氷帝カンタータ





夏空セレナーデ(7)





バーベキューの後片付けを終えてから数時間。
夕飯もお風呂も終えて、さてあとは寝るだけ。

さっきの話は聞かなかったことにしよう。

そうだよ、寝ちゃえばいいんじゃん!
なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう!

一言でもあいつらと口きいたら
なんやかんやで丸めこまれて絶対肝試しなどという非生産的な行事に付き合わされるに違いない。
だけど、知らぬ存ぜぬ、寝ています!で押し通せばなんとかなるかもしれない。

そうと決まれば早く眠らないと!
私は持参した超快眠グッズを装着し、早々に消灯したのだった。





















コンコンッ


ちゃーん!」

ー!行くぞ、肝試しー!」

「……返事せえへんな。」

「どうせ怖気づいて、寝たフリでもしてんだろ。」

「あの先輩でも怖いものがあるんですね。」

「えー!俺、ちゃんいないなら行きたくない!」

「そんなん俺が許すわけないやろ。叩き起こしてでも連れていくで。」


チャリッ


「…侑士、それって…。」

「スペアキーや。どうせこんなことになるやろう、思ったから借りてきといてん。」

「…用意周到ですね。」




ガチャ…


部屋の中はすでに消灯されていて、明るい廊下から入った面々には一瞬何も見えない。
しかし段々と目が慣れてくると、暗闇の中のベッドで規則正しい寝息をたてる少女が見えてきた。


「……こいつ、マジで寝てやがんぞ。」

ちゃんひどいー!約束してたのに!」

「…ん?何聞いてんだ、。」


寝息をたてるの耳にはピンク色のイヤホンが装着されていた。
おもむろにそれを抜き取り、自分の耳に近付ける宍戸。


「……っっ!!」




その瞬間。
イヤホンを壁に叩きつけ、おびえた表情で腰を抜かす宍戸。


「な…なんだよ、どうしたんだよ!」

「……っっ。」


涙目で顔を横に振り続ける宍戸は、普通の状態ではなかった。
声も出せないほどの一体何が、聞こえるのだろうか。
好奇心の塊である少年、岳人がイヤホンを拾い上げた。


「……うっ…うわぁあ!」




「っっ!!え…ぎゃぁぁあああ!な……な…何よあんた達!何してんの!」

「おま…お前…な何聞いてんだよ!」

「は!?え…?あ…ちょ…ちょっと、まさか聞いたの!?」

「………っ。」


言葉を発せない程のショックに陥ってる宍戸。

いや…ちょっと今状況が飲み込めないんだけど…
なんでこいつらは平然と女子の寝込みをぞろぞろと見学しに来てるの?



「…なんや、これ。添い寝CD「うううううわぁあぁあああああ!返せぇぇえええ!」


黒歴史確定!黒歴史確定!!!

寝起きにも関わらず華麗なフットワークで飛びつく私をものともせず
ひょいとiPodを取り上げる忍足。
堪忍や…堪忍しとくんなはれ、忍足はん…!!!


「……自分…、これはいくらなんでも…イタすぎんで。」

「う…うっさいな!ほっといてよ!ていうか返して!」


私の快眠グッズ、添い寝CD。
癒し声のキャラクターが「おやすみ…」とか「そんな無防備だと…俺…」とか…
そんな素敵なことをささやいてくれるCDです☆きゃはっ☆





これだけは知られたくなかった…!




ちゃん、俺が添い寝してあげるのにー!」

「ジロちゃんはダメ。ジロちゃんが隣に寝てたら、私朝起きた時、爆発するからね。」

「…なんで爆発すんの?」

「それは…ほら、ジロちゃんが可愛すぎるからさ…寝起きの勢いでちゅーとかしちゃうかもよ。」

「んー、それはヤダ!」


そんな笑顔でヤダ!って…ヤダって…!
…って、今はもうそんなことどうでもいい!とりあえず当初の目的を果たさねば…!




