氷帝カンタータ
番外編 素敵なハロウィン(3)
「あ、そういえば日吉達来ねぇな。」
「え!?呼んだの!?」
「昨日、聞いてみたら3人とも来れるって話だったんだけど。」
淡々とそう言って、携帯を確認するハギー。
……いやいや…マズイよ、それは…。
大体、いつもこういうイベントごとの時には
まず最初に2年生トリオ達を招集する私が
何故あえて今回は避けてたのかわからないの…?!
「い、嫌だ!呼ばないでよ!」
「なんでだよー、面白いことは皆一緒の方がいいだろ。」
「…こ、こんな恥ずかしい姿見られたくないよ!」
がっくん達が用意する衣装なんて、全く信用してなかった。
どうせネタに振り切った着ぐるみとかそんなの用意してくるんだろうなと思っていた。
まさか着ぐるみどころか男の裸体だとは思わなかったけど、
とにかく、そんな衣装のままであの2年生トリオに会いたくなかったんだ。
それなのに…!
「なんでなんでー?ちゃんとっても似合ってるよ?」
「似合ってない!一応私にだって乙女心があるんだから…せめて好きな人の前では女の子でいさせてよ!」
「好きな人って?」
「2年生トリオに決まってるじゃん…!後輩の前では可愛い先輩のままでいたいよ…!」
「100人以上いる後輩の中で、可愛い先輩なんて思ってる奴一人もいないと思うけど。」
全く事態の重大さを理解していない様子のがっくんが、
つまらなさそうにメイク道具をいじりながら言う。
ハギーやジロちゃんも、私の発言を聞き流すだけ。
……仕方ない…。こうなったら奥の手だ。
「……ねぇ、宍戸。この衣装…交換しない?」
「……………いや、やめとく。」
「はぁ!?あんたさっき泣いて嫌がってたじゃん!」
てっきりまた泣いて喜ぶのだろうと思っていたら、
想像とは違うリアクションが返ってきた。いつまでそんな気持ち悪い姿でいる気なんだ。
「……総合的な評価の結果だよ。」
「何?どういうこと?」
「俺の恥ずかしさと、がこの衣装を着た時に生じる不快感を比べたんだよ。
………どう考えても、が来た場合は公共良俗に反するだろ。」
俺だって出来ることなら交換したいよ、でもそれよりお前が着た時を想像した方が怖いんだよ。
と悔しそうな顔で語る宍戸を見つめる私の目は死んだ魚の目よりも冷たい目になっているはずだ。
私と宍戸の間に、開戦前の静けさが訪れたその時。
ピーンポーン
「お、日吉達じゃね?」
「っちょ…待って待って!開けないで!」
「観念しなよ、っていうかまずその衣装…のイメージをそこまで損なってないから大丈夫だよ。」
トタトタと玄関へ走っていくがっくんを必死に引き留める私に、
ぐさぐさと突き刺さる言葉を投げかけるハギー。
宍戸はというと、さすがに後輩にその姿を見られるのが恥ずかしいのかまた脱衣所へと逃げ込もうとしていた。
「…し、宍戸!そんな恥ずかしいんだったら交換しなさいよ!時間無いの!」
「断る!」
「…っこの…!待て!」
「トリックオアトリートです!なんて………え………?」
逃げる宍戸を捕まえて、馬乗りになり
強制的にラムちゃんのブラを脱がせようとする屈強な相撲取り。
キャーキャーと悲鳴をあげる宍戸をそろそろ殴って黙らせようかと思っていたところに
飛び込んできた聞き覚えのある可愛い声。
振り向くと、そこにいたのは目を丸くしたちょたと無表情でこの状況を見つめる樺地。
そして、潰れた虫けらでも見つめるような冷たい視線のぴよちゃんさまだった。
「い、いや…あの…こ、これには事情があって…!」
「…っどけよ!…っくそ!隠れてるつもりだったのに…。」
私を押し退けて、宍戸は顔を手のひらで覆った。
その異様な姿を見た2年生達の反応が気になって、恐る恐る見てみると
なんだか微妙な表情をしていた。
「…な、なんか先輩たちの仮装、本格的ですね。」
「……ウス。」
「だから言っただろ、俺達が仮装したところでこの人達は常軌を逸した格好してるだろうから意味がないって。」
ひそひそと2年生達が話を始める。
…今、ぴよちゃんさまの「常軌を逸した」っていう発言だけちょっと聞こえたけど、
それはきっと宍戸のことだよね?わかる、宍戸のラムちゃんはキツイもん。
でも、見られてしまったからには仕方ない。
こうなったら、2年生達だって巻き込むしかない。
赤信号、皆でぶっ壊せば怖くないって言うしね!
