氷帝カンタータ
第9話 たこ焼きシンドローム
今日も無事部活を終えて、部室で黙々と部誌を書いている時のこと。
私を気にもせず周りで堂々と着替える男子達。
私も慣れっこなので特に気にしない。
(ぴよちゃんさまの方をちらちら見てるのがバレて跡部に怒られたけど。)
「…よっし!終わり!うーっ…!お腹すいた!」
部誌を閉じて、思いっきり伸びをする。
これから家に帰ってご飯を作らなきゃなんないのかと思うと
急に、憂鬱な気分になってしまうんだよね。
「ねー、がっくんサイゼリア行こうよ、サイゼリア」
「えー、一昨日も行ったじゃん。やだ。」
シャツのボタンを留めながら、こちらも向かずにがっくんは言う。
こういうとこがっくんはバスっと切るよねー。
優しくないんだよねー。自分の意志に従順というか。
そこが良いところでもあるんだけど。
むー……。仕方ない、かくなる上は…
「跡部、家行っていい?」
「もうお前は二度と敷居をまたがせないって言っただろうが。」
そうでした…。
この前、いい加減ファミレスに飽きた私とがっくんは
思いつきで跡部の家に行ったのでした。
もちろん殴りかかる勢いで跡部に追い出されそうになったのですが、
優しい執事さんが夕御飯ご一緒のどうぞ、
なんて言うもんだから遠慮なくお邪魔したのでした。
まるで高級ホテルのコース料理のような見事な品の数々に興奮した私たちは
あっという間に自分の皿をたいらげ、
やめればいいのに跡部の分まで貰おうと実力行使に出ると
それにキレた跡部と夕飯時に大乱闘になり、
跡部直々に今後で入り禁止を言い渡されたのでした。
けち。おぼっちゃまのくせにけちなんだから…。
そうこうしてる間に、皆は着替えを済ませ
一人、また一人と部室を後にする。
ちぇー、誰も相手にしてくれないんだから。
ぷーっと頬をふくらませながら仕方なく私も帰りの準備を始める。
このテニス部にはなんと女子更衣室がない。
だからいつも全員が出て行った後に着替えないきゃならない。
くっそ、なんで私が最後の戸締りまでしなきゃなんないのよ…!
マネージャーの仕事と言われればそれまでだけど、
酷い日なんか終わってから1時間ぐらいグダグダしゃべってから帰る日だってあるんだからたまったもんじゃない。
「窓OK、電気OK…。よし!」
ガチャッ
「やっと出てきた。」
「うぉぁあ!び…びっくりした、忍足…何してんの?」
「待ってたんや。いくで。」
「え?どこに?」
「とりあえず一旦俺の家やな。ほんでの家。取りに帰らなあかんもんあるから。」
「え、何それ、こわい。」
「…黙ってついてきたらええねん。」
ずんずんと歩き出す忍足をとりあえず追いかける。
なんで忍足の家?何を取りに帰るの?
そ…その後私の家に…?
え、え、それって……
「あの…さ……」
「なんや。」
「忍足はそういうの慣れてるかもしれないけど…」
「は?」
「ていうか、私は忍足にそういう感情抱いたことないからさ…」
「………。」
「わ……私始めては好きな人とって決めて「どつきまわされたいんか。」
「……………違うの?」
「一億円つまれてもとは無理やわ。」
「っな…こ、こっちだってお断りですー!」
何よ…じゃあ何を取りに帰るっていうのよ。
こいつってがっくんや跡部と違って
今ひとつ何考えてるのかわかんない時があるからなー。
・
・
・
「で…でけぇ……。」
「ここで待っといて。取ってくるわ。」
「お…おう…。」
忍足が立ち止まったのはいかにも芸能人とかが住んでそうな
バカでかいマンションの前だった。
…絶対その後ろの、木造のボロアパートに住んでると思ったのに。
こんなオシャレなとこに中学生が住んでいいんですか?
世の中おかしくないですか?
