氷帝カンタータ
第11話 スパルタロマンティック
「ねぇ、なんで?」
「何がだよ。主語を省くな、主語を。」
ある日の部活後。
皆が帰った後の部室で、いつものようにせっせと部誌を書いていると
宍戸が部室に舞い戻ってきた。何か忘れ物でもあるのかと聞くと、そうではないらしい。
宍戸が言うには、テニスコートの前で女の子が忍足に告白中らしく、
タイミングが悪かった宍戸は、テニスコートから出るに出れなくなってしまった、とのこと。
「だからさぁ、あいつがモテる今の世の中の流れがおかしくない?」
「…別に、不特定多数にモテたって意味ねぇだろ。」
「………。」
「…なんだよ。」
「宍戸、初めて良いこと言ったね。」
「初めてってなんだよ、今までも言ってるだろ!」
「いや、今まではどこかズレた寒い天然発言しかしてなかった、君は。一つ大人になったね。」
「あー、うざい。」
「なっ…そういうこと言うから宍戸はモテないんだよ?」
「……よりはモテてるけどな。」
かぶっている帽子をソファに放り投げ、ごろんと横になる宍戸。
まぁ、モテなくはないと思うけどやっぱりこの氷帝ホストクラブの中では下位打線なのよねぇ…。
「宍戸さ、恋愛したことないでしょ。」
「うっせ。だってないだろ。」
「いーや、ある。」
はっきりと言い切る私に、宍戸は怪訝そうな目を向ける。
なんだ、その目は。宍戸には容赦しないよ、私。
「…どんな恋愛だったんだよ。」
「……相手はさ、売れっ子アイドルで「お前それゲームの話じゃん。」
「ゲ…ゲームだけど私は真剣に恋してるもん!」
「そんなのノーカウントに決まってんだろ!」
いやいや…恋愛ゲームで重ねた経験値があるのよ、私には。
跡部や忍足が何人と付き合ってきたか知らないけどね…
私は一晩に5〜6人彼氏作ったことだってあるんだから!(ゲームで)
それに…ちょっとムフフな体験だってかじってるんだから!(ゲームで)
恋愛初心者のあなたとは違うんです!
「…宍戸、恋愛ゲーム馬鹿にしてんの?」
「してるよ。」
「よし、こい、かかってこいよ。」
臨戦態勢です。私の彼氏達、総勢10名以上を馬鹿にするなら許しません。
大体、女心の一つもわからない宍戸にゲームとはいえ恋愛偏差値で負けるわけがないじゃない。
「いた…ちょ…いったい!ばか、痛い!」
ほら、平気で女子に四の字固めするんですよ?無言で技かけてくるんですよ?
どうですか、こんな男を彼氏にしちゃったら毎日暴力に泣きながら生活しなきゃならないんですよ!
仕事もせずに、昼間はカップ酒を飲みながらパチンコへ行き
夜に返ってきたと思えば、パートでこつこつ稼いだお金を奪い…
あげくのはてには妻に平気で四の字固めをする…
そんな将来の宍戸が見えてくるようではありませんか、どうですか。
「全部声に出てんだよ!」
バシッと軽く頭を叩かれる。
一通り満足した様子の宍戸は、またソファへどかっと座り、こちらを睨んでいる。
宍戸は…技をかけてきたりするけど、跡部よりは力を加減してくれる。
そこは認めるよ、男気があるんだなって…。
ただ、跡部、あいつはダメ。頭のネジが8本ぐらい抜けちゃってるから、あいつは。
「…本当さぁ…、忍足や跡部がモテて私がモテないのはおかしいよねぇ。」
「お前、どこからそんな訳のわからない自信がわき出てくるんだよ。逆に尊敬するわ。」
「だーって…宍戸もさぁ…少なくとも跡部よりはいい男だと思うよ。」
「に言われても全然嬉しくないけど、どうも。」
「…私は悔しいよ。学園に在籍する女子の中でアンチ跡部なんて本当少数派だもん。マイノリティ。」
「そりゃそうだろ…。」
「…よし、決めた。私は宍戸を推していくよ。推しメンにするよ。」
「結構です。」
心底迷惑そうな表情でソファに突っ伏す宍戸だけれども、
一度決めたことは中々諦めない性質なんです、私。任せてよ、宍戸!
私があんたを総選挙1位に導いてあげるからね…!
