氷帝カンタータ





第14話 プリズムフェイク





「好きです、さん!僕と付き合ってください!」


これは夢?
もしくはテニス部親衛隊から送られた刺客?

今日も今日とて、真面目なマネージャーである私はテニス部の仕事をしていました。
コートの外に散乱したテニスボールを集めていたんです。
時折、宍戸にボールをぶつけられたりもしました。
私がせっせと集めたテニスボールのかごを狙って忍足がスマッシュを決め、
またボールが散乱してしまったのをきっかけにどつき合いに発展したりもしました。

そんな普通の「今日」を送っていたのに。
まさに青天の霹靂。

部室のカギを閉め、さぁ帰ろうとしているところに現れた1人の男子。
さらっとした長髪が特徴的な、どこか中性的な男の子だ。
ただ、綺麗な顔の割にはどこか変というか…オーラが変な気がする…
まぁ、でも見た目で判断しちゃいけないってことはこのテニス部に入って学んだ1番の教訓ですから。
人間大事なのは、中身です。
私のことを「好き」って言うんだもん、いい人に違いないよね。


「え…えーと、あの……あなたは跡部さまに抱かれ隊幹部からの差し金ですか?

「ち…違うよ!僕は本当にさんが好きなんだ!!」


興奮気味に詰め寄ってくる男の子に、一歩退いてしまう。
な…なんかテンション高いな、この子。


「…ありがとう。君に幸あれ…!

「え、じゃあ付き合ってくれるの?」


さらに興奮気味の男の子についにドアまで追いつめられてしまった。
ちょっと…ちょっと怖い…ぞ…?鼻息の荒さがなんとも…。
っていうかポシティブすぎるだろ、なんか会話が成り立たないよ、ママー!!


「ちょ…ちょっと付き合うとかは…、ほら私ってアイドルだから…。」


ガシッ


「……っ。」


ついには両手を掴まれてしまった。
あぁ、これが跡部なら…跡部ならみぞおち蹴りの一発でもかませるんだけど

なんでだろう、おかしいな。体が動かない…。


さん…僕だけのアイドルになってほしいんだ…!君があんな男たちに囲まれてるなんて我慢できない…!」

「ちょ…、はな「てめぇ、何やってんだよ。」


颯爽と現れたのは、跡部だった。
男の子は一瞬ひるんだものの、私から離れようとしない。


「……おいそこのお前、なんか悪い薬でも飲んだのか?

「いや、この状況見てそのセリフはおかしくないか、跡部この野郎。」

「……君はさんの何なんだよ。関係ないならほっといてくれないか。」

「……あ〜ん?」

「か…関係なくないよ!







 あ…跡部は私の彼氏だもん!!」









「…………あぁ?」




そんな盛大な疑問顔やめてください、状況判断してください。
そしてカバンを投げつけようとかまえるのはやめてください、空気をよんで下さい。



「…さん、それ嘘だよね?」

「いや、ま…まじです!ね!跡部!」

「てめぇ、頭おかしく「ね?!跡部!?」

「………っていうか、お前は誰なんだよ。」


さらりと私の発言を交わして、男の子に問いかける跡部。
どうしても認めたくない様子です。っこのバカたれ…空気よめ、空気よめ!!!


