氷帝カンタータ





夏空セレナーデ(6)





合宿最終日。
明日の朝にはこの地を発つ。

このうだるような暑さの中で、
テニス部男子達もそろそろ限界が近づいてきているようだった。
私から見ても初日より目に見えてキレっていうか、動きが低下してる。

そんな皆に、心の中で同情を覚えながら私は午前中の仕事を終わらせ、
木陰でボーッとテニス部を眺めていた。
あー、合宿終わったらコンサート…
それが終わったら、絶対ゲームしよ……
レン様ルートがまだ残ってるし、早く癒されたボコッ


「いっ…てぇぇえ!」

「おい、何てめぇだけ涼んでんだよ。動け。」

「もうやること全部やったの!だからこうして不思議のアリスよろしく木陰で大人しくしてるんです!

「そのボケ面が目障りなんだよ。」

「やぁだ、先生ぇぇええ!跡部君がか弱い私に、いちゃもんつけてきやがりますぅぅう!!」

「……卑怯者。」

「っふ、私は使えるものはすべて使うのよ!先生にいっぱい怒られろー」


あっかんべー、の顔がまた跡部のカンにさわったらしく、足掛け腕固めをきめられてしまった。
女子にかける技じゃない、それ!


「ちょ、いたいいたい!ギブギブ!汗だくでくっつかないでよ!!」

「黙れ、これ以上イライラさせんじゃねぇよ」




「跡部。」

「……っはい。」


先生が来た途端、別人のようにかしこまっちゃって。
しかしこの手は結構使えるわね、これからも何かあったら先生を呼びつけて……



「午後からは川原でバーベキューをする。」


「「………へ?」」


思わず跡部と顔を見合わせてしまった。
バーベキュー…?
まさか先生の口からそんなポップなイベント名を聞けるとは思ってなかった。
っていうかこの暑い中バーベキュー?


「えー、暑くないですかー?」

「今日は最終日だ。たまには良いだろう。」

「…先生、バーベキューしたことあります?」

「私は部屋で休んでいるからお前達だけでやりなさい。いってよし。」



スタスタとテニスコート後にする先生を見て跡部がそっと呟いた。


「…年……だな。」

「うん……。先生もしんどいんだろうね。43だもんね。」


「お前、バーベキューできんのか?」

「できる…って、火つけて肉焼くだけじゃん!あんたやったことないの?」

「あると思うか?」



なんでちょっと誇らしげなのよ、おぼっちゃまめ。
しかし面倒臭いことになった。
午後は木陰でいっぱい寝ようと思ってたのに…
こいつらとバーベキューとかうまくいかないに決まってるじゃん…!

























「俺と岳人は火おこし、鳳、日吉、樺地は野菜係!ほんで宍戸、跡部、は飯盒炊爨係や!」

「ねー、俺はー?」

「ジローは川で魚とってこい!」

「あ、ジロちゃん一人だと可哀想だし私が一緒に「やかましい!あかん!」

「な…なんでよー!」

ちゃんも一緒がいいー!!」

「お前ら2人にしたら絶対遊ぶやないか!ええから、はよ持ち場につけ!」


午後は全員でバーベキューと皆に伝えた瞬間から、忍足の様子がおかしいのはわかってた。
なんか一人でぶつくさ言いながら考えてたみたいだけど役割分担を考えてたのね。

皆ジャージなのに一人だけ割烹着きてるし。気合入りすぎだろ。
ていうか飯盒炊爨かぁ…難しいし…面倒くさいなぁ…
宍戸もいるしここは2人に任せて、おらぁあ!はよ準備せんかい!」


「はい…。」


どうやら逃げられないようだ。
忍足がメガネを光らせて仁王立ちして見張ってるんだもの。


「ねぇ、ちょっと!忍足なんであんな張り切ってんの?」

「さぁ……。まぁ、でも逆らわない方が賢明だぜ。」

「だね…。大人しくご飯炊きますか!」


まだあまり使われてない飯盒が5つ。
飯盒炊爨なんていつぶりだろう…。
小さい頃よく家族でキャンプに行ったなぁ。

とりあえずさっさと終わらせて、ジロちゃんのところ行ってあげよう。
あの子、絶対に川で流されちゃうと思う。
ジロちゃんの川流れ…。


踏ん反り返って座っている跡部を叩きあげ、
宍戸と三人でキャンプ施設の水道場へ。
夏の時期だっていうのに、他のお客さんはいない。
まぁ、氷帝の施設だし当たり前か。


「さ、さっさと終わらせちゃおうー。焚火で炊くのが1番時間かかるからねぇ。」


宍戸と肩を並べ、米を研ぎ始めたそのとき



「お……おい…、あれ…!」

「んー?」


宍戸の指差す方を見てみると、
そこには飯盒の前に体育座りをしている跡部がいた。


「…え?ふふっ…あいつ…何してんの?」

「ぶふーっ…あ…あれ米洗ってんじゃね?」





飯盒に手を突っ込んで、米を取り出し

手のひらの上で一粒づつ摘まみ、

それをまた飯盒に戻すという

奇妙な動きを繰り返す跡部……






「あ…あいつ、米といだことないんだよ!ぷーっくすくす」

「やべぇ、腹痛ぇ…!あいつ面白すぎんだろ、あ!ムービームービー…!」

「なんか…なんかちょっと跡部のくせに可愛いね、ぶふっ馬鹿だけど。
 あれ、何粒洗う気かな…普通に考えて一生終わらないよね。


中学生にもなって米も研げないなんて、どんな生活送ってんのよ!
どん引きだわ!ゆとり教育の生み出した悪魔の子だな…

私達なりに跡部のプライドを傷つけないように、
こっそり物陰から馬鹿にしてたんだけど
どうやら気づかれた様子。跡部が思いっきり首をこちらにひねって、
私達に一喝した。体育座りで。


