氷帝カンタータ





第1話 幕開け






「ありがとうございました。」

「では今日のレッスンはここまで。」

「はーい。」

榊先生に挨拶を済ませ、音楽室の扉を閉めた、その、瞬間


ガラッ


「待ちなさい。話がある。」

「…へ?」





「男子テニス部へこの練習メニューをとどけ「嫌です。」

「…とどけて「先生は私の腕がばっきばきに折られて二度とピアノを弾けない体になってもいいんですか?!」

「…何の話をしている。」

「何って…テニス部のコート周りに張り付いてるファンクラヴの女子達ですよ!テニス部なんかと話したら…怖い怖い!ということでお断りいたします。」

は女子との決闘に慣れているだろう。」

「ちょ、知ってるなら助けてくださいよ!」


そう、私は「熱狂的な女の子」との戦いには慣れてる。
私の学園での唯一の友達、真子ちゃんのファンクラブと日夜戦っているのだ。
真子ちゃんは氷帝の強豪ソフトボール部部長のなんとも男前な美少女。
美少女な上に、性格も優しくて思いやりがあって…私の大好きなお友達。

「とにかく…私はもう帰らなければいけないので、これをお前に託す。届けていなければ、明日私がお前の家に出向き朝から晩までピアノの相手をしてやろう。

「いやだー!どっちもいやだー!うあーん!!」

「健闘を祈る。」


ピシャッ


颯爽と立ち去る先生に苛立ちを隠せない。
どうせそんな急ぐ用事なんかないんでしょー、独身なんだから。
榊先生は時々こういう感じで無理難題をつきつけてくることがある。
どうやら私のことを動くポストのようなものだと思ってるみたいだ。


「…はー…。いくか。」




















キャァ....! ...イヤァア!!...




「うっわー聞こえる聞こえる…。どこのライブ会場よ、ここは…。」


見渡す限りの女子女子女子!!!
相変わらず氷帝学園男子テニス部の人気はすごい。
どうにもこうにもキャピキャピした集団が苦手な私は、昔からテニス部を避けて生きてきた。
平凡な毎日が1番幸せなんです。私の大好きな近所のおばあちゃんが言ってました。
まぁ、でもこの叫び狂ってる女子達がそのことに気づくのはまだまだ先なんだろう。

しかし、言われた仕事はやり遂げないといけない。
寸分の隙間もないこのジャングルにどう突入すべきか…


じゃん?」

「っげ、でたよアマゾネス軍団…。」

「ちょっとこっち来な。」


マスクにロングスカート、昭和時代さながらの女子ギャング達。
その時代錯誤な外見から、学園内では浮きまくってる集団。
だってここは、仮にもお金持ちの学校なわけですから。
でもそんなことは気にしないみたい。
こいつらが真子ちゃんファンクラブのトップ、そして我が永遠の敵。


「真子様と帰る約束してんだって?」

「そーだけどなにがいけないんですかー」

わざと挑発するようにベロを出してみる。
一気に頭に血がのぼったのか、みるみる赤くなるアマゾネスのトップ。

「てめぇまじいい加減にしろ…っよ!!」



ガキィン!



「う…っわ!タイム!タイム!!金属バットははんそ「うっせぇええ!」



バキィン!



奴の振り回す金属バットが容赦なく壁にぶち当たる。
避けるので精一杯な私はあっという間にアマゾネス軍団に取り囲まれてしまった。
いや…これはもう傷害罪とかそういう刑事事件に発展するレベルじゃないですか?
今日はえらく気合い入ってんな、アマゾネスめ。

「っもー!ずるいずるい!ちゃんとタイマンで勝負しろ!」

「黙れよ!今まで何回お前にタイマン負けてきたと思ってんだ!」


なんとも納得できない言い分をのたまうトップ。トップ…弱いもんね、結構…。
今までの数々の決闘を思い返しながら、つい笑みがこぼれてしまう。


「っな、何お前哀れみの目で見てんだよ!舐めてんじゃねぇぞぉぉぁあ!」

「あ、それは死にます。」


金属バットを私の顔面めがけて一直線に振り下ろそうとするトップ。

私もここまでか、真子ちゃんごめん、ココニネムル....

覚悟を決めて目を閉じた。









....ん?


......ん?まだか?




「あまり部室の周りで騒がないでいただけますか」


目を上げると、少年がトップの金属バットをしっかりと受け止め、私の盾になるような形で立っている。
もしかして、私、死んでない?


