、そうだ。早く俺達のも見せてくれよ!」
「っく…こんなことならもっとネタ路線にしてやれば良かった…。
まぁ、もう仕方ないんだけどさー…。じゃあまずはがっくんからね。………えーと…さ!どうぞ!」
重い体を引きずりながら、自分の部屋から衣装を取り出してくる。
ピンクの袋に包まれたそれを乱暴に開けるがっくん。喜んでくれるといいんだけどなぁ。
「ん?なんだコレ?帽子……あ!海賊か!」
「当たり!いい感じでしょ?がっくんに似合う色を探すのに8時間ぐらいかかったよ!」
「いいじゃん、ちょっと着てくるわ。」
「いいなー!俺も俺も!ちゃん、早く!」
「フフ、ジロちゃんは…じゃじゃーん!これです!」
次に取り出した袋は、少し大きめのもの。
中から少しはみ出ているフワフワの生地を見てジロちゃんが目を輝かせた。
「なになに?……羊ー?でも黒いねぇ…。」
「これは、狼男の着ぐるみだよ!可愛いでしょ?」
「うわぁ、あったかそう!ちゃん、ありがとう!俺も着てくるー!」
少しデフォルメされた可愛い狼男の着ぐるみを抱きしめて、
脱衣所へと走って行ったジロちゃん。
…うん、納得いくものがなくて結局オーダーメイドにして良かった。
あぁ、早くアレを着たジロちゃんを見たい…。
これから訪れる至福の時間を妄想するあまり、私はすっかり
自分に着せられた男の裸体衣装のことなんて忘れ去っていた。
「で、俺のはあるの?」
「もちろん!ハギーのは1番悩んだんだけど…やっぱりこっちにしました!」
「ありがと。……マント?……ふーん。ドラキュラね。」
「ヴァンパイアだよ!絶対似合うよ!ハギーがヴァンパイアだったら…って考え始めたら興奮がおさまらなくて、
最終的には小説一本書いたんだ!『今宵、君を攫いたい〜私の彼はヴァンパイア★〜』っていうタイトルなんだけど読む?」
「着替えてくるね。」
「渾身の作品なのにスルー…!でもそこもヴァンパイアっぽくて素敵!」
ハギーの中性的な容姿は、絶対にヴァンパイアが似合うはず!
どうしよう、あんな姿で町に出たら…女の子がたくさん殺到しちゃうんじゃないかな?
その時の私は自分がこの姿で街中に出るのだというリスクなんて記憶の彼方に飛んで行っていた。
「俺も着替えてくるわ。ブフゥッ!早く衣装くれ。」
「あんた何笑ってんの?自分だけが助かると思うなよ。ほらよ、これを着なさい。」
「は?……っんだよ、これ!こんなの着られる訳ねぇだろ!」
「がっくんとジロちゃんとハギーの衣装を選ぶことに集中してたから、宍戸のは5分で選んだわ。」
「一発殴らせろ。」
「私に男の裸コスさせてるあんたがそれを言う?」
「…………っく…、絶対呪ってやるからな!」
「はっはっはっは!さっさと着替えてらっしゃい、きっと似合うよラムちゃん!」
半泣きになりながら脱衣所へと走って行った宍戸が、
どすどすと足音を響かせながら戻ってきて一言。
「これ、テーマに沿ってねぇから反則じゃねぇのか?!」
と言ったけど、どう考えても宍戸がラムちゃんコスしてたら怖いでしょ。
精神的にイカれてしまったのかな?、という意味で怖いでしょ。
と説明している私が、横綱スタイルだったからなのか
何か言いたそうにしながらも、顔を真っ赤にしてまた脱衣所へと向かっていった。勝った…!!
「…っていうか、俺がヴァンパイアの方が似合ってたんちゃう?身長もあるし。」
「……いけしゃあしゃあと図々しいことを言いやがって…。」
「まぁええわ。他にも色々あるしな。当てたろか?」
「………。」
「せやな…、イケメンドクターとかそんなとこやろ?」
「…………。」
「白衣とか似合いそうやもんなぁ、でもハロウィンやし…。普通に白衣だけやったらただカッコイイだけやろ?