「おい、てめぇら、何休んでんだよ。早くしろ。」

「ぐふっ…あ…跡部、あのさ…それ、米洗ってんの?」

「あーん?どう見ても洗ってんだろうが、馬鹿かてめぇは。

「ぶっ……ひぃー!宍戸もうダメ私!このおバカちゃんかわいすぎる!!」

「ぐっ…ふっ…ふふ、跡部…米の研ぎ方はな……」





























ギャーッ…

アンタが…馬鹿………!




「なんや、あいつらうるさいな。」

「どーせまたと跡部だろー。班分けミスってんじゃん、侑士。」

「…しゃーない、ちょっとここ任せたで、岳人。」






「お前ら何しとんねん。」

「あ!忍足!ちょ、聞いてよ跡部が私の顔に米投げつけてきた!地味に痛い!」

「てめぇらが笑うからだろうがっ!!」

「いや、跡部ごめんってぶふぅっ、ちょ、ごめ思い出し笑い...」

「し…宍戸、またそんな挑発するようなこと言ったら…ひひっ、あ、やば。

「てめぇら…いい加減に「ええ加減にせぇっ!!!」


跡部がもう一回米を握りしめたところで
忍足の今まで聞いたことのないような腹の底からの怒声が響いた。
(普段は1vs1でも何言ってるか聞こえないようなボソボソ声なのに)

宍戸と私はもちろん、跡部も目を見開いたまんま固まってる。



「……食べ物を粗末にすんな!!!」

「「ごめんなさい」」



ここは謝っとかないと、今の忍足に、私、勝てる気がしない。

実際お米を粗末にしちゃダメだもんね。
目が潰れるってじいちゃんに教わったよ。
今回に限っては忍足が全面的に正しい。

しかし粗末にした張本人の跡部はというと
子どもみたいにぷくっとむくれて謝ろうとしない。
なんだそれ、可愛いこぶってんじゃねぇぞ!

忍足さん、やっちゃってくださいよコイツ!!


「…こいつらが悪いんだよ。」

「何がや。」

「この俺様が米洗ってやってんのに、それ見て笑い転げてんだぞ!」


許せねぇだろうが!と必死に訴える跡部を見て
また笑いそうになってしまう。

やばいやばい、ここで笑ったらいよいよ収集がつかなくなる。
耐えよう、頑張って耐えるんだぞ!

と、宍戸の方をみると完全に笑いをこらえてる宍戸と目が合ってしまった。



「「っぷ」」

「あははははっはは!ちょ、だめだって笑ったら!」

「おま…おまっ、ひひお前が笑うから……!!」

「じゃかましぃぃい!」


本日二度目の忍足の怒号。
え、なんであんたが怒ってんの?
さっきまで怒ってた跡部もわけがわからずポカンとしてる。


「お前ら、初心者には教えたるのが当たり前やろが!」

「「……はい…。」」

「それを、笑うってなんや!一生懸命頑張った跡部の気持ち考えたことあるんか!

「「………うん…。」」


なんか、忍足って今何ポジションなのかな。

うちの町内会にこんなおばちゃんいるわ。
やたら、「皆で仲良くしましょうね」とかいってしゃしゃりでてくるおばちゃん。

しかし、なんでこんな怒られなきゃなんないのよ。
忍足め…。あの跡部の行動をみたらこいつでも絶対笑うはず…はっ!


「と、とりあえず忍足このムービー見てみてよ。」

「どれや……、ぶふっ何しとんねんこれ。」

「てめぇも笑ってんじゃねぇかぁぁぁああ!」


顔を真っ赤にした跡部が忍足に掴みかかり、宍戸が間に入り
その隙に私はジロちゃんの元へと駈け出したのであった…

やってられるかこんなカオスな戦場で…!!
























「ジーロちゃーん!お魚とれたー?」


まぁ、お魚なんかとれるわけないんだけどね。
食べれる魚がいたとしても、釣り道具もなしにゲットできないでしょうよ。
忍足も意地悪な奴だわ…、マイエンジェル・ジロちゃんを邪魔者扱いしやがって!


「あー!ちゃん、みてみて!俺すごいでしょー!」


天使のような笑顔で手を振るジロちゃんの足元には
おびただしい数の魚・魚・魚…

「なっ…何これ、ジロちゃんすごい!どうやってとったの!?」

「あのねー、ラケットでとったんだよ!」


アユやヤマメを…ラケットで…?