「わ…私さー…あの、ちょ…ちょっと眠くて…今日は寝てもいいかな?」

「駄目に決まってんだろうが。」


バチンッとでこピンをかます跡部。
そのでこピンを受けてベッドに倒れこむ私。



…よし、いけるぞ。このままデコピンが原因で帰らぬ人となったフリをしよう。


「もうそういうのいいから、はやく行くぞー!」

「おーきーてー、ちゃーん!」


ゆっさゆさ揺らしてくるけど、知らん!わしゃ、知らん!
絶対いかな…行かな…いかないん…いかなちょ、揺らしすぎでしょ!

あんたら私が中学生だからいいものの、
赤ちゃんこんだけ揺らしたら揺さぶり症候群で命落とすよ!?

しかし、こんなことで負けちゃいけない!
こんな揺さぶり、これから始まるかもしれない地獄に比べればへっちゃら!


「岳人、ちょっとどいとき…。」


っく、今のは忍足の声か。
こいつはどんな手を使ってくるかわからないから、ちょっと怖いな…。


、はよ起きや。起きな





























 ちゅーすんで「はーーーーい!起きてます起きてまーーっす!」


「なんや、気分悪いな。」

「あ…当たり前でしょ!あんたにちゅーされて子供できたらどうすんのよ!」


いや、わかってるよ。
ちゅーで子供なんかできないってわかってるから、笑い転げるんじゃない、宍戸にがっくん。
そんで汚いものでも見るような目で見ないで、跡部にぴよちゃんさま。まじで傷つくから。


「…早くしろ。」

「っくっそ…!なんで肝試しなんか…マジでなんかあっても知らないからね!?」

「だーいじょうぶだって!何をそんな怖がってんだよ、全然可愛くねぇぞ?


ニカっと清々しい笑顔で肩を組み、私の乙女心を粉砕していくがっくんが憎い。
カワイ子ぶってるわけじゃないんです、ガチで怖がってるんです。


























「ここがスタート地点や。この一本道をずっと行ったら祠があるからそこにタッチして戻ってくるねんで。」


意気揚々とルールを説明する忍足。
何がそんな楽しいんだか。
…っていうかここに来るまでの道がもう既にヤバかった。
ほぼ森みたいな場所だから光はないし、
なんか風の音がざわざわして本当に気味が悪い…。

本気で怖くて、もう強がってる余裕なんて全くなくて、
ここにくるまではずっと樺地に抱きついていた。

樺地のこの安心感はいったいどこから来るんだろう。
母なる海のように全てを包み込むこの優しさは
「早くクジ引けよ、!」


どうやらペアでこの肝試しは行われるらしい。
…ペアでよかった。1人で行かされたりしたらどうしようと、内心ヒヤヒヤしてたんだ。
とりあえず誰かと一緒なら大丈夫でしょ…!


「……3番だーれだ…。」

「…………っち。」

「…え…え、ねぇ樺地。樺地は3番だよね?」

「………1番……です…。」

「ええええええええ!やだやだやだ、樺地としか行かない!」


一層強く抱きしめる私に困惑気味の樺地。
それを引っぺがそうとするジロちゃん。
いくらジロちゃんでもこれだけは譲れない…!

だって樺地以外と行ったら、絶対途中で置いてかれる気がするもん…!

がっくんや宍戸や忍足はもちろん…
ジロちゃんもなんか頼りないし(ごめん)、
ちょたやぴよちゃんさまは、なんだかんだで薄情なところがあるし、
跡部なんかもちろん論外!スタスタ先に歩いていっちゃうよ絶対。



「ね、樺地も私と一緒がいいよね?」

「…………ウ……ス。」

「おい、。いい加減にしろ。」


ベリっと私の頭を鷲掴みにし樺地から引き離したのは、跡部。
…さっき私が番号発表した時、ちょっと舌打ちしてたの聞こえてたんだよね。

まさか…まさか………


「あ…跡部、何番?」

「……3番だ。」

「皆、今までありがとう…。私、今日ここで皆とはきっとお別れだよ…。」


涙を流しながらその場にひれ伏して訴えてみるも、誰も優しい言葉なんてかけてくれない。
そんな私を無視して1番ペアの樺地とがっくんがスタートする…。

あぁ…いいなぁ、私もあのペアがよかった…
何が悲しくて、こんなテニス部好感度ランキング最下位(調べ)の男と…








あっという間に樺地とがっくんはゴールし、
2番手ペアの宍戸とぴよちゃんさまも早々に帰ってきた。

何なの?やっぱり何もない感じなのかな?
な…なーんだ、こんな早く帰ってこれるなら大丈夫かも…しれない!