「…仕方ないね。……ようこそ、狂気のハロウィンへ。」
スっと手を差し出した私の目が笑っていなかったことが怖かったのか、
ちょたが軽く私から距離を取った。先輩は哀しいよ。
「あ!…あ、あの…一応俺達もハロウィンって聞いてたんで…
来る途中に…その、簡単な仮装っぽいの買ったんですけど…。」
「え!そうなの!?見たいみたい!」
「………ウス。」
まさかの仮装衣装持ち込みにテンションが上がる私。
樺地がそっと取り出した袋から、何かを取り出し
ちょたが後ろを向いてゴソゴソしていた。
そして、クルリと振り向いたちょたの頭には
「…く、黒猫です!………な、なんちゃって…。」
「…………。」
黒猫の猫耳カチューシャをつけて、猫のポーズをするちょた。
「……え…っと、すっ…すみません!先輩達がこんなに本格的だって思わなくって…!
こんなのなら無い方がマシですよね…。」
ポーズを取ったままでどんどん顔から耳まで赤くなっていくちょた。
私のリアクションが無かったことに気を遣ったのか、イソイソと猫耳を外そうとする。
私はその手を、鋭い手刀で払い落とす。
「いたっ!…え、え、なんですか?」
「…………ゴメン、さっきはあまりの可愛さに息が出来なくて…。」
「……は、はぁ。」
「その猫耳最高だよ!もちろん3人分あるんでしょ?
ほら、ご覧のとおり私達の仮装は人間の闇的な部分が強調されすぎちゃってるからさ。
可愛い黒猫3兄弟と一緒にいることで、全体的なバランスとしては良いと思うんだ!」
「本当ですか?わー、やっぱりこれにして良かったね。」
「ウス。」
「俺は絶対つけないからな。」
キャピキャピと喜ぶ樺地とちょたに頬の緩みが止まらない。
ありがとうハロウィン、地獄に垂らされた一本の蜘蛛の糸がやっと見つかりました。
しかし、予想通りブスっと腕を組んで猫耳を拒否するぴよちゃんさま。
そんな彼をなんとか説得しようと、2人が頑張るけど頑固なぴよちゃんさまは今にも帰ってしまいそうだ。
「ぴよちゃんさま、絶対似合うよ!つけてみなよ!」
「嫌です。大体、なんでいきなりハロウィンなんですか。馬鹿馬鹿しい。」
「そんなこと言わずにさ!折角イベントがあるんだし楽しまなきゃ損だよー。」
「結構です。先輩達だけで楽しんで下さい。」
…さすが鋼鉄の心を持ったぴよちゃんさま。取り付く島もない。
どうやってノせようかとちょた達と作戦を立てている時だった。
「なんや、日吉。ほな俺とお揃いにするか?」
私の部屋から現れた最終兵器は、纏っているオーラが明らかに異質だった。
口を開けてそれを見つめる3人。段々と唇は震え、額に冷や汗まで流れてる。
大丈夫…。ギリギリ…奴はギリギリ人間だから安心して…!
のしのしとこちらに近づいてくるメイドに、ちょたはいよいよ泣きそうになっていた。
「…もう一着あるねん。俺と日吉で美人メイド姉妹の完成や。」
そう言って忍足が近づいてきた瞬間に、
ぴよちゃんさまは光よりもちょっと早いんじゃないかぐらいの速度で
袋から猫耳を取り出し、ばっちり自分の頭に装着していた。
目の前に現れたこの世のものかあの世のものかもわからないモンスターを見て、
ぴよちゃんさまは言葉も発さずに観念したようだ。若干震えてる、可哀想。
「何や、つまらんなぁ。」と言いながら立ち去ったのを見て、
皆がホっと息を吐き出した。巨人に襲われる瞬間の人間ってこういう気持ちだったのかな…。
でも、取り敢えずこれで準備は万端だ!