血のりとかで加工した方がええんちゃうかな?」
「……はい。これが忍足の分。」
「おおきに。ほなサクっと着てくるわ、楽しみにしとき。」
色々言いたいことが喉まで出かかっていたけどグっと飲み込む。
我慢しろ…我慢するんだ…!!
衣装の入った袋を受け取って、口笛を吹きながら歩いていく忍足。
……随分ご機嫌な様子だ。なんだかんだ言って、あいつも
こういうイベントごと好きだったりするからテンション上がっちゃってるのかな?
・
・
・
「よし!衣装はこれでOKだな!次はメイクメイク!」
「が…がっくん、お願い先に写真撮って良い?ねぇ、本当に最高だよその衣装…!」
「ちゃーん!俺は、俺は?」
「もちろん最高だよジロちゃん!……ちょっと…こうやってガ、ガオーって…ポーズとってくれない?」
「ガオー!」
「うわあああああああ!!可愛い!!あ、心臓が痛い!可愛い!嬉しい!」
ばっちりと着替えた皆が続々と脱衣所から出てきた。
想像していた通りの素晴らしすぎる完成度に、私はカメラを手放せない。
全ての瞬間がシャッターチャンス…至福の時間…!
笑顔でポーズを取ってくれるジロちゃんに向けてガシャガシャとシャッターを押していると、
呆れたような目で私を見つめるハギーがカメラのフレームにカットインしてきた。
「悶えてる相撲取りとか気持ち悪いだけなんだけど。」
「ひっ!ハ…ハギー…!待ってヤバイ、想像の軽く80倍ぐらいカッコイイ!」
「そう?ありがと。」
「本当ヤバイよ…え…、あのさちょっとそのままの姿でこのページの2行目から読んでみてくれない?」
カメラは構えたままで、著の小説を手渡す。
このために…このために書いたと言っても過言ではない…!
ハギーはそれを手に取り、ほとんど心がこもっていない声で読み上げた。
「…、もう我慢できないんだ。君の首筋から漂うそのにお「ひゃあああああ!やめてやめてストップ!!」
「……何?」
「ち、違うよ!そのページじゃないから!こっちだよ!そ、そそそそっちはR指定が入るから…。」
「…………はっ。首舐めるだけでR指定って。何?R-10ぐらい?」
ものすごく恥ずかしい。なんでいきなりクライマックスから読むのかな。
私が読んで欲しかったのはもっとワイワイとしたシーンだったのに…。
しかもあろうことか、最大の濡れ場シーンをR-10とまで言いやがった。10歳には刺激が強いに決まってんでしょ!
首をぺろりと舐めるんだよ?!破廉恥なシーンだよ?!
でも相手はハギーだ。私が反論すればダメージが3倍になって返ってくるのはわかっていたので、
何も言わずに彼の手から本を奪い取った。
「あれ?っつか侑士は?」
「宍戸もいないね。」
「おーい!まだ着替えてるのー?」
「ぷぷぷ!私にこんなネタ衣装を押し付けたのを後悔してるんじゃないかな?だって……ひぃっ!!」
…宍戸の衣装は可愛いトラ柄ビキニのラムちゃん仕様。そして忍足は…
と、そこまで言いかけた時。
脱衣所から何かが出てくるのが見えた。
見えた瞬間、悲鳴が出た。
その悲鳴に反応してがっくん達も振り返る。
「………、これがお前のやり方か。」
そこにいたのは、ぱっつんぱっつんのメイド服を強引に着こなす忍足。
惜しげもなく披露されるたくましい生足。
今にも張り裂けんばかりのダイナマイトな胸元。
そして申し訳程度に添えられたレースのカチューシャ。
……私は今日、とんでもないモンスターを生み出してしまったのかもしれない。
「え、何…うっ、うわあああああ!なん…何、何だそれ!」
「……うわー、キッツいC〜…。」
「なるほど、確かに1番怖いね。あ、それ以上近寄らないでくれる?」
のしのしと歩いてくるメイド忍足に、全員が後ずさる。
だ…ダメだ…めっちゃ怖い…。全然目が笑ってない…!