「ほな、次はと跡部やで。いってらっしゃーい。」

「……跡部、置いてくんじゃないわよ。ちゃんと私の隣で歩きなさいよ。」

「あ〜ん?気持ち悪いこと言ってんじゃねぇ、ついてくんな。」

「ペアなんだからしょうがないでしょ、このすかぽんたん!!!!」

「もうええからはよスタートせぇや。」


忍足に急かされスタート地点に立つ。
……跡部はそんな私を置いて、さっさと暗闇の中に消えていってしまう。


「ちょ…待ちなさいよ、跡部!!!」








「…ほな行こか。」

「ひっひっひ、、絶対びっくりするぞー。」

「泣きだすんじゃないですか。」

「そ…そうですよ、あんまり怖がらせると…。」

「いいじゃんいいじゃん!面白そうだCー!」

























ガサガサッ



「うわ…っちょ、跡部今なんかいなかった?」

「いねぇし、うぜぇからくっつくな。」

「くっつきたくてくっついてるんじゃないわよ!私だって樺地とかジロちゃんとかがっくんがよかったわよ!



ガッ


「痛い!すんません!痛いからローキックはやめて!」

「ギャアギャア騒ぐんじゃねぇよ、早く終わらせて寝たいんだよ、俺は。」

「そ…それは私も同意見!さ、早く行こう!」

「……てめぇ、まだローキックかまされたいのか。」


ギュっと腕にしがみつく私がどうしても気に入らないようで、
とてつもない目力で睨み倒されてるけど、そんなの気にしてられないんです!
生きるか死ぬかの瀬戸際なんです、この肝試しは!
私が死ぬときは跡部も一緒じゃないとなんか癪にさわるじゃないですか!

だからこの腕組みは「肝試しに便乗してあの跡部君と……☆」とかそういう乙女じみたことじゃなくて、

「私に何かあったときに真っ先にこいつを生贄にして逃げよう…」という至極真っ当な理由なんです。




「…あ、跡部…私達さ何分ぐらい歩いてる?」

「まだ5分ぐらいだろ。」

「で…でもさぁ、ちょっと長すぎない?皆もっと早く帰ってきてたよ?」

「うっせぇな、ここに放置されてぇのか。」

「……っ、邪知暴君め…!」











「なー、達遅くね?」

「…もうそろそろ祠についてもええ頃なんやけどな…。」

「もしかして、道に迷ってるんじゃないですか?」

「ここまで一本道だっていうのに、どうやったら迷うんだよ。」

「それを迷うのがだ。あいつの方向音痴は半端ないからな。」


通過地点の祠に先回りして待ち伏せをするレギュラー陣。
祠に隠れて、近づいたを驚かせようという魂胆だ。
しかし、いつまでたってもターゲットは現れない。









「……ねぇ、跡部…跡部ってば!」

「なんだ、うるせぇ。」

「絶対これ道間違ってるよ!だってもう30分は歩いてるよ?」

「………っち、おい携帯貸せ。」

「え、ないよ。私叩き起こされてそのまま連れてこられたんだもん。跡部持ってないの?」

「………。」

「ちょ…嘘でしょ?!」


先ほどまでの余裕の表情は消え、真面目な顔をしている跡部が怖い。
風も強くなってきたし、ますます闇は深くなっていってるし、
祠なんてどこにもなかった…。
それに、こんなに時間がかかってたグループは1組もなかった。

以上のことから導き出される答えは一つ。


「ま…迷った?」

「………帰るぞ。」


元来た道をずんずん進んでいく跡部。
皆との連絡が途絶え、この深い森に取り残される感覚が心を支配していく。
どうしようもなく怖い。だから肝試しなんてしたくなかったのに…!


「ま…待ってよ!」




ギュッ



「…っ、なんだよ!」

「お…お願いします、跡部様。私だって本当はイヤなんです。

「断る。何が悲しくてお前と手なんか繋がなきゃなんねぇんだよ。」

「な…っ女の子が怖がってるんだよ!?普通、肩の一つでも抱き寄せるもんじゃないの!?」

「いい加減、男としての自分を思い出せ。」

「ないわよ、男としての自分なんか!」



ガサッ


「ううぉぉぁあ!…な…何かいた…。」

「いねぇよ、触んなうっとうしい!」

「ちょ、ダメダメダメ!あかんあかん!たとえ跡部でも、今の私は人のぬくもりがないと怖くて死ぬ!