「名乗る必要なんてない。お前はさんの彼氏なのか?」

「…………だったらなんだよ。」

「嘘に決まってる。さんがお前みたいなヴィジュアル系崩れ相手にするわけないだろう。」

………ああ?」




……うわー、跡部…怒ってる怒ってる…。
この男の子の中で、私>跡部なのが許せないんだろうな、拳握りしめすぎだから、怒りすぎだから。

で、この男の子のセンスもすげぇな。
跡部に対してヴィジュアル系崩れって…、跡部さまに抱かれ隊の方々が聞いたら存在もろとも焼き討ちにされるよ。



「ば…馬鹿言ってんじゃないわよ!私はねぇ、跡部しか愛せないの!」

さん、照れなくてもいいんだよ。僕にヤキモチを妬かせたいだけなんだよね?こんな男、さんに全然釣り合ってないじゃん。」

「駄目だこいつ、早くなんとかしないと!跡部ーー!助けてー!」


ドカッ



「…っう、な…何するんだよ!」


一瞬大きな音がしたかと思うと、男の子は地面に崩れ落ちていた。
どうやら跡部が足で男の子を蹴り倒したみたいだ。……相当怒ってるな、これ。



「てめぇ…さっきの言葉、訂正しろ。」

「ヴィ…ヴィジュアル系く「違う。こいつと俺が釣り合ってないとか、ぬかしやがったところだ。」

「……だ…だって本当のことじゃないか。」

「ああ、本当のことだ。どうみてもこいつが俺に釣り合ってないだろうが。

「…お前、本当にさんの彼氏か?」


改めて顔を思いっきりしかめる跡部。
もう、ちょっとこの男の子が怖すぎて半分涙目の私の必死のアイコンタクトに気づいてるのか、いないのか。


「……そうだって言ったら?」

「証拠を見せろよ。」

「しょ…証拠?」


もういいじゃん、後で私がどんな目にあわされると思ってんのよ、この子…!
跡部の顔に青筋が浮いてる。これ以上刺激を与えては駄目だ…!マジで君の人生も私の人生も終わるよ…!



「……、帰るぞ。」

「……ほ?」


……おかしい、いつもならこんな自分が侮辱されるようなこと言われて黙ってるはずないのに。
強引に私の手を引いて、逃げるようにテニスコートを後にする。
私達の後姿を見て、男の子が叫ぶ。


「明日からも見てるからな!絶対嘘だってこと暴いてやる!」












「ちょ…ちょっと、跡部!」

「…早く乗れ。」

「うわっ…!」


強引に校門まで私を引き連れてきたかと思うと、
投げ入れるようにして跡部の送迎車に放り込まれる。


「な…何なのよ!」

「…今日はこのまま連れて行くぞ。」

「…………どこに?」

「俺の家に決まってんだろうが、バカかお前。」

「わーい、跡部の大きなおうち嬉しいなーって、あんたがバカか!なんでいきなりそうなるのよ!」





「見てなかったのか、あいつ片手にスタンガン持ってたぞ。」















サッと、血の気が引くのを感じた。
うわ…うわうわうわ、それは…ガチでヤバイ人じゃないですか…
あそこに跡部が通りがからなかったら………


「…蓼食う虫も好き好きだな。」

「…あんた、このタイミングで女の子に言うセリフじゃないでしょ、それ。」

「助けてやったんだ、感謝はされても文句言われる筋合いはねぇ。」


確かにそうだ。不覚にも私は今跡部に助けられている。
だって、こんな状況で1人で家に帰るなんて怖すぎるもん。
……こういうところは、さすが跡部とでも言うべきか。言いたくないけど。


「…どうすればいいと思う?」

「いつもみたいにジャーマンスープレックスの一つでもかましてやれば目が覚めんだろ。」

「……私、馬鹿は怖くないんだけど、ああいう何するかわからない系男子は怖いんです。」

「てめぇ、ナチュラルに喧嘩売ってんじゃねぇよ。」


「…そんなヴィジュアル系崩れの跡部さんに提案なんですけど。」

「降りろ。今すぐ降りろ。」

「ごめんって。…あのさ、あの子が落ち着くまで彼氏彼女ごっこしない?」

「断る。俺の名誉に関わるだろうが。」

「そう言うと思ったけど!しかし命には代えられないのよ!あんただって私が危ない目にあったら嫌でしょ?!悲しいでしょ?!」

「……………。」

「ねぇ、何悩んでんの?悩むとこじゃないから、そこ。」

「まぁ、コキ使える奴が減るのは得策じゃない。」

「うん、激しく抗議したいけど抑える。私、頑張ってあんたへの闘争心を抑えるから。


こんな調子で、彼氏彼女のフリができるとは到底思えないけど
でもやらないと、やられる…!スタンガンとか反則でしょ、犯罪じゃん…。
一応女の子なんです。跡部にそんなこと絶対悟られたくないから、強気に振るまってますけど…

えへ、震えが出ちゃう、だって女の子なんだもん☆




























「おはよう、仲良く一緒に登校?」

「……当たり前だろうが。」

「お、おはよう。」


昨日、幾度かにわたる激しい罵り合いを乗り越えて私達、晴れて偽装カップルとなりました。
テニス部員に勘違いされたら、跡部も私ももう二度と太陽の光を浴びれない程のダメージを受けると思うので
前日に事の顛末をメール済。

それを知らない親衛隊の皆さんは朝からメラメラと睨みを利かせてますが、今は何よりもこの作戦をやり遂げることが大事。
あまり長く続けてたらボロが出るだろうから、なるべく短期決戦であの男の子を諦めさせる…!



