氷帝カンタータ





第10話 トキメキアクアリウム





「ねぇ、私デートがしてみたい。」

「何やねん、俺がわざわざの声に耳傾けた1.5秒を返してくれ。」


相変わらず部活後の部室でダラダラしている彼等に確かに話しかけたはずなのだけど、
さも、くだらねぇといった様子で顔を背けるテニス部の面々。

忍足は舌打ちまでしやがったし、
顔に雑誌をかぶせてソファで寝そべっていた跡部なんかは、
一旦顔から雑誌を持ち上げて、私の方を向いて軽く嘲笑ってから、また眠りについた。
なんかめちゃくちゃ馬鹿にされてる気がするのは気のせいじゃないですよね。


「ねぇねぇねぇってば。」

「もー、なんだよ勝手にデートでも何でもすればいいじゃん!」

「誰がしてくれるっていうのよ!とんちんかんなこと言ってんじゃないわよ!」

「…ごめん。」

「がっくん謝るならデートしてよ。」

「………ごめん。」


やめて、そんな苦々しい顔で謝るのはやめて。
なんで一緒にご飯食べに行ったり、家でゲームするのはOKでデートはそんな渋るんですか。



「…なんで急にデートなんだよ。」

「よくぞ聞いてくれた宍戸。これ!読んだの。」


私がカバンから取り出したのは巷で噂の少女マンガ「君に届きたまえ」
甘酸っぱいっていうか初々しい感じの初恋が描かれた人気作である。
吾輩はこの主人公のような女子学生生活を送りたいと思ったのである。

そこまで説明すると、宍戸は聞いたことを心底後悔したような顔でこう呟いた。



「……その漫画の主人公とお前に共通点ってあんの?」

「………目と鼻と口がある。」

「唯一挙げれる点がそこかよ。」

「もー!何でそんな夢をぶっ潰すみたいなこと言うのよ!この際、宍戸でもいいからデートしてよ!」

「…そ…その日、ばあちゃんが危篤だから無理だわ。」

「勝手に人を危篤にするな。危篤予定とか聞いたことないわ。」


「そ、そうだ長太郎。お前デートしてやれよ、な?」

「え…お、俺ですか?」



ラケットのガット張り替えをしていたちょた。急に話を振られて驚いて振り向く。
ちょたとデートとか出来たら…楽しいだろうなぁ。ロマンチック乙女モードになっちゃうな、私でも。

でもまぁ、ちょたって案外こういう話乗ってこないからなぁ。
ご飯行こうって誘ってもあんまり来てくれないし……ん?いや、違うな。
私からちょたをご飯に誘うってことがあんまりない。
そうだよ、いつも宍戸と一緒だから誘えないんだ。宍戸は超速で帰るから、いつも。

だから、よく考えてみるとちょたと2人っきりで話すことってあんまりないんだよね。
いつも誰かと一緒に居る時だな、意外と。

まぁ、色々考えてるけど…どうせ断られるんですけどね。



「…俺でよかったら……。」

「「「「「え?」」」」」」

「え?あ…あの、デートの話ですよね?」

「そ…そうだぞ、とだぞ?ちゃんと聞いてたか?」



寝そべっていた跡部まで雑誌をずるりと床に落として目を見開いている。
いや…いや、私もびっくりしたけど、何もそんな全員で珍獣でも見るような目で見なくてもさ…


「は…はい締め切った!はい、もう今後のキャンセルは一切無効です!」

「ちょ、待てよ長太郎の気持ちはどうなんだよ!

そんなもん関係ない!一旦はい、って言ったんだから契約成立です!異議は認めん!」

「長太郎、ほんまにええんか?覚悟はあるんか?」

「何よ覚悟って!女の子とデートするぐらい朝飯前よね!?ちょた?」

「え…俺、女の子とデートしたことないんですけど、大丈夫…ですか?」



ラケットを抱きしめ頬を赤らめながら告白するちょたは、可愛さに磨きがかかっていると思う。
ふむ、こやつ自分の魅せ方を覚えてきておるな。
鼻血余裕です、本当にありがとうございました。



「だ…大丈夫!あのね、ちょた!私も初めてだから!初めて同士頑張ろうね、優しくするから!」

「気持ち悪い言い回ししてんじゃねぇよ。」



バシっと私の後頭部目がけて雑誌を投げつけたのは間違いなく跡部。
ふ…ふふ、今の私は100年に1度の大フィーバー状態だからそんなのへっちゃらなのです。
怒りたいはずなのに顔がニヤけちゃって仕方ないよ…!
その顔を見て、また跡部がなんやかんやと罵声を浴びせてるけど、そんなの聞こえない!

ちょたとデートちょたとデートちょたとデート……!

