氷帝カンタータ





番外編 素敵なハロウィン(4)





「なんかハロウィンって結構楽しいなー!」

「お祭り気分になれるC〜!」

「知らない人ともすぐに打ち解けられるのも素敵ですよね!」

「…俺、この衣装で良かったな…。」


すっかり鼻の下を伸ばした健全な男子中学生たち。
約1名、ご立腹の方がいらっしゃるけどそこに触れてはいけない。もう面倒くさい。


「…先輩、さっきは大丈夫だったんですか。」

「へ?……あ、ぴよちゃんさま見てたの?」

「あれだけ騒がしかったら誰でも気づきます。」

「フフ、なんだかんだこうやって心配してくれるぴよちゃんさまは優しい後輩だねぇ。」

「……心配なのはあの男性たちの方なんですが。」

「…ん?」

先輩がいつもの勢いで暴力行為をはたらくんじゃないかとハラハラしました。
 学校内だから許されてますけど、外に出たら普通に傷害罪ですからね。


跡部邸へと向かう道。段々と人通りも少なくなってきた。
先程撮ったがっくんやちょたの最高の笑顔ショットをカメラで確認していると、
スっと隣に近づいてきた猫耳ぴよちゃんさま。

相変わらず言葉には無数の棘がありすぎるけど、きっとその中には優しい心が隠されてるんだと思っている。
いつも通り私の心に全力で棘を投げつけて、スッキリしたら去って行ってしまうぴよちゃんさま。
……なんか本当に気まぐれな猫みたい。可愛いな。



「やっと着いた!、インターホン鳴らせよ。」

「よっし任せて!まず最初の言葉は…皆でトリックオアトリートだよね!」

「ちゃんとカメラに映るように並んでた方がいいんちゃう?」

「それもそうだね。」


すっかり見慣れてしまった大豪邸。
その入り口はまだまだ先にある。
まずは守衛さんを呼ぶためにインターフォンを鳴らさないと。

きちんとインターフォンのカメラに収まるように整列する私達。
誰ともなく目で合図をして、ついにそのボタンを押す。




リーンゴーン……






「…はい、守衛室です。」

「「「「「トリックオアトリート!!!」」」」」

「え!……景吾坊ちゃまのお友達…でしょうか…?」

「そうです!跡部を差し出してください、さもなくば悪戯します!

「お、お待ちください。」


私が叫ぶと、守衛さんが跡部へと電話を繋いでくれているようだった。
それを待っている間、自然と笑顔がこぼれてしまう。

隣にいたジロちゃんが、きっと跡部びっくりするよ、なんて言いながら
待ちきれない様子で足をジタバタさせていた。





「………………何してんだ、てめぇら。」

「あ、跡部だ!みんないくよ!」



「「「「「「トリックオアトリート!!」」」」」」




ガチャリ








「…っあ!あいつ切りやがった!」

「えー!何それ何それ!折角驚かせようと思ったのに〜!」

「…しゃーないな、悪戯するか。


トリックオアトリートを叫んでる途中ぐらいで、
受話器を置いた音がした。あいつ…可愛くない奴!

口々に跡部への不満を漏らしていると、
私達の支配者、忍足が不穏な一言を発した。



「おお!やってやろうぜ!何する?」

「跡部を呼びだすんだから、生半可な悪戯じゃダメだよね。」

「……家の近所で、こんな奇怪な連中がうろうろしてるだけで十分悪質ないたずらじゃないんですか。」


猫耳をつけたままでキリっとした顔をするぴよちゃんさまに
皆が少し笑いそうになった。…でも、その意見は一理ある気がする。


「そうだよ!跡部がもう恥ずかしくてたまらなくて、早く家に入れないと…って思うようにすればいいんだ!」

「なるほどな!じゃあ皆で各々仮装にあった行動をしようぜ!」

「た、確かにそれは恥ずかしいですね…!」


唐突にがっくんから届けられた無茶ぶり。


海賊っぽいダンスを始めたがっくんを見て、
ジロちゃんがわおーわおーと遠吠えを始めた。


……も、もうこれはやるしかない!


がっくんとジロちゃんにだけ恥ずかしい思いさせる訳にはいかないもんね!


「ど、どすこい!どすこい!」


私が1人で四股を踏み、どすこいマーチを始めると
観念したようにハギーがバサバサとマントを動かし始めた。
その顔は呆れきってるけど、なんか……なんか楽しくなってきたぞ!

頭のネジが飛んでしまった先輩を持つ哀れな後輩たちは、
仕方なくニャーニャーと鳴きまねを始めた。


かっ……可愛すぎる…!この今の光景を、ムービーに撮りたい…!


そういえば、宍戸は何をしてるのかと思いフと後ろを見てみると、
軽く左右にステップを踏みながら、
聞こえるか聞こえないかぐらいの声で歌っていた。


「…あんまりソワソワしないでー…あなたはいつでもキョロキョロー…」





あまりの面白さに吹き出してしまう私。
だ、ダメだダメだ!皆真剣にやってるんだから…頑張らないと…!