「あれ?カップルなのに手つながないの?」

「やっだー!つなぐに決まってんじゃん!朝っぱらからいちゃつきすぎるのも悪いかなーって思っただけよ!」


ぎゅっと思い切って跡部の手を握る。
ぞわっと、お互い腕に鳥肌が立つのを感じたけど今更後に引けないんだから。


「……ふーん。」


どうやら諦めたのか、男の子は別の階へと去って行った。


「…おい、いつまで握ってんだ気持ち悪い。」

「あんたこそ離しなさい…っよ!」


お互い、腕がちぎれるかと思うほどの勢いで手を離す。
ふぃー、慣れないことするもんじゃないわね。
手を離した今でさえ、まだゾワゾワしてるんだもん。













「あれー?カップルなのに一緒にご飯食べないの?」


わざわざ私の教室までやってきた男の子。
どこぞの子供名探偵のような口調でわざとらしく聞いてくるのがまたイラつかせる…。
誰のせいでこんなことになってると思ってんのよ…。
もうマジでなんかの罰ゲームやらされてるとしか思えない、私。


「た…食べる食べる!今からけーたんのとこ行くんだぁ、たっのしみー!」


う…うんうん、我ながら完璧の演技!
後ろから鋭い疑いのまなざしが向けられてる気もするけど、大丈夫!やり切ることが大事なんです!







「……は…はい、けーたん!あーん☆」

「………。」

「も…もー、けーたん顔が怖いぞぉ!ほらほら、いつもみたいにお口あけてよ!」

「……貸せ。」


すっと私の手からたこさんウインナーがささったフォークを奪う跡部。
隣ではあの男の子が私達の様子をじっと観察してる。…気まずい。


「…ほら、口開けろ。」

「な…なにを…。」

「俺様が食べさせてやるって言ってんだよ。」



にたぁっと笑う跡部の顔が心底憎い。

っく…あーん☆させられるのがこんなに屈辱だなんて知らなかった…!
確かにこれは意地でも口を開けたくない…!
さっき跡部が能面みたいに無表情だった理由がわかる、今ならわかる…!
がっくんやジロちゃんに食べさせてもらうなら喜んで食べるけど、
こいつに…跡部なんかに食べさせられるなんて…私のプライドがゆるしまへん……!

しかしそんなことおかまいなしに、私のくちにグリグリとウインナーを押し当ててきやがる、鬼。もとい跡部。


「…恋人なのに恥ずかしいの?」

「は!恥ずかしくないから!こんなのいーっつもやってるんだから!あ…あーん!」


パクッ


「…よくできました。」



無駄に良い顔でほほ笑む跡部。いらないんです、そんなキメ顔ティッシュにくるんで捨てたいぐらいいらないです。
周りでは跡部親衛隊が、ぎゃぁぎゃぁ騒いでるし、生きた心地がしないよ。

後で…後で絶対仕返ししてやる…。覚えておきなさい…!
仕返しにアツアツのおでんを食わせてやる…そして煮えたぎったこんにゃくを顔にぶつけてやる…





























「今日一日君たちのこと見てきたけど、まだ疑いは晴れないんだ。」


部活が終わった後、部室の中まで入り込んできた例の男の子。
レギュラー陣全員が含み笑いで見守る中、私と跡部はソファに座らされていた。



「…どう見たってカップルだったでしょ!?あんたどこ見てたのよ!」

「だって、2人とも笑顔が常に引きつってるし。」


指摘されて、また顔がひきつってしまった。
…なかなかよく観察してるじゃない、こいつ。


「……どうすれば認めるんだよ。」

「…そうだね、ここでキスしてみてよ。」



ブフーッブハッ


こらえきれなくなったレギュラー陣がそこら中で笑い転げてる。
ちょ…ばれるから!私の血のにじむような努力を水の泡にする気か!