「これ以上続けられると俺が怒られ...」


少年が私に向き直った瞬間、


「隙ありぃぃぁぁあ!」

「危ないキノコくん!!!!どいて!」



ボコッ



「っっー!!」

「あ…やべ…おい、大丈夫…」

「後頭部殴られて大丈夫なわけないでしょう!下手すると死ぬかもしれませんよ!」

「わ…私はやり返しただけだからな!!いくぞ!みんな!」




あぁ…

なんか意識が……


















「……ん?」

広い天井が見える……?

「…っあ!キノコくん!」

「誰がキノコですか」


起き上がるとそこは見たことのない部屋だった。
男子生徒が数名見受けられる。
その中にはさっきのキノコ君もいた。


「っだ…大丈夫だった?!」

「それはこっちのセリフです。あなた後頭部なぐられたんですよ?」

「…た、確かに痛い…けどまぁ日常茶飯事だから。それより本当ごめんね、巻き込んで。」

「いえ…。」

「名前は?」

「…日吉です。」

「君は私の救世主、そう、メシアとして認定するよ…!月に一度の年貢を納めさせていただきます、ぴよちゃんさま


年貢はいりません、それに助けられたのは俺の方です。」


またまたご謙遜を…。ああやって喧嘩に割り込むのって勇気いるもん。


「なぁ、自分何者なん?なんで部室の裏でやりおうとったん?」


椅子に腰掛けながら、心配というより好奇心に満ちた顔で問いかけてくるメガネ。
有名なテニス部レギュラーだったような…真子ちゃんに聞いたことがある…メガネをかけてるから、確か…


「金剛寺さん……」

「いや、誰やねん。」


忍足や忍足。と念を押された。
やばい一文字もかぶってないし。
しかし胡散臭い顔してるな、こいつ。その貼り付けたような笑顔がどうも受け付けないわ。


「あ…ごめんね。ちょっと榊先生に頼まれて…これ。」

「ん?あぁ、ほら、跡部が探しとったやつやん」


そう声をかけられ不機嫌そうな顔でソファから起き上がったのが、学園で知らない人はいない、跡部景吾。


「おせーんだよ。」


…やっぱ見た目通り嫌な奴だ。
私の生涯関わり合いになりたくない人ランキングのトップを129週連続で独走する人物なだけある。


「…あーん??」

「はい。」

「……。お前が?」


榊先生からの書類と私の顔を交互に見やる跡部。気分悪いな。


「何なのよ?」

「…読んでみろ。」


バサっと書類を投げつけられる。
まじでこいつの人間性を叩き直したい。噂通りの暴君だ。


「なになに…?……マネージャー…新任……?」

「え!お前新しいマネージャーだったのか!」


奥の扉から元気良く飛び出してきたおかっぱ少年。
きらきら輝く笑顔の眩しいキュートな少年…
その笑顔を見つめていると、私の胸の奥でリンゴンリンゴンと鐘が鳴った気がした。
うん!合格!おめでとう!


「…何がおめでとうなんだよ。」

「声に出てた?ごめんごめん。」

「そ・れ・よ・り!お前がマネージャー?よろしくな!」

いや、違います。榊先生の書き間違いか勘違いか嫌がらせだと思う。」


大体なんも聞いてないし…
あの40代は本当にいつも好き勝手なことをする。振りまわされるこっちの身にもなってほしい。
しかも、私には大事な使命がある。放課後、真子ちゃんを守りながら帰るという使命が。


「とりあえず渡すものは渡したから!お疲れっす!」

「待ちーな。」


がしっと腕を掴まれてしまった。
金剛…忍足。なんか腕を掴む力の加減間違えてません?
ニヤリとほほ笑む忍足に、苦笑いを返す私。
ちょっとだけ人見知りだから。まだこいつに心は開けない。


「…離しなさい…よっ!」

「おおー…おおー!ええやん自分!」

「何がよ!見てよ腕赤くなってるじゃん!」

「跡部、ええで。この子。」

「な…なんかキモイ!何なのよ、ええでとか、ええやんとか、ええじゃないかとか!!

「ちょっとうるさいのとイタイっぽいのは置いとくとして。力も強いし、喧嘩もできる、
まぁ見た目はこんぐらい普通な方が変な反感持たれんでええやろ。何より…根性ありそうやん。」


ニコっと微笑む忍足。
バキっと腹を殴る私。


「っっつ…!何すんねん。」

「悪口やないかー!ほとんど悪口やないかー!」



初対面の女の子に向かって言ってはいけないこと全部言いやがったこいつ!
もういい!真子ちゃんが待ってる、こんなとこ一刻も早く抜け出さねば!
なんか床に寝てる人いるし、ずっと睨んでる虫取り少年みたいな帽子もいるし…跡部の後ろには守護霊みたいなのが見えるし…私霊感ないのに…
なんか…なんか普通の世界じゃない!