頬をばちっと叩き、もう一度気合を入れなおして四股を踏みなおしていると、
インターフォンに向かって何かを呟いているメイドがいた。

あのリーサルウエポンが何をしているのか、皆も気になったようで
少し様子をうかがっていると、恐ろしい光景がそこには待っていた。





「…おかえりなさいませ、ご主人様ぁー。大阪から来ました侑子いいますぅ〜。」


インターフォンのカメラに向かって、バチンとウインクを送るメイドは
次々に決めポーズを繰り出している。その技のどれもがとてつもない威力だ。


お願いだから跡部早く来てくれよ、と皆が思っていた時。









「てめぇらいい加減にしろ!!!」



インターフォンから漏れた怒声に、歓声があがった。


「やった!悪戯成功だぞ!」

「ジロちゃんの遠吠えが良かったのかもね!」

ちゃんのどすこいも良かったよ!俺、恥ずかしくて直視できなかったC!


皆でハイタッチをしながら、イタズラの成功を喜んでいると
ゆっくりと門が開いた。






























「「「「トリックオアトリート!!」」」」

「うるせぇ、黙れ、帰れ。」

「なんだよ、跡部!折角来てやったんだぞ!」

「そうだよ!すごいでしょ、この仮装のクオリティ!」


やっと跡部邸に一歩踏み込むことが出来たものの、
あの悪戯がよっぽどきいたのか跡部は激おこだった。


「…ッチ、忍足。てめぇがなんでこいつらを止め…………」


そこまで言いかけて、忍足を目で探す素振りを見せる跡部。

私達を順番に見ながら、ある地点で目線が止まる。

そして、二度見をして大きな目をぱちぱちと瞬かせた。




「どや、完璧な女装やろ。」

「……………なんてザマだ、気持ち悪ぃ。



言った……!

ものすごくストレートに、誰も言えなかったことを言ってしまう跡部…!
さすが、私達の王!やったぜ、なんかものすごく心がすっきりした!

やっと真実を知らされた忍足は、どんな顔をしているのかと思い
恐る恐る後ろを振り返ってみた。笑っていた。


…そんじょそこらのホラー映画より怖い。


「跡部もそんな照れんでええねんで。」

「仮装と一緒に頭の中身落としてきたんじゃねぇのか。」

「あ…跡部、もうその辺にしておいてあげて…!今の忍足に何を言ってもダメなんだよ…!」


このままだと跡部と忍足が喧嘩を始めるという、
氷帝テニス部史上最も面倒くさい戦が始まってしまうと感じ取った敏腕マネージャーは、
なんとか未然にそれを防ごうと先手を打った。

キレるかと思いきや、
こそこそと話しかける私の顔をじっと見て、跡部の目線が止まる。


「……言っとくが、お前が1番ヤバイぞ。」

「………はぁ!?1番じゃないでしょ、1番では!絶対に!」

「忍足や宍戸程突き抜けた奇抜さもなく、他の奴らほどの愛嬌もない。




 ただただ中途半端にブスでデブなだけだ。






ガーンという音が聞こえそうなほどショックを受けた。

…たたただ中途半端にブスでデブ……!

こんな殺傷能力の高い悪口が今まであっただろうか…。
日本語の組み合わせが最悪すぎるよ…。

思わずその場にへたり込む私を見て、忍足が高笑いをする。
……あいつに笑われるのが今は1番辛い…!


「っていうかトリックオアトリートだぞ、跡部!」

「そうだそうだ!お菓子頂戴よー!」

「うるせぇ、もうなくなっちまったんだよ。」

「え…用意はしてたんですか?」

「あぁ。まぁ朝からひっきりなしにガキが来てたみたいだからな。」

「…なるほど、近くに幼稚園もありますもんね。」

「…ざっと、50校ぐらいか。」

「「「「「50!?」」」」」」


…確かにこんな豪邸なら、近所の幼稚園から協力要請されてもおかしくない。
それに私達みたいな欲にまみれた人間の手に渡るぐらいなら、
お菓子も純真無垢な子供に食べられた方が幸せだろう。


「…そっかぁ…。当てがはずれちゃったね。」

「結局、お菓子にはありつけなかったな…。」


目に見えてがっかりする私やがっくんを見て、
仕方ないでしょと慰めるハギー。
…まぁ、楽しかったしいいかな…となんとか気分を持ちなおそうとしていると、
ソっと一言、樺地がつぶやいた。



「……毎年……パーティーをしている…そうです…。」

「え?何、樺地?パーティってどこで?」

「…………監督、です。」





監督……







「「「その手があったか!!!」」」




私とがっくんとジロちゃんの声が揃った。
…そうだよ、そうだよ!跡部がダメなら監督がいるじゃん!