あぁ、ついに私も少女マンガの主人公みたいになれるんだね…!


「じゃあちょた。明日の土曜日ね!朝の6:00に学園横の公園に集合だぴょん☆

はやっ!どこ行くつもりやねん、普通昼頃から集まってランチでも食べるもんやろ。」

「そうなんですか?俺、初めてだから普通に6:00に行くところでした…。」


っち、忍足が余計なこと言ったせいでちょたと一緒に居れる時間が減ったじゃないの。
まぁ、明日はちょたと2人っきりなわけですから?んふふ、邪魔者はいませんから?うへへ。


「……ちゃん、顔がキモイ。」

「ひ…ひどいよ、ジロちゃんなんでそんなこと言うの!」

「…………知ーらない。」


プイっとそっぽ向くジロちゃん。恐らくご機嫌斜めな理由はデートのことだろう。
しかし…しかし今の私が大切にしたいのは、
デートしてくれないジロちゃんより、デートしてくれるちょたなんです…!
恋多き女でごめんなさい!…なんて言うと殴られそうなので、グっとその思いを心に押しこむ。


先輩。」

「ん?」

「明日は12:00に公園集合でいいですか?」

「う…うん、わかった…。」


ニコっとほほ笑むちょたに軽くノックアウトされそうな私。
呆ける私を見て、尚も罵声を浴びせ続けるテニス部のその他諸々。
もう…もう今の私にとってはちょた以外はその他諸々なんです、どうでもよろしいです!




































先輩!おはようございます!遅くなってすいません!」



爽やかな笑顔を振りまきながら走ってくるちょた。
男子学生らしいTシャツにジーパンという、これまた爽やかな格好。

そして、普段は着ないようなゆるふわ☆モテ女子小花柄ワンピースを身にまとった私がそれに応える。


「ううん、今来たところだから大丈夫だよ。」


…っ!…これこれこれ!!
デートの定番と言えばこれでしょ?このセリフからデートがはじまるんです!
私の聖書(バイブル)である少女マンガにはそう書いてありました。


「…先輩、今日は<女子>のコスプレしてるんですか。」

「いや…え、コスプレだと?」

「ふふ…冗談ですよ、可愛いですね。」





ちょ





ちょ…と…、




なんか、ちょた…慣れてない!?女の子の扱い慣れてるよね!?
駄目だよ、こんなの聞いてまへん、忍足はん!(関係ない)
言い返すどころか、たぶん私今顔真っ赤だよ。
がっくんや宍戸が見たら間違いなく大笑いする程の赤面だよ!

やばいちょたと2人っきりだと、どうも会話がもたない…。
私って基本ボケだから、突っ込んでくれないと乗れないんです、大海原に乗り出して行けないんです。
ちょたは悪くないんだけどね、デートでボケようとする私が悪いんだろうけどね。


「…どこ行けばいいのかな、デートって。」

「そうですねー、定番と言えば遊園地…、映画に水族館といったところですか。」

「なんでそんなの知ってんの?」

「……今日の為に調べてきました。」


明後日の方向を向き、照れながら応えるちょた。
序盤から飛ばしすぎじゃないですか?このままだと全身の血液が頭に集中して私、爆発しちゃいそう。

パソコンでちまちま「デート スポット」とか「デート 定番」とかで検索したのかな!
私の為に検索してくれたのかな!
なーんてねっ、うふ、えへ…えへへへ!




「ぶっ……なんて顔してんだよあいつ。」

「っし!気づかれんぞ。」










ん?何か今聞きたくない声が聞こえた気がする。
辺りを念入りに見回してみるけど、人影はない。
私ったら、ちょたと2人っきりだっていうのに他の奴らのことなんて考えちゃって…
いけない、いけないっ☆てへへ☆


「じゃ、じゃあ水族館がいい!」

「俺も水族館行きたいなって思ってたんです。小学3年生以来だなー。」

「へー、そう言われれば私も随分行ってないかも。なんか楽しみになってきたー。」


私よりはるかに背の高いちょたを見上げてほほ笑むと、ちょたもほほ笑み返してくれる。
あぁ…これ、もうこのまま…なんやかんやで付き合えないかな…。
どうにかちょたを彼氏にしたい…そんな欲望渦巻く私の顔をみて、ちょたがまた笑った。