パチンッ



、今からお前はマネージャーだ。これは命令「誰がきくもんかぁあ!って呼ぶなぁああうわぁあああ!」


あのまま聞いてたら本当に私の学園生活がめちゃくちゃになってしまう…

とりあえず逃げるが勝ち!



「…んー、なんかうるさいC〜…。」

「跡部、跡部!なんかあいつおもしろそうだな!」

「なんや岳人、珍しく気に入ったんかいな。」

「だーって、あいつ俺らのこと見ても目が普通だったし、跡部に…刃向かってたぜ!なんか横綱みたいな安心感を感じた。

「黙ってろ。……樺地。いけ。」

「……ウス。」



















「真子ちゃーんっ!」

「おっそいよー。なんかあった?」

「いや?ちょっと榊先生から頼まれごとしてた。」

「…嘘つかないでちゃんと言いなさい。なんかあったでしょ?」


やば…アマゾネス軍団との戦いバレてる…?真子ちゃん喧嘩したって言うと怒るからなー……


「なんでわかったの?」

「だって……後ろに樺地君立ってるよ。

「え?」

「……ウス。」


振り返るとさっきの背後霊が…

「う……うわぁあああ!!ままま真子ちゃん助けて!」

「ちょ、落ち着きな?樺地君どうしたの?」

「…連れてくる…ように…言われました……。」

「なななななんで!私はまだ死んでない!そっちの世界には行けないの!悪霊退散!!破っ!!


…私の気功にびくともしない(使えないけど)
なんか真子ちゃんは落ち着いて話してるけど、危ないよ!


「…なるほど、がねぇ。いいよ、連れてっちゃって!」

「…失礼します。」


突然私は俵担ぎにされて、持ち上げられてしまった。
やばい、尋常じゃない力だこれ。
油がのってきた中年のおっさんぐらいの力強さだこれ。


「ど…どこに連れて行くの…?」

「…跡部さんの…ところです。」


言うやいなや猛ダッシュする背後霊もとい樺地。
なんて言った、今…?跡部…?


「い…いやぁああ真子ちゃぁああん!!」

「いってらっしゃーい!」


あぁ、真子ちゃんの笑顔が眩しいよ…























「俺様の話の途中で逃げるとはいい度胸だな。」

「…やだもん。マネージャーとかなんかオトコくさいのはやだ。」

「なんでなん?こんなイケメンに囲まれて幸せやん?

「うっわ…自分で言うか。あんた達と放課後過ごすよりも私は真子ちゃんと街でパフェ食べたり、プリクラ撮ったり、
 お家で一緒にケーキ作ったりしてきゃっきゃうふふしたいの!」

「俺らだって帰りはマックでシェイク飲んだり、跡部の家でケーキ作って誕生日パーティーしたりするぞ!

「ファンシーだな!可愛いなあんた達!で…でもでも…」







、やってあげなよ。」

「真子ちゃん!…でも一緒に帰れなくなるよぉ…」


ドアに立つ真子ちゃんが、優しい顔で微笑む。
私には真子ちゃんとの放課後タイムが何より大事…!


の力が必要って言ってくれてるんだよ?私とは休みの日に会えるでしょ?」

「う…ん…でも。」





「……日吉、ちょっとこい。」

「はい?」


跡部がぴよちゃんさま(大天使)とこそこそ話してるけど、今はそれどころじゃない…今の内に逃げるか…?
いや、でも榊先生から逃げられるとは思えないし…





「…なんで俺が……。」

「命令だ。やれ。」


なにあれー、偉そうに!救世主ぴよちゃんさまになんて口調なの?
きっとマネージャーになったりしたら毎日あいつの命令を聞かされる奴隷のような日々が始まるんだわ。ますますやだ!





「………さん。」

「ん?」



ぎゅっ



「お…俺の世話をしてください。」


私の両手を握りながら、ほのかに桃色に染まった頬のぴよちゃんさま……







「…す…すすすする!!一生します!







「決まりやな。」

「でかした日吉!」

「…っは、ちょろいな。」

「いやいや、あんた達は関係ないでしょ、これは私に一目惚れしたぴよちゃんさまからの直々のプロポーズなのよ?

「違います。」

「…え?」

「マネージャーになってくださいということです。」

「は…はぁ?!」





「漢に二言はないやんな?」

「漢じゃないし今のは反則!たいむたいむ!!!」

「誰が聞くかよ。お前は今日からマネージャーだ、わかったな」

「ふふ、諦めなよ……。」



……あっさりはめられた。
微笑む真子ちゃん。
ニヤつく跡部。




波乱の日々の幕開けだ。