「………っち。」


あまりにしつこく手を握りしめる私に呆れたのか、
ついには文句も言わずそのままずんずん歩いて行く跡部。

普通さぁ…こういうのって恋の始まりとか、そういう予感あるじゃん?
だけどどうでしょうか、この男の男子力の低さといったら…!

しかし、指を絡めて手をつなぐというのは中々…恥ずかしいな。
ましてや跡部とこんなことしてるなんて…他の奴らに見られたら…私は出家する…!










ま…てよ!

なんだよ……うっとう…しい!




「あ、なんか今声聞こえたぞ。」

「結構近いな……、ん?」

「ねぇ、あっちになんか…あ!あれちゃんと跡部じゃない?」

「…一本道間違うとるやないか…。」


そう、と跡部は確かに一本道をまっすぐ進んでいた。
しかし祠の10m手前で分岐している別の道へ進んでいたのだった。
忍足達が待ち構えている祠を、木を隔ててすぐ隣の道を通って通り過ぎていく跡部と
ちらちらと懐中電灯の光が見える。


「……なぁ、今の、あれ、跡部と…手つないでる?」

「うっわ…ぶふっ、マジじゃん!と手つないでる…!跡部が…!」

「跡部ずるいー!俺のちゃんとったー!」

「おもろいことになってんな…。もっとおもろくしたろか。」

























「…あ!あれスタート地点だ!」


5m先に見えるのは、さっきまで私が立ってたスタート地点のラインだ。
や…やっと帰ってこれた!一時はどうなることかと思ったけど…

…っち、そうとわかったらなんでこんな奴と手なんか繋がないといけないのよ!
早くはなしなさいよ、この金髪ぶた野郎…!



「ちょっと、跡部もう手はなして…」


ガサガサガサッ



「「「「「わぁぁぁあああ!!!」」」」」



「ぎぃゃぁあぁああああああ!」

「っな……ぶ……っ」



ゴールに向かって走り出そうとした、私達の後ろから
猛烈なスピードで走ってくる足音と声に驚きすぎて、

振りほどいたはずの跡部に、つい、抱きついてしまった。




「…っぷ、あははははは!驚きすぎだから!」

「ひぃーーー!腹痛ぇ!どんな声出してんだよ!」



「…な……あんた達…何してんのよ!」

「いいから…はやく離れ…ろっ!」


ベシャァっと地面に投げ捨てられる私。ひどい。
なんかこの肝試しの間に跡部に触れすぎた気がする。
後でもう一回お風呂入らなきゃ…。


「なーんか、跡部とラブラブやったやん??」

「…は…はぁ?なんの話よ。」

「しらばっくれても無駄だぞ、ぶはっ。思い出しただけで笑える。」


ゲラゲラ手を叩いて笑う宍戸にがっくん…
そしてプクっとむくれるジロちゃん…

なんか……今すごい嫌な予感がしてる、私。







ちゃん、跡部と手つないでたでしょー!」



















やっぱり見られてた。





「ちが…違うから!違うよね、跡部!あれは違う!
 ほら、キスと人工呼吸って全然別物ですよね!?そういう感じ!」


「照れなくてもいいってー、なぁ、跡部?」

「向日、お前家族もろとも日本から追い出してやろうか。」






その後も、私と跡部に対する羞恥プレイは続けられ

ついにブチ切れた跡部が何故か私にソバットをかますという始末。

それにまたブチ切れた私が跡部に応戦し、夜の森で大乱闘スマッシュブラザーズ勃発。


あまりの騒がしさに、榊先生に一喝されたことで肝試しは幕を閉じた。






次の日の朝から、昨日の跡部と私の恋人手つなぎスクープ写真を見せつけてくる忍足に

私がタックルをかましたことから再び大乱闘が始まり、またもや榊先生に怒られたのはまた別のお話。





もう本当にマジで出家したい、 15歳 花の女子中学生。