そういえば、監督が毎年ハロウィンパーティーを開催している、
なんて話を聞いた覚えがある。
ピアノレッスンの時に言ってたような気もするけど、
「もし誘われたらどうしよう…」という恐怖心から、
なんとか話を聞き流すことに徹していた想い出がある。


「…でも、そのパーティーってまだやってるのかな?」

「うーん…でも取り敢えず行ってみようよ!パーティーは終わってても、
 折角だからこの仮装を先生に見せてあげたいし!」



これだけ気合を入れて、まさかの獲得お菓子数ゼロという事態だけは免れたい。
なんとかテンションも盛り返してきた私達は、早速跡部邸を後にしようとした。




「………待て。」

「え?どうしたの?」

「……………。」


パシっと腕を引かれる。私を睨みながら何も言おうとしない跡部。
さっさと家を出ていこうとする皆についていきたいのに…なんなんだ……あ!そっか!



「あ、ごめんね跡部。もちろん跡部の仮装も持ってきたから安心して。」

「…………フン、仕方ねぇな。付き合ってやる。」


皆も、跡部がついてくるものだと思って歩いていっちゃってるけど
そういえば仮装衣装を進呈するのを忘れていたよ!
大きな声でそう叫び、みんなを連れ戻す。


樺地の背負っているリュックから袋を取り出し、手渡すと
少しだけ跡部が、ほとんどわからないぐらいに、僅かに目を輝かせた。
その表情を見て、皆思わず笑ってしまう。



「フフ、開けてみて。私が選んだものだから間違いないよ。」

が?……はっ、それは期待できねぇ……な………」
















「じゃじゃーん!跡部の大好きなバズの衣装だよ!」










トイストーリーのバズのスーツをモチーフにした衣装。
奴はこんなカッコつけた見た目の癖に、
意外とディズニーが好きという少女みたいな心も持ち合わせているのだ。

しかし予想に反して、衣装を見つめたままフリーズする跡部。


……あれ?おかしいな………


これなら絶対跡部も喜んで、
馬鹿みたいに一緒にハロウィンを楽しんでくれると思ったのに……。



「…あ、あれ?気に入らなかった?
 一応…跡部の好きな物と…思ったんだけフォアアアアッ!


もしかしたらバズの衣装ってわかっていないのかと思い、
説明しようと跡部に近づくと、いきなり顔をあげた跡部に


強く抱きしめられた。何、怖い。



「な、ななにしてんのよ!」

「………すぐ着替えてくる。」



今にも笑いだしそうな、嬉しそうな声でそうつぶやくと
あっという間に部屋へと走って行ってしまった。

跡部らしくない行動に驚きすぎて、その場にへなへなとへたり込む。



「プフッ!見たかアレ!」

「跡部、可愛いね〜。」

「…俺、跡部さんのあんな嬉しそうな顔…初めて見ました!」

「…まさかあんな衣装で喜ぶなんて…、跡部さんも相当の馬鹿ですね。」

「あ…あはは…!ま、まぁ良かったね!」


予想以上の跡部のリアクション。

………あの顔を間近で見ちゃったら…そりゃ腰抜かすよ…。

脳裏に浮かんだ跡部の無邪気すぎる笑顔に、
少し体温が上がった。














「待たせたな!」



「「「「「ブフォゥッ!!」」」」」



あの衝撃から数分後。

登場した跡部は、渾身のドヤ顔だったけれど
その姿はどう見ても間抜けすぎて
私達は誰も笑いを堪えることができなかった。

あの跡部ですら着こなせない服が、この世にあっただなんて。



爆笑でのたうち回る私達に振るわれた跡部の鉄拳制裁からは、
先程の可愛い笑顔なんて想像することも出来なかった。めっちゃ痛い。













その後、榊先生の家に訪れた私達。
先程の跡部よりも嬉しそうに出迎えてくれた榊先生。

表情筋はぴくりとも動いていなかったけど、
トリックオアトリートと叫びまわる私達に、
食べきれない程のゴディバのチョコをくれたのがその証拠だと思う。







榊先生と、テニス部の皆で過ごしたハロウィン。


笑い声に包まれた部屋の中で、たらふくチョコを食べた思い出。


がっくんやジロちゃんと一緒に、先生の家の中を探検した。


先生とチョコについての話をするハギーは、今日見た中で1番の笑顔だった。


町中ではあんなに活き活きしていた宍戸は、
後輩達3人の陰に隠れながら、先生に自分だと気づかれないよう必死に逃げていた。



そしてハロウィンが終わっても、記憶にこびりついて消えない恐ろしいメイド。



もしファンクラブの女の子たちがその姿を見たら、1カ月ぐらいは寝込むかもしれない程の



ダサすぎる衣装で、嬉しそうにチョコを頬張る跡部。








こんなにカオスで…、でも…楽しいハロウィンが過ごせて、幸せだなぁ。



口の中に広がるチョコの甘さを噛みしめながら、自然と笑顔がこぼれた。









fin.