「お待たせ。」
「うん……何それ?」
学校のかばんの代わりに忍足が持ってきたのは高級和菓子店の古びた紙袋。
何やら重そうなモノが入ってるようで、紙袋の底が今にも破れそうだ。
もう片方の手には、よく見かけるスーパーのレジ袋を携えていた。
「家についてからのお楽しみや。」
ぱちっとウインクする忍足。
毎日フェンスに張り付いてる女子なら卒倒するのだろう。
しかし以前からどうも忍足に対して、きゅんっ☆とか、かっこいい☆を感じられない私。
ウインクを見て、つい首をひねってしまう。
「うーん…なんか違うんだよね。」
「何がやねん。どうせまた可愛くない!とか言うんやろ。」
「いや、今のは具体的にいうと鳥肌がたつ程の寒さだった。」
ほらっ、と忍足の目の前に鳥肌がたった腕を見せつけると、
案の定げんこつをくらってしまった。
……フェミニストなんじゃなかったの?
「とりあえずあがってー。」
「おじゃまします。」
見慣れた部屋に今日もまた帰ってきた。
すぐさまクーラーのスイッチをいれ
テレビのスイッチを入れる。
一人暮らしの習慣なんです。誰かの声がないと寂しいんです。
「ていうか、ご飯どうするー?何もないよ?」
「それを作るために来たんや。」
お得意のドヤ顔で、先ほどの紙袋を見せつける忍足。
「……今日はたこ焼きパーティーや。」
「たこ焼き?!」
たこ焼きなんて久しく食べてない私は一気にテンションMAX。
ガサガサと紙袋から取り出された「おうちで!たこ焼きセット」を見た瞬間、
思わずパチパチと拍手までしてしまった。
「うわー!まじで関西人は一家に一台持ってんだね!」
「当たり前や。はよ準備すんで。」
持参したタオルをきゅっと頭に結ぶその姿は、
たこ焼き屋さんのおっちゃんのようだった。本格的!
何事も形から入るタイプの私も、忍足にならって急いでタオルを頭に巻き付けた。
「は混ぜ係や。たこやき粉と卵と水入れてかき混ぜといて。俺、材料切ってるから。」
「いえっさ!」
なんか楽しくなってきた!
普段は誰かが家にきても作るのは私だけだもんね。
一緒に料理するのって、なんか家庭科実習みたいで楽しいな。
私は早速、たこ焼き係長、忍足に言われたとおり、
分量通りの材料をボールに放り込み混ぜる。
ずっと混ぜ続けるというのはなかなか疲れるもので、時々休みながら係長の手元を見ていると
なんとも慣れた手付きで、蛸やしいたけ、こんにゃくをみじん切りにしていく。
へー、たこ焼きってあんなの入れるんだ。
どんな味になるんだろう、楽しみ!
しかし…、なんかあの忍足が台所に立ってるって…
面白い構図だわ…。これがぴよちゃんさまだったら文句ないんだけど、
取り合えず面白いし写メ撮っとこう。
後でがっくんに送ろうっと。
ピロリンッ♪
「……300万円やで。」
「うわ!うわうわ、それ関西っぽいね!
あれでしょ?関西って八百屋で100円〜300円の白菜買っただけで
平均100万〜300万は請求されて、払えないと道頓堀に投げ込まれるんだよね?」
「どんな世界やねん、それ。」
道頓堀に放り込まれるんはカーネルサンダースだけや、
と、手元から目線ははずさずケラケラと笑う。
…こんな風に笑うの始めて見たかも。
いつもポーカーフェイスだし、笑うとしてもいつも、ニタァって感じの変態スマイルだし。
もうテニス部に入ってから随分経つけど、まだまだ知らない顔だらけだったんだね。
しかし、これがぴよちゃんさまだったら…
「、手とまってんで。」
「は…!はい!!」
今度は今まで何度も見たことある顔。
「笑ってない笑顔」経験上この顔が出た時にふざけたりすると
忍足フロージョンというえげつないプロレス技がくりだされるので
世の乙女たちは気をつけてくださいね。
あ、そうだ。がっくんに写メ送らなきゃ…。
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・
from.がっくん
Sub.緊急!
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気をつけろよ!
がっくんからのメールがすぐさま返ってきた。
気をつけろ…?
やだ…、がっくんまで私と忍足がなんかそういう関係になるかもって思ってんの?
本当中学生男子なんてそんなことばっかり考えてるのね!
もー、そんな悪い子にはメール返信してあげません!
「よっしゃー!整いました!」
小さな丸テーブルの上にところせましと並べられたたこ焼きグッズ。
たこ焼き器でしょー、油を引くハケでしょ、それと二人で準備した材料の数々!