「そうと決まれば、いくよ!」
「どこに。」
「私の家!」
「……お前って一対一で話すとすげぇ面倒くさいよな。初めて日吉の気持ちがわかったわ。」
「面倒くさいとか言わないの、馬鹿!私が鍛えてあげるから!」
渋る宍戸の荷物を奪い去り、部室の戸締りをして帰路へつく。
ぶつくさ文句を言いながらも大人しくついてくる宍戸。
晩御飯作ってあげる、と言うと手のひらを返したように笑顔になる宍戸。
……慣れるとイイ奴なんだけどなぁ…。
如何せん第一印象が悪い。女の子だろうが平気で睨むからなぁ、癖なんだろうけど。
しかし、今夜のちゃんの秘密の☆レッスンで君は学園1のモテ男に生まれ変わるんだよ…!
・
・
・
「はい、できた。」
小さな丸いテーブルに並ぶ、二つのお皿。
今日のメニューは厚切りベーコンのカルボナーラ。オシャレでしょ。
まさかこんなおしゃれカフェのようなメニューが出てくると思ってなかったのか、
宍戸は目をぱちくりさせている。
「…って料理できたんだな。」
「これも恋愛偏差値の高さの表れよ。ふふん。」
「…もっと山賊丼みたいなのが出てくると思ってた。」
「なんだよ山賊丼って、どんな豪快男料理よ。」
「本当、じゃなかったらなぁ…。」
はぁ、と大げさなため息をつく宍戸のお皿を取り上げると、
すぐに土下座してきた。ふむ、やはり男を落とすには胃を攻め落とすのが1番のようね。
「食べ終わったら特訓するからね。」
「あー?特訓て?」
「決まってるでしょ、宍戸を氷帝NO.1ホストにする特訓よ。」
「…目指してねぇし。」
「あんたが目指してなくても私が目指してるの!跡部の独裁政治を許していいの!?」
「別に興味ないからなー、その辺は。」
しかし、うめぇなとか言いながらむしゃむしゃパスタを食う宍戸。
こん…の、草食系男子め…!
そんなんだから肉食ハイエナ男子の跡部や忍足に負けちゃうのよ!
決めた、絶対決めた。
今年の氷帝NO.1は宍戸がもらう。
そして跡部の悔しがる姿を拝んでやるんだから…ふはは…!
「……おい、なんだよこれ。」
「見てわかんないの?ドキドキメモリアルよ。」
強引に宍戸にコントローラーを握らせ、スタートボタンを押すと
画面いっぱいに映し出される可憐な少女たちの姿。
この子たちを全員落とした時…宍戸はきっと学園イチの色男に成長していることでしょう…。
「…なんでこんなの持ってんだよ、は。」
「細かいことは気にしないの。それより、どうすんの?どの子にするの?」
「どの子って……どれでもいい「そういう受け身の姿勢が駄目なの!」
「………。」
「今の女の子はねぇ!自分を引っ張って行ってくれる王子様を求めてるの!
だから跡部みたいなベクトルを激しく間違ったような俺様野郎でもモテてるの!わかる?」
「………じゃあ、こいつ。」
私の迫力にうんざりした宍戸が渋々とカーソルを動かし、選んだ女の子は
高円寺真琴ちゃん。ボーイッシュだけど巨乳なお元気娘だ。
「…あんた…マニアックね。」
「うっせぇ、で、どうすんだよこっから。」
「流れに身を任せる!選択肢が3つずつ出てくるから、自分が良いと思ったもの選ぶの。」
「めんどくせぇなぁ……。」
【「亮君!今度、一緒に出かけない?オシャレしていくからさ!私お魚が見たいなぁ…」】
【よし、じゃあ水族館へ行こう】
【それより、俺の家でゲームしようぜ】
【魚釣りでも行くか】
「なーんだ、簡単だな、これ本当にゲームなのかよ?」
【魚釣りでも行くか】
【「……やっぱり、いいや。今度にしよう。」】
「あのさぁ……。」
「なんだよ、今の正解だろ?」
「いや…いや、いいわもうなんか一周回って残念だわ、あんた。」
【「ねぇ、亮君…私って…やっぱり女の子っぽくない…よね…?」】
【そんなことないぜ、俺にとっては可愛いお姫様だ。】
【うん、お前みたいな男らしい奴他にはいないぜ。】
【女の子っていうかもう、男友達みたいなもんだな。】
「えー…と、これだ。」
ピッ
【うん、お前みたいな男らしい奴他にいないぜ。】
【「ひ…ひどいよ亮君…最低!うわぁあん…!」 BAD END】
「………。」
「…あれ?終わったのか?これ。」
「あん…たねぇ…、マジでやってる?」
「何がだよ、真面目にやったじゃん!」
駄目だこの子、壊滅的にセンスがない。
そりゃモテないわけだわ。
さっきから2時間はやってるけど、これでフられたの5人目だからね。
初めて見たよ、ゲームでもモテない人。
よし、指導方法を変更しよう。
自分では女心を理解することなんて到底無理そうだから…
誰かの真似をさせればいいわけだ。
・
・
・
次の日
「おっす!おはよう、宍戸!!」
「おはよー、がっくん。」
「…やぁ、おちびちゃん。」
「……え、何、何言ってんだよ、宍戸。殴っていいの?」
「うわぁあ!ちょ…ちょっと待って、がっくんこれには深い訳が…。」
ドンッ
「キャッ…ご…ごめんなさい!」
通りすがりの女の子が宍戸に勢いよくぶつかり、尻もちをついてしまった。
いつもの宍戸ならぶっきらぼうに「気をつけろよ」ぐらいだろうけど、
私が育成した、ネオ☆宍戸は一味違うわよ…!