関西人のノリで上手くこの場を盛り上げてくれる感じになると思ったのに、
今、目の前にいるメイドからは誰がどう見てもガチで犯罪臭がする。
このメイドが「トリックオアトリート」なんて家のドアを叩いて来たら、間違いなく全員失神する。
悪魔も裸足で逃げ出すグロテスクさだ…。
「……、お前なんでさっきからこっち見やんねん。」
「わたっ……わた、私…ごめんなさい!こんなことになると思わなくて…!」
「、どうすんだよ!こんなんで外歩ける訳ないだろ!」
「ざっくり見積もっても、ここを出て10m歩けば捕まるだろうね。」
意図せず生み出してしまった哀しきモンスターを直視することが出来ず、
私はその場で顔を覆った。口々に私を攻める声が聞こえるけど、返す言葉もない…!
どうしよう…ハロウィンどころじゃないよ、警察も思わず銃を構えるレベルだよ…!
1人で汗だくになりながら、自分のしてしまったことへの責任を感じていると
ポンと肩を叩かれた。顔をあげるとそこにいたのは満面の笑みを浮かべるたくましいメイド。
「…まぁ、でもがこのメイド服着るよりは可愛く仕上がってると思えへん?」
「…………………いくらなんでも化け物に「あ?何?」
「いえ、なんでもありません。可愛いです、すみません。」
「…なんか最初は殴ったろうと思ててんけど…結構ええかもしれんな。この仮装。」
全身鏡に自分の姿を映しながら、スカートを広げてみたり、胸元を強調したポーズをとったりする忍足。
それを見て、静かに目を閉じるハギー。嗚咽をもらすがっくん。半泣きのジロちゃん。
……と、とんでもないことになってしまった
何故か忍足がメイド服を気に入っている…。
「い…いやぁ、まぁでもさすがに…ね?ちょっと…ほら…。」
「…なんやねん、が選んだんちゃうんか。」
「そ、そうなんだけどさぁ……なんていうか……。」
「言いたいことがあるならはっきり言い。」
「…………シンプルに気色悪ゲッフォ!!」
皆の気持ちをはっきりと代弁した瞬間に、その場でラリアットされた。
相撲取りがいかついメイドにラリアットされる…なんだよこのカオスな空間、もう嫌だよ…!
今からでも数日前の自分を止めに行きたい…!
他の3人の衣装選びに時間をかけすぎて、最終的に通販サイトを見てたら
適当に表示されるバナー広告をクリックして、寝ぼけながら発注した結果がコレだ…!
「…あ、俺わかったわ。確かに、せやな…何か足りへんと思っとってん。」
「…………と、言いますと…。」
椅子に座った忍足の前で、正座させられる私。地べたに座らされている私の目の前で
足を組んだりするもんだから、さっきからチラチラと男らしいパンツが見えてる。小学生なら失禁してるぞ、この状況。
しかし、少しでも忍足さんの機嫌を損ねたら次は何をされるかわかったもんじゃない。
それはみんなもわかっているようで、正座させられている私の後ろでジっとその様子を見守っていた。
こういう時の忍足に触れない方が良いというのは誰もが知っているので、もちろん誰も助けてくれない。辛い。
すっかりパーティームードからお通夜ムードに包まれてしまった我が家。
がっくんの海賊姿とか…見てた頃が…1番幸せだったなぁ…。
「メイクや。」
「……………。」
「岳人もさっき言うとったやろ。早いとこメイクしてトリックオアトリート言いたいわ。」
はっきりとこれだけは言える。明らかにメイク程度でどうにかなるレベルの代物ではない。
こんなメイドにトリックオアトリートなんて言われたら、私なら有り金全部差し出して土下座する。
しかし、目の前でウキウキしてる忍足にそんなことは言えなかった。
……さっきまで、「もしやギャグでやってんのか?」と思ってたんだけど
どうやらその線も消えた。信じられないことだけど、こいつガチでいけると思ってる。
ちらりと後ろを振り返りながら、ハギーたちと目を合わせる。
言葉を交わさなくても言いたいことはわかる。
いよいよヤバイことになってきたなってことだよね、私もそう思う。
だけど、こうなってしまったらもう止められない。
まぁ、でも「あの世との境目が無くなるハロウィンに悪霊たちの目をくらまし、自分に乗り移らないようにする」
という意味では、これ以上にない完成度だ。悪霊も軽く引くかもしれない。
「…そ、そうだな!さっさと完成させて跡部驚かせにいこうぜ!」
「……そういえば、宍戸も出てこないね。」
なんとかその場を持ちなおそうと、必要以上に明るく叫ぶがっくんの声すらもむなしく聞こえる。
そんな中、すっかり忍足のインパクトで忘れ去られていた宍戸に話題がうつった。
ハギーが脱衣所の方へと向かったので、私もついていく。
そんなに時間がかかる衣装でもないはずなんだけど…。
未だに閉じられたままのドアをハギーが軽くノックした。
「おーい。着替えた?」
しかし、中からはぴくりとも物音がしない。
……え?着替えてるはずだよね?