早速たこ焼き器に油を引こうと手を伸ばすと、バシィっと手をはたかれてしまった。
驚いて忍足の顔を見ると、そこに居たのは忍足ではなかった。
その鋭い目つきは、まさにたこ焼き統括部長…!
「あかん、まだ油ひくんは早い。座っとれ。」
「は…はい!」
そ、そうだよねここは本場の統括部長に任せて大人しくしていよう。
いつもなら憎まれ口の一つや二つ返す場面なんだけど、
今の忍足はそれを許してくれる状態じゃない。バーサーカー状態。
指先一つでもたこ焼き器に触れれば容赦なく始末する、そういう目をしている。
「よし、そろそろやな。ほな俺が油ひくからはこれ流し込んでくれ。」
「おっけー!任せて!」
統括部長のお叱りをうけないよう、出来る限り丁寧に丁寧に…
一つ一つの穴に液体を流し込んでいく。うん、中々うまくいってるわね。
「……、なめとんか。」
「…え?」
「たこ焼きっちゅーんはな、タイミングとスピードが命なんや!
そんなちんたらぽんたらいれとったら焦げてまうわ!貸せ!」
私からボウルとお玉をとりあげると、遠慮なくびしゃぁっと
たこ焼き器全体に液体を流し込む。
え、そんな雑でいいわけ?
「ちょ…。」
「ええか、この窪み以外の部分は後で形整えていく時にちゃんと、たこ焼きの中にいれるんや。
どこにも無駄な部分なんかあれへんねんぞ、覚えとけ。」
「す…すごい、奥が深いぜたこ焼き!」
ようやくわかってきたか、と言わんばかりのどや顔で頷くたこ焼きグランドマネージャー(昇格)
しかし、家でたこ焼き作ることなんかないから新鮮だなぁ。
「ねぇ、タコは?いつ入れるの?」
「そろそろやな。よし、タコはに任せる。」
「あいあいさー!」
二度も同じ事で怒られるちゃんではないのです!
タコの入った器を受け取ると豪快にたこ焼き器にばらまく!
これが本場のたこ焼きやでぇ!
「あほっ!!!」
ゴチンッとげんこつをされる意味がわからない。
…いい加減私もキレるよ?
「い…っ、何よ!さっき言ったじゃん!」
「タコは一つ一つ入れるに決まってるやろ!常識ないんか!」
「そんな常識知らないから!ちゃんと言ってよね、最初っから!」
あー、お腹も空いてるしイライラしてきた…!
このたこ焼きチーフめ(降格)
もうそんなに言うんだったら手伝ってやらないんだからね。
ぶくっと頬をふくらまし、ごろんとその場に寝転がって
抗議の意志を表してみるも、全然かまってくれない忍足。
……私の方には目もくれず、どんどんたこ焼きをひっくり返していく。
………何よ、何か楽しそうじゃんそれ。
「ちょっと貸して、それ。」
「あかん、お前にはまだ早い。」
「べ…別にいいじゃん、1個ぐらいやらしてくれたって!」
「………ミスんなよ。」
「だーいじょうぶだって!ほーら……よっとっ!」
勢いよくたこ焼きの一つを竹串でひっくり返した……つもりだったけど、
中途半端にたこ焼きの皮がたこ焼き器に張り付いて、見るも無残な状態になってしまった。
「ほらな、言うたやろ。俺がやるから黙って見とき。」
「うー…くっそー…。」
大口を叩くだけあって、忍足の手さばきは見事なものだった。
どんどん出来あがっていく美味しそうなたこ焼き。
焼きあがったものからどんどん私のお皿に入れていってくれる。
うっわー、焼きたて!おいしそう!
「えへへー、いっただきまーす!」
「待ち、。」
「……何なのよもう、食べさせてよ。」
「甘いな…やっぱりは甘ちゃんや。ソースだけがたこ焼きの味付けちゃうねんで。」
「…どういうこと?」
普通たこ焼きと言えば、ソースにマヨネーズに青のりでしょ!
「これや、旭ポンズ。これつけて食べてみ。」
そう言って、少し大きな器にトクトクとポンズらしきものを注ぎ入れる。
たこ焼きに…ポンズー?なんか微妙じゃない?味にパンチがなさそう。
「騙されたと思って食べてみ。」
なんて言うもんだから、とりあえず1つだけポンズをつけて口に運ぶ。
……。
「どや?」
「……何これ、おいしい…。」
「そやろ、そやろ。」
心底嬉しそうな顔した忍足。なんか悔しいけど、これは…これは上手すぎる!