「自分、おもろい提案するな。ええやん、キス。」

「そうだよ!いっつもやってるみたいにやれよ、跡部!



相変わらず楽しめるモノは全力で楽しむ、お祭り精神の氷帝男子テニス部。
信じられますか、笑いの為なら他人の人権さえ無視するんですよこいつ達は。



「できないなら、さんは僕と付き合ってもらうから。」

「…っぶふ、お…お前、なんかと付き合って何するつもりだよ。あっはは!!」

「ナニするつもりだけど?」










し…真性の変態や!!!!!

やめてください、私を性の対象として見るのはやめてください!

全員ポカーンとするのもやめてください!私とナニするっていうのが想像できなさすぎて

思考回路がショートしてるんでしょうね!失礼な野郎ども!




「あ…跡部、ここは覚悟を決めてください。」


がしっと跡部の肩をつかんで臨戦態勢に持ち込む。
跡部に激しくガンとばされるけど、もう後には引けないよ。
これが出来なかったらあの変態っ子と付き合わなきゃなんないのよ?


「…てめぇ、マジで言ってんのかよ。」

「だ…だって…。」

「断る。」

「じゃ…じゃあ、私があの子とちょめちょめすることになってもいいって言うの!?

「薄気味悪いこと想像させてんじゃねぇよ。」

「この薄情者!いいじゃない、別に減るもんじゃないでしょ!!」

「いや、確実に減る。お前とキスすると自尊心的な何かが減る。

「わ…私だって出来るならしたくないわよ!何が悲しくて跡部なんかと…!」

「自分の立場理解してんのか?俺とお前じゃ、微生物と人間ぐらい立場が違うんだよ!

誰が食物連鎖の最下層なのよ!もうやってらんない!何で私が我慢してあんたにしたくもないキスをせがまなきゃいけないのよ!」

「せがまれる方の身にもなってみろ、ホラーだぞ。

「天誅じゃー!!天誅でござる!!!!」





私が耐えきれず跡部に掴みかかったのを皮切りに、いつものようなガチンコファイトがスタートした。

例の男の子が見てるってことを、お互いにほぼ忘れていたと思う。

そんなことより、今、目の前にいる敵を倒す、それしか頭になかったんです。

はじけ飛ぶ汗、響き渡る怒声、繰り出される華麗なプロレス技の数々…


もう私達を止める者なんて誰もいませんでした。























「…はぁ…はぁ……あ、あれ?あの子は?」


跡部とどれぐらいの間、戦っていたのだろう。
目の前の敵も肩で息をしながら、一時休戦状態。


「…あー、なんかさっきブツブツ言うて帰っていったで。」


すっかり私達の喧嘩にも飽きて、ソファでくつろぎながら雑誌を読んでいる忍足に
呑気にテーブルでケーキをほおばっているがっくんや宍戸が口を開く。


『あんなに容赦なく拳を振りおろせるなんて…、本当の信頼関係があるからだ…。』とか言ってた。」


それは大きな勘違いであることを今すぐ言いに行きたい…!

信頼関係とかじゃないよ、どう考えても心の底からの敵対心で戦ってたでしょうが…!

彼氏が容赦なく彼女に拳振りおろしてたら普通おかしいと思うでしょ、普通!




まぁ、でもとにかく無事あの子を諦めさせることに成功したわけだ。
……言いたくはないけど跡部に協力してもらったおかげ…かもしれない、言いたくないけど。


「……ありがと。」

「………。」

「…ま…まぁ、ちゃんと一瞬だけでもカップルになれてよかったじゃん。いい夢見れたわね。」

「お前の馬鹿頭はまだ自分の立場ってものが理解できてねぇようだな。」

「ったい、イタイイタイ!やめ…ギブギブ!ごめんって、すいませんでした!調子のってすいませんでした!」





完璧なコブラツイストを決められながら、思ったこと。









なんか色々…色々あったけど……










こんな奴と…何があっても絶対付き合うもんか。