恐ろしい子……!










「ちょたー、野菜はどう?」

「あ、先輩。順調ですよ、最後にこのかぼちゃ切って終わりです。」


ニコニコしながら、かぼちゃを切るちょた…
エプロンなんかつけちゃって、信じられない、可愛すぎる。

ぴよちゃんさまと樺地は黙々と切った野菜をボウルに入れて
バーベキュー会場へと運んで行く…

あぁ…なんかこの光景ビデオに撮って一日中見ていたい!
癒される!山の自然と川のせせらぎが相まってめっちゃ癒される!
マイナスイオンが出てるよ、ここから…!


「先輩の方は、ご飯は炊けたんですか?」

「…いや、今あそこに近寄るのは得策じゃないと踏んだのよ…。」

「……あっちから近寄ってきてますけど?」


ぴよちゃんさまがスっと目線を外し、その先には…






「どこほっつきあるいとんねん、ぼけなす!!」



でた、泣く子も裸足で逃げ出す忍足上官率いる、
地獄の飯盒炊爨組…



なんか宍戸も、がっくんも跡部さえも顔がやつれてる…
私、逃げだしてよかった…!!



「いや…ちょっとジロちゃんが心配になってさ。」

「ずるいぞ、俺だって逃げたかった!!

「岳人なんか泣いてもうてなぁ…。」

「な!?なんでがっくん泣いちゃったの!?」


一大事じゃん、私のがっくんが泣いてるなんて…!


「…お前がスパルタ教育するからだろ。」

「えー?あんなん普通ちゃうん?」


ニヤリとほほ笑む忍足が怖い。
こいつまじで何なんだ。キャンプに対する思い入れのレベルが違う。
あんたはキャンプになんか恨みでもあるのか…。




























「うわーい!いっただっきまーす!」


ご飯に野菜、そしてジロちゃんがとってきた魚が揃い
ついに合宿最終日、マジカル☆バーベキュー大会(忍足命名)がはじまった。

お肉もさすが高級なもの使ってるし、
お魚も新鮮で超おいしい…!皆、無言で必死に食らいついています、もちろん私も…。









あっという間に食材はなくなり、お腹も満腹!
いい感じに日も沈んできて、後は部屋に帰ってお風呂入って寝るだけ―!
あぁ、幸せ!
こういうのよ、私が求めてた青春は!

決して男の子たちに罵倒されたり、平気で暴力をふるわれるような
そんなマゾまっしぐらの青春なんていらないんです!





「はー!おいしかった!たまにはこういうのもいいわねー。」

「なー!あぁー、俺もう眠たくなってきちゃったよ。」

「岳人、まだまだ夜は長いで。」

「あ、そっかまだ合宿恒例の枕投げとかしてないもんね。」

「ちゃう。それも恒例やけどもう一つ忘れてるもんがあるやろ。」

「……何よ?」

























「ドキッ☆ガチ幽霊だらけの肝試し大会や!」















肝試し…?
私が人生で聞きたくないワードNO.5のワードをさらっと言いやがった…!






「却下。」

「なんや、。怖いんかいな。」

「怖いとかじゃないから!そういうのマジだめだよ!ガチでとりつかれるから!」

「やっぱ怖いんじゃん、。」


ニヤニヤしながら肩を叩いてくるがっくんが今は憎らしい。
こわ…怖いとかじゃないじゃん!
本当そういうの危ないからね!?
スピリチュアルカウンセラーの三○さんとかも言ってたでしょ!?
私そういうのよくないと思います!


ちゃん、大丈夫だよー俺が守ってあげる!」

「そういう…まも…守ってほしいとかじゃないし!怖いとかじゃないって言ってんでしょ!」

「じゃあやろうぜ。」


くっそ、こいつ絶対からかってる宍戸め…!
含み笑いでこっち見てんじゃないわよ!
あんただって怖がりなの私知ってるんだからね!
怖がり…あ!


「あ、跡部!あんたも反対よね?」

「まぁな。」

「ほ…ほら!跡部が駄目って言ってんだから駄目よ!」

「え…跡部先輩…怖いんですか?」

「あーん?鳳、てめぇなめたこと言ってんじゃねぇぞ。」

「うぉぉおおおおい!やっすい挑発にのってんじゃないわよ!駄目よ!」

「…後輩に馬鹿にされたままで引けるかよ。」

「っもー!そんな消しカスみたいなプライドどうでもいいの!
 本当にお化けが出たらどうすんのよー!」



本当男って馬鹿たればっかり!

アンビリーバボーとか見るたびに思うんですよ。
なんでわざわざ危ない所に行くのかなって。
そんなとこ行かなきゃ怖い思いしないのに。

バイオハザードだってそうです。
なんでわざわざゾンビがうじゃうじゃいそうな部屋に入っちゃうのかなって。
絶対なんかいるじゃん!絶対入っちゃだめじゃん!


…諦めろ。」


ポンと、肩に手を置く宍戸。
私をニヤニヤした目つきで見るレギュラー陣。
くっそ……もうやだ。




……本当男ってバカばっかり!