それからというものすっかり旭ポンズの虜になり、気づけばソースよりもポンズばっかりつけて食べてました。
・
・
・
「ふぅ…美味しいけど、これで最後だねー。」
最後の液体をたこ焼き器に流し込み、焼きあがるのを待つ。
もうだいぶお腹いっぱいだわ。たこ焼きがこんな美味しいものとは知らなかったよ…。
ルルル…ルルル…
「…電話や。ちょっとこれ、みとってや。」
「うぃー。」
ベランダの外に出て何やら話しこむ忍足。
それにしても忍足のたこ焼きにかける情熱はすごいよね…。
必死だもん、関西人って皆こんなにたこ焼きに命かけてるわけ?
……そうだ。
じっと焼きあがるのを待っている間、私の中にフツフツとある考えが湧きあがってしまった。
この悪魔的悪戯を思いついた時の私の顔は、ものすごく輝いてたと思う。
忍足がベランダで話しているのを確認して、
私はそっと冷蔵庫の中からあるものを取り出した。
ガラッ
「すまんすまん、どうや。」
「おかえりー、もうひっくり返せると思うよー。」
「よっしゃ、ほなラストいこか。」
意気揚々とたこ焼きをひっくり返していくその手さばきはやっぱり見事である。
「あー…、私もうお腹いっぱいだからこの4個だけもらうわ。」
そう言って、私の手前にあるたこ焼きを4個自分のお皿にとりわける。
残りの8個は、きちんと、忍足の皿にいきわたった。
さぁ、どうなるかな?
「やっぱり俺の作ったたこ焼きは最高やな…んむ……。……なんやこれ…。」
「あははは!ひっかかったー!それはねー、ちゃん特製チョコレート入りたこ焼きでした!おいしいでしょ!」
こーっそり入れておいたスパイスがきいたみたいね!
たこ焼きにチョコレートって中々斬新な発想じゃない?新しいスイーツみたいな感じでさ!
「………。」
「ひー…あっはは…え?」
「たこ焼きを冒涜したな。」
「……え、冒涜?いや…ちょっとした遊び心じゃん。」
突然立ち上がり、じりじりとにじりよってくる忍足が怖い。
あ、駄目だ、この顔知ってる。絶対駄目なやつだ、これ。
「ご…ごめんって!謝るから。」
「謝っても、もうたこ焼きは戻ってけえへんねんや…どう落とし前つけんねん。」
「お…落とし前って、物騒なこと言わないでよ。」
「選ばしたるわ。焼き土下座かサンドバックか。」
「焼き土下座って何、怖い。ど…どっちもやだ…!すんませんでした、反省してます!」
「ほな特別にどっちも体験させたろ。」
「やだぁぁああああ!」
「たこ焼きはなぁ!もっと苦しい思いしてんぞ!チョコなんか入れられてなぁ!」
「なっ…あ…あんたちょっとおかしいよ、なんでたこ焼き視点で話してんの!?」
「じゃかましい!!覚悟せぇよ。」
「い…いやぁぁあああ!」
・
・
・
「おい!、昨日大丈夫だった?」
「……がっくん…。昨日はね、夜通しプロレス技かけられたりしてたよ☆……えへ…。」
「…だから言っただろ、気をつけろって!どうせ、たこ焼きに何か入れたりしたんだろ!」
「…なんで知ってんの?」
「……俺も…、昔それやってさ。侑士に怒られたんだよ。あんな怒った侑士みたの、後にも先にもあの時だけだ。」
「……なんかあいつ、こう…熱くなるポイントがよくわかんないよね。」
「そういう奴なんだよ。」
がっくん、あのね。
今朝警察のお兄さん達が家にきて事情聴取されたんだ。
彼氏から暴力を振るわれてるんじゃないか、大丈夫かって。
昨日の絶叫を聞いてきっと親切な隣人の方々が通報してくれたんだろうね。
近所迷惑でしたよね、本当すいませんでした。
でもね、それだけ尋常じゃない夜だったんだ。
たった一つ、たこ焼きに入れたチョコレート。それが命取りになるなんて。
二度とたこ焼きなんかするもんか。
涙を流しながら誓った、そんな夏の日。