「…入るよー。」
「や、やめろ!入るな!」
「なんだ、いるんじゃん。開けるね。」
「だ!ダメだっつってんだ……あっ!」
ガラッ
宍戸の制止を振りほどくように、勢いよく開かれたドア。
そこに立っていたのは、ご丁寧にツノのカチューシャまでセットした宍戸ラムちゃんだった。
まぁ…なんていうか……
登場順が悪かったのかもしれないんだけど…
……想像以上に普通なんだよなぁ…。
「……、このチョイスはミスだよ。」
「私もそう思う。……っていうかなんでちょっと似合ってるんだろ。」
「み、見んじゃねぇよ!こんなの激ダサだろうが!」
若干のがっかりムードと反比例するように、どんどん声を荒げる宍戸。
まるで女子のように体を抱きながら、全身を真っ赤にしている。
「…いいから、取り敢えず出てきなって。大丈夫だから!あんたなんか比べ物にならない超ド級モンスターがいるから!」
「嫌だ!こんなもん着るぐらいなら…ぜ、全裸の方がマシだ!」
「じゃあ脱ぎなよ、今ここで。」
無慈悲な発言で、宍戸を追い詰めるハギー。
顔を真っ赤にしながら口をパクパクさせる宍戸が不思議なもんで、
ちょっと可愛い女の子に見えてきた。
……忍足を見た後だからなのかな…、人間って上手く出来てるもんだな…。
「何?全裸がいいんでしょ?そーれ、ぬーげ。ぬーげ。」
「や…やめろ!鬼かお前!」
「ハ、ハギー…私ちょっと思ったんだけど、確かにこの衣装…外に出るには寒そうなんだよね。」
思わぬ助け舟が出たことに驚いたのか、宍戸が半泣きの目を見開く。
やめて、ラムちゃん姿でちょっと上目遣いで縋る様な顔するのやめて。
「で、一応このガウンも買っておいたんだ。」
「……、お前…!」
「これを羽織る形ならまだマシでしょ?まぁ、ちょっと露出狂っぽい雰囲気はプラスされそうだけど。」
トラ柄のガウンを取り出すと、よほど感動したのか
宍戸が涙を流して飛びついてきた。半裸のラムちゃんに抱き付かれる相撲取り。
……私が思い描いていたハロウィンにこんな汚い絵面はなかったはずなのに…。
…というか、元はと言えば誰の所為でそんな衣装を着せられることになったかなんて、
このオバカな宍戸の頭からはすっぽり抜け落ちているのだろう。
必死にありがとう、ありがとうと呟くラムちゃんを見て少し良心が痛んだ。
・
・
・
「……ゴメン、俺の力ではもうどうすることも出来ない。」
テーブルの上に静かにメイクブラシを置き、力なく横たわるハギー。
先程までメイクを施されていた忍足は、ハギーの発言を気にすることもなく
上機嫌で鏡をのぞいていた。
「上手いもんやなぁ、よっしゃ。これでやっと街に繰り出せるな。」
誰もが思っていただろう、もう取り返しのつかないところまで来てしまったと。
明らかに先程よりパワーアップしたメイドさんに、もう誰も何も言えなかった。
変に顔がいいからなのか、メイクが綺麗に映えている。
顔だけ見れば違和感はない。でも、その全てを打ち消すほどの何かがあった。
生贄を7体捧げてやっと召喚できるぐらいの最上級モンスターと化してしまった忍足。
はしゃぐ気持ちもすっかり消え失せて、
私達はただただ静かに願うだけだった。
一刻も早くこの悪夢から目覚めますように。