「岳人、聞こえたか?」

「なんか水族館に行くっぽい。」

「ここから一番近い水族館…、あそこですね。」

「……行くぞ、早く乗れ。」

「無事でいてくれよ、長太郎…。」

「俺はちゃんの方が心配だC−。」































「はい、チケットどうぞ。」

「ありがとうございます、土曜日なのにあんまり人いないですね。」

「うん、ラッキーじゃん。絶好のデート日和だねー。」

「…………。」

「…ん?……あ、あ、いや別に変な意味はない…のよ…。」


なんか今私恥ずかしいこと言った?!
なんで沈黙なの、ちょた…。くそ…っ、こんな時忍足大先生の助言があれば…

……駄目か。あいつは気持ち悪いアドバイスしかしてくれないしな。


「あ!最初は水中トンネルみたいですよ。」

「おおおー!綺麗!うわ、見て。サメのお腹の下でコバンザメが一緒に泳いでるよ。」

「本当だ、なんででしょうね?」

「コバンザメはサメの下で一緒に泳ぐことで色んなところに行けるし、餌のおこぼれにもありつけるからね。」

「へー。」

「サメには特に利益はないんだけどねー。面白いよね。」

「…………。」

「…なに!?また何か変なこと言った?」

「いや、先輩の口から学術的な話が聞けるとは思ってなかったので…」

「ば…馬鹿にすなっ!ちょたより1年早く生まれてるんだからね!」

「そうですね、ふふ。」

「もー…、先輩に対する態度がなってないよねー、宍戸の教育のせいだな。」


言いながら自分でもちょっと笑ってしまった。
水族館に来るまでも結構お互い笑ってた気がするけど…
なんか違和感。テニス部といるといつでもサバイバル、いつでも即開戦状態だったから
こんなに穏やかなのが気持ち悪いぐらい。

でも…でもこれがデートなんだよね…!
お母さん、今娘は幸せです…。




「…なーんか、ちょっといい雰囲気なんじゃね?」

「なんか嫉妬しちゃうC〜…。」

「長太郎のペースにのまれて、もなんかいつもより女らしなっとるな。」

「違和感でしかないですね。」

「…おい、動いたぞ。」








「お、次はなんか暗いよ?あ、深海に住む魚のコーナーだって。」

「あ、これってタカアシガニですよね。図鑑で見たことある。」

「すごー、なんかポケモンみたいだね。」


少し薄暗い館内。
水槽にへばりついて魚を見つめていると、ふわっと背後にやわらかい感触が。


「先輩、あれ見てください。ミズダコですよ。」


ちか…近い近い近い…!
なんでこんな広いのに、後ろから覆いかぶさる形で覗きこむ必要があるんですか。
お姉さんをからかうのはおよしなさい、ちょた…!

どうしようもなく恥ずかしくなった私は水槽から目線を外せなかった。


「ミ…!ミズダコ…は、世界最大のタコの仲間で、足を広げた大きさが最大3m、体重が30kg以上になりますっ!」

「………先輩、本格的にすごいですね。」

「べっ別にあんたの為に覚えてきたわけじゃないんだからねっ!」

「ふふっ、なんですかそれ。」

「い…いいから、次行くよ、次!」


スルっとちょたホールドを潜り抜け、照れ隠しのためにちょたの腕を強引に引っ張ってみる。
そんな私を見て、まるで幼い子供でも見るかのような目でほほ笑むちょた。
おかしい。私の方が年上なはずなのに完全にちょたに翻弄されてる気がする。