恐怖に戦き、跪いてお菓子を差し出す跡部を想像して
私はニヤニヤが止まらないのだった。
・
・
・
「わぁー!もう町中仮装だらけだよ、ちゃん!」
「すごいね、すごいねジロちゃん!なんか楽しい!」
「最近はバレンタインより経済効果は上らしいからね、ハロウィン。」
最初は、外に出る時点で「あ、ダメだやっぱり恥ずかしい」ってなって
一悶着あったんだけど、実際町の方まで出てみると
すっかりハロウィン一色のお祭り騒ぎだった。
女の子が相撲取りなんて…と思っていたけど、
もっと奇抜な仮装をしている人がいっぱいいたので、少し安心した。
…それにしても、やっぱりテニス部男子の持つポテンシャルが高すぎるからなのか、
先程からひっきりなしに写真をお願いされている。
ヴァンパイア姿のハギーはもちろん海賊がっくんや狼男のジロちゃん、
そして黒猫3姉弟も大人気だった。
さらに意外なことには、恥ずかしがる宍戸が年上のお姉さんにはバカ受けで
可愛い可愛いとちやほやされっぱなしだった。さっきから宍戸の顔がずっと真っ赤だ。
綺麗なお姉さん達に写真をお願いされて満更でもなさそうな皆の
専属カメラマンとなっている私、
そして…
「おかしい、なんで俺に誰も声かけてけえへんねんやろ。」
「………い、いやー…なんでだろうね?」
「……そうか、美人な俺が隣におったら自分が霞むから…なるほど、なるほどな…女の人は計算高いなぁ。」
こいつマジか、と思ったものの私には何も言えない。
見知らぬ人々とハロウィンを楽しむ皆を遠目に眺めながら、
端の方でひっそりと佇む相撲取りと化け物。……あ、なんか泣きそうになってきた。
「あらあら?こんなとこに可愛いお相撲さんがいる!」
「へ?」
「おー!攻めてるね、その仮装!写真撮ろうよ、写真!」
「あの、え、あの…!可愛いっていいました?可愛いんですか!?」
「可愛い可愛い!ほら、もっとこっち来て!」
まさか自分にこんな瞬間が訪れるとは思わなかった。
急に後ろから現れた、大学生ぐらいの男性達。
海賊っぽいコスプレをした彼等にあっという間に取り囲まれ、
気づけば肩を組まれ、カメラを向けられていた。
あまりに突然の出来事でボケっとした顔をしてたかもしれない。
いつの間にか写真は撮り終わっていたようだけど、
いつまで経ってもその密着度は変わらないままだった。
「ねぇ、今1人?これから皆でカラオケ行くけどどう?」
「い、いえ、友達と来てるので…。」
「えー、じゃその友達も誘ってさ!いいじゃん!お兄さん達が楽しくさせてあげるからさ!」
「さぁ、行こーう!」
「え、ちょっと待っ「私もカラオケ行きたいわぁ。」
お兄さんたちからちょっとお酒のにおいがした。
あ、これ怖いパターンだと思った時にはずるずると引きずられていた。
突然の出来事に焦っていると、後ろから声が聞こえた。
仁王立ちで行く手を阻むメイド。
あんなに騒がしかったお兄さんたちが、息遣いさえ潜めて硬直している。
「あ、忍足…」
気づいたときには、お兄さんの腕から解放され、
やたらとでかいメイドさんの腕の中へと引き戻されていた。
「……こいつより先にナンパする奴が、すぐ隣におったん見えへんかった?」
「………え…っと…。」
「なぁ、どう見ても俺の方が可愛いやろが。」
「…す、すんません。失礼します…。」
「お、おい。早く行こうぜ。」
「待ちーや。こんな小太りのチビより俺のメイドの方が可愛いやろ?」
「怖い怖い怖い!勘弁して下さい!」
ゴリゴリと質問攻めにする忍足の目は純粋そのものだった。
生まれたての子供が初めて広い海に出会った時に見せるような、透き通った瞳だった。
本当に思ってるんだ…。私を助けようとかそういうことじゃなくて、
純粋に不思議なんだ…。忍足ではなく私が女として選ばれたことが。
「…忍足、一応ありがと。」
「…………。」
「え、えへへ。まいっちゃうな、こんな仮装なのに…ハロウィンムードだからかな?」
「……ッチ。」
「舌打ち?なんで舌打ち?」
「…こんなんで勝ったと思うなよ。」
フンッと鼻を鳴らしてどこかへ行ってしまう忍足。
いやいや…え……?今の発言は、つまり……
……ガチで私…あのモンスターに女としてライバル視されてるのかよ…。
…っく…もう自尊心が粉々だよ…!