「…大丈夫かい、レディ…その可憐な体に怪我はないかい?」
「へ…?」
宍戸に手をひかれた女の子は顔を真っ赤にして立ち尽くしている。
「それじゃぁ、またね、子猫ちゃん。」このセリフまで言い切った宍戸は
颯爽とその場を去った。女の子は放心状態で、心なしか冷や汗をかいているように見えるけど…
あれは落ちたな…落ちたはず…あんなこと言われたら、私なら笑いすぎて体中からなんか液体が飛び出そうだけど
普通の女の子なら…落ちた…はずだよ…ね…(不安)
「……宍戸…その調子よ!」
「え…なんだよ、おい…宍戸何言ってんの!?お前どうしちまったんだよ、めちゃくちゃキモイぞ!跡部よりキモイ!」
「っちょ…がっくん、いいから!あとで事情を説明するから!」
ぎゃーぎゃー騒ぐがっくんを振りほどいて、宍戸と私は次なるターゲットを探す旅に出た。
宍戸はなんか完全になりきってるし、私は面白いからいいんだけど…
宍戸が何か大切なモノを失っていってる感は否めないよね…
「あ…あの!宍戸先輩!」
廊下を歩いている私達の前に飛び出てきたのは、1年生ぐらいの可愛い女の子。
手に持っている薄いピンクの封筒から察するにこれはおそらく、告白だろう。
私は光の速さで物陰に隠れ、ネオ☆宍戸の対応をうかがった。
こういう場面は大事よ…!氷帝NO.1になるには、ここでかっこよさをアピールしつつ
上手くかわすという神業をやってのけなきゃならないんだから…!
「ず…ずっと見てました!この手紙読んでください!」
「…ありがとう、レディ…。」
「レ…?」
「だけど、ごめんよ。俺は皆のモノなんだ。ただ、君の心に火をつけた罰は受けるつもりさ。」
女の子の手をとり、パチっとウインクする宍戸。
あかん…想像以上…予測不可能な域まで成長しすぎて、笑いがとまらないよ、宍戸…
声を出さずに笑いすぎて顔面神経痛になりそうだよ宍戸…
「あ…あの、あの…私…出直します!」
バタバタと焦った様子で廊下を逃げるように走っていく女の子。
「………。」
「ぶふっ……な…何よ。」
「…俺は、段々と自分の社会的信用が失われていってる気がするんだけど大丈夫だよな。」
「だ……大丈夫大丈夫!あんたが今真似してるキャラは世間の乙女を震撼させるほどの色男キャラなんだから!」
数週間後
宍戸の隠れファンの子達の間で
「宍戸が新興宗教にハマっておかしくなった」とか
「なんとなく宍戸先輩に魅力を感じなくなった」とか
「ぶっちゃけあのキャラ、イタイよね」とか囁かれているのを耳にした宍戸が
怒り狂って、私の家を襲撃した。
土下座して謝る私に容赦なく掴みかかってきた宍戸はちょっと泣いてるようにも見えた。
ごめんなさい、真面目な宍戸を利用して面白がってごめんなさい。
やっぱりいつもの宍戸でよかったんだよ、きっと…って言ったらもう一発殴られた。