このままじゃ駄目だ。どげんかせんといかん。先輩の威信にかけて。




「……なぁ、もうあいつら付き合えばいいんじゃね?」

「駄目にきまってるC−…。何馬鹿なこと言ってんの、宍戸。」

「こ…こえーよ、冗談だよ…。」

「…鳳もまんざらじゃないように見えますね。」

タジタジやもんな。やるやん、あいつ。」








「わー、ここは色んな魚がいっぱいいる水槽だね。」

「俺、マンボウって好きなんですよねー。見た目がのほほんとしてて。」

「ちょた…それマンボウの生態をきちんと知った上での発言なの?」

「…え?」

「まずさ、のほほんとしてって言ってるけど、マンボウの皮膚にはおびただしい数の寄生虫がついてるからね。

「………え…。」

「それを振り落とすためにさ、海面からジャンプするんだけどね、」

「はい…。」

「その時の着水の衝撃で、マンボウ死ぬからね。

「えっ!」

「あと、ここの水族館ではマンボウ飼育されてるけど、マンボウの水族館での飼育ってすっごく難しいんだよ。」

「それは、なんでですか?」

「マンボウね、水槽のガラスにぶつかってね、死ぬんだ。

「…俺…、マンボウのこと誤解してました。」

「うん…。マンボウって、過酷な運命を背負った生き物なんだよ…。あとなんとなく生き様ががっくんに似てるよね。

「……っぷ。」

「がっくんもさ、ジャンプした後の着地で地面にぶつかって死ぬんじゃないかって思う時あるんだよね。」

「…向日先輩のこと見ながらそんなこと考えてたんですか。」

「うん、マンボウ見るとがっくん思いだすわ。」


ガラス越しのマンボウとじーっと目を合わせていると、
ゲラゲラと笑う声が後ろから聞こえてきた。


「…そんなに面白かった?」

「はい…。ふふ、やっぱり先輩って変ですよね。」

「変!?え、何どこが!?ちょ…もう1回リセットして水族館の初めからやり直していい?」

「ゲームじゃないんですからリセットできませんよ…ふふっ。」


…まぁ、ちょたが笑ってくれてるからよしとしよう。
さてさてお次は…って、あ…もう終わっちゃうんだ。


「次はどこ行きますか?先輩。」

「え…。」

「まだ時間はありますから、そんな顔しないでください。」


え…何これ、どこの乙女ゲー?
こん…こんな王子キャラだったの、ちょた!?
いつものあのふわモテ☆毒舌キャラはどこに言っちゃったの?
いいんだけれども!こっちのちょたのほうがいいんだけれどもね!心のね!準備がさ……



「ちょ…ちょたさぁ、今日はどうしちゃったの?」

「…今日は?」

「ほ、ほらいつもはもっとなんかザクっと私の心をえぐるようなキャラじゃん?

「…なんででしょうね。」

「へ?」

先輩って…、日吉や樺地にはご飯誘ったり、家に誘ったりするのに…俺は誘ってくれないじゃないですか?」

「え…それは、ちょたが宍戸とセットだから誘えないだけで…。」

「ふふ、わかってます。でも…なんとなくそれが寂しかったんだと思います。」

「………。」

「だけど、今日は先輩が初めて俺を選んでくれたから…ちょっと浮かれてたのかもしれないですね。」



これは…








これは、昨日読み返した少女マンガに書いてあった…











私が夢にまで描いたタイミング…













ちゅーするタイミングですよね





「ちょ…ちょた…。」

ちゃん、何しようとしてんの?」


















え?









「う…うっわぁ、ジロちゃん!?」

「俺もいるぜ!」

「俺もおんで!」


「長太郎大丈夫か!?」

…、てめぇ今何しようとしてたんだよ。」



「あ……あんた達…、何してんのよ!」

「宍戸さん達、やっぱり来てたんですね。」

「やっぱりって…ちょた知ってたのー?!」

「いや、水族館に入るときにリムジンが外に止まってるのが見えたんで…もしかしたらって。」

「わ…わかってたのに、ちょた…なんか…なんか恥ずかしいことさらっと言ってなかった!?」

「…今日はデートだから、いいかなって。」


ペロっと舌を出すちょたに我慢出来ず飛びつこうとしたところを
ジロちゃんをはじめ全員に全力で取り押さえられてしまいました。

「逃げろ!長太郎!」とか言ってるけど、別に襲おうとか思ってないから…!
ただちょっと愛を確かめ合いたいだけなのになんで、邪魔者が入るのよ…!



「長太郎、デートしたことないんやったら言っといたるわ。」

「は…はい?」

「まずな、普通の女は魚の解説なんかせえへんからな。

「な…何よ!教えてあげただけだもん!」

「普通は、わー☆おっきー☆とか、かわいいねー☆とかや。それがはどうや。マンボウの生態解説しかしてへんやないか。

「ぐ…っ。」

「あと、ギラギラした顔もキモかったぞ、!」

「何よ、ギラギラした顔って!」


依然として私の腕を抑えつけながらがっくんが囁く。


「最後…お前、ちゅーしようと「ぎゃぁぁぁあああ!してないしてないしてない!!」

「いーや、してた!俺真正面からちゃんがむちゅーってしてる顔みたもん!」

「ジ…ジロちゃんは黙ってなさい!」

「黙ってないもん!ちゃんの変態スケベ!!

「すいません…、私がやりました、自首します…。」

「…見張りに来てよかったぜ。」

「跡部…、あんたね私の恋路を邪魔したのは…何で邪魔すんのよ!」

「当たり前だ、うちの大切な選手がトラウマになりかねないデートなんかに巻き込まれたら困るだろうが。」

「トラウマになるデートってどんなのよ!」




結局そのまま全員から変態の汚名をかぶせられた私は、
デートの即刻中止を跡部に命じられたのでした。

そして、何故か全員でランチをして全員でゲーセンに行くという
トキメキもクソもないような1日を余儀なくされたのでした。


帰り際にちょたが一言、「また水族館行きましょうね」って耳打ちしてくれたのが唯一の救い。

その言葉に鼻の下伸ばしてデレデレしてたら、また跡部やジロちゃんに罵倒されましたけど、負けない。





こうして、私の念願のデートは夢幻に消えたのです…。




早く